勇者の条件 第3話 東を封じる

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勇者の条件
創作実験TOP異世界ファンタジー魔王勇者もの対勇者戦略にて勇者の誕生を阻止する作品紹介歴代魔王は、なぜ勇者に敗れたのか。城を固めても、国境を塞いでも、聖都を脅かしても、最後には勇者が玉座へ届く。ならば魔王軍が見るべきは、国ではない。勇者であ…
勇者の条件 第3話 東を封じる 人物相関図

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命令書

魔王城、戦略会議室。

長卓の上には、先の会議で作られた六つの札が並んでいた。

出身地。

一族。

神託。

聖痕。

聖剣。

仲間。

そのうち、現魔王は「出身地」と「一族」の札を手に取った。

記録官が、新しい羊皮紙を広げる。

死霊宰相が、東の辺境を描いた詳細な地図を卓上に置いた。

地図には、村、古い神殿、街道、山道、森、川、国境、廃砦が細かく記されている。

赤い印は、歴代勇者の出生地。

その赤い印の周囲を、黒い駒が囲んでいた。

記録官が読み上げる。

「対勇者戦略、第一段階。東辺境封鎖案」

竜将が満足げに笑った。

「ようやく動きますか」

現魔王は地図を見下ろしている。

「動く。ただし、焼くな」

竜将の表情が止まった。

「焼かぬのですか」

「焼かぬ」

「勇者の出生地であるなら、村ごと消せばよいのでは」

現魔王は地図から目を離さずに答えた。

「村を焼けば、勇者候補も、協力者も、神殿との連絡路も、古い言い伝えも、すべて灰になる」

「灰になるなら、問題は消えるのでは」

「違う。情報も消える」

竜将は黙った。

現魔王は、赤い印のある村を指す。

「生きている村は情報源だ。誰が誰を逃がそうとするか。誰が神殿へ使いを出すか。誰が古い剣を隠しているか。誰が外から来た旅人に宿を貸すか。生きているからこそ、動きが見える」

吸血侯が薄く笑う。

「殺すより、泳がせる」

「泳がせる。ただし、川は囲む」

記録官の筆が動く。

村落焼却、禁ず。

住民生存、監視継続。

勇者候補、成長阻害を主目的とする。

現魔王は、地図に黒い駒をひとつ置いた。

「勇者を殺すのではない。勇者になる前の人間を、勇者になれない場所に置く」

その言葉が、羊皮紙に書き留められた。

封鎖の設計

死霊宰相が、骨の指で地図をなぞった。

「東辺境には、主要な出口が四つあります。北の峠道、南の旧街道、西へ抜ける商人道、東の森を抜ける獣道」

小鬼隊長が、少し緊張しながら補足する。

「獣道は、村の猟師が使っています。兵は通れませんが、子どもなら抜けられるかと」

竜将が小鬼隊長を見る。

「そのような道まで塞ぐ必要があるのか」

現魔王が答えた。

「勇者は軍ではない。子どもが抜けられる道こそ見るべきだ」

小鬼隊長は背筋を伸ばす。

「は、はい」

死霊宰相が地図に駒を置いていく。

「北の峠道には巨人兵。南の旧街道には死霊監視隊。西の商人道には小鬼の検問。東の獣道には狼型魔獣を巡回させます」

吸血侯が別の印をつけた。

「神殿への伝令は、我が配下が見ましょう。巫女、神官、写本持ち、聖都へ向かう巡礼者。すべて記録します」

竜将が問う。

「強い魔物はどこへ置く」

死霊宰相が答える。

「勇者出生地に近い村の周辺へ。ただし、竜種は置きすぎると村が死にます。威圧には十分ですが、日常的な接触には向きません」

現魔王がうなずく。

「竜は遠くから見える場所に置け。村人に、外へ出れば死ぬと分からせるだけでよい」

竜将は少し不満げだったが、反論はしなかった。

「殺すのではなく、出さない」

「そうだ」

現魔王は、東の辺境全体を囲むように黒い駒を並べた。

「道を閉じろ。だが、村は残せ。人が動こうとすれば、それが見える」

記録官が書く。

東辺境、主要四路封鎖。

神殿連絡路、監視。

勇者血族、移動制限。

古剣、写本、神託記録、回収対象。

死霊宰相が問う。

「抵抗する村は」

「抵抗は記録しろ」

「制圧は」

「必要なら行え。ただし、焼くな。殺しすぎるな。恐怖で村が黙れば、情報が止まる」

吸血侯が、愉快そうに目を細めた。

「動ける程度には生かす」

「そうだ」

魔王は静かに言った。

「動ける者だけが、次の手がかりを見せる」

東の辺境

東の辺境の村。

朝。

いつもなら、村人は畑へ向かい、子どもたちは森の浅い場所で木の実を拾い、商人の荷車が村の広場へ入ってくる。

だが、その日は違った。

道の先に、魔物がいた。

丘の上に、巨大な影が立っている。

竜ではない。

だが、普通の村人が近づけば、その一撃で体を裂かれるほどの魔物だった。

村長は、道の向こうを見つめていた。

隣には、荷物を背負った若い男がいる。

神殿へ使いに出るつもりだった。

村長が言う。

「行くな」

若い男は悔しそうに答える。

「でも、聖都に知らせなきゃ。あれは普通の魔物じゃない」

「分かっている。だから行くな」

「知らせなきゃ、誰も助けに来ない」

村長は答えられなかった。

その時、村の外れで鐘が鳴った。

森の方にも魔物が出たという合図だった。

木の実を拾いに行った子どもたちが、泣きながら戻ってくる。

小さな神殿の神官は、祠の前で祈っていた。

祈りの言葉はいつもと同じだった。

だが、聖都へ向かう道は塞がれている。

村は焼かれていない。

家もある。

畑もある。

井戸もある。

けれど、道だけが消えていた。

勇者の一族

夜。

村の古い家に、人々が集まっていた。

勇者の一族と呼ばれる家系の者たちである。

年老いた女。

若い母親。

十代半ばの少年。

古い剣。

聖都へ送るはずだった書簡。

年老いた女が言う。

「東の道は見られている。南もだめだ。西の商人道なら、まだ小鬼の検問だけだと聞いた」

若い母親が少年を見る。

少年は震えていた。

彼は勇者候補かもしれない。

少なくとも、この家ではそう育てられてきた。

剣を教えられ、薬草を覚え、逃げ道を覚え、古い勇者譚を聞かされてきた。

母親が言う。

「行きなさい」

少年は首を振った。

「母さんは」

「私は行けない。あなたが行くの」

その時、外で犬が吠えた。

続いて、低い唸り声。

魔物ではない。

人影のようなものが、窓の外を一瞬だけ過ぎる。

吸血侯の配下が、村を見ていた。

年老いた女は、古い剣を布で包む。

「急ぎなさい」

少年はうなずき、書簡を懐に入れた。

裏口から出る。

月明かりは薄い。

地面は湿っている。

家の影を抜け、納屋の裏を通り、柵の切れ目へ向かう。

そこに、小鬼の検問があった。

小鬼隊長が、槍を構えて立っている。

後ろには、狼型魔獣が二匹。

小鬼隊長は少年を見て、少しだけ困った顔をした。

「通れません」

少年は剣に手をかける。

小鬼隊長は首を振る。

「抜かない方がいいです。あなたが死にます」

少年の手が止まる。

彼の背後で、狼型魔獣が低く唸った。

少年は動けなかった。

その夜、勇者候補は村を出られなかった。

報告

魔王城、報告の間。

死霊宰相が報告を読む。

「東辺境、第三村。勇者血族と思われる少年の脱出を阻止。聖都への書簡一通、古剣一振りを押収」

竜将が笑う。

「やはり焼けば早かったのでは」

現魔王は、押収された書簡を受け取った。

書簡には、聖都へ助けを求める言葉が記されている。

少年の名。

一族の名。

古い剣の由来。

聖都にいる親族の名前。

魔王は書簡を閉じた。

「焼いていれば、この情報は得られなかった」

竜将は黙る。

魔王は死霊宰相へ言う。

「聖都にいる親族を調べろ。古剣は破壊せず保管。由来を洗え。少年は殺すな。村の中に戻せ」

記録官が顔を上げた。

「戻すのですか」

「村の外へ出られぬ勇者候補は、ただの村人だ」

吸血侯が静かに笑う。

「心は折れますね」

「折る必要はない」

魔王は言った。

「育たなければよい」

記録官が筆を走らせる。

勇者血族候補、殺害不可。

村内監視継続。

古剣、由来調査。

聖都親族、追跡。

竜将が腕を組む。

「陛下は、ずいぶん気長ですな」

「逆だ」

魔王は書簡を卓上に置いた。

「育つ前に止めるのが、最も早い」

道が死ぬ

東の辺境では、短い出来事が積み重なっていった。

神殿へ向かう巡礼者が、峠の手前で引き返した。

商人は荷車を止め、東の辺境を避けるようになった。

勇者の一族の子どもは、村から出られなかった。

古い道場は、弟子を外の試合へ送り出せなかった。

小さな神殿の写本は、聖都に届かなかった。

村の若者が魔物を倒しに行こうとして、丘の上の巨体を見て戻ってきた。

誰も、村ごと焼かれてはいない。

誰も、広場で見せしめに処刑されてはいない。

畑には麦が育った。

井戸には水が残った。

夜になれば、家々には灯りがともった。

だが、道が死んだ。

道が死ぬと、人は外へ出られない。

外へ出られなければ、師に会えない。

聖都へ行けない。

他流試合へ行けない。

神託を受けに行けない。

自分より強い相手を知らない。

東の辺境は、残された。

ただし、閉じ込められた。

現魔王の対勇者戦略は、確かに機能していた。

強戦力の移動

魔王城の兵站室。

死霊宰相が、魔物配置の一覧を確認している。

強い魔物は有限である。

竜種。

巨人。

上級死霊。

深い森に適応した魔獣。

火山に棲む高位魔物。

それらは簡単には増えない。

また、魔物を大量に動かすことも簡単ではない。

魔族用の転移ゲートは、魔族が使うためのものだった。
魔物の群れをそのまま運ぶための道ではない。

強い魔物を移すには、時間をかけて現地へ動かすしかなかった。

死霊宰相が言う。

「東へ回すには、いくつかの地域から強個体を引き上げる必要があります」

現魔王は一覧を見る。

「王国周辺は削るな。聖都周辺もだ。魔王城への北側防衛線も維持する」

「では、西の国境地帯を薄くします」

竜将が地図を見る。

「西は国境分断だけなら、小鬼と低級魔獣で足りるでしょう」

吸血侯が補足する。

「西は勇者の記録も少ない。軍事的には監視が必要ですが、対勇者戦略上の優先度は低い」

現魔王はうなずいた。

「西は捨てるな。だが厚くする必要はない」

死霊宰相が記録する。

西国境、分断維持。

強戦力、東へ再配置。

魔王はさらに言った。

「監視は維持せよ。異常は拾う。優先順位は変えられる。監視しているからだ」

死霊宰相がうなずく。

「西方国境、監視継続。異常報告時、優先度再評価」

記録官がそのまま書き加えた。

西方報告

東封鎖の報告が続く中、小鬼隊長が西に関する報告を持ってきた。

彼は東の封鎖にも関わっていたが、もともとは下級魔物の配置や検問を扱う現場役である。
強い魔物の配置よりも、村道や洞窟、低級魔物の増減に詳しかった。

小鬼隊長が報告する。

「西の国境沿いですが、封鎖は維持されています。洞窟道の魔物も増え、交易路はほぼ止まっています」

死霊宰相が帳簿を見る。

「国境分断としては機能している、ということだな」

「はい。ただ、周辺村の困窮は進んでいます。交易が止まれば、塩、鉄、薬、麦の流れが悪くなります。村人たちの不満も増えるかと」

竜将が興味なさそうに言う。

「国境を分断するための封鎖だ。困窮するのは当然だろう」

小鬼隊長は少し迷い、それでも続けた。

「加えて、小型魔物が一時的に大規模増殖しています。スライム、小鬼、低級魔獣。強い個体ではありませんが、数は増えています」

死霊宰相が確認する。

「原因は」

「西側から上位種を東へ移動したためと思われます。これまで低級魔物を捕食、または縄張りから追い出していた強個体が減り、低級魔物の増殖を抑えるものが薄くなっています」

竜将が鼻を鳴らした。

「弱い魔物が増えたところで、大した脅威ではない」

小鬼隊長は慎重に答える。

「人間にとっては十分脅威です。畑に入り、家畜を襲い、子どもや老人を傷つけます。ただし、村の自警団、猟師、若い冒険者らしき者が、すでに間引きを始めています」

死霊宰相が帳簿に目を落とす。

「つまり、一時的な増殖はいずれ人間側の討伐で安定する、と」

「その見込みです。被害は出ていますが、村が潰れるほどではありません。むしろ、人間側は低級魔物の討伐に人手を割かれ、国境洞窟への対応が遅れる可能性があります」

吸血侯が薄く笑った。

「封鎖に加えて、村々の手も塞がる。うれしい誤算、というところですか」

現魔王はすぐには答えなかった。

「強個体の発生、あるいは高位魔族の介入は」

「確認されていません」

「神殿、王国軍、勇者血族の動きは」

「確認されていません」

魔王は少し考える。

「うれしい誤算ではある。だが、誤算は誤算だ」

竜将が魔王を見る。

「警戒なさいますか」

「引き続き監視する。低級魔物の増殖がどの程度で安定するか。人間側の間引きが追いつくか。村が潰れるか、持ちこたえるか。すべて記録に残せ」

死霊宰相がうなずく。

「西の優先度は」

「対勇者戦略上の優先度は低い。封鎖を維持し、強戦力は東へ回す。ただし、監視は切るな」

小鬼隊長はうなずいた。

「はい」

西は無視されていなかった。

危険も把握されていた。

封鎖は維持されている。

異常も拾えている。

記録上、西方国境の管理は機能していた。

西の辺境

西の辺境の小さな村。

夕方。

村の広場では、大人たちが荷車の前で話し込んでいた。

荷車は空に近い。

本来なら隣国から届くはずの塩と鉄が、今月は来ていない。

男が苛立った声で言う。

「東がやばいって噂は聞いてる。勇者の一族だか何だか知らねぇが、魔物が集まってるんだろ」

別の男が、国境の山を見ながら答える。

「けど、こっちも十分やばいぞ。国境の洞窟が魔物に封鎖されたらしい」

「交易ができないんじゃ飯も食えねぇ。塩も鉄も薬も入ってこない」

「魔物も増えてる。小型とはいえ、放っておけば畑に入る。家畜も襲う」

少し離れた場所で、子どもが木の棒を握っていた。

村の外れの草地には、スライムが一匹いる。

近くには大人が立っていた。

その大人は笑っていない。

真面目な顔で言う。

「無理だと思ったら逃げろ。門までは近い。転んでもいい。棒を落としてもいい。生きて戻れ」

子どもはうなずいた。

スライムが跳ねる。

子どもは棒を振る。

当たらない。

スライムが近づく。

子どもは慌てて逃げ、村の門へ転がり込んだ。

大人は息を吐く。

「よし。戻れたなら上出来だ。明日また行け」

子どもは泥だらけのまま、何度もうなずいた。

東では、外へ出る道が死んでいる。

西では、道は細り、交易は止まり、魔物も増えている。

それでも、まだ門まで逃げ帰れる距離に、弱い魔物がいた。

次は神託だ

魔王城。

現魔王は、東の封鎖状況を確認していた。

死霊宰相が報告する。

「東辺境、主要四路の封鎖完了。勇者血族の移動制限、完了。神殿連絡路の監視、開始。古剣、写本、聖都宛書簡、いずれも回収中です」

吸血侯が続ける。

「東から聖都へ向かう密使は三名捕捉。いずれも生かして戻しました。村内での接触先は確認済みです」

竜将が言う。

「これで勇者は出ませんな」

現魔王は即答しなかった。

彼は地図を見る。

東の辺境は黒い駒で埋まっている。

「少なくとも、これまでと同じ勇者は出ない」

記録官が書き留める。

東辺境封鎖、第一段階完了。

現魔王は、地図の東を見たまま言った。

「次は神託だ」


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