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復旧計画
魔王城、戦略会議室。
長卓の上には、三つの倒れた札が置かれていた。
深海拠点、陥落。
深森拠点、陥落。
火山拠点、陥落。
その横には、転移ゲート復旧表が広げられている。
中央中継門、仮復旧準備中。
東部中継門、術式再構成中。
北方補給門、部材搬入待ち。
西部中継門、座標石交換待ち。
沿岸監視門、軽微損傷。
旧街道監視門、接続不安定。
国境補助門、座標調整待ち。
魔王大陸の本土門は残っていた。
魔王城。
深森。
火山。
南方軍港。
それらの門は生きている。
だが、人間側大陸に張り出していた線は切られ、前線への命令と報告は遅れていた。
死霊宰相が、骨の指で表を押さえる。
「三拠点の完全奪還には時間がかかります。ただし、人間側が保持を続ける余力も限られています」
竜将が言う。
「ならば、こちらから奪還に出るべきです」
「焦れば、こちらの兵站も崩れます」
死霊宰相は淡々と答えた。
「深海方面は船団の残骸と潮流で乱れています。深森方面は森が荒れ、魔物の配置も崩れています。火山方面は洪水後の地形が不安定です。拠点を戻すにしても、連絡線が整わなければ再保持が難しい」
転移門管理官が、青ざめた顔で続ける。
「中央中継門の仮復旧を最優先に進めています。東部中継門はその次です。西部は、申し訳ありませんが後回しになります」
吸血侯が細い目で地図を見る。
「西の報告はさらに遅れますね」
「代替通信で補う」
現魔王が言った。
「鳥、密偵、商人道、伝令。使えるものは使え」
竜将が身を乗り出す。
「しかし陛下。拠点を三つ失っております。このまま待てば、人間どもに足場を固められる」
「深海を落とした船団は動けない。深森を抜いた軍も止まっている。火山を落とした軍も進めない」
現魔王は、倒れた三つの札を見た。
「拠点は戻せる。だが、魔王城を空にしてまで戻すものではない」
竜将は、反論しかけて黙った。
死霊宰相が記録する。
三拠点奪還準備、継続。
転移ゲート復旧、継続。
魔王城防衛、優先維持。
その時、火鏡塔の信号係が入ってきた。
「天空要塞より、定時報告です」
会議室にいた者たちの視線が、一斉に地図の北へ向いた。
雲の上の要塞。
魔王城へ至る最後の道を見下ろす、空の目である。
空からの定時報告
火鏡塔の鏡面に、白い光が走った。
信号係が符号を読み取る。
「天空要塞より定時報告。主要街道、異常なし。北尾根、異常なし。東谷、異常なし。西崖道、巡回完了。雪原、軍の足跡なし。火山側の道、大規模進軍なし」
死霊宰相が確認する。
「火鏡塔は」
信号係が答える。
「三系統すべて稼働。魔王城への信号線、正常」
「夜目の鴉は」
「夜間巡回、異常なし」
「鳴鳥は」
「全羽帰還」
「山岳斥候は」
「二名帰還。一名遅れ。ただし遅延は天候によるもの。緊急信号なし」
竜将が、わずかに息を吐く。
「空は生きている」
火鏡塔の鏡面がもう一度光った。
天空侯からの短い追加文が届く。
空は異常なし。
信号係がそれを読み上げると、会議室にわずかな沈黙が落ちた。
深海は落ちた。
深森も落ちた。
火山も落ちた。
だが、天空要塞は落ちていない。
火鏡塔は光を返している。
夜目の鴉は帰っている。
山岳斥候も巡回している。
見える範囲に、魔王城へ向かう軍はない。
死霊宰相が言う。
「天空要塞からは、大規模進軍の兆候なし」
竜将が頷く。
「ならば、魔王城へ来る者はいません」
現魔王は、すぐには答えなかった。
彼は、過去の勇者記録を思い出していた。
深海。
深森。
火山。
そして天空。
過去の勇者一行は、必ず天空要塞に触れている。
そこを避けて魔王城へ近づくことは、できなかった。
天空要塞を残せば、進路は見つかる。
火鏡塔が魔王城へ警告を送る。
夜目の鴉が谷を追う。
山岳斥候が尾根を読む。
背後から追撃される。
だから過去の勇者は、天空を攻略せざるを得なかった。
現魔王は言う。
「過去の勇者は、天空を避けなかった」
死霊宰相がうなずく。
「避けられなかった、と見るべきでしょう。索敵範囲が広すぎます」
「そして、今の天空要塞は強化済みだ」
「はい。火鏡塔は三系統。夜目の鴉も増やしています。司令官討伐時の自動警告も稼働中です。西崖道の巡回も、以前より密になっています」
竜将が言う。
「つまり、勇者がいるなら天空で見つかる」
現魔王は少し考えた。
「少なくとも、過去と同じ勇者ならな」
その言葉に、竜将は口を閉じた。
吸血侯が静かに視線を動かす。
現魔王は続ける。
「天空要塞の報告を継続させろ。魔王城外縁警戒も維持。三拠点奪還準備は止めるな」
記録官が筆を取る。
天空要塞、異常なし。
魔王城方面への大規模進軍、確認されず。
魔王城外縁警戒、維持。
三拠点奪還準備、継続。
天空要塞
天空要塞。
雲が、岩壁の下を流れていた。
塔の先端では、火鏡塔が魔王城へ光を返している。
一つ目の鏡。
二つ目の鏡。
三つ目の鏡。
第七話の後に増設された三系統の信号線は、すべて生きていた。
鳥型魔物の調教師が、夜目の鴉の脚についた泥を確認する。
「西崖道の泥。血なし。焦げなし。羽の乱れなし」
記録係が書く。
夜目の鴉、西崖道巡回。
異常なし。
風読み鳥が、東谷から戻る。
翼に細かい雪がついていた。
「東谷、風強し。人馬の列なし。煙なし」
記録係が書く。
東谷、異常なし。
別の兵が、火鏡塔の状態を読む。
「第一鏡、正常。第二鏡、正常。第三鏡、正常。魔王城への反射、遅延なし」
天空侯は、作戦室の中央で報告を聞いていた。
長身の魔族で、白い外套を肩にかけている。
その目は、雲の下の地図を見下ろしていた。
副官が読み上げる。
「主要道、異常なし」
「北尾根」
「異常なし」
「西崖道」
「落石あり。軍の通過痕なし」
「火山側の道」
「泥濘。人間軍の大規模移動なし」
「雪原」
「軍靴の列なし。荷馬の足跡なし。野営跡なし」
天空侯はうなずいた。
「山岳斥候は」
「二名帰還。一名遅れていますが、吹雪によるものと思われます」
「緊急信号は」
「なし」
天空侯は、火鏡塔の光を見る。
天空要塞は無傷だった。
攻撃された形跡もない。
包囲もない。
空から見える道に、軍はいない。
それでも、天空侯の顔に満足はなかった。
「西崖道の落石を詳しく」
副官が、別の報告書を出す。
「斥候によれば、古い岩棚が崩れています。獣の足跡あり。人の足跡らしきものも数か所。ただし風と雨で薄く、判別困難」
「人数は」
「分かりません」
「軍か」
「軍ではありません。荷馬、車輪、軍靴の列、野営跡、火を焚いた痕跡、いずれもなし」
天空侯は少し考えた。
「記録に残せ」
副官が顔を上げる。
「警戒を上げますか」
「軍の接近ではない。勇者一行の痕跡としても弱い」
「では」
「西崖道の定期巡回を増やす。夜目の鴉を一羽追加。山岳斥候には、落石箇所を再確認させろ」
「は」
天空侯は、窓の外を見た。
雲が厚い。
風が強い。
岩が多い。
獣道は無数にある。
すべてを完全に見ることはできない。
だが、見えるものは見る。
見えないものは、見えるように仕組みを増やす。
それが、天空要塞の役目だった。
西崖道
西崖道。
断崖に沿った細い道が、雲の中へ消えている。
下は谷。
上は岩壁。
風は冷たく、声をすぐにさらっていく。
山岳斥候が、落石の跡を調べていた。
膝をつき、泥に残った浅いくぼみを見る。
獣の足跡。
たぶん山羊。
別の浅い跡。
人の足にも見える。
だが、雨で崩れている。
雪解けの水が流れ、泥を薄く撫でていた。
斥候は、指で泥を掬う。
「古い」
隣の斥候が問う。
「軍か」
「違う」
「猟師か」
「それも分からん」
「人か」
斥候は、岩の下に落ちた短い布切れを拾った。
灰か、ただ汚れているだけか分からない布だった。
彼は匂いを嗅ぎ、指で揉み、首を振る。
「判断不能」
「報告は」
「獣または少数人員の通過痕。軍の通過痕なし。野営跡なし。火の跡なし」
「警戒は」
斥候は崖の先を見る。
風が強い。
こんな道を、軍は通らない。
荷馬も通らない。
夜に通れば落ちる。
昼に通っても見つかる。
「巡回増加」
彼はそう答えた。
それは正しい報告だった。
少なくとも、斥候が見た範囲では。
報告の受け取り
魔王城。
天空要塞からの詳細報告が届いた。
死霊宰相が読み上げる。
「西崖道にて落石。獣または少数人員の通過痕らしきものあり。ただし軍の通過痕なし。野営跡なし。火を焚いた痕跡なし。魔王城方面へ向かった確証なし。天空要塞側は定期巡回を増加」
竜将が鼻を鳴らす。
「獣道の報告まで上げてくるとは、天空侯も細かい」
吸血侯が少しだけ反応した。
「少数人員の可能性、ですか」
死霊宰相が続ける。
「痕跡は薄く、判別不能。山岳地帯では、獣、猟師、逃亡兵、はぐれ斥候の痕跡が混ざります。これだけでは判断できません」
現魔王が問う。
「警戒を上げるほどか」
死霊宰相は首を横に振った。
「軍の通過ではありません。荷馬も車輪もなく、野営跡も火の跡もありません。勇者一行と判断するには根拠が弱い」
吸血侯も言う。
「見えない線は気になります。しかし、これは線とは呼べません。断片です」
竜将が腕を組む。
「深海、深森、火山を落とした人間軍は、それぞれ止まっています。少数の影をすべて追えば、こちらの兵が散る」
現魔王は、報告書を見た。
獣または少数人員。
判別不能。
軍の通過痕なし。
巡回増加。
見落としではない。
無視でもない。
記録は残っている。
巡回も増える。
ただし、警戒レベルを大きく上げる根拠はない。
「記録に残せ。天空要塞の定期巡回を増やす。魔王城側も外縁警戒を維持」
記録官が筆を動かす。
西崖道、微細痕跡あり。
軍の通過痕なし。
魔王城方面接近、確証なし。
天空要塞、巡回増加。
魔王城外縁警戒、維持。
現魔王は、地図の上の天空要塞を見た。
空は、まだ生きている。
避ける者
高山の風が、崖道を叩いていた。
雲が谷を覆い、遠くの要塞の影を半分隠している。
岩陰を、四つの影が進んでいた。
足音はほとんどない。
火は焚かない。
声も低い。
荷は少ない。
旗はない。
馬もいない。
鎧の音もない。
要塞は、遠く上に見えていた。
雲の切れ間から、火鏡塔の光が一瞬だけ見える。
影の一つが、小さく息を吐いた。
「……行かないのか」
別の声が答える。
「行く理由がない」
「見つかったら?」
「逃げる」
「雑だな」
「戦うよりましだ」
風が、会話の続きを奪った。
四つの影は、要塞へ向かわなかった。
門を破らない。
塔を落とさない。
司令官を討たない。
旗を立てない。
ただ、岩と雲と風の隙間を選んで進んだ。
過去の勇者なら、天空要塞を攻略した。
攻略しなければ、魔王城へ近づけなかったからだ。
だが、その四つの影は、勇者の道を歩いていなかった。
だから、要塞を落とす理由もなかった。
空の目
天空要塞。
副官が、巡回追加の指示を配っていた。
夜目の鴉が一羽、籠から出される。
山岳斥候が二名、落石箇所へ戻る。
火鏡塔は、魔王城へ変わらず光を返す。
天空侯は、作戦室の窓から雲を見ていた。
副官が言う。
「陛下は、我らの報告を重く見ておられるでしょう」
「当然だ」
天空侯は答えた。
「ここは空の目だ」
「ならば、我らが見落とせば魔王城が危うい」
天空侯は少し黙った。
雲の下では、谷がいくつも重なっている。
岩陰。
獣道。
雪原。
崩れた尾根。
風で消える足跡。
鳥の目で見えるものと、見えないもの。
斥候の目で分かるものと、分からないもの。
それらを、彼は知っていた。
「見落としは必ずある」
副官が顔を上げる。
天空侯は続けた。
「問題は、それを減らすことだ」
「不安ですか」
「不安でなければ、監視などできぬ」
副官は黙って頭を下げた。
天空侯は振り返る。
「主要道をもう一度確認。北尾根と西崖道の巡回間隔を詰めろ。火山側の泥濘には、足跡が残りやすい。そこを重点的に見ろ」
「は」
「軍を見逃すな。旗を見逃すな。荷を見逃すな。火を見逃すな」
「少数は」
天空侯は一瞬だけ考えた。
「少数も記録する。ただし、軍と同列には扱うな。山は、少数の痕跡で溢れている」
彼の判断は、怠慢ではなかった。
それは、山を知る者の判断だった。
魔王城の警戒
魔王城では、外縁警戒が維持されていた。
黒い城壁の上を、魔族兵が巡回する。
塔の上では、鳥型魔物が止まり木に並ぶ。
門前の結界石には、夜ごとに魔力が注がれる。
地下通路の格子も点検される。
大門の鎖は、いつもより一重多く巻かれた。
だが、全面戦闘態勢ではない。
それにも理由がある。
深海の再奪還準備がある。
深森の外縁整理がある。
火山方面の地形調査がある。
転移ゲートの復旧がある。
人間側大陸の前線門を直さなければ、次の報告も遅れる。
すべての兵を魔王城へ戻すことはできない。
死霊宰相が言う。
「魔王城外縁の警戒は維持。ただし、全軍集結は不要と判断します」
竜将が言う。
「万一に備え、城内兵を増やすべきでは」
「増やせば、転移ゲート復旧と拠点奪還準備が遅れます」
「魔王城を落とされれば、それどころではない」
「魔王城方面への大規模接近は確認されていません。天空要塞も生きています」
竜将は舌打ちした。
「空が異常なしと言うなら、そうなのでしょうが」
現魔王は、二人の意見を聞いてから判断した。
「外縁警戒は維持。城内警備を一段階上げる。だが、全軍を戻すな」
死霊宰相が記録する。
魔王城外縁警戒、維持。
城内警備、一段階引き上げ。
全軍集結、不要。
転移ゲート復旧、継続。
三拠点奪還準備、継続。
竜将はまだ不満げだった。
だが、反論はしなかった。
現魔王の判断は、油断ではなかった。
すべてを同時に守れない以上、優先順位をつけるしかなかった。
見えない線
吸血侯は、別の報告書を卓に置いた。
「各国を結んだ線について、調査中です」
現魔王が問う。
「進展は」
「断片のみです。商人、神官、密使、地方領主、傭兵、書簡運搬人。いずれにも不自然な動きがあります。しかし、中心は見えていません」
「勇者の一族は」
「封鎖内。動きなし」
「中央神殿は」
「機能停止のまま」
「聖剣は」
「封印中」
「聖痕は」
「噂なし」
竜将が言う。
「ではやはり、勇者はいない」
現魔王は短く答えた。
「いない、ではない。確認されていない」
竜将は口を閉じる。
吸血侯がわずかに笑う。
「陛下は、疑いを捨てない」
「疑いだけで軍は動かせぬ」
現魔王は地図を見る。
「事実が必要だ」
「そして、今ある事実では」
死霊宰相が言う。
「天空要塞、異常なし。魔王城方面への大規模進軍なし。主要路、異常なし。微細痕跡は記録済み」
吸血侯が指を重ねる。
「見えない線はある。ただし、魔王城へ伸びている証拠はない」
現魔王はうなずいた。
「調査を続けろ。だが、魔王城防衛、ゲート復旧、三拠点奪還。いずれも止めるな」
「は」
吸血侯が頭を下げる。
見えない線。
その存在を、魔王は忘れていない。
だが、見えないものだけを恐れて、見えている戦線を崩すことはできなかった。
空は異常なし
再び、天空要塞から報告が入った。
第二定時報告。
火鏡塔の光が、魔王城の鏡面に走る。
信号係が読み上げる。
「天空要塞より第二定時報告。空は異常なし。主要道、異常なし。魔王城方面への軍勢接近、確認されず。西崖道、巡回増加。微細痕跡、追加異常なし」
死霊宰相が言う。
「天空要塞は生きています」
竜将がうなずく。
「ならば、魔王城へ来る者はいません」
現魔王は、少しだけ黙った。
完全に同意はしない。
だが、今ある情報では、そう判断するしかなかった。
「魔王城外縁警戒を維持。転移ゲート復旧を急がせろ。三拠点奪還準備を進める」
記録官が書く。
天空要塞、異常なし。
魔王城方面への軍勢接近、確認されず。
魔王城警戒、一段階引き上げ。
全軍集結、不要。
三拠点奪還準備、継続。
転移ゲート復旧、継続。
竜将が、倒れた三拠点の札を見る。
「空が生きているなら、まだ城は守れます」
死霊宰相が答える。
「少なくとも、大規模進軍は見えます」
吸血侯は黙っていた。
現魔王は地図の北を見ている。
天空要塞の札は、まだ立っている。
落ちていない。
燃えていない。
沈黙していない。
空は異常なし。
その報告は、何度も重ねられた。
外縁の夜
夜。
魔王城の外壁。
見張りの魔族が、遠くの山道を見ていた。
異常はない。
大軍の火はない。
旗もない。
角笛もない。
荷馬の列もない。
空には、天空要塞からの正常信号が瞬いている。
火鏡塔の光が、雲の上でかすかに反射していた。
見張りは、短く報告する。
「異常なし」
隣の兵が、結界石に手を当てる。
「外縁結界、正常」
「北壁」
「異常なし」
「西塔」
「異常なし」
「地下格子」
「施錠確認」
報告は順に回っていく。
魔王城は、眠ってはいなかった。
警戒は上がっている。
門も閉じている。
巡回も増えている。
それでも、城の外には夜があった。
岩。
影。
風。
城壁の下の、見張りの視界が届きにくい場所。
そこを、何かが移動する。
それは軍ではない。
荷馬車でもない。
旗も掲げていない。
火も焚いていない。
大声も出さない。
見張りの視界の端を、ただ影が過ぎる。
見張りは、遠くの道を見ている。
空には正常信号。
主要道には軍影なし。
北尾根に旗なし。
西崖道に軍の通過痕なし。
魔王城方面への大規模接近、確認されず。
報告は正しい。
少なくとも、報告が見るべきものは、そこになかった。
天空要塞は無傷だった。
火鏡塔は光を返し、夜目の鴉は戻り、山岳斥候は谷と尾根を巡った。
主要街道に軍はいない。
北尾根に旗はない。
東谷に荷馬はない。
西崖道に、軍が通った痕跡もない。
空は異常なし。
魔王城は、警戒を一段上げた。
だが全軍を戻すことはなかった。
三拠点の復旧があり、転移ゲートの修理があり、奪還準備があった。
空は異常なし。
だから、魔王城への大規模接近はない。
魔王軍の記録には、そう書かれた。
そして夜は、記録の外側で、静かに動いていた。
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