召喚士が召喚した召喚士~基礎から始める召喚マネジメント講座~TOPへ


※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。
一 召喚士ギルドへ
ヴァルセイン王国中央召喚士ギルドは、リオルが思っていたよりも静かだった。
人は多い。
入口の近くには依頼人らしい商人がいて、奥の机では召喚士らしい男女が書類を確認している。壁には依頼札が並び、受付の後ろには照会水晶がいくつも置かれていた。
けれど、酒場のような騒がしさはない。
声を出す者はいても、声を荒げる者はいない。
誰かが依頼を持ち込み、誰かが契約条件を確認し、誰かが記録板へ署名する。
召喚士ギルドは、賑やかな場所というより、たくさんの約束が管理されている場所だった。
「ここが、依頼を見る場所……」
リオル・ロステルは、入口のところで少し立ち止まった。
学生登録の確認で来たことはある。
学校行事の説明で、先生に連れられて入ったこともある。
けれど、依頼掲示板を自分の目で読むつもりで来たのは初めてだった。
横に立つメルセナ・オルブライトは、いつも通り無表情だった。
白に近い灰色のコート。金色の髪。翼のような銀の髪飾り。
彼女が一歩中へ入るだけで、ギルド内の空気が少し変わった。
受付の職員が姿勢を正す。
書類を運んでいた若い職員が足を止める。
奥にいた召喚士の一人が、慌てて帽子を取った。
リオルは小声で言う。
「先生、やっぱりすごい人なんですね」
「昨日から、その説明は何度かされたはずです」
「聞きましたけど、こういう反応を見ると改めて……」
「反応に慣れる必要はありません。目的に集中してください」
「はい」
返事をした直後、受付の奥から女性が歩いてきた。
栗色の髪を後ろでまとめた、落ち着いた雰囲気の職員だった。手には記録板を抱えている。
「オルブライト閣下。お待ちしておりました」
「今日は照会ではありません。低難度依頼の閲覧です」
「学生向け閲覧ですね。ロステルさんの訓練ですか」
「はい」
メルセナが答える前に、リオルは慌てて頭を下げた。
「リオル・ロステルです。よろしくお願いします」
「ミレイユ・グレインです。こちらこそ。昨日は通信水晶越しで失礼しました」
「あ、ミレイユさん」
リオルは顔を上げた。
昨日、通信水晶越しに応召条件を照会していた職員。
声だけしか知らなかった相手が、今、目の前にいる。
「首、大丈夫でしたか?」
ミレイユは一瞬だけ目を瞬かせた。
それから、少しだけ笑った。
「今のところ繋がっています」
「よかったです」
「よかったで済ませてよい話かは、まだ審議中です」
メルセナが言った。
ミレイユはすぐに姿勢を正す。
「全力で繋げ続けます」
「お願いします。照合担当が必要です」
「首の話が普通に続いてる……」
リオルは小さく呟いた。
メルセナはそれを聞き流し、ミレイユへ視線を向ける。
「低難度依頼の閲覧をお願いします。受注前の訓練です」
「承知しました。学生向けに危険度を落とした一覧を用意しています」
「ただし、実際の依頼文を変えすぎないでください」
「はい。依頼者の文章は原文を残し、補足だけこちらで付けています」
「よいです」
リオルは首をかしげた。
「依頼文って、分かりやすく直した方がよくないんですか?」
「訓練としては、直しすぎない方がよいです」
メルセナは、依頼掲示板の方へ歩き出した。
リオルも慌ててついていく。
「現実の依頼は、最初から整理されていません。依頼者は、自分が分かっていることと分かっていないことを、必ずしも分けて書きません」
「だから、読めるようにする?」
「はい。依頼文を読むのも召喚士の仕事です」
掲示板には、たくさんの依頼札が並んでいた。
荷物運び補助。
畑の水撒き。
屋根の上の布を取る。
ペット探し。
倉庫整理。
夜間見回り補助。
どれも、リオルが想像していた召喚士の仕事より、ずっと地味だった。
「もっと、魔物退治とか、防衛とかが並んでるのかと思ってました」
「あります。ただし、あなたが最初に読むべきではありません」
「危ないからですか?」
「危ないからです。加えて、難しい依頼ほど文章も難しくなります」
メルセナは一枚の依頼札を指した。
「まずは、低難度依頼からです」
二 依頼文の読み方
「依頼文を読む時は、まず三つに分けます」
メルセナは掲示板の前で言った。
「三つ?」
「依頼者が望んでいること。依頼者が分かっていること。依頼者が分かっていないことです」
リオルは依頼札を見た。
荷物運び補助。
近隣の倉庫から店先まで、布袋十個を運ぶ補助。
重さは一つにつき成人男性一人で持てる程度。
道は舗装されているが、雨の日は滑りやすい。
「えっと……望んでいることは、荷物を運ぶこと」
「はい」
「分かっていることは、荷物の数と、重さと、距離。あと道が雨の日に滑ること」
「はい」
「分かっていないことは……その日、雨が降るかどうか?」
「よいです」
メルセナは頷いた。
「雨なら、土精霊で足場を整えるか、滑らない運び方を考える必要があります。人通りが多ければ、大型の召喚対象は邪魔になります」
「呼べるものから考えるんじゃなくて、目的から考える」
「昨日の復習です」
昨日。
教室掃除。
水精霊と風精霊を増やして、小さな台風を作った。
リオルは思わず、少しだけ遠い目になった。
「床は正直でした」
「依頼文も正直です。ただし、書かれていないこともあります」
「そこが難しいです」
「難しいから、読む訓練をします」
次に、メルセナは畑の水撒き依頼を示した。
「これはどうですか」
「望んでいることは、畑に水を撒くこと。分かっていることは、畑の広さと場所。分かっていないことは……土の状態?」
「よいです。乾きすぎているのか、ぬかるんでいるのかで、水精霊への指示が変わります」
「水をたくさん出せばいいわけじゃない」
「はい。水を出しすぎれば、作物を傷めます」
リオルは頷く。
昨日の床も、水を出しすぎると大変だった。
畑なら、もっと大変なのだろう。
次は倉庫整理。
次は夜間見回り補助。
次は落とし物探し。
メルセナは、リオルに一つずつ読ませた。
依頼者が望んでいること。
分かっていること。
分かっていないこと。
危険になりそうなこと。
召喚対象に任せてよいこと。
任せてはいけないこと。
リオルは少しずつ、依頼札を見る目が変わっていくのを感じていた。
ただのお願いではない。
依頼文は、まだ形になっていない仕事だった。
召喚士は、それを読んで、形にしなければならない。
その時、ミレイユが新しい依頼札を一枚持ってきた。
「オルブライト閣下。こちら、低難度枠ではありますが、少し急ぎです」
メルセナが受け取る。
リオルは横から覗き込んだ。
「迷子捜索補助……」
札には、こう書かれていた。
森の端で薬草摘みに出た子どもが、昼前から戻っていない。
年齢は八歳。
最後に見られたのは、東の小道近く。
赤い帽子。
黄色い肩掛け。
小さな薬草籠を持っている。
森の深部ではない。
ただし、日暮れまでに発見したい。
地元の捜索隊はすでに出ている。
上空または広範囲からの確認補助を求む。
リオルの指先が、依頼札の上で止まった。
「子ども……」
「読み上げてください」
メルセナが言った。
リオルは依頼文をもう一度、声に出して読んだ。
読み終える頃には、胸の奥が少しざわついていた。
「すぐ行った方がいいんじゃないですか」
「行く前に考えます」
「でも、急がないと」
「急ぐ時ほど、最初に決めます」
メルセナの声は静かだった。
焦っていないわけではない。
ただ、焦りで手順を飛ばさない。
そういう声だった。
「目的」
「迷子の子を見つけること」
「範囲」
「東の小道周辺。森の浅い場所」
「終了条件」
「子どもを見つけて、保護すること」
「危険時の撤退基準」
「大型の獣や魔物を見たら、近づかずに戻る?」
「よいです」
リオルは息を吸った。
昨日、床で学んだことが、いきなり床ではない場所に出てきた。
目的。
範囲。
終了条件。
危険時の止め方。
それを決めずに動けば、たぶん迷子探しでも小さな台風が起きる。
小さな台風なら、床が濡れるだけで済む。
でも、森で破綻すれば、子どもが危ない。
「では、この依頼に対して、何を呼びますか」
メルセナが尋ねた。
リオルは依頼札の内容をもう一度見る。
森。
迷子。
赤い帽子。
黄色い肩掛け。
薬草籠。
最後に見られた場所は、東の小道近く。
「水精霊……は、川があれば何か分かるかもしれません」
「何が分かりますか」
「水の流れとか、湿った場所とか……」
「迷子の子どもを見たかどうかは?」
「……分かりません」
「はい」
リオルは考え直す。
「じゃあ、風精霊で森の上から……」
「風精霊は風を送れます。空気の流れを変えられます。音を運ぶこともできます」
「はい」
「ですが、赤い帽子を見た、黄色い肩掛けを見た、子どもが倒れていた、とは報告できません」
「あ、そうか」
「風精霊は、風です。目で見て、判断して、人間に伝える存在ではありません」
リオルは依頼札を握る手に少し力を入れた。
「土精霊なら、足跡を……」
「地面を動かすことはできます。足場を整えることも、穴を塞ぐこともできます」
「でも、足跡を見て報告はできない」
「はい。土の乱れを拾う補助にはなりますが、それだけで迷子の位置を特定するには向きません」
「火精霊は……森ではだめですね」
「初手としては不適切です」
「全部だめじゃないですか」
「精霊が役に立たない、という意味ではありません」
メルセナは淡々と言った。
「水精霊は水を扱えます。風精霊は風を扱えます。土精霊は地面を扱えます。火精霊は火を扱えます。どれも有用です」
「でも、今回必要なのは……」
「見て、戻って、何かを伝えることです」
リオルはそこで、ようやく自分が考えるべきことを理解した。
迷子探しに必要なのは、強い力ではない。
森を押し広げることでもない。
風を吹かせることでも、水を流すことでもない。
赤い帽子を見つけること。
黄色い肩掛けを見つけること。
子どもを見たら戻ってくること。
つまり、目があり、動けて、リオルのところへ戻ってこられる相手が必要だった。
その時、ギルドの屋根に鳥がとまっているのが見えた。
茶色い小鳥が一羽。
こちらを見て、首をかしげている。
リオルは顔を上げた。
「鳥なら……」
メルセナが静かにリオルを見る。
「鳥なら、上から見られます。赤い帽子とか、黄色い肩掛けなら、見つけられるかもしれません。それに、戻ってきてくれます」
ミレイユが記録板を持つ手を止めた。
「鳥を、召喚するんですか?」
「たぶん……できます」
リオルは屋根の鳥を見たまま答えた。
「来てくれる子なら」
メルセナは一拍置いてから言った。
「では、その前に確認しましょう。あなたは、何羽呼べますか」
三 生き物なら、なんでも
「何羽……」
リオルは少し考えた。
精霊なら、一体で精一杯だ。
けれど、鳥は違う。
鳥たちは、呼べば来てくれることがある。
窓辺に来る鳥。
中庭で餌を食べる鳥。
怪我をした時に、何度か水を置いた鳥。
こちらを見ても逃げなくなった鳥。
「僕の魔力量だと、十羽くらいが限界です」
ミレイユが記録板を持つ手を止めた。
「十羽?」
メルセナも一拍置いた。
「確認します。応じる鳥が十羽まで、ではなく、維持できるのが十羽まで、ですか」
「はい。呼びかければ、もう少し来てくれると思います。でも、僕がちゃんとつなげていられるのは十羽くらいです」
「普通の見習いなら、小動物一体でもかなりの成果です」
「そうなんですか?」
リオルは本気で聞き返した。
メルセナはうなずく。
「はい。十羽を維持できることも普通ではありません。ですが、それ以上に、十羽以上が応じる可能性があることの方が特殊です」
「でも、餌をあげてる子たちなので……」
「そこが重要です」
「餌がですか?」
「餌だけではありません。関係です」
メルセナは、ギルドの屋根にいる鳥を見た。
「この世界の召喚は、異世界から何かを連れてくる術ではありません」
「異世界?」
「古い物語には、別の世界から英雄や魔獣を呼ぶ話もあります。ですが、少なくとも現在のヴァルセイン王国で制度化されている召喚は、それとは違います」
メルセナは淡々と続ける。
「召喚対象は、この世界にいる生き物です。精霊、獣、鳥、虫、魚、人。術式上は、生き物であれば呼びかけの対象になり得ます」
「人も、ですか?」
「はい。人もです」
リオルは少しだけ目を丸くした。
「人も召喚できるんですか?」
「できます。召喚とは、こちらから呼びかけ、応じた相手を自分のところへ呼ぶ術です。対象が人であっても、その原則は変わりません」
「じゃあ、人をどこか別の場所へ送ることも?」
「それは違います」
メルセナは首を横に振った。
「召喚士ができるのは、基本的には自分のところへ呼ぶことです。呼んだ対象を帰還させることはできますが、任意の場所へ送り届ける術ではありません」
「あくまで、呼ぶ術なんですね」
「はい」
「でも、人を呼ぶのって、鳥とは違いますよね」
「違います。ただし、今はそこまで詳しく扱いません」
「え」
「今日の依頼には不要です」
「あ、はい」
リオルは少しだけ肩を落とした。
聞きたかったような、聞かなくてよかったような顔だった。
メルセナは、屋根の上の鳥を見る。
「重要なのは、相手が何であっても、呼べば終わりではないということです」
「鳥でも、人でも?」
「はい。鳥でも、人でも、精霊でも。呼んだ後に破綻させないことが必要です」
リオルは屋根の鳥を見た。
鳥はまだ、こちらを見ていた。
「鳥は、来てくれるかもしれない」
「はい」
「でも、来てくれたら、それで終わりじゃない」
「はい。何を見てほしいのか。どこまで行ってよいのか。危険な時はどうするのか。いつ戻るのか。戻ってきた後、どう休ませるのか」
「そこまで考える」
「それが召喚士の仕事です」
リオルは少し黙った。
鳥に餌をあげたことがある。
巣から落ちた雛を戻したことがある。
窓辺に来た鳥を追い払わなかった。
猫が近づいた時に、そっと離したこともある。
けれど、それは召喚のためにしたことではなかった。
「僕、ただ世話してただけです」
「召喚対象から見れば、それが関係になります」
メルセナはリオルを見た。
「召喚士は、呼びたい時だけ名前を呼べばよいわけではありません。呼ばれる前から、関係は始まっています」
リオルは、胸の奥に少し不思議なものが落ちるのを感じた。
精霊を呼ぶのは苦手だ。
学校評価も高くない。
けれど、鳥たちが呼ばれてもよいと思ってくれている。
それが召喚士として意味を持つのだと、初めて言われた。
「リオル」
「はい」
「今は驚いている時間が惜しいです。鳥を呼びましょう」
「あ、はい」
四 十羽の鳥
ギルドの外、石畳の広場で、リオルは小さく息を整えた。
メルセナとミレイユが少し離れて立つ。
ミレイユは記録板を構え、メルセナは召喚の状態を確認できる位置にいた。
リオルは両手を胸の前で軽く合わせる。
精霊召喚の時のような、決まった呪文ではない。
鳥たちに呼びかける時は、いつも言葉が先に出る。
「来られる子だけでいいから」
足元に淡い召喚陣が広がる。
学校で使う整った実習陣より、ずっと小さく、ずっと柔らかい光だった。
「森の方を見てほしいんだ。迷子の子を探したい」
一羽目の鳥が、光の輪の中に現れた。
茶色い小鳥。
次に二羽目。
黒い羽の混じった鳥。
さらに三羽、四羽。
鳥たちは、どこかから飛んできたのではない。
召喚経路を通って、リオルの近くに現れている。
同じ世界のどこかにいた鳥たちが、リオルの呼びかけに応じて、ここへ来ている。
七羽。
八羽。
九羽。
十羽。
十羽目が現れたところで、リオルの額に汗が浮いた。
まだ、向こう側に気配がある。
呼びかけに応じようとする、小さな羽音のような気配。
けれど、つなげていられない。
リオルは少し申し訳なくなって、召喚陣の外縁へ声をかけた。
「ごめん。今日は十羽まで。終わったら餌はあげるから」
召喚陣の向こうにあった気配が、ゆっくり遠のいた。
広場に残った十羽の鳥たちは、リオルの周りで首をかしげたり、石畳をつついたりしている。
ミレイユは記録板を見つめたまま、ぽつりと言った。
「今の、まだ応じようとしていましたよね」
「たぶん。僕の魔力が足りないので」
「魔力が足りないから、十羽で止めた……」
ミレイユは記録板に何かを書き込む。
メルセナは十羽の鳥を見ていた。
表情はほとんど変わらない。
だが、リオルには、先生が少しだけ考え込んでいるように見えた。
「十羽……いえ、応じる数は十羽以上」
「餌を持っていれば、もう少し来ると思います」
「リオル」
「はい」
「それは、かなり特殊です」
「え」
「ただし、今は驚いている時間が惜しい。運用します」
「はい」
メルセナはすぐに切り替えた。
驚くより先に、依頼を進める。
それが最高位召喚士なのだろうと、リオルは思った。
「まず、あなたの指示案を」
「指示案……」
リオルは鳥たちへ向き直った。
「森に行って、迷子の子を探してきて。見つけたら戻ってきて」
鳥たちが一斉に羽を震わせる。
飛び立とうとした。
「待ちなさい」
メルセナの声で、鳥たちもリオルも止まった。
「何かまずかったですか?」
「かなり」
「かなり」
「森とは、どこからどこまでですか。迷子の子とは、どの子ですか。見つけたとは、何を見た状態ですか。戻る先はどこですか。危険なものを見た時はどうしますか」
「あ……」
リオルは口を開けたまま固まった。
昨日の床と同じだった。
いや、床よりずっと条件が多い。
「昨日の掃除より条件が多いです」
「当然です。床は逃げませんし、迷子にもなりません」
「それはそうですね……」
「鳥は飛びます。森は広い。子どもは動いているかもしれない。だから、条件が必要です」
メルセナはミレイユへ視線を向ける。
「迷子の特徴をもう一度」
「赤い帽子、黄色の肩掛け、小さな薬草籠です。八歳前後の子ども。最後に見られたのは、東の小道近く」
「鳥には名前より目印です」
メルセナはリオルを見る。
「赤い帽子、黄色い布、籠。これを探させます」
「はい」
「捜索範囲は森全体ではありません。最後に見られた東の小道を中心にします。広げすぎないこと」
「広げすぎると?」
「戻ってきません。戻ってきても、情報の位置が分かりません」
「じゃあ、三方向くらいに分けますか?」
「よいです。十羽を三班に分けましょう」
「三班……」
「三羽、三羽、三羽。一羽は連絡役として残します」
「連絡役?」
「戻ってきた鳥の報告が重なった時、あなたは混乱します」
「混乱します」
「早いですね」
「自信があります」
「では、混乱しないために先に分けます」
リオルは鳥たちを見た。
「東の小道沿いを見る子、三羽。小道の右側を見る子、三羽。左側を見る子、三羽。あと一羽は僕の近くにいて、戻ってきた子を落ち着かせる手伝いをして」
鳥たちは首をかしげたり、小さく鳴いたりした。
完全に分かっているかは分からない。
けれど、リオルには、だいたい伝わっている気がした。
メルセナが補足する。
「赤い帽子。黄色い布。籠。大きな獣や魔物がいたら近づかない。煙、強い匂い、嫌な音があれば戻る。子どもを見つけても、つつかない。追い立てない。見て戻る」
リオルは鳥たちへ繰り返した。
「赤い帽子、黄色い布、籠。見つけたら戻ってきて。大きい獣がいたら、近づかずに戻ってきて。怖いところには行かなくていいから」
鳥たちが羽を広げた。
今度は、メルセナは止めなかった。
「行って」
十羽のうち九羽が、一斉に空へ上がった。
一羽だけが、リオルの近くの柵にとまる。
空へ上がった鳥たちは、すぐに三つの流れに分かれ、森の方へ飛んでいった。
五 報告が散らかる
森の入口で待つ時間は、長かった。
実際には、それほど長くなかったのかもしれない。
けれど、リオルにはとても長く感じられた。
森の向こうで、地元の捜索隊が動いている。
ミレイユは連絡用の水晶で、依頼者側と情報をやり取りしている。
メルセナは森の地図を広げ、東の小道、小川、倒木が多い場所、最近獣が出た場所を確認していた。
リオルは何度も空を見た。
「まだかな……」
「戻るまでの時間も情報です」
メルセナが言った。
「早く戻れば近い。遅く戻れば遠い。あるいは迷った、危険を避けた、確認に時間がかかった」
「鳥が戻ってくる時間も、見るんですね」
「はい。情報は、言葉だけではありません」
その時、一羽目の鳥が戻ってきた。
右側の森へ向かった班の一羽だった。
鳥はリオルの肩近くまで来て、ばたばたと羽を動かす。
「赤い」
「赤い?」
「赤い、あった」
リオルは顔を上げた。
「赤い帽子?」
「赤い」
「どこ?」
鳥は森の方を向いて鳴いた。
その直後、二羽目が戻ってきた。
「黄色、ひらひら」
「黄色い布?」
三羽目。
「水、近い」
「水?」
四羽目。
「木、倒れてる」
「倒木?」
五羽目。
「怖い。大きい」
「大きいって何が!?」
六羽目。
「人、いた」
「人!? 子ども!?」
鳥たちは次々と戻ってくる。
赤い。
黄色。
水。
木。
怖い。
人。
リオルの頭の中で、全部が同時に広がった。
「待って、順番に、順番に!」
鳥たちは順番に話しているつもりなのかもしれない。
けれど、リオルには同時に聞こえる。
柵に残っていた連絡役の鳥も、なぜか一緒に鳴いている。
「君は落ち着かせる役じゃなかったの!?」
連絡役の鳥は首をかしげた。
「落ち着いてください」
メルセナが言った。
「鳥がですか? 僕がですか?」
「あなたです」
「はい!」
「全てを同時に聞かない。班ごとに分けます」
メルセナは地図の上に小石を三つ置いた。
「小道沿いの班。右側の班。左側の班。まず、赤いものを見た鳥」
リオルは鳥たちを見た。
「赤いものを見た子」
一羽が跳ねた。
「右側?」
鳥は鳴いた。
リオルには、それが肯定に聞こえた。
「右側です」
「戻るまでの時間は早い。つまり、そう遠くありません」
メルセナは地図の右側に印をつける。
「黄色いものを見た鳥」
別の鳥が羽を動かす。
「同じところ?」
「近い」
「近いって言ってます」
「右側の森、小道から離れすぎていない。水が近いと言った鳥は」
三羽目が鳴く。
「同じ?」
「水、きらきら」
「水辺です」
ミレイユが地図を覗き込んだ。
「地元の地図では、東の小道の右側に小川があります。小さな橋はありませんが、浅瀬があるそうです」
「倒木の報告は」
「右側の子です」
「大きい、怖いと言った鳥は」
リオルが鳥を見る。
鳥は羽を膨らませた。
「黒い。長い。動かない」
リオルは少し考えた。
「動かない?」
「倒木の影かもしれません」
メルセナが言う。
「大きな獣と断定しないでください。鳥にとって、大きく黒いものは怖い。動かないなら、倒木か岩か影の可能性があります」
「たぶん、で記録ですね」
「はい。たぶん、です」
ミレイユが記録板に書く。
「右側の森。小川付近。倒木または黒い影。赤いもの、黄色いもの、人影の報告あり」
「見つかったんですか?」
リオルは思わず聞いた。
「可能性が高い場所が絞れました」
メルセナは即座に訂正する。
「見つかった、とはまだ言いません」
「はい」
「鳥は地図を描けません。人間側が地図にします」
リオルは地図を見る。
鳥たちは見てきた。
でも、そのままでは情報が散らかっている。
赤い。
黄色。
水。
木。
怖い。
人。
それを並べて、場所にしているのはメルセナだった。
「情報って、集めるだけじゃ足りないんですね」
「今日の学びとしては早いですが、正しいです」
「まだ終わってないですもんね」
「はい。行きます」
六 迷子の森
小道の右側へ入ると、森の空気が変わった。
ギルド前の広場とは違う。
土の匂い。
湿った葉の匂い。
小川の水音。
足元には根が張り出し、ところどころ落ち葉が深く積もっている。
リオルは先に飛ぶ鳥を見上げた。
鳥たちは枝から枝へ移りながら、時々振り返る。
「こっちみたいです」
「走らないでください。足場を確認します」
「はい」
前を行く地元の捜索隊員が、小さく声を上げた。
「倒木があります!」
地図で見た場所だった。
大きな木が、斜めに倒れている。
黒く見えたのは、濡れた幹と影だった。
鳥が怖がったものは、獣ではなかったらしい。
リオルは少しだけ息を吐いた。
しかし、安心するのはまだ早かった。
小川の音が近くなる。
枝に赤いものが引っかかっていた。
「赤い帽子……!」
リオルは駆け出しかける。
「リオル」
メルセナの声で足を止めた。
「帽子があることと、本人がいることは別です。周囲を確認」
「はい」
捜索隊員が倒木の反対側を覗き込む。
次の瞬間、声が上がった。
「いた!」
リオルの胸が跳ねた。
小川のそば。
倒木の陰。
泥で汚れた黄色い肩掛け。
小さな薬草籠。
八歳くらいの子どもが、膝を抱えて座り込んでいた。
顔は涙と泥で汚れている。
足首を押さえて、動けないようだった。
「……お母さん?」
子どもが小さく言った。
リオルは膝をつく。
「大丈夫。迎えに来たよ」
子どもは泣き出した。
安心したような、怖かったような、全部が混ざった泣き方だった。
リオルはどうしていいか分からず、少しおろおろした。
メルセナはすぐに指示を出す。
「足を確認してください。動かさずに。捜索隊は担架を」
「はい!」
「ミレイユさん、救護班へ連絡を」
「もう繋いでいます」
「よいです」
子どもの足首は腫れていたが、命に別状はなさそうだった。
リオルはようやく、肩の力を抜いた。
鳥たちは近くの枝にとまっている。
そのうち一羽が、赤い帽子の枝をつついた。
「それはもう見つけたから大丈夫」
リオルが言うと、鳥は首をかしげた。
メルセナがリオルの横に立つ。
「依頼目的は達成です」
「はい」
「ただし、鳥だけで解決したわけではありません」
「鳥が見つけてくれて、先生が整理して、捜索隊が来てくれました」
「正確です」
「僕は……」
「呼びました。頼みました。危険なら戻るよう伝えました」
「それも仕事ですか?」
「はい。十分に仕事です」
リオルは枝の上の鳥たちを見た。
胸の奥が、少し熱くなった。
七 餌と報酬
迷子の子どもは、救護班と捜索隊に保護された。
依頼者である家族が到着した時、子どもはまた泣いた。
今度は、さっきより安心した泣き方だった。
リオルは少し離れたところで、それを見ていた。
自分が助けた、という実感は薄い。
鳥たちが見つけた。
メルセナが情報を整理した。
捜索隊が保護した。
ミレイユが連絡した。
その中に、自分も少しだけいた。
それくらいの感覚だった。
「リオル」
メルセナに呼ばれ、リオルは振り向いた。
「鳥たちへの対応を」
「あ、はい」
リオルは鞄から小さな袋を取り出した。
中には穀物と木の実が入っている。
地面に少しずつ撒くと、鳥たちが集まってきた。
「ありがとう。助かったよ」
鳥たちは餌をついばむ。
リオルは一羽ずつ、怪我をしていないか確認した。
「怖いところに行かせてごめんね。大きいの、倒木だったね」
鳥は餌をついばみながら、返事のように鳴いた。
メルセナは、その様子を見ている。
「用意していたのですか」
「はい。来てくれた時に何もないと悪いので」
「いつも?」
「はい。呼ばなくても来ることがありますし」
「なるほど」
「変ですか?」
「変ではありません。かなり重要です」
「重要?」
「あなたは、呼ぶ前から関係を作っています」
リオルは餌を撒く手を止めた。
「餌をあげてるだけです」
「召喚対象から見れば、それは『だけ』ではありません」
メルセナは餌をついばむ鳥たちを見る。
「召喚は、術式だけでは成立しません。術式は道です。魔力は道を保つ力です。ですが、道の向こうにいる相手が歩いてきてくれるかは、別の問題です」
「鳥たちが歩いてきてくれた……飛んで、ですけど」
「はい。飛んできてくれました」
「僕が呼んだから」
「あなたに呼ばれてもよいと思っているからです」
リオルは鳥たちを見る。
どの鳥も、学校の評価表には載らない。
低位精霊を一体呼べるかどうかの実習にも出てこない。
けれど、この鳥たちは迷子を見つけてくれた。
「先生」
「はい」
「僕、召喚士に向いてるんでしょうか」
メルセナは即答しなかった。
それが少し怖かった。
やがて、彼女は言った。
「向いています。ただし、現時点では大きく偏っています」
「偏ってる」
「精霊召喚の基礎は未熟です。魔力量も多くありません。報告整理も未熟です」
「はい……」
「ですが、小さな生き物に応じてもらえる関係を作る力があります」
リオルは顔を上げた。
「それって、召喚士に必要なんですか?」
「非常に」
メルセナは淡々と言った。
「召喚士は、強いものを無理やり呼ぶ者ではありません。応じてくれる関係を作り、呼んだ相手が無理なく動ける形に整える者です」
鳥たちが餌をついばんでいる。
一羽がリオルの靴の近くまで来て、首をかしげた。
「でも、僕、報告で混乱しました」
「はい」
「鳥たちが一斉に戻ってきたら、何がどこなのか分からなくなりました」
「そこは課題です」
「やっぱり」
「今回、あなたができたことを整理します」
メルセナは指を一本立てた。
「一つ。鳥を十羽維持できました」
「そこからですか」
「そこからです。普通ではありません」
「でも、十羽が限界です」
「あなたの魔力量では、です」
「え?」
「今日見えた重要点は、十羽呼べたことではありません。十羽で止めなければならないほど、応じそうな鳥がいたことです」
リオルは少し困った顔をした。
「でも、みんな知ってる子たちです」
「だから呼べたのです」
「知ってるから?」
「はい」
メルセナは二本目の指を立てる。
「二つ。あなたは鳥に無理をさせませんでした。危険なら戻るよう指示しました」
「危ないところへ行かせたくなかったので」
「それも重要です」
三本目。
「三つ。情報を持ち帰らせることはできました」
「でも、整理はできませんでした」
「はい。報告経路は未熟です」
「一部だけ褒められてますね」
「一部です」
「残りは課題」
「はい」
リオルは小さく笑った。
全部褒められるより、少しだけ落ち着いた。
できたことがある。
できなかったこともある。
それが今日の結果だった。
八 学校評価と現場評価
ギルドへ戻る頃には、日が少し傾いていた。
依頼は無事に完了した。
迷子は保護され、依頼者から感謝の言葉も受けた。
ただし、リオルにとって一番印象に残ったのは、鳥たちの報告が散らかった瞬間だった。
赤い。
黄色。
水。
木。
怖い。
人。
あれだけでは、何も分からなかった。
けれど、並べれば場所になった。
組み合わせれば、地図になった。
ギルドに戻ると、ユナとセリオが待っていた。
学校側の引率確認で、ダリルと一緒に来ていたらしい。
ユナはリオルを見るなり、少し安心した顔をした。
「リオル、無事だった?」
「うん。迷子の子も見つかったよ」
「よかった」
ユナは本当にほっとしたようだった。
それから、少しだけ複雑そうにメルセナを見る。
「鳥を使ったんだって?」
「うん。十羽」
「十羽?」
ユナは目を丸くした。
セリオが横から言う。
「鳥を呼べたところで、召喚士としての評価が大きく変わるわけではない」
言い方はいつも通りだった。
けれど、昨日ほどの勢いはない。
メルセナがセリオを見る。
「現行の学校評価では、そうでしょう」
「……でしょう?」
「しかし、依頼は解決しました」
セリオは黙った。
メルセナは続ける。
「評価項目にない能力でも、現場では有効な場合があります」
ユナが小さく言った。
「学校って、そういうところが面倒ですね」
「制度は、全ての価値を拾えません」
メルセナは言った。
「だから制度が不要という意味ではありません。評価基準は必要です。ただし、評価基準に入らない能力が存在しないことにはなりません」
リオルは自分を指さした。
「僕、評価されてるんですか?」
「一部は」
「一部」
「残りは課題です」
「ですよね」
セリオは少しだけ眉を寄せた。
「鳥十羽が、そんなに珍しいのですか」
「珍しいです」
メルセナは即答した。
「ただし、珍しいことと、運用できることは別です」
「今日、運用できたのでは?」
「一部は。ですが、報告順を決めていなければ混乱しました。範囲指定が広ければ戻れなかった可能性があります。鳥が見たものを、人間が地図にできなければ捜索には使えません」
セリオは何か言いかけて、やめた。
反論する材料が見つからなかったらしい。
ユナはリオルを見る。
「リオル、すごかったじゃない」
「僕というか、鳥たちが」
「そういうところよね」
「え?」
「別に」
ユナは少し笑った。
リオルには、その意味が分からなかった。
メルセナには、たぶん分かっていた。
ただし、何も言わなかった。
九 空から見えるもの
鳥たちに最後の餌を渡し終えると、夕方の風がギルド前の広場を通った。
迷子の子どもは家族と一緒に帰っていった。
捜索隊も戻り、ミレイユは依頼完了の記録をまとめている。
リオルは、鳥たちが餌をついばむ様子を見ながら、ようやく肩の力を抜いた。
「鳥、役に立ちましたね」
「はい。有効でした」
メルセナは言った。
「ただし、鳥で全てを探せるわけではありません」
「上から見えない場所があるからですか?」
「はい。茂みの中、倒木の陰、屋根の下、洞穴の奥。上から見えないものには弱い」
リオルは森の方を見た。
今回は、赤い帽子と黄色い肩掛けが見えた。
もし見えなかったら。
もし子どもが洞穴の中にいたら。
もし木の根の下に隠れていたら。
鳥だけでは、見つけられなかったかもしれない。
「今回は、目印が見えたから」
「それが大きいです。目印がなければ、発見は遅れていたでしょう」
「じゃあ、鳥に頼む時は、見える目印が必要なんですね」
「必要です。もう一つ。長距離になるほど、報告地点がずれます」
「鳥が道を覚えられないからですか?」
「いいえ。鳥は鳥なりに覚えています。問題は、人間が目印だと思うものと、鳥が目印だと思うものが違うことです」
「違うんですか?」
「人間は小道、橋、看板、畑の境目を目印にします。鳥は高い木、光る屋根、水の曲がり方、餌場、巣に近い場所を目印にするかもしれません」
リオルは餌をついばむ鳥たちを見た。
同じ森を見ている。
でも、人間と鳥では、覚え方が違う。
「同じ場所を見てるのに、世界が違うんですね」
「はい。ですから、遠くを探す時は、事前にコースを指定する必要があります。どの道沿いを見るのか。どの川を越えないのか。どの丘を回ったら戻るのか」
「そうしないと、鳥が見てきた場所を僕たちが分からない」
「正確です」
リオルは少し考えた。
鳥は見ている。
でも、鳥の見たものを、人間が使える形にしなければならない。
赤い。
黄色。
水。
木。
怖い。
人。
それをそのまま受け取るだけでは、迷子は見つからない。
「鳥は見てる。でも、人間が使える情報にするには工夫がいる」
「今日のまとめとしては十分です」
「褒めました?」
「一部です」
「また一部」
リオルは苦笑した。
けれど、少し嬉しかった。
鳥たちは、空から迷子を見つけた。
けれど、空から見えるものが、世界のすべてではない。
リオルは、見つけることと伝えることの間にも距離があるのだと知った。
召喚は、呼べば終わりではない。
鳥を呼べた。
でも、報告は散らかった。
情報は集まった。
でも、使える形にしなければ迷子の場所にはならなかった。
それでも、今日は見つけられた。
リオルは鳥たちへ、もう一度小さく頭を下げた。
「ありがとう」
鳥たちは、返事の代わりに餌をついばんだ。
それで十分だった。
メルセナ先生の授業は、教室の床から、少しだけ外へ出た。
そしてリオルは、自分が思っていたよりも、召喚士という仕事が広いものなのだと知り始めていた。
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