八重結び 設定資料集

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八重結び|霊障処理にも契約範囲がある現代退魔業者もの
八重結び現代退魔業者もの怨霊は悪ではない。けれど、有害なら処理する。作品概要二〇三号室、夜間圧迫感および首部発赤の調査、ならびに必要と判断される場合の簡易対処および対処後観察。黒瀬退魔処理に回ってきたのは、そんな長い案件名の調査依頼だった。…

全話読了後向けの設定資料です。
第0話、第6話、第6.5話、第7話、第8話、第8.5話までの内容に触れます。
未読の方は、本編読了後に読むことをおすすめします。


はじめに

『八重結び』を最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

このページは、全話読了後向けの設定資料集です。

本編だけで読めるように書いていますが、術式、接続、枝、禁呪、名痩せ、八重結びの構造などは、設定側でかなり細かく組んでいます。

ここでは、そのうち読了後に見ても問題ないものを、ひとつのページにまとめています。

未読の方には大きなネタバレになります。
特に、以下の内容に触れます。

  • 第0話の八重士の真相
  • 安全化禁呪の正体
  • 八重結びの本当の意味
  • 名痩せと署名確認
  • 透が第8話で担当した一本の枝
  • 第8.5話の後処理

本編読了後の整理、再読用、用語確認用としてどうぞ。

作品コンセプト

『八重結び』は、怨霊退治を超常バトルではなく、危険作業、公共事業、多重下請け構造として扱う退魔業界ものです。

退魔士は、正義のヒーローではありません。
怨霊を調査し、対処し、封印し、報告し、経過観察まで行う専門業者です。

この世界で本当に厄介なのは、怨霊そのものよりも、人間側の接続不全です。

  • 元請けと下請け
  • 現場と管理
  • 伝統とAI
  • 無手派とツール派
  • 効率と安全
  • 個人技と分担
  • 書類と命
  • 記録されない現場知
  • 名前と記録の欠落

この作品の最終的な答えは、

一人の天才が全部を背負うのではなく、危険なものを分け、結び、扱える形にする。

というものです。

最初は「八重士を目指す物語」に見えるタイトルが、終盤では「八人の八重士と、それを支える人間たちを結ぶ術式」へ反転します。


怨霊と存在確率

この世界の怨霊は、死者の魂そのものではありません。

場所、物、記憶、感情、事故、未処理の術式などに残った存在確率の偏りが、自律的に振る舞い始めたものです。

壁を抜ける。
でも、人に触れる。
見えないはずなのに、首を絞める。

そうした曖昧さを、作中では「存在確率の偏り」として扱っています。

存在確率とは、あるものが「どの程度その場所に存在しているか」を示す概念です。

現象存在確率的な説明
怨霊が壁を抜ける壁と干渉する確率を下げている
怨霊が首を絞める手の形の領域だけ存在確率を濃くしている
ポルターガイスト物体の位置確率を偏らせている
憑依生者の身体や記憶に怨霊の存在確率が重なる
結界空間の境界に存在確率を固定している
封印怨霊の存在確率を特定の場所や物体へ押し込める
浄化・祓い過剰な存在密度を薄める
名痩せ名前や記録の存在確率が時間方向に薄くなる

この世界では「実体がある/ない」は二択ではありません。

重要なのは、どの程度、何と干渉しているかです。

怨霊は悪ではありません。
蜂やカビや災害に近い、有害な自然現象です。


六系統と接続

退魔術は、存在確率を操作する技術です。

作中の基本系統は、以下の六つです。

系統操作得意
凝縮存在確率を濃くする打撃、実体化、封印核形成
希薄存在確率を薄くする祓い、浄化、弱体化
偏向存在確率の流れをずらす誘導、退避、負荷逃がし
固定存在確率を座標に縛る結界、封印、拘束
観測存在確率を読む・確定する探知、監査、弱点特定
同調波形や記憶に合わせる鎮魂、憑依解除、原因解析

六系統には対立関係があります。

対立内容
凝縮 vs 希薄濃くするか、薄くするか
偏向 vs 固定動かすか、留めるか
観測 vs 同調外から見るか、中へ入るか

一つ一つの系統だけでは、できることに限界があります。

そこで、複数の操作を順番につなぐ。
それが「接続」です。

接続数水準
1〜2見習い、補助員
3実働可能
4優秀な若手
5中堅上位、現場主力
6上級退魔士
7名人級
8八重士
9以上禁忌領域、事故例多数

三枝透は、若手としては優秀ですが、限界は四〜五接続です。
本人は八重士を目指しています。


枝と隙間枝

枝とは、正式な術式接続には含まれない微細な補助操作です。

主術式の前後や途中に、一瞬だけ入る接続未満の操作。
術者本人も、自覚していないことがあります。

代表例は、強い固定の前に、ほんの少しだけ偏向を入れて反発を逃がすような操作です。

枝は接続数には含まれません。
けれど、安全管理上は無視できません。

項目通常接続
規模明確な術式工程接続未満の微細操作
接続数数える通常は数えない
自覚術者が意識的に扱う身体感覚・癖に近い
記録術式図に残る書かれないことが多い
役割主効果を発生させる反発軽減、同期、逃げ、安定化、微細な脈動

対立系事前枝

対立系事前枝は、目的接続の直前に、対立系統を接続未満の薄さで入れる枝です。

たとえば、固定の前に薄い偏向を入れる。
凝縮の前に薄い希薄を入れる。
同調の前に浅い観測を入れる。

これは、主接続の反発を逃がすための小さな余白です。

瀬良式説明群内識別名称は、体重計ジャンプ枝。

同系統枝

枝は、必ずしも対立系統だけではありません。

第8話では、透が偏向の中に極小の偏向枝を挟みます。

構造としては、

偏向:通常出力 → 偏向枝:極小出力 → 偏向:通常出力

に近いものです。

これは出力増強ではありません。
本人にしか分からないような小さな拍、脈動、間合いを作るものです。

隙間枝

八重結びでは、八人の八重士が柱となり、その間に隙間ができます。

この隙間は、空白ではありません。
循環型接続において、柱と柱の間に生じる反発、侵食、詰まり、負荷の逃げ道です。

放置すれば漏れる。
塞げば詰まる。
太くすれば主接続になってしまう。

透が第8話で担当したのは、八本ある隙間枝のうち一本。
固定柱の前に置かれる、偏向の隙間枝でした。


禁呪と安全化禁呪

禁呪とは、邪悪な術という意味ではありません。

作中での禁呪は、

一人で扱うには大きすぎる術式を、一人で扱おうとしたもの。

です。

禁呪は、一人の術者に過剰な接続を集中させます。
その結果、術者の存在確率が空間だけではなく、時間方向にも不安定化します。

禁呪は命だけでなく、以下を削ることがあります。

  • 名前
  • 記録
  • 署名
  • 家族の記憶
  • 本人の自己認識
  • 過去から未来へ続く同一性

禁呪の恐ろしさは、死ではありません。

犠牲になったことすら、誰にも正しく覚えてもらえなくなること。

です。

安全化禁呪

安全化禁呪は、安全になった禁呪ではありません。

安全評価によって構造を整理したが、それでも危険度が許容値まで下がり切らない禁呪由来術式です。

安全化とは、危険が消えたという意味ではありません。

どこが危険で、なぜ危険で、どこに反発や逆流や時相漏れが残っているのかが見えるようになることです。

第6話で式守が出した、主接続64、枝8、合計72要素の安全化禁呪は、解決策ではありません。

危険の見取り図でした。


名痩せと時相干渉

時相干渉とは、存在確率操作の余波が空間だけでなく、時間軸方向にも漏れる現象です。

人間は、今この瞬間だけで存在しているわけではありません。

名前、記録、署名、家族の記憶、写真、戸籍、現場名簿、誰かに呼ばれた記憶。

こうしたものが、その人がその人であるという時間方向の輪郭を作っています。

禁呪は、その輪郭を削ります。

禁呪は、実際に発動した瞬間だけでなく、発動すると決めた時点で未来の術式核と術者の時間軸が接続されます。

その時点から、術者は「禁呪を発動する者」として固定され始めます。
その固定が未来から現在へ、さらに過去の記録へ滲みます。

そのため、名前や署名の異常は発動前から起こります。

名痩せ

名痩せとは、存在確率操作の余波が時間方向・記録方向に漏れた際に起こる、軽度の同一性希薄化現象です。

症状内容
署名がかすれる一部の画だけ薄くなる
名前を呼ばれても反応が遅れる自分の名前だと認識するまで一拍遅れる
記録上の名前がにじむ紙でもデータでも軽微な欠落が出る
周囲が名前を言い間違える別名、役職、あだ名で呼んでしまう
本人が違和感を持たない異常を異常として認識しづらい

名痩せは、記録されていなかったのではありません。

署名不備、本人確認遅延、データ破損、聞き間違い、事務ミスとして処理されていました。

だから、誰もそれを術式事故として読めなかったのです。


署名確認と帰還確認

八重結びでは、術式開始前に全員の署名を確認します。

これは契約確認ではありません。
その人物の時間方向の存在が、まだ保たれているかを見る検査です。

確認項目意味
署名が読めるか名前の保持
本人が自分の名前を認識できるか自己同一性の保持
第三者が名前を読めるか社会的観測の保持
印影が潰れていないか記録固定の保持
AIログと紙の署名が一致するかデジタル記録と物理記録の整合

第8話で美緒が行った署名確認は、作戦前の形式ではありません。

作戦そのものを開始してよいかを決める、最初の関門です。

名前が少しでもかすれている者、崩れている者は、作戦から外します。
八重士でも例外はありません。

作戦後に行う帰還確認も、単なる事後手続きではありません。

術式が終わっても、参加者が名前と署名を保って帰ってこなければ、作戦は終わっていません。

第8話において、全員帰還確認済みであることが、本当の勝利でした。


第0話の真相

第0話は、八十年前の旧市営地下道災害を描く過去編です。

過去の八重士は、名前を伏せて「■■■■■」として扱っています。

彼は、禁呪を発動した瞬間に消えたのではありません。

禁呪を使うと決めた時点から、未来の術式核と術者の時間軸が接続され、名痩せと時相干渉が始まっていました。

書類上の構造と実態

後世の記録では、旧市営地下道案件は「八接続二つ」として残っています。

しかし実態は、一つ目の八接続を折らずに伸ばし、二つ目へ繋いだ十六接続の禁呪でした。

記録上実態
八接続を二回使った一つ目の八接続を折らずに伸ばした十六接続
高度な連続術式一人で持つには大きすぎる禁呪
作戦書は残っている本人の筆跡ではなく、後輩による代筆が混じる
処理は完了したように見える術式そのものの反発と残滓を流す仕組みがなかった

防火扉

災害では、防火扉を閉める決断がありました。

閉めれば助かる人がいる。
閉めれば助からない人もいる。

閉めなければ、もっと多くが死んだ。
閉めたから、助からなかった人がいた。

その判断は悪意ではありません。

禁呪は、怨霊、瓦礫、人の恐怖には届きました。

しかし、術式そのものの反発や残滓を流す仕組みがありませんでした。

そのため、術式残滓は八十年残り続けます。

第0話は、昔の英雄譚ではありません。

一人に背負わせた結果、名前も、署名も、家族の記憶も、本人確認も薄くなっていく話です。


八重士と地域性

八重士とは、八接続術式を単独かつ安定して扱える退魔士の称号です。

退魔業界における最高位の現場術者です。
一人で一班分の価値があると言われます。

ただし、八重士はスターではありません。
各地域の確定拠点を守る切り札でもあります。

退魔士は全国に推定二十万人。
八重士の発生率は約0.01%。
現存八重士は二十人程度です。

八重結びに参加した八重士

地域八重士系統作戦上の主担当
第一柱北海道北辰院玲司観測主観測
第二柱東北遠野朔馬固定境界固定
第三柱関西葛城千景同調同調制御
第四柱北陸雪代透子希薄希薄処理
第五柱中部風祭令偏向偏向誘導
第六柱九州荒神鉄心凝縮凝縮管理
第七柱関東御影律観測+固定反発処理
第八柱四国遍路谷円同調+希薄本固定

第8話本文では、北辰院玲司、雪代透子、風祭令を中心に描写しています。

他の八重士も作戦には参加していますが、本文上では柱名や役割名を中心に扱っています。


八重結びの構造

八重結びとは、安全化禁呪を一人に戻さないために、八人の八重士を柱として主接続を巡らせる循環型作戦です。

単なる並列術式ではありません。

八人の八重士が柱になる。
柱と柱の間に隙間ができる。
その隙間を八重士以外の補助者が、接続未満の薄い枝で抜く。
さらに外側から観測担当が、柱が柱であり続けていることを縫い留める。

署名確認、停止判断、帰還確認、責任記録まで含めて初めて成立します。

分類内容
8八人の八重士
主接続64八人の八重士が、それぞれ八接続級の主工程を担当する総接続数
隙間枝8柱と柱の間に生じる反発・侵食・詰まりを抜く補助枝
外縁観測8相当柱を外側から縫い留める観測役
署名・停止・帰還複数名痩せ、時相干渉、暴走、責任不在を防ぐための外部確認

対角配置と隙間枝の違い

種類目的内容
対角配置相殺安定化過剰出力を反対系統の柱で受け、全体の偏りを抑える
隙間枝反発・侵食・詰まりの処理目的接続の前に対立系統を薄く通し、主接続化させずに負荷を抜く

この二つは近いですが、同じではありません。

対角配置は柱同士の安定化。
隙間枝は柱と柱の間にできる負荷の逃げ道です。

透の担当枝

透の担当は、八本すべての枝ではありません。

固定柱の前に置かれる、偏向の隙間枝です。

透は柱ではありません。
全体の流路担当でもありません。
自分の一本だけを、枝のまま通します。

第8話では、透は固定柱へ直接干渉しません。
偏向の枝を一度限界まで細くし、そのままでは詰まるため、一瞬だけ小さな揺らぎを作ります。

欲しいのは固定柱を我に返すためだけの小さな揺らぎであり、すぐに隙間を戻すことでした。

八重結びの意味

八重結びは、禁呪を安全にする術ではありません。

一人で抱えると危険なものを、分けて持つための作戦です。

真の意味は、

八重士ですら一人では届かないものを、八人と周囲の人間で結ぶ。

ことです。


主要人物設定

三枝透

黒瀬退魔処理の若手退魔士。
偏向を得意とするが、固定は苦手。

最終的には、八重士にはなりません。

だが八重士たちの術式を支える隙間の一つを、自分の一本として引き受けます。

透の到達点は、全部を背負うことではありません。
柱になることでもありません。

自分が約束できる一本を、枝のまま通すことです。

黒瀬玄一

黒瀬退魔処理の社長兼現場責任者。
派手な処理よりも、現場から戻ってくることと、案件を終わらせることを重視します。

事故を知っていたのではありません。
事故の後始末が今も終わっていないことを知っていました。

片桐美緒

黒瀬退魔処理の事務・契約・調整・報告書担当。

美緒の書類仕事は、名前と責任を時間軸に固定する行為でもあります。

術式を発動するわけではありません。
けれど、作戦を成立させる結び目の一つです。

篠宮伊織

元請け側の若手退魔士。
固定系で、ツール型。

八重結びでは、循環接続の内側には入りません。
外縁のさらに外側で、術具安定、現場把握、安全監査、護衛を担います。

鷹宮亮介

大手退魔法人の案件管理部。
元請け側の責任者です。

八重結びでは、八人の八重士を一時的に動かすことで発生する責任を背負います。

白鳥理央

大手退魔法人・研究開発部のAI術式アーキテクト。

冷静、論理的、感情を挟まないように見えますが、実際には普通に気にします。
ただ、感情表現をロジックに変換して話す癖があります。

宮守つづり

協力業者。
札、鈴、結界具、吸い札、鏡面杭などを扱う道具屋です。

札の余剰は無駄ではなく、失敗時の逃げ道だと考えています。

土御門清胤

古い流派の顧問。
禁忌の知識、鎮魂、古典術式に詳しい人物です。

第6話では、一人で背負うから禁呪になる、という核心を語ります。

瀬良義景

隠居した元八重士。
穏やかですが口が悪く、覚悟を美化しません。

白鳥は、瀬良の感覚的な説明を観測項目に変換し、枝を式守に入力できる形へ落とし込みます。


第8.5話の後処理

第8.5話は、八重結び作戦後の後処理回です。

現場は終わりました。

旧市営地下道の累積霊障は、分解され、希薄化され、封印されました。
八人の八重士も、補助班も、現場担当も、全員帰還確認済みです。

名前も残った。
署名も残った。
記録も残った。

つまり、現場は終わりました。

だが、案件は終わっていません。

八重士を各地から抜いたことで、しわ寄せが発生します。

地域・相手後処理
北海道観測網が薄くなった分の再確認
北陸希薄処理の積み残し・日程再調整
九州札使用量増加と補充請求
中部風祭令による地域間交流会、または合コン相談
四国巡礼路・移動型残滓の再編確認
宮守つづり売り物ではない緊急用術具を、売り物より高く請求する
白鳥理央業務負荷軽減AIを善意で提案し、学習データ整理という新しい仕事を増やす

ラストでは、美緒が休暇申請ではなく休暇通達を出します。

逃走ではありません。
休暇です。

案件は終わっていません。

だが、今日は終わりにしました。


付録:瀬良式説明群

瀬良義景の説明は雑です。

本人も「知らんけど」と締めがちです。

しかし、式守の観測ログと照合すると、瀬良の比喩は実際の枝発生タイミングと一致する例が多くあります。

白鳥は、これらの比喩群を「瀬良式説明群」として整理しました。

瀬良本人は嫌がっています。

瀬良の比喩対応する枝
拳を握る前に、ちょっと指を開くだろ。開いたから殴るわけじゃねえ。握るために開くんだよ凝縮前の希薄枝
走ってる犬を真正面から抱き止めるな。ちょっと横に流してから首輪を掴め固定前の偏向枝
湯加減を見る前に、いきなり風呂へ飛び込む馬鹿はいないだろ。指先で触る。あれだ同調前の観測枝
掃除機かけたあと、ゴミ袋が破れてないか見るだろ。吸ったから終わりじゃねえ希薄後の固定枝
名前ってのは釘だ。紙に打って、声で打って、人に読ませてもう一回打つ署名確認・名痩せ対策
枝は飾りじゃない。幹が折れないように、力を逃がすところだ枝の総論

観測二連

瀬良の八接続術式例には、冒頭に観測が二回連続で入るものがあります。

対象は「見られると強くなる」怨霊。
観測しなければ位置が分からない。
しかし観測すると、怨霊側もこちらに反応します。

一回目の観測は、対象の現在位置を読むための観測。
二回目の観測は、観測された対象が直後にどう変化したかを見るための観測。

瀬良はこれを、

こっちが見たらあっちが見るだろ?
そしたら負けねぇぞって、がん飛ばしてやるんよ。

と説明します。

白鳥はこれを、

対象の反応速度を測りつつ、観測優位を維持している。

と解釈します。

観測四連について

瀬良式観測四連は、設定資料上は存在します。

ただし、本編では強く出していません。
便利技に見えすぎるため、付録扱いです。

観測四連の本質は、四回観測することではありません。
三回目に、対象本体ではなく、予測された変位先を先に観測することです。

逃げ込もうとした先に、先に目を置く。

怨霊は、そこへ変位することを躊躇します。

瀬良本人は、これも「ガン飛ばし」と呼んでいます。

白鳥は「観測位置制御による変位選択抑制」と記録しています。

瀬良は「だからお前らの記録はつまんねぇんだよ」と言っています。


作者メモ

ここからは、作中設定ではなく作者メモです。

この作品で最初に書いたのは、第0話でした。
公開しているものは、後から設定に合わせてかなり調整していますが、最初に出てきたのは「八十年前の地下道で、防火扉を閉めた日」の話です。

ただ、その時点では、特に小説を書くつもりはありませんでした。

第0話を書いたあと、ふと考えました。

怨霊って、そもそも何なんだろう。

壁を抜ける。
でも、人の首を絞める。
実体があるのか、ないのか、よく分からない。

そんなことを考えているうちに、かなり雑に言うと、

存在確率を調整できれば、それっぽいことができるのでは?

という発想に行き着きました。

量子力学のトンネル効果などを、かなりふわっとしたイメージとして借りています。
もちろん、厳密な物理として扱っているわけではありません。
あくまで創作上の発想です。

そこから、偏向、固定、希薄、凝縮、観測、同調といった術式の基本系統が出てきました。

ただ、一つ一つの系統だけだと、どうにも弱そうです。

では、組み合わせればいい。

これが「接続」の基本設定です。

接続する以上、上限もあるだろう。
人間が安全に扱える限界は、八個くらいではないか。
では、その倍くらいまで無理やり伸ばすと、禁呪になるのではないか。

そんな感じで、八接続、十六接続、禁呪という考え方が出てきました。

そして、十六接続を安全に分解したら、六十四接続くらいになりそうだなと思いました。

そこで主人公に、

だったら八人でやればいいじゃん

と言わせたら、ちょっと爽快なのではないか。

ここで「八重結び」という言葉が出てきました。

ただ、それだけだと少しシンプルすぎました。

十六接続を八人で分けて終わり、では面白くない。
それなら、まず「安全化禁呪」という形に一段階置いて、そこからさらに危険を取り除いたものを「八重結び」にしよう。

そう考えたあたりから、設定作りが一気に地獄になりました。


枝の元ネタ

枝は、完全なオリジナル概念かと言われると、少し微妙です。

元々の発想は、音楽用語っぽい言い回しの、

髪の毛一本分待つ

です。

白鳥なら、たぶんこう言います。

つまり、微小時間待機。

そうそう。

ただ、「髪の毛一本分待つ」は、正式な音楽用語というより、かなりローカルな比喩表現っぽいです。
少なくとも、一般的な用語として定着している感じではありません。

ただ、「髪の毛一本分」という言い方自体は、音楽でもデザインでも、極小のズレや微調整を表す比喩としては通じます。
音楽文脈でも、「髪の毛一本」レベルで音の長さにこだわる、という表現はあります。

元々の発想は、その手の超微細なタイミング感覚です。

そして、その派生概念、かつさらにローカルな比喩として、

枝毛一本分待つ

があります。

白鳥なら、たぶんこう言います。

つまり、極小時間待機。

それが違う。

実は、待たない。

気持ちだけ待つ。

白鳥なら、こう言い直すと思います。

待機ではなく、待機の意識だけを置く、ということですか。

近いです。

気持ちだけ待つと、リズムが安定します。
しかも、実際には待っていないのに、気持ちだけ溜めが入るので出力が上がる。

白鳥なら、さらにこう整理すると思います。

実処理時間は変化せず、術者主観上の溜めだけが発生する。

そういう言い方をされると、急に分からなくなる。

土御門なら、こう言うかもしれません。

それはワシも知らなんだ……。

そうだよ。
こんなの言われなきゃ分からない。

作中の「枝」は、この感覚を術式側に持ち込んだものです。

実際には、接続数として数えるほどの時間も出力もない。
でも、術者の主観上は確かに小さな溜めや拍がある。
それによって、術式の立ち上がりや安定性が変わる。

瀬良義景の体重計ジャンプ枝や、透の偏向・偏向枝・偏向は、この「実処理時間はほぼ変わらないが、主観上の微細な拍が入る」感覚から来ています。


禁呪の元ネタ

禁呪という言葉はパワーワードですが、作中でのイメージはもっと現実寄りです。

一人の人間に、いろいろ背負わせすぎている状態。

本人は回せているつもり。
周囲も、回っているように見えている。

でも実際には、どこが大変なのか、どこがつらいのか、どこが限界なのか、誰にも正確に見えていない。

一見すると大丈夫。

でも、ある日突然いなくなる。
名簿から消える。

※転職です。

だから、まず見える化する。

どこが重いのか。
どこが危ないのか。
どこで限界を超えるのか。
どこなら別の人に回せるのか。

この段階が、安全化禁呪です。

安全化禁呪は、安全になった禁呪ではありません。
危険の残り方が見えるようになった禁呪です。

そこから、見えた負荷を分ける。

一人が全部持つのではなく、複数人で持つ。
術者だけでなく、観測する人、記録する人、名前を呼ぶ人、止める人も含めて支える。

この段階が、八重結びです。

禁呪は、一人に全部持たせた結果の術。
安全化禁呪は、それを見える形に分解した術。
八重結びは、それをみんなで持つための術。

きっと事務職もフォローしてくれる。
それなら、たぶん消えない。

※ただし、片桐美緒級事務がいるとは限らない。


設定先行でできた話

最初は八人で済むつもりでした。
でも、考えれば考えるほど、八人だけでは足りない。

隙間を見る人がいる。
外側から観測する人がいる。
署名を確認する人がいる。
責任を持つ人がいる。
術具を支える人がいる。

十六人、三十二人と増えていき、

八重結び、いったい何人参加してるんだよ。

という状態になりました。

そうして、だいたい今の作品の形になっています。

そして、ここで重要なことを忘れていることに気づきました。

キャラを、誰一人考えていない。

そうです。
この物語は、設定だけが先行しきってしまった作品です。

読んでくださった方の中には、「伏線をちゃんと拾っている」と思ってくださった方もいるかもしれません。

逆です。

答えを先に設定しています。
伏線っぽいものは、後から配置しています。

極端なことを言うと、この作品は、

0話 → 6.5話 → 7話 → 8話 → 8.5話 → 6話……

くらいの順番で作っていると言っても過言ではありません。
本当にそんな感じです。

設定を作って、構造を決めて、成立条件を並べて、事故条件を洗い出して、そこから登場人物を配置する。

ある意味、職業病のようなところもあります。

職業は一応伏せておきます。
推測してみるのも、少し面白いかもしれません。


おわりに

『八重結び』は、退魔士を「祓う人」ではなく、調査し、対処し、報告し、経過観察まで行う専門業者として描く話でした。

怪異を倒して終わりではなく、名前を確認し、記録を残し、責任の線を引き、帰ってきたことを確かめる。

そういう地味な部分まで含めて、ひとつの作戦になる。

その面倒くささを、少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。

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