

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。
白い壁
白い光が、湖の中央から広がった。
一本の光線ではない。
湖面も、岩場も、三人が立つ岸も、まとめて押し流すほどの光だった。
「右へ!」
ネアの周囲から黒い線が伸びる。
光の流れへ触れ、正面から左右へ分けた。
だが、曲がったのは外側だけだった。
中央の光は、そのまま三人へ迫る。
シアが二個の赤い分霊核を前へ出した。
二点から炎を放ち、光の壁へぶつける。
炎は一瞬だけ光を押し返したが、すぐに白く飲み込まれた。
「押し切れない!」
「全部を止めるな!」
セトは左手の黒刃を横へ振った。
光へ触れた部分から原光を奪い、三人が通れるだけの細い切れ目を作る。
「そこを抜ける!」
シアがセトの背をつかんだ。
足元へ炎を噴き、切れ目へ飛び込む。
ネアも二個の黒い分霊核を左右へ置き、残る光を外へ曲げながら続いた。
三人が抜けた直後、切れ目は再び白く埋まった。
光が岸を通過する。
岩が白く焼け、その横では地面が盛り上がった。
湖に残っていた水が空へ持ち上がり、大粒の雨となって落ちる。
セトは着地と同時に黒刃を消した。
左手に痛みはない。
身体へ向かう流れも、安全制限へ届いていなかった。
「次が来る」
シアが湖を見る。
白い人影の周囲へ、再び原光が集まり始めていた。
光の奥
「同じ攻撃なら、左へ避ける」
セトは周囲を確認した。
右側は先ほどの光で地面が割れている。
左には隆起した岩があり、その先にはまだ平地が残っていた。
「ネア、最初に外側を曲げろ。俺が中央を崩す」
「分かりました」
「シアは移動に使え。押し返そうとするな」
「分かった」
白い人影が少し上へ動く。
その時、周囲を覆っていた光が一瞬だけ薄くなった。
「あれ」
シアの声が止まる。
人影の背後に、何かがあった。
白く透けた四つの形。
上下へ二枚ずつ。
左右へ斜めに開き、全体で大きな交差を作っている。
鳥の翼ではない。
羽根はなく、薄い光の膜に近い。
「翼?」
セトが言った。
「四枚あります」
ネアの視線が、人影の背へ固定される。
次の光を警戒しながらも、シアまで同じ場所から目を離さない。
「さっきまで見えなかった」
「周囲の光に重なっていたのでしょう」
四つの膜そのものも白く発光している。
人影を包む光が強い時には輪郭が溶け、薄くなった時だけ背後へ浮かび上がる。
「ずっとあったのか」
「その可能性はあります」
今見えたから、今生まれたとは限らない。
三人は次の攻撃より先に、その四つの形を見失わないよう目で追った。
その形が動いているのか、周囲の光が揺れて見えるだけなのかも、まだ判別できない。
だからこそ、今は見える形をそのまま追うしかなかった。
四枚
上側の二枚は、肩の後ろから斜め上へ伸びている。
下側の二枚は、腰より少し高い位置から斜め下へ開いていた。
どれも半透明で、背後の空と湖面が透けて見える。
外縁だけが、周囲よりわずかに強く光っていた。
「服の一部じゃない」
シアが言う。
「身体へ完全に付いているようにも見えません」
ネアは根元へ視線を向ける。
人影と膜の間に、骨や羽の付け根に当たるものは見えない。
身体から生えているというより、身体の周囲を流れる力が形を取っているようだった。
「触れたらどうなるんだろ」
「近づいて確かめるのは後です」
ネアが先に止める。
「まだ何をするものかも分かりません」
「見えてるのは形だけか」
セトは四枚を見比べた。
左右で大きさに差はない。
上と下では角度が違うが、どれも人影の背から斜めへ伸びている。
鳥のように身体を覆うことも、畳むこともしていない。
人影が少し横へ動いた。
四枚は開いたまま、形を崩さない。
「やっぱり翼っぽい」
「形だけなら、ですね」
ネアはまだ断定しなかった。
飛ぶために使っているのか。
原光を扱うためなのか。
それとも、まったく別の意味があるのか。
今の段階で分かるのは、普通の精霊王には見られなかった四枚の膜があることだけだった。
翼と呼ぶもの
「翼って呼んでいいのか?」
セトの問いに、シアが首を傾げた。
「ほかに何て呼ぶ?」
「それはそうなんだが」
ネアは四枚の輪郭を追う。
「便宜上は翼でよいと思います。ただし、鳥の翼と同じものだとは考えない方がよいでしょう」
「羽ばたいてないしな」
「空気を押している様子もありません」
白い人影が、今度は地面と平行に滑った。
四枚の翼は動かない。
傾きもしない。
それでも人影だけが一定の高さを保って進んでいく。
「飛んでる」
シアが言った。
「お前も飛ぶだろ」
「私は火で押してる」
シアの移動には、必ず炎の噴射がある。
強く加速すれば、その分だけ火も大きくなり、身体にも反動が返る。
ネアも落下を遅くしたり、短い時間だけ身体を浮かせたりはできる。
「わたしの場合は、周囲の流れを操作して結果として浮いているだけです」
「同じ場所に好きなだけ止まれる?」
「いいえ」
ネアは即答した。
「何の力も外へ出さず、好きな方向へ動き続けることはできません」
三人が翼と呼んでいるものは、少なくとも知っている飛行のどれとも一致していなかった。
形が翼に似ているから翼と呼んでいる。
まだ、それ以上ではなかった。
名前を付けるより先に、何をしているのかを見極める必要があった。
その点だけは三人とも同じだった。
羽ばたかない飛行
光の精霊王が上昇した。
徐々に速度を上げたのではない。
静止した状態から、そのまま真上へ動いた。
少し進んだところで、今度は完全に止まる。
落下しない。
身体を支える術も見えない。
四枚の翼だけが、淡く明滅していた。
「普通の精霊王にはできない?」
セトが尋ねる。
「できない」
シアは即答した。
「少なくとも、私はできない」
「わたしも同じです」
ネアが続ける。
「属性ごとの方法で、結果として空中を移動することはできます。ですが、あれは移動するための力を外へ出しているようには見えません」
光の精霊王が少し降りる。
そのまま途中で止まった。
水面までの距離が一定に保たれる。
風が湖面を揺らしても、人影の位置は変わらない。
「浮いてるというより、そこにいるだけみたいだ」
シアが言った。
セトにも同じように見えた。
飛ぶために上へ向かう力を出しているのではない。
落ちようとする身体を支えているようにも見えない。
「翼が支えているのか」
「可能性はあります」
ネアは答えたが、すぐに続ける。
「ただ、翼から上向きの力が出ているようにも見えません」
飛行という結果だけがある。
どうやってその結果へ至っているのかが見えなかった。
シアが真似しようとしても、同じ動きを再現する方法すら思いつかなかった。
向きのない移動
光の精霊王は三人へ正面を向けたまま、横へ滑った。
身体の向きは変わらない。
次は、その姿勢のまま後ろへ下がる。
停止しても、反動で身体が揺れることはなかった。
「向いてる方と、動く方が関係ない」
シアが目を細める。
「私なら横へ行く時も、火を出す向きを変える」
「わたしなら、先に流れを作ります」
ネアが言った。
「ですが、あちらは移動前に何かを作っているようには見えません」
人影が斜め上へ移る。
途中で直角に近い角度へ進路を変えた。
四枚の翼は姿勢を変えず、ただ淡く光っている。
「身体を押してるんじゃないのか」
「周囲の流れそのものが、あの精霊王を運んでいるように見えます」
シアが腕を組む。
「それなら、翼を動かさなくていい?」
「少なくとも説明はつきます」
推進しているのではない。
周囲の原光へ働きかけ、身体が存在する位置そのものを移している。
今の三人には、そうとしか見えなかった。
「地面がなくても同じように動けそうだな」
「そこまでは分かりません」
ネアがすぐに線を引く。
「今確認できるのは、空中で自由に方向を変え、止まり、再び動けることだけです」
分からない部分は残す。
それでも、普通の精霊王の移動とは明らかに違っていた。
シアは少し悔しそうに、人影の軌道を目で追い続けた。
戻る粒子
光の精霊王が空中で向きを変えた。
四枚の翼がわずかに広がる。
その動きに合わせて、周囲の原光が引かれた。
「来る」
セトは黒刃を構える。
だが、光は三人へ向かわなかった。
湖の反対側へ細い光線が走り、岩場へ突き刺さる。
白い粒子が広がった。
その一部が、風とは違う動きで向きを変える。
湖の中央へ戻っていく。
「今の、見えた?」
シアが尋ねる。
「見えた」
セトは光線が通った跡を見る。
放たれた力の大部分は、地面を焼き、岩を崩すために使われた。
だが、周囲へ散った白い粒子の一部は消えず、弧を描いて人影へ戻っている。
粒子は身体へ直接入らない。
先に四枚の翼へ触れた。
薄い膜の表面を流れ、背の近くへ集まり、そこから人影の中へ消える。
「翼が受けてる」
「そのように見えます」
ネアが答えた。
戻った直後、人影を包む光がわずかに強くなった。
ごく小さな差だったが、三人とも見逃さなかった。
「放った力を戻してる?」
「少なくとも一部は」
全部なのか。
どこまで戻せるのか。
まだ分からない。
だが、撃って終わりではないことだけは確かだった。
しかも、戻る粒子は最短距離で直進していない。
散った場所から一度大きく弧を描き、それぞれ別の角度から翼へ吸い寄せられている。
風で戻ったのではなく、明確に光の精霊王の側へ向かっていた。
普通の取り込み
シアが自分の手を開いた。
周囲の原光が、少量だけ指先へ集まる。
「普通なら、こう」
集めた原光は手から腕へ入り、シアの身体の中へ消えた。
次の瞬間、反対の手に小さな炎が灯る。
「一回、自分の中に入れる。火にして出したら、出した分は減る」
「今の光の精霊王とは違う?」
セトが尋ねる。
「違うように見えます」
ネアが答えた。
「あちらは身体へ入る前から、翼の表面へ流れています。身体の外にも原光の経路が続いている」
「翼の中で回してる?」
「そう見えますが、まだ経路の全部は追えません」
光の精霊王の四枚の翼へ、周囲から細い光が集まる。
膜の内側へ消えるのではない。
表面を這うように流れ、いくつかの線が背の近くへ集まっていく。
通常の精霊王も、外から力を得る。
だが、取り込んでから使う。
少なくともシアとネアはそうだった。
「外に出したまま扱ってるのが違うのか」
「大きな違いだと思います」
ネアは四枚から目を離さない。
「身体だけを器にしていないのかもしれません」
翼は飛ぶためだけの形ではない。
原光を身体の外で扱うための器官にも見え始めていた。
シアは小さな炎を消す。
取り込んだ分だけ、自分の中の蓄えが増えた感覚はある。
だが、身体の外に力を置いたまま、同時に使い続ける感覚はなかった。
そこはネアも同じだった。
撃たなくても
光の精霊王は新しい光を放たず、しばらく空中へ止まっていた。
それでも、四枚の翼へ向かう細い流れは消えない。
「今、何も撃ってないよな」
セトが言う。
「うん。なのに集まってる」
シアが空を見回す。
翼へ向かっているのは、先ほど放たれた光の残りだけではない。
空気中。
湖の水。
隆起した岩。
伸び続ける草木。
周囲に存在する原光が、細い流れとなって四枚の翼へ集まっていた。
「戻してるだけじゃない」
「はい。外からも取り込んでいます」
ネアの声が低くなる。
「放った力が戻ってくる現象と、周囲から新しく集める現象は分けて考えるべきです」
「片方だけでも面倒なのに」
シアが言う。
光の精霊王が何もしていないように見える間にも、周囲の流れは止まっていない。
待機が休息になっているのかさえ分からない。
「こいつにとっては、立ってるだけでも補給になるのか」
「そうかもしれません」
ネアは断定しない。
だが、少なくとも今は取り込みが続いている。
撃っていなくても集める。
撃った後には一部を戻す。
二つの機能が同時に存在していることは、かなり確かになっていた。
しかも、取り込む方向は一つではない。
湖側からも、岸側からも、頭上からも細い流れが伸びている。
四枚それぞれが別の流れを受けながら、最後には同じ人影へ集約していた。
循環
翼へ集まった原光が、身体へ流れる。
身体から放たれた光の一部が、再び翼へ戻る。
外から内へ。
内から外へ。
そして、残ったものの一部がまた内へ戻る。
「循環してる」
シアが言った。
「そのように見えます」
ネアは翼から身体へ入る流れを追う。
「通常の精霊王も周囲から力を取り込めます。しかし、取り込む時と放出する時が、ここまで一つの流れとしてつながってはいません」
「ずっと回してる?」
「少なくとも、今は途切れていません」
光の精霊王が収束光を放つ。
岩場へ深い溝が走った。
放出と同時に、別方向から翼へ細い流れが入り続ける。
人影の光は弱くならない。
「撃ちながら補充してる」
セトが言った。
「それだけではありません」
ネアが首を横へ振る。
「放った後に残ったものまで一部戻っています。消費し、補充し、回収する。それを同時に続けている」
「ずるい」
シアが即答する。
「強いとか弱いとかの前に、減り方が違うな」
セトは湖の中央を見る。
光の精霊王だけでなく、その周囲まで一つの流れに巻き込まれていた。
四枚の翼は飾りでも、単純な飛行器官でもない。
存在を外界へつなぐ循環路に見え始めていた。
循環がどこから始まり、どこで終わるのかも分からない。
少なくとも、身体の中だけを見ていては全体を追えない構造だった。
戻り切らない
「でも、全部戻ってるわけじゃない」
セトは崩れた岩場を指した。
光線で削られた溝は残っている。
焼けた地面も、持ち上がった水も元には戻っていない。
「使った分は使ってる?」
「はい」
ネアが答える。
「少なくとも、作用した原光の全量を回収しているわけではありません」
「じゃあ、撃ち続ければ減るんじゃない?」
シアが言った。
「回収だけなら、その可能性もあります」
ネアは周囲から翼へ入る流れを見る。
「ですが、外界からの取り込みも同時に続いています」
「使った量より吸う量が多ければ、逆に増えるか」
「それも否定できません」
今見えているだけでは、収支までは測れない。
一度の攻撃でどれだけ消費し、そのうちどれだけが戻り、外からどれだけ新しく入るのか。
正確な量は分からない。
それでも、完全に力を使い捨てている相手ではない。
「永久に減らないって決めるのも早いな」
「その通りです」
ネアが頷く。
「ただし、普通の相手と同じ速度で消耗すると考える方が危険でしょう」
全部戻るわけではない。
だから無限だとは言えない。
だが、減らすだけでも簡単ではない。
三人が得たのは、楽観できる材料ではなかった。
セトは、減るか減らないかではなく、どの程度の速さで差が開くかの問題だと考え直した。
その差を測れるほど、長く付き合う余裕はない。
消耗戦
光の精霊王が、さらに二度光を放った。
一本は収束して岩を切り、もう一本は細く散って湖面と岸へ広がる。
地面が焼け、水が持ち上がり、その横では新しい草が伸び始めた。
それでも出力は落ちていない。
「さっきから同じ強さだ」
セトが言う。
「むしろ、少し強くなっているかもしれません」
ネアが四枚の翼を見る。
「この地域には、あの精霊王が何度も流した原光が残っています。それまで回収しているなら、活動範囲を広げるほど取り込める力も増えます」
「自分でぐちゃぐちゃにして、そこからまた集めてる?」
「可能性は高いです」
焼かれた植物も、異常成長した草木も、移動した川も、隆起した大地も、光の精霊王が流した原光の影響を受けている。
その土地全体が、再び力を集める場所になりつつあった。
「待って力切れを狙うのは?」
シアの問いに、セトは首を横へ振る。
「こっちが先に減る」
シアの分霊核は撃てば蓄えを使う。
ネアも光を曲げれば消耗する。
セトは黒刃で受け続ければ、身体側の安全制御が先に働く。
一方で相手は、撃ちながら補充している。
「長引かせるほど不利ですね」
ネアの結論に、二人とも反論できなかった。
逃げ回って撃たせるだけでも、地形の破壊は続く。
相手を減らすための時間が、そのまま周囲の被害を増やす時間にもなる。
止まる保証
セトは湖の中央に浮かぶ白い人影を見る。
今のところ、その姿は人間と大きく変わらない。
だが、四枚の翼は休まず周囲から原光を取り込み続けている。
「取り込んだ分は、全部すぐ使ってるのか?」
「分かりません」
ネアは翼へ集まる流れを追う。
「放出した量と、取り込んだ量が常に同じとは確認できません。使わず内部へ残している分があっても不思議ではありません」
「溜まってる?」
シアが白い人影を見る。
「それなら、ずっと吸い続けたらどうなる?」
「出力が上がるだけとは限りません」
ネアは少し考えてから続けた。
「精霊王の身体が、どこまで今の大きさへ固定されているのかも分かりません」
「形まで変わる?」
「推測です」
ネアは先に線を引く。
「力が増えれば、身体や翼が今より大きくなる可能性もあります。逆に、形は変わらず出力だけが上がるかもしれません」
「どっちにしても、今のまま止まる保証はないか」
セトが言った。
「はい。今の大きさ、今の強さが上限だと考える理由はありません」
まだ巨大化した兆候を確認したわけではない。
あくまで、現在の機構から考えた可能性だ。
人の形を保つこと自体が、必要な条件なのかも不明だった。
そこまで含めて、現状は何も固定されていない。
「待って確認するのはなしだな」
「賛成」
シアが即答した。
一度だけ
「一度、攻撃してみる」
シアが言った。
「倒すためではありませんね」
「翼の動きと、避け方を見る」
ネアの確認に、セトが答える。
「何発も撃つ必要はない。分かったら終わりだ」
「分かった」
シアが右手を光の精霊王へ向けた。
二個の赤い分霊核が、本人を挟むように左右へ離れていく。
「三つで追う?」
「一度に撃つな」
セトが言う。
「最初で動かして、次を移動先へ置く。それで十分だ」
「なら三回」
シアはすぐに組み立てた。
自分が一射目。
右の分霊核が二射目。
左の分霊核が三射目。
倒すための連続攻撃ではない。
どの程度自由に方向を変えられるのかを見るための三回だった。
「ネアは流れを見てくれ」
「分かりました」
セト自身は黒刃を残す。
光の精霊王が反応して撃ち返してきた場合、逃げ道を作るためだ。
シアは二個の分霊核の高さも変える。
一個は人影より少し上。
もう一個は湖面に近い位置。
左右だけでなく上下にも逃げ道を作らせるためだ。
「逃げ方が同じなら分かりやすいけど」
「同じでない方が、確認できることは増える」
セトはそう返し、白い人影から目を離さなかった。
「行く」
シアの掌へ火が集まった。
三つの射点
シアの手から一本の炎が放たれた。
光の精霊王は真上へ動く。
炎が下を通り過ぎた。
「右」
一個目の分霊核が、移動先へ横から火を放つ。
白い人影は身体の向きを変えないまま急停止した。
その場から斜め後ろへ滑る。
「次」
二個目の分霊核が、さらに退いた先へ炎を重ねた。
今度は横へ移動する。
三つの炎は同時ではない。
移動先を一つずつ潰すように、シアが順番をずらしていた。
それでも人影は、加速のための予備動作を見せない。
止まる前に減速もしない。
次の方向へ曲がるため、身体を傾けることもなかった。
「こっちみたいに曲がってない」
シアが言う。
「移動を変えるたびに、新しい推進を作っている様子もありません」
ネアが追う。
「三発目も避けた」
「十分だ。戻せ」
セトが止める。
シアは追加の炎を作らなかった。
最後の炎が人影の近くで弾ける。
白い光が広がり、炎を押し返した。
散った白い粒子の一部が、再び四枚の翼へ流れ込む。
「やっぱり戻る」
「飛行と回収、どちらにも翼が関わっているように見えます」
ネアの言葉どおり、試したかった二つは確認できた。
三発の間に、翼そのものが大きく羽ばたくこともなかった。
動いたのは外縁の光がわずかに強まった程度だ。
飛行のための大きな動作を必要としないことも、これでほぼ確かになった。
これ以上撃つ意味はなかった。
近づくほど
光の精霊王の顔が、シアへ向いた。
表情は見えない。
怒りもない。
ただ、炎が放たれた位置を認識したように、身体の向きが変わる。
「下がる!」
セトが叫ぶ。
光の精霊王が動いた。
四枚の翼を開いたまま、湖の中央から岸まで一気に距離を詰める。
羽ばたかない。
力を噴き出さない。
それでも、シアの炎による突進より速い。
セトは白刃を短く作り、維持へ使わない原光を脚へ回した。
右へ踏み込み、シアの腕を引く。
ネアが二個の分霊核を後方へ残し、黒い線で光の精霊王の正面を覆う。
白い光が線へ触れた。
一本が曲がる。
残りはそのまま突き抜けた。
「止まりません!」
「止めなくていい!」
三人は隆起した岩の裏へ回る。
直後、岩が白い光に貫かれた。
岩全体が崩れるより早く、反対側へ抜ける。
シアが炎を噴き、さらに距離を取った。
ネアの分霊核が遅れて戻る。
光の精霊王は追ってこない。
一定の距離を離れると動きを止め、別の方向へ光を放った。
「追う気はない?」
「攻撃した位置には反応する。でも、離れれば終わりみたいだな」
セトは高台へ向かいながら答えた。
追撃をやめた境界が距離なのか、三人が大きな力を使わなくなったからなのかは分からない。
ただ、どこまでも追い続ける相手ではないことは確認できた。
それだけでも退路を考える材料にはなる。
壊せる翼か
三人は湖を見下ろせる高台まで後退した。
光の精霊王は、先ほどとほぼ同じ場所へ戻っている。
四枚の翼を開き、周囲から原光を集め続けていた。
「翼を壊せば止まる?」
シアが言った。
「分かりません」
ネアはすぐに答える。
「あれが身体とは別に壊せるものかも不明です」
「でも、吸ってるのも飛んでるのも翼だろ」
「翼が原因なのか、流れが翼の形として見えているだけなのか。それもまだ判断できません」
セトは四枚の膜を見る。
輪郭はある。
だが、物質としてそこにあるようには見えない。
光が強まれば身体の周囲へ溶け、弱まれば再び形が浮かぶ。
「剣で切れるかも分からないな」
「試すなら、もっと近づく必要があります」
近づけば、先ほどの速度で反応される。
翼を狙うためだけに危険を増やし、壊せるかどうかも分からない。
「今は攻略法にしない」
「賛成です」
翼は重要に見える。
だからこそ、見た目だけで弱点と決めるべきではない。
「なら、分かったことだけ使う」
「飛ぶ。吸う。戻す。減りにくい」
シアが指を折る。
「あと、近くで大きな力を使うと寄ってくる」
「十分面倒だな」
セトの言葉に、シアも頷いた。
重要そうだから先に壊す。
そんな単純な判断で踏み込める相手ではなかった。
今は機能を知っただけで十分だった。
戦う場所
「敵として追ってくるわけではないのでしょう」
ネアが湖を見る。
「近くで大きな力が動けば、そこへ反応する。離れれば、また別の場所へ力を流す。それだけに見えます」
敵意はない。
目的も読み取れない。
だからこそ、交渉も牽制も成立しない。
攻撃すれば反応する。
逃げれば追わない。
しかし放置すれば、土地の変化は広がり、相手は周囲から力を取り込み続ける。
「次は、もっと近くで戦うことになる」
セトが言った。
「二本とも使う?」
シアが尋ねる。
「今のままじゃ届かない」
白刃と黒刃だけでは、広範囲の光を処理しきれない。
シアとネアが人型のまま攻撃しても、自分たちは撃った分だけ消耗する。
相手はその一部を回収し、さらに外から補充する。
「消耗戦は無理ですね」
「こっちだけ先に減る」
シアが腕を組む。
「次に挑むなら、極炎と絶光が必要になる」
相手が今より大きくなる可能性まで考えれば、なおさら先延ばしにはできない。
ただし、焦って仕組みの分からない翼だけを狙うのも違う。
次の一戦では、まず二本の精霊剣で真正面から届くかを確かめる必要がある。
セトはそこで言葉を切った。
「ただ、その前に確認したい」
二人がセトを見る。
「お前たち、あの翼を見つけてから変だ」
シアとネアは、ほとんど同時に湖へ視線を戻した。
二人の違和感
飛行を見ている時も。
原光が翼へ戻るのを見ている時も。
周囲から新しい力を取り込むのを確認した時も。
シアとネアは、現象だけでなく四枚の翼そのものを何度も見ていた。
「珍しいから見てるだけじゃないだろ」
セトが言う。
シアはすぐには答えなかった。
ネアも、いつものように整理して説明し始めない。
「何か知ってる感じがする?」
セトが言い直す。
「感じはする」
シアがようやく答えた。
「でも、知ってるって言うのも変」
「どう変なんだ」
「説明できない」
シア自身が苛立ったように眉を寄せる。
「飛べる理由も、吸う理由も、戻す理由も、今見て分かった。前から知ってたわけじゃない」
「それなのに?」
「翼だけは、見た時から変だった」
ネアも小さく頷いた。
「わたしも同じです。観察して理解した部分と、最初から引っかかっている部分が別にあります」
「最初から?」
「四枚を見た瞬間からです」
それは記憶を思い出した反応には見えなかった。
過去に会った相手を見つけた時とも違う。
知らないものを見たはずなのに、完全には知らないものとして扱えない。
二人とも、その不自然さだけは同じように感じていた。
セトには、その感覚そのものは共有されていない。
二本の精霊剣でつながった経験があっても、今感じているのはシアとネアだけだった。
初めてではない
「何か知っているのか」
セトが改めて尋ねる。
「知らない」
シアはすぐに答えた。
だが、光の精霊王から視線を外さない。
「知らないけど、初めて見た気がしない」
「わたしも同じです」
ネアの返答は少し遅かった。
「過去に見た記憶はありません。歴代のわたしが、あの翼を使った記憶もありません」
「知識には?」
「それが……」
ネアは言葉を止める。
何かを説明しようとして、適切な言葉へ届かない。
シアも眉を寄せていた。
「ここにある感じはする」
シアが自分の頭を指す。
「でも、何があるのか分からない」
「思い出せない?」
「思い出すのとは違う」
シアは首を横へ振った。
「記憶じゃない」
「わたしも、知識に近いものだとは思います」
ネアが続ける。
「ただ、その内容を取り出せません」
見たことはない。
使ったこともない。
何のための翼か、二人は説明できない。
それでも、四枚の翼が開くたびに、二人の中の何かが反応している。
セトには分からない感覚だった。
だから今は、無理に答えを作らない。
二人が説明できないものを、外から決めつけるつもりもなかった。
光の精霊王がまた空へ上がる。
四枚の翼は羽ばたかない。
周囲の原光を集めながら、白い人影を自在に運んでいく。
初めて見るはずの翼を、シアとネアだけが知っていた。
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ TOPへ

自サイト版では人物紹介・用語集・設定資料などをまとめていますが、
”カクヨム”、”小説家になろう”ではフォロー、応援、レビュー、コメントなどができます。
気に入っていただけた方は、”カクヨム”、”小説家になろう”でも応援していただけると嬉しいです。
カクヨム版はこちら:
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