召喚士が召喚した召喚士~基礎から始める召喚マネジメント講座~ 第0話 赤竜は暇だった

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召喚士が召喚した召喚士~基礎から始める召喚マネジメント講座~ 第0話 赤竜は暇だった

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召喚士が召喚した召喚士~基礎から始める召喚マネジメント講座~
創作実験TOP異世界ファンタジー召喚士ものLv1召喚士が呼び出したのは、Lv99召喚士だった作品紹介低位精霊を呼ぶだけの実習だった。見習い召喚士リオルは、水精霊を呼ぼうとして失敗する。崩れかけた召喚を止めようと補助札に触れた結果、召喚陣から…

 赤竜が吠えたわけではない。

 炎を吐いたわけでもない。

 ただ、見た。

 それだけで、谷にいた魔物の群れは崩れた。

 山の高みに伏せた赤竜が、ほんの少し首を動かしただけだった。けれど、それで十分だった。

 谷を渡っていた角のある魔物が足を止める。群れの先頭が向きを変える。後ろの個体が押し合い、悲鳴のような鳴き声が風に散った。

 逃げる。

 散る。

 隠れる。

 牙を剥く者はいない。

 爪を立てる者もいない。

 挑む者など、どこにもいない。

 赤竜は、それを勝利とは思わなかった。

 勝利には、始まりが必要だった。

 これは、始まる前に終わっただけだった。

「またか」

 赤竜は、低く呟いた。

 声は山肌を震わせ、崖の雪を少しだけ落とした。

 谷の魔物たちは、さらに遠くへ逃げた。

 赤竜は追わなかった。

 追う理由がなかった。

 腹が減っているわけではない。縄張りを荒らされたわけでもない。敵意を向けられたわけでもない。

 ただ、そこに魔物がいた。

 赤竜が見た。

 それだけで終わった。

「また、何も起きなかった」

 山は静かだった。

 雲は赤竜の翼より低いところを流れていた。空は広く、風は冷たい。山腹には、古い焼け跡がいくつもある。

 かつて赤竜が退屈まぎれに火を吐いた跡もあれば、ただ寝返りを打っただけで焦げた斜面もある。

 赤竜にとっては、どれも同じだった。

 燃える。

 冷える。

 草が生える。

 森になる。

 また燃える。

 それだけだ。

 赤竜は巨大な翼を畳み、岩の上に顎を置いた。

 眠ろうとした。

 だが、眠りにも飽きていた。

 目を閉じれば、次に目を開けた時、また同じ山がある。同じ空がある。同じ恐れがある。

 赤竜は何度も眠った。

 季節が変わった。

 森が伸び、焼け、また伸びた。

 川の形が少し変わった。

 人間の村ができ、滅び、また別の場所にできた。

 けれど、赤竜にとっては、どれも似たようなものだった。

 誰も近づかない。

 誰も頼らない。

 誰も、赤竜に何かを求めない。

 求められることがあるとすれば、討伐か、恐怖か、回避だけだった。

 暇、という言葉は軽い。

 しかし赤竜の暇は、午後の退屈ではない。

 雨の日に外へ出られない子供の苛立ちでもない。

 百年眠っても、まだ続く暇だった。

 千年起きていても、埋まらない暇だった。

 何をしても勝つ。

 何もしなくても恐れられる。

 赤竜は、自分が強いことを知っていた。

 そして、強いだけでは何にもならないことも、知り始めていた。

「我は、なぜここにいる」

 その問いに答える者はいなかった。

「誰も来ぬ」

 風だけが、山肌を撫でていく。

「誰も求めぬ」

 赤竜は目を開けた。

 遥か下に、小さなものが見えた。

 人間だった。

 山道とも呼べない岩場を、一人で登っている。

 供はいない。

 旗もない。

 弓も槍も見えない。

 ただ、一人の人間が、息を切らしながら山を登ってくる。

 赤竜は、しばらくそれを眺めた。

 愚かな討伐者か。

 あるいは、死に場所を探す者か。

 どちらでもよかった。

 どちらでも、始まる前に終わる。

 人間は、赤竜の威圧が届く距離まで来ると、足を止めた。

 膝が震えている。

 息も上がっている。

 顔色も悪い。

 それでも、逃げなかった。

 赤竜は首を上げる。

 人間の全身を影が覆った。

「人間」

 赤竜が呼ぶと、岩場が震えた。

 人間は両手をつきそうになりながらも、どうにか立っていた。

「はい」

「何をしに来た」

 人間は、顔を上げた。

「あなたに会いに来ました」

「殺しに来たのではないのか」

「殺せるとは思っていません」

「では、死にに来たか」

「できれば、それも避けたいです」

 赤竜は、少しだけ目を細めた。

「ならば、なぜ来た」

 人間は、強い風に服を煽られながら答えた。

「あなたが、何をしているのか知りたかったので」

「何をしているか、だと?」

「はい」

 赤竜は、しばらく黙った。

 それから答える。

「何も」

「何も?」

「何をしても、同じだ」

 人間は、その答えを笑わなかった。

 退屈している竜、などと軽く受け取らなかった。

 赤竜の声には、退屈よりも深いものがあった。

 疲労に近い。

 あるいは、諦めに近い。

 人間は、ゆっくりと呼吸を整えた。

「敵がいないのですね」

「いる。だが、敵になる前に逃げる」

「守るものは?」

「ない」

「欲しいものは?」

「欲しいものなどない」

「では、なぜ起きているのですか」

 赤竜は黙った。

 山の風が、二人の間を抜けていく。

 人間は、さらに言った。

「眠る理由も、起きる理由も、なくなっているのですね」

「人間。言葉を選べ」

「選んでいます。だから、まだ生きています」

 赤竜は、わずかに喉を鳴らした。

「面白いことを言う」

「面白いだけで済めばよいのですが」

 人間は召喚士だった。

 赤竜には、それが分かった。

 魔力の流れが違う。

 普通の兵士ではない。狩人でもない。呪術師でもない。

 召喚士。

 契約を扱う者。

 呼び、応じさせ、時に頼み、時に縛る者。

 けれど、その召喚士は赤竜を縛ろうとしていなかった。

 鎖の匂いがしない。

 支配の術式もない。

 赤竜に向けた攻撃準備もない。

 ただ、見ていた。

 赤竜の牙ではなく。

 爪ではなく。

 翼でも、炎でもなく。

 赤竜が何もしていないことを、見ていた。

「あなたには、役割が必要なのかもしれません」

 召喚士が言った。

 赤竜は鼻を鳴らした。

「我に役割を与えると?」

「命令ではありません」

「命令ならば焼く」

「でしょうね。ですので、お願いです」

「願い」

「はい」

「人間が、我に願うのか」

「そうです」

 赤竜は、召喚士を見下ろした。

「願いとは、身の程を知る者が使う言葉ではないのか」

「身の程を知っているから、願うのです」

「面白い」

「焼かないでいただけると助かります」

 召喚士は、少しだけ笑った。

 赤竜は笑わなかった。

 だが、焼きもしなかった。

 召喚士は、赤竜を利用する役割をいくつか思いついていた。

 王国守護。

 国境防衛。

 魔物討伐。

 戦争抑止。

 どれも大きい。

 どれも、赤竜の強さにふさわしいように見える。

 けれど、それらは赤竜を利用することに近かった。

 強いから戦わせる。

 強いから守らせる。

 強いから国を背負わせる。

 それでは、赤竜はまた強さに閉じ込められるだけだ。

 もっと小さくてよい。

 もっと個人的でよい。

 終わらせられるものがよい。

 召喚士は、少し迷ってから言った。

「では、私の財宝を守ってもらえませんか」

 赤竜の目が、わずかに動く。

「財宝?」

「はい」

「我に、財宝の番をしろと」

「言い方を選ばなければ、そうです」

「財宝など、どうでもよい」

「ええ。だからよいのです」

「どういう意味だ」

「あなたを縛るほど大切なものではありません。けれど、あなたに頼む理由にはなる」

「理由」

「はい。あなたがそこにいてよい理由です」

 赤竜は、静かに召喚士を見た。

「我は、理由がなければいてはならぬのか」

「そんなことはありません」

 召喚士は、即座に答えた。

「ただ、理由があった方が楽な時もあります」

「人間は、面倒な生き物だ」

「竜も、意外とそう見えます」

「焼くぞ」

「まだ契約前ですので、ご遠慮いただけると助かります」

 赤竜は、今度こそ少しだけ喉を鳴らした。

 笑ったのかもしれない。

 山が低く震えた。

「財宝など、誰でも守れるだろう」

「いいえ」

 召喚士は首を振った。

「これは、あなたにしか頼めません」

「我にしか?」

「はい」

「強いからか」

「強いからです」

「ならば、他の者でもよい。強い者を集めればよい」

「強いだけなら、代わりはあります」

 赤竜の目が、細くなる。

「では、なぜ我だ」

 召喚士は、一度息を吸った。

 それから、静かに言う。

「あなたは、守るものを欲しがっているように見えたからです」

「……欲しがってなどいない」

「そうですか」

「そうだ」

「では、断りますか」

 赤竜は答えなかった。

 召喚士は、追い詰めるようなことは言わなかった。

「断っても構いません」

「……」

「私は、あなたを支配しに来たわけではありません」

 赤竜は、しばらく召喚士を見ていた。

 やがて、低く問う。

「財宝は、どこにある」

「引き受けてくださるのですか」

「場所を聞いただけだ」

「では、場所だけお伝えします」

「守らぬとは言っていない」

 召喚士は、少しだけ目を細めた。

 赤竜は、頼まれることに慣れていなかった。

 恐れられることには慣れていた。

 避けられることにも、挑まれることにも慣れていた。

 だが、頼まれることは少なかった。

 強いから逃げられるのではなく、強いから頼まれる。

 それは、赤竜にとって奇妙な感覚だった。

 召喚士の財宝は、山の奥の古い洞窟にあった。

 天然の洞窟に、少しだけ人の手が加えられている。

 床はならされ、入口には古い術式の跡がある。

 財宝と呼ぶには、あまり整っていない。

 金貨、銀杯、壺、宝石、古い剣、装飾品、魔道具。

 無造作に積まれているようにも見えた。

 赤竜は、洞窟に首を入れた。

 召喚士は、少し離れたところから説明する。

「盗まれない程度で構いません」

「程度とは何だ」

「ええと、誰かが持ち去らないように、という意味です」

「すべて記憶する」

「すべて?」

「形、数、色、重なり、傷、匂い、置かれた場所」

「そこまでしなくても」

 召喚士は困ったように言った。

 赤竜は真顔で返す。

「守るのだろう?」

「はい、守るのですが」

「ならば当然だ」

「当然、ですか」

「当然だ」

 召喚士は、財宝の山を見た。

 赤竜はすでに、金貨の積み方を見ていた。

 銀杯の傾き。

 青い石の欠け。

 黒い箱の向き。

 壺のひび。

 剣の柄の摩耗。

 翼の意匠を持つ古い魔道具の気配。

 そのすべてを、赤竜は記憶していく。

 召喚士は、少しだけ顔を引きつらせた。

「私は今、とても優秀な方に、軽い仕事を頼んでしまった気がしています」

「軽い仕事なら、なおさら失敗できぬ」

「そういうものですか」

「そういうものだ」

 赤竜は、財宝に興味がなかった。

 金も、宝石も、古い剣も、壺も、どうでもよかった。

 だが、守ると言われたものを守ることには、意味があった。

 召喚士は契約書を用意した。

 古い形式の契約だった。

 現代の契約制度から見れば、ひどく簡素なものだったが、その時代には、それで十分だと思われていた。

 召喚士は、赤竜に読み上げる。

「あなたが満足したら、契約は終わりにしましょう」

「満足とは何だ」

「もう守らなくてよいと思った時、でしょうか」

「我がそう思えばよいのか」

「はい。その時は私に言ってください」

「お前がいなければ?」

「戻ってきます」

「戻らなければ?」

 召喚士は、一瞬だけ言葉に詰まった。

「……戻ります」

「人間は短く生きる」

「痛いところを突きますね」

「事実だ」

「では、私が戻れない時は、後任に伝えます」

「後任」

「はい。あなたが望めば、契約を終えられるように」

「ならばよい」

 よくはなかった。

 けれど、その時の二人はまだ知らなかった。

 契約の終了条件は曖昧だった。

 後任への引き継ぎは、仕組みではなく約束に近かった。

 赤竜が自分から望みを申し出ることが前提だった。

 人間と竜の時間感覚が違うことも、分かってはいたが、契約には十分に刻まれなかった。

 それでも、その時は善意だった。

 召喚士は赤竜を縛ろうとしたのではない。

 赤竜も、縛られたとは思わなかった。

 ただ、頼まれた。

 そして、引き受けた。

 最初のうち、財宝守護は赤竜にとって救いだった。

 赤竜は洞窟の構造を覚えた。

 入口の風の流れを覚えた。

 足音の響きを覚えた。

 金貨の山の沈み方を覚えた。

 宝石の表面の傷を覚えた。

 翼の意匠を持つ魔道具が、どのような精霊力を帯びているかも覚えた。

 召喚士は何度か訪れた。

 そのたびに、赤竜は報告した。

「具合はどうですか」

 ある日、召喚士がそう聞いた。

 赤竜は首を傾ける。

「具合とは」

「退屈していませんか」

「していない」

「それはよかった」

「昨日、金貨の山が二枚分沈んだ」

「はい?」

「湿気だ。奥の壁から水が入っている。放置すれば、三十年で壺が割れる」

「三十年」

「短い」

「私には少し長いです」

「人間は不便だな」

「よく言われます」

 召喚士は笑った。

 赤竜は笑わなかったが、以前より穏やかだった。

 誰かに頼まれた仕事がある。

 自分がそこにいる理由がある。

 財宝そのものより、守るという行為が、赤竜を支えていた。

 それから、召喚士が来る間隔は少しずつ伸びていった。

 一年。

 三年。

 十年。

 赤竜にとっては短い。

 けれど、召喚士にとっては短くなかった。

 やがて、召喚士は来なくなった。

 赤竜は待った。

 一年は、待つうちに入らなかった。

 十年も、竜にとっては長い昼寝のようなものだった。

 百年が過ぎた時、赤竜はようやく考えた。

 人間は、戻ると言っても戻れないことがあるのだと。

 赤竜は怒らなかった。

 まだ怒らなかった。

 戻ると言った。

 ならば、まだ守る。

 戻る前に失われてはならない。

 そう思った。

 やがて、召喚士の後任らしき者たちが洞窟の入口へ来た。

 彼らは赤竜を恐れていた。

 遠くから財宝が守られていることを確認し、契約書の写しを見て、安心したように頷いた。

「契約は継続している」

「赤竜も守護を続けている」

「ならば問題はない」

「解除の申し出は?」

「ない。なら、継続でよいだろう」

「赤竜に確認は?」

「刺激しない方がよい。守っているなら、それでよい」

 赤竜は、その会話を聞いていた。

 人間は、財宝が守られていることを望んでいる。

 ならば、守る。

 召喚士が戻らなくても、後任が確認に来た。

 これは継続の意思なのだろう。

 誰も嘘はつかなかった。

 誰も赤竜を騙そうとはしなかった。

 ただ、誰も最初の問いを持っていなかった。

 赤竜はまだ、その役割を必要としているのか。

 その問いだけが、引き継がれなかった。

 時間が流れた。

 後任の後任が来た。

 さらに、その後任が来た。

 契約の写しは増えた。

 台帳は増えた。

 しかし、本来の意味は薄れていった。

 赤竜は守り続けた。

 最初は、頼まれたから。

 次に、契約があったから。

 やがて、守っている間だけ、自分が存在してよい気がしたから。

「守る」

 赤竜は、洞窟の奥で呟いた。

「欠けてはならぬ」

 銀杯の傾きは変わっていない。

 黒い箱の上の青石もある。

 金貨の山は沈んでいるが、数は欠けていない。

 壺のひびは広がったが、まだ割れていない。

 翼の意匠を持つ魔道具は、長い年月の中で、少しずつ火の精霊力に寄っていた。

 赤竜はそれも覚えていた。

 誰もそこまで求めていない。

 しかし赤竜にとっては当然だった。

 守るとは、そういうことだから。

「失われてはならぬ」

 赤竜は、自分がいつからそう考え始めたのか覚えていなかった。

 財宝など、どうでもよかったはずだった。

 金も宝石も、古い魔道具も、赤竜の欲しいものではなかった。

 それでも、欠けてはならなかった。

 なぜなら、それを守っている間だけは、自分が不要ではないと思えたからだ。

 洞窟に、風が通った。

 ほんのわずかな風だった。

 入口からではない。

 岩の隙間でもない。

 赤竜は、少しだけ目を細めた。

 魔力は感じない。

 戦闘音もない。

 敵意もない。

 ただ、風が少しそよいだだけだった。

 赤竜は、また目を閉じた。

 財宝は、いつも通りそこにある。

 そう思った。

 赤竜は財宝に興味がなかった。

 ただ、財宝を守っている間だけは、自分がそこにいてよい気がした。


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