勇者の条件 第27話 出られない国

勇者の条件 第27話 出られない国 創作実験
勇者の条件 第27話 出られない国
勇者の条件
創作実験TOP異世界ファンタジー魔王勇者もの対勇者戦略にて勇者の誕生を阻止する作品紹介歴代魔王は、なぜ勇者に敗れたのか。城を固めても、国境を塞いでも、聖都を脅かしても、最後には勇者が玉座へ届く。ならば魔王軍が見るべきは、国ではない。勇者であ…
勇者の条件 第27話 出られない国 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

西側拠点のあと

アークガルム王国の西側領域で、魔王軍の小拠点が落ちた。

その知らせは、近隣の村々へすぐに広まった。

西の街道を塞いでいた魔物の巡回が薄くなり、荷馬車が少しずつ動き始める。

避難していた村人たちが、焼けた倉庫や壊れた柵を見に戻る。

王国軍の旗が、拠点のあった丘に立てられる。

それは勝利だった。

ただし、灰の一団が単独で拠点を落としたわけではない。

主力は、アークガルム王国軍だった。

盾兵。

弓兵。

魔術兵。

工兵。

自警団。

傭兵部隊。

荷運び。

治療係。

伝令。

多くの人間が動き、準備し、道を整え、合図を合わせて、ようやく拠点は破壊された。

ロアンたちがしたのは、別のことだった。

現地の人から昔の薪道を聞き出す。

魔物の巡回がずれる時間を確かめる。

見張り台から死角になる斜面を探す。

怪我人を下げる道を作る。

逃げ遅れた村人の居場所を確認する。

魔物が嫌がる煙の流れを読む。

拠点に突入する前に、兵が動ける形へ状況を整える。

ロアンは丘の下から、王国軍の兵士たちが拠点跡を片づけているのを見ていた。

「俺たち、拠点を落としたって言われるほど前に出てないよな」

隣でミルカが答える。

「でも、私たちが抜け道を見つけなかったら突入時刻がずれていた」

「そうかな」

「そう。荷馬車は通れないけど、兵が二人ずつなら通れる道だった。あれがなかったら、正面の柵を壊すしかなかった」

エナは少し疲れた顔で、治療用の布を畳んでいた。

「怪我人も多かったです」

ガルドは丘の上を見ている。

「前に出た兵たちは強かった」

ロアンはうなずいた。

「国の軍って、やっぱり大きいな」

盾が並ぶ。

槍が進む。

弓が飛ぶ。

魔術兵が合図に合わせて火と風を使う。

工兵が柵を外し、道を開く。

一人一人が何をしているのか、全部は分からない。

けれど、その大きさだけは分かった。

灰の一団は強くなってきた。

依頼も受けるようになった。

報酬ももらうようになった。

それでも、国の軍は違う。

ロアンはそう思った。

そして、その国の軍が、灰の一団を見る目を変え始めていることには、まだ気づいていなかった。

押収された資料

拠点の奥は、ただの武器庫ではなかった。

粗末な寝床。

食料庫。

錆びた刃物。

魔物用の餌。

それらに混じって、石の箱が見つかった。

王国の調査官がそれを開いた時、周囲の空気が変わった。

中には、薄い金属板と、魔力を帯びた紙片が束になって入っていた。

普通の地図ではない。

文字も、王国の公用文字ではない。

だが、魔術院の調査官が一枚を見た瞬間、顔色を変えた。

「これは、転送ゲートの保守記録です」

近くにいた兵士たちがざわついた。

転送ゲート。

魔王軍が兵や物資を遠くへ動かすために使っていると噂されていたもの。

突然、魔物が現れる。

一夜で補給が増える。

街道を封鎖したはずなのに、別の場所に敵が出る。

その理由ではないかと、ずっと言われていた。

けれど、位置も仕組みも、詳しくは分かっていなかった。

押収された資料には、西側領域の候補地が記されていた。

ゲートを識別する符号。

安定に使う魔石の種類。

起動の周期。

保守担当の巡回記録。

破損時の応急処置。

簡単な接続図。

そして、他地域の符号の一部。

完全な地図ではない。

世界中の転送ゲートが一枚にまとまっているわけでもない。

けれど、規則はあった。

ミルカは資料の写しを見せられて、しばらく黙っていた。

ロアンが横から聞く。

「読めるの?」

「全部は無理。でも、繰り返しは分かる」

「繰り返し?」

「同じ符号。同じ石。同じ周期。同じ地形」

ミルカは指で写しの端をなぞる。

「ゲートは適当に置かれていない。古い街道、廃砦、水脈、魔力の流れ、補給拠点。そのどれかに重なっている」

ロアンは顔をしかめた。

「つまり、探し方が分かる?」

「たぶん。全部の場所が分かったわけじゃない。でも、どこを調べればいいかは分かる」

ガルドが聞く。

「全部壊せばいいのか」

ミルカは資料を見たまま答える。

「全部がどこにあるか分かればね」

エナが小さく言う。

「他の国にもあるんですよね」

ミルカは頷いた。

「この符号を見る限り、ある」

その言葉は、拠点跡の空気をさらに重くした。

西側拠点を一つ壊しただけでは、終わらない。

魔王軍の道は、もっと広い。

もっと遠くへ伸びている。

その一部が、ようやく見え始めただけだった。

点が線になる

アークガルム王国は、実は以前から転送ゲートを調べていた。

ただし、それは転送ゲートそのものを知っていたというより、奇妙な痕跡を集めていたという方が近い。

荷馬車が突然消えた街道。

魔物が何度も現れる廃砦。

夜だけ淡く光る古い石柱。

魔力の残り香が消えない森の奥。

誰も通らないはずなのに、地面が踏み固められている谷。

王国の諜報局と魔術院は、そうした場所を少しずつ調べていた。

けれど、それらはばらばらだった。

点でしかなかった。

今回の押収資料で、その点が線になり始めた。

王都から来た諜報官が、拠点内の仮設机に地図を広げる。

赤い石が置かれた場所は、押収資料に符号があった地点。

黒い石は、王国が以前から魔力痕を確認していた地点。

白い石は、旧街道や廃砦の記録から推測される地点。

青い石は、商人や捕虜、国境村から出た証言だけの地点。

諜報官が言った。

「我々が見つけていた魔力痕と、押収資料の符号が一致します」

魔術院の調査官が答える。

「ならば、国内の候補地はかなり絞れます」

軍人が腕を組む。

「他国の分はどうする」

諜報官は青い石を指した。

「商人、亡命兵、捕虜、国境村の報告、旧街道図。断片はあります。ただし、照合には時間が要ります」

ロアンは地図を見ていた。

赤、黒、白、青。

石が増えるほど、道が見えてくる。

魔王軍の道。

人間の街道とは違う道。

ただ、よく見ると重なっている場所もある。

古い街道。

廃砦。

水場。

村の近く。

人の道が、魔王軍の道に使われている。

それが、ロアンには嫌だった。

「俺たちが使う道と、重なってるんだな」

ミルカが頷く。

「だから厄介なんだと思う。人が通れる場所は、魔物も通れる」

エナは地図を見ながら言った。

「そこにも、人が住んでいるんですよね」

誰もすぐには答えなかった。

地図の上では、石ひとつだ。

でも、そこには村があり、宿があり、橋があり、畑があり、神殿がある。

誰かの戻る場所がある。

それが狙われている。

ロアンは拳を握った。

けれど、何をすればいいのかは、まだ分からなかった。

王都への呼び出し

灰の一団は、王都へ呼ばれた。

名目は、褒賞と報告。

西側拠点攻略への協力に対する報酬。

現地で見たものの確認。

押収資料に関する証言。

それらを行うために、四人はアークガルム王国の王都へ向かった。

王都は大きかった。

高い城壁。

まっすぐな大通り。

石造りの建物。

水路。

倉庫。

兵舎。

神殿。

市場。

ロアンは門をくぐった時から、少し落ち着かなかった。

「大きいな」

ミルカは地図を見ながら答えた。

「大きい」

エナは人の多さに目を丸くしている。

「人が、たくさんいます」

ガルドは城壁を見上げた。

「登りにくそうだな」

ミルカがすぐに言う。

「登らないで」

「見ただけだ」

「ガルドの見ただけは信用しすぎない」

王城の一角に通された時、ロアンは自分の灰色の外套を見下ろした。

磨かれた床。

白い壁。

金属の燭台。

重そうな扉。

そこに、旅で泥と雨を受けた灰色の外套は、やはり少し場違いだった。

ロアンが小声で言う。

「外套、洗ってくればよかったかな」

ミルカが答える。

「洗っても灰色だから大丈夫」

「そういう問題かな」

「そういう問題にしておいて」

エナは緊張で外套の端を握っている。

ガルドは天井を見た。

「広いな。斬り合うには柱が邪魔だ」

ミルカが小声で言う。

「斬り合わないで」

「分かってる」

「本当に?」

「たぶん」

ロアンは小さく笑いそうになった。

そのおかげで、少しだけ緊張がほどけた。

会議室には、多くの人がいた。

軍務卿。

魔術院長。

諜報局長。

財務官。

貴族。

軍人。

文官。

神殿系の役人。

全員が、灰色の外套の四人を見る。

ロアンは、以前より少しだけ前に出た。

「灰の一団、ロアンです」

ミルカ、エナ、ガルドもそれぞれ名乗る。

それから報告が始まった。

どうやって拠点周辺の巡回を読んだのか。

なぜ裏道を使えたのか。

現地住民から何を聞いたのか。

魔物の配置をどう判断したのか。

負傷者をどこから逃がしたのか。

拠点内で見た魔法陣はどのようなものだったか。

ロアンは答えた。

「村の人が昔使っていた薪道がありました」

ミルカが補足する。

「ただし、荷馬車は通れません。二人ずつなら通れる幅です。盾を並べるのにも向きません」

エナが言う。

「東側の通路は、入る前から嫌な感じがしました。実際に罠がありました」

高官の一人が眉をひそめた。

「嫌な感じ?」

エナは困ったように頷く。

「はい。言葉にするのは難しいです」

ガルドが言う。

「見張りは強くなかった。ただ、交代がずれていた」

軍人が聞き返す。

「交代がずれていた?」

「はい。外の見張りと内側の見張りで、歩く間隔が違いました。だから、見ていない場所ができていました」

軍人たちは顔を見合わせた。

それぞれの答えは、格式ある軍学の言葉ではなかった。

けれど、実戦で使える。

地図には出ない道。

住民しか知らない薪道。

嫌な感じがする通路。

見張りの歩幅。

そういう小さなものを拾い、使える形にする。

高官たちは気づき始めていた。

灰の一団は、ただの討伐戦力ではない。

危険な場所へ行き、現地の小さな情報を拾い、戻ってくる。

それは、国にとって価値のあるものだった。

契約部隊

会議の後、高官たちは灰の一団について話した。

軍務卿が言う。

「正規兵に組み込めば、辺境作戦の成功率が上がる」

諜報局長が答える。

「密偵ではない。だが、現地情報を拾う能力が高い。しかも戻ってくる」

魔術院長は、ミルカの報告書を見ていた。

「ミルカという娘は、魔術院の形式では測れません。出力ではなく制御が異常です」

別の軍人が言う。

「ガルドという剣士は、前線に置けば突破力になる」

神殿系の役人も口を挟む。

「エナという見習い神官も見逃せません。癒やしの力がある。危険察知のようなものもあるようです」

財務官が言った。

「報酬を支払えば動くのであれば、王国契約にした方がよい」

誰かが低く言った。

「他国に出すべきではない」

別の者がうなずく。

「少なくとも、転送ゲート問題が片づくまでは」

その話を、ロアンたちは聞いていない。

けれど、決まったことは彼らの前に出された。

翌日、灰の一団は再び呼ばれた。

軍務卿が穏やかな声で言う。

「貴殿らの働きは、王国にとって大きい。よって、正式な契約部隊として遇したい」

ロアンは戸惑った。

「契約部隊、ですか」

「そうだ。王国の支援を受け、王国の任務にあたる。報酬、宿舎、補給、装備の補修、通行証、王国内での活動許可を与える」

ガルドが小声で言う。

「砥石は?」

ミルカが小声で返す。

「たぶん含まれる」

「それは助かる」

エナも少し安心した顔をした。

薬草が補充される。

休む場所がある。

怪我人を見ても、自分だけを削らずに済む。

ロアンも一瞬、悪くない話だと思った。

旅を続けるには金がいる。

補給がいる。

身分保証がいる。

王国の支援があれば、動きやすくなる。

軍務卿は続けた。

「部隊名は、アークガルム王国第八傭兵団第三遊撃部隊。通称は、これまで通り灰の一団でよい」

ロアンはその長い名前に、少し目を瞬かせた。

「アークガルム王国、第八、ええと」

ミルカが小声で言う。

「あとで書く」

「助かる」

ガルドは首をかしげる。

「灰の一団でいいなら、最初からそれでいいのでは」

ミルカが言う。

「書類には長い名前が必要なの」

「書類は大変だな」

「本当に」

ミルカは軍務卿を見る。

「契約内容を確認しても?」

軍務卿は少し意外そうな顔をしたが、すぐに笑った。

「もちろんだ」

ミルカは提示された書類を見る。

報酬。

宿舎。

補給。

装備補修。

王国内通行。

任務時の負傷補償。

悪くない。

むしろ、破格に近い。

けれど、ミルカの目が一点で止まった。

「王国外への移動は?」

軍務官が答える。

「任務に応じて許可する」

ロアンはその言葉の意味をすぐには飲み込めなかった。

エナも分かっていない。

ガルドは書類を見ていない。

だが、ミルカは分かった。

自由移動ではない。

許可制だ。

「分かりました」

ミルカはそう言ったが、表情は明るくなかった。

出してもらえない

最初の数日は、厚遇された。

宿舎が与えられた。

食事が出た。

装備が修理された。

ロアンの剣も手入れされた。

ガルドの剣には新しい砥石が用意された。

エナには薬草と包帯が支給された。

ミルカには魔術院と魔法学院の見学許可が出た。

ロアンには各地の地図と報告書が渡された。

悪いことばかりではなかった。

むしろ、旅の途中ならありがたいことばかりだった。

「ご飯が出る」

ロアンが食堂で言った。

ミルカが答える。

「出る」

「豆もある」

「ある」

「宿代が減らない」

「減らない」

ガルドがうなずく。

「砥石もある」

エナも言う。

「薬草もあります」

ロアンは少しだけ笑った。

「いいことばっかりに聞こえる」

ミルカは食器を置いた。

「いいことばかりなら、顔が軽くなる」

「今、俺の顔は?」

「軽くなりかけている」

「戻します」

「よし」

けれど、違和感はすぐに現れた。

ロアンたちが次の土地へ行こうとすると、許可が下りない。

理由は毎回違った。

「次任務の調整中」

「転送ゲート調査への協力が必要」

「王都周辺の安全確認が先」

「他国との交渉が未了」

「身分保証書の発行待ち」

「王命による待機」

最初は、そんなものかと思った。

王国の書類は時間がかかるのだろう。

大きな国だから手続きも多いのだろう。

でも、三日が過ぎ、五日が過ぎ、十日近くになっても、同じだった。

ロアンは地図を広げたまま言った。

「これ、出られないってこと?」

ミルカは静かに答える。

「出られないというより、出してもらえない」

エナが不安そうに言う。

「でも、別の土地でも困っている人はいますよね」

ガルドは剣の手入れをしながら言った。

「稽古だけでは腕は鈍らないが、外は見えないな」

ロアンは地図を見る。

王都の外。

国境。

古い街道。

廃砦。

魔王軍の転送ゲート候補地。

どこも、線でつながっている。

でも、自分たちは王都の中にいる。

「許可がないと、国境を越えられない?」

ミルカは答えた。

「今の私たちは、王国契約の傭兵部隊扱い。勝手に出れば契約違反。下手をすれば脱走扱い」

ロアンは頭を抱えた。

「ちゃんとした名前をもらったら、ちゃんと縛られた」

ガルドが長い部隊名を書いた紙を見た。

「名前が長いほど、縄も長いのか」

ミルカが言う。

「縄が長いと、遠くまで行けそうに見える。でも結ばれているなら同じ」

エナはその言葉に、少し目を伏せた。

王都の門は開いている。

道もある。

食料もある。

装備もある。

なのに、出られない。

それは魔物に囲まれるのとは違う怖さだった。

魔法学院

王都に留め置かれている間、ミルカは魔法学院へ行くことになった。

表向きは見学。

実際には、王国側がミルカの力量を測る意味もあった。

ミルカはそれを分かっていた。

分かっていたが、少し緊張していた。

自分は田舎の村で、旅の魔術師に基礎を教わっただけだ。

王都の魔法学院には、もっと体系立った魔法があるはずだった。

広い訓練場では、生徒たちが魔法を使っていた。

炎が大きく燃え上がる。

水が広く広がる。

風が砂埃を巻き上げる。

土壁が高く立つ。

見物していた貴族の子弟たちが拍手する。

ミルカはその光景を見て、小さく息を吐いた。

「やっぱり、中央の魔法は派手ね」

案内役の教師が笑う。

「あなたも実演してみますか。灰の一団の魔術師殿」

ミルカは少し困った。

「私は、あまり派手なものは……」

「基礎で構いません」

基礎。

それならできる。

師匠に三年間、嫌というほどやらされた。

魔力を細く通す。

形を崩さない。

温度を安定させる。

流れを乱さない。

必要な場所へ、必要な量だけ置く。

大きくするな。

広げるな。

散らすな。

余らせるな。

失敗したら最初から。

それが、ミルカの知っている基礎だった。

ミルカは訓練用の的を見る。

まず、火。

大きな炎ではない。

指先ほどの光が、的へまっすぐ走った。

見た目は小さい。

だが、的の中心に細い穴が空いた。

燃え広がらない。

焦げ跡も少ない。

ただ、突き抜けている。

訓練場が静かになった。

次に、水。

水流ではない。

細い水の線が飛ぶ。

見た目は地味だった。

しかし、石の的が横から弾かれ、台座ごとずれた。

流したのではない。

水圧で撃ち抜いた。

次に、風。

突風ではない。

砂埃もほとんど立たない。

ただ、訓練用の吊り的だけが鋭く揺れ、支柱の留め具が外れた。

最後に、土。

巨大な壁は立てない。

足元から小さな土の板が跳ね上がり、教師が投げた訓練弾を正確に弾いた。

防ぐために置いた壁ではない。

必要な瞬間、必要な角度へ跳ね上げた壁だった。

生徒の一人が言った。

「……地味だな」

別の生徒が、的を見て言う。

「でも、威力が違う」

教師も黙っていた。

ミルカは困惑していた。

自分の魔法は、派手ではない。

だから中央の魔法に比べれば、未熟なのだと思っていた。

でも、結果だけを見ると違う。

威力。

正確さ。

収束。

無駄のなさ。

教師が慎重に問う。

「その制御は、どこで?」

ミルカは答えた。

「西の辺境の村で、旅の魔術師に」

「名は?」

ミルカは少し考えた。

師匠は、はっきり名乗らなかった。

村ではただ、先生と呼ばれていた。

「分かりません。ただ、北の方から来た人だと」

教師の表情が、わずかに変わった。

だが、それ以上は言わなかった。

ミルカは初めて、自分の魔法に違和感を持った。

自分は何を教わったのか。

あれは、本当に普通の基礎だったのか。

そして、師匠はいったい何者だったのか。

小さいのに抜ける

学院から戻ったミルカは、いつもより口数が少なかった。

宿舎の部屋で、ロアンが気づいた。

「ミルカ、魔法学院どうだった?」

ミルカは少し遅れて答えた。

「派手だった」

「やっぱりすごかった?」

「すごかった。けど……少し変だった」

「変?」

ミルカは椅子に座り、指先を見た。

「皆の魔法は大きいの。でも、広がる。私の魔法は小さい。でも、抜ける」

ロアンは首をかしげる。

「抜ける?」

「火は燃やすんじゃなくて、突き抜ける。水は流すんじゃなくて、吹き飛ばす。風は散らすんじゃなくて、狙ったところだけ動かす。土は置くんじゃなくて、跳ね上げる」

ガルドが言う。

「強いんじゃないか」

ロアンもうなずく。

「俺もそう思った」

ミルカは顔をしかめた。

「強い、で済ませていいのか分からない」

エナが静かに聞く。

「怖いんですか」

ミルカは少し黙った。

それから、小さく頷く。

「少し」

ロアンは驚いた。

ミルカが怖いと言うのは珍しい。

ミルカは続けた。

「私、田舎で基礎を習っただけだと思ってた。でも、学院の基礎と違う気がする」

ロアンは言った。

「先生に聞けたらいいのにな」

ミルカは静かにうなずいた。

「うん。聞きたい」

ガルドは腕を組む。

「北から来たんだろう。北へ行けば会えるのか」

ミルカは首を横に振った。

「分からない。名前も知らない」

エナが言う。

「でも、会いたいんですね」

「うん」

ミルカは短く答えた。

その声には、不安と、少しの怒りと、確かめたい気持ちが混ざっていた。

自分が普通だと思っていたものが、普通ではなかった。

それはガルドが、自分の剣を外で知った時に少し似ていた。

ロアンはそう思った。

けれど、ミルカの場合はもっと静かで、もっと深い場所に刺さっているように見えた。

それぞれの値段

王都での留め置き中、四人はそれぞれ評価されていった。

ロアンは地図と報告書を読み、街道や村の位置関係を見て言った。

「ここが塞がると、次はこっちの村が困ります」

軍務官が驚く。

「君は軍学を学んだのか」

ロアンは首を振る。

「荷馬車が通れないと困る場所を見ているだけです」

軍務官は地図を見直した。

実際、その指摘は正しかった。

エナは医療施設で怪我人を見て、治療の順番を自然に選んだ。

神殿系の治療師が聞く。

「なぜその者を先に?」

エナは少し困って答える。

「今は平気そうに見えるけど、少し嫌な感じがします」

その後、その患者の容体が急に悪化しかけ、エナの判断が正しかったと分かった。

ガルドは兵士たちとの稽古で、相手の剣を受けずに崩した。

兵士が息を切らして聞く。

「なぜそこで入れる」

ガルドは答える。

「右足が浮いていた」

説明になっていない。

だが、実際にその通りだった。

ミルカは魔法学院で、派手ではないが桁違いの制御を見せた。

王国側の記録は増えていく。

ロアン。

現地情報と街道感覚。

ミルカ。

異常な魔力制御。

エナ。

癒やしと危険察知。

ガルド。

単独突破力。

四人それぞれが、別々の値段をつけられていく。

そのことに、四人は気づいていなかった。

気づいていたのは、王国の方だった。

この者たちは手放すべきではない。

その考えが、会議の中で少しずつ固まっていった。

一方で、街道では別のことが起きていた。

灰の一団の噂が止まったのだ。

以前は、灰色の外套の四人組がどこそこに現れた、という話がぽつぽつ流れていた。

荷馬車を助けた。

魔物を追い払った。

橋を守った。

怪我人を助けた。

鉱山道から人を逃がした。

だが、王都に入って以降、その噂が途絶えた。

街道の人々から見れば、灰の一団は急に消えたように見えた。

厚遇されている。

評価されている。

正式な名前も与えられた。

それなのに、道からは消えている。

ロアンたちはまだ知らない。

噂が止まることもまた、彼らを囲う壁の一つになっていることを。

ゲートを壊すには

王国では、転送ゲートの分析が進んでいた。

灰の一団も、一部の会議に呼ばれることがあった。

ただし、中心は王国の軍、諜報局、魔術院である。

大きな地図の上に、石が置かれている。

赤い石は確認済み。

黒い石は魔力痕あり。

白い石は旧街道や廃砦からの推定。

青い石は他国側の証言のみ。

ミルカはその地図を見て、すぐに言った。

「確定と推定が混ざっています」

諜報官が頷く。

「その通りです。だから全てを同時に叩くには、各国側の確認が必要になる」

ロアンが聞く。

「王国軍だけでは無理なんですか」

軍務官が答える。

「無理だ。距離がありすぎる。国境もある。何より、他国領へ勝手に軍を入れるわけにはいかん」

エナが地図を見る。

「でも、そこにも困っている人がいるんですよね」

誰もすぐには答えなかった。

魔術院長が別の資料を広げる。

「押収資料から、破壊方法も分かり始めています。ただし、ただ壊せばいいわけではありません」

ミルカが顔を上げる。

「中核がある?」

魔術院長は少し驚いたように見る。

「その通りです。転送ゲートには中核となる安定石がある。それを壊さなければ、停止しても再起動される」

資料には、魔王軍の保守手順が書かれていた。

外側の石柱を壊しただけでは足りない。

魔法陣を削っただけでも、保守部隊が来れば直される。

安定石を見つける。

起動周期の直前、または直後を狙う。

魔力の逆流を避ける。

副石を割る。

保守記録を燃やす。

符号石を持ち去る。

ロアンは眉をひそめた。

「かなり面倒ですね」

諜報官が答える。

「面倒です。しかも、一つずつ壊せば、魔王軍は残りを閉じるか、守りを固める」

ミルカが言う。

「だから同時に」

「そうです。やるなら、同時にやる必要があります」

地図の上の石が、急に重く見えた。

一つではない。

一国ではない。

同じ時に、複数の場所で動かなければならない。

ロアンは地図を見る。

「これを、各国に知らせる必要があるんですね」

諜報官は頷いた。

「本来は」

その言葉に、ミルカは引っかかった。

本来は。

つまり、そう簡単には知らせないということだ。

王国の迷い

高官たちの会議では、別の話が進んでいた。

情報を他国へ渡すべきか。

王国領内のゲートを先に潰すべきか。

他国に王国の調査網を知られてよいのか。

灰の一団を外へ出してよいのか。

意見はまとまらなかった。

諜報局長が言う。

「情報を渡せば、他国に王国の調査網も知られる」

財務官が言う。

「他国の利益になるだけではないか」

軍務卿が答える。

「王国領内のゲートを先に潰すべきだ」

若い文官が、控えめに口を開いた。

「各国へ情報を届けるなら、灰の一団が適任では」

会議室の空気がわずかに変わる。

軍務卿が眉をひそめた。

「彼らを出すのか」

文官は続けた。

「彼らは軍ではありません。商人でも密偵でもない。各地で人助けの実績があり、警戒されにくい。危険な道を行って戻る能力もある」

諜報局長が言った。

「だからこそ、出すべきではない」

文官は黙った。

その言葉には、本音があった。

灰の一団は使える。

だからこそ、自国から出したくない。

会議は結論を出さなかった。

出さないことで、灰の一団は王都に残る。

許可が出ない。

任務が決まらない。

書類が整わない。

そのまま時間だけが過ぎる。

会議室の隅で、ひとりの文官が資料を閉じた。

名を、セリアン参事官という。

外務と諜報の間で書類を扱う、目立たない男だった。

彼は高官ほどの権限はない。

だが、情報の流れを見ていた。

西側拠点の押収資料。

魔力痕の報告。

商人の噂。

捕虜の証言。

旧街道図。

廃砦の記録。

そして、灰の一団の報告書。

それらを重ねると、一つのことが見えてくる。

王国だけが助かる道などない。

王国が情報を抱え込めば、一時的には有利になるかもしれない。

けれど、他国のゲートが残れば、魔王軍は別の場所から再展開する。

道はつながっている。

一国の中だけで、道を断つことはできない。

セリアンは窓の外を見た。

王都の中庭で、ガルドが兵士たちに囲まれて稽古をしている。

少し離れたところでは、エナが怪我した兵士の手当てをしている。

ミルカは魔法学院の若手に何かを聞かれ、困った顔で説明している。

ロアンは補給係と地図を見ながら、荷馬車の通れる道を指でなぞっている。

セリアンは小さく呟いた。

「この者たちは、ここに置いておくべきではない」

北方系統

セリアンは、魔法学院から上がってきた報告にも目を通した。

そこには、ミルカの魔法について書かれていた。

派手な魔法は使わない。

出力より収束度が異常。

火魔法は燃焼ではなく貫通に近い。

水魔法は流動ではなく圧縮射出に近い。

風魔法は広域流動ではなく局所制御。

土魔法は壁生成ではなく瞬間的な角度形成。

通常の学院教育とは異なる基礎体系の可能性あり。

指導者は不明。

北方系統の古い制御理論に近い。

セリアンは、最後の一文で手を止めた。

北方系統。

彼には心当たりがあった。

かつて北の賢者と呼ばれた人物。

派手な魔法を嫌い、基礎制御を極端に重視した魔術師。

王都の流行から離れ、旅に出た人物。

記録上は、すでに表舞台から消えて久しい。

だが、完全に消えたわけではない。

セリアンは小さく言った。

「まさか、あの方の弟子か」

彼は机の奥から、未送付の書状を取り出した。

宛名は、北方の魔術顧問。

正式には、王国の外部顧問だった人物。

ただし、王都では別の名で呼ばれていた。

北の賢者。

セリアンは書状を見つめた。

灰の一団。

転送ゲート。

王国の囲い込み。

ミルカの魔法。

別々に見えたものが、少しずつつながり始めている。

まだ動くには早い。

だが、ここで止めれば、また同じことになる。

その思いだけは、はっきりしていた。

出られない国

ロアンたちは、王都の宿舎で地図を見ていた。

王国から渡されたものだ。

道は細かい。

村の位置も分かる。

拠点跡も記されている。

転送ゲート候補地も、いくつか印がつけられていた。

ロアンはその一つを指した。

「このゲート、他国にもつながってるんだよな」

ミルカが答える。

「資料を見る限り、つながってる」

エナが言う。

「そこにも、困っている人がいるんですよね」

ガルドは剣を布で拭きながら言った。

「なら、行くべきだろう」

ミルカは苦い顔をした。

「許可が出ない」

ロアンは天井を見上げた。

「国に評価されるって、もっと自由になることだと思ってた」

ミルカは地図を畳む。

「評価されると、値段がつく。値段がつくと、持っていたい人が出る」

「物みたいだな」

「国は、役に立つものを持ちたがる」

エナは静かに言った。

「私たちは、物ではありません」

ミルカは頷いた。

「うん」

ガルドが言う。

「なら、出ればいい」

ミルカは首を横に振る。

「勝手に出れば脱走扱い。追われる。国境でも止められる」

ガルドは少し考えた。

「面倒だな」

ロアンは笑えなかった。

王都は安全だった。

食事もある。

宿もある。

剣も直る。

薬草もある。

魔法の資料もある。

なのに、息が詰まる。

魔物に囲まれているわけではない。

檻に入れられているわけでもない。

扉は開いている。

門も開いている。

だが、出られない。

許可がないから。

書類がないから。

任務が決まっていないから。

会議が終わっていないから。

ロアンは地図の上に手を置いた。

「次の土地へ行きたい」

エナが頷く。

「私もです」

ガルドも言う。

「外を見たい」

ミルカは少し黙った。

それから、低く言う。

「私も、聞きたいことがある」

「師匠?」

ミルカは頷く。

「うん。師匠が何者だったのか。私の基礎が何だったのか」

ロアンは四人を見回した。

全員、行きたい場所がある。

行くべき場所がある。

でも、国が止めている。

それが、今回の敵だった。

魔物ではない。

洞窟でもない。

病でもない。

国の都合。

書類。

許可。

会議。

名誉。

褒賞。

それらが、灰の一団の足を止めていた。

その夜、セリアン参事官は自室で資料の写しを見つめていた。

各国別の転送ゲート候補地。

確認済みと推定の区別。

破壊方法。

同時破壊の推奨時刻。

必要な合図。

各国へ渡すべき最低限の情報。

王国の通行手形案。

北方の魔術顧問宛ての未送付書状。

会議では止まった。

許可は出なかった。

だが、止めれば魔王軍の道は残る。

セリアンは小さく言った。

「ここで止めれば、また同じことになる」

灰の一団は、評価された。

食事を与えられた。

宿舎を与えられた。

装備を直され、薬草を補充され、正式な所属名まで与えられた。

アークガルム王国第八傭兵団第三遊撃部隊。

通称、灰の一団。

それは名誉だった。

同時に、鎖でもあった。

王都の門は開いていた。

だが、彼らは出られなかった。

許可がなかった。

任務が未定だった。

会議が終わっていなかった。

書類が整っていなかった。

国は、彼らを大切に扱った。

大切に扱いながら、手放さなかった。

その頃、王国の机の上には、魔王軍の転送ゲート網が広がり始めていた。

西側拠点から押収された資料。

諜報部が集めた魔力痕。

商人の噂。

捕虜の証言。

旧街道図。

廃砦の記録。

それらを重ねれば、魔王軍の道が見えてくる。

だが、その道は一国の中に収まっていなかった。

一国で壊せるものでもなかった。

同時に動かなければならない。

各国へ知らせなければならない。

しかし、王国は迷った。

情報を渡すべきか。

灰の一団を出すべきか。

自国の利益を捨ててまで、他国と同時に動くべきか。

会議は続いた。

許可は出なかった。

灰の一団の噂は、街道から消えていった。

そして、別の場所では、ミルカが自分の魔法に疑問を抱いていた。

王都の魔法は派手だった。

自分の魔法は地味だった。

けれど、的を貫き、石を弾き、風を一点に集め、土を必要な角度に跳ね上げた。

彼女は、ただ基礎を教わっただけだと思っていた。

だが、その基礎は、学院の基礎とは違っていた。

師匠はいったい何者だったのか。

その答えもまた、王都の書類の中に眠っていた。

一人の文官だけが思った。

この者たちは、ここに置いておくべきではない。

次の土地へ行かせなければならない。


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