勇者の条件 第14話 貴様は何者だ

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勇者の条件
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勇者の条件 第14話 貴様は何者だ 人物相関図

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玉座の間

黒い扉が開いた。

玉座の間に、冷たい空気が流れ込む。

高い天井。

黒い柱。

壁に灯る暗い炎。

床には、古い魔法陣が薄く刻まれている。

その奥に、現魔王がいた。

玉座には座っていない。

黒い階段の下、玉座の前に立っている。

待っていた。

灰色の外套をまとった四人が、扉の向こうから入ってきた。

若い男が一人。

魔術師らしき女が一人。

治癒術師らしき少女が一人。

剣を持つ男が一人。

旅で汚れた外套。

削れた靴。

使い込まれた荷。

傷の入った武器。

王侯の紋章はない。

神殿騎士の鎧もない。

勇者旗もない。

聖剣の光もない。

現魔王は、彼らを見た。

記録が追いつかない。

条件がない。

血筋ではない。

神託ではない。

聖剣ではない。

聖痕でもない。

天空要塞を落としてもいない。

それでも、四人は玉座の間にいる。

現魔王が言った。

「名を聞こう」

若い男が、少し息を整えた。

恐れていないわけではない。

肩は硬い。

手も汗ばんでいる。

だが、逃げるつもりはない。

彼は答えた。

「ロアン」

隣の女が続く。

「ミルカ」

少女が、少し遅れて言った。

「エナです」

剣を持つ男が、剣を下げたまま答える。

「ガルド」

それだけだった。

現魔王は待った。

勇者。

その言葉を。

神託を受けし者。

聖剣の担い手。

東の血筋。

中央神殿に認められた者。

そう続くのを待った。

だが、誰も何も言わない。

現魔王は問う。

「それだけか」

ロアンは少し困ったような顔をした。

「他に何か必要ですか」

玉座の間の炎が揺れた。

魔王軍の記録に残る勇者たちは、名乗った。

ある者は神託を掲げた。

ある者は聖剣を掲げた。

ある者は血統を示した。

ある者は仲間の名を並べた。

だが、目の前の四人は、ただ自分の名だけを告げた。

現魔王は、ゆっくりと言う。

「所属は」

ロアンは、ミルカを見た。

ミルカが小さくうなずく。

ロアンは答えた。

「アークガルム王国第八傭兵団第三遊撃部隊、灰の一団です」

死霊宰相が、扉の脇でわずかに反応した。

吸血侯の目が細くなる。

竜将は、玉座の間の端で武器を握っている。

灰の一団。

西方灰色外套。

活動報告途絶。

勇者候補、非該当。

その札が、記録の棚から音もなく落ちてくるようだった。

現魔王は言う。

「王国の兵か」

ロアンは首を振った。

「正式な兵ではありません。傭兵扱いです」

「傭兵が、魔王の前に立つか」

ガルドが、ぼそりと言った。

「危険手当は出るんだろうな」

ミルカが小声で言う。

「今それ言う?」

ガルドは肩をすくめた。

ロアンが少しだけ苦笑する。

エナは、緊張で唇を結んだままだった。

その空気は、現魔王の知る勇者一行とは違っていた。

威厳ではない。

神聖さでもない。

決戦に酔う熱でもない。

ただ、長い旅の途中で何度も危ない橋を渡ってきた者たちの、妙な日常がそこに残っていた。

それが、かえって不気味だった。

条件照合

現魔王は四人を観察した。

ロアンの腰の剣。

よく手入れされている。

刃は素直で、握りも馴染んでいる。

だが、中央聖剣ではない。

聖都の紋もない。

神殿の封印刻印もない。

伝承にある光もない。

ミルカの杖。

古い。

飾りは少ない。

魔力の流れは細く、鋭い。

宮廷魔術師の証印はない。

だが、魔力制御の密度は、ただの地方魔術師のものではない。

エナの装束。

神官のものではある。

しかし中央神殿の高位神官の礼装ではない。

祈りの道具も、旅用に削られている。

それでも、彼女の視線は、魔王の魔力が揺れる前に小さく動いた。

ガルドの剣。

名門流派の紋はない。

派手な構えもない。

だが、立ち方に隙がない。

膝も、肩も、剣先も、すべてが動く前の位置にある。

現魔王は言った。

「東の血筋ではない」

ロアンが答える。

「西の村の出です」

「中央神殿の神託は」

エナが首を横に振った。

「受けていません」

「聖剣は」

ロアンは腰の剣を見た。

「これですか? もらいものです」

「誰から」

「鍛冶屋さんから」

「聖都の鍛冶師か」

「いえ。田舎町の」

竜将が鼻を鳴らす。

だが現魔王は笑わなかった。

彼は次を問う。

「聖痕は」

四人は顔を見合わせた。

ミルカが答える。

「そういうのは、ありません」

「神殿の認定は」

「ありません」

「天空要塞は」

ガルドが短く言う。

「通ってない」

ミルカが補足した。

「遠回りしました」

「攻略していないのか」

「してません」

「なぜ」

ミルカは一瞬、答えに迷った。

それから、当然のように言った。

「行く理由がなかったので」

玉座の間が静まった。

過去の勇者は天空要塞を避けなかった。

避けられなかった。

魔王城へ向かうには、あそこを落とす必要があった。

そう記録されていた。

だが、目の前の四人は違う。

攻略していない。

避けた。

行く理由がなかったから。

現魔王は、言葉を選ぶように問う。

「貴様らは、何者だ」

ロアンは、さきほどと同じように答えた。

「アークガルム王国第八傭兵団第三遊撃部隊、灰の一団です」

魔王にとって、それはまだ答えにならなかった。

所属ではない。

職名ではない。

呼び名でもない。

自分が問うているのは、それより奥のものだった。

なぜ、ここにいる。

何によって、ここまで来た。

何の条件を満たして、玉座の前に立っている。

その答えが、まだ見えない。

誰が結んだ

現魔王は問う。

「誰に命じられた」

ロアンは少し考えた。

「いろんな人に頼まれました」

「誰の軍だ」

「軍じゃありません」

「どの国の密使だ」

「たぶん、いろんな国に手紙は運びました」

死霊宰相が、わずかに顔を上げる。

吸血侯の視線がロアンに留まった。

現魔王は続ける。

「貴様が各国を結んだのか」

ロアンは即答しなかった。

ミルカが少し警戒したように、彼の横へ半歩寄る。

エナは胸元の小さな護符を握る。

ガルドは、剣先をわずかに下げたまま、魔王の動きを見ている。

ロアンは、嘘をつくかどうかを考えている顔ではなかった。

どこまで言えばいいのか、分からない顔だった。

やがて彼は言った。

「俺たちだけじゃありません」

現魔王は黙って聞く。

「通してくれた人がいた。手紙を預けた人がいた。道を教えてくれた人がいた。兵を動かした人がいた。港を開けた人がいた。森の抜け方を教えてくれた人がいた。水路の話をした人がいた」

言葉は、整っていない。

軍議の報告ではない。

作戦書でもない。

ただ、旅の中で積み重なったものを、一つずつ拾っているだけだった。

「俺たちは、その間を走っただけです」

現魔王は、地図を思い出した。

東。

西。

北。

中央。

各国の門が、同じ夜に切られた。

深海。

深森。

火山。

それぞれ別の軍が動き、それぞれ拠点を落とし、それぞれ止まった。

中心は見えなかった。

同じ旗はなかった。

同じ命令書もなかった。

だが、線はあった。

見えない線。

目の前の男は、軍ではない。

王でもない。

神官長でもない。

勇者でもない。

だが、線の一部だった。

線そのものではないかもしれない。

しかし、線が通るための節目だった。

現魔王は低く問う。

「貴様は、各国を動かしたのか」

ロアンは首を振る。

「動かしたのは、その国の人たちです」

「では、貴様は何をした」

「頼まれたものを届けました」

「それだけで、国が動くか」

「俺だけなら、動かないと思います」

ロアンは、少しだけミルカたちを見た。

「でも、俺たちだけじゃなかったので」

魔王は、その答えを理解しきれなかった。

だが、切り捨てることもできなかった。

勇者ではない

現魔王は言った。

「貴様は勇者ではない」

ロアンは、あっさりとうなずいた。

「そうですね」

その返事に、竜将が目を細めた。

ミルカも驚かない。

エナも否定しない。

ガルドは、特に興味もなさそうに立っている。

誰も、勇者と呼ばれることに執着していなかった。

現魔王は問う。

「ならば、なぜここにいる」

ロアンは答える。

「止めないといけないから」

「誰を」

「あなたを」

玉座の間の炎が、大きく揺れた。

竜将が一歩出ようとする。

現魔王は手で制した。

「勇者でもない者が、魔王を止めると」

ロアンは、少し困った顔をした。

「勇者じゃないと、だめですか」

言葉に挑発はない。

思想を語る口調でもない。

彼は本当に、肩書きの必要が分かっていないようだった。

必要だから来た。

止めなければならないから来た。

誰かに頼まれた。

道を通してもらった。

仲間がいた。

だから来た。

それだけで、魔王の前に立っている。

現魔王にとって、それは理解しづらい。

勇者とは、条件を持つ者だった。

血筋。

神託。

聖剣。

聖痕。

仲間。

伝承。

認定。

世界が勇者を勇者として押し上げる何か。

それを潰してきた。

一つずつ。

慎重に。

確実に。

だが、目の前の四人は、そのどれにも正面から触れていない。

条件を持たないまま、結果だけを持ってきた。

玉座の前に立つという結果を。

現魔王は、四人を改めて見る。

ロアン。

中心にいる。

だが、輝いてはいない。

突出した魔力も、聖性も、血統もない。

それでも、他の三人の立ち位置は、彼を中心に動いている。

ミルカ。

魔術師。

派手な魔力ではない。

だが、魔王城の結界の要を見ていた。

壊すよりも抜く。

燃やすよりもずらす。

あの制御は、戦場で磨かれたものだ。

エナ。

震えている。

だが、魔王の殺気が動く前に視線が揺れる。

危険の起こる場所を、言葉になる前に避ける。

神託ではない。

だが、似た働きをする何かを持っている。

ガルド。

剣士。

名乗りは軽い。

構えも大げさではない。

しかし、その重心は不自然なほど静かだ。

魔王の一撃に対して、反応できる位置に立っている。

彼らは、誰か一人が勇者なのではない。

四人で、一つの機能になっている。

そして、その背後に、ここまで彼らを押し上げた無数の手がある。

村。

宿屋。

鍛冶屋。

田舎神殿。

漁村。

森の口伝。

山の水路を知る者。

通行手形を出した者。

密書を預けた者。

兵を動かした者。

それらのすべてが、玉座の間には来ていない。

だが、四人の背後にはある。

魔王は、それを完全には言葉にできなかった。

ただ、危険だと分かった。

目の前の四人は、条件を持たない。

だが、条件を満たした勇者より弱いとは限らない。

灰の一団

死霊宰相が、玉座の間の脇で低く言った。

「記録上、彼らは勇者条件に該当しません」

現魔王は答えない。

死霊宰相は続ける。

「血筋なし。神託なし。聖剣なし。聖痕なし。中央神殿認定なし。天空要塞攻略なし。勇者旗なし」

「分かっている」

「ただし、西方灰色外套との一致が見られます。報酬制少数戦力。灰色外套。四名。活動報告途絶後、現行記録から消失」

吸血侯が続ける。

「彼らが各国の間を走っていたなら、転移ゲート同時破壊、三拠点同時攻略の情報線にも関与した可能性があります」

竜将が唸る。

「ならば、やはりこやつらが元凶ではないか」

ロアンは少しだけ眉を寄せる。

ミルカが一歩前へ出かけたが、ロアンが手で止めた。

現魔王は問う。

「貴様らは、魔王軍の転移門を壊したか」

ロアンは首を振った。

「直接は」

「直接は、か」

ミルカが答える。

「場所を知っていた人たちがいました。壊し方を考えた人たちもいました。私たちは、全部をやったわけじゃありません」

「だが、関わった」

ミルカは視線を逸らさない。

「関わりました」

現魔王はエナを見る。

「深森の道は」

エナが息を呑む。

「私たちだけじゃありません」

「導きの石は砕いた」

「石だけじゃ、なかったんだと思います」

その言葉に、現魔王の目がわずかに動いた。

導きとは、石だけを指す言葉ではなかった。

そう記録するには、まだ早い。

だが、目の前の少女は、答えの一部を持っている。

現魔王はガルドを見る。

「火山の水は」

ガルドは肩をすくめた。

「俺は水路には詳しくない」

「では誰が」

「詳しいやつがいた」

「名は」

「言っていいのか?」

ガルドがロアンを見る。

ロアンは首を振る。

ガルドは魔王へ向き直った。

「言わない方がいいらしい」

竜将が剣に手をかける。

「ふざけるな」

ガルドは静かに竜将を見た。

「ふざけてはいない」

その一言で、竜将の動きが止まった。

軽さが消えていた。

剣士としての気配が、そこにあった。

現魔王は、四人を見渡す。

ロアンたちは、すべてを説明しない。

できないのか。

しないのか。

あるいは、自分たちだけの功績ではないから、言い切れないのか。

いずれにせよ、はっきりしていることがある。

彼らは、単独の英雄ではない。

しかし、ただの傭兵でもない。

線の先端。

積み重なった助力の出口。

条件の外側から、玉座へ来た者たち。

現魔王は、静かに言った。

「灰の一団」

ロアンは頷いた。

「はい」

「勇者ではない」

「はい」

「だが、魔王を止めに来た」

「はい」

「ならば」

現魔王の魔力が、玉座の間に満ち始める。

黒い炎が大きく揺れる。

柱の影が床を伸びる。

「貴様らの名乗りだけでは足りぬ」

ロアンの手が、剣の柄へかかる。

ミルカが杖を握る。

エナが小さく息を吸う。

ガルドが半歩前へ出る。

現魔王は言った。

「証明してみせろ。条件なき者たちよ」

いつも通り

玉座の間に、魔力が満ちていく。

床の古い魔法陣が、ゆっくりと浮かび上がる。

黒い線。

赤い光。

低い振動。

魔王の力は、近づいただけで肌を焼くようだった。

エナが小さく息を呑む。

ミルカが額に汗をにじませる。

ガルドは笑っていない。

ロアンは、三人を見た。

「散らない。離れすぎない。いつも通りで」

ミルカが顔をしかめる。

「いつも通りで魔王と戦うの、だいぶおかしいから」

ガルドが言う。

「でも、それ以外にできることもないだろ」

エナが、震えながらもうなずいた。

「大丈夫。たぶん、まだ帰れます」

ロアンは小さく笑った。

「じゃあ、帰ろう」

その言葉に、ミルカが一瞬だけ息を吐く。

ガルドが剣を構える。

エナが手を胸の前で組む。

ロアンが剣を抜く。

その剣は、聖剣ではない。

まだ、そう呼ばれていない。

田舎町の鍛冶屋から受け取った、使い込まれた剣である。

それでも、彼の手にはよく馴染んでいた。

現魔王は、その剣を見た。

聖剣ではない。

だが、使われ続けた剣だ。

神託はない。

だが、彼らをここまで運んだ言葉はある。

聖痕はない。

だが、傷はある。

勇者の旗はない。

だが、背後にはいくつもの道がある。

魔王は、それをすべて理解したわけではない。

ただ、目の前の四人が危険だということだけは分かった。

歴代勇者の記録にある条件は、揃っていない。

けれど、彼らが弱い理由にはならない。

現魔王は、右手を上げた。

玉座の間の魔法陣が、完全に開く。

竜将が息を呑む。

死霊宰相が記録を止める。

吸血侯が影の中で目を細める。

ロアンたちは構えた。

聖剣はなかった。

中央神殿の神託もなかった。

聖痕を掲げた勇者もいなかった。

東の血筋から生まれた英雄もいなかった。

玉座の前に立っていたのは、灰色の外套をまとった四人だった。

ロアン。

ミルカ。

エナ。

ガルド。

魔王軍の記録は、最後まで彼らを勇者一行と断定できなかった。

条件がなかったからである。

だが、条件がない者たちは、条件を満たした勇者と同じ場所に立っていた。

現魔王は問うた。

「貴様は何者だ」

ロアンは、勇者とは答えなかった。

その答えを知る前に、戦いが始まろうとしていた。


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