エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第66話 表の核、裏の核

エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第66話 表の核、裏の核 エレメンタルクロス ~精霊の剣~
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第66話 表の核、裏の核
エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介―― この剣はやがて、世界の向こう側にまで届く。 ―― 人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避…
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第66話 表の核、裏の核 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

削り落とされた炎

 赤と黒の光が収まった後、そこに終焉の炎の巨体は残っていなかった。
 頭部も、胸部も、四枚の翼もない。
 宇宙空間へ散った赤い破片が、遠ざかりながら薄れていく。
 中央には、燃え残った塊だけがあった。
 それも、以前の巨体と比べればあまりに小さい。

 シアとネアが放った即席の双天・星華は、終焉の炎をほとんど消し飛ばしていた。
 セトを介さず、それぞれの八門を同時に撃ち込んだ一撃だ。
 赤い火が肉体を崩し、黒い月が切り離された組織から原光を奪った。
 しかし、十六の射点が通り過ぎても、完全には消えていない。

 小さな赤い塊の内側へ、周囲の原光が集まり始めていた。
 失った肉体が多いだけに、元の巨体へ戻るまでは時間がかかる。
 それでも再生は、確かに始まっている。

 シアは七つの分霊核を自分の周囲へ戻した。
 ネアの七つの分霊核も、黒い四翼の内側へ集まっている。
 二人とも、すぐには次の砲撃を放たなかった。

「また戻る」
「ええ。今ならもう一度大きく削れますが、その後も同じでしょう」
「じゃあ、どこまで削ればいいんだ」

 答えは出なかった。
 どれほど広く削っても、どれほど深く貫いても、終焉の炎は再生する。
 その繰り返しに、終わりは見えなかった。
 それでも二人は終焉の炎から目を離さず、次の動きに備えていた。

「来ます」

 ネアが、終焉の炎とは違う方向へ顔を向けた。
 暗い宇宙の中から、淡緑色の光が近づいている。

近づく二翼

 淡緑色の光は二つに分かれ、細長く伸びていた。
 周囲の原光を取り込みながら、進む方向をそろえている。
 二枚の精霊翼だった。

「フィオラ?」

 シアが目を細めた。
 翼の根元に人影がある。
 宇宙の戦場へ自分たち以外の者が来るとは考えていなかった。

 一方、セトには、遠くにあった赤と黒の光がようやく人の姿として見え始めていた。
 フィオラの翔嵐を握り、二翼が示す進路を少し修正する。
 向かう先には赤い四翼と黒い四翼。
 そして、その二人の間から離れた場所に、ごく小さな赤い塊が残っている。

『あれが終焉の炎ですか』
「たぶんな。ずいぶん小さくなってる」
『近づくほど、集まっている原光が見えます』
「なら、まだ終わってない」

 セトは出発前に書き込んだ予想到着位置を思い出した。
 観測した時刻から戦場が動くことを見込み、進路は何度も修正してきた。
 最後の移動でも、光の位置が急に変わった。
 その直後に巨体の姿が見えなくなったのだから、二人が大きな攻撃を放ったのだろう。

 今はその理由を確かめるより、二人へ合流する方が先だった。
 セトが進路を示すと、フィオラは二翼の向きをそろえた。
 終焉の炎へ真正面から近づかず、シアとネアがいる側へ回る。
 赤い塊が再び大きくなる前に、四人の距離が縮まっていった。

星の外へ来た人間

 淡緑色の二翼が力を弱めた。
 終焉の炎から少し離れた位置で止まり、セトは燃え残った赤い塊を見た。
 その後、赤い四翼と黒い四翼へ視線を向ける。

「間に合った」
「なぜ来た! 正直足手まといだ!」

 シアの声が飛んだ。
 顔には驚きと、わずかな安堵がある。
 しかし、それより先に出てきたのは制止だった。
 終焉の炎の砲撃を一度でもまともに受ければ、人間のセトは防御する間もなく消える。

 フィオラの二翼がセトを支える。
 その外側に、ネアも黒い原光の薄い膜を重ねた。
 再会を喜んでいる間にも、敵は原光を取り込んでいる。

「この戦い。永遠に決着がつかない」

 セトは赤い残骸を見ながら答えた。
 まだ四翼も砲口も戻っていないが、中心へ集まる原光は増えていた。
 何度削っても終わらない。
 地上で積み重ねた観測記録にも、その事実だけは繰り返し残っていた。

「フィオラがいれば形勢が変わると?」
「いや、変わらないどころか、シアの言うように足手まといだ」

『セトさん』

 右手の翔嵐から、フィオラの声が聞こえた。

『事前に聞いていましたが、本人を前にして言わなくてもよいのではないでしょうか』

 シアが一瞬、セトの右手を見た。
 ネアは、そのやり取りを遮らずに続きを待った。

「ならなぜ?」
「太陽が近い。やつをあそこに落とす。ただ、二人だけでは押し切れない」

 ネアの視線が、終焉の炎の向こうへ移った。
 大きく白い太陽が、周囲の暗闇を押し退けるように輝いている。
 地上では伏せていた結論を、セトはようやく二人へ伝えた。

「そのための八翼ですか」
「ああ」

数えなかった時間

「それと、先に伝えておくことがある」

 セトはシアとネアを交互に見た。

「おまえたちが戦い始めてから、もう一年近く経ってる」
「一年?」

 シアが目を見開いた。

「そんなに戦ってた?」
「正確な日数は、私たちには分かりません」

 ネアは周囲を見渡した。
 地上の朝や夜は、二人にとって戦闘を区切るものではない。
 眠る必要もなく、再生する終焉の炎を削り、反撃を避け、また削る。
 それを繰り返してきた。

 遠くに見えていた星や惑星の位置は変わっている。
 戦場そのものも、何度も大きく移動した。
 長期間戦っていることは分かっていたが、地上の時間でどれほどなのかは数えていなかった。

「地上から、毎日観測していた」

 セトが言った。

「まだ一年には届いていない。でも、もう一年近い」
「毎日?」
「三つの光が残っているか確かめていた」

 終焉の炎の赤。シアの赤。ネアの黒。
 地上の天文設備からは、どれも小さな光にしか見えなかった。
 ほかの国の記録も集め、見失った時間は見失ったまま残した。

「消えたように見えた日もあった。次の観測では、また三つに戻っていた」
「それは、私たちが大きく削った時ですね」

 ネアが終焉の炎へ目を向けた。

「たぶん」

 シアは短く答えた。
 同じような攻撃を何度も繰り返している。
 地上の記録がどの一撃を捉えたものなのかは、二人にも分からなかった。

「私たちが一年近く戦ってる間、何をしてた?」
「観測と訓練だ」
「それだけ?」
「水の精霊王にも、回路を再調整してもらった」
「ヴァルナが?」
「ああ」

 終焉の炎の残骸から、細い赤い筋が伸び始めた。
 まだ身体の形にはなっていないが、中心へ集まる原光は増えている。
 セトはその変化を確かめ、シアとネアへ手を向けた。

「先に八翼になる。説明はそのまま続ける」

 右手の精霊剣を少し持ち上げる。

「フィオラ。ここまでありがとう」
『はい』

二翼の役目

 淡緑色の精霊剣が光へ変わった。
 セトの背中にあった二枚の翼が消える。
 代わりに、人型へ戻ったフィオラの背中へ淡緑色の二翼が開いた。
 フィオラはすぐにセトの腕を取り、宇宙空間で姿勢を整えた。

 精霊剣の接続が切れたセトは、自力で進行方向を変えられない。
 薄い水の膜は身体の保護に使えても、それだけで宇宙を飛べるわけではなかった。
 フィオラの翼が周囲の原光を循環させ、セトの身体を維持しながら二人の位置を保つ。

「八翼になるまで支えます」
「頼む」
「八翼になった後は?」
「攻撃の射線から離れて、少し後ろをついてきてくれ」
「分かりました」

 フィオラはセトの身体が安定していることを確かめた。
 目の前では、終焉の炎の中心から赤い筋が一本ずつ伸びている。
 近づけば危険だと分かっていても、今は八翼を成立させる位置から離れられない。

 フィオラの二翼でも戦闘はできる。
 だが、七つの分霊核を持つシアとネアと同じ数の砲撃はできない。
 この場で必要なのは、四人目として攻撃を増やすことではなかった。
 セトを戦場まで運び、二人へ渡し、その後も待機する。
 その仕事を終えてからも、次にセトを支える時が来るかもしれない。

「再生は?」

 セトが尋ねる。

「まだかかる」

 シアは赤い塊を見た。

「星華でほとんど吹き飛ばした。中心にあった部分だけは先に戻ったみたいだけど、身体は遅い」
「中心だけが先に戻るのは、これまでと同じです」

 ネアが補足した。
 セトは終焉の炎の中心を見続けた。

「やっぱりそうか」

二本の四翼精霊剣

 シアとネアがセトの前へ並んだ。
 二人の背中には、それぞれ赤と黒の四翼が広がっている。
 その奥では小さな赤い塊が再生を続けていたが、まだ次の砲撃を放てる姿ではない。

「まだできるか」
「誰に聞いてる」

 シアの赤い四翼が強く光った。

「一年戦っても、まだ足りないくらいだ」
「私は少し休みたいところですが」

 ネアの黒い四翼も広がる。

「今休めば、さらに長引きかねません」
「なら、来てくれ」

 セトが両手を差し出した。
 フィオラはセトの腕を支えたまま、二人が近づける位置を保つ。
 シアとネアの身体が同時に光へ変わった。

 赤い光はセトの右手へ。黒い光は左手へ。
 二本の四翼精霊剣、極炎と絶光が握られる。

 二人の背にあった翼が消えた。
 次の瞬間、セトの背後へ赤と黒の光があふれる。
 八枚の半透明な翼が開いた。
 火の循環と月の循環は混ざらず、別々のままセトの精霊回路を通っている。

 フィオラがそっとセトの腕を離した。
 八翼がセト自身の姿勢と進行方向を安定させる。
 七つの赤い分霊核と、七つの黒い分霊核が集まってきた。
 シアは赤を、ネアは黒をそれぞれ動かし、セトの周囲へ配置する。

 十四の射点がそろった。
 以前と同じ数、同じ二本の剣だ。
 それでも、セトを通り抜ける力の流れは、以前とは少し違っていた。

異様に自然な流れ

『なんか、流れが異様に自然だ』

 右手の極炎から、シアの声が伝わった。

「俺も地上で遊んでいたわけじゃない」

 以前の八翼でも、二人から流れ込む力を調整していたのはセトだった。
 シアとネアでは、流れる速さも、精霊回路へ加わる負荷の形も違う。
 どちらかを基準に道を固定すれば、もう一方の流れが詰まる。
 十四個の分霊核へ力を分ければ、さらに複雑になる。

 セトは二人から入る量を読み、一方を絞り、もう一方へ道を譲っていた。
 それぞれの分霊核へ分配するたび、流路の幅まで調整しなければならない。
 できてはいたが、一つ一つに意識が必要だった。
 大きな攻撃の後では、その調整が追いつかなくなる。

 水の精霊王による再調整の後は違った。
 シアの流れが増えれば、その側の道が広がる。
 ネアの流れが別の場所へ回れば、空いた経路がそちらへ移る。
 急激な負荷は一か所へ集中せず、回路全体へ分散する。
 異なるものを、異なるまま通せる。

『確かに以前とは違います』

 左手の絶光から、ネアの声が伝わった。

『流れが強くなったわけではありません。セトの回路が、こちらへ合わせて形を変えています』
「出力自体は上がってない」
『でも、前より長く使える?』
「ああ。それと、十四個を動かしたままでも、別の制御に意識を回せる」

 赤い分霊核の一つが上へ動く。
 同時に黒い分霊核の三つが別方向へ広がり、残りは位置を保った。
 動かしたのはシアとネアだが、二本の剣から伝わる流れはセトの回路を無理なく通っている。

『一年分は、ちゃんとあるみたいだな』
「おまえたちの一年には負ける」
『当然』

十四の射点

 セトはシアへ右側の三つを、ネアへ左側の四つを動かすよう伝えた。
 赤い分霊核が弧を描き、黒い分霊核がその隙間を抜ける。
 残る七つはセトの周囲から動かない。
 全体の配置が変わっても、赤と黒の流れは別々に維持された。

『この位置でいい?』
「ああ。次は赤の二つを戻してくれ」
『戻した』
『こちらの四つは、もう少し広げますか』
「いや、そのまま。今度は力を少し増やしてくれ」

 黒い流れの量が増えた。
 セトの回路が、それを受け入れる形へ変わる。
 以前なら右側の道を絞ってから、左側を広げなければならなかった。
 今は左右の流れを止めずに済む。

 地上で扱っていた十四個の水球は、何の意思も持たない代用品だった。
 目の前の分霊核は違う。
 動きの指示に応じて位置を変えるだけでなく、シアとネアがそれぞれ出力を制御している。
 セトが担当するのは、その二つの力をぶつけずに受け止め、全体の射線と負荷を見続けることだった。

「フィオラ、今の動きはどう見えた?」
「はい。赤も黒も、途中で止まっていません」

 離れて待機するフィオラが答えた。
 確認できるのは分霊核の動きだけではない。
 セトが八翼を保ったまま、周囲を見て話す余裕まである。

「今なら、誘導しながら次の攻撃を準備できる」
『前はそれだけで精いっぱいだったのに』
「ああ。だが、無制限に使えるわけじゃない」

 セトは敵へ目を戻した。
 四翼二人の出力が増えたわけではない。
 扱える時間と、同時に考えられることが増えたのだ。
 その差が、次の作戦に必要だった。

二つの大砲撃

 終焉の炎の再生が進んでいる。
 中心から伸びた赤い筋がつながり、胸部に近い塊を作り始めた。
 まだ四翼はなく、砲口も形成されていない。
 今なら準備と説明を終えられる。

「作戦を話す」

 セトが射線を示すと、シアとネアは分霊核の配置を変えた。
 赤と黒の核が、次の攻撃を想定して動く。

「おおざっぱな流れは、星華による大幅な削りと、十六門直列砲撃だ」
『二発撃てるのですか?』
「今ならいける」
『だったら、二発目で倒せそう』
「本来だったら、二発目で核ごとの消滅は狙えるはずだ」
『本来だったら、とついている段階で、不可能な理由がありそうですね』
「ああ」

 セトは終焉の炎の中心を見た。
 周囲の組織が戻るより先に、赤い流れの中心が作られている。
 その違いを説明する前に、右手から別の声がした。

『その前に、十六門直列砲撃の名前はどうする』

 シアが突然、話を変えた。

『また名前ですか』
『撃つ瞬間に、おりゃーとだけ言うつもりか』
『機能的に影響がないのであれば、それでもよいです』
『それは気持ちよくない。だから影響は出るかもしれない』
『確かに気持ちは悪そうです。影響が出るかもしれないなら、付けて損はないでしょう。変な微小リスクを残す必要もありません』

 セトは十六の射点を頭の中で一列へ並べた。
 双天・星華は、赤と黒を同時に広げて巨体を削る攻撃だった。
 次に使うのは、一つの射線へ力を重ね、同じ一点を穿つ攻撃だ。
 十四個の分霊核は、別々の砲撃を順番に放つのではない。
 二本の剣から始まる一つの流れに、それぞれの力を加える。

「双天・星穿。で行く」
『決まり』
『決まってしまいました』

表の核

「地上からの観測、移動中の観測、対峙してからの観測で、おおよそ答えが出た」

 セトは話を戻した。
 地上では、終焉の炎と思われる赤い光が弱まる時刻と、再び見えた時刻を記録してきた。
 見えない時間に何が起きたかは分からない。
 それでも、何度大きく削っても戦いが終わらなかった事実は残る。

 フィオラと戦場へ向かう途中にも、遠方から三つの光を追っていた。
 ここへ到着して初めて、肉体よりも先に中心へ原光が集まる様子を直接確認できた。
 そこへ、シアとネアが一年間見続けた現象を重ねる。

「俺は、こいつにも核があると考えている」
『中心なら、何度も吹き飛ばした』

 シアが答えた。

『貫星も絶穿も、同じ場所へ何度も通しています』

 ネアも続ける。

「ああ。だから、核も何度か破壊されているはずなんだ」

 終焉の炎の肉体だけではない。
 二人の攻撃は、巨体の中心を何度も貫いている。
 直前の即席の双天・星華でも、中心を含めてほとんどを消し飛ばした。
 それなのに、最初に赤い流れが戻ったのは、やはりその中心だった。

「核が壊れていないんじゃない。壊した後、ほぼ一瞬で作り直されている」
『周りの身体より先に』
「ああ」

 セトは、いま見えている小さな塊へ目を向けた。
 外側の組織はまだ伸び続けているのに、中心だけは先にまとまっている。

「通常の空間にあって、俺たちの攻撃が届く方を、表の核と呼ぶ」
『表ということは、裏がある?』
「もう一つあると考えてる」

壊したはずの中心

 ネアは、直前の星華によって消えた巨体の位置を示した。
 確かに、その場所には一時、まとまった肉体が何も残っていなかった。
 その後、同じ辺りに赤い塊が現れ、そこから組織が伸び始めた。

『中心を外していた可能性はありませんか』
「一度や二度ならな。でも一年近く、同じように削ってるんだろう?」
『ええ。貫星と絶穿だけではありません。広く削る攻撃も、続けて使っています』

 シアの火は肉体を焼き払い、ネアの月は集まる原光を奪う。
 同じ部分へ力を重ねる時も、別々の方向から削る時もあった。
 それでも、巨体が失った形を取り戻す順序には共通点がある。

『一番最初に、そこへ戻る』

 シアは小さな赤い塊を見た。

『身体が全部なくなったみたいに見えた時も、そうだった』
「なら、核が傷つかず残ってたとは考えにくい」
『核ごと壊れて、すぐ戻ったと?』
「その可能性が高い」

 セトは、地上で付けた観測記録を思い出した。
 天文設備から核は見えていない。
 だから、光が弱まった記録だけで核の破壊を証明することはできなかった。
 いま二人から聞いたことと、目の前の再生が、その空白を補っている。

 ネアは終焉の炎の中心へ視線を戻した。
 周囲から取り込まれた原光は、肉体の再生へ流れている。
 その流れだけでは、核のような中心が一瞬で元の形へ戻る理由は説明しきれない。

『では、核を戻す働きが、ほかにあるということですね』
「ああ。ただ、どこにあるかが問題だ」

 赤い塊の外側で、新しい組織がゆっくりと伸びた。
 説明を続けている間にも、再生は止まらない。

同じ場所にないもの

「仮に、裏の核と呼ぶ」

 シアとネアは黙った。
 少し離れて待機するフィオラも、セトの説明を聞いている。

「裏の核が表の核を補完している。そう考えれば、これまでの再生と合う」
『表が壊れるたび、裏から作り直されているということですか』
「ああ」
『裏側というのは、身体のさらに奥?』
「違うと思う」

 身体の奥にあるなら、貫星や絶穿が届いている。
 巨体の中心を何度も貫いた以上、単に肉体の奥へ隠れていたとは考えにくい。
 周囲の原光を奪う攻撃も、完全な解決にはならなかった。

「表の核と、同じ位置にあると考えないと合わない」
『同じ場所?』
「同じ場所にあるはずなのに、俺たちがいる空間にはない」
『意味が分からない』
「俺も完全には分からない」

 セトは正直に答えた。
 直接見えているのは、肉体と同じ側へ戻ってくる赤い中心だけだ。
 それを戻している何かは、目を凝らしても見つからない。

「地上では、光が弱まった後、同じ辺りに赤い光が戻るのを見た。今は直接、中心だけが先に戻るのを見てる」
『周囲から集めている原光とは別、ということですね』
「ああ。表の核だけが、何もないところから戻るように見える」

 シアも、終焉の炎の中心へ意識を向けた。

『次元の裏みたいなところ?』
「俺も、そういう感じだと思っている」

 同じ位置に重なっている。
 だが、通常の空間には存在していない。
 そう考えれば、同じ一点へ攻撃を重ねても届かなかったことを説明できる。

「この考えが正しければ、表の核を何度壊しても、裏の核が補完する限り戻る」
『じゃあ、裏の核を壊せばいい』
「攻撃を届かせる方法がない」
『何か試した?』
「おまえたちが一年近く試している」

 広く削った。一点を貫いた。原光を奪った。

 再生する前に、同じ場所へ攻撃を重ねた。
 少なくとも、裏側まで届いたと判断できる変化は一度も起きていない。
 これはまだ仮説だが、目の前の敵を倒せない理由はそこにあると、セトは考えていた。

壊せないなら

『その仮説が正しいとして、どうやって倒すのですか』

 ネアが尋ねた。
 セトが来た理由は分かったが、裏の核を見つけたわけではない。
 攻撃が届かないのなら、今までと同じ結果になりかねなかった。

「裏の核は、表の核を戻し続ける」
『そう考えていますね』
「だったら、表の核が戻っても壊される場所へ入れる」

 セトは終焉の炎の向こうを見た。
 大きな白い太陽が、暗い宇宙に光を広げている。
 地上から記録を重ねていた時、その位置へ目を留めた。
 今は、二人の力を一方向へそろえれば届くかもしれない距離にある。

『終焉の炎は、火や熱を取り込む可能性があります』
「ああ。だから確実じゃない」

 終焉の炎は火の精霊王を核としている。
 熱を力へ変える可能性は否定できない。
 むしろ、ただの炎であれば、太陽に近づけること自体が逆効果になるかもしれなかった。

「でも、太陽の中で肉体を維持し続けられるかは別だ」

 表の核を作り直しても、作った端から壊される。
 身体を再生しても、再生した端から失われる。
 裏の核へ直接攻撃を届かせるのではない。
 裏が表を戻し続けても、巨体の形を保てない場所へ送る。

『それで終わる保証は?』
「ない」
『正直ですね』
「一年間、確実な方法は見つからなかった」

 だから来た。
 確実ではなくても、今までとは違う結果を作れる可能性がある。
 セトは二本の精霊剣を握り、返事を待った。

『分かった』

 シアが短く答えた。

『太陽へ落とす』
『試す価値はあります』

 ネアも同意した。

二人だけでは足りない

 シアとネアだけでも、十六門を同時に使うことはできる。
 それを証明したのが、つい先ほどの即席の双天・星華だった。
 だが、二人は別々の場所に立ち、赤と黒をそれぞれ扱っていた。
 発射の瞬間をそろえられても、すべての流れを一つの回路へ通すことはできない。

『まず、また星華を撃つのか?』
「ああ。ただし、今度は俺を中心に使う」
『その後、すぐ星穿へ切り替えるのですね』
「そうだ。間を空ければ、周りの身体が戻る」

 第一撃で巨体の肉体と四翼を削る。
 第二撃では、剥き出しになった中心へ十六門分の力を一本で通す。
 その切り替えの間、セトは八翼を保ち続けなければならない。
 以前なら、星華の負荷を受けただけで次の大砲撃が難しくなっていた。

 今はヴァルナが直した流路が、負荷を分散させてくれる。
 それでも無制限ではない。
 どれだけ余裕が残るかは、撃ってみなければ分からなかった。

『二発目まで支えられる?』
「支える。俺がここへ来たのは、そのためだ」

 右手のシアが答えるより早く、左手のネアが続けた。

『もし八翼が崩れたら、攻撃を続けるよりセトの保護を優先します』
「分かってる。だからフィオラにも離れて待ってもらう」

 フィオラは少し後方で二翼を保ち、二本の剣と十四個の分霊核を見ていた。
 今の自分が前へ出ても、砲撃を増やすことにはならない。
 だが、セトを回収する者が射線の外にいることには意味がある。

「二人も、撃つ前に無理だと思ったら言ってくれ」
『言われなくても分かる』
『シアは特に、言ってくださいね』
『分かったよ』

 セトは小さく息を吐き、残りの距離を確かめた。
 やるべきことは決まった。
 あとは敵の向きをそろえなければならない。

戻り始める巨体

 終焉の炎の中心から、太い赤い塊が伸びた。
 胸部が戻り始めている。
 続いて頭部に相当する隆起が生まれ、切断された組織が周囲へ広がった。
 まだ腕も翼もない。
 それでも、一年前から何度も見てきた巨体の輪郭が作られ始めていた。

 外へ散った破片が戻ってくるのではない。
 中心へ集まる原光が、新しい肉体へ変わっている。
 その量が増えるにつれ、組織の伸びる速さも上がっていった。
 赤い塊の表面で、細い線が何本も枝分かれする。

「話している時間は終わりだ」
『いきなり星華を撃つ?』
「いや」

 セトは進む方向を示した。
 シアとネアが十四個の分霊核を動かし、終焉の炎の左右へ赤と黒を分けて配置する。
 今いる位置で大砲撃を放っても、巨体が太陽へ進むとは限らない。
 横へ弾けるかもしれないし、反対へ押せば太陽から遠ざかる。

「まず太陽の方向へ向ける」

 赤い塊の片側で、組織が膨らんだ。
 再生した部分が不規則に動き、まだ定まらない姿勢を変えようとしている。
 今なら大きく削るより、わずかな力で進む向きを変えられる。

「削るな。進む向きを変えるだけでいい」
『ずいぶん小さな攻撃ですね』
「大きく撃てば、どちらへ弾けるか細かく制御できない。今は攻撃を避ける動きを利用する」
『じゃあ、つつく』
「そうだ」

 シアは赤い分霊核を一つだけ前へ出した。
 ネアは反対側の逃げ道を確かめる。
 どちらも大砲撃の準備を崩さず、少量の力だけを使った。

逃げ道を残す

 終焉の炎の左側へ、シアの赤い分霊核が移動した。
 一筋の火が放たれる。
 再生途中の肉体を消し飛ばすほどの力はない。
 表面を弾き、終焉の炎の向きをわずかに右へ変える。

 右側では、ネアの黒い分霊核が原光の流れを薄くした。
 終焉の炎は進もうとしていた方向を変え、反対側へ逃れた。
 その先には、あえて何も置いていない。
 太陽へ向かう方向だった。

 一年近く戦ってきたシアとネアは、終焉の炎が複雑な作戦を読んで動いたところを見ていない。
 セトが地上から観測した位置の変化だけでは、回避の細かな理由まで分からなかった。
 だが、二人が今まで見てきた反応と照らし合わせれば、攻撃を受けた側から離れ、流れを乱された場所を避けるという動きは一貫している。

「左からもう一度だ。正面は空けておけ」
『分かった』

 シアが火を当てる。
 ネアが右側の逃げ道を狭める。
 少し下へ動けば黒い分霊核が先へ回り、上へ逃げようとすれば赤い分霊核が小さな攻撃を当てた。
 正面だけは空いている。

 終焉の炎は、残された方向へ進んだ。
 敵が太陽を認識している様子はない。
 目の前の不快な流れから離れているだけに見えた。

『ハエとか、こういう飛び方するよな』
『ハエはハエなりに頑張って逃げていると思いますよ』
「集中しろ」
『してる』

 終焉の炎の背中に、四枚の翼が戻り始めた。
 まだ薄く、輪郭も不安定だ。
 それでも推進力が生まれ、空けられた方向へ速度を上げる。
 進行方向の先で、太陽が大きくなった。

進路の修正

 再生した四翼が力を増すにつれ、終焉の炎の移動が速くなった。
 同じ側から火を当てても、先ほどより大きく向きが変わる。
 セトは星の位置と敵の進路を見比べ、次に空ける方向を調整した。

「少し右へ寄った。黒の位置を変えてくれ」
『こちらですか』
「ああ。赤は追い込まずに待ってくれ」
『分かった』

 ネアの分霊核が先へ回り、原光を薄くした。
 敵はその領域から離れ、再び空いている側へ進む。
 シアは小さな火を当てるだけに抑え、無理に押し戻そうとはしなかった。
 力を込め過ぎれば、せっかくそろえた進路が大きく乱れる。

 セトは八翼を維持したまま、二人の射点と敵の動きを同時に見た。
 赤と黒の流れは増減を繰り返している。
 それでも精霊回路は流れに合わせて形を変え、以前のような詰まりが起こらない。
 十四の水球を繰り返し動かした時間が、ようやく実戦につながっていた。

『こっちの方が、派手に撃つより簡単だな』
「当てる力は小さくていい。難しいのは、逃げる先を残す方だ」
『なら、その先を私が見ます』

 ネアが黒い分霊核をわずかに引いた。
 敵は空いた方向へ進み、速度を保ったまま太陽へ向かう。
 予想より大きく曲がることはあっても、反応の仕方は変わらない。
 複雑な策略を見破ったのではなく、避けられる場所へ逃げ続けているだけだった。

 終焉の炎の頭部が持ち上がった。
 胸部の組織も厚みを増し、奥へ原光が集まり始めている。
 あの大型砲口が戻る前に、最終位置を確保しなければならない。

太陽へ向ける

 セトは終焉の炎を追った。
 八枚の翼が、赤と黒の流れを別々に循環させている。
 以前の八翼なら、移動しながら十四個の分霊核による誘導を続けるだけでも、負荷が積み重なっていた。
 今はまだ余裕がある。

 シアとネアの流れを維持しながら、核の配置を変えられる。
 大砲撃へ使う力も残っている。

『まだいける?』
「ああ」
『無理なら早めに言ってください』
「今は問題ない」

 終焉の炎の身体は半分近く戻っている。
 胸部の大型砲口はまだ完成していないが、その奥に原光が集まり始めた。
 これ以上の誘導を続ければ、反撃できる状態へ戻ってしまう。

「フィオラ」
「はい」

 射線から外れた位置で追っていたフィオラが答えた。

「このまま少し離れてついてきてくれ。八翼が崩れたら、俺を頼む」
「分かりました」

 フィオラは二翼を広げ、最終攻撃の射線へ入らない距離を保った。
 セトが八翼を解いた後に、また支えられる位置でもある。
 ここから先は八翼の仕事だった。

 セトは終焉の炎の進行方向を見た。
 その先に太陽がある。
 八翼が速度を上げ、終焉の炎の後方へ回り込む。

 シアとネアの分霊核もセトの周囲へ戻った。
 七つの赤。七つの黒。
 十四個が、次の二撃へ備えて位置を変える。

「ここからなら、全部の力を太陽の方向へ通せる」
『星華で削る』
『続けて、星穿で押し込む』
「ああ」

 終焉の炎の四翼が形を取り戻した。
 頭部が持ち上がる。
 胸部では、原光が一か所へ集まり始めている。
 再生が終わろうとしていた。

 セトは右手の極炎と、左手の絶光を握り直した。
 背後では八枚の翼が大きく開く。

 終焉の炎。
 その向こうに、太陽。
 二つは、一本の射線上へ並んでいた。


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エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介―― この剣はやがて、世界の向こう側にまで届く。 ―― 人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避…

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