勇者の条件 第24話 自分の腕を試したい

勇者の条件 第24話 自分の腕を試したい 創作実験
勇者の条件 第24話 自分の腕を試したい
勇者の条件
創作実験TOP異世界ファンタジー魔王勇者もの対勇者戦略にて勇者の誕生を阻止する作品紹介歴代魔王は、なぜ勇者に敗れたのか。城を固めても、国境を塞いでも、聖都を脅かしても、最後には勇者が玉座へ届く。ならば魔王軍が見るべきは、国ではない。勇者であ…
勇者の条件 第24話 自分の腕を試したい 人物相関図

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国の兵

田舎道場に来た知らせは、すぐに村の空気を変えた。

林の奥に、小さな魔物の拠点ができつつある。

小鬼が数匹。

低級魔獣。

湿った場所にはスライム。

倒木を組んだ粗末な柵と、見張り台。

放っておけば街道へ出る。

薬草を採る道にも近い。

村だけで無理をする必要はなかった。

今回は、国の兵が来ていた。

道場の前に集まった兵士たちは、ロアンがこれまで見てきた村の自警団とは違っていた。

自警団が弱いわけではない。

国境洞窟で槍を並べた自警団は、確かに頼もしかった。

けれど、国の兵士たちは、準備の仕方から違う。

盾の列を整える。

槍の長さを合わせる。

弓の弦を確かめる。

荷を軽いものと重いものに分ける。

水袋の場所を決める。

負傷者を下げる道を確認する。

見張りを立てる。

話す声は大きくない。

だが、全員が自分のすることを知っていた。

ロアンはその様子を見て、思わず言った。

「やっぱり、ちゃんとしてる」

ミルカも兵士たちを見ていた。

「ちゃんとしてる軍は、準備が長いね」

「悪い意味?」

「いい意味。何をするか決めてから動いてる」

エナは薬箱を抱え、少し安心したように言う。

「安心します」

ミルカはすぐにエナを見る。

「エナは後方」

「はい」

「癒やしは最後。まず普通の手当て」

「はい。短めに倒れないようにします」

「倒れないで」

「はい。長さの問題ではない、ですね」

「覚えてるならよし」

ロアンは小声で言った。

「エナさん、どんどんミルカ式になってる」

エナも小声で返す。

「倒れないためです」

「それは大事」

ガルドは、兵士たちの中にいる一人の剣士を見ていた。

銀色ではないが、よく手入れされた鎧。

派手ではないが、無駄のない剣。

周囲の兵士が、自然にその男の動ける場所を空けている。

男は三十を少し越えたくらいに見えた。

落ち着いた目をしている。

討伐隊長と短く言葉を交わし、兵の並びを確認していた。

ガルドが近くの兵士に聞いた。

「あの人は?」

兵士は少し誇らしげに答えた。

「ライゼン殿だ。この辺りの討伐で、あの人より前に出られる剣士はいない」

ガルドは素直に頷いた。

「強いのか」

「強い。ライゼン殿がいれば、前は崩れん」

ガルドはライゼンを見る。

「外にはいるんだな、強い剣士」

ロアンはその言葉を聞いて、ガルドの横顔を見た。

昨日、道場で見た動き。

崖で薬草を採る姿。

木剣が戻る速さ。

それを見た後でも、ガルドは自分を特別だと思っていない。

外にはもっと強い者がいる。

そう思っている顔だった。

師範がガルドに声をかけた。

「本当に行くのか」

ガルドはうなずく。

「自分の腕を試したい」

「相手は人ではなく魔物だ」

「それでも、外の戦いは見られる」

師範は少し黙った。

それから言う。

「なら、よく見てこい。斬るだけではなく、兵がどう動くかを見ろ」

ガルドは頷いた。

「分かった」

ロアンは自分の剣を確かめた。

鍛冶師にもらった旅の剣。

まだ自分の腕が追いついているとは言えない。

だが、今日のロアンの役目は、前に出て全部を斬ることではない。

横から来る小鬼を見る。

退路を見る。

負傷者が出たら知らせる。

それならできる。

ミルカが言った。

「ロアン」

「うん」

「突っ込まない」

「分かってる」

「分かってる顔が少し前に出てる」

「顔が前に?」

エナが真面目に頷いた。

「少し」

ロアンは一歩下がった。

「これで?」

ミルカが見る。

「今は」

「顔にも位置があるんだな」

「ロアンの顔はある」

ガルドが不思議そうに聞く。

「顔で前に出るのか」

ミルカが即答する。

「出ます」

ロアンは反論しかけて、やめた。

「最近は戻ります」

師範が短く笑った。

「なら、戻れ」

その言葉で、討伐隊は動き始めた。

林の奥へ

林へ向かう道は、湿っていた。

前日の雨が残っている。

土は柔らかく、木の根がところどころ露出している。

兵士たちは隊列を崩さず進んだ。

前に盾。

その後ろに槍。

側面に弓。

さらに後ろに荷と手当ての者。

村の自警団が道案内をする。

ロアンたちは、その後方と側面の間にいた。

ロアンは兵士たちの足運びを見ていた。

「歩くだけでも、並び方があるんだな」

ミルカが言う。

「並び方が崩れないから、後ろが安心できる」

「俺が歩くと?」

「まず枝に引っかかる」

「今日まだ引っかかってない」

「今のところ」

エナが薬箱を抱えて言う。

「私は、引っかかったら先に言います」

「ありがとう。でも引っかかる前に言ってくれると助かります」

「だめな気がしたら言います」

「そこ頼りなんですね」

ガルドは前の隊列を見ていた。

国の兵士は、確かにしっかりしている。

盾の間隔。

槍の角度。

声を出さない合図。

斜面を通る時の歩幅。

よく訓練されていた。

ただ、ガルドの目には別のものも見えていた。

あの根の上は踏まない方がいい。

あのぬかるみは、左足から入ると崩れる。

あの斜面なら、半歩外側の石を使った方が戻りやすい。

兵士たちは隊列を優先して歩く。

崩れない並び方をしている。

だが、一人一人の足場の選び方は、ガルドには少し甘く見えた。

彼自身は、それを特別なこととは思っていなかった。

崖で薬草を採るなら、足場を見るのは当たり前だ。

崩れたら落ちる。

だから見る。

それだけだった。

エナがふと足を止めた。

「少し、右です」

ロアンがすぐ聞く。

「だめなやつ?」

「たぶん」

ミルカは前方の茂みを見る。

「右?」

エナは頷く。

「左は、なんとなく嫌です」

ミルカが近くの兵に伝える。

「左の茂み、確認してください」

兵士は一瞬だけエナを見たが、すぐに弓兵へ合図した。

弓兵が茂みへ矢を向ける。

がさり、と音がして、小鬼が一匹飛び出した。

兵士が即座に槍で押さえる。

ロアンは目を丸くした。

「当たった」

エナは少し困る。

「当たってほしくはないんですけど」

ミルカが言う。

「当たった方が助かる」

「それはそうですね」

ロアンが小声で言った。

「豆より当たる」

エナも小声で返す。

「豆とは別です」

「分類が進んでる」

兵士の一人が、エナを見る目を少し変えた。

ただの見習い神官ではない。

そう思ったのかもしれない。

エナはそれに気づいて、薬箱を抱え直した。

ミルカが静かに言う。

「後ろで」

「はい」

ロアンも頷く。

エナは前に出ない。

それは、もう皆で決めたことだった。

粗末な拠点

林の奥に、その拠点はあった。

粗末だった。

だが、放っておけるものではなかった。

倒木を組んだ低い柵。

泥で固めた壁。

枝で作った見張り台。

湿った窪地にはスライムがいる。

奥の方では、小鬼が甲高い声を上げている。

そして柵の向こうに、低級魔獣が数匹。

そのさらに奥。

片腕だけが異様に太い大型の魔物がいた。

木の盾のようなものを持ち、丸太を引きずっている。

討伐隊長が小声で言った。

「岩腕だな」

ロアンは聞き返す。

「岩腕?」

近くの兵士が答える。

「正式な名じゃない。腕が太くて、盾を持つ大型個体をそう呼ぶ。突っ込まれると盾列が崩れる」

ミルカは拠点の地面を見る。

「湿ってる。火は広げない方がいい」

「私は火を使わない。風で煙を逃がす。必要なら足元だけ崩す」

討伐隊長は短く頷いた。

「助かる」

ロアンは周囲を見る。

「俺たちは退路と横から来る小鬼を見る」

エナは倒木の陰を指した。

「負傷者は、あそこに集めます。雨が当たりにくいです」

ミルカが確認する。

「普通の手当てから」

「はい」

「癒やしは最後」

「はい」

ガルドは前方を見ていた。

ライゼンが剣を抜く。

静かな構えだった。

周囲の兵士が、それだけで少し落ち着くのが分かった。

ガルドは思う。

確かに強い。

討伐隊長が手を上げた。

弓兵が弦を引く。

合図。

矢が放たれた。

見張り台の小鬼が落ちる。

盾兵が前へ出た。

槍兵が後ろから柵を突く。

低級魔獣が吠える。

戦闘が始まった。

国の兵士は強かった。

弓兵が見張りを落とす。

盾兵が前進する。

槍兵が小鬼を押し返す。

魔物が横から回ろうとすれば、側面の兵が止める。

村の自警団も、退路を塞がない位置でよく動いていた。

ロアンは横から走ってきた小鬼を見つけた。

新しい剣を抜く。

一歩出る。

小鬼の錆びた刃を受け流し、胴を狙う。

切っ先が少し流れた。

そこへ、ガルドが横から入る。

実剣の平で、小鬼の武器だけを弾いた。

「戻りを早く」

ロアンは小鬼を押し返しながら言う。

「戦いながら指導ですか」

「今のうちの方が覚える」

「厳しい」

「忘れにくい」

「たしかに!」

ロアンは足を戻し、剣を中段へ戻した。

昨日より少しだけ、剣が待ってくれている気がした。

ミルカは小さな風で煙を横へ流していた。

火を強める風ではない。

煙と埃だけを薄く逃がす風。

エナは最初の負傷者に包帯を巻いている。

血は多くない。

癒やしを使うほどではない。

「普通の手当てで大丈夫です」

自分に言い聞かせるように、エナは言った。

ミルカはそれを聞いて、少しだけ頷いた。

兵を守る剣

岩腕が動いた。

低い唸り声とともに、丸太を振り上げる。

盾兵が身構える。

丸太が盾に当たり、重い音が林に響いた。

盾列が揺れる。

討伐隊長が叫ぶ。

「ライゼン!」

ライゼンが前へ出た。

彼の剣は、確かに速かった。

ただ速いだけではない。

重い。

低級魔獣の腕を受け流し、脚を狙い、盾兵が立て直す時間を作る。

突っ込んでくる小鬼を、半歩で止める。

槍兵が位置を戻すまで、岩腕の視線を引きつける。

ロアンは思わず言った。

「強い」

ミルカも頷く。

「強いね。周りを戻すために戦ってる」

ライゼンは単独で勝とうとしているのではなかった。

盾兵を戻す。

槍兵を戻す。

崩れかけた隊列を戻す。

そのために剣を振っている。

ガルドは、その戦いをじっと見ていた。

ライゼンは岩腕の丸太を剣で受け、横へ流す。

後ろにいる盾兵を守るためだ。

ガルドの眉が少し動く。

「なぜ、そこで踏み込まない」

ロアンが振り向く。

「え?」

ガルドは岩腕の足を見る。

「今、右足が浮いた。入れたはずだ」

ライゼンはまた丸太を受ける。

剣が重く鳴る。

「なぜ、かわさずに受ける」

ミルカが言った。

「後ろに盾兵がいるからじゃない?」

ガルドはそこで、わずかに目を細めた。

ライゼンは、自分のために受けているのではない。

後ろの兵を守るために受けている。

自分だけなら半歩ずらして入れる。

だが、隊列を守るなら受ける。

それは間違いではない。

むしろ正しい。

軍の剣だ。

ガルドは、初めてその違いを見た。

それでも、見える。

受けずに入れる場所が。

かわして斬れる角度が。

戻りを待たず、次へ進める瞬間が。

岩腕が地面を叩いた。

泥と枝が跳ねる。

盾兵の一人が足を取られた。

ライゼンがそれをかばう。

姿勢が少し崩れる。

岩腕が追撃に入る。

ライゼンは受けるしかない。

剣が重く軋んだ。

兵士たちが動揺する。

エナが小さく言った。

「まずいです」

ロアンが前へ出ようとした。

その前に、ガルドが動いた。

「俺が行く」

ロアンは止めなかった。

ミルカも止めなかった。

ガルドは地面を見て、一歩目を置く場所を決めた。

ぬかるみ。

根。

石。

沈む土。

崖の薬草と同じだ。

崩れる足場を前提に、崩れない角度で入る。

岩腕の丸太が振られる。

ガルドは受けなかった。

半歩ずれる。

すでに剣が、岩腕の太い腕の内側へ入っていた。

一撃。

岩腕の腕が落ちる。

魔物が体勢を崩す。

ガルドはもう戻っている。

次の一撃。

脚。

次の一撃。

首元。

岩腕が倒れた。

一瞬、周囲の音が止まった。

ライゼンが目を見開く。

ロアンも見ていた。

ミルカが小さく言う。

「やっぱり、おかしい」

ガルドは振り返った。

「隙があった」

ロアンは思わず聞く。

「ありました?」

「右足が浮いていた」

ライゼンが息を整えながら言う。

「見えていたのか」

ガルドは答える。

「見えていました」

ライゼンは少し笑った。

疲れた笑いだった。

「私は、そこに入れなかった」

ガルドは不思議そうに聞く。

「なぜですか」

ライゼンは後ろの兵士たちを見た。

「私の後ろには兵がいた」

ガルドは黙った。

自分とライゼンの剣は違う。

役割が違う。

ライゼンは兵を戻す剣を使う。

ガルドは、単独で間合いを壊せる。

どちらが正しいかではない。

ただ、違う。

そして今、岩腕を斬ったのはガルドだった。

拠点を潰す

岩腕が倒れたことで、魔物側の統制は崩れた。

小鬼たちが逃げようとする。

国の兵士が押し込む。

盾兵が前へ出る。

槍兵が柵を崩す。

弓兵が逃げ道を押さえる。

村の自警団が林道側を塞ぐ。

ミルカが杖を低く構えた。

大きな魔法ではない。

湿った土の一部を跳ね上げ、逃げようとした小鬼の足を取る。

小鬼が転ぶ。

そこへ兵士の槍が入る。

ロアンは横から回り込もうとした低級魔獣を見つけた。

「こっち!」

彼は剣を抜く。

まだガルドのようには動けない。

だが、剣に振られる感じは少し減っていた。

斬る。

戻す。

もう一度、構える。

そこへガルドが隙間を埋めるように入る。

「今の戻りはよかった」

ロアンは息を切らしながら言う。

「褒めるの、今ですか」

「今のうちの方が覚える」

「やっぱり厳しい」

エナは後方で負傷者を診ていた。

一人は腕の切り傷。

一人は足首をひねっている。

もう一人は、盾ごと弾かれて肩を打っていた。

エナは手をかざしかけて、止める。

ミルカの声が飛ぶ。

「エナ」

「分かっています。まず普通の手当て」

彼女は包帯を巻き、水で傷を洗い、薬を塗った。

痛みが強い者にだけ、ほんの少し癒やしを流す。

本当に少しだけ。

それでも兵士は息を吐いた。

「楽になった」

エナは安心しかける。

しかし、すぐに自分の手を見る。

まだ大丈夫。

倒れない。

続けられる。

ロアンは、兵士、自警団、ガルド、ミルカ、エナの位置を見た。

全員が、別のことをしている。

盾を並べる者。

槍を進める者。

煙を逃がす者。

傷を見る者。

隙間を斬る者。

退路を見る者。

誰か一人の戦いではない。

拠点は、そうして少しずつ潰されていった。

最後の小鬼が逃げようとしたところを、自警団が取り押さえる。

低級魔獣は倒され、スライムは湿地へ追い払われた。

粗末な見張り台は崩される。

柵は解体される。

林道は、取り戻された。

討伐隊長が声を上げた。

「制圧!」

兵士たちが息を吐く。

誰かが座り込む。

誰かが笑う。

誰かが負傷者を運ぶ。

勝ったのだ。

ただし、簡単ではなかった。

ロアンはそう思った。

国の兵士は強かった。

ライゼンも強かった。

それでも危ない場面はあった。

だからこそ、ガルドの一撃が異様だった。

強い者たちの中でなお、彼の剣だけが、違う理屈で動いていた。

田舎であれなら

戦いの後、ライゼンはガルドに歩み寄った。

鎧には泥がつき、息はまだ少し荒い。

それでも背筋はまっすぐだった。

「名は」

ガルドは剣を下ろす。

「ガルド」

「どこの流派だ」

ガルドは道場の名を言った。

ライゼンは少し眉を上げる。

「聞いたことがない」

ガルドはうなずく。

「田舎なので」

ライゼンは短く笑った。

「田舎であれなら、王都は困るな」

ガルドは首をかしげる。

「困る?」

「君のような剣士を知らずにいる」

ガルドは黙った。

ロアンは、その横で黙って聞いていた。

ライゼンは続ける。

「私は軍の剣士だ。兵を守る剣を使う。君の剣は違う。単独で間合いを壊せる」

ガルドは言う。

「でも、あなたの方が兵を戻していました」

ライゼンはうなずいた。

「役割が違う。だが、あの大型を斬ったのは君だ」

ガルドは、初めて少し困ったような顔をした。

褒められている。

しかも、兵士たちから信頼されている剣士に。

それがどういうことなのか、すぐには飲み込めないようだった。

「隙があったので」

ライゼンは笑った。

「見えても入れない隙は多い」

「そうなんですか」

「そうだ」

ガルドは自分の手を見る。

まるで、その手が急に知らないものになったように。

ロアンは小さく言った。

「ガルドさん」

「何だ」

「たぶん、それ普通じゃないです」

ミルカがすぐに訂正する。

「たぶんじゃない。普通じゃない」

エナも少し考えて言った。

「普通は、見えても体が動かないと思います」

ガルドは三人を見る。

「そんなにか」

ロアンは頷く。

「だいぶ」

ミルカが言う。

「だいぶ、では足りない」

「かなり?」

「かなり」

エナは柔らかく言った。

「でも、悪いことではないと思います」

ガルドは少しだけ笑った。

「それはよかった」

ライゼンはガルドの肩を軽く叩いた。

「外を見た方がいい」

ガルドは顔を上げる。

「外」

「君の剣は、村の中だけでは測れない」

その言葉は、ガルドの中に深く残った。

戻る場所を持って

帰り道、ガルドはしばらく黙っていた。

林の中を歩きながら、自分の手を見たり、剣の柄を見たり、足元を見たりしている。

ロアンは隣を歩いた。

「ライゼンさん、強かったですね」

ガルドは頷く。

「強かった」

「兵士たちも」

「強かった」

「でも?」

ガルドは少し黙る。

「でも、見えた」

ミルカが聞く。

「何が?」

「踏み込める場所。かわす場所。戻りを待たなくてもいい場所」

ロアンは言う。

「それ、ガルドさんだから見えるんだと思います」

ガルドは首を振る。

「そうなのか?」

ミルカがはっきり言った。

「そうです」

エナも言う。

「普通は、見えても体が追いつかないと思います」

ガルドはまた自分の手を見る。

「俺は、自分が思っていたより強いのかもしれない」

ロアンは笑った。

「だいぶ」

ミルカが言う。

「だから、だいぶでは足りない」

ガルドは困ったように笑う。

「そんなにか」

「そんなにです」

ロアンははっきり言った。

道場に戻ると、師範が待っていた。

ガルドは討伐の報告をした。

国の兵が強かったこと。

ライゼンが前線を支えたこと。

岩腕を斬ったこと。

ライゼンに外を見た方がいいと言われたこと。

師範は黙って聞いていた。

最後まで聞いてから、静かに言う。

「そうか」

ガルドは少し迷った。

それから、まっすぐ師範を見る。

「外には強い剣士がいました」

「そうか」

「でも、その剣士が斬れない相手を、俺は斬れました」

師範はうなずく。

「そうか」

「それがどういうことなのか、まだよく分かりません」

「なら、見てこい」

ガルドは顔を上げた。

「外を、ですか」

「ここにいても、お前の剣がどこまで届くかは分からん」

ガルドは道場を見た。

木剣。

古い防具。

壁の板。

よく戻せ

そして村の方を見る。

薬草の崖。

朝の道。

師範。

自分の生活。

エナが静かに言った。

「戻ってきてもいいと思います」

ガルドはエナを見る。

ロアンも言う。

「戻る理由を持って進めばいいって、俺も教わりました」

ミルカが続ける。

「薬草の場所は、誰かに引き継いでからの方がいいですね」

ガルドは少し笑った。

「現実的だな」

ミルカは答える。

「旅は現実です」

ロアンがうなずく。

「靴紐と薬草と食料と、戻る道です」

「急に増えたな」

ガルドは笑った。

そして、もう一度師範を見る。

「少し、外を見たい。自分の腕を試したい」

師範は言った。

「行ってこい」

それだけだった。

だが、その一言で十分だった。

ガルドはロアンたちへ向き直る。

「あんたたちの旅に、しばらく同行させてくれ」

ロアンは少し驚いたが、すぐに笑った。

「もちろんです」

ミルカが言う。

「条件があります」

ガルドは首をかしげる。

「条件?」

「薬草の引き継ぎ。道場への連絡。戻る時期の目安。あと、勝手に危ない崖へ行かない」

ガルドは少し考えた。

「最後は難しいな」

エナが真面目に言う。

「難しいんですか」

「薬草があるからな」

ミルカはため息をついた。

「外に出る前から管理項目が多い」

ロアンは笑った。

「でも、仲間が増える感じがする」

エナはその言葉に、少しだけ黙った。

仲間。

まだ、正式な名前はない。

ロアン。

ミルカ。

エナ。

ガルド。

四人が並んでいる。

それだけだった。

けれど、何かの形が生まれ始めていることは、皆どこかで感じていた。

その夜、エナは神殿へ戻った。

討伐の報告を聞いた父は、しばらく黙っていた。

エナは薬箱を膝に置き、静かに言った。

「父さん」

「何だ」

「私も、外を見てきたいです」

父は娘を見る。

「怖くないのか」

エナは少し考えた。

「怖いです」

「なら、なぜ」

「戻ってきてもいいと、分かったので」

父は目を伏せた。

ロアンたちの言葉。

鍛冶師の病。

古い絵本。

外を見ること。

戻る場所を持つこと。

父は長く息を吐いた。

「戻る場所を持って行きなさい」

エナの目が少し潤んだ。

「はい」

「癒やしすぎるな」

「はい」

「倒れるな」

「はい」

「短めでもだめだ」

エナは少し笑った。

「はい」

父はその笑顔を見て、ようやく少し笑った。

「行ってきなさい」

エナは深く頭を下げた。

翌朝、ガルドは道場で薬草の場所を引き継いだ。

崖のどこに足を置くか。

どの根は掴んではいけないか。

雨の日は行かないこと。

風が強い日は戻ること。

聞いていた若者たちは、途中から青い顔になっていた。

「これ、本当に採りに行ってたんですか」

ガルドは首をかしげる。

「慣れれば大丈夫だ」

ミルカが横から言う。

「その言葉は禁止」

ロアンも言う。

「まず戻る条件から」

エナも言う。

「落ちかけたら中止です」

ガルドは三人を見て、少し困った顔で笑った。

「旅に出る前から、戻されているな」

師範が言う。

「よく戻せ」

ガルドはうなずいた。

「ああ」

魔物拠点は、国の兵士たちによって討伐された。

記録には、そう残るだろう。

盾を並べたのは兵士たちだった。

槍を進めたのも兵士たちだった。

拠点を壊し、林道を取り戻したのも、国の討伐隊だった。

それは間違いではない。

その中には、凄腕として知られる剣士もいた。

彼は本当に強かった。

兵を守り、隊列を戻し、崩れかけた前線を支えた。

だが、その剣士が斬れなかった魔物を、ガルドは斬った。

本人は、ただ隙があったと言った。

右足が浮いていたから。

受けずに入れたから。

戻る前に次へ行けたから。

それだけだと。

ロアンたちは知った。

それだけ、ではなかった。

ガルドもまた、少しだけ知った。

自分の剣は、田舎道場の中だけで測れるものではない。

外を見なければ分からない。

だから彼は、薬草の崖と道場を一度離れることにした。

自分の腕を試すために。

そして、戻る場所を持ったまま進むために。


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