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湖へ戻る
三人が湖へ戻ると、光の精霊王は先ほどより高い位置へ浮かんでいた。
四枚の翼が白く広がっている。
湖面から細い光が立ち上がり、翼へ吸い込まれていた。
水だけではない。隆起した岩。焼けた草木。地面に残った光の跡。
周囲に散らばる原光が、絶えず光の精霊王へ集まり続けている。
湖岸の形も、離れる前とは少し変わっていた。
白い光を受けた場所が盛り上がり、別の場所は水に沈んでいる。
さっき足場に使った岩も半分が崩れていた。
同じ場所へ戻ってきても、同じ地形では戦えない。
「まだ強くなってる」
シアが言った。
「少なくとも、弱くはなっていません」
ネアが答える。
先ほどより身体が大きくなったとは言えない。
翼の大きさも、目に見えて変化してはいない。
それでも、光の精霊王から感じる圧力は下がっていなかった。
「予定通りだ。絶光で正面をずらす。極炎で抜ける。追い回さない」
セトが確認する。
「分霊核は進路補助だ」
セトが続ける。
「はい。黒は偏向の補助へ回します」
三人の視線がそろって光の精霊王へ向く。
光の精霊王が腕を上げた。
その先へ白い光が集まり始める。
先ほど湖岸を貫いたものより太い。
「来るぞ」
セトが足を止める。
「ここで変わる」
シアが前へ出た。
「わたしもです」
ネアも並ぶ。
二人の身体が、赤と黒の光へ変わった。
二本の精霊剣
赤い光がセトの右手へ集まる。
炎を内側へ抱えた剣となり、周囲の空気を揺らした。
極炎。
黒い光は左手へ収束する。
光を反さない黒い刀身が形作られ、その周囲から原光が薄く抜け落ちていく。
絶光。
二本を握った瞬間、強い力がセトの身体へ流れ込んだ。
極炎から来る力が、脚、背中、肩を押し上げる。
絶光からは、周囲を流れる原光の向きが伝わってくる。
二人の感覚が左右から重なった。
同じものにはならない。
赤い流れと黒い流れは別々のまま、セトの身体を通っている。
二個の赤い分霊核と、二個の黒い分霊核もセトの周囲へ移動した。
四個の核が互いに重ならない位置へ広がる。
『正面は私が見ます』
ネアの声が絶光から伝わる。
『近づくのは私がやる』
極炎からシアの声が続いた。
「黒は全部止めようとするな」
『はい。通る場所だけ作ります』
「赤も追跡には使わない。一回ずつだ」
『分かってる』
セトは二本を構えた。
右手は突破。
左手は偏向。
四個の核は、そのどちらにも足りない部分を補う。
光の精霊王には、自由に飛ぶ四枚の翼がある。
こちらには、それぞれ別の役割を持つ二本の剣がある。
同じことをしようとは考えない。
セトは右手と左手へ入ってくる感覚を意識して分けた。
極炎は前へ出たがるように力を押し、絶光は周囲の流れを細かく伝えてくる。
両方を一つにまとめるのではなく、別々のまま使う。
それが二本を同時に持つ時の前提だった。
「行くぞ」
最初の光
光が放たれた。
直線だった。
湖の上を白く塗り潰しながら、岸へ伸びてくる。
『少し上です』
ネアの声に合わせ、セトは絶光を斜めに振り上げた。
黒い刀身が収束光の下側へ触れる。
正面から受け止めない。
流れの一部を奪い、上へ曲げる。
白い光が絶光の刀身に沿って方向を変えた。
空へ逸れた光が雲を切り、遠くで細く散る。
すべては曲がらない。
絶光の届かなかった外側が無数の細い光へ分かれた。
黒い分霊核が動く。
一個が左から来る光の流れへ干渉し、もう一個がセトの足元に届く光を外へ流した。
完全には消せない。
だが、人一人が抜けるだけの隙間はできる。
『今!』
極炎から力が流れ込む。
セトは地面を蹴った。
足元で炎が弾ける。
白い光の隙間を抜け、一気に湖へ向かう。
正面を押し返す必要はない。
絶光で幅を作り、極炎でその中を進む。
谷で決めた通りの形だった。
光の端がセトの肩をかすめる。
絶光がもう一度だけ流れを外へ逃がす。
最初の一撃は抜けた。
絶光が作った隙間は広くない。
セトが通った直後には、外へ流した光が後ろで再び重なり始めている。
立ち止まれば囲まれる。
広げすぎれば絶光の負担が増える。
必要なのは防壁ではなく、極炎が抜ける一瞬だけの通路だった。
問題は、その先だった。
追わない
光の精霊王が上昇した。
翼は羽ばたかない。
セトが距離を詰めるより早く、白い人影が斜め上へ滑っていく。
『右上に出る!』
シアが移動先を読む。
赤い分霊核の一個が動きかけた。
「追わない」
セトは極炎の加速を切った。
『え?』
「決めただろ」
そのまま岸側へ着地する。
光の精霊王はさらに高く移動し、こちらを追わなかった。
『……追ってたら?』
シアが尋ねる。
「一回は曲がれた。でも、次にまた向きを変えられたら終わりだ」
『自由飛行の相手へ、加速だけで追従するのは難しいですね』
ネアが答える。
極炎の加速そのものは速い。
だが、速く進めることと、好きな方向へ連続で移動できることは別だった。
「予定通りにやって、ここまでだ」
セトは光の精霊王を見上げる。
絶光で道は作れた。
極炎で接近もできた。
それでも、相手が一度上へ外れただけで剣の間合いから消える。
『じゃあ、どうする?』
シアが聞く。
「追うんじゃない。向こうが外れる前に、一回だけ曲がる」
『先に核を置く?』
「ああ」
最初の接近で、失敗ではなく限界が一つ分かった。
しかも、こちらが止まれば光の精霊王も追ってこない。
無理に追跡を続けなければ、いったん距離を取り直す余地はある。
それは谷で決めた通りだった。
だからこそ、追いつけない事実を無視して同じ形を繰り返す理由はなかった。
一度だけ曲がる
赤い分霊核の一個が、湖の右上へ大きく回り込んだ。
もう一個はセトの近くへ残る。
『あそこまでなら届く』
シアが言う。
「一回だけ使う。二回目は追わない」
『了解』
光の精霊王が腕を向ける。
細い光が三本に分かれて走った。
『二本を曲げます』
絶光を振る。
一本目を外へ。
二本目を湖面へ。
残った一本へ極炎を合わせる。
赤い刀身と白い光がぶつかった。
極炎を覆う炎が削られ、白く消えていく。
『押し切れる!』
シアの声に合わせ、セトは右腕を押し込んだ。
極炎が一瞬だけ強く燃える。
白い光が左右へ割れ、その間を抜けた。
光の精霊王が横へ滑る。
『今!』
右上へ置いていた赤い分霊核が炎を放つ。
セトはその放出へ極炎の加速を重ねた。
直進していた身体が、一度だけ右上へ折れる。
自由に曲がったわけではない。
先に置いた射点へ、進路を一回つなぎ直しただけだ。
赤い核を今から相手へ追わせるのでは遅い。
光の精霊王が動く前に置き、そこへ来た瞬間だけ炎を出す。
外れれば、その核は次の曲がり角にはならない。
使えるのは、読みが当たった一回だけだった。
その代わり、当たりさえすれば自由飛行の相手にも一度だけ先回りできる。
追従するのではなく、相手が来る場所へ先に射点を置く。
同じ速さを得られなくても、間合いへ入る方法は残っていた。
光の精霊王がさらに上へ逃げようとする。
だが、その前に剣の間合いへ入った。
「届いた」
セトは極炎を振り下ろした。
白い膜
四枚の翼が同時に開いた。
翼の表面を流れていた白い光が、人型の前へ集まる。
次の瞬間、薄い膜が現れた。
極炎が膜へ食い込む。
炎が広がり、白い膜の中央へ赤い亀裂が走った。
「翼からか?」
『分かりません。ただ、翼の流れが動いた直後です』
ネアが答える。
『考えるのは後! 今は割る!』
シアの声が重なる。
「通せ!」
『分かってる!』
極炎からさらに力が流れ込む。
白い膜の亀裂が広がる。
セトの右腕が押し込まれ、膜が二つに裂けた。
切っ先が、その向こうの人影へ届く。
だが触れる直前、光の精霊王が横へ移動した。
極炎は肩に近い部分を浅く切る。
白い輪郭が崩れ、人の形を作っていた光が湖面へ散った。
『浅い!』
「ああ」
散った光が消えない。
いくつもの粒へ分かれ、そのまま四枚の翼へ引かれていく。
傷の周囲へ新しい白い光が集まり、崩れた輪郭を埋め始めた。
『離れてください!』
ネアの声が鋭くなる。
四枚の翼が、今度は外側へ大きく開いた。
白い膜は人型の全身を常に包んでいたわけではない。
極炎が届く直前に現れ、攻撃を受けた場所へ力が集まっていた。
翼が防御そのものなのか、翼を通る流れを別の形へ回しただけなのかは分からない。
ただ、何もないところから突然硬くなったわけではない。
防御にも流れがあり、その前後ならセトにも見えた。
最初の亀裂
近距離から光が放たれた。
避ける距離はない。
セトは絶光を前へ出し、極炎を横から重ねた。
絶光が中央の流れを左右へ分ける。
分かれた光を、極炎の火力で押し返す。
完全に止めたわけではない。
身体の正面だけを空け、残りを左右へ捨てる。
それでも衝撃は重かった。
セトの身体が後方へ飛ばされる。
湖面すれすれを通り、岸へ向かって落ちた。
極炎を下へ向ける。
炎を噴き出し、落下の勢いを殺す。
足が地面へ着いた瞬間、右手から細い音がした。
「ヒビが」
極炎の刀身に一本の亀裂が入っている。
『問題ない。直す!』
赤い分霊核が一個、極炎へ近づく。
核に蓄えられた力が刀身へ流れ込み、亀裂の周囲を炎が包んだ。
割れた形が内側からつながっていく。
傷は塞がった。
だが、核の赤い光は明らかに弱くなった。
「核だけで直した?」
『違う。私の力も使ってる』
シアが答え、ネアが続ける。
『分霊核は補助です。極炎そのものを形作っているのはシアです』
ネアの説明を聞きながら、セトは修復した場所を見る。
傷は消えている。
消耗まで戻ったわけではなかった。
修復された刀身は元と同じ形に見える。
だが、その形を保つために流れている赤い力は、戦闘開始時よりわずかに細い。
見た目だけを見れば無傷でも、次に同じ衝撃を受けた時の余裕まで元へ戻ったわけではない。
セトには、その差が分かり始めていた。
減った射点
修復を終えた赤い分霊核は、すぐには元の位置へ戻らなかった。
極炎の近くで光が安定するのを待っている。
「今、右へ置ける赤は一個だけか」
『うん。もう一個も動かせるけど、さっきほど出せない』
シアが答える。
「じゃあ一個でいい」
亀裂を直せたから元通り、ではない。
核を修復へ回した分だけ、別の場所から炎を出す余裕が失われている。
『黒も同じです』
ネアが続ける。
『絶光が大きく損傷すれば、黒い分霊核を修復へ回す必要があります。その間は偏向の補助が減ります』
「攻撃を受けるたび、残りの手が減るのか」
『そうなります』
セトは四個の核を見る。
最初は四つの独立した射点だった。
今は一つが修復直後で出力を落としている。
最初なら左右どちらへ光が回っても、赤と黒の核を別々に置いて対応できた。
今は一つを動かせば、別の場所が空く。
修復に使った力は単なる残量ではなく、選べる位置取りの数まで減らしていた。
「次は正面から受けない」
『それがいい』
「近づく前に、戻ってる方も見る」
『回収の流れですね』
「ああ。こっちだけ減って、向こうだけ戻るなら長くはやれない」
光の精霊王が再び散乱光を放つ。
セトは絶光を傾けた。
今度は受け止めるのではなく、必要な幅だけを外へ流す。
空いた道へ、極炎の炎が伸びた。
戻っていく光
絶光で一部を曲げ、極炎の加速で隙間を抜ける。
セトの後方で細い光が岩を貫いた。
崩れた岩の周囲へ白い粒子が広がる。
粒子はその場に残らない。
弧を描き、四枚の翼へ戻っていった。
『やはり回収しています』
ネアが言う。
「こっちが弾いた分もか」
『すべてではありません。しかし、消えずに残ったものは戻っています』
極炎で押し返した光。
絶光で曲げた光。
地面へ当たり、岩や水を変化させた光。
使われた力の一部が周囲へ残り、それを翼が拾っている。
『こっちの炎まで吸われてる?』
シアが尋ねる。
『シアの火そのものを回収しているようには見えません。戻っているのは、主に相手が放った原光です』
ネアは流れを追いながら答えた。
こちらが弾いたからといって、相手の消耗になるとは限らない。
攻撃を外へ流しただけなら、その一部はまた翼へ戻る。
対して極炎と絶光が失った力は、そのままシアとネアの消耗になる。
もちろん、光の精霊王が放った分のすべてが戻っているわけではない。
地形を変えた分、遠くへ散った分、絶光で消した分は失われている。
それでも、こちらが使った力には同じ回収がない。
少しずつでも戻る側と、使うたび減る側では、時間が延びるほど差が広がる。
「弾くだけじゃ駄目だ」
『戻る流れを止めますか』
「ああ。一部でいい。近づく間だけ切る」
セトは四翼そのものではなく、そこへ向かって集まる無数の細い流れを見た。
広く切れない
絶光を低く構える。
光の精霊王へ直接向けるのではない。
四枚の翼へ集まる原光の流れを狙う。
『少し広く消します』
ネアの声と同時に、黒い分霊核が左右へ開いた。
湖面から上がる流れ。
岩場から伸びる流れ。
その間へ絶光を振り抜く。
原光が薄くなる。
白い翼の片側が、一瞬だけ暗くなった。
「今だ!」
セトが極炎へ力を込める。
だが、足元の炎がいつもより弱い。
『待って、こっちも薄い!』
シアが叫んだ。
極炎が周囲から使える原光まで減っている。
セトは踏み込みを止めた。
「広すぎる」
『はい。相手だけを切り離すつもりでも、その空白を通るこちらも影響を受けます』
ネアが絶光の範囲を戻す。
「全部切るのはなしだ」
『細くします』
「俺たちが通る場所は残せる?」
『一本の線なら』
広く消せば、光の精霊王への供給は弱まる。
だが同時に、極炎が加速と突破へ使う力も減る。
絶光一つで相手だけを無力化することはできない。
『じゃあ、相手に戻るところだけ切る』
シアの言葉に、ネアが答えた。
『正確には、その一部だけです』
完全に止めるのではない。
数秒だけ、片側を細く断つ。
次の一撃に必要なのは、それで十分だった。
ネアは黒い核の位置を狭める。
先ほどのように面で原光を薄くするのではなく、戻る流れへ細い切れ目を作る配置へ変えた。
相手を弱らせ続けるためではない。
極炎が膜へ届く数秒だけ、相手の回復と防御へ入る量を落とすための使い方だった。
細い道
黒い分霊核が左右へ離れる。
一個が湖面から上がる流れを少しだけ外へ曲げる。
もう一個が岩場から伸びる流れを弱めた。
『ここです』
ネアの声に合わせ、セトが絶光を振る。
今度は広く消さない。
光の精霊王の右側へ集まる流れだけを、細い線状に断った。
白い翼の片側がわずかに暗くなる。
同時に、セトの足元には原光が残っている。
『今なら行ける!』
二個の赤い分霊核が極炎へ力を送る。
一個は出力が落ちている。
それでも二つを同じ場所へ重ねれば、一度の加速には使える。
極炎が赤く燃え上がった。
セトは光の薄い線の内側へ踏み込む。
炎が背後へ伸びた。
光の精霊王が上へ逃げる。
右側の赤い分霊核が一度だけ炎を放つ。
セトの進路が斜め上へ折れた。
そこで二度目の追跡はしない。
相手がさらに外れる前に間合いへ入る。
四枚の翼が動く。
白い膜が人型の前へ現れた。
『片側の流れが弱いです』
ネアが言う。
「なら、そこを通す」
セトは極炎を正面へ突き出した。
細く切った場所の外側では、白い流れがまだ翼へ集まり続けている。
完全な遮断ではない。
だから光の精霊王も動ける。
それでも、全方向から均等に満たされていた時とは違う。
狙うのは弱った瞬間ではなく、流れに偏りができた瞬間だった。
偏りが消えれば、そこで追撃は切る。
細い道を長く維持しようとすれば、結局は絶光と黒い核の消耗が増える。
ここでも必要なのは、勝つまで続く道ではなく、一撃分だけの道だった。
届いた一撃
極炎が白い膜へ突き刺さる。
先ほどより抵抗が軽い。
片側の翼へ入る流れを削った分、膜全体へ回る力が少ない。
「極炎!」
『行け!』
セトとシアの力が一瞬だけ重なる。
赤い刀身が膜を割り、そのまま内側へ入った。
今度は光の精霊王が逃げる前に懐へ入る。
極炎を横へ振る。
白い人影の胴へ、赤い斬撃が通った。
上半身と下半身をつなぐ光が大きく崩れる。
四枚の翼が乱れ、光の精霊王が初めて大きく傾いた。
『効いた!』
シアが叫ぶ。
「まだだ」
セトには、崩れた人影の内側に強い白い流れが残っているのが見えた。
形を切った。
だが、流れの中心まで断ち切ったわけではない。
絶光で切った右側の線へ、別方向から原光が回り込む。
湖面側を避け、上と左から翼へ流れ込んだ。
『さっき切った場所を通っていません』
「迂回した?」
『はい。一本の供給路ではありません』
傷へ白い光が集まり始める。
胴を大きく崩した一撃さえ、四翼が周囲全体から原光を集め直せば埋められていく。
しかも、切られた人型が先に直るわけではない。
翼へ集まった流れが全体を巡り、その一部が傷へ回っている。
人型の傷だけを増やしても、周囲とのつながりが残っている限り決定打になりにくい。
少なくとも今の一撃で、それだけははっきりした。
『回復が早すぎます』
「一回切っただけじゃ止まらないな」
『来ます!』
白い人影が傾いたまま、四枚の翼を大きく開いた。
二本目の亀裂
光の精霊王から全方向へ光が広がった。
収束していない。
近距離から周囲すべてを押し流す散乱光だった。
セトは絶光を振る。
一方向へ流すだけでは足りない。
右へ。
左へ。
上へ。
黒い刀身を連続で動かし、光の流れを細かく分ける。
極炎の加速でその間を抜けようとするが、光の範囲が広すぎた。
一筋が正面へ残る。
絶光を返して受ける。
白い光が黒い刀身の中央へ衝突した。
左腕へ重い衝撃が走る。
絶光の表面に細い白い線が生まれ、刀身の中央から鍔の近くまで伸びた。
『割れました』
「直せるか」
『直します』
二個の黒い分霊核が絶光へ近づく。
周囲から原光を奪い、刀身の欠けた形を作り直す。
白い亀裂が黒く塗り潰されていった。
修復はできた。
だが、二個の黒い核はそろって光を弱めている。
「黒の補助は?」
『先ほどまでと同じには使えません』
「赤も一個落ちてる」
『うん』
四個あった別射点のうち、三個がすでに修復へ力を使っている。
剣は直っている。
戦い方は、最初より狭くなっていた。
黒い核を二つとも絶光の近くへ寄せた今、横から回り込む光へ別射点から触れる余裕はない。
次に散乱光を受ければ、セト自身が剣を動かして処理する割合が増える。
修復に成功するたび、次の防御が難しくなっていく。
しかも、最初の極炎より絶光の修復には少し時間がかかった。
同じ亀裂でも二度目の方が遅い。
核の残量が減った影響なのか、ネア自身の消耗なのかは切り分けられない。
ただ、次も同じ速さで直せる保証はなかった。
役割を入れ替える
「一回、逆を試す」
セトが二本を構え直す。
『逆?』
シアが聞き返す。
「極炎で正面を押す。絶光を攻撃側へ回す」
『できますが、長くは持ちません』
ネアが答える。
「一回だけだ」
光が来る。
今度は極炎を正面へ向ける。
赤い炎が白い流れへぶつかり、力任せに左右へ押し広げた。
『重い!』
シアの声と同時に、極炎の炎が急速に削られる。
突破へ使う時より消耗が大きい。
その隙間からセトは絶光を伸ばした。
黒い刀身が光の精霊王の白い膜へ触れる。
膜を構成する原光が抜ける。
一部は消える。
だが、極炎のように押し裂いて奥へ届く勢いはない。
膜の一角を薄くしたところで、反対側から白い光が流れ込んだ。
『切り崩す速度より、戻る方が早いです』
「やっぱり役割は逆にしない方がいいな」
セトは絶光を引き、極炎を正面から外す。
シアが大きく息を吐くような気配が伝わった。
『極炎は道を開けて突っ込む方がいい』
『絶光は流れを制御する方が効率的です』
二本あるから何でもできるわけではない。
極炎には極炎の役割があり、絶光には絶光の役割がある。
役割を入れ替えても、光の精霊王との差は埋まらなかった。
絶光は原光を奪えるが、触れた瞬間に相手の全身を消せるわけではない。
極炎は押し切れるが、正面から受け続ければその火力を防御へ使い潰す。
二本は互いの代わりではなく、違う仕事を同時に成立させるから強い。
その組み合わせでも届ききらないことが、今の問題だった。
見えているもの
セトには、以前より深く精霊力の流れが見えていた。
極炎の中を流れる赤い力。
絶光の形を維持する黒い流れ。
四個の分霊核に残っている力。
シアとネアから自分の身体へ送られ、身体能力を引き上げている力。
攻撃へ使われる分。
偏向へ使われる分。
亀裂を埋めるために失われる分。
すべてが見える。
『まだ一回なら行ける』
シアが言った。
「一回はな」
『なら、もう一度』
「その後は?」
返事が止まる。
極炎はまだ振れる。
絶光も、もう一度なら大きな光を曲げられる。
亀裂が入っても、修復そのものはできるかもしれない。
だが、直した後に何が残るかまでセトには見えていた。
「次に大きく割れたら、直せるかもしれない。でも、その後に戻る分まで残るとは思えない」
『……』
「剣の形を維持するだけで二人自身を削る」
分霊核の蓄えが尽きれば、最後に使われるのはシアとネア本人の力だ。
武器が壊れる話ではない。
二本の剣そのものが二人だった。
セトに残量を数字で測ることはできない。
だが、修復へ回った流れと、その後に戻ってこない太さは見える。
次も直せるかではなく、直したあとに人型へ戻るだけの余裕を残せるか。
そこまで含めれば、もう同じ一回ではなかった。
「先に尽きるのは、あいつじゃない」
四翼はまだ周囲から原光を集め続けている。
対してこちらは、一度直すごとに次の手を失っている。
「ここまでだ」
離れる
『終わり?』
シアが聞く。
「離れる。決めてた条件に入った」
『絶光の偏向補助も落ちています』
ネアも同意した。
『後ろを開けます』
「頼む」
黒い分霊核が残った力で後方の流れを外へ曲げる。
赤い分霊核もセトの近くへ戻る。
これ以上攻めるためではない。
退くための形だった。
セトは光の精霊王から目を離さず、岸側へ一歩下がる。
その瞬間、四枚の翼が大きく広がった。
湖面が白く発光する。
地面に残っていた無数の光の跡が、同時に翼へ引かれていく。
空気中の原光まで一本の流れではなく、面のように集まり始めた。
『待って』
シアの声が変わる。
『これ、今までより大きい』
『後方へも広がります』
ネアが続けた。
セトは退路を見る。
先ほど黒い核で開けようとしていた場所へも白い光が集まっている。
撤退を決めるのが遅かったわけではない。
決めた直後に、相手の次の攻撃が退路ごと覆い始めた。
「走って抜けられるか」
『難しいです』
「人型に戻って三人で逃げるのは?」
『変わる間に来ます』
予定通り撤退する道が、目の前で消えていった。
光の精霊王はこちらを追いかけてはいない。
それでも、攻撃範囲そのものが広がれば結果は同じだった。
逃げる相手を追う必要すらなく、周囲ごと光で埋めればいい。
自由飛行だけでなく、射程と範囲でも退路を奪える。
ここまで来て初めて、撤退の手順そのものが成立しなくなった。
次の光
光の精霊王が両腕を広げる。
四枚の翼へ集まった原光が、その間へ収束していく。
これまでより明らかに大きい。
『弾けます』
ネアが言った。
『私も押し返せる』
シアが続く。
「その後は」
二人は答えない。
弾ける。
押し返せる。
今この一撃だけなら、二本ともまだ使える。
だが、無傷では終わらない。
次の亀裂を修復すれば、分霊核の蓄えだけでは足りない。
剣の形を保つために、シアとネア自身の力を削ることになる。
『それでも、今は受けないと直撃する』
シアの言う通りだった。
退路へ回る時間はない。
人型へ戻って別の戦い方へ移る時間もない。
白い光はもう放たれる寸前まで膨らんでいる。
絶光が震えた。
極炎の表面にも、修復したはずの亀裂が細く浮かんだ。
『セト、私はまだ受けられます』
ネアの声は落ち着いている。
『私もまだ押せる』
シアも退かない。
「まだできるのは分かってる」
セトは二本を握ったまま、赤と黒の流れを見る。
できるかどうかではない。
その一回のあと、二人を戻せるかどうかだった。
目の前へ集まっている光が大きいのは、急に別の力を得たからとは限らない。
湖面や地面へ残っていた光まで一度に翼へ集め、今まで散っていたものを一か所へ寄せている。
だからこそ、これを受ければこちらの損耗も今までと同じでは済まない。
セトは二本の震えを握ったまま、答えを決めた。
手放す
このまま受ければ、二人が壊れる。
手放せば、光を弾ける剣はなくなる。
通常の白刃と黒刃では、目の前の光を受け止められない。
それでも、選ぶことは決まっていた。
「二人とも、戻れ」
『まだやれる!』
シアの声が返る。
「駄目だ」
『セト、今戻れば』
ネアが続く。
「分かってる」
光はもう放たれる。
別の戦い方へ移る余裕はない。
それでも、二人を剣のまま使い続けることはできない。
「戻れ」
セトは二本から手を離した。
極炎と絶光が、赤と黒の光へ変わる。
光はセトの左右へ移り、人の形を作った。
シアとネアが地面へ降りる。
二人の周囲へ戻った分霊核は、どれも弱く光っていた。
「セト!」
シアが手を伸ばす。
その前で、セトは両手を開いた。
右手へ白い原光が集まる。
左手から原光が抜け落ちる。
白刃と黒刃。
いつも使ってきた、自分の二本の刃が形成された。
「下がってろ」
「でも!」
「今は俺が受ける」
ネアが何かを言いかける。
だが、正面で四枚の翼がさらに広がった。
白い光が放たれる。
シアがもう一度前へ出ようとする。
だが、戻った赤い分霊核の光は弱い。
ネアも黒い核を寄せながら光の流れを見ているが、絶光へ戻るには時間が足りない。
「二人とも下がれ」
セトは繰り返した。
ここから先に使うのは、二人から借りた剣ではない。
幼い頃から自分で作り続けてきた二本だけだった。
極炎ほど押せない。
絶光ほど大きな流れも曲げられない。
それでも、この二本なら壊れるのはシアでもネアでもない。
セトは白刃と黒刃を握り直した。
セトは二人を背後へ残し、自分の二本の刃だけを持って光の前へ踏み出した。
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ TOPへ

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