八重結び 第6話 六十四接続

八重結び 第6話 六十四接続 八重結び
八重結び 第6話 六十四接続

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八重結び|霊障処理にも契約範囲がある現代退魔業者もの
八重結び現代退魔業者もの怨霊は悪ではない。けれど、有害なら処理する。作品概要二〇三号室、夜間圧迫感および首部発赤の調査、ならびに必要と判断される場合の簡易対処および対処後観察。黒瀬退魔処理に回ってきたのは、そんな長い案件名の調査依頼だった。…
八重結び 第6話 六十四接続 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

一 封鎖区画の再評価

旧市営地下道の霊障は、突然発生したわけではなかった。

兆候は、以前から出ていた。

封鎖区画内の観測値の乱れ。
防火扉の向こうから聞こえる足音。
封印維持報告の欠落。
担当者名の不一致。
八十年前の事故記録に残る、強い術式暴発のような痕跡。

さらに、一部資料群には、現場入りの署名や担当者名に関する不自然な欠損が偏っていた。
術式図や処理記録にも、書き手不明の転記めいた記述が残っている。

どれも、単独なら事故ではない。

古い記録の劣化。
封印維持作業の誤差。
管理台帳の不備。
紙資料の破損。

説明はいくらでもつく。

だから、案件にはならなかった。

だが、式守に追加された「署名不備」の評価項目が、地下道関連資料の一部で偏りを示した。

ただし、重みは0.01。
単独なら、ほとんど無視に近い。

しかも、旧市営地下道そのものが、署名不備を多発させているわけではなかった。

封鎖区画に入った者の署名が、片端から欠けているわけではない。
維持管理に関わった全員の名前が、薄くなっているわけでもない。

偏っていたのは、八接続級以上の術式暴発が疑われる資料群だった。

現場入りの署名。
担当者名欠損。
観測ログの抜け。
書き手不明の術式記録。
意味を把握しないまま残されたような術式図。

それらは、旧市営地下道全体に均等に散っているのではなく、強い術式事故の痕跡が残る箇所に寄っていた。

だから式守は、旧市営地下道を「署名不備が多い案件」として拾ったのではない。

高負荷術式残滓に、名前や記録の欠損が随伴している可能性。

そういう相関候補として拾った。

式守の出力が、元請け側の端末に表示される。

件名。旧市営地下道封鎖区画・再評価依頼。
高負荷術式残滓を検出。
推定接続数、八接続級以上。
暴発痕跡あり。
観測ログ欠落。
現場入りの署名、担当者名欠損、書き手不明の術式記録が一部資料群に偏在。
旧市営地下道全体との直接相関は低。
高負荷術式残滓との相関候補として保留。

白鳥理央は、画面を見つめていた。

「現時点で確定できるのは、強い術式事故の残滓があるということです」

声は平坦だった。

だが、言葉の置き方は慎重だった。

「推定接続数は、八接続級、またはそれ以上」

篠宮伊織が、端末の表示を見る。

「八接続級以上……」

白鳥は頷く。

「ただし、記録上は八接続を超える術式の使用は確認されていません」

「では、八接続級術式の暴発ですか」

「現時点では、それが最も高い候補です」

白鳥は次の資料を開く。

「過去の事故で八接続級術式が暴発し、その影響が封印維持記録に残った可能性が高いです」

旧市営地下道は、ようやく案件になる。

発生したのではない。

案件化せざるを得なくなった。

二 記録にならなかった違和感

旧市営地下道封鎖区画の再評価依頼には、黒瀬退魔処理も呼ばれた。

単純な人手としてではない。

鷹宮亮介が、黒瀬玄一の過去調査知識を欲しがったためだった。

黒瀬は、大手退魔法人にいた頃、旧市営地下道そのものではなく、その後の封印維持作業や周辺記録に触れていた。

当時、それを異常として報告することはできなかった。
数値に出たわけではない。
誰かが明確に事故を起こしたわけでもない。

ただ、記録の抜け方、担当者の変わり方、現場が早く閉じられていく感じに、黒瀬は違和感を持っていた。

鷹宮はそれを知っている。

元請け側の会議室で、鷹宮は黒瀬へ資料を渡した。

「黒瀬には、記録になっていない部分を聞きたい」

黒瀬は資料を受け取りながら、少しだけ顔をしかめた。

「記録にないものを、今さら聞くのか」

「記録にないものを、今さら拾わないといけない案件になった」

黒瀬は少し黙る。

「嫌な言い方を覚えたな」

鷹宮は軽く息を吐いた。

「君ほどじゃない」

二人の会話は、いつも通りそこで止まった。

近いのに、踏み込まない。
踏み込まないことで、かろうじて仕事の形を保っている距離だった。

美緒も同行していた。

美緒は術者として前に出るわけではない。
ただ、契約、元請け、下請け、研究開発、古典監修、術具職人が同じ場にいる以上、調整役が必要になる。

鷹宮は、美緒の調整能力を知っていた。

契約外作業。
術具消耗。
保険。
報告書。
責任範囲。

それらを破綻させずに整理できる人間として見ている。

「片桐さんも来てほしい」

美緒は眉を動かした。

「私ですか」

「この手の案件は、術式だけでは進まない」

鷹宮は資料を閉じる。

「誰が何を言っていて、何が記録に残り、何が残らないか。そこを見てくれる人間がいる」

美緒は少しだけ目を細める。

「便利に言われている気がします」

「実際、便利だと思っている」

「否定しないんですね」

「嘘をつくと、あとで報告書が増えそうだからね」

美緒は否定しなかった。

透は、この段階ではおまけに近かった。

黒瀬退魔処理の若手だから連れてこられた。

ただし、鷹宮にはもう一つ理由がある。

透は、白鳥と現場で少ない接点を持った人間だった。
式守の短縮案に巻き込まれ、名前認識遅延を起こし、現場入りの署名の欠損も記録されている。

白鳥が式守の外側を学ぶなら、透は近くにいた方がいい。

鷹宮は透を見る。

「三枝くんも来ているのか」

透は手を上げる。

「おまけです」

「今のところはね」

「今のところ?」

「君は白鳥さんにとって、少ない現場接点の一人だ」

透は不安そうに白鳥を見る。

「それ、いいことですか」

白鳥は端末から顔を上げずに答えた。

「有用ではあります」

「白鳥さんの褒め方、ずっと怖いんですよ」

「褒めていません」

「余計怖い」

三 処理の層

日野原澪は、地下道関連資料を一通り確認したあと、静かに言った。

「これは、一体の怨霊ではありません」

元請け側の解析室には、地下道の図面、封印維持記録、事故記録、式守の出力、白鳥の補足ログが広げられていた。

澪のノートには、場所ごとに違う筆圧で書かれたメモが並んでいる。

八十年前の災害。
防火扉。
救助の失敗。
当時の封印。
処理報告の欠落。
維持管理の先送り。
誰が何をしたのか分からない責任の層。

それらが、同じ場所に積み重なっている。

澪はノートを閉じずに続けた。

「これは、怨霊というより処理の層です」

透は聞き返す。

「処理の層?」

「はい」

澪は地下道の図面を指す。

「災害そのもの。救助の記憶。封印維持の失敗。報告書の欠落。それらが同じ場所に積み重なっています」

透は図面を見る。

「つまり、何を倒せばいいんですか」

澪は透を見る。

「倒す対象として見ると、たぶん間違えます」

「倒す対象じゃない?」

「敵がいるというより、終わっていない処理が絡まっている状態です」

透は言葉を飲み込む。

敵がいるなら、分かりやすい。
残滓なら薄める。
封じられたものなら凝縮して回収する。
噂なら流路を見てほどく。

でも、処理そのものが絡まっていると言われると、どこから手をつけるのか分からない。

澪は続ける。

「誰かが悪い、で片づくならまだ楽です」

「楽なんですか」

「はい。対象が定まるので」

少し間を置く。

「でもたぶん、そうではありません」

既存術式の効果も薄い。

希薄で散らしても、別の層から戻る。
凝縮で集めても、どの層を集めたのか分からない。
固定で留めても、留めた対象の外側から滲む。
観測しても、観測対象が一定しない。

澪は、言葉を選びながら言う。

「対象が一つなら、処置は組めます」

白鳥が頷く。

「はい。対象の定義があれば、術式構成は可能です」

澪は首を横に振る。

「でもこれは、対象というより層です」

図面の上に、薄い紙を重ねる。

「一枚剥がすと、別の層が出ます」

透が呟く。

「じゃあ、全部見るしかない?」

澪は即答しなかった。

そして、ゆっくり首を振る。

「見るだけでは足りません」

「見るだけでは」

「見る。止める。曲げる。薄める。集める。聞く」

澪は、一つずつ言葉を置く。

「たぶん、全部を何度も使う必要があります」

透は手を見る。

見る。
止める。
曲げる。
薄める。
集める。
聞く。

六つ。

それだけでも、若手が簡単に持てる数ではない。

しかも、何度も。

旧市営地下道は、敵ではない。

絡まった未処理そのものだった。

四 二つ目の八接続

八十年前に使用されたとされる術式資料が、鷹宮亮介に渡された。

紙資料は、古かった。

ところどころかすれ、端は傷み、ページの順番も一部補修されている。
ただし、必要な部分は読める。

鷹宮はそれを受け取ると、小さく呟いた。

「やっと来たか」

白鳥が横に立つ。

「式守でも解析します」

「まずは人間が読む」

鷹宮は資料をめくる。

「打開策になり得るのかどうか……」

そこまで言って、手が止まった。

「八接続の術式の使用予定が記載されている」

篠宮が顔を上げる。

「八接続ですか」

「ああ」

鷹宮はページを追う。

「そして、その後ろに別の八接続」

透が口を挟む。

「二つ使ったってことですか」

鷹宮は答えない。

二つ目の術式構成を追っている。

「二種類の八接続を使ったのか?」

その声は、誰かへの質問というより、自分への確認だった。

鷹宮は二つ目の術式構成をさらに読む。

そして、眉を寄せた。

「おかしい」

白鳥が問う。

「構成ですか」

「観測が一度も入っていない」

鷹宮の指が、術式図の線を追う。

「見る工程を抜いている」

土御門清胤が、静かに資料を覗き込む。

「見ない術式か」

鷹宮は続ける。

「対象を定めず、あらゆる方向へ手足を延ばしている」

少しだけ、空気が変わった。

鷹宮は資料を一枚戻す。

「……違う」

透が聞く。

「何がですか」

「これは、二つ目じゃない」

鷹宮は最初の八接続の終端を見る。

そこから、二つ目の八接続へ続く線。

「一つ目が、まだ終わっていない」

白鳥の視線が鋭くなる。

「連続術式ですか」

「八接続を、折らずに伸ばしている」

鷹宮は、はっきりと言った。

「十六接続だ」

誰もすぐには喋らなかった。

十六接続。

それは、単に八の二倍という話ではない。
人間の手足として扱える範囲を越えた数字だった。

そこで、初めて言葉が出る。

鷹宮は資料から目を離さずに言った。

「禁呪だ、これは」

白鳥が小さく息を吸う。

土御門は表情を変えない。

ただ、目だけが細くなっていた。

鷹宮は資料を最初から見直す。

「二つに分けて提出している」

「書類上は別々の八接続だ」

「どちらも単体では禁呪に見えない」

白鳥が言う。

「当時の行政が禁呪記録を抹消しようとした場合、これは検出を逃れます」

鷹宮は頷く。

「人間もそう読む」

そして、紙面を見る。

「だから八十年残った」

ページの端で、鷹宮の視線が止まる。

「……この術式図、変だな」

白鳥が聞く。

「構成ですか」

「いや、書き方だ」

鷹宮は、図の線と注記を見る。

「術式の流れを理解している人間の書き方じゃない」

「写した字、というより……」

少し考える。

「見たものを、または聞いたものを、そのまま残そうとしている」

白鳥が言う。

「転記、または口述筆記ですか」

「そう見える」

鷹宮は資料をそっと置いた。

「意味を理解して組み直した書類じゃない」

「分からないまま、失くさないように残した書類だ」

透は、思わず聞いた。

「分からないまま残せるんですか」

鷹宮は透を見る。

「残せる」

少しだけ声が重くなる。

「ただし、残るのは意味じゃない」

「形だけだ」

土御門が呟く。

「聞いたものを書き取ったのかもしれんな」

鷹宮は頷く。

「術者本人が書いたというより、近くにいた誰かが、見た通りか聞いた通りに残した」

白鳥が候補を挙げる。

「後輩、補助者、記録係」

「そのあたりだろうね」

鷹宮は、もう一度資料を見る。

「ただ、書いた人間は術式の意味を掴んでいない」

「だからこそ、余計な解釈が入っていない」

「そして、そのせいで八十年残った」

分からないまま残した形。
意味は抜けている。
だが、形だけは残っている。

それが今になって、禁呪の輪郭を見せていた。

五 効いた禁呪

鷹宮は資料を閉じなかった。

もう一度、術式の流れを見る。

「これは、単独の怨霊を処理する術式じゃない」

白鳥が反応する。

「累積型を想定している、ということですか」

「そう見える」

鷹宮は、二つに分けられた八接続の境目を見る。

「ただし、綺麗に層を分けて処理しているわけじゃない」

「では」

「むしろ逆だ」

鷹宮は資料を指で叩いた。

「観測で複雑さをほどくのではなく、複雑なものを複雑なまま掴みにいっている」

透は首を傾げる。

「複雑なまま?」

鷹宮は頷く。

「観測で対象を定めれば、術式は整理される」

「何を見て、何を止めて、何を曲げて、何を薄めるのか」

「手順としては正しくなる」

白鳥が続ける。

「ですが、対象が定まった瞬間に、届かない層が出る」

鷹宮は白鳥を見る。

「たぶんね」

「見れば対象は定まる」

「でも、対象が定まった瞬間に、届かない層が出る」

「この術式は、それを避けるために見ていない」

日野原澪が静かに言う。

「対象を決めないから、層全体へ触れられる」

次に、少しだけ声を落とした。

「でも対象を決めないから、術者自身も何に触れているか分からない」

鷹宮は頷く。

「そういう構造だ」

「闇雲だから危うい」

「けれど、闇雲だから全部へ届く」

「その危うさと万能さが、同じ根から出ている」

白鳥は式守の画面を見る。

「対象を固定しないことで、災害、封印、残滓、記録、責任の層を同時に処理対象へ含めている」

「そう言えば聞こえはいい」

鷹宮は冷たく返す。

「でも実際は、見ないまま全部に手を突っ込んでいる」

黒瀬が低く言った。

「まともな術式じゃないな」

鷹宮はすぐに答える。

「まともではない」

そのうえで、資料の末尾を見る。

「ただ、記録上、災害の拡大は止まっている」

誰も、そこを否定できなかった。

「地下道は封鎖されたが、被害は外へ広がらなかった」

白鳥が言う。

「効果はあった可能性が高い」

「高い」

鷹宮は資料を閉じかけて、閉じられなかった。

「だから厄介なんだ」

「危険だから捨てる、で済めば楽だった」

「でも、これは効いている」

「少なくとも、効いた可能性がある」

土御門が、短く言った。

「効いた禁呪ほど、質が悪い」

白鳥は顔を上げる。

「効果があるかどうかも含めて解析します」

土御門は白鳥を見る。

「その言い方も危ない」

「解析しなければ、安全確認もできません」

「安全確認のために禁呪へ近づく」

土御門は静かに言う。

「その入口が、もう禁呪らしい」

鷹宮も白鳥も、使いたいとは言わない。

だが、効果があるなら。
安全確認さえ取れれば。
打開策になるかもしれない。

その発想が、言葉にしないまま場ににじんでいる。

そこに危うさがあった。

六 使わずに済ませるために

鷹宮が十六接続を見抜いたことで、白鳥は式守の解析条件を変更した。

書類上の二つの八接続ではなく、連続した十六接続として扱う。

今回は効率ではない。

安全性を最優先する評価関数を与える。

入力する項目は、以前より増えていた。

微弱反応の除外禁止。
術具の遅延反応。
術後観測。
現場入りの署名。
本人確認遅延。
処理後経過評価。
現場違和感。
署名変動幅。

それでも、危険度は下がり切らない。

白鳥は画面を見つめる。

「データ不足による局所最適……」

そこで、止まった。

「違う」

「入力パラメータ不足」

白鳥は、思考を下からではなく、上からに切り替える。

観測が不足していることは分かっている。
けれど、単純に観測を足せばいいわけではない。

この術式は、観測を捨てることで成立している。

見ないことで、あらゆる方向へ手を伸ばしている。
見ないことで、自分がどこまで削れているかを知らずに済んでいる。
見ないことで、消えるその時までそこに存在できた。
見ないことで、最後まで何にでもなれた。

そこへ観測を足せば、術式は自分の欠落を見る。

存在しない部分を、自分で認める。
そして、形を保てなくなる。

十六接続の段階で、すでに常識の外側だった。

白鳥は、まず推定を置いた。

あるべき。
すべき。
だろう。
たぶん。
おそらく。
もしかしたら。
ひょっとしたら。

何一つ、通らない。

だから、次に思考の観測を入れた。

なんで。
どうして。
いつ。
どこ。
なに。
だれが。
だれに。
なんのために。

何一つ、返ってこない。

白鳥は、ようやく声にした。

「……解析不能」

少し間を置く。

「いえ」

「解析対象の定義が間違っている」

禁呪だと分かった以上、現状ではそれを解析し、使うしかないように見える。

だが、黒瀬玄一と土御門清胤は、それを危険視していた。

黒瀬は、旧市営地下道の事故そのものを知っているわけではない。
だが、その後の封印維持作業や、不自然な記録欠落に触れている。

黒瀬は言う。

「あの地下道は、終わった現場じゃない」

白鳥が顔を上げる。

「終わったことにされた現場だ」

土御門が続ける。

「禁呪は、強い術ではない」

その声は、いつもより硬かった。

「術式の勘定を、術者の側に回す術じゃ」

白鳥は式守の出力を見つめる。

危険度は下がらない。
だが、現場は待たない。

「このままでは使えません」

黒瀬は即座に言う。

「使えないなら使うな」

白鳥は顔を上げる。

「しかし、代替案がありません」

土御門が言う。

「代替案がないから禁呪に戻る」

白鳥は黙る。

「その考え方が、もう危ない」

鷹宮は資料を見る。

「それでも、地下道の反応は上がっている」

黒瀬が鷹宮を見る。

「鷹宮」

「再封鎖だけでは保たない可能性がある」

「だから、禁呪を使うのか」

鷹宮は答えなかった。

土御門が言う。

「使うために解析するな」

白鳥は土御門を見る。

「使わずに済ませるために、まず見るんじゃ」

白鳥は止まった。

「使わずに済ませるための解析」

「そうじゃ」

土御門は頷く。

「使える形に直すのではない」

「どこが危ないかを見る」

白鳥は画面へ向き直った。

解析の目的が、少しだけ変わった。

七 瀬良義景

白鳥は、禁呪由来の術式について追加資料を求めた。

「禁呪由来の術式について、追加資料はありますか」

土御門はすぐには答えなかった。

明らかに、答えたくない顔をしている。

「あるにはある」

白鳥は身を乗り出す。

「提示してください」

「わしの手元には、使える形では残っとらん」

「では、誰が持っていますか」

土御門は、あからさまに嫌そうな顔をした。

「……瀬良じゃな」

透が聞き返す。

「瀬良さん?」

篠宮が反応する。

「元八重士の瀬良義景ですか」

「元八重士、というだけなら他にもおる」

土御門は、しぶしぶ言う。

「じゃが、禁呪、失伝術式、記録から抜け落ちた退魔士の痕跡を、あそこまで漁っとる奴はそうおらん」

白鳥が言う。

「文献調査者として有用、ということですね」

土御門は顔をしかめる。

「言い方は癪じゃが、そうじゃ」

黒瀬が聞く。

「苦手なのか」

土御門は即座に答えた。

「苦手ではない」

少し間が空いた。

「話が合わんだけじゃ」

黒瀬が言う。

「それを苦手と言うんだ」

土御門は答えない。

土御門清胤は、瀬良義景を評価していた。
評価していたが、会いたくはなかった。

瀬良は感覚で話す。
土御門は理屈で組む。
どちらも古い術式を扱うが、見ている入口が違う。

しかも厄介なことに、相性が悪いと思っているのは、おそらく土御門だけだった。

隠居した元八重士、瀬良義景のもとを訪ねると、第一声からそれは明らかだった。

「おう、清胤。生きてたか」

土御門の顔が固まる。

「勝手に殺すな」

瀬良は悪びれない。

「いや、連絡寄越さねぇからよ。死んだか、拗ねたか、どっちかだと思ってた」

「どちらでもない」

「じゃあ拗ねてた方か」

「話をしに来たんじゃ」

「話してんじゃねぇか」

土御門がわずかに苛立つ。
瀬良はまったく悪気がない。

透は小声で黒瀬に聞く。

「あの二人、仲悪いんですか」

黒瀬は瀬良と土御門を見る。

「土御門さんはそう思ってる」

「瀬良さんは?」

「たぶん何も思ってない」

白鳥が本題に入る。

「禁呪に関する資料を確認したいのですが」

瀬良は、雑に手を振った。

「資料なら半分は嘘だぞ」

白鳥の手が止まる。

「嘘?」

「書いた奴が嘘ついた場合もあるし」

瀬良は軽い口調で続ける。

「書いた奴が消えた場合もある」

美緒が反応した。

瀬良はそれを見て、少しだけ目を細める。

「禁呪まわりの記録は、欠けてること自体が情報なんだよ」

白鳥が言う。

「欠損もデータとして扱うべき、ということですか」

「そういう堅い言い方するなら、そうだな」

土御門が低く言う。

「だから嫌なんじゃ」

瀬良は振り向く。

「何がだよ」

「今ので通じた顔をするところじゃ」

「通じただろ」

「通じたが」

土御門はそれ以上言わなかった。

白鳥は端末を開く。

分からないものを、分からないまま記録する。

前の現場で土御門から言われたことが、ここでも別の形で立ち上がっていた。

八 名痩せ

瀬良義景は、禁呪について語り始めた。

「禁呪ってのは、邪悪な術じゃねぇ」

透は少し意外そうにする。

「違うんですか」

「一人で持つにはでかすぎる術だ」

瀬良は、何かを握るように手を開閉する。

「だから、人の形の方が削れる」

「人の形?」

「身体だけじゃねぇ」

瀬良は指を折る。

「名前、記録、周りの記憶」

一つずつ、場の空気が重くなる。

「そいつが、そいつだったと分かるもの全部だ」

白鳥が言う。

「存在情報の欠損」

瀬良は顔をしかめる。

「硬ぇな」

「でもまあ、そうだ」

文献の記録には、明確には残っていない。

しかし、人数としては存在するはずの退魔士がいる。

周辺の情報から穴埋めすると、そこには間違いなく八重士級の退魔士がいなければならない。
そうでなければ、処理できなかった案件がある。

おそらく、その退魔士は禁呪を使った。
使ってもおかしくない状況だった。

しかし、どう解決したかは記録されていない。

瀬良は言う。

「記録しなかったんじゃねぇ」

「記録から抜けたんだ」

「そいつが存在しないことになったなら、確認するすべもねぇ」

その言葉に、美緒の表情が硬くなる。

署名不備。
名前への反応遅延。

まだ、そこへ話は向かわない。
だが、美緒はもう、それをただの事務項目として見られない。

瀬良は続けた。

「ただ、完全に消える前の症状ならある」

美緒が聞く。

「症状……?」

「名痩せだ」

白鳥が即座に言葉を拾う。

「名前が薄くなる現象」

「軽いやつなら、普通の術式事故でも起きる」

瀬良は、淡々と言った。

「署名がかすれる」

美緒の指が、わずかに止まる。

「画数が足りなくなる」

透が息を飲む。

「呼ばれても一拍遅れる」

前の現場の廊下。
名前が出なかった黒瀬。
「若いの」に返事をした自分。

「記録上の名前が少し揺れる」

美緒の頭に、透の現場入りの署名が浮かぶ。

三枝 透。
足りなかった「透」の一画。

瀬良は言う。

「禁呪クラスだと、それが濃く出る」

「署名が欠けるどころじゃない」

「名前が残らない」

「記録が残らない」

「周りが、そいつをそいつとして掴めなくなる」

「最後には、そいつが最初からいなかったみたいになる」

白鳥が入力する。

「名痩せが極端に進行したものが、記録、名前、存在の消失である可能性」

瀬良は頷く。

「可能性、でいい」

「断言すると足をすくわれる」

「でも、繋がってると見た方が生き残りやすい」

美緒は小さく言った。

「……でも」

全員が美緒を見る。

美緒は、透の方を見ないようにして続ける。

「透くんの現場入りの署名は、暴発の前に欠けていました」

透は苦い顔をする。

「順番が合わないやつですね」

白鳥が反応する。

「通常の因果であれば、術式暴発後に署名が乱れる方が自然です」

「しかし、透さんの場合、現場入りの署名は暴発前に欠損していました」

土御門は、少しだけ目を細める。

「後から前へ、染みたか」

白鳥が聞き返す。

「後から前へ?」

土御門は、嫌そうに言う。

「今起きた傷が、今だけに残るとは限らん」

「名を削る術は、順番まで薄くすることがある」

「後で欠けたものが、前から欠けていたように残る」

「そういう嫌な残り方じゃ」

白鳥は端末に入力する手を止めた。

「時間方向への干渉……」

「お前さんらの言葉なら、そうなるかもしれん」

瀬良が横から言う。

「ただし、禁呪だけの話じゃねぇ」

透が顔を上げる。

「禁呪だけじゃない?」

「術式ってのは、そもそも今だけ触ってるわけじゃない」

瀬良は少しだけ真面目な顔になる。

「名前も、記録も、因果も、多少は揺らす」

「普通の術式なら、揺れたところで戻る」

「軽く済めば、署名が少し欠ける」

「呼ばれて一拍遅れる」

「記録の名前が少し揺れる」

「それが名痩せだ」

瀬良は、そこで一度言葉を切る。

「でも濃く出れば、記録が抜ける」

「名前が残らない」

「周りが、そいつをそいつとして掴めなくなる」

「禁呪は、その揺れが戻らないところまで行く」

美緒は黙っていた。

暴発後に欠けたのではない。
暴発前から欠けていた。

それは予兆だったのか。
それとも、暴発の影響が過去側へ染みたのか。

まだ断定はできない。

ただ、署名不備を事務ミスだけで片づけることは、もうできなかった。

九 初歩の意味

瀬良は、少し雑に笑った。

「だから、もしも禁呪まがいを使おうとするやつがいると思ったら」

その笑い方に、軽さはない。

「全員の署名を確認しろ」

美緒が顔を上げる。

「署名を」

「画数が足りない、にじんでいる、かすれている奴は全員はずせ」

瀬良は言う。

「そいつらは供物になりかけてると思った方がいいぜ」

透の顔が強張る。

供物。

その言葉は、少しだけ遠いものに聞こえて、同時に自分の足元まで来ている。

瀬良は、わざと空気をずらすように笑った。

「まあ、たまたま字ぃ汚ぇやつかもしれねぇ」

「と言っても、退魔士は初歩修行で散々字ぃ書かされるから、汚ぇやつなんていねぇんだけどな」

その言葉に、白鳥が止まった。

「……初歩」

透も反応する。

以前、黒瀬にやらされた札写し。
現場入り確認票の署名。
読める字。
同じ手順。
同じ幅。

あれは、現場に入れていいかを見る門だった。

白鳥は画面を見ずに言う。

「不要と判断していた初歩は、予兆判定のための事前条件……?」

瀬良は顔をしかめる。

「長ぇ」

白鳥は言い換える。

「初歩修行は、術式出力のためではなく、筆跡と名前の安定性を揃える訓練だった可能性があります」

瀬良はもっと顔をしかめる。

「もっと長ぇ」

白鳥は少し黙ってから、もう一度言う。

「字を揃える訓練だった、ということです」

瀬良は腕を組む。

「短くはなったが、まだ硬ぇ」

白鳥は黙った。

美緒は、そのやり取りを聞きながら、以前の基礎訓練を思い出していた。

署名が読めるか。
疲れても確認を省かないか。
当たり前を当たり前に残せるか。

あの時は、事務的で地味な確認に見えた。

今は違う。

初歩修行は、強くなるためだけのものではない。

崩れた時に、崩れたと分かるための基準線だった。

白鳥は、式守の評価項目に新しい注記を加える。

初歩修行歴。
筆跡安定性。
現場入りの署名変動幅。
禁呪使用時の除外条件候補。

ただし、まだ断定はしない。

候補でしかない。

それでも、ゼロではないものがまた増えた。

十 普通の術式も分かっていない

瀬良は、そこで話をすぐには進めなかった。

まず、白鳥の前提を崩しにかかった。

「で」

瀬良は白鳥を見る。

「禁呪の解析をしていると言ったな」

白鳥は頷く。

「はい」

「はっきり言って難航しています」

少しだけ間を置く。

「この言葉はあまり使いたくありませんが、常識外です」

瀬良は笑った。

「そもそも術式が非常識だからな」

透が小さく言う。

「この場、ほとんど非常識集団」

篠宮がすぐに反応する。

「三枝さん」

「すみません」

白鳥は続ける。

「術式については、過去データがあります」

「通常術式であれば、構成、出力、対象反応、事故率、術具消耗の関係は解析可能です」

瀬良はそこで、少しだけ目を細めた。

「それよ」

白鳥は聞き返す。

「それ、とは」

「過去のデータから、術式がなぜ成立するかまで読めたか」

白鳥は黙った。

瀬良は、責めるようには言わない。

「術式は現象です」

白鳥は慎重に答える。

「成立している術式を、入力、比較、評価することはできます」

瀬良は頷く。

「じゃあ禁呪も成立してる現象だな」

白鳥は、返せなかった。

「別にいじめようと思って言ってるわけじゃねぇ」

瀬良は頭を掻く。

「まずは、頭の中の先入観ってやつをぶっ壊した方が聞きやすいと思っただけよ」

白鳥は、その言葉を繰り返す。

「先入観……」

「術式は、もう分かってるもの」

「禁呪は、分からないもの」

瀬良は白鳥を見た。

「そう分けてるうちは、多分読めねぇ」

白鳥は少しだけ顔を伏せる。

「通常術式も、解析対象として見直す必要がある」

「そういうことだな」

瀬良は軽く言う。

「成功してるから分かってる、とは限らねぇ」

「事故ってるから分からない、でもねぇ」

「分かってないまま、たまたま事故ってないものもある」

つづりが横から言う。

「職人の家の手順みたいだね」

「なんでか知らないけど、やめると壊れるやつ」

瀬良が指を鳴らす。

「そうそう」

「そういうのが一番怖い」

白鳥は黙る。

式守に入力できないものを手順に入れられない。
その判断自体は間違っていない。

だが、入力できないものが存在しないわけではない。

白鳥は、それをもう知っている。

十一 毒と基礎

少しの間のあと、瀬良は話を続けた。

「術式は原則的に毒だ」

透は思わず聞き返した。

「毒?」

「そうだ」

瀬良は雑に言い切る。

「人間の身体と、そこにくっついてるものに、存在確率だの霊圧だの因果だのを流し込むんだぞ」

「身体にいいわけねぇだろ」

白鳥が言う。

「術式負荷を毒性として扱う、という比喩ですか」

「比喩で済ませたいなら比喩でいい」

瀬良は続ける。

「で、毒だから基礎がある」

「毎日ちょっとずつ毒飲んでると、そのうち慣れるあれだな」

美緒が即座に言う。

「それ、たぶん健康に悪い例えです」

瀬良は笑う。

「だから退魔士はだいたい健康に悪い」

「まあ俺は酒でも中和してんだけどよぉ」

土御門がすぐに否定した。

「しておらん」

「気分の問題だ」

「それを中和とは言わん」

「細けぇな」

白鳥が遮る。

「続けてください」

瀬良は少しだけ白鳥を見て、続けた。

「慣れるってのにも限度がある」

「接続ってのは、数が一つ増えるたびに、同じ幅で難しくなるわけじゃねぇ」

「足し算じゃなくて、掛け算で増える」

白鳥が端末を見ながら補足する。

「難易度の上昇は、ほぼ指数関数的です」

瀬良は白鳥を見る。

「それそれ」

「そういう嫌な増え方だ」

「三から四、四から五は、まあ分かる」

「難しいが、まだ積み上げの延長に見える」

「でも、五を超えたあたりから急に跳ね上がる」

透が聞く。

「急に?」

「急にだ」

瀬良は指を折るのをやめた。

「難しくなれば、当然、使い手は減る」

「使い手が減れば、実績も減る」

「実績が少ねぇ術式は、事故が起きやすい」

「事故が起きれば、ますます使うやつが減る」

「そうやって、まともな経験が残らなくなる」

白鳥が端末に入力する。

「高接続術式における実績不足と事故率上昇」

瀬良は白鳥を見る。

「長ぇが、まあそうだ」

篠宮が静かに言う。

「だから、八接続が安全限界として扱われている」

「今はな」

瀬良はすぐに返した。

篠宮が顔を上げる。

「今は?」

「どこからが禁呪かなんて、実はよく分からん」

場の空気が少しだけ変わる。

「昔は、境目がもっと手前だったかもしれねぇ」

「六で禁呪扱いされた時代もあったかもしれねぇし、七で禁忌に突っ込んだ奴もいたかもしれねぇ」

「ただ、残った記録が少ねぇ」

「少ねぇ記録ほど、綺麗な顔をして残る」

土御門が低く言う。

「事故った記録ほど、失われる」

瀬良は頷いた。

「そういうことだ」

「だから、八接続だから禁呪じゃない、とも言い切れねぇ」

「八を超えたら全部禁呪、とも言い切れねぇ」

「八接続くらいになると、身体が慣れてようが、名前が慣れてようが、普通に持っていかれる」

場の空気が、少しだけ重くなる。

「そこで、対立系統をひとつ足して中和する、という考え方もある」

「観測に同調を接続する」

「固定に偏向を接続する」

「希薄に凝縮を接続する」

瀬良は、指を二本重ねるように動かした。

「単純に、もう一つ術を噛ませる話だ」

「見る力に、合わせる力を添える」

「留める力に、流す力を添える」

「薄める力に、集める力を添える」

「ただ、大体は相殺される」

「よくて、小さく安定化する程度だな」

「まあ、小さく安定化ってのも地味に名人芸だけどな」

「若手でできりゃ、エース級って言われる部類だ」

透がつい反応した。

「確かに、バランスの調整が激ムズです」

瀬良は透を見る。

「よお、自称エースくん」

「自称してないです」

「顔がしてた」

「顔で?」

「顔で」

篠宮が言う。

「三枝さん、調子に乗らない」

「乗ってないです。顔も」

一度、場が軽くなった。

軽くなることで、次の話を聞ける空気になった。

十二 枝

中和の説明が一区切りついたあと、瀬良は指を一本立てた。

「で、ここからは別の話だ」

透が聞く。

「別?」

「枝だ」

透は聞き返す。

「枝?」

瀬良は頷く。

「さっきの中和は、対立系統をひとつ足す話だ」

「枝は、接続として数えない隙間の話だ」

白鳥が端末を操作する。

「式守上も、枝は未定義です」

「微弱反応、外乱、補助操作、術者癖のいずれにも分類しきれていません」

瀬良は笑う。

「雑に言うぞ」

「なんかスッと入って、ボーンってなるやつだ」

透がすぐに言う。

「雑すぎません?」

「雑に言うって言っただろ」

白鳥が真顔で繰り返す。

「スッと入って、ボーン」

少し間を置く。

「記録不能です」

瀬良は頷く。

「だろうな」

「じゃあ、もうちょい言う」

瀬良は手を動かしながら説明する。

「中和じゃねぇ」

「押し上げる感じだ」

「固定に偏向を噛ませたら、普通は相殺される」

「留める力と流す力だからな」

「でも、ごくたまに、相殺じゃなくて噛み合う」

白鳥の目が動く。

瀬良は続けた。

「固定が強くなるのに、反発が逃げる」

「希薄が強くなるのに、術者側に来る負荷が散る」

「観測が細かくなるのに、見すぎて壊れない」

「そういう、変な噛み合い方をすることがある」

白鳥が入力する。

「対立系統の相殺ではなく、補助方向への干渉」

瀬良は頷く。

「たぶんそれ」

そこで、篠宮が反応した。

「……待ってください」

瀬良が見る。

「あ?」

「固定に偏向を噛ませる、と言いましたね」

「言ったな」

篠宮は透を見る。

「三枝さん」

透は身構える。

「商業施設契約外怪異対応を覚えていますか」

「あ、これ怒られるやつ?」

「めずらしく怒られるところではありません」

「めずらしく?」

「今はそこも重要ではありません」

白鳥が端末を操作する。

「件名、商業施設契約外怪異対応」

「当該ログを再表示します」

画面に、商業施設契約外怪異対応のログが出る。

件名。商業施設契約外怪異対応。
接続二直前。
微弱偏向反応を検出。
主術式寄与、不明。
外乱ノイズ候補。

篠宮は透を見る。

「あなたはあの時、接続二の固定の直前に、偏向へ逃げそうになったと言っていました」

透は頷く。

「はい。癖で」

「でも、実際には偏向を接続していない」

「してない……はずです」

白鳥が補足する。

「ログ上も、正式な偏向接続は確認されていません」

透は少し安心する。

「ですよね」

それから、自分の手を見る。

「あの時、偏向しようとしたわけじゃないんです」

「逃げそうにはなりました」

「固定が苦手で、いつもの癖で、流したくなった」

「でも、篠宮さんに言われた一拍を思い出して」

「流すな、まず留めろって」

「だから、偏向は止めたんです」

透は言葉を探す。

「止めたはずなんですけど」

「でも、完全に消えた感じじゃなかった」

篠宮が黙って聞いている。

「偏向を入れたんじゃなくて」

「固定の下に、偏向の逃げ道だけ残ったみたいな」

「固定してるのに、反発だけ横に抜けていく感じがあった」

瀬良が、そこで初めて目を細めた。

透は続ける。

「普段の固定は、押さえ込む感じなんです」

「苦手だから、力を入れるとすぐ跳ね返ってくる」

「でもあの時は、跳ね返りが来なかった」

「強く留めてるのに、詰まらない」

「硬いのに、息ができる」

美緒が聞き返す。

「硬いのに、息ができる?」

透は困ったように笑う。

「変な言い方ですけど、そんな感じです」

白鳥が記録する。

「固定出力上昇」

「反発低減」

「正式偏向接続なし」

「術者主観として、固定下層に逃げ道の残存感」

瀬良が言う。

「長ぇ」

白鳥は即答する。

「必要な記録です」

瀬良は透を見た。

「まあ、今のはかなり枝だな」

透が聞き返す。

「かなり枝?」

「かなり枝」

「正式名称みたいに言わないでください」

瀬良は肩をすくめる。

「接続したわけじゃねぇ」

「発動したわけでもねぇ」

「でも、術式の通り道だけ残ってる」

「本人は止めたつもりなのに、止めた跡が仕事してる」

瀬良は指で軽く空中を弾いた。

「それが枝だ」

白鳥が言う。

「先ほどの“スッと入って、ボーン”の具体例ですか」

「そうだ」

「今ので“説明精度”ってやつが爆上げだろ」

土御門が呟く。

「“説明精度”の意味を知っているやつの使い方ではない」

瀬良はまったく気にしない。

「上がっただろ」

白鳥は頷く。

「上がりました」

土御門は不服そうに言う。

「上がったことと、言葉の使い方が正しいことは別じゃ」

透は、自分の手を見たまま言った。

「でも、ちょっと分かりました」

瀬良が笑う。

「ほらな」

土御門は短く言った。

「ほらな、ではない」

十三 同じ道の先

瀬良は、枝を一般化する。

「で、今ので分かったと思うが」

「これは別に禁呪とか八接続とか、そういう大技だけの話じゃねぇ」

透が顔を上げる。

「普通の術式でも起きるんですか」

瀬良は透を見る。

「起きてただろ、今の話」

「さっき聞いた商業施設の件は、禁呪じゃねぇ」

「八接続でもねぇ」

「四接続だ」

「それでも枝は入る」

篠宮が補足する。

「正式には、観測、固定、偏向、希薄の四接続」

「ただし問題になったのは、固定前の微弱偏向反応です」

瀬良は頷く。

「そう」

「あの時のお前は、固定の前に偏向の跡を残した」

「正式な接続じゃねぇ」

「でも、その跡が固定を押し上げた」

「だから苦手な固定が高出力で安定した」

透は呟く。

「押し上げた……」

「普通につないだら、四接続か五接続あたりで限界が来る術者がいる」

瀬良は続ける。

「でも枝が入ると、三接続あたりで妙に安定することがある」

「三で安定するなら、四が届く」

「四で安定するなら、五が届く」

「五で安定するなら、六も見えてくる」

透の顔がわずかに動く。

瀬良は、そこへ釘を刺す。

「もちろん、毎回そう上手くはいかねぇ」

「枝は便利な補助輪じゃねぇからな」

「でも、接続数の壁を押し上げることがある」

白鳥が入力する。

「接続数を増やすのではなく、既存接続の安定限界を押し上げる」

瀬良は頷いた。

「それだな」

「長いけど」

「必要です」

「で、禁呪で怖いのは、こういう隙間まで術者の側へ寄ってくることだ」

透が聞き返す。

「隙間まで?」

「そうだ」

瀬良は、禁呪資料の方を見る。

「目的が複雑だった」

「その複雑な目的に、複雑なまま対処しようとした」

「だから十六接続になった」

「でも、接続として数えられるところだけが術式じゃねぇ」

「数えない隙間にも、負荷や逃げ道や反発が残る」

「禁呪は、その辺りまで術者の側に抱え込ませる」

「その結果、人間の形の方が持たなくなった」

土御門が低く言う。

「普通の術式と本質が同じだからこそ、危ない」

瀬良は頷く。

「そういうことだ」

「まったく別物なら、近づかなきゃいい」

「でも同じ道の先にある」

「だから、知らないうちに近づく」

透は、自分の手を見る。

自分の固定に入った枝。
名前への反応の遅れ。
現場入り前の署名の欠け。

それらは、禁呪とは遠いもののはずだった。

でも、同じ道の先にあると言われると、遠いものではなくなる。

十四 得意と苦手の間

瀬良は、話を基礎修行へ戻した。

「で、ここで基礎の話に戻る」

透は思わず言った。

「戻るんですか」

「戻る」

瀬良は、透を指す。

「今の三枝のやつ、偏向が得意で固定が苦手だから起きた可能性がある」

篠宮が反応する。

「得意系統と苦手系統の境目ですか」

「そういうことだな」

瀬良は続ける。

「枝が入りやすいのは、得意だけじゃねぇ」

「苦手だけでもねぇ」

「得意と苦手、もっと言えば対立系統の間に、変な逃げ道ができることがある」

ここで、瀬良は少し別の方向へ話を振った。

「意識高い系ってやつ?」

透が戸惑う。

「意識高い系?」

「そういう本あるだろ?」

瀬良は指を折る。

「長所を伸ばしましょう」

「自分に合った環境へ」

「得意を活かしましょう」

「みたいなやつ」

透は頷く。

「ありますね」

「あれはすごく正しい」

瀬良は、あっさり言った。

「正しいんだが、退魔士はそうなってねぇ」

「基礎では全部やる」

白鳥が言う。

「六系統の基礎修行ですか」

「そうだ」

瀬良は、少し声を落とす。

「得意だけ伸ばした方が早い」

「苦手を捨てた方が楽だ」

「得意だけで真っすぐ伸びるやつは強いのかもしれない」

少し間を置く。

「ただし、それは一発芸の場合だ」

透が繰り返す。

「一発芸」

「一撃で終わるなら、得意だけでいい」

「曲げるのが得意なやつは、ひたすら曲げればいい」

「止めるのが得意なやつは、ひたすら止めればいい」

「それで勝てる現場なら、それが一番強い」

瀬良は、そこで全員を見る。

「でも退魔士の現場は、だいたい一発で終わらねぇ」

「見る」

「止める」

「曲げる」

「薄める」

「集める」

「聞く」

「何かをやったら、別の何かが返ってくる」

「得意だけ真っすぐ伸びたやつは、その返りに弱い」

白鳥が言う。

「単一系統特化は、条件が合えば高出力」

「ただし、複合処理への適応性が低い」

瀬良は顔をしかめる。

「長ぇ」

「まあ、そうだ」

瀬良は透を見る。

「皮肉なもんで、退魔士の場合は、枝を拾ったやつの方が一発芸より強くなることがある」

透は小さく言う。

「枝を拾ったやつ……」

「得意だけで勝つんじゃねぇ」

「苦手との間に逃げ道がある」

「反発を逃がせる」

「負荷を散らせる」

「本来なら崩れるところで、妙に踏ん張れる」

篠宮が静かに補足する。

「確かに、商業施設契約外怪異対応では」

「固定が苦手なはずの人間が、固定が得意な人間を超える出力を、安定したまま出していました」

透は篠宮を見る。

「それ、俺の話ですよね」

「はい」

「褒められてるんですか」

「現象を述べています」

瀬良が呆れたように言う。

「褒め方が下手なやつしかいねぇな」

篠宮は即答する。

「褒めていません」

「なお悪い」

瀬良は続ける。

「だから、得意だけ見ても駄目だ」

「苦手だけ見ても駄目だ」

「得意と苦手の間、対立系統の間に、枝が入ることがある」

「それを拾うために、基礎では全部やる」

白鳥が入力する。

「だから、得意系統と苦手系統を優先する慣例がある」

瀬良は肩をすくめる。

「たぶんな」

「たぶん、ですか」

「断言できるほど分かってりゃ、苦労してねぇ」

土御門が低く呟いた。

「……それは、ワシも知らなんだ」

一同が土御門を見る。

土御門は少し苦い顔をする。

「慣例でやっておった」

「得意を見て、苦手を見て、対立系統も少し触らせる」

「特に破る理由もなかったから、だいたいその通りにしておった」

瀬良は言う。

「そういう慣例ってのは、だいたい誰かが痛い目見て残したやつだ」

つづりが頷く。

「職人の家にもあるよ」

「理由より先に、手順だけ残ってるやつ」

白鳥は少し黙った。

初歩修行は、筆跡と名前の安定性を揃えるための基準線だった可能性がある。

基礎修行は、得意・苦手・対立系統の間に枝が入る余地を作る下地だった可能性がある。

どちらも、術式の出力だけを見ていれば無駄に見える。

白鳥は、式守へ項目を追加する。

「得意系統」

「苦手系統」

「対立系統」

「単一系統特化」

「複合処理適性」

「基礎修行歴」

「系統間バランス」

「枝発生候補」

瀬良が言う。

「どんどん長くなるな」

白鳥は画面を見つめる。

「長い方が、削るより安全な場合があります」

瀬良は、少しだけ笑った。

「ちょっとは分かってきたじゃねぇか」

白鳥は、式守のログを見つめていた。

商業施設契約外怪異対応。

微弱偏向反応。
主術式寄与、不明。
外乱ノイズ候補。

白鳥は小さく言った。

「だから式守は、枝を学べていない」

瀬良は当然のように返す。

「そりゃそうだ」

「誰も教えてねぇんだから」

白鳥は少し黙る。

「文献だけでは不足です」

「まあ、そうだな」

白鳥は瀬良を見る。

「瀬良さんの接続一から八まで、すべての術式を観測します」

瀬良が、初めて本気で慌てた。

「ちょっと待て」

「八接続なんぞ、ここ三十年やってねぇぞ!」

白鳥は淡々と返す。

「大丈夫です」

「何回失敗してもらっても構いません」

瀬良が固まる。

白鳥は、さらに当然のように続けた。

「あ、むしろ一回以上は必ず失敗してください」

「失敗時の枝崩れが必要なので」

瀬良は顔をしかめる。

「鬼か、お前は」

「研究開発部です」

「否定になってねぇぞ」

白鳥は端末を操作する。

「接続一からで構いません」

瀬良が言う。

「最後に八が待ってる時点で、こっちは構うんだよ」

白鳥は、瀬良の全術式の観測に入る。

白鳥は理屈で術を見る。
瀬良は感覚で術を使う。

普通なら、かみ合わない。
かみ合うはずがない。

だが、白鳥の理屈は瀬良の感覚を逃がさず、瀬良の感覚は白鳥の理屈の穴を正確に踏み抜いた。

この詳細は、別の記録に残る。

ここでは、式守が枝を学び始めたことだけが残る。

十五 六十四接続

瀬良の証言と、これまでの現場記録が式守へ入力された。

商業施設契約外怪異対応。
集合住宅での式守試験運用。
署名不備。
本人確認遅延。
未使用札の遅延反応。
現場違和感。
名痩せ。
接続として数えられない微細な補助操作。

式守は、これまで外乱や保留として扱っていたものを、改めて評価項目へ戻した。

ただ、入力項目が増えたことだけが、ここでは分かる。

白鳥は、禁呪由来術式を再解析した。

長い沈黙があった。

そして、式守が出力する。

主接続、六十四。
枝、八。
合計要素、七十二。

透は画面を見て、言葉を失った。

「六十四……」

篠宮が、低く言う。

「人間が扱う術式ではありません」

土御門がすぐに否定した。

「違う」

篠宮が見る。

土御門は画面から目を離さない。

「扱う前に、持つ器が壊れる」

式守が出したのは、禁呪の短縮案ではなかった。

禁呪を安全に使えるようにした完成品でもない。

既存術式の中に埋もれていた安全と危険を、見える形に分解したものだった。

白鳥は、表示された構成を見ながら言う。

「安全化禁呪、と呼ぶのが近いです」

土御門は顔をしかめる。

「安全と禁呪を並べるな」

白鳥は表情を変えない。

「並びます」

「安全評価をかけた結果なので」

そして、すぐに続ける。

「ただし、安全になったわけではありません」

全員の視線が白鳥へ向く。

白鳥は、画面を見たまま言った。

「危険が消えた術式ではなく、危険の残り方が見えるようになった術式です」

透は画面の数字を見ていた。

「接続六十四は確かにすさまじいけど」

少しだけ眉を寄せる。

「枝が思ったよりも少なくない?」

土御門がすぐに反応する。

「接続六十四ならば、枝は少なくともそれの半数、三十二ほどある方が自然だな」

白鳥は頷く。

「はい」

透は白鳥を見る。

「はい?」

「枝が八しかない、という意味ではありません」

土御門が聞く。

「ならば、この枝八とは何だ」

「式守が枝として残したものです」

透が聞き返す。

「残した?」

白鳥は、式守の解析図を切り替える。

「本来なら枝として扱われていた微細操作の多くは、主接続側に分解されています」

「つまり、これまで術者の癖、作法、手順の余白として処理されていたものを、式守は独立した工程として数え直しました」

つづりが、そこで小さく声を漏らす。

「……あー、なるほどね」

白鳥は続ける。

「接続六十四という数字は、単純に禁呪を大きくした数字ではありません」

「隠れていた補助操作、逃げ道、同期、反発処理を、主工程として見える場所へ引き上げた結果です」

土御門が問う。

「では、枝八は」

「それでも主工程に編入できなかったものです」

白鳥の声は慎重だった。

「一つの接続の前後だけでは説明できず、複数の接続にまたがって影響している可能性があります」

「さらに、瀬良さんのデータだけでは性質を断定できません」

「そのため、主接続として確定せず、枝として監視対象に残しました」

透は、ようやく少し理解した。

「じゃあ、枝が少ないんじゃなくて」

「はい」

白鳥は頷く。

「枝の多くは、もう枝ではなくなっています」

「残った八つは、まだ枝としてしか扱えないものです」

土御門は、しばらく画面を見ていた。

「見えなかった枝を、幹にしたか」

「それでも幹にできんものが、八つ残った」

つづりは腕を組む。

「職人の手癖を工程表にして、それでも説明つかない手癖が残った感じ?」

白鳥が頷く。

「近いです」

つづりは顔をしかめる。

「うわ、気持ち悪いね」

黒瀬が低く言う。

「気持ち悪いまま見える場所に置いたなら、前よりはましだ」

そして続けた。

「短い術式が安全なんじゃない」

「安全を省いてるから短いこともある」

白鳥はうなずく。

「式守は安全を追加したのではありません」

「既存術式の中に埋もれていた安全と危険を、見える形に分解しました」

画面上の数字は変わらない。

主接続、六十四。
枝、八。
合計要素、七十二。

それは解決策というより、現実の形だった。

白鳥は、最後に言う。

「ただし、危険度はまだ許容値まで下がっていません」

空気が沈む。

見えた。

だからこそ、分かった。

このままでは扱えない。

十六 届かない形

六十四接続は、このままでは扱えない。

人間の安全限界は、八接続。

それは、退魔士の世界ではほとんど常識だった。

篠宮は画面を見たまま言う。

「六十四接続……人間が扱う術式ではありません」

土御門が返す。

「扱う、という言葉がもう軽い」

「これは、持つだけで削れる類のものじゃ」

白鳥は式守の出力を確認する。

「現行の式守出力では、運用条件を満たせません」

黒瀬が言う。

「じゃあ、まだ使えない」

白鳥は頷く。

「はい」

「使えません」

その声に、悔しさはあった。

だが、無理に押し切る危うさはなかった。

透は画面を見る。

主接続、六十四。
枝、八。
合計要素、七十二。

分解はできた。
危険の位置も見えた。
どこに安全が埋もれていたのかも、少しだけ分かった。

だが、それはまだ、誰かが使える形ではなかった。

見えた。

だからこそ、分かった。

このままでは届かない。

透は、画面を見つめたまま、言葉を飲み込む。

この形では無理。
人間には持てない。
使えない。

その言葉だけが、部屋の中に沈んでいく。

第6話 六十四接続 了

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八重結び|霊障処理にも契約範囲がある現代退魔業者もの
八重結び現代退魔業者もの怨霊は悪ではない。けれど、有害なら処理する。作品概要二〇三号室、夜間圧迫感および首部発赤の調査、ならびに必要と判断される場合の簡易対処および対処後観察。黒瀬退魔処理に回ってきたのは、そんな長い案件名の調査依頼だった。…

片桐美緒の案件補足

分からないものを、分かったことにしてはいけません。
ただし、分からないまま放置してよいわけでもありません。

用語説明
旧市営地下道封鎖区画過去の災害後に封鎖され、封印維持対象となっていた地下道区画。新たに発生した案件ではなく、過去から続いていた問題が再評価対象になった。
再評価依頼既存の処理済み・封印済み案件を、現在の観測値や記録から見直す依頼。今回は式守の解析により、再確認が必要と判断された。
高負荷術式残滓大きな術式負荷のあとに残る反応。単なる霊障残りではなく、過去の術式行使そのものの痕跡を含む。
八接続級以上現在の退魔士にとって、安全限界に近い高接続領域。接続数の増加に対して難易度が急激に上がるため、使い手も実績も少ない。
署名不備署名の一部欠損、画数不足、かすれなど。旧市営地下道全体ではなく、高負荷術式残滓が疑われる資料群に偏って見られた。
担当者名欠損記録上、本来残るはずの担当者名が抜けている状態。単独では事務不備として処理されやすい。
観測ログ欠落観測記録の一部が抜けている状態。封印維持案件では、後年の再評価を難しくする。
書き手不明の術式記録誰が書いたのか不明な術式図や注記。意味を理解して再構成した記録ではなく、見聞きした形を残したものの可能性がある。
処理の層災害、救助、封印、維持失敗、報告欠落などが同じ場所に重なった状態。単独の怨霊や残滓として扱いにくい。
十六接続書類上は二つの八接続に見えていたが、実際には一つ目が終わらないまま二つ目へ伸びていた連続術式。
禁呪強い術というより、術式の勘定を術者側に回してしまう危険な構造。どこからが禁呪かは一律ではなく、記録や時代によって境目が揺れていた可能性がある。
観測のない術式対象を定める工程を持たない術式。対象を絞らないため広く届くが、何に触れているか術者にも分からなくなる。
効いた禁呪危険であっても、結果として被害拡大を止めた可能性がある禁呪。否定しきれないため、処理判断を難しくする。
名痩せ名前、署名、記録、周囲の認識など、本人を本人として掴む要素が薄くなる現象。軽度なら署名欠けや反応遅延として出る。
本人確認遅延名前を呼ばれた際の返答や認識が遅れること。名痩せの軽度症状として扱われる可能性がある。
初歩修行札写し、署名、手順確認などの地味な訓練。術式出力だけでなく、崩れた時に崩れたと分かる基準線にもなる。
筆跡安定性同じ名前を同じように書けるかどうか。本人確認や名痩せの兆候確認に関わる可能性がある。
対立系統中和観測と同調、固定と偏向、希薄と凝縮など、対立する系統をひとつ足して安定化を狙う考え方。多くは相殺され、よくて小さく安定化する程度。
接続として数えない隙間に残る、微細な通り道や逃げ道。正式な接続ではないが、術式の安定や出力に影響することがある。
枝崩れ枝が意図しない形で崩れ、術式全体の安定を乱す状態。詳細な観測が必要。
六十四接続式守が禁呪由来術式を再解析した結果、主接続として分解した数。単純に術式を強くした数字ではなく、隠れていた補助操作や反発処理を主工程へ引き上げた結果。
枝八主接続へ分解しきれず、枝として監視対象に残った八つの要素。まだ性質を断定できない。
安全化禁呪危険が消えた禁呪ではない。危険の残り方を見えるようにした禁呪由来術式の解析形。
現行運用不可解析は進んだが、危険度が許容値まで下がっていない状態。この形では扱えない。
高接続術式接続数が増えるほど、難易度がほぼ指数関数的に上昇する術式領域。五接続を超えたあたりから、積み上げの延長では済まなくなる。
八接続現在の退魔士における安全限界の目安。ただし、八接続だから必ず禁呪ではなく、八接続未満なら安全とも言い切れない。
禁呪の境目固定された線ではない。使い手の数、実績、事故記録、時代ごとの判断によって揺れてきた可能性がある。
実績不足高接続術式は使い手が少ないため、成功例も失敗例も残りにくい。結果として事故が起きやすく、さらに使い手が減る悪循環が起きる。

案件概要

項目内容
対象案件旧市営地下道封鎖区画・再評価
案件区分封印維持案件の再評価、高負荷術式残滓調査
初期検出式守による再評価候補出力
主な異常高負荷術式残滓、観測ログ欠落、署名不備、担当者名欠損、書き手不明の術式記録
当初推定八接続級術式の暴発痕跡
追加判明書類上の二つの八接続ではなく、連続した十六接続の可能性
判定禁呪相当
再解析結果主接続六十四、枝八、合計要素七十二
現状危険度は許容値まで下がっていない
結論この形では扱えない

資料異常の整理

異常単独での見え方今回の扱い
署名不備事務ミス、筆記ミス、紙の劣化高負荷術式残滓周辺に偏っているため、相関候補として保留
担当者名欠損記録漏れ、引き継ぎ不備名痩せや禁呪影響の可能性を排除しない
観測ログ欠落保存不備、作業漏れ封印維持の判断材料が欠けている
書き手不明の術式図転記ミス、資料整理不足意味を理解しないまま形だけ残した可能性
術式図の分割二種類の八接続実際には連続した十六接続の可能性

術式解析

段階見え方再評価後
初期資料八接続級術式が二つある二つ目は独立しておらず、一つ目から続いている可能性
表面上の扱い二種類の八接続連続した十六接続
術式の特徴観測工程がない対象を定めず、層全体へ触れようとしている
危険性高負荷術式の暴発禁呪相当
効果不明被害拡大を止めた可能性がある
問題危険なら破棄すればよい効いた可能性があるため、単純に捨てられない

中和と枝の違い

項目対立系統中和
扱い対立系統をひとつ足して安定化を狙う接続として数えない隙間に残る通り道
固定に偏向、希薄に凝縮などを噛ませる固定前に残った微弱な逃げ道など
基本効果大体は相殺される噛み合うと、術式の出力や安定に影響する
成功時よくて小さく安定化する程度接続数の壁を押し上げることがある
難しさ小さく安定化するだけでも名人芸本人にも説明できず、後からしか拾えないことが多い
注意点枝ではない対立系統中和とは別物として扱う

名痩せ関連

現象内容
署名がかすれる名前の記録が薄くなる軽度症状
画数が足りなくなる署名不備として表れる場合がある
呼ばれても一拍遅れる本人確認遅延として観測される
記録上の名前が揺れる担当者名欠損や記録不一致として残る可能性
名前が残らない重度の名痩せ。禁呪級の影響で疑われる

初歩修行の再評価

初歩項目表面的な意味再評価された意味
札写し字を正確に書く訓練筆跡を安定させるための基礎
署名確認書類上の本人確認署名不備や本人性の揺れを拾う基準線
筆跡安定性同じ名前を同じように書けること画数不足、かすれ、署名の揺れを比較する前提

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