エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第41話 混沌の光

エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第41話 混沌の光 エレメンタルクロス ~精霊の剣~
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第41話 混沌の光
エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介―― この剣はやがて、世界の向こう側にまで届く。 ―― 人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避…
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第41話 混沌の光 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

届いた知らせ

 翌朝、シアが不意に顔を上げた。
 焚き火の残りを片付けていた手が止まる。

「フィオラからだ」

 少し遅れて、ネアも目を閉じた。
 精霊王同士の念話は、長い言葉を運べない。
 伝わるのは、短い状況と、おおよその方角だけだ。

「強い光」
「広がってる。人が逃げてる」
「わたしにも同じ内容が届きました」

 ネアは、シアが見ている方角へ視線を向けた。

「異常の中心までは分かりません。ただ、かなり広い範囲へ影響が出ているようです」
「光の精霊王か」

 セトが尋ねる。

「たぶん」

 シアは短く答えた。

 眠りの王から役割が解放されて以降、各地で次代の精霊王が生まれている。
 樹。氷。土。重。晶。
 いずれも、創世期には必要だった役割を、すでに人と生態系が存在する現在の世界へ、そのまま適用しようとしていた。

 今度も同じなら、放置はできない。

「行こう」

 セトは荷物を背負った。

 昨日見つけたものについて、考えている時間は終わった。
 使わないと決めた。
 ならば、使わないまま戦う方法を選ぶだけだった。

逃げてくる人々

 異変の方角へ進むにつれ、街道を逆向きに進む者が増えた。
 荷車へ家財を積んだ家族。家畜を引く者。負傷者を背負った兵士。
 誰もが何度も後ろを振り返っている。

 道の脇では、片方の車輪が外れた荷車を、数人が持ち上げようとしていた。

「手伝う」

 セトが荷物を下ろす。
 シアが荷台を持ち上げ、セトが車輪を軸へ戻した。
 シア一人でも荷車ごと運べそうだったが、それをすると車体が先に壊れる。

「助かった」

 荷車の持ち主が頭を下げた。

「向こうはどうなっている」

 セトが尋ねる。

「分からない」

 男は首を振った。

「夜でも明るい。畑が一晩で伸びたと思ったら、次の光で全部焼けた。道も、昨日までの場所にはない」
「道がない?」
「丘ができた」

 男は、自分で口にした言葉を信じられないような顔をした。

「朝になったら、街道の真ん中に丘があった。反対側では地面が沈んで、家が二軒落ちた」
「人は?」
「先に逃げていた。家は空だった」

 セトはうなずく。

「この先に、まだ残っている人はいるか」
「近い村は避難したはずだ。だが、道が変わっている。全員が同じ方向へ逃げられたかは分からない」

 男は三人を見回した。

「行くのか?」
「そのつもりだ」
「光に近づくな。狙ってくる」

 その言葉に、ネアが反応した。

「誰かを選んで攻撃するのですか?」
「分からない。何もない場所にも撃つ。人がいる場所にも撃つ」

 男は、もう一度後ろを見る。

「だから、狙っているようにも、何も見ていないようにも見える」

食い違う道

 荷車が動き始めるより先に、別の集団が街道を下ってきた。
 十人ほどの男女が、最低限の荷物だけを背負っている。

 一人が先ほどの男を見つけて駆け寄った。

「西へ行くなら橋は使うな!」
「橋?」

 荷車の男が眉を寄せる。

「川沿いの石橋だ。今朝通った時には何ともなかったぞ」
「もう川がない」
「何?」

 新しく来た男が息を整える。

「水が東へ流れてる。橋は地面の上に残ってるが、渡った先が崖になった」
「そんな馬鹿な。俺たちはそこから来たんだ」
「いつだ?」
「日の出より少し前だ」
「俺たちが引き返したのは、その後だ」

 二人とも嘘を言っているようには見えない。

 セトは地図を出した。
 男たちが指した場所は同じだった。

「川そのものが移動したのか」

 シアが地図をのぞき込む。

「まだ分かりません」

 ネアが答えた。

「大地が動いて水路が変わった可能性もあります。ですが、どちらにしても同じですね」
「何が?」
「少し前に正しかった道が、今も正しいとは限りません」

 セトは地図を畳む。

「人に聞いた道も同じか」
「はい」

 先ほどまで、避難民から情報を集めれば安全な経路を選べると考えていた。
 情報が間違っているわけではない。
 正しかった情報が、短い時間で使えなくなっている。

「道を教える時も気をつけた方がいい」

 セトは荷車の男へ言った。

「今通れた道が、後から来る人にも通れるとは限らない」
「そんなもの、どう逃げろっていうんだ」

 男の声に怒りはなかった。
 困り果てているだけだった。

 セトにも答えはなかった。

「少なくとも、光が見える方へは近づかないでくれ」

 それだけ伝え、三人は先へ進んだ。

消えた街道

 街道は、半日も進まないうちに途切れた。
 正確には、道そのものがなくなったわけではない。

 踏み固められた地面も、並べられた石も残っている。
 ただし、それらは急斜面へ変わっていた。

 街道の途中から地面が持ち上がり、低い山のようになっている。
 石畳は斜面へ張り付き、そのまま頂上まで続いていた。

「本当に丘ができてる」

 シアが見上げる。

「地面を押し上げた跡があります」

 ネアは斜面の断面へ近づいた。
 表面だけが盛り上がったものではない。
 土の層が折れ、深い場所にあった岩が外へ露出している。
 樹の根も途中で引きちぎられていた。

「土の精霊王の力に似てる?」

 シアが尋ねる。

「結果だけなら」

 ネアは露出した岩へ触れた。

「ですが、土の精霊力が強く残っているわけではありません」
「光なのか」
「原光に近い力が大量に流れた痕跡はあります」

 光属性は、原光をほとんど別の性質へ変えずに扱う。
 火や土のように、何を起こす力なのかが一つへ定まっていない。

 セトは斜面を見上げる。

「越える」
「道を探さないの?」
「遠回りしてる間に、その道も変わるかもしれない」

 先ほど聞いた話だけでも、数時間で川の位置が変わっている。
 三人は、かつて街道だった斜面を登り始めた。

焼けながら育つ

 丘の向こう側は、一面の草地だった。
 ただし、緑一色ではない。

 黒く焼けた地面。腰ほどまで伸びた草。芽を出したばかりの場所。
 それらが境目もなく入り混じっている。

 セトたちが斜面を下り始めた時、遠くで白い光が広がった。

 音はない。
 熱も、すぐには届かなかった。

 草地を薄い光が通り過ぎる。

 黒く焼けていた地面から、無数の芽が出た。

「生えた」

 シアが足を止める。

 芽は、そのまま伸び続けた。
 細い茎が太くなる。
 葉が開く。
 隣の茎と絡まり、形を変え、短い時間でシアの背丈を越えた。

 だが、成長は止まらない。
 葉は互いに重なり、茎は支えきれないほど太くなり、自重で折れ始める。

「育っているというより、増えてるだけだな」

 シアが言った。

「生きてはいます」

 ネアは、急速に伸びる草の流れを見ている。

「ただし、長く生きる形へ整えられていません」

 次の光が走った。

 伸びた草が、根元から白く焼ける。
 炎は出ない。
 葉も茎も一瞬で水分を失い、崩れた。

 新しく生まれた緑が、数呼吸のうちに黒い灰へ戻る。

「生やして、焼いた」

 セトが言う。

「同じものが?」
「流れている力は、ほとんど同じです」

 ネアが答えた。

「結果だけが違います」

同じ力

 セトは焼けた草へ近づいた。
 根元には、さっきまで伸びていた茎の一部が残っている。

 少し離れた場所には、白い光を受けても焼けずに成長を続けている草があった。
 さらに先では、小さな石が地面から押し出されている。

「樹と火と土が一緒にいる、とかじゃないのか」

 シアが周囲を見る。

「その可能性も考えました」

 ネアは焼けた地面へ手をかざした。

「ですが、ここに強く残っているのは火へ変換された精霊力ではありません」
「燃えてるのに?」
「燃えてはいません」

 シアがしゃがみ込む。
 黒くなった葉を指先で崩した。

「確かに灰っぽいけど、炎の跡じゃない」
「急激に状態を変えられた結果として、焼けたように見えているのでしょう」

 ネアは次に、伸び続けている草へ視線を移す。

「こちらにも、樹属性へ強く変換された痕跡はありません」
「丘も土じゃなかった」
「はい」

 起きた結果だけを見れば、別々の精霊王が力を使っているように見える。
 だが、そのどれにも属性ごとの強い癖が残っていない。

 元になった流れだけが似ている。

「全部、同じ光から起きてる?」

 シアが尋ねる。

「その可能性が高いです」

 ネアが答えた。

「複数の精霊王が、それぞれの属性を使っていると考えるより自然でしょう」
「じゃあ光が、樹になったり土になったりしてるのか」
「正確には違います」

 ネアは少し考えてから続ける。

「光の精霊王が樹や土へ変換しているのではなく、原光に近いものを流し込んだ先で、それぞれ違う結果になっているように見えます」

 シアが眉を寄せた。

「本人が草を生やそうとしたわけじゃない?」
「まだ断定はできません」

 それでも、一つだけ候補は減った。

 複数の精霊王が同時に暴れているのではない。
 一つの力が、場所によって違う結果を起こしている。

決められていない力

 三人は、焼けた草地を進んだ。
 足元では、灰の下から新しい芽が出始めている。

「光の精霊王は、何を作ろうとしてるんだ」

 シアが尋ねる。

「まだ、光の精霊王によるものだと確定したわけではありません」

 ネアはそう前置きした。

「ですが、これほど原光に近い力を広範囲へ流せる存在は限られます」
「何を作っているかは?」
「決めていないのかもしれません」

 セトが周囲を見る。
 樹属性なら植物を増やす。
 土属性なら大地を動かす。
 晶属性なら物質を結晶化する。

 だが、ここではそのすべてに近い変化が、同じ場所で起きている。

「属性へ変える前の力を、そのまま撒いてる?」

 シアが言った。

「おそらくは」

 ネアが答える。

「流れ込んだ先の物質や精霊力が、それぞれ違う変化を起こしているのでしょう」
「なら、何が起きるか本人も決めてないのか」
「本人がいるのなら、ですが」

 シアがネアを見る。

「どういう意味?」
「これまでの次代精霊王には、古い理屈であっても主張がありました」

 樹の精霊王は、生命を増やそうとした。
 氷の精霊王は、寒冷地を広げようとした。
 土の精霊王は、大陸を動かそうとした。

 現在の世界に合っていなくても、何をしようとしているのかは分かった。

「ここには、まだ何かを選んだ痕跡がありません」

 ネアは、再び伸び始めた芽を見る。

「ただ、力だけが流れています」

作ったものを残さない

 しばらく進むと、草地の一角だけが異様に高くなっていた。
 白い光を受けた植物が絡まり合い、小さな林のようになっている。

「また増えた」

 シアが見上げた。

 太い茎が互いを支え、何本もの枝が空へ伸びている。
 先ほどの草よりは形が安定していた。

 その向こうで白い光が集まった。

「離れろ」

 セトが声をかける。

 三人が横へ移動した直後、光が林の中央へ落ちた。
 白い光が膨らむ。

 枝が消えた。
 幹が折れる。
 地面までえぐれ、さっき光によって生まれた植物の大半が崩れ落ちた。

 シアが目を細める。

「自分で作ったのに」
「作ったと考えているかも分かりません」

 ネアが答える。

「でも、残そうとはしてないな」

 セトが崩れた林を見る。

 植物を作ることが目的なら、育った場所を次の光で壊す理由がない。
 大地を作り替えることが目的なら、持ち上げた地面を再び崩す必要もない。

「壊したいわけでもない」

 シアが言う。

「壊した場所から、また生えてる」
「そうだな」

 作ることが目的ではない。
 壊すことが目的でもない。

 起きている現象のどちらか一方だけを見れば、何かの役割に見える。
 だが、その直後に自分でそれを否定するような変化を起こす。

「残すとか、完成させるとか、そういうのがない?」

 シアが尋ねる。

「少なくとも、今見えている範囲では」

 ネアが答えた。

「一つの結果を維持しようとしている様子はありません」

動く地面

 低い振動が、足元から伝わった。

「止まれ」

 セトが言った。

 三人が足を止める。
 前方の地面へ、細い亀裂が走った。
 亀裂は一度右へ曲がり、そこから三つに分かれる。

「左へ移る」

 セトが走った。
 シアとネアが続く。

 直後、先ほどまで三人が立っていた地面が沈んだ。

 穴が開いたのではない。
 周囲を含めた広い範囲が、そのまま下へ落ちていく。
 土が割れ、岩が擦れ、遅れて大きな音が響いた。

 落ちた場所へ、別の地面が横から押し出される。

「今度は上がる!」

 シアが叫ぶ。

 前方の地面が盛り上がった。

 セトは右手へ短い白刃を作る。
 刀身へ流す原光を抑え、余った力を脚へ回した。

 盛り上がる地面を蹴り、斜め前へ跳ぶ。

 着地する直前、脚へ流していた原光を抑える。
 足場へ衝撃を逃がし、そのまま前へ走った。

 行く手を岩が塞ぐ。

 セトは白刃を振る直前だけ、接触する側の刃へ原光を集めた。
 岩の端が切れる。

 通れるだけの隙間を抜けた瞬間、白刃への流量を元へ戻す。

 シアは炎で加速し、ネアは周囲の流れを操作して高度を保った。
 三人の後ろで、新しい岩壁が地面から突き出した。

「昨日のやつ?」

 シアが走りながら聞く。

「使っていい方だけだ」
「そっちはいいんだ」
「身体が止めてる量を越えてないからな」

 限界を外したわけではない。
 安全な範囲の中で、使っていない場所から必要な場所へ原光を動かしただけだ。

 昨日見つけたものが、すべて使ってはならないものだったわけではない。

「土の精霊王より雑」

 シアが振り返る。

「土の精霊王は、大地を動かすこと自体が目的でした」

 ネアが言う。

「これは、大地が動いたことさえ結果の一つにすぎないようです」

川があった場所

 地図に記された川へ着いた時、そこに水はなかった。

 幅の広い川底だけが残っている。
 丸い石。乾きかけた泥。倒れた水草。
 対岸には、水が削った跡が何段も残っていた。

「昨日まで流れていたように見えるな」

 セトが川底へ下りる。
 泥はまだ柔らかい。

「こっち」

 シアが遠くを指した。

 川底の外側を、新しい水の流れが横切っている。
 以前は畑だったらしい場所を削り、森の中へ流れ込んでいた。

 さらに先には、木々の半分を沈めた湖ができている。

「川が移動した?」
「一度ではなさそうです」

 ネアが対岸の跡を見る。

「水位も流れる方向も、何度か変化しています」

 セトは地図を開いた。
 川を基準にしても、丘を基準にしても、現在地を正確に決められない。
 昨日まで存在した目印が、今日は別の形になっている。

 先ほどの避難民が言っていたことが、ここでも確認できた。

「朝の話が、もう使えないわけだ」

 セトが地図を畳む。

「使えない?」

 シアが尋ねる。

「大まかな方角だけなら使える」
「光は見える」

 空の一角が白く染まっている。
 雲の向こうではない。

 地上から空へ、淡い光が立ち上っていた。

「迷う心配はなさそうだな」
「近づくほど危険になるという意味でもあります」

 ネアの言葉に、セトはうなずいた。

「分かってる」

空になった村

 夕方前、三人は小さな村へ着いた。

 人の気配はない。
 家の扉は開いたままになっている。
 荷物を運び出した跡があり、家畜も残されていなかった。

「避難はできたみたい」

 シアが周囲を見回す。

 村の中央には、大きな樹があった。
 幹の片側は黒く焼け、反対側からは新しい枝が何十本も伸びている。

 枝同士が絡まり、家の屋根を押し上げていた。

 セトは一軒ずつ中を確認する。
 誰もいない。

 最後の家では、床へ置かれた穀物袋が破れていた。
 袋の中の種がすべて発芽し、白い根が床板の隙間へ入り込んでいる。

「ここまで逃げ遅れた人はいない」

 セトが外へ出た。

「でも、戻れる場所でもない」

 シアが村を見る。

 焼けた家。
 新しい枝に持ち上げられた屋根。
 地面から斜めに突き出した井戸。

 崩れてはいない。
 残っているとも言いにくい。

「壊したいわけでも、残したいわけでもない」

 セトが言う。

「どちらにも見えませんね」

 ネアが答えた。

「生まれることと、壊れることを区別していないように見えます」

 シアは発芽した種を一つ見つめる。

「人が食べるために置いた種かどうかも関係ない」
「おそらくは」

 人間の村だから避けたわけではない。
 人間の村だから壊したわけでもない。

 そこに物質と原光があった。
 力が流れた。
 結果が起きた。

 今まで見たものを並べると、それだけに見え始めていた。

音のない一撃

 空気中の原光が、急に一方向へ引かれた。

 セトは村の外へ目を向ける。
 白く染まっていた空の下。

 遠く離れた一点へ、周囲の力が集まっていく。

「伏せろ!」

 三人が地面へ身を落とした。

 白い線が、村の上を通過する。

 音はなかった。
 風も起きない。

 光が通り過ぎた後で、村の背後にあった岩山がゆっくりとずれた。
 山の上部が斜めに切れ、そのまま崩れ落ちる。

 少し遅れて地面が揺れた。

「今のが収束した光です」

 ネアが立ち上がる。

「攻撃?」

 シアが光の来た方向をにらむ。

「そう見えます。ただ――」

 再び光が集まった。

 今度は一本ではない。
 白い光が上空へ広がり、そこから無数の細い線へ分かれる。

「散る!」

 ネアの周囲へ黒い線が走った。
 細い光の進行方向が曲がり、村の外へ逸れる。

 シアは炎で横へ跳んだ。
 セトは左手へ黒刃を作る。

 避けきれなかった一本が、黒い刀身へ触れた。

 光が崩れ、原光へ戻る。
 黒刃の周囲へ白い粒子が散った。

 セトはそれ以上受けず、すぐに位置を変える。

 細い光は、人のいない家も、空き地も、遠くの森も、区別なく貫いていく。

二つの光

 散乱した光が止まる。

 セトは黒刃を消した。
 左手へ向かう原光の流れは、身体へ入る前に止まっている。
 昨日確認した安全制御も働いていた。

「最初のと今の、同じ攻撃?」

 シアが尋ねる。

「元の力は近いです」

 ネアが遠くの岩山と、村の周囲を見比べる。

「最初は一方向へ集めています。一点へ通す量が大きい」
「今のは?」
「広く分けています。一つ一つは先ほどより小さいですが、避ける場所そのものが減ります」

 セトは、光が通った跡を見る。
 一本の光は岩山を切った。
 細い光は広い範囲へ散り、村と森を同時に貫いた。

「使い分けてるのか」
「少なくとも、同じ放ち方ではありません」
「じゃあ考えてる?」

 シアの問いに、ネアはすぐ答えなかった。

「それだけでは判断できません」
「でも、一つに集めるか散らすかは違う」
「はい」

 ここまでの変化は、すべて無秩序に見えた。
 それでも、力の放ち方には違いがある。

 収束させることもできる。
 広く散らすこともできる。

「問題は、どこへ撃ってるかだな」

 セトが言う。

 最初の一撃は、三人ではなく村の上を通り、遠くの岩山へ当たった。
 二度目は広範囲へ散り、三人にも飛んできた。

 だが、三人だけを追ったわけではない。

「技みたいな違いはあるのに、相手を選んでない?」

 シアが言う。

「そう見えます」

 ネアが答えた。

 単純に力を垂れ流しているだけなら、すべて同じ形で放たれても不思議ではない。
 だが、現実には収束と散乱がある。

 それでも、何のために使い分けているのかは分からない。

 分かることが一つ増えた。
 同時に、分からないことも増えた。

狙っていない

 村の端では、地面が白く焼けている。
 別の場所では、光を受けた樹が急速に枝を伸ばし始めていた。

「私たちを狙った?」

 シアが尋ねる。

「最初の一撃は、この村の上を通っただけだ」

 セトは光の来た方角を見る。

「次も、俺たちだけに向けられてはいない」
「こちらの存在には気づいているかもしれません」

 ネアが言う。

「ですが、攻撃対象として選んだようには見えません」
「人がいても、いなくても撃つ」

 避難していた男の言葉どおりだった。

 敵意があるなら、敵を狙う。
 目的があるなら、目的へ必要な場所を変える。

 だが、この光は違う。

 何もない地面を焼く。
 焼いた地面へ植物を生やす。
 作った丘を次の光で崩す。
 川を移し、その先へ新しい湖を作る。

「意味がない」

 シアが言った。

「意味を見つけられない、が正確でしょう」

 ネアは訂正したが、その声にも確信はない。

「自我があるのか」

 セトが尋ねる。

「断定できません」
「でも、あるようには見えない」

 シアの言葉に、ネアは否定しなかった。

選ばない対象

 三人は、光が通った場所をもう一度見回した。

 人の住んでいた家。
 誰もいない畑。
 森。
 岩山。
 さっき自分の力で成長させた樹。

 違いはない。

「人間を狙ってない」

 シアが言う。

「人間だけを避けてもいません」

 ネアが続ける。

「生き物も同じか」

 セトが森を見る。
 枝を伸ばしている樹の隣では、別の樹が根元から焼けていた。

「植物だから残す、もない」
「はい」

 シアが村の中央を見る。

「自分が生やしたものだから残す、もない」
「今のところは」

 ネアが答えた。

 セトは崩れた岩山へ目を向ける。

「壊す場所も選んでない」
「そう見えます」

 敵か味方か。
 生きているか、いないか。
 人間か、精霊か。
 自分が作ったものか、最初から存在していたものか。

 そうした区別で作用する場所を決めているようには見えない。

「何も選んでないのか」

 セトが言う。

「それが一番近いかもしれません」

 ネアは空の白い光を見る。

「ただ、まだ本人を見ていません。今見えているのは、流れてくる力と、その結果だけです」

 結論を出すには早い。

 三人は村を離れた。

白い中心

 これ以上近づくべきではない。
 それでも、何が起きているのかを確かめなければ、止める方法も決められない。

 丘を一つ越えたところで、景色が開けた。

 かつては大きな湖だったらしい。
 半分にはまだ水が残っている。
 残り半分は隆起し、ひび割れた岩場へ変わっていた。

 湖の外側では、新しい川が何本も生まれている。

 中央から、白い光が立ち上っていた。

 その光の中に、人の形が浮かんでいる。

 顔は見えない。
 衣服も、髪も、身体の輪郭さえ、強すぎる光に溶けている。

 ただ、人型であることだけは分かった。

 人影は、水面から少し離れた空中に静止していた。
 どのように浮いているのかは、ここからでは分からない。

 周囲には大量の原光が満ちている。
 それが人影の近くで強く光っていた。

「光の精霊王」

 ネアが低く言った。

 それは確認ではなかった。
 これほど原光へ近い力を、これほど広い範囲で扱える存在はほかにいない。

呼びかけ

「光の精霊王!」

 シアが声を張った。

 白い人影は動かない。

「聞こえるか!」

 返事はない。

 人影の周囲へ光が集まり、細い線となって遠くの地面へ落ちる。
 岩場が白く焼けた。

 その隣では、地面が盛り上がり始める。

「私たちは、あなたを止めるために来ました」

 ネアも呼びかける。

「このまま力を流し続ければ、人間も生態系も残りません。言葉が理解できるのなら、力を止めてください」

 白い人影は、何も答えない。

 声が届いていないのか。
 言葉を理解していないのか。
 理解したうえで無視しているのか。

 何一つ分からなかった。

「役割名なら?」

 セトがネアを見る。

 ネアは少しだけ間を置いた。

「試す価値はあります」

 シアが白い人影へ向き直る。

「ミトラ!」

 光の精霊王の役割名。
 代が変わっても変わらない名前。

「ミトラ! 聞こえてるか!」

 反応はない。

 人影の近くから、また白い光が外へ走った。
 三人とは違う方向だった。

「名前でも駄目か」

 セトが言う。

「反応しないということしか分かりません」

 ネアは慎重に答える。

「聞こえていないのか、理解していないのか、自分をミトラだと認識していないのか。それとも、分かったうえで反応する必要を感じていないのか」
「どれも見分けられない?」
「はい」

 呼び方を変えても、答えは返らなかった。

王と呼べるもの

「これまでの王は、間違っていても話はできた」

 セトが言う。

 樹の精霊王にも、氷の精霊王にも、自分の役割を実行する理由があった。
 現在の世界へ合っていないだけで、本人なりの正しさがあった。

 止めようとすれば反論した。
 自分が何をしているのかを説明した。
 こちらを邪魔する相手として認識することもあった。

「こいつには、それが見えない」
「次代の精霊王の中でも、原初へ近すぎるのかもしれません」

 ネアは白い人影から目を離さない。

「個として考える前に、役割だけが動いているように見えます」
「役割だけの王?」

 シアが尋ねる。

「王と呼べる個が、どこまで残っているのかも分かりません」

 目の前には人の形がある。
 力の放ち方にも違いがある。

 それでも、そこに誰かがいるという感覚が薄い。

 セトは白い人影を見る。

「でも、何も考えてないって決めるのも早いな」
「はい」

 ネアが答える。

「分からないことと、存在しないことは別です」

 自我が見えない。
 だから自我がない。

 そこまで決める材料はない。

 ただ一つ確かなのは、呼びかけによって今の行動が止まらなかったことだった。

選ばない光

 白い人影が、初めて動いた。

 ゆっくりと向きを変える。
 顔があるはずの場所が、三人の方へ向いた。

「気づいた?」

 シアが身構える。

「分からない」

 セトは右手へ白刃、左手へ黒刃を作った。

 光の精霊王の周囲へ、原光が集まる。
 先ほどまでよりも大きい。

 湖の水面が白く照らされる。
 岩場の亀裂から芽が出る。
 芽が伸びるより先に、別の場所が焼け始めた。

「来ます」

 ネアの周囲へ黒い線が広がる。
 シアの両側へ、二個の赤い分霊核が浮かんだ。

 だが、光の精霊王には怒りも、警戒も見えない。

 三人を敵として認識した様子もなかった。
 呼びかけへ腹を立てたようにも見えない。
 近づいた三人を排除しようとしていると判断できる反応もない。

 次の光を放つ先に、たまたま三人がいる。
 その程度の違いしかないように見えた。

「敵意がない」

 セトが言う。

 一瞬だけ、シアが白い人影を見る。

「敵意がないのに撃つ?」
「敵じゃないから撃たない、もないんだ」

 セトは黒刃を少し前へ出した。

「人がいるから避けるもない。自分が作ったものだから残すもない」
「生きているかどうかも選ばない」

 ネアが続ける。

「作ることと壊すことも、おそらく分けていません」

 敵意がない。

 だから安全なのではない。

「だから、止まる理由もない」

 白い光が膨れ上がる。

 生み出すことも、壊すことも選ばない。
 人がいる場所と、いない場所も選ばない。
 生きているものと、ただの岩も選ばない。
 自分が今作ったものと、ずっとそこにあったものさえ選ばない。

 すでに存在する世界と、これから作る世界を区別しているようにも見えない。

 世界がまだ何も決まっていなかった頃のように、すべてを生み、すべてを壊し続ける。

 収束させることもある。
 散らすこともある。

 だが、その先に何を残すかは選ばない。

 混沌の光が、三人へ向かって放たれた。


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