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玉座の間へ
黒い扉が開いた。
重い音が、玉座区画の奥へ沈んでいく。
ロアンは、一歩だけ足を止めた。
ここまで来た。
排水路を抜けた。
外縁第三門を抜けた。
結界の要をずらした。
門を通らず、壁を抜けた。
追われながら、通れる道だけを選んできた。
そして今、扉の向こうに魔王がいる。
玉座の間は広かった。
天井は高い。
黒い柱が並んでいる。
壁には暗い炎が灯っている。
床には、古い魔法陣の線が薄く走っていた。
魔力の灯りは揺れていない。
それなのに、空気そのものが重い。
ロアンは一歩入った瞬間、ここまでのどの場所とも違うと分かった。
海の底の水圧。
森の迷い。
火山の熱。
高山から見下ろす空の目。
魔王城の結界。
そのどれとも違う。
目の前にいる者そのものが、場所を支配している。
玉座には座っていない。
黒い階段の下、玉座の前に立っている。
待っていた。
魔王。
ロアンはそう思っただけで、喉が少し乾いた。
ミルカは息を殺し、魔力の流れを見ている。
エナは胸元を押さえている。
ガルドは剣に手をかけたまま、珍しく何も言わない。
ロアンは思う。
ここまで来た。
でも、まだ終わっていない。
むしろ、ここからが一番危ない。
背後で、黒い扉が静かに閉じた。
逃げ道が閉じた音に聞こえた。
それでも、ロアンは下がらなかった。
名を聞こう
魔王は、四人を見た。
その視線だけで、体の奥が冷えた。
攻撃されているわけではない。
魔法を向けられているわけでもない。
ただ、見られている。
それだけで、息が浅くなる。
魔王はすぐには攻撃してこなかった。
ただ、問う。
「名を聞こう」
ロアンは少し息を整えた。
名。
名乗り。
一瞬、迷った。
勇者のような名乗りなど知らない。
騎士のような格式もない。
神殿の紋章もない。
名乗るべき称号もない。
だから、いつも通りに答えるしかなかった。
「ロアン」
隣で、ミルカが続いた。
「ミルカ」
エナが、少し遅れて言う。
「エナです」
ガルドが短く答えた。
「ガルド」
それだけだった。
玉座の間に、沈黙が落ちる。
魔王は黙っている。
何かを待っているように見えた。
ロアンは少し困った。
名乗った。
名前は言った。
他に何が必要なのか分からない。
やがて魔王が言う。
「それだけか」
ロアンは思わず聞き返した。
「他に何か必要ですか」
言ってから、少しだけまずかったかもしれないと思った。
相手は魔王である。
聞き返し方として正しいかは分からない。
ミルカが横で、ほんの少しだけ顔をしかめた。
けれど、ロアンには本当に分からなかった。
名前を聞かれたから、名前を言った。
それだけでは足りないらしい。
何が足りないのか。
勇者。
神託。
聖剣。
そういうものを、魔王は待っていたのだろうか。
だとしたら、なおさら困る。
そんなものはない。
所属
魔王が問う。
「所属は」
ロアンはミルカを見た。
ミルカが小さくうなずく。
ここは曖昧にしない方がいい。
ロアンは答えた。
「アークガルム王国第八傭兵団第三遊撃部隊、灰の一団です」
言い慣れてきたはずの名乗りなのに、玉座の間では妙に長く響いた。
最初に聞いた時も長いと思った。
今言っても、やはり長い。
ガルドなら途中で飽きるかもしれない。
そんなことを一瞬考えてしまい、ロアンは自分で少し驚いた。
まだ、そんなことを考えられる。
魔王の眉が、わずかに動いた。
「王国の兵か」
ロアンは首を振る。
「正式な兵ではありません。傭兵扱いです」
「傭兵が、魔王の前に立つか」
その言葉に、ロアンは返答に困った。
立ちたくて立っているわけではない。
できれば、ここまで来る前に誰かが何とかしてくれた方がよかった。
けれど、誰かだけでは足りなかった。
だから来た。
ロアンが答える前に、ガルドがぼそりと言った。
「危険手当は出るんだろうな」
ミルカが即座に小声で返す。
「今それ言う?」
ガルドは肩をすくめた。
「大事だろ」
「大事だけど、順番がある」
ロアンは少しだけ笑いそうになった。
怖い。
足は重い。
魔王は目の前にいる。
それでも、そのやり取りで呼吸が戻る。
自分たちは、まだ自分たちのままだ。
エナも少しだけ目を伏せた。
笑ったわけではない。
でも、張り詰めていた肩がほんの少しだけ下がった。
魔王は、そのやり取りを黙って見ていた。
威厳のある名乗りではない。
神聖さもない。
決戦に酔う熱もない。
ただ、長い旅の途中で何度も危ない橋を渡ってきた四人の、いつもの間がそこに残っていた。
ロアンにとっては、それがありがたかった。
条件照合
魔王は四人を観察した。
ロアンは、その視線が自分の剣、外套、手、顔、立ち位置を順に見ているのを感じる。
剣を見られる。
靴を見られる。
呼吸を見られる。
ミルカの杖を見られる。
エナの装束を見られる。
ガルドの構えを見られる。
ただ見られているだけなのに、身動きが重くなる。
魔王が言う。
「東の血筋ではない」
ロアンは答えた。
「西の村の出です」
東の血筋。
勇者候補の話で聞いたことはある。
けれど、自分には関係がない。
ロアンは本当にそう思っている。
魔王は続ける。
「中央神殿の神託は」
エナが首を横に振った。
「受けていません」
声は少し震えていた。
だが、嘘はない。
エナは神託など受けていない。
田舎神殿にいた。
掃除をして、祈って、怪我人を治していた。
そこでロアンたちと出会った。
それだけだ。
魔王がさらに問う。
「聖剣は」
ロアンは腰の剣を見る。
「これですか?」
魔王は答えない。
ロアンは正直に言った。
「もらいものです」
少しだけ、あの鍛冶場の熱を思い出す。
疲れ切った鍛冶師。
その妻。
炉の赤。
受け取った時の重さ。
大事な剣ではある。
旅の間、ずっと使ってきた。
何度も助けられた。
だが、聖剣ではない。
少なくとも、ロアンはそう思っている。
魔王が問う。
「誰から」
「鍛冶屋さんから」
「聖都の鍛冶師か」
「いえ。田舎町の」
ガルドが少しだけ剣を見る。
あの剣を初めて見た時のことを思い出しているのかもしれない。
ミルカは無言だった。
魔王は次を問う。
「聖痕は」
四人は顔を見合わせた。
ロアンは一瞬、幼い頃の火傷を思い出しかける。
だが、すぐに違うと思った。
あれは、スライムに焼かれた跡だ。
聖なるものではない。
ただの失敗の痕である。
ミルカが少し困ったように答えた。
「そういうのは、ありません」
「神殿の認定は」
「ありません」
「天空要塞は」
ガルドが短く言う。
「通ってない」
ミルカが補足した。
「遠回りしました」
「攻略していないのか」
「してません」
「なぜ」
ミルカは一瞬、答えに迷った。
それから、当然のように言う。
「行く理由がなかったので」
玉座の間が静まった。
ロアンは、魔王が何を確認しているのか、少しずつ分かってきた気がした。
魔王は、勇者を探している。
勇者の条件を探している。
血筋。
神託。
聖剣。
聖痕。
天空要塞攻略。
神殿認定。
けれど、自分たちにはそのどれもない。
ないものを聞かれても、ないと答えるしかない。
貴様らは何者だ
魔王は、言葉を選ぶように問う。
「貴様らは、何者だ」
ロアンは、少し困った。
さっき答えた気がする。
名前も言った。
所属も言った。
それでも、魔王はまだ納得していない。
ロアンはもう一度答えた。
「アークガルム王国第八傭兵団第三遊撃部隊、灰の一団です」
魔王の目は動かない。
ロアンにとっては、それが一番正確な答えだった。
ロアン。
ミルカ。
エナ。
ガルド。
灰の一団。
傭兵扱い。
遊撃部隊。
それ以上の名乗りを持っていない。
だが、魔王が聞きたいのは、そういうことではないらしい。
ミルカは内心で思う。
この確認に何の意味があるのだろう。
もちろん、魔王にとっては意味があるのだろう。
だが、自分たちが勇者でないことは、自分たちが一番よく知っている。
エナは、魔王が何かを探しているように感じた。
けれど、探されているものは自分たちの中にはない。
ガルドは単純に思う。
違うものを違うと答えているだけなのに、なぜ話が終わらないのか。
ロアンは魔王を見上げた。
この人は、ずっと勇者を探していたのかもしれない。
そのために、血筋を見て、神託を見て、聖剣を見て、天空要塞を見ていたのかもしれない。
でも、自分たちは違う。
勇者ではない。
そんなこと、聞かなくても分かりそうなのに。
魔王はまだ、ロアンたちを見ていた。
名前では足りない。
所属では足りない。
では、何を答えればいいのか。
ロアンには、まだ分からなかった。
誰が結んだ
魔王は問う。
「誰に命じられた」
ロアンは少し考えた。
命じられた。
その言葉は、しっくり来なかった。
たしかに依頼は受けた。
密書も運んだ。
通行手形ももらった。
各国軍とも動いた。
アークガルム王国の名も使った。
けれど、誰か一人に命じられてここまで来たわけではない。
「いろんな人に頼まれました」
魔王の目が細くなる。
「誰の軍だ」
「軍じゃありません」
「どの国の密使だ」
ロアンは困った。
「たぶん、いろんな国に手紙は運びました」
ミルカが少しだけ警戒する。
話しすぎるな、と目で言っている。
ロアンもそれは分かっている。
だが、ここで嘘をついても仕方がない気がした。
魔王が問う。
「貴様が各国を結んだのか」
ロアンはすぐには答えなかった。
各国を結んだ。
そんな大きなことを、自分がしたとは思えない。
自分がやったのは、もっと小さいことだ。
走った。
運んだ。
聞いた。
渡した。
戻った。
また進んだ。
ロアンは首を振った。
「俺たちだけじゃありません」
魔王は黙って聞いている。
「通してくれた人がいた。手紙を預けた人がいた。道を教えてくれた人がいた。兵を動かした人がいた。港を開けた人がいた。森の抜け方を教えてくれた人がいた。水路の話をした人がいた」
言葉は、きれいには並ばない。
軍議の報告ではない。
作戦書でもない。
ただ、旅の中で積み重なったものを、一つずつ拾っているだけだった。
「俺たちは、その間を走っただけです」
魔王は低く問う。
「貴様は、各国を動かしたのか」
ロアンはもう一度、首を振った。
「動かしたのは、その国の人たちです」
「では、貴様は何をした」
「頼まれたものを届けました」
「それだけで、国が動くか」
「俺だけなら、動かないと思います」
ロアンは、少しだけミルカたちを見た。
「でも、俺たちだけじゃなかったので」
それは、ロアンにとって事実だった。
自分たちがすべてを動かしたわけではない。
むしろ、自分たちだけでは何もできなかった。
海では、海を知る人たちがいた。
森では、歌を覚えていた人たちがいた。
火山では、水番と職人たちがいた。
山では、道を知る猟師がいた。
魔王城では、逃げ延びた作業員の言葉と、押収された記録があった。
自分たちは、受け取って、つないで、進んだ。
それだけだ。
勇者ではない
魔王が言う。
「貴様は勇者ではない」
ロアンはすぐに答えた。
「そうですね」
あまりにも自然に答えたので、玉座の間の空気が少し変わった。
ミルカも否定しない。
エナも否定しない。
ガルドも首をかしげるだけである。
当たり前のことを言われた。
四人には、そう聞こえた。
魔王が問う。
「ならば、なぜここにいる」
ロアンは答えた。
「止めないといけないから」
「誰を」
「あなたを」
玉座の間の炎が、大きく揺れた。
それが魔王の怒りなのか、魔力の動きなのか、ロアンには分からない。
魔王は静かに言う。
「勇者でもない者が、魔王を止めると」
ロアンは少し困った。
また、その話に戻るのかと思った。
勇者かどうか。
条件があるかどうか。
そんなことは、ここまでの道ではあまり役に立たなかった。
ロアンは言う。
「勇者じゃないと、だめですか」
その問いは挑発ではない。
本気で分からない。
困っている人がいる。
魔王軍が攻めてくる。
拠点がある。
道が塞がれている。
誰かが行かないといけない。
自分たちが行けるところまで来た。
なら、進む。
そこに、勇者である必要があるのか。
ロアンには、そこが分からない。
魔王は何も言わない。
ロアンは続ける。
「俺たちは勇者じゃありません。でも、ここまで来ました」
言ってから、まだ何か足りないと思った。
なぜ来たのか。
どうして下がらないのか。
それは、ひとことで言えるものではない。
でも、今はまだそれでよかった。
ここまで来た。
それだけは確かだった。
四人
魔王は、ロアンたちを見ている。
その視線が、さっきまでと少し変わった気がした。
条件を探す目ではない。
戦う相手を見る目だ。
ロアンはぞっとする。
勇者かどうかを聞かれていた時より、今の方が怖い。
魔王がこちらを分類しようとしている間は、まだ会話だった。
今は違う。
どこから壊すかを見ている。
ロアンは小さく息を吸う。
散らない。
離れすぎない。
いつも通り。
それしかない。
ミルカは魔王の魔力を見ていた。
量が違う。
質が違う。
城そのものとつながっているようにも見える。
まともにぶつかれば押し潰される。
だが、全部が完全なわけではない。
魔王にも呼吸がある。
魔力の流れにも癖がある。
隙とは呼べないほど小さいが、何もないわけではない。
ミルカは思う。
怖い。
でも、怖いからこそ、見なければならない。
エナは、玉座の間に入った時から、ずっと嫌な感じに包まれている。
魔王の殺気が動く前に、胸が痛む。
次に何かが来る。
どこから来るかは分からない。
でも、来ることだけは分かる。
逃げたい。
けれど、逃げた方がいい感じではない。
まだ帰れる。
たぶん、まだ帰れる。
そう思いたくて、エナは息を整える。
ガルドは魔王を見ていた。
強い。
それだけは分かる。
どこを斬ればいいのか、すぐには見えない。
これまでの相手なら、構えや重心で分かった。
だが魔王は、立っているだけで間合いが曖昧になる。
それでもガルドは剣に手を置く。
分からないなら、一太刀目で知るしかない。
ただし、勝手には動かない。
ロアンがまだ動くなと言っているからだ。
四人とも怖い。
だが、逃げない。
逃げない理由は、勇者だからではない。
ここまで来たからだ。
条件がない
魔王は言う。
「貴様らには、条件がない」
ロアンは答えに詰まった。
条件。
またその言葉だ。
ミルカが横から言う。
「条件がないなら、帰っていいですか」
ロアンが小声で言う。
「ミルカ」
ミルカは魔王を見たまま続けた。
「冗談です。半分くらい」
ガルドが言う。
「半分は本気なのか」
「当然でしょ」
エナが小さく言う。
「帰れるなら帰りたいです」
その言葉は、玉座の間にはあまりにも普通だった。
勇者なら言わないかもしれない。
選ばれた英雄なら、もっと格好のいいことを言うのかもしれない。
だが、灰の一団はそうではない。
帰れるなら帰りたい。
けれど、帰れないからここにいる。
逃げたい。
けれど、逃げない。
それだけである。
魔王は四人を見ている。
ロアンは、その視線から逃げずに言った。
「条件は分かりません。でも、ここまで来ました」
魔王の魔力が、玉座の間に少しずつ満ち始める。
黒い炎が大きく揺れる。
柱の影が床を伸びる。
ミルカが杖を握った。
エナが息を飲んだ。
ガルドが半歩前へ出た。
魔王は静かに言う。
「灰の一団」
ロアンは頷く。
「はい」
「勇者ではない」
「はい」
「だが、魔王を止めに来た」
「はい」
「ならば」
魔王の声が、玉座の間に重く落ちた。
「貴様らの名乗りだけでは足りぬ」
ロアンの手が、剣の柄へかかる。
ミルカが杖を握る。
エナが小さく息を吸う。
ガルドが半歩前へ出る。
魔王は言った。
「証明してみせろ。条件なき者たちよ」
いつも通り
玉座の間に、魔力が満ちていく。
床の古い魔法陣が、ゆっくりと浮かび上がる。
黒い線。
赤い光。
低い振動。
魔王の力は、近づいただけで肌を焼くようだった。
エナが小さく息を呑む。
ミルカが額に汗をにじませる。
ガルドは笑っていない。
ロアンは、三人を見た。
「散らない。離れすぎない。いつも通りで」
ミルカが顔をしかめる。
「いつも通りで魔王と戦うの、だいぶおかしいから」
ガルドが言う。
「でも、それ以外にできることもないだろ」
エナが、震えながらもうなずいた。
「大丈夫。たぶん、まだ帰れます」
ロアンは小さく笑った。
「じゃあ、帰ろう」
その言葉に、ミルカが一瞬だけ息を吐いた。
ガルドが剣を構える。
エナが手を胸の前で組む。
ロアンが剣を抜く。
その剣は、聖剣ではない。
少なくとも、ロアンはそう思っている。
田舎町の鍛冶屋から受け取った、使い込まれた剣である。
それでも、彼の手にはよく馴染んでいた。
魔王は、その剣を見た。
ロアンは剣を握り直す。
神託はない。
だが、ここまで運んできた言葉はある。
聖痕はない。
だが、傷はある。
勇者の旗はない。
だが、背後にはいくつもの道がある。
誰かが道を教えてくれた。
誰かが手紙を預けてくれた。
誰かが通してくれた。
誰かが記録を残してくれた。
誰かが待っていてくれた。
ロアンは勇者ではない。
ミルカも、エナも、ガルドも、勇者の仲間だと思ってここに立っているわけではない。
けれど、四人はここにいる。
玉座の前に。
魔王の前に。
魔王は右手を上げた。
玉座の間の魔法陣が、完全に開く。
黒い炎が揺れた。
ロアンたちは構える。
まだ、戦いは始まってすらいない。
それでも、この一瞬で分かった。
魔王は倒れない。
簡単には止まらない。
それでも、ここで下がれば何も終わらない。
ロアンは息を吸う。
怖い。
でも、怖いまま進む。
いつも通りに。
勇者ではない者たち
ロアンたちは、勇者ではなかった。
少なくとも、自分たちではそう思っていなかった。
聖剣はなかった。
ロアンの剣は、もらいものだった。
中央神殿の神託はなかった。
エナは田舎神殿の見習いだった。
聖痕はなかった。
傷ならあった。
火傷も、切り傷も、旅で増えた痣もあった。
けれど、それを神に選ばれた印だと思ったことはなかった。
天空要塞も攻略していない。
遠回りした。
落とす理由がなかったからだ。
魔王は条件を探していた。
ロアンたちは、その条件を持っていなかった。
だから、魔王の問いは少し変に聞こえた。
貴様は何者だ。
ロアンたちにとって、答えは難しくなかった。
アークガルム王国第八傭兵団第三遊撃部隊、灰の一団。
それが一番正確な答えだった。
けれど、魔王が聞きたかったのは、そういうことではなかったのだろう。
ロアンたちは勇者ではない。
ただ、ここまで来た。
誰かに道を教わり。
誰かに手紙を託され。
誰かに通してもらい。
誰かに背中を押され。
仲間と足りないところを補いながら。
ここまで来た。
だから、玉座の前に立っていた。
魔王軍の記録は、最後まで彼らを勇者一行と断定できなかった。
条件がなかったからである。
だが、条件がない者たちは、条件を満たした勇者と同じ場所に立っていた。
魔王は問うた。
「貴様は何者だ」
ロアンは、勇者とは答えなかった。
その答えを知る前に、戦いが始まろうとしていた。
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