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進捗表
魔王城、戦略会議室。
長卓の上には、対勇者戦略の進捗を示す札が並んでいた。
東の辺境、封鎖継続。
勇者血族、移動制限中。
中央神殿、神託機能停止。
聖剣、封印中。
導きの石、破壊済み。
人魚、水の精霊王、実在未確認。
天空要塞、監視網強化完了。
それぞれの札の下には、報告書が重ねられている。
逃亡未遂。
密書の捕捉。
古剣の押収。
神殿連絡網の監視。
低優先度調査の継続。
西崖道の定期巡回。
火鏡塔三系統化。
記録官が読み上げる。
「対勇者戦略、主要項目はいずれも機能しています。東の勇者候補の移動は確認されず。聖都への密書は捕捉。中央神殿の勇者認定機能は停止したままです」
死霊宰相が補足する。
「東辺境の封鎖は維持されています。勇者血族の移動は、現時点ですべて未遂。聖都側からの有効な救援も確認されていません」
竜将が満足げに言う。
「勇者は出ませんな」
現魔王は、すぐには答えなかった。
彼は長卓の札を見ている。
出身地。
一族。
神託。
聖痕。
聖剣。
仲間。
それらは、まだ完全に消えたわけではない。
だが、従来の勇者譚が示してきた道は、確かに塞がれつつある。
「従来の勇者は、だ」
竜将が黙る。
死霊宰相はうなずいた。
「未知の流れは、引き続き監視します」
「続けろ」
その時、扉が開いた。
西方報告官が入ってくる。
腕には、薄い羊皮紙の束を抱えていた。
東辺境や中央神殿の報告書に比べると、紙質も書式もまちまちである。
村の徴税記録の裏に書かれたもの。
小鬼斥候の短い報告。
商人道で拾われた噂の書き留め。
洞窟監視隊からの定型文。
西の報告は、いつも整っていない。
それだけ、西が対勇者戦略の主戦場ではないことを示していた。
報告官が頭を下げる。
「西の国境地帯より報告です」
竜将が、少し退屈そうに腕を組んだ。
西は、勇者の出生地ではない。
勇者血族の中心でもない。
中央神殿への道でもない。
ただ、国境を分断するために封鎖されている地域だった。
だが現魔王は、報告官を見る。
「読め」
報告官は羊皮紙を開いた。
西の間引き
「西の国境地帯。上位種移動後に発生した低級魔物の増殖は、各村の自警団、猟師、若者による間引きにより安定傾向」
死霊宰相が確認する。
「村が潰れるほどではないか」
「はい。被害は継続していますが、村落機能は維持されています」
小鬼隊長が前へ出た。
彼は東の封鎖にも関わっていたが、下級魔物の配置や検問、低級魔物の増減を扱う現場役でもある。
「以前より、魔物への対応が早くなっています。特に若い者が、スライムや小鬼、低級魔獣の動きを覚え始めているようです」
竜将が鼻を鳴らした。
「低級魔物に慣れたところで、勇者にはならん」
現魔王は小鬼隊長を見る。
「死者は」
「出ています」
小鬼隊長は答えた。
「ただ、逃げ帰る者も多い」
「逃げ帰る」
「はい。村に近い場所で討伐していますので、危険を感じると門まで戻るようです。失敗しても、すぐに全滅する距離ではありません」
竜将が言う。
「弱い魔物を相手に、村の周りで逃げ回っているだけでしょう」
小鬼隊長は少し迷った。
「はい。おおむね、その通りです」
竜将は満足げに黙る。
現魔王は、そこだけで終わらせなかった。
「どの程度、早くなっている」
小鬼隊長は報告書をめくる。
「初期は、低級魔物一体の討伐にも大人が三人から五人。負傷者多数。現在は、慣れた村では二人から三人で対応する例があります。若い者が囮になり、猟師が止め、鍛冶屋や自警団が仕留める、といった形です」
死霊宰相が記録する。
「組織化か」
「村ごとの差があります。まだ正式な部隊ではありません。自衛です」
吸血侯が細い指で卓を叩いた。
「自衛にしては、学習が早い村がある」
小鬼隊長はうなずく。
「低級魔物の種類が限られているためと思われます。同じ相手が繰り返し出るので、対処を覚えやすい」
竜将が言う。
「ならば、なおさら問題ではない。上級魔物を見れば散る」
現魔王は少し考えた。
「記録に残せ。だが優先度は低い」
記録官が書く。
西国境地帯。
低級魔物増殖、安定傾向。
村落自衛行動、増加。
若年層の討伐経験、増加。
勇者条件、該当なし。
低優先度監視継続。
低級魔物と戦える若者が増えた。
それだけでは、勇者候補の項目には入らなかった。
国境洞窟
報告官が、次の羊皮紙を開いた。
「西の国境洞窟にて、封鎖していた魔物群が撃破されました」
会議室の空気が、わずかに変わった。
竜将が顔を上げる。
「軍か」
「いいえ。大規模軍の移動は確認されていません。洞窟の両側にある村が、それぞれ自警団を出したものと思われます」
死霊宰相が問う。
「両側の村が連携したのか」
「そのようです。片側からの攻撃ではなく、両側から挟んだことで、洞窟内の魔物が分断されました」
竜将の声が低くなる。
「村同士が連絡を取ったということか」
「詳細不明です。洞窟は封鎖されていたため、通常の連絡は不可能だったはずです」
死霊宰相が地図を広げた。
西の国境洞窟。
国境をまたぐ、古い交易路である。
洞窟の中を魔物で塞ぐことで、両側の村は分断されていた。
塩。
鉄。
薬。
麦。
情報。
人の往来。
それらは止まり、村は困窮していた。
現魔王が問う。
「抜け道は」
死霊宰相が地図を見る。
「周辺に獣道はあります。ただし危険です。低級魔物の縄張りを抜ける必要がある。正規の街道ではありません」
小鬼隊長が言った。
「報告では、若い連絡役がいた可能性があります。ただし、名は不明。村の記録にも残っていません」
吸血侯が少し顔を上げる。
「名が残らない連絡役」
竜将が言う。
「ただの村の使いでしょう」
吸血侯は否定しなかった。
「かもしれません」
現魔王は即断しない。
「洞窟封鎖の復旧は」
報告官が答える。
「可能です。ただし、上位種を東へ回しているため、配置できるのは低級魔物中心になります」
死霊宰相が言う。
「西の国境分断は弱まります」
竜将が問う。
「強個体を戻しますか」
現魔王は首を振った。
「戻さない。東の封鎖を維持する」
「西の封鎖が破られます」
「再構築しろ。ただし強戦力は戻すな。東を薄くするな」
記録官が筆を動かす。
西国境洞窟、封鎖一時突破。
原因、両側村落の挟撃。
主戦力、村落自警団。
不明要素、連絡手段。
推定、若年連絡役または猟師道の利用。
封鎖再構築。
強戦力の東方配置は維持。
竜将は不満げだった。
だが、反論はしなかった。
西は無視されていない。
洞窟突破も記録された。
連絡役の存在も不明要素として残された。
それでも、東の封鎖を崩す判断には至らなかった。
洞窟の中央
西の国境洞窟。
松明の煙が、低い天井に溜まっていた。
洞窟の中には、倒された小鬼や低級魔獣の死骸が転がっている。
血の匂い。
湿った土の匂い。
焦げた毛皮の匂い。
村人たちは疲れ切っていた。
片側の村の者と、反対側の村の者が、洞窟の中央で初めて顔を合わせる。
互いに武器を持ったまま。
互いに息を切らしたまま。
それでも、見た瞬間に分かった。
本当に来たのだ。
片側の村の男が言った。
「本当に来たのか」
反対側の男が、笑う余裕もなく答えた。
「そっちこそ」
「連絡が来た。夜明けに入れって」
「こっちもだ」
「誰が知らせた」
誰も、はっきりとは答えられなかった。
若い男がいた。
若い女もいた気がする、と言う者もいる。
村の子どもに見えたという者もいる。
猟師の手伝いだと言う者もいる。
薬草採りの娘だったと言う者もいる。
荷物運びの少年だと言う者もいる。
泥だらけだった。
旅の荷を背負っていた。
何度も息を切らしていた。
夜明け前に来て、夜明けに洞窟へ入れと言った。
それから、角笛を三度聞いた、と言う者もいた。
いや、二度だったと言う者もいる。
山に反響して、分からなかったという者もいる。
ただ、両側の村がほとんど同じ時刻に動いたことだけは、誰も疑わなかった。
だが、その者たちは戦闘の中心にはいなかった。
洞窟の魔物を倒したのは、村の大人たちだった。
盾を持って前へ出たのは自警団である。
弓を射たのは猟師である。
止めを刺したのは鍛冶屋の息子である。
負傷者を引きずって戻したのは薬師見習いである。
だから外から見れば、洞窟を破ったのは両村の自警団だった。
若い連絡役たちの名は、誰の報告にも残りにくい。
一人の女が、洞窟の壁にもたれて座り込んだ。
「これで塩が通る」
別の男が言った。
「鉄もだ」
「薬も」
「手紙も」
洞窟の向こうから、朝の光が差し込んでいた。
道を開いたのは、剣を振った者たちだった。
だが、剣を振る時刻をそろえた者たちの名を、誰も正確には知らなかった。
名のない連絡役
魔王城。
西の国境洞窟突破について、分類が行われる。
死霊宰相が記録する。
西国境洞窟、封鎖一時突破。
原因、両側村落の挟撃。
主戦力、村落自警団。
不明要素、連絡手段。
推定、若年連絡役または猟師道の利用。
合図音の証言あり。
角笛三回との報告。ただし証言不一致。
封鎖再構築。
強戦力の東方配置は維持。
竜将が言う。
「勇者とは関係ありませんな」
死霊宰相が答える。
「現時点では、勇者の条件には該当しません。東の血筋ではなく、神託も聖剣も聖痕も確認されていない。仲間の構成も不明です」
吸血侯が言う。
「ただし、連絡手段は気になります」
現魔王はうなずく。
「記録に残せ。西の村々が連携し始めているなら、国境分断の効果は落ちる」
竜将が問う。
「強戦力を戻しますか」
「戻さない。東の封鎖を維持する」
「西を放置するのですか」
「放置ではない。低優先度で監視する」
現魔王は、西の地図を見る。
「村落自衛、若年連絡役、角笛による合図。いずれも記録に残せ。ただし、勇者候補としては扱わない」
記録官が書く。
西方村落自衛。
連絡役不明。
勇者候補、非該当。
監視継続。
西の報告が灰色を帯びる
西方からの報告は、その後も少しずつ増えた。
すぐに増えたわけではない。
国境洞窟の封鎖が破られた後、西の村々は、まず塩と鉄と薬を運ぶことに追われた。
壊れた荷車が直され、古い道が踏み固められ、村と村との間に途切れていた声が戻り始めた。
その間にも、低級魔物は消えなかった。
上位種は東へ移されたまま、残った小鬼や低級魔獣が畑の端に現れ、森道に巣を作り、商人道を塞いだ。
西の小村で、低級魔獣の巣が潰された。
国境洞窟の周辺で、村間連絡が増えた。
小さな神殿の巡回神官が、若い旅人に道案内されたという報告が届いた。
鍛冶屋の家に、しばらく滞在した治癒術の使い手がいたという噂があった。
道場で、外から来た若者が剣を習っていたという話もあった。
低級魔物の小さな拠点が潰された。
角笛の合図を聞いたという者がいた。
若い男を見たという者がいた。
若い女を見たという者もいた。
それらは、最初は別々の報告だった。
村の若者。
旅の連絡役。
神官の道案内。
鍛冶屋に滞在した治癒術師。
道場にいた剣士。
誰かが誰かを助けた。
誰かが道を走った。
誰かが魔物を避け、誰かが魔物を倒した。
その程度の報告として、記録塔の棚に積まれていった。
やがて、別の色が混じり始めた。
灰色である。
灰色の外套を着た若者たちを見た、という報告が届くようになった。
ただし、その呼び名は定まらない。
灰色の外套。
西の灰。
灰色の若者たち。
若い護衛役。
灰色の旅人。
ロアンという名を聞いたという者もいる。
だが、同一集団なのか、似たような噂が混ざっているのかは分からない。
報告者によって名が違う。
人数も違う。
場所も違う。
依頼内容も違う。
護衛をしていたという報告がある。
討伐を請け負っていたという報告がある。
危険な道の案内を引き受けたという報告がある。
いずれも、危険度に見合った報酬を受け取っていた。
少なくとも魔王軍の報告上、それは慈善ではなかった。
西方で活動する、報酬制の少数戦力。
冒険者。
あるいは傭兵に近い者たち。
そう扱うのが自然だった。
一方で、別の報告もある。
道端の老人を助けていたという話。
迷子を村まで送ったという話。
壊れた荷紐を結び直してやったという話。
荷車を押すのを手伝ったという話。
薬草を探す子どもを森の入口まで送ったという話。
そうした小さな手助けに、報酬の記録はない。
だが、それらは一団として受けた依頼ではなかった。
誰かが、その場で手を貸した。
誰かが、見過ごせずに動いた。
報告者も、それを同じ集団の活動としては書かなかった。
村の親切な若者。
通りすがりの旅人。
灰色の外套を着た娘。
荷車を押した少年。
神官を案内した若い男。
それぞれ別の紙に、別の出来事として記された。
人間側では、その小さな手助けが少しずつ評判になっていた。
あの灰色の若者たちは、報酬を取る。
だが、困っている者を見捨てるわけでもない。
そんな曖昧な印象が、村から村へ広がっていた。
しかし魔王軍の報告では、それは一つの物語としてまとまらない。
危険な依頼には報酬を取る少数戦力。
個人単位の小さな親切。
村落自衛。
道案内。
治療。
剣の訓練。
それぞれが別の分類に置かれた。
記録塔の棚では、近い場所に置かれた。
だが、同じ束にはまだまとめられなかった。
死霊宰相は、報告の余白に印をつけた。
西方村落自衛、増加。
若年連絡役、複数報告。
灰色外套の目撃、後発。
報酬制少数戦力の可能性。
同一集団かは不明。
監視継続。
灰色の外套
西の商人道。
夕暮れ。
荷馬車が泥にはまり、車輪が壊れていた。
近くには、低級魔物の死骸が転がっている。
商人は地面に座り込み、肩で息をしていた。
荷は散らばり、袋の中身が泥にまみれている。
その周囲に、灰色の外套を着た若者たちがいた。
一人は、壊れた車輪を持ち上げている。
一人は、荷紐を結び直している。
一人は、怪我をした商人の足に布を巻いている。
一人は、少し離れた場所で周囲を見張っている。
見張りの若者が言った。
「西側の林に、まだ二匹いる」
車輪を持ち上げていた若者が答える。
「こっちはもう少しで終わる」
「急いだ方がいい」
「急いで雑に直したら、また壊れる」
怪我人の手当てをしていた者が、商人に言った。
「立てますか」
商人はうなずこうとして、顔をしかめる。
「足首が」
「無理しないでください。荷馬車が動けば乗せます」
商人は、灰色の外套の若者たちを見た。
「助かった。あんたら、ただの旅人じゃないな」
荷紐を結んでいた若者が笑った。
「ただの旅人でいいよ」
そして、付け足す。
「報酬はちゃんともらうけど」
商人は苦笑した。
「命の値段にしちゃ安いくらいだ」
「命の値段じゃない。車輪の修理と護衛と手当ての分」
「なら、少し増やす」
「車輪の修理代を引いて、それでいい。次の町でちゃんと直した方がいいから」
商人は少し驚いた顔をした。
「欲がないな」
「あるよ」
若者は、泥のついた手を振った。
「でも、車輪が次の坂で壊れたら、また助けに行くことになる」
見張りが短く言った。
「来る」
灰色の外套が、風に揺れた。
若者たちは、すぐに動いた。
派手な掛け声はない。
勇者の旗もない。
神託の言葉もない。
聖剣もない。
ただ、慣れた手つきで低級魔物を迎える準備をしていた。
商人は、その後ろ姿を見ていた。
そして、ぽつりと言った。
「灰色の連中、か」
誰がそう呼び始めたのかは分からない。
その名は、まだ定まっていなかった。
未分類の西方報告
会議の後、吸血侯が現魔王のもとへ残った。
「陛下。西の一連の報告ですが」
現魔王は資料から目を離さない。
「気になるか」
「少し。洞窟の件は、両側の村が同時に動いたこと自体、偶然ではないでしょう。連絡役がいたとして、その者は魔物の縄張りを抜けています」
「戦力評価は」
「不明です。少なくとも洞窟の報告上は、魔物を倒したのは村の自警団です」
「血筋は」
「不明。東の勇者血族とは接続していません」
「聖痕は」
「報告なし」
「神殿との接続は」
「なし。ただし、田舎神殿や巡回神官に関わる雑報はあります。中央神殿との正式な接続ではありません」
現魔王は、ようやく顔を上げた。
「ならば勇者ではない」
吸血侯はうなずく。
「はい。勇者ではありません」
そこで、一度言葉を切る。
「ただ、村と村をつなぐ者がいるなら、それは国境分断にとっては邪魔です。また、灰色外套の目撃が同じ流れに属するなら、放置はしにくい」
現魔王は少しだけ考える。
「西方連絡網として記録しろ」
「一団ではなく」
「一団かどうかも不明だ。個人か、複数か、村ごとの動きか、それも分からぬ」
「報酬を取る者たちの報告もあります」
「ならば報酬制の少数戦力としても記録しろ。ただし、勇者候補ではない」
吸血侯が微笑む。
「冒険者、あるいは傭兵に近いものとして」
「そうだ。危険な仕事に報酬を取るなら、軍事上はその分類でよい」
「一方で、小さな人助けの報告もあります」
「それは一団の活動か」
「判然としません。報告上は、通りすがりの若者、村人、旅人として扱われています」
「ならば分けて記録しろ」
現魔王は言った。
「報酬を取る仕事は、少数戦力として見る。個人の手助けは、評判として残せ。だが、同じものとして束ねるな。束ねる根拠がない」
記録官が書く。
西方村落間連絡。
若年連絡役の可能性。
角笛合図の証言あり。
灰色外套、後発報告あり。
報酬制少数戦力の可能性。
個人単位の人助け報告、別分類。
勇者候補、非該当。
監視継続。
東と西
魔王城、記録塔。
死霊宰相が、二つの報告を並べた。
東の勇者候補。
勇者血族。
東の辺境。
古い剣。
聖都との連絡。
神官の支援。
脱出未遂。
外へ出られず、村に戻された少年。
西の報告群。
西の辺境。
血筋不明。
神託なし。
聖剣なし。
聖痕なし。
村落自衛。
若年連絡役の可能性。
角笛による合図の証言あり。
後発報告として、灰色外套の目撃あり。
報酬制少数戦力の可能性。
個人単位の人助け報告あり。
竜将が言う。
「並べるまでもない。勇者に近いのは東です」
死霊宰相も否定しなかった。
「条件上は、その通りです」
吸血侯が、西の報告を持ち上げる。
「ただ、西は動いています」
現魔王は、両方の報告を見る。
「東は檻の中にいる。西は外を動いている」
「危険度を上げますか」
吸血侯が問う。
現魔王は少し考えた。
「西は国境分断への影響として監視。勇者候補ではない。ただし、村落間の連絡が増えるなら、封鎖の効果は落ちる。灰色外套の報告についても、同一集団かどうかを確認しろ」
記録官が書く。
西方村落自衛。
若年連絡役の可能性。
灰色外套の後発報告あり。
勇者候補、該当せず。
国境分断への影響あり。
監視継続。
竜将が言う。
「東へ近づかなければ」
「国境分断への影響を見る」
死霊宰相がうなずく。
「西方封鎖の再構築と合わせて監視します」
現魔王は、東の勇者候補の札を見た。
それから、西の報告群へ視線を移した。
勇者らしく見える者は、檻の中にいる。
勇者らしく見えない者は、外を動いている。
だが、勇者らしく見えない者をすべて勇者候補として扱えば、戦略は散る。
だから分類する。
勇者候補。
局地戦力。
支援戦力。
村落自衛。
連絡役。
未分類報告。
魔王軍の記録は、世界を切り分ける。
切り分けなければ、管理できない。
そして切り分けたものは、その分類の中で扱われる。
西の報告群は、その日、勇者候補の列には置かれなかった。
記録官は、新しい札を作る。
西方村落間連絡。
その札は、東の勇者候補とは別の場所に置かれた。
灰色の分類
魔王城。
夜。
現魔王は、一日の報告を見終えた。
東の勇者候補は動けない。
中央神殿は沈黙している。
聖剣はない。
導きの石は砕かれた。
人魚も水の精霊王も確認されない。
天空要塞は見張っている。
勇者の血筋は檻の中にある。
西の報告は増えている。
だが、それはまだ勇者の形をしていない。
記録官が問う。
「西方の一連の報告について、分類を確定しますか」
現魔王は言った。
「未分類のまま監視しろ」
「勇者候補ではなく」
「勇者候補ではない」
「根拠は」
現魔王は淡々と答えた。
「東の血筋ではない。聖痕なし。聖剣なし。中央神殿との接続なし。神託なし。運命の仲間としての記録なし。村落自衛、連絡、道案内、救援、後発の灰色外套。勇者譚の型に合わぬ」
記録官が書く。
西方村落自衛、増加。
若年連絡役、詳細不明。
灰色外套、後発報告あり。
報酬制少数戦力の可能性。
個人単位の人助け報告、別分類。
勇者候補、非該当。
国境分断への影響あり。
監視継続。
現魔王は最後に言った。
「勇者ではない。だが、勇者の道を開く者にはなり得る。ただし現時点では、西方の未分類報告だ。監視を続けろ」
記録官がうなずく。
「は」
その日、西の報告に、小さな異常が混じった。
低級魔物を倒した。
村の間を走った。
洞窟封鎖の突破に関わったらしい。
角笛を鳴らした者がいた。
若い男がいた。
若い女もいたという者がいた。
その後、灰色の外套を着た若者たちの報告が混じり始めた。
危険な仕事では、報酬を受け取っていた。
けれど、報酬の記録がない小さな手助けの話もあった。
神託はない。
聖剣はない。
聖痕もない。
勇者の血筋でもない。
正式な騎士団でもない。
傭兵団としての旗もない。
だから魔王軍の記録には、こう記された。
西方村落自衛、増加。
若年連絡役、詳細不明。
灰色外套、後発報告あり。
報酬制少数戦力の可能性。
個人単位の人助け報告、別分類。
勇者候補、非該当。
監視継続。
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