

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。
白と黒の刃
白い光が放たれた。
湖面を覆う太さのまま、セトたちへ迫る。
セトは左手の黒刃を前へ出した。
黒い刀身が光へ触れ、触れた部分から原光を奪う。
白い奔流の中央に、細い黒い切れ目が生まれた。
だが、狭い。
絶光ならネアが流れを読み、セトの剣技に合わせて広く曲げられた。
今あるのは、セトが一人で形作った黒刃だけだった。
「右へ!」
背後からシアの声が飛ぶ。
セトは白刃を振り下ろした。
白い斬撃が奔流の右側を割り、黒刃で作った切れ目とつながる。
人一人が通れるだけの隙間ができた。
セトはそこへ飛び込む。
左右を光が通り過ぎ、背後の地面が白く崩れた。
岩が砕けたのではない。
形そのものが曖昧になり、次の瞬間には別の盛り上がりへ変わっている。
セトは着地した。
黒刃の輪郭が揺らいでいた。
処理しきれなかった原光が左手へ押し寄せ、術そのものを崩そうとしている。
「黒刃が消える!」
今度はシアではなく、流れを見ていたネアの声だった。
「分かってる」
セトは黒刃を握り直した。
背後でシアが踏み出しかけ、足を止めた。
足元に火花が散る。だが、光の奔流へ飛び込めるほどの炎は出なかった。
極炎の亀裂を塞ぐたび、シアは自分と分霊核に残した力を削ってきた。
人型へ戻ったからといって、その力が戻るわけではない。
ネアも黒い分霊核を前へ寄せた。
セトの横を抜けた光を曲げようとしたが、細い流れをわずかに逸らすだけで精一杯だった。
絶光の時のように広く受け止めれば、残る力まで一度に失う。
正面へ出ても、二人には次の一撃を受けきれない。
セトが二本の刃で作る細い隙間へ入れば、かえって守られる者を増やすだけだった。
背後の地面も崩れ続けている。
二人がセトから離れれば、もう光を防ぐ術がない。
だからシアとネアは、その後ろで分霊核を浮かべ、光の流れと退路を見張っていた。
ここで無理に力を足せば、セトを助ける前に自分たちの余力が尽きる。
それを三人とも分かっていた。
同じ二本ではない
白刃と黒刃は、ずっと使ってきた二本だった。
だが、さっきまで握っていた極炎と絶光の代わりにはならない。
黒刃は触れた場所から原光を奪える。
それでも、ネアのように遠くの流れを読み、広い光を必要な方向へ曲げることはできない。
白刃は高い密度で切れる。
だが、シアのようにセトの踏み込みへ合わせて炎を送り込み、身体ごと加速させることはできない。
「同じ形にはならないな」
セトが言う。
「当たり前だ!」
シアが即座に返した。
「私が極炎だったんだから、白刃だけで同じになるわけないだろ!」
「絶光も同じです。黒刃には黒刃の役割があります」
ネアは光の精霊王を見たまま続ける。
「ですが、今の二本では先ほどの戦い方を再現できません」
四枚の翼の間へ、また白い光が集まり始めている。
極炎と絶光へ戻せば、次の一撃を弾けるかもしれない。
しかし、二人の分霊核は弱り、二本の精霊剣にも亀裂の跡が残っていた。
もう一度大きく割れれば、その先に人型へ戻るだけの余力が残る保証はない。
セトは白刃を右へ、黒刃を左へ構えた。
二本はまだ使える。
足りないのは刃の数ではなかった。
今まで二人が担っていた部分を、人間一人では支えきれない。
極炎と絶光は、強い剣が二本あったから成立した戦いではない。
シアが加速と出力を合わせ、ネアが流れを読み、セトが二本を置く場所を決めていた。
三人分の役割が、今はセト一人へ戻っている。
白刃と黒刃が同じ二本に見えても、失われたものの方が大きかった。
止める身体
黒刃が周囲の原光を奪い続ける。
その一部が左手へ向かった瞬間、流れが止まった。
黒刃の出力が勝手に落ちる。
左腕もわずかに引き、正面から刃を外そうとした。
「まただ」
セトには、その動きが分かった。
以前、自分の二本を細かく調べた時にも見つけている。
黒刃だけで処理しきれない原光が身体へ入ろうとすると、まず流量が絞られる。
それでも危険なら黒刃が弱くなる。
さらに続けば、術そのものを解除しようとする。
身体が傷つく前に、身体自身が戦いを止める。
「セト、何を見てる?」
シアが尋ねる。
「止めてる場所」
「何を?」
「俺を」
セトは左手へ向かう細い流れを見る。
黒刃にはまだ原光を奪う余裕がある。
止まっているのは刃ではない。
その先にいる自分だった。
光の精霊王が腕を上げる。
次の光が収束を始めた。
白刃だけでは受けられない。
黒刃は受けられる量へ届く前に、自分から弱くなる。
正常だった。
壊れないための働きとしては、何も間違っていない。
だからこそ、それを外せば何が起きるかも分かっていた。
安全制限は邪魔をしているのではない。
今の出力では腕が壊れる、胸まで通せば回路が持たないと、身体の方が先に判断している。
黒刃を弱めるのも、手を引くのも、全部同じ目的だった。
セト自身が止めない限り、その判断は正しい。
残った方法
「もう一度、私たちが剣になる」
シアが前へ出た。
「次の一撃くらいなら押し返せる」
「その次は?」
「その時考える!」
「次で大きく割れたら、考える前に戻れなくなる」
シアが言葉を止めた。
「分霊核で補えば」
「さっき使っただろ。残ってる量も見えてる」
赤と黒の分霊核は、どれも戦闘開始時より明らかに弱い。
修復へ使えば、別の場所から補助する力まで失われる。
絶光と極炎へ戻しても、先ほどと同じ戦いをもう一度最初からできるわけではない。
「なら離れます」
ネアが後方を見る。
「……と言いたいところですが、今は難しいですね」
湖岸の後方まで白い光が広がっている。
光の精霊王はセトたちを追跡しているわけではない。
それでも攻撃範囲そのものが広すぎて、二人を人型のまま連れて安全圏まで走る時間がない。
普通の白刃と黒刃では足りない。
精霊剣へ戻せば二人が先に壊れる。
分霊核も十分ではない。
退路も今は開いていない。
セトは左手へ集まる流れを見た。
「残ってる方法が、一つだけある」
ネアの表情が変わった。
シアも、セトの視線が黒刃の表面ではなく、その奥へ向いていることに気づく。
それは新しく思いついた方法ではない。
以前から存在だけは知っていて、セトが使わないと決め、二人もそれを受け入れたものだった。
だからネアは、セトが続きを口にする前に何を選ぼうとしているのか分かった。
使わない方法
「それを使うつもりですか」
ネアの声が低くなる。
何を指しているのか、セトには聞き返す必要がなかった。
以前、自分の白刃と黒刃の流れを調べた時、安全制限の位置だけでなく、その先も見えていた。
黒刃で処理しきれない原光を左手から入れる。
左腕を通す。
胸を越えて右腕へ流す。
白刃から外へ出す。
頭の中では、すでに一本の経路になっていた。
同時に、その経路を使えば精霊回路が摩耗し、やがて断裂することも分かっていた。
回路を強くする方法ではない。
限界を広げる方法でもない。
壊れる前に止まる仕組みだけを無視する方法だった。
「使わないって決めただろ!」
シアがセトの前へ回り込む。
「ああ」
「じゃあやめろ!」
「他にあるか」
「私たちが剣になる!」
「次で壊れる」
「セトも壊れるだろ!」
「二人よりはいい」
「よくない!」
光の精霊王の四翼が広がった。
話している間にも、白い光が翼の間へ集まっていく。
セトはシアの横を通り、二本の刃を構えた。
「後ろへ下がれ」
「セト!」
「使える技じゃないのは分かってる」
それでも、使わなければ今の光を越えられない。
切り札として温存していたわけではない。
成功率を上げるために練習してきた技でもない。
使った後にどうなるかを知っているから、戦力から外していた。
今それを数え直したのは、強い相手が現れたからではなく、数えていた手段が先に全部なくなったからだった。
初めて外す
白い奔流が来た。
セトは黒刃を正面へ置く。
黒い刀身が光へ触れ、原光を奪い始める。
すぐに安全制限が働いた。
左手へ向かう流れが細くなる。
黒刃の輪郭が薄くなる。
左腕がわずかに後ろへ引かれた。
セトは、最初の停止を無視した。
黒刃の出力が戻る。
今まで周囲へ逃がしていた量より多くの原光が、左手へ押し寄せた。
次の瞬間、流れが手の直前で再び止まる。
「ここか」
セトは意識して、その停止も外した。
原光が左手へ入った。
「っ!」
熱くはない。
冷たくもない。
手の内側を、太い何かで直接削られたような感覚だった。
指が一瞬開きかける。
身体が黒刃を手放そうとしている。
握る。
原光がさらに入る。
手首へ届く。
そこでまた流れが絞られた。
身体は一度では諦めない。
場所ごとに、これ以上先へ通すなと止めてくる。
「セト、やめろ!」
シアの声が背後から届く。
「まだ入口だ」
ここで止めれば、黒刃へ集めた原光を処理できない。
セトは手首の先にある制御も外した。
原光が左腕へ流れ込んだ。
黒刃の輪郭は逆に安定した。
今まで身体へ入る分を止めるために、刃そのものを弱めていたからだ。
刃だけを見れば、むしろ調子が良くなったようにさえ見える。
その代わり、黒刃が受けきれなかった負担は消えていない。
行き先が左腕へ変わっただけだった。
左から右へ
左腕の中を原光が上る。
筋肉や骨を通っているわけではない。
その内側に重なっている精霊回路へ、許容量を超えた流れが押し込まれていく。
肘を越えたところで、また身体が止めた。
セトは無視する。
肩へ届く。
さらに止まる。
それも外す。
胸へ入る直前だけ、今までとは違った。
身体全体が硬くなった。
左腕だけでなく、脚まで動きを止めようとする。
ここから先へ通せば、左腕だけの損傷では終わらない。
分かっている。
それでも、白い光は黒刃へ入り続けている。
左側だけで止めれば、行き場を失った原光がそこへ集中する。
「止めた方が壊れる」
セトは胸へ向かう制御を外した。
内側で何かが裂けた。
呼吸が一瞬止まる。
原光が胸を横切り、右側へ向かう。
右肩へ届く前に、今度は出口側の制御が働いた。
右手には白刃がある。
だが、白刃へ大量の原光を流すことも、通常なら身体が止める。
「最後だ」
セトは右腕側の制限も外した。
白刃が強く光った。
左手から入った流れが、初めて右手までつながった。
途中で何度も止められた理由も分かった。
一か所でも流れを切れば、その手前へ原光が集中する。
全部をつないで初めて、身体の中へ滞留させず外まで運べる。
安全制限は一本の扉ではなく、経路の各所に置かれた複数の停止だった。
出口
原光は身体の中へ置いておけない。
左から右へ道を作っただけでは、胸と腕の中を流れ続ける。
出口が必要だった。
「出ろ!」
セトは右手の白刃を前へ振った。
刀身から白い光が噴き出す。
光の精霊王が放った奔流と、白刃から出た光が正面でぶつかった。
湖面の上で白い衝撃が弾ける。
二つの流れが左右へ割れ、セトの前に細い道が生まれた。
セトはすぐに理解した。
黒刃だけで受け続ける、この使い方は続かない。
処理しきれない原光を身体へ逃がしても、その先から出せなければ内部へたまる。
絶光のように安全に受け止められるわけではない。
白刃も同じだった。
突然、自分の精霊力が増えたのではない。
左から入ってきたものを、そのまま右から外へ押し出している。
「変えたんじゃない」
セトが呟く。
「何を?」
シアが後ろから聞く。
「こいつの光を、俺の力にしたわけじゃない」
ネアが流れを見て答えた。
「はい。属性変換も所有もしていません。ただ、セトの中を通過しています」
黒刃が入口。
身体が通路。
白刃が出口。
二本の刃と一人の身体で、一つの流れができていた。
ただし、白刃がなければ何もできないという意味ではない。
自分の原光を右側へ大量に流せば、白刃だけを強くすることもできる。
今必要だったのは、絶剣から入ってくる他者の膨大な原光を、滞留させずに捨てる出口だった。
受けと返しを同時に行う時だけ、二本と身体が一本の通路になる。
通路
受けた光は、受けたままだった。
黒刃が原光を奪い、左手へ通す。
左腕、胸、右腕を抜け、白刃から外へ出る。
白と黒が混ざったわけではない。
光の精霊王の力を、セトの属性へ変えたわけでもない。
異なるものを異なるまま、一つの経路へつないだだけだった。
白刃から放たれた光が正面の奔流を押し返す。
光の精霊王が放った力が、自分と同じ原光によって割られた。
湖の上で白い光が左右へ弾ける。
「道が開いた!」
シアが叫ぶ。
セトは地面を蹴った。
一歩目で、身体が想定より遠くへ飛んだ。
「っ!」
大量の原光が身体を通った影響で、脚、背中、肩まで力が引き上げられている。
意識して配分したものではない。
胸を横切る大きな流れに引かれるように、身体全体の動きまで押し上げられていた。
極炎を握っている時に近い加速だった。
しかし、シアが調整しているわけではない。
必要な瞬間に必要な分だけ送られているのでもない。
「速すぎる!」
シアの声が追う。
セトは白刃を地面へかすらせ、身体を無理に立て直した。
力を得たのではない。
壊れるほど流した結果、身体まで強く動いているだけだった。
踏み込みが大きくなるたび、足裏へかかる感覚もずれていく。
自分の筋力が急に増えたのではないから、いつもの剣術の距離感までそのまま拡大できるわけではない。
速さを得た分だけ、止まる位置まで自分で覚え直す必要があった。
引き上げられた身体
光の精霊王が細い光を三本放つ。
今なら見える。
一本目を身体を沈めてかわす。
二本目を白刃で切る。
三本目は黒刃で受けた。
原光が左手へ流れ込む。
安全制限はもう働かない。
左腕を通り、胸を抜け、右腕へ向かう。
白刃を横へ振ると、受けた光が白い斬撃となって返った。
光の精霊王の防御膜が大きくへこむ。
「極炎と同じくらい動ける」
セトが言う。
「同じじゃない!」
シアが強く否定した。
「私が極炎の時は、セトが動くのに合わせて力を出してる! 今は全部セトが受けてるだろ!」
「結果は近い」
「結果だけ見るな!」
ネアもシアへ同意した。
「身体能力が上がっていること自体は事実です。ですが、精霊剣のような調整はありません。流量も止める位置も、すべてセト自身が背負っています」
セトにも違いは分かっていた。
極炎なら、踏み込んだ先でシアが出力を落とす。
今は止める役がいない。
走れば走った分だけ、壊れかけた回路へ原光が流れ続ける。
強くなったのではない。
身体が壊れる限界まで、止まらなくなっただけだった。
それでも戦闘中に使う以上、速さそのものは利用するしかない。
セトは次の踏み込みを少し浅くし、極炎を握っていた時の感覚ではなく、今の自分の止まり方に合わせる。
使いこなすのではない。
壊れるまでの間、暴れる流れへ最低限の方向を与えるだけだった。
二つの名前
頭の中にあっただけの流れが、現実の戦い方になった。
だが、セトはこれを完成した技だとは思えなかった。
身体を守る制限を外し、精霊回路を削りながら原光を通す。
以前なら、名前を付ける価値すらないと判断した方法だった。
それでも、今の二本には近いものがある。
右手の白刃は極炎ではない。
シアの火も宿っていない。
それでも、人間の安全量を超えた原光を通し、身体を引き上げながら正面を切り開く。
極炎に近い役割を、自分を壊すことで作っている。
「極剣」
セトが短く呼ぶ。
「名前付けてる場合か!」
シアが怒鳴った。
「呼びにくいだろ」
左手の黒刃も絶光ではない。
ネアが流れを読み、曲げているわけではない。
処理しきれない原光を自分の身体へ通すことで、通常より大きな術を受け止める。
「絶剣」
「だから名前を付ければ安全になるわけではありません」
ネアが釘を刺す。
「分かってる」
極剣と絶剣。
二本の精霊剣に似た役割を持つが、原理はまるで違う。
だからこそ、似た名前しか思い浮かばなかった。
極炎と絶光を超えたという意味でもない。
二人がやっていた役割を、一人で危険な形に置き換えただけだ。
名前が付いても、安全な技へ変わることはない。
シアとネアが嫌そうな顔をしている理由も、セトには十分分かっていた。
極剣だけで追う
光の精霊王が横へ滑る。
今度は光を撃ってこない瞬間だった。
セトは絶剣を下げた。
受ける力がなくても、極剣は使える。
周囲から扱う原光を、身体が止める量より先まで右腕と白刃へ流す。
右脚へ力が入る。
地面を蹴った。
一気に間合いが縮まる。
「それ、極炎みたいに使うな!」
シアが叫ぶ。
「追える」
「追えるじゃない!」
四枚の翼が向きを変える。
光の精霊王が斜め上へ移動する。
セトはもう一度地面を蹴り、極剣へ流す量を増やした。
身体が前へ跳ねる。
自由飛行ではない。
空中で何度も向きを変えられるわけでもない。
それでも、直線の加速と突破だけなら極炎を握っていた時に近い。
光の精霊王が白い膜を作る。
セトは極剣を振り下ろした。
白い膜が割れる。
刀身が肩へ届き、白い人影の一部を崩した。
同時に、右腕の奥で細い何かが切れた。
極剣単独でも性能は出る。
その代わり、出力を上げた分だけ壊れる場所も増える。
「だから同じじゃないって言ってるだろ!」
シアの声だけが、はっきり聞こえた。
セトは追撃せず、一度着地する。
極剣だけで追えると分かったことは大きい。
同時に、攻撃を受けていない時まで限界を外せば、自分の原光だけでも回路を削ることが分かった。
絶剣が危険なのではない。
限界を越えて流す行為そのものが、どちらの刃でも同じように身体を壊していた。
絶剣で受ける
光の精霊王が散乱光を放つ。
セトは絶剣を振った。
全部を受ける必要はない。
自分へ直撃する部分だけを黒い刀身へ集める。
白い光が黒へ吸い込まれた。
処理しきれない原光が、今度は止められることなく左手へ流れ込む。
左腕の中で、細いものが何本も切れた。
指の感覚が薄くなる。
それでも絶剣は消えない。
以前なら、ここまで壊れる前に黒刃が弱まり、術そのものが解除されていた。
今は止める命令を外している。
身体が壊れたことを理由に、刃は止まってくれない。
「左が遅れています!」
ネアが外から流れを見ていた。
「何が」
「指先から肘まで、戻る流れがほとんどありません。次を同じ場所で受けないでください」
セト自身には痛みより先に感覚が消え始めていた。
握れているかどうかさえ、目で見なければ分からなくなりつつある。
「なら角度を変える」
次の光へ、絶剣を斜めに置く。
黒刃へ入れる位置をずらす。
完全な解決ではない。
身体の別の経路へ負担を分散しただけだ。
受け止められる量が増えたのではない。
自分の身体を、壊れる場所として追加しただけだった。
ネアはそれ以上、同じ角度で受けるよう勧めなかった。
絶光なら流れを外へ逃がす選択ができたが、絶剣ではセトの身体へ逃がす割合が増える。
受けられるようになったのではなく、外から見えない場所へ損傷を移しただけだと、ネアにもはっきり見えていた。
極剣で返す
絶剣から入った原光を、そのまま身体へ残すことはできない。
セトは胸を通過した流れを右腕へ押し込み、極剣へつないだ。
白い刀身が強く輝く。
密度を細かく調整したのではない。
接触する刃先だけを強めたわけでもない。
人間が安全に扱える量を超えた原光を、身体と白刃へ一度に流している。
光の精霊王が防御膜を重ねた。
「返す」
極剣を振り下ろす。
絶剣で受けた光が、白い奔流となって刀身から放たれた。
防御膜の一枚目が割れる。
二枚目へ亀裂が走る。
極剣本体がその裂け目へ入り、三枚目まで切り開いた。
白い人影の右腕が切断される。
腕を形作っていた光が崩れ、湖へ降り注いだ。
「効いてる!」
シアが叫ぶ。
「まだです」
ネアは四翼を見ていた。
周囲から原光が集まり、失われた腕を作り直し始めている。
ただし、セトが返した光そのものは、先ほどまでとは違う動きをしていた。
湖面へ散った白い粒が、すぐには四翼へ戻らない。
光の精霊王の動きが、一瞬止まった。
切り落とされた腕そのものは、別方向から集まった原光ですぐに形を戻していく。
それでも、返された分がその修復へ参加していない。
さっきまでなら、弾いた光の一部まで循環へ戻り、攻撃と回復がつながっていた。
今は、その輪の一部だけが外へこぼれたままになっている。
戻らない光
四枚の翼が大きく開く。
周囲に散った原光が、いつものように翼へ引かれ始めた。
だが、極剣から返した光だけは動きが鈍い。
消えてはいない。
湖面や空気中に原光として残っている。
それでも、放たれた時と同じようには四翼へ戻らなかった。
「戻ってない?」
シアが気づく。
「正確には、戻りにくくなっています」
ネアが答える。
「絶剣で一度、元の流れを切っています。その後、セトの身体を通り、極剣から別の方向へ放出された。原光そのものが別の属性へ変わったわけではありませんが、元の循環から外れています」
光の精霊王が翼を閉じる。
すぐにもう一度開いた。
白い人影が、散った光の方へわずかに向きを変える。
「止まった」
シアが言う。
「戸惑っているのでしょうか」
「分からない」
セトは極剣を構えたまま答える。
光の精霊王に明確な自我は見えない。
それでも、本来なら戻るはずのものが戻らないという変化には反応している。
次の瞬間、四翼が再び光った。
「来る!」
戸惑いは一瞬だった。
攻撃そのものをやめたわけではない。
ただ、四翼は一度余計に開閉した。
回収できない光を拾おうとしているのか、別の流れを探しているのかは分からない。
自我のない相手が何を考えたかではなく、循環へ戻らない現象そのものに反応が出た。
それだけなら、目で見て確認できる事実だった。
壊れるほど強い
今度の光は細く、速かった。
セトは絶剣で受ける。
流れ込んだ量は先ほどより少ない。
その分、左腕への衝撃も小さい。
極剣から返した光も細い。
防御膜へ穴は開くが、人型まで大きく崩すほどではなかった。
「量がそのまま返る?」
シアが尋ねる。
「近いです」
ネアが答える。
「受けた量が多いほど、極剣から出せる量も増えています。ただし」
光の精霊王が次の奔流を放つ。
今度は太い。
絶剣へ入った瞬間、セトの左腕から肩までが大きく震えた。
胸へ通したところで呼吸が止まる。
右腕へ抜ける時、今度は肩の奥で何かが裂けた。
極剣から放たれた反撃は大きい。
防御膜をまとめて押し割り、光の精霊王の胴を半分近く崩した。
強い攻撃ほど強く返せる。
同時に、身体へ通す量も増える。
「これ、相手が強いほどセトも強くなるんじゃない」
シアの声が低くなる。
「相手が強いほど、壊れるのも早い」
セト自身が続けた。
有利になる仕組みではない。
威力と損傷が、同じ流量で一緒に増えているだけだった。
小さく受ければ身体は保つが、相手の膜を崩しきれない。
大きく受ければ防御を破れるが、その一回で次の受け方がなくなる。
出力を上げる判断と、残り時間を削る判断が完全に同じになっている。
通常の技のように、威力だけを上げる余地はなかった。
危険と認識するもの
光の精霊王の動きが変わった。
攻撃をやめたわけではない。
白い光はなおも飛んでくる。
ただ、セトの正面へ一直線に撃つ回数が減った。
斜め上から。
湖面すれすれを走らせるように。
散乱させ、複数方向から包むように。
絶剣へまとめて受けさせない方向へ変わっている。
「考えてる?」
シアが聞く。
「そうは見えません」
ネアが答えた。
「ですが、同じことを避ける反応はしています」
返した光が戻らない。
防御膜を破られる。
自分の身体を構成する光まで崩される。
その結果だけを、危険として扱い始めたように見えた。
セトが極剣で踏み込むと、光の精霊王は距離を取る。
しかし逃げ続けるわけではない。
離れたところから別角度の光を放ち、四枚の翼を広げて防御膜を厚くする。
「近づきたくはない。でも、攻撃はやめない」
セトが言う。
「それなら十分です」
ネアが後方を見る。
「距離を取らせられるなら、離脱の時間を作れます」
倒すことはできていない。
だが、初めて相手の行動を変えるだけの危険にはなった。
距離を取った光の精霊王は、なおも周囲から原光を集めている。
防御へ回した分だけ攻撃が消えたわけでもない。
セトへ一直線に返されにくい形へ、撃ち方と位置取りを変えただけだった。
学習と呼べるほどの判断かは分からない。
しかし、同じ現象をそのまま繰り返さなくなったことだけは確かだった。
離れるために
セトは光の精霊王を見る。
攻撃は通る。
防御膜も割れる。
人型も翼も崩せる。
返した光は循環へ戻りにくい。
それでも、四翼は周囲全体から原光を集め続けている。
一度の反撃で失わせる量より、周囲から補う量の方がまだ大きい。
このまま続ければ、先に止まるのはセトの身体だった。
「倒すのは無理だ」
シアが何か言う前に、セトが続ける。
「今はな」
極剣と絶剣を使えば届く。
届くことと、勝てることは別だった。
「二人とも、離れる準備をしてくれ」
「セトも一緒だぞ」
「ああ」
シアは弱った赤い分霊核を一個だけ前へ出す。
ネアも黒い核を後方へ回した。
「道を作る?」
「お願いします」
ネアが答える。
「わたしは後ろの原光を曲げます。シアは落ちてくる岩をお願いします」
「任せろ」
二人はもう精霊剣には戻らない。
残った力は、セトをさらに戦わせるためではなく、三人が離れるために使う。
セトは絶剣を前へ出した。
次の一撃で相手を倒す必要はない。
必要なのは、光の精霊王が追えないだけの間だった。
シアは赤い核を攻撃位置ではなく退路の岩場へ送る。
ネアも黒い核をセトの正面ではなく後方へ置く。
先ほどの戦いでは四つの核をセトが近づくために使った。
今度は逆だった。
セトが最後に前へ残り、二人の残った力は三人が後ろへ下がるために使われる。
最後の一撃
光の精霊王が四枚の翼を大きく開く。
周囲の原光が一斉に集まり始めた。
白い膜が何重にも重なり、その内側へさらに光が収束する。
セトは本体ではなく、翼の間に集まる光を見た。
身体を切っても戻る。
翼を欠けさせても修復される。
なら、今集めているものをそのまま返す。
「来ます!」
ネアの声と同時に、白い奔流が放たれた。
セトは絶剣を正面へ置く。
黒い刀身へ、これまでで最も大きな流れが入った。
左手。
左腕。
すでに傷ついていた回路が一斉に裂ける。
胸へ届く。
身体の奥で、太い流れが途切れた。
視界が白くなる。
それでも右へ通す。
右腕も崩れていく。
極剣が強く光った。
「絶剣!」
受ける。
流す。
「極剣!」
返す。
白い線が何重もの防御膜を貫いた。
一枚。
二枚。
三枚。
そのまま四翼の間へ入り、そこに集められていた光へ突き刺さる。
外から斬るのではない。
集めた力を、内側から弾けさせた。
本体を大きく傷つけることが目的ではない。
四翼が回収と防御へ使おうとして集めた原光を一度散らし、再び集め直す時間を作る。
返した光が循環へ戻りにくいなら、その時間はさっきまでより長くなる可能性がある。
勝つためではなく、離れるために初めてその性質を使った。
狙いが通れば、修復より先に三人が湖を離れられる。
離脱
白い光が湖の上で爆ぜた。
光の精霊王の身体が大きく崩れる。
四枚の翼が乱れ、白い人影が湖の反対側まで押し飛ばされた。
「今だ!」
セトは振り返ろうとした。
足が動かない。
極剣と絶剣が同時に消える。
安全制限が戻ったのではない。
刃を維持する流れそのものが途中で切れていた。
膝が落ちる。
「セト!」
シアが倒れる前に身体を支えた。
ネアが反対側から腕を取る。
「離れろ」
セトは言ったつもりだった。
声になったかは分からない。
「分かってる!」
シアの足元で炎が弾ける。
弱った赤い分霊核が前方の崩れた岩を吹き飛ばした。
ネアの黒い核が後方の原光をわずかに曲げる。
三人は湖から離れる。
光の精霊王は追ってこない。
崩れた身体と乱れた翼を、周囲の原光で修復している。
「まだ見てる」
シアが振り返る。
「構わず進んでください」
ネアはセトの胸へ触れた。
その表情が変わる。
「セト」
返事はなかった。
セトは目を開けようとした。
何も見えない。
身体の中を流れていた原光も、もう感じられなかった。
後方では、ネアが残った黒い分霊核で追ってくる光だけをわずかに逸らす。
シアはセトの身体を抱えたまま、短い炎を何度も足元へ出した。
大きく加速すればセトを落とす。
遅ければ修復を終えた光の精霊王に追いつかれる。
二人は戦うためではなく、運ぶために残った力を使っていた。
壊れた回路
三人は隆起した岩山の裏側まで離れた。
白い光が直接見えなくなったところで、シアがセトを地面へ下ろす。
「傷は?」
シアが上着を開く。
光に焼かれた跡。
腕や肩を走る赤黒い線。
口元から流れた血。
それでも、身体の表面だけを見れば致命傷には見えない。
「違います」
ネアはセトの胸へ手を当てた。
「外ではありません」
精霊力を少しだけ流す。
返ってこない。
本来なら一本につながるはずの流れが、途中で何度も切れている。
左手から左腕。
胸。
右腕。
絶剣から極剣へ原光を通した経路に沿って、精霊回路が裂けていた。
「治せる?」
「今は無理です」
「なら、私の力を入れれば」
「入れないでください」
ネアがシアの手を止める。
「切れた場所へ流し込めば、そこからさらに崩れます」
「じゃあどうする!」
ネアはわずかに残っている流れを探した。
「つなげません。止めないようにします」
治すのではない。
切れていない部分まで完全に止まらないよう、手前で細い流れだけを保つ。
シアも隣へ座り、ネアの手へ自分の力を重ねた。
二人ができるのは、それだけだった。
シアは何度もセトの顔を見るが、呼びかけへの返事はない。
ネアは治癒術を使う代わりに、切断の手前で止まりかける原光を一つずつ探す。
完全に止まれば、その先へもう流れを渡せない。
だから今は壊れた部分を直すより、残った流れを失わないことを優先するしかなかった。
「運びます」
「どこへ?」
「まず、ここからもっと離れます」
二人は再びセトを支えた。
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