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※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。
一 事故記録の一画
片桐美緒は、黒瀬退魔処理の事務所で、他社の現場事故記録に目を通していた。
それは、美緒の仕事として明確に決められているわけではない。
元請けから共有される匿名化された事故記録や、業界内で回ってくる注意喚起資料を、必要な範囲で確認しているだけだ。
ただ、美緒はそれを習慣にしていた。
黒瀬退魔処理の現場にも、似たような事故が起きるかもしれないからだ。
事故記録の多くは、どこか雑だった。
報告書の文章は荒い。
添付写真はぶれている。
術式図は途中で途切れている。
署名欄には、かすれや記入漏れがある。
それ自体は珍しくない。
雨。
夜間作業。
急な避難誘導。
元請け承認待ち。
複数社の立ち入り。
術具の緊急使用。
そういう現場では、書類も乱れる。
乱れた書類を見て、すぐに現場を責めるほど、美緒は現場を知らないわけではない。
だから、通常なら分類して終わりだった。
軽度術式暴発。
現場混乱。
負傷者なし。
処理後、経過観察。
美緒は、一件の事故報告書を開く。
事故そのものは大きくない。
術式の一部が暴発し、周辺術具が焼けた。
現場は一時混乱したが、負傷者はなし。
処理後の再発も確認されていない。
報告分類としては、軽度。
美緒は署名欄を見る。
一画足りない。
署名した本人の癖かもしれない。
紙の劣化かもしれない。
スキャン時のかすれかもしれない。
ペン先が引っかかっただけかもしれない。
説明はいくらでもつく。
美緒は、別の記録を開いた。
こちらの署名は全体がかすれている。
雨天作業だったという注記がある。
紙の端には水濡れの跡もある。
これは、おそらく紙の問題だ。
もう一件。
こちらは術者名の最後だけ少し崩れている。
ただし、本人が負傷後に書いた署名だと注記がある。
不自然ではない。
美緒は、最初の記録へ戻る。
もう一度、署名欄を見る。
欠けているのは、かすれではない。
筆圧が抜けたのでもない。
書き忘れたように、一画だけがない。
美緒は小さく呟いた。
「……やっぱり、一画足りない」
それ以上は言わない。
断定できることではない。
断定してはいけないことでもある。
ただ、美緒はその記録を閉じず、控え用のフォルダに移した。
その時、元請けから通達が入る。
術式設計支援AI「式守」試験運用予定
現場判断補助、報告書標準化、古典術式記録の再評価を目的とする
美緒は通達文を読む。
透なら面白がるかもしれない。
篠宮は慎重になるだろう。
黒瀬は、面倒なものが来たという顔をするはずだ。
古い術師は、良い顔をしないかもしれない。
美緒自身は、AIのことをよく知らない。
ただ、嫌な予感だけはあった。
現場の言い分と、管理側の理屈。
古い作法と、新しい仕組み。
記録に残らない違和感と、記録にしか残らない現実。
美緒は事故記録の署名欄を、もう一度だけ見る。
一画足りない。
それが何を意味するのかは、まだ分からない。
分からないものを分かったことにはしない。
だが、分からないまま捨てることもしない。
美緒は画面を閉じた。
二 軽微調査
黒瀬退魔処理に、元請け経由で商業施設の霊障調査が入った。
契約上は、軽微な残留霊障の確認。
閉店後の館内を調べる。
問題がなければ報告書を上げる。
必要があれば、軽微な希薄化と経過観察。
それだけのはずだった。
現場は、大型商業施設。
閉店後でも、まだ人はいる。
警備員。
清掃員。
設備管理担当。
テナントの残務担当。
搬入口の業者。
昼間ほどの騒がしさはない。
だが、完全な無人でもない。
美緒は、現地の管理室で契約範囲を確認する。
「今回は調査主体です」
透は、支給された入館証を首から下げながら頷いた。
「残留霊障の確認、ですよね」
「はい。軽微な対処までは契約内です」
美緒は端末を見ながら続ける。
「ただし、自律的に動く怨霊、またはそれに準じる反応が確認された場合は、元請け承認が必要です」
透は少し嫌そうな顔をする。
「軽微じゃなくなるから」
「はい」
美緒は契約範囲の項目を指で追う。
「施設封鎖、客導線変更、警備員の増員、保険適用、テナント説明。全部変わります」
黒瀬が横から言う。
「現場で勝手に大きくするな、ってやつだ」
美緒はすぐに返した。
「黒瀬さんにも言っています」
「聞こえてる」
元請け側の立会いとして、篠宮伊織も来ていた。
学校案件以降、透との距離は少しだけ近くなっている。
ただし、信用はまだ条件付きだった。
篠宮は、いつものようにまっすぐ立っている。
「今回は無理に接続数を増やさないでください」
透はすぐに反応した。
「学校案件の時のこと言ってます?」
「はい」
「通ったじゃないですか」
「通ったことと、安定していることは違います」
「それは黒瀬さんにも言われました」
黒瀬が言う。
「もう一回言おうか」
「大丈夫です」
そこへ、宮守つづりが術具箱を抱えてやってきた。
見た目は十五、六歳ほど。
小柄で、年齢の割に妙に商売慣れしている。
宮守家は、古くから術具を作っている。
良い札を安く渡す。
急ぎの道具を後払いで出す。
現場が困っていれば請求を忘れる。
そういう親や祖父のやり方を見て育った反動で、つづりは商売全開だった。
つづりは術具箱を床に置いた。
「軽微な残留霊障の確認って聞いてるから、今日は最低限ね」
箱を開けると、吸い札、予備札、鏡面杭、結界縄、封緘用の薄紙がきれいに並んでいる。
「吸い札も予備札も、開封したら請求」
透が聞く。
「開けなかったら?」
「開けなかった分は請求しない」
「良心的」
つづりは透を見た。
「開けたら請求するって言ってるんだけど」
美緒が即座に言う。
「当然です」
「味方がいない」
つづりは箱の中身を確認しながら続ける。
「安全装置を無料配布する家業は、うちの祖父の代で終わりました」
篠宮が言う。
「術具は、予備も含めて現場構成の一部です」
「そうそう」
つづりは満足そうに頷いた。
「焦げなかった札も、焦げなかったから仕事してないわけじゃない」
透は、ふと学校案件を思い出す。
「学校案件にも置いてありましたね」
篠宮が答える。
「置いていました」
つづりは即座に言う。
「置いたなら請求対象」
美緒が事務的に返す。
「契約内であれば処理します」
透は二人を見る。
「会話が早い」
つづりはにこっと笑った。
「お金の話は早い方が安全」
この時点では、現場は軽い空気で始まった。
契約範囲は狭い。
術具も最低限。
調査して、軽微なら軽微に終わる。
そのはずだった。
三 搬入口の異常
閉店後の商業施設は明るかった。
照明は落とされているが、非常灯や通路照明は点いている。
警備員が巡回し、清掃員がモップをかけ、設備担当がシャッターや照明を確認している。
不気味さは薄い。
透は吹き抜けを見上げた。
「商業施設って、学校より怪談っぽくないですね」
黒瀬が答える。
「閉店後の商業施設は、十分に怪談っぽいだろ」
「照明が明るいので」
篠宮が言う。
「明るい場所でも霊障は出ます」
「ですよね」
調査対象は、地下搬入口付近と、旧テナント区画の裏通路だった。
申告内容は、どれも軽い。
自動ドアが、誰もいないのに夜間に数回反応する。
清掃後、搬入口の台車の位置が変わっている。
閉店後だけ、館内放送が一瞬乱れる。
改装前から、旧テナント区画で冷気が残る。
契約上は、軽微な残留霊障。
透は搬入口付近で観測を入れた。
床。
壁。
シャッター。
搬送用レール。
台車置き場。
古い札跡のような変色。
見えるものと、残っているものを分けて拾う。
「残留反応はあります」
黒瀬が聞く。
「濃さは」
「薄いです」
篠宮が確認する。
「自律性は?」
「今のところ、なし」
黒瀬は頷いた。
「なら予定通りだ」
つづりは術具箱を閉じかける。
「よし、今日は開封なし」
透が見る。
「嬉しそう」
「未使用で返す術具は、次に売れる」
美緒が言う。
「未使用返却の記録は必要です」
「もちろん」
つづりは当然のように答えた。
その時、搬入口側で音がした。
金属が床を擦る音。
警備員が振り向く。
「誰かいますか?」
奥の通路で、清掃員の一人が立ち止まっていた。
その前で、空の搬送台車がゆっくり動いている。
以前、訓練棟で処理した台車残滓を思わせる。
だが、今回は違う。
台車そのものが怪異ではない。
台車を動かしている何かがいる。
透の観測が反応した。
「……残留じゃない」
黒瀬の声が変わる。
「形は」
透は目を凝らす。
「動いてます」
薄い反応が、搬入口のレールにまとわりついている。
台車の後ろに、押すような圧がある。
「自律してる」
篠宮が即座に言う。
「契約範囲外です」
美緒は端末を操作しながら、警備員へ指示を出した。
「警備員と清掃員を下げます。対象に近づかないでください」
黒瀬が低く言う。
「全員、対象に直接入れるな」
搬送台車が、また動いた。
まだ速くはない。
だが、止まらない。
車輪が小さく軋む。
商業施設の明るい搬入口で、軽微な調査は終わった。
ここから先は、見積外だった。
四 四接続
黒瀬が透を呼ぶ。
「三枝」
「はい」
「四つで組め」
透は一瞬だけ目を見開いた。
「四つ?」
「観測、固定、偏向、希薄」
黒瀬は迷わず工程を告げる。
「観測で本体を取れ。固定で動きを鈍らせる。偏向で人から外して、術具側へ流す。最後に希薄」
透は短く息を吸う。
「術具を使って安定させろ。力任せに散らすな」
「はい」
透は確認するように口に出した。
「観測で本体。固定で減速。偏向で清掃員から外して、術具側へ誘導。希薄で無力化」
「そうだ」
篠宮が補足する。
「完全停止を狙わないでください」
透は篠宮を見る。
「止めないんですか」
「固定で捕まえ切ろうとすると、反発が出ます。今回は、術具側へ誘導するための減速で十分です」
黒瀬が言う。
「固定は足場だ。勝ちに行くな」
透は頷く。
「はい」
つづりが術具箱を開ける。
「吸い札二枚、鏡面杭一本、予備札は封切り前待機」
そして、いつも通りの顔で付け足した。
「使ったら請求」
美緒は即答する。
「今は必要経費です」
つづりが目を細める。
「今だけいい言葉」
篠宮は、搬入口の奥に置いた術具の位置を確認する。
「誘導先はこちらです。鏡面杭の内側へ流せば、希薄が安定します」
篠宮は、直接同じ対象へ術式を重ねるわけではない。
誘導先を作る。
術具の受け皿を整える。
処置そのものは透が行う。
黒瀬が確認する。
「三枝、聞いたな」
「聞きました」
ここまでは、手順として正しい。
観測。
固定。
偏向。
希薄。
無理に接続を増やさない。
同じ対象に複数人で直接作用しない。
篠宮は術具の配置で支える。
透が処置する。
透は、まず観測を入れた。
台車ではない。
台車を押している何か。
搬入口のレールに沿って、薄くまとわりつく自律反応。
古い封じ札を剥がした跡の近くに、濃い点がある。
見えた。
間違いなくいる。
「本体、取りました」
黒瀬が聞く。
「位置は」
「台車の後ろ。レールの右側。古い札跡のそば」
篠宮が即座に判断する。
「術具側への誘導、可能です」
黒瀬が言う。
「次、固定」
「はい」
接続二。
固定へ進む。
その時、搬送台車が跳ねた。
五 強すぎる固定
搬入口の奥で、清掃員の一人が悲鳴を上げた。
台車の前輪が床の段差を越え、金属音を立てて横へ滑る。
清掃員の足元には、こぼれた洗剤の水が薄く広がっていた。
清掃員が滑った。
背中側には搬入口の鉄柵。
頭の高さには、むき出しの角。
透の身体が先に動いた。
曲げる。
横へ逃がす。
台車でも、清掃員でも、見えない圧でもいい。
とにかく、当たる向きをずらす。
偏向が出かける。
だが、その直前に、黒瀬の指示と篠宮の声が戻った。
固定で減速。
完全停止を狙わない。
まず足場を作る。
透は歯を食いしばる。
「固定……!」
接続二。
固定。
ただ、その直前に、透自身にも分からない小さな揺れがあった。
偏向へ逃げかけた意識の残り。
流そうとしたわけではない。
接続したわけでもない。
術式として数えられるほどのものではない。
けれど、完全には消えていなかった。
固定の足元に、薄く逃げ道だけが残る。
その小さな揺れが、固定の立ち上がりを変えた。
台車の車輪が、床に縫い止められたように止まる。
台車を押していた見えない圧も、搬入口のレールごと止まる。
止まった。
止まりすぎた。
透の呼吸が一瞬止まる。
本来は、動きを鈍らせるだけの固定だった。
完全に捕まえる必要はなかった。
なのに、出た。
苦手な固定のはずだった。
いつもなら、押さえ込めば跳ね返る。
力を入れれば入れるほど、手首に嫌な反発が来る。
だから、どこかで逃がしたくなる。
だが、今回は違った。
強い。
強すぎる。
しかも、妙に安定している。
その安定が、透には分からない。
自分が狙って出した固定ではない。
訓練で出せた固定でもない。
経験の中にない出力だった。
「……これ、まずい」
反発が来る。
そう思った。
実際には、大きな反発は来ていなかった。
固定の直前に残った小さな揺れが、反発の逃げ道になっていたからだ。
けれど、透にはそれが分からない。
分かるのは、若手が扱うには大きすぎる固定が出ていることだけだった。
経験上、こういうものは後から跳ねる。
そして、術具が先に反応した。
篠宮の置いた鏡面杭が、細かく震える。
予備の吸い札が、封を切っていないのに黒ずむ。
結界縄の端が、焦げるように縮む。
つづりが叫ぶ。
「ちょっと、出力おかしい!」
篠宮の声が飛ぶ。
「三枝さん、維持しないでください!」
黒瀬が続く。
「固定で勝つな!」
透は予定より早く、接続三の偏向を入れた。
固定に溜まった圧を、横へ逃がす。
ただし、人へは流さない。
清掃員へも、警備員へも、施設側の壁面へも流さない。
搬入口の奥。
篠宮が術具で逃げ道を置いていた側へ、細く逃がす。
黒瀬が言う。
「流しすぎるな!」
「分かってます!」
固定をほどかない。
偏向で圧だけを抜く。
だが、想定より術具が食われている。
本来なら、希薄の補助に回るはずだった吸い札が、固定の過剰出力を受けて黒ずんでいる。
鏡面杭も、誘導の基準として使う前から揺れている。
篠宮が言う。
「誘導先の術具が落ちています」
つづりが吸い札を見る。
「吸い札、一枚もう死んでる!」
透は目を見開く。
「まだ希薄に入ってないのに?」
「だから言ってる!」
透は歯を食いしばる。
接続四。
希薄。
自律反応の外縁だけを薄める。
消し飛ばすのではない。
清掃員と台車への干渉を落とす。
本来なら、篠宮の術具配置とつづりの吸い札で、安定した強めの希薄が通るはずだった。
だが、術具の余力が落ちている。
希薄は通った。
ただし、想定より浅い。
台車は止まった。
清掃員も、警備員に支えられて通路の外へ下がる。
人は助かった。
だが、自律反応は完全には落ちていない。
搬入口の奥に、薄く残っている。
透は追おうとする。
「まだ」
黒瀬が止める。
「追うな」
「でも、まだ」
「追うな」
黒瀬の声は、現場の重さを持っていた。
「契約外だ。人が下がったなら、ここで止める」
透は接続を切る。
吸い札は黒い。
鏡面杭には、細いひび。
結界縄の端は、焼けたように縮んでいる。
透は、ようやく息を吐いた。
「……あぶねー」
それから、自分の手を見る。
「間違わなくてよかった」
その言葉に、黒瀬が返した。
「間違わなかった、じゃない」
透は顔を上げる。
「え」
「手順は外してない。だが、出力を外した」
篠宮が言う。
「固定で取りすぎた分、術具が落ちました」
つづりも続ける。
「おかげで希薄の補助が薄くなった」
透は言いかける。
「でも、固定は……」
黒瀬が遮る。
「だから厄介なんだよ」
黒瀬は、焦げた吸い札と止まった台車を見る。
「強く出たからいい、じゃない」
少し間を置く。
「強く出たせいで、次が落ちることもある」
透は言い返せなかった。
本体は残っている。
人は助かった。
でも、想定した処置では終わっていない。
黒瀬が言う。
「人を助けた判断はいい。処置としては荒い。そこは叱られる」
透は短く頷いた。
「はい」
六 原因不明
後処理の途中、篠宮は補足報告を作っていた。
透は、それを横から覗き込む。
「また俺の報告ですか」
「必要です」
「契約外作業の件ですか」
「それもあります」
「それも」
篠宮は、しばらく端末を見たまま黙った。
書きたくない。
そういう顔だった。
透は少し不安になる。
「俺、何かまずいことしました?」
「しました」
「即答」
「ただし、私が書きたくないのはそこではありません」
「そこではない?」
篠宮は、ようやく透を見る。
「接続二の固定です」
「固定?」
「三枝さん、あれを狙って出しましたか」
透は、自分の手を見る。
「あれって」
「固定の強度と安定性です」
透は少し考える。
「いや、黒瀬さんの指示通り、固定で減速しようとして」
「はい」
「でも、台車が跳ねて、偏向に逃げそうになって」
「はい」
「篠宮さんに言われた一拍を思い出して」
篠宮は黙って聞いている。
「それで固定したら、なんか強く入って。これはまずいかもって思って、偏向を早めに入れました」
篠宮は質問を変えた。
「反発は感じましたか」
「来ると思いました」
「実際には」
透は言葉に詰まる。
「……思ったほど来なかったです」
篠宮は黙る。
それが不気味だった。
固定が強い。
反発が少ない。
なのに、周囲の術具は過剰に反応している。
さらに、そのせいで希薄補助が落ちている。
手順そのものは間違っていない。
だからこそ、原因が見えない。
固定系の術者としては、説明がつかない。
篠宮は、補足報告に入力していく。
接続二、固定。
術者適性に比して出力が過大。
反発は想定より低位。
周辺術具に過剰反応あり。
接続四、希薄補助低下。
原因不明。
要再観測。
透は、その文字を見て顔をしかめた。
「原因不明って、報告書に書いていいんですか」
篠宮は即答する。
「書きたくありません」
「正直」
「ですが、分からないことを分かったように書く方が危険です」
透は少しだけ驚いた。
「篠宮さんでも、そういうのあるんですね」
「あります」
少し間を置いて、篠宮は付け足した。
「ありますが、嫌です」
「嫌なんだ」
「嫌です」
この時点では、誰もその小さな揺れに名前をつけられない。
透は、自分が何をしたのか分かっていない。
篠宮は、何が起きたのか説明できない。
黒瀬は、人が助かったことと、後始末が増えたことを見ている。
つづりは、術具が予定外に削れたことを見ている。
美緒は、それが書類に残ることを見ている。
名前のない違和感だけが、現場に残った。
七 予定外の消耗
人は助かった。
だが、案件は大きくなった。
軽微な残留霊障の確認だったはずが、自律的な反応が確認された。
しかも、施設関係者への危険が発生した。
透は即応処理を行った。
契約外。
認可外。
事後承認案件。
そして、術具も消耗した。
つづりが、黒くなった吸い札をつまみ上げる。
「で?」
透は聞き返す。
「で?」
「誰が払うの、これ」
透は足元を見る。
「……経費で」
「どこの」
「えーっと……」
美緒が言う。
「こっちを見ないでください」
つづりは指を折る。
「吸い札三枚」
「三枚?」
「一枚は完全に黒。二枚目は半落ち。三枚目は封切り後待機。現場構成に入ったから記録対象」
透は黙る。
「鏡面杭一本。結界縄の端処理やり直し。あと予備札の封切り」
透は苦し紛れに言う。
「命が助かったので、そこは」
つづりは即答した。
「人を助けたのはいい」
透は顔を上げる。
「そこはいい」
つづりは、黒ずんだ札を見せる。
「でも、術具は湧いて出ない」
声は軽い。
だが、言っていることは軽くなかった。
「札一枚にも、墨と紙と手間と、失敗した時の逃げ道が入ってる」
篠宮が頷く。
「だから契約外作業が問題になるんです」
つづりは満足そうに言う。
「そう。使った物と、逃がした負荷と、増えた責任は、後から誰かが払う」
黒瀬が少し苦く笑う。
「若いのに金の話がうまいな」
つづりは肩をすくめる。
「親と祖父が下手すぎただけ」
そこへ、元請け側の現場調整担当が、半分冗談のように言った。
「宮守さん、そんな歳でカネカネ言ってたら、立派な大人になれないよ」
篠宮が眉を動かす。
美緒も少しだけ手を止めた。
つづりは、にこっと笑う。
「支払いができない大人は、立派な大人に含まれないことを祈るばかりだよー」
現場調整担当が黙る。
つづりは、さらに続けた。
「あと、今の吸い札、元請け確認で請求先保留ね」
黒い札を小袋に入れる。
「保留って、未払いの別名じゃないといいなー」
篠宮が言う。
「元請け側で確認します」
「確認じゃなくて支払いね」
「確認して、支払いまで回します」
つづりは篠宮を見る。
「篠宮さんは言葉が一個多い」
「その一個がないと上が通りません」
「元請けの上って、高いところにいるのにお金の流れだけ遅いよね」
篠宮は少し黙ってから言った。
「否定できません」
美緒は、消耗品リストを開く。
「術具消耗、すべて記録します」
透は思わず言う。
「今?」
「今です。あとで書くと、必ず漏れます」
つづりが頷く。
「分かってるねー」
美緒は顔を上げない。
「褒めなくていいです」
施設関係者が下がり、追加危険がないことを確認したあと、透は美緒と篠宮から強く叱られた。
案件としては問題だらけだった。
契約範囲外。
認可外の即応処理。
元請けへの事前確認なし。
保険適用も、責任範囲も、すべて後から整理するしかない。
篠宮は普段より声を荒げていた。
「結果的に助かったからいい、ではありません」
透は少し身を縮める。
「はい」
「契約範囲外で、認可外の術式を使って、しかも現場判断だけで動いた。あなたが失敗していたら、誰が責任を取るんですか」
透は言いかける。
「でも、動かなかったら——」
篠宮が遮る。
「その“でも”を、報告書に書けるんですか」
透は言葉に詰まった。
つづりが横から、焦げた吸い札を振る。
「あと請求書にも書ける?」
透はつづりを見る。
「今、追い打ち必要?」
「必要」
つづりは即答する。
「紙に残らない現場判断は、だいたい後で揉める」
美緒が頷く。
「そこは完全に同意です」
透は肩を落とす。
「味方がいない」
黒瀬が言う。
「命を助けたことは否定してない。ただ、助けたあとの話をしてる」
「助けたあと」
「人を助けたなら、その人が助かったことを誰が書く。使った術具を誰が書く。契約外で動いた理由を誰が書く。次に同じことが起きた時、誰が読める形にする」
透は黙った。
黒瀬は言う。
「そこまでが現場だ」
篠宮は少しだけ声を落とした。
「今回、即応そのものは間違いではありませんでした。ですが、手順としては問題があります」
透は顔を上げる。
「どっちなんですか」
篠宮ははっきり答えた。
「両方です」
「両方」
「現場判断として正しいことが、契約上も正しいとは限りません。契約上問題があることが、現場として間違いとも限りません」
篠宮は端末を閉じる。
「だから、記録するんです」
美緒が言う。
「その通りです」
つづりが続く。
「請求もする」
美緒が頷く。
「それもその通りです」
透は小さく呟いた。
「やっぱり味方がいない」
黒瀬がさらに付け加える。
「それと、処置としても反省点はある」
透は頷く。
「固定の出力ですか」
「そうだ」
黒瀬は止まった台車を見る。
「本来は、観測で取って、固定で鈍らせて、偏向で流して、希薄で落とす。お前は手順は守った」
そして、焦げた吸い札を見る。
「だが、固定で取りすぎて術具を食わせた」
篠宮が言う。
「その結果、希薄の補助が落ちました」
つづりも言う。
「吸い札は万能じゃないからね」
黒瀬は透を見る。
「人は助かった。そこはいい。でも、処理は浅くなった。そこは次に直せ」
透は深く息を吐いた。
「はい」
八 鷹宮亮介
そこへ、鷹宮亮介が現場に来た。
元請け側の管理職。
篠宮の上司。
そして、黒瀬の古い知り合い。
鷹宮は、搬入口の空気を見てから、篠宮へ視線を向けた。
「篠宮がそこまで声を荒げるのは珍しいな」
篠宮が姿勢を正す。
「鷹宮さん」
その横で、黒瀬が小さく息を吐いた。
「来たのか、鷹宮」
鷹宮は軽く肩をすくめる。
「来るよ。契約外作業が出たんだから」
黒瀬が言う。
「相変わらず、来る理由が書類だな」
「相変わらず、書類になることを先にやるな」
二人は笑わなかった。
ただ、言葉だけが妙に慣れていた。
透は、黒瀬と鷹宮を見比べる。
「知り合いなんすか」
黒瀬は短く答えた。
「昔の話だ」
鷹宮も、同じくらい短く言う。
「仕事上の話だね」
黒瀬が返す。
「同じ意味だ」
鷹宮は少しだけ目を伏せる。
「違う意味にしておいた方が、今は楽だろう」
そこで会話は止まった。
それ以上は、誰も踏み込まない。
近いのに、踏み込まない。
踏み込まないことで、壊さずに済ませている距離だった。
鷹宮は透を見る。
「君が三枝くんか」
透は身構える。
「はい」
「契約外の怪異相手に、現場判断で人を引っ張り出した若手」
「……怒られるやつですよね」
「怒られるやつだね」
「ですよね」
鷹宮は、篠宮の方をちらりと見る。
「でも、君、見どころありそうだね」
透は目を瞬かせた。
「え」
「篠宮がここまで熱くなるなんて、なかなかない」
「むちゃくちゃ熱く怒られてるんですけど」
「怒られてるね」
「ですよね?」
鷹宮は軽く笑った。
「あいつは、どうでもいいやつはもっと書類的に扱うよ」
篠宮が不機嫌そうに眉を動かす。
「鷹宮さん」
「褒めてる」
「褒め方が悪いです」
鷹宮は軽く受け流して、透に向き直る。
「人を助けた判断は、現場としては間違っていない」
透は黙って聞く。
「ただし、契約としては完全に問題がある」
「はい」
「だから今、君は叱られている」
鷹宮はゆっくり言った。
「どっちか片方だけ正しい話じゃないんだ」
透は、すぐには返せなかった。
つづりが手を上げる。
「あと、支払いとしても問題がある」
鷹宮はそちらを見る。
「予定外消耗は元請け側で確認する」
「確認じゃなくて支払い」
「確認して、支払う」
つづりは篠宮を見る。
「上司も一個多い」
篠宮が返す。
「だから言ったでしょう」
「似てるね、二人」
「似ていません」
鷹宮が言う。
「似ているかもしれないね」
「鷹宮さん」
つづりは、にこにこしたまま言った。
「上っていつも高いところにいるのに、お金の流れだけ遅いよね」
鷹宮は苦く笑う。
「耳が痛いな」
「痛いだけなら無料。請求は別」
黒瀬が横から言う。
「それを現場で言えるようになったか」
鷹宮は少しだけ肩をすくめた。
「現場を離れたからね」
「嫌な言い方を覚えたな」
「君ほどじゃない」
また、そこで会話が止まった。
鷹宮は、搬入口の奥を見る。
止まった台車。
焦げた吸い札。
ひびの入った鏡面杭。
床に残る薄い反応。
古い封じ札を剥がしたような跡。
「最近、こういう案件が増えている」
透が聞く。
「こういう案件?」
「見積時点では軽微。現場に入ると、別件の気配が出る。処理しても、妙に後味が悪い」
鷹宮は、古い札跡を見る。
「調べると、過去にも似たような現象が多発した時期はある」
篠宮が言う。
「累積型ですか」
「まだ、そう呼べる段階じゃない」
鷹宮は首を振る。
「しっかり調査すれば、だいたい“何かありそう”にはなる。ただし、しっかり調査すれば、だ」
透は聞く。
「しないんですか」
「できないことが多い」
鷹宮は軽い口調のまま、重いことを言う。
「予算、契約、保存期限、担当者不明、資料欠損。どれも一つならよくある。全部そろうと、何も分からなくなる」
その目だけは笑っていなかった。
「古い封印維持案件。処理済みのはずの残留霊障。改装時に剥がされた古い術具。署名不備のある事故記録」
美緒は、そこでわずかに反応した。
署名不備。
事故記録。
昼に見ていた記録と、言葉が重なる。
鷹宮は続ける。
「そういうものを、人間だけで拾い続けるには限界がある」
透は少し考える。
「それで、AIですか」
「週明けから、術式設計支援の試験運用が入る」
篠宮が言う。
「式守ですか」
「そう。研究開発部の白鳥が来る」
透は少し興味を持つ。
「便利なんですか」
鷹宮は答える。
「便利な道具になるか、面倒な報告書が増えるだけか。そこは現場次第だね」
つづりが横から口を挟む。
「それ、札を減らすためのやつ?」
鷹宮は否定しない。
「そういう使い方をする人間は出るだろうね」
「最悪」
「本来は、古い記録の再評価と危険予測が目的だ」
「本来は、ね」
つづりは、焦げていない予備札を指先で弾く。
「焦げなかった札が仕事してないと思うなよ」
その音が、搬入口に小さく響いた。
「焦げないために置いてる札もあるんだから」
この一言が、場に少し残る。
鷹宮は否定しなかった。
「だから、それを説明できる形にしたい」
美緒が視線を上げる。
鷹宮は続けた。
「説明できない危険は、いつも現場に押し戻される。式守は、それを上に説明できる形にするための道具でもある」
美緒は、その言葉に少しだけ引っかかる。
説明できない危険。
記録に残らない違和感。
署名欄の一画不足。
焦げなかった札。
篠宮が原因不明としか書けなかった、透の固定。
それらが、頭の中でうまくつながらない。
ただ、無関係だとは思えなかった。
九 書類で名前を残す
現場の後処理が続く。
透は、契約外作業の報告書を書かされる。
美緒は、保険適用の確認と元請けへの説明文を整える。
篠宮は、透の即応術式について補足報告を作る。
黒瀬は、黒瀬退魔処理としての責任範囲を整理する。
つづりは、予定外消耗の明細を作る。
透は、つづりの手元を見た。
「明細、早くない?」
つづりは筆を止めない。
「請求が遅れると、支払いも遅れる」
「学びがある」
「学費も請求しようか」
美緒が即座に言う。
「それは却下です」
「残念」
黒瀬は透に言った。
「助けたことは否定しない」
透は報告書から顔を上げる。
「はい」
「ただ、助けたあとに誰が何を書くかまで考えろ」
透は少し苦い顔をする。
「そこまで現場で考えられます?」
「考えられるようになれ」
黒瀬は、増えた書類の束を見る。
「無理なら、考える奴を近くに置け」
透は、美緒の方を見る。
美緒は端末から目を離さない。
「こっち見ないでください。今あなたのせいで増えた書類を処理してます」
つづりも言う。
「こっちも見ないで。今あなたのせいで増えた請求項目を処理してる」
透は小さく頭を下げた。
「すみません」
美緒が言う。
「謝罪は報告書の提出後に受け付けます」
つづりも続く。
「支払いは請求書の発行後に受け付けます」
黒瀬は少しだけ笑う。
だが、すぐに表情を戻した。
「現場で命を拾ったなら、書類で名前を残す」
美緒の手が、少しだけ止まる。
「どっちも後始末だ」
書類で名前を残す。
昼に見た事故記録の署名欄が、また美緒の頭をよぎった。
一画足りない署名。
美緒は、透の署名欄を確認する。
三枝透。
問題はない。
読める。
いつもの字に見える。
それでも、美緒は自分でも理由が分からないまま、透の署名済み書類を一枚、控えとして別に残した。
透が気づく。
「何か変でした?」
美緒は紙を揃える。
「いえ」
「ほんとですか」
「読めます」
「ならよかった」
美緒は、少しだけ間を置いて言った。
「よかったかどうかは、後で分かることもあります」
透は顔をしかめる。
「怖い言い方」
「怖がってください」
この時点では、透の署名は正常だった。
だからこそ、比較できる。
今は、普通。
その差が残る。
十 白鳥理央
研究開発部。
白鳥理央は、式守の最終入力を確認していた。
十八歳。
年齢より少し幼く見える顔立ち。
背は低く、白衣は肩と袖が少し余っている。
見た目だけなら、研究室に迷い込んだ学生にも見える。
だが、画面に並ぶ術式記録、事故記録、古典術式、処理報告、現場ログを読む速度は、周囲の研究員より明らかに速かった。
画面には、古い紙資料をスキャンしたものが並んでいる。
劣化した帳簿。
読めない術式図。
署名不備のある事故報告。
担当者の引き継ぎが途切れた封印維持記録。
消耗品の記録だけが残っている現場。
「異常なし」と書かれた後に再発している案件。
白鳥は、式守の画面に向かって淡々と告げる。
「式守」
画面に、待機表示が出る。
「週明けから、あなたは現場運用に入ります」
白鳥は確認項目を一つずつ閉じていく。
「確認しておきます」
「私は、世の中に無駄が多いことは理解していたつもりでした」
少しだけ眉を寄せる。
「ですが、この業界は想定以上です」
画面が切り替わる。
初歩修行。
札写し。
真言暗唱。
数珠繰り。
塩撒き。
結界縄張り。
礼法。
白鳥は読み上げる。
「術の出力にも、接続数にも、直接寄与しない初歩修行」
さらに画面が変わる。
術具の使用記録。
未使用札。
余剰吸い札。
焦げなかった固定札。
根拠不明の予備配置。
「必要量の根拠が曖昧なまま配置され、消耗品として扱われる術具」
白鳥の声は平坦だった。
「その曖昧さを前提にした、過剰な販売と過剰な発注」
さらに画面が変わる。
古い封印維持記録。
担当者不明。
署名不備。
補足欄欠落。
事故分類未整理。
「一つの記録に到達するまでに、人を三人、部署を二つ、昔の帳簿を一冊経由する必要がある」
白鳥は一度、画面から目を離す。
「合理的ではありません」
少し間を置く。
「率直に言えば、不思議です」
さらに短く言う。
「そして、不愉快です」
白鳥は本気でそう思っている。
現場を馬鹿にしているのではない。
むしろ、安全にしたいと思っている。
だから、無駄を減らせば安全になると信じている。
白鳥は式守の入力項目を確認する。
「ですが、その甲斐はありました」
画面には、入力済みの資料数が表示されている。
「あなたには、退魔業界に残された術式記録、事故記録、処理報告、古典術式、現場ログを可能な限り入力しています」
白鳥は、迷いなく言う。
「退魔士有史のデータ、と言っても大きな誤差はありません」
画面の奥で、式守の解析窓が静かに動く。
「あなたは、術を使うことはできません」
「存在確率に直接干渉することもできません」
「ですが、術式を読み、構成し、危険を予測し、現場の判断を補助することはできます」
白鳥は背筋を伸ばした。
「それで十分です」
言い切ってから、すぐに訂正する。
「いえ」
「十分にするために、私が設計しました」
画面に、いくつかの再評価対象が表示される。
旧封印維持案件
累積型疑い
記録欠損あり
署名不備あり
要現場ログ追加
その中に、旧市営地下道の名が一瞬だけ映る。
白鳥はまだ、その重さを知らない。
さらに別の欄に、商業施設案件のログが追加された。
商業施設搬入口残留霊障確認
見積外自律反応あり
契約外即応処理
術具予定外消耗
接続二固定、術者適性に比して出力過大
反発は想定より低位
周辺術具に過剰反応
接続四、希薄補助低下
原因不明
要再観測
式守が補助解析を走らせる。
固定直前、微弱偏向反応を検出
主術式寄与、不明
外乱候補
白鳥は、それを一瞥した。
「主術式寄与、不明」
画面の文字を読む。
「外乱候補」
分類は軽い。
この段階の白鳥には、それが何を意味するか分からない。
正式接続ではない。
主術式寄与も不明。
再現性も不明。
ならば、外乱候補。
そう処理される。
白鳥は、式守へ向き直った。
「式守」
「あなたは、退魔士の最高のパートナーになれます」
「少なくとも私は、その前提であなたを作りました」
画面に、運用開始予定の時刻が表示される。
「この業界には、まだ整理されていないものが多すぎます」
「だから、あなたが必要です」
白鳥の声には、確信がある。
「無駄を削り、危険を減らし、誰でも同じ水準で現場に立てるようにする」
「それが、あなたの役目です」
「式守」
白鳥は最後の確認を押す。
「週明けから、証明しましょう」
運用開始の表示が、静かに点灯する。
式守は待機状態へ移行した。
画面の隅には、さきほどの解析結果が、他のログに紛れて残っている。
固定直前、微弱偏向反応を検出
主術式寄与、不明
外乱候補
白鳥はそれを再確認し、優先度を低に設定した。
正式接続ではない。主術式寄与も不明。再現性も不明。
ならば、今は低優先度でいい。
少なくとも、記録上はそう判断できる。
式守の画面は、何事もなかったように暗くなった。
第4話 見積外の怪異 了
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片桐美緒の案件補足

見積外であっても、発生した事実は見積外にはできません。
| 用語 | 説明 |
|---|---|
| 見積外怪異 | 契約時点では想定されていなかった怪異・霊障反応。第4話では、軽微な残留霊障調査中に自律的に動く反応が確認された。 |
| 軽微調査 | 残留霊障の有無や濃度を確認する調査。必要に応じて軽微な希薄化までは契約内に含まれることがある。 |
| 残留霊障 | 場所や物に薄く残った霊障反応。自律的に動くとは限らず、危険度は比較的低いものとして扱われやすい。 |
| 自律反応 | 残留反応ではなく、自分で動いているように見える霊障反応。契約上の扱いが大きく変わる。 |
| 契約範囲 | 依頼時に合意された作業範囲。調査、軽微対処、封鎖、避難誘導、本格処理などで責任と費用が変わる。 |
| 契約外即応 | 人身危険などにより、契約範囲外でも現場判断で行う緊急対応。現場判断として正しくても、事後承認・報告・責任整理が必要になる。 |
| 事後承認 | 現場判断で先に対応し、あとから元請けや関係者の承認を得ること。必ず通るとは限らない。 |
| 保険適用 | 作業が契約・認可範囲内かどうかで扱いが変わる。人命救助であっても、書類上の整理が必要。 |
| 術具消耗 | 札、杭、縄などの術具が使用・損耗すること。焦げた、黒ずんだ、封を切った、現場構成に入った、などは記録対象になる。 |
| 焦げなかった札 | 実際に焦げなかったから不要だったのではなく、焦げないために置かれる安全装置として意味を持つ札。 |
| 術具の余力 | 処理本体を支えるために残しておく術具側の余裕。第4話では高出力固定により、希薄を支える余力が落ちた。 |
| 高出力固定 | 想定より強く対象を止める固定。成功に見えても、反発や術具消耗、後続工程の低下を招くことがある。 |
| 正式接続未満の揺れ | 術式として数えられるほどではない、透本人にも説明できない微弱な反応。第4話時点では原因不明として扱われる。 |
| 原因不明 | 分からないことを、分かったように書かないための記録表現。篠宮は嫌がりつつも、固定異常を原因不明として残した。 |
| 要再観測 | 現時点では判断できないため、後日また観測・確認が必要な状態。 |
| 累積型疑い | 古い封印、処理済み案件、改装、術具撤去、記録不備などが重なって発生している可能性がある状態。ただし第4話時点では断定不可。 |
| 式守 | 術式設計支援AI。現場判断補助、報告書標準化、古い記録の再評価を目的として試験運用される。 |
| 評価補助 | AIや記録によって、術式や現場判断を後から分析しやすくすること。ただし、現場のすべてを拾えるとは限らない。 |
| 記録の重さ | 現場で起きたことを、あとから読める形で残す責任。命を助けた事実も、使った術具も、契約外で動いた理由も記録対象になる。 |
案件概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 案件区分 | 商業施設の軽微霊障調査 |
| 対象施設 | 大型商業施設・地下搬入口および旧テナント裏通路 |
| 当初契約 | 軽微な残留霊障の確認。必要に応じて軽微な希薄化と経過観察 |
| 主な申告 | 自動ドアの誤反応、台車の位置ずれ、館内放送の乱れ、旧テナント区画の冷気 |
| 初期判断 | 薄い残留反応あり。自律性なし |
| 異常発生 | 搬入口で空の搬送台車が動き、清掃員に危険が発生 |
| 実際の分類 | 見積外の自律反応 |
| 処理結果 | 人身危険は回避。自律反応は低下したが、完全処理ではない |
| 事後対応 | 契約外作業報告、術具消耗記録、元請け承認、保険確認、要再観測 |
四接続構成
| 接続 | 系統 | 役割 | 今回の意味 |
|---|---|---|---|
| 1 | 観測 | 見る | 台車ではなく、台車を押している自律反応の本体位置を取る |
| 2 | 固定 | 止める | 本来は完全停止ではなく、術具側へ誘導するための減速 |
| 3 | 偏向 | 曲げる | 清掃員から外し、篠宮が作った術具側術具消耗記録の逃げ道へ圧を流す |
| 4 | 希薄 | 薄くする | 自律反応の外縁を薄め、人と台車への干渉を下げる |
実際に起きたズレ
| 工程 | 本来の想定 | 実際に起きたこと | 結果 |
|---|---|---|---|
| 観測 | 本体位置を確認する | 台車の後ろ、レール右側、古い札跡付近に反応を確認 | 成功 |
| 固定 | 動きを鈍らせる | 想定以上の高出力固定が発生 | 術具が先に反応 |
| 偏向 | 術具側へ誘導する | 固定に溜まった圧を予定より早く逃がした | 人身危険は回避 |
| 希薄 | 術具補助込みで安定して薄める | 術具の余力が落ち、希薄が浅くなった | 反応が一部残留 |
| 終了判断 | 必要なら追処理 | 契約外かつ人身危険が下がったため停止 | 要再観測 |
術具消耗記録
| 術具 | 状態 | 記録上の扱い |
|---|---|---|
| 吸い札一枚目 | 黒化。実質使用済み | 消耗 |
| 吸い札二枚目 | 半落ち、反応あり | 消耗または要確認 |
| 吸い札三枚目 | 封切り後待機 | 現場構成に入ったため記録対象 |
| 鏡面杭 | 細いひびあり | 予定外損耗 |
| 結界縄 | 端が焦げたように縮む | 端処理やり直し |
| 予備札 | 封切り | 使用未満でも記録対象 |
| 焦げなかった札 | 目立つ損耗なし | 安全装置として配置記録が必要 |
現場判断と案件処理の違い
| 観点 | 評価 |
|---|---|
| 人命救助 | 正しい。清掃員への危険を回避した |
| 術式手順 | 観測、固定、偏向、希薄の流れは外していない |
| 出力管理 | 固定で取りすぎたため問題あり |
| 術具運用 | 固定過多により、希薄補助用の術具余力が低下 |
| 契約面 | 軽微調査の範囲を超えたため問題あり |
| 保険面 | 事後確認が必要 |
| 元請け対応 | 事後承認・補足報告が必要 |
| 最終判断 | 現場判断としては正しいが、案件としては問題が残る |
報告先・記録先の整理
| 内容 | 記載先 | 理由 |
|---|---|---|
| 自律反応の確認 | 管理報告書 | 当初契約の軽微調査から外れたため |
| 清掃員への危険発生 | 管理報告書・施設側報告 | 人身危険が発生したため |
| 契約外即応処理 | 元請け報告 | 事後承認が必要 |
| 術具予定外消耗 | 消耗品明細・請求書 | 費用負担を明確にするため |
| 接続二固定の異常 | 篠宮の補足報告 | 術式上の原因不明点として残すため |
| 希薄補助低下 | 術式補足報告 | 処理が浅くなった理由を説明するため |
| 原因不明・要再観測 | 補足報告 | 分からないものを分かったことにしないため |
| 透の署名済み書類 | 控え | 美緒判断 |
式守関連の整理
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 式守 |
| 種別 | 術式設計支援AI |
| 目的 | 現場判断補助、報告書標準化、古典術式記録の再評価 |
| できること | 術式記録の読解、構成補助、危険予測、報告書整理 |
| できないこと | 術を使うこと、存在確率へ直接干渉すること |
| 入力資料 | 術式記録、事故記録、処理報告、古典術式、現場ログ |
| 第4話での判断 | 透の固定直前の微弱反応を「外乱候補」として低優先度に分類 |
| 注意点 | 記録に残るものを扱うのは得意だが、記録に残りにくい現場の意味をどこまで扱えるかは未知数 |
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