エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第35話 最初の分霊核

エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第35話 最初の分霊核 エレメンタルクロス ~精霊の剣~
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第35話 最初の分霊核
エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介―― この剣はやがて、世界の向こう側にまで届く。 ―― 人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避…
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第35話 最初の分霊核 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

半日先の町

 翌朝、三人は樹海の近くに置かれた詰め所を出た。
 森の外縁に変化はない。
 新しい木が生えたという報告も、樹の精霊王が姿を現したという報告も届いていなかった。

「今日のうちは動かないと思います」

 ネアが森の方角を見る。

「絶光で空白になった場所へ、周囲から原光が戻るには時間がかかります」
「戻ったら、また増やす」

 シアが言った。

「可能性は高いです」
「その前に分霊核を見つける」
「候補が本物なら、ですが」

 町までは、樹海を避けて半日ほどだった。
 街道は遠回りになっていたが、通れなくなった区間には兵士が立ち、旅人へ迂回路を伝えている。
 三人は昼前に町へ着いた。

情報を持つ商人

 伝令から聞いた商人の店は、市場通りの端にあった。
 店先には布、香辛料、金具、装飾品が並んでいる。
 一つの品を専門に扱う店ではない。
 各地から買い集めた物を、別の場所へ運んで売る商人だった。

「加工できない宝玉を探している方々ですね」

 商人は、セトたちが名乗る前に言った。

「昨日、兵士から話が来たばかりですが、思ったより早かった」
「赤いものを探している」

 シアが店の奥へ入る。

「赤くて、小さくて、削れない玉だ」
「その条件なら、三つほど聞いたことがありますね」
「三つもあるのか」

 セトが聞き返した。

「三つまで減った、と考えましょう」

 ネアが言う。
 大陸中を歩いて探すよりは、はるかに少ない。
 だが、三つはそれぞれ別の場所にあった。

三つの候補

 商人は帳面を開いた。

「一つ目は、町の西にある小さな祠の祭具です。赤い玉が金具へはめ込まれています」
「削れない?」
「何代か前に金具を直そうとした職人が、玉だけは傷一つ付けられなかったそうです」

 二つ目は、町の南にある加工場へ持ち込まれた古い魔道具の部品だった。
 赤く丸い核が内部へ入っており、外そうとしても壊せなかったという。

「三つ目は?」
「宝石商が持っています」

 赤い小さな玉。磨かれた形に見えるが、削った跡はない。ルビーでもガーネットでもなく、どの種類の宝石か分からない。

「売り物なのか」
「一応は。ただ、加工できないので値を付けにくく、長く保管したままだそうです」
「どれが本物か分かる?」

 シアが尋ねる。

「説明だけなら、どれも近いです」

 ネアが答えた。

「実物の近くで、シアが確かめるしかありません」

人の手で絞る

「最初にどこへ行く」

 セトは帳面の三か所を見る。

「近い順なら祠です」

 商人が答えた。

「魔道具の加工場は、その次。宝石商は町の反対側です」
「なら、その順だ」
「私も同行しましょう」

 商人が帳面を閉じる。

「祠の管理人も加工場の職人も、突然見せてほしいと言われてすぐに応じるとは限りません。私が話を通した方が早い」
「助かる」

 セトが言った。
 分霊核を見分けられるのはシアだけだった。
 だが、どこにあるかを絞ったのは、人間が残した話と商人の記憶だった。
 精霊王の感知だけでも、人間の情報だけでも見つけられない。
 前日に決めた探索方法が、初めて形になっていた。

祭具の赤い玉

 祠は町の西門に近い場所にあった。
 石造りの小さな建物で、旅の安全と火除けを願う者が立ち寄る。
 祭壇の中央に、赤い玉が置かれていた。
 金属の輪へ挟まれ、炎をかたどった飾りに囲まれている。

「火の精霊王に関係する祭具なのですか」

 管理人がシアを見る。

「分からない。今から見る」

 シアは祭壇から数歩離れた。
 赤橙色の精霊力を、熱へ変えずに薄く広げる。
 力は床と壁へ触れ、祭壇をなぞり、シアのもとへ返った。

「違う」
「もう分かったのか」

 商人が尋ねる。

「全部返ってきた」

 シアは赤い玉へ近づいた。
 触れてみても、何も吸い込まれない。
 精霊力を受け入れる器ではなかった。

傷の付かない祭具

「しかし、本当に傷は付かないそうです」

 管理人は、祭具を支える金具の裏を見せた。
 金具には交換された跡がある。
 赤い玉の表面には、刃を当てたような跡すらなかった。

「分霊核でなくても、加工できない物はあるということですね」

 ネアが言った。

「何でできている」

 シアが尋ねる。

「分かっていません。昔からこの形で置かれていたと伝わっています」
「力もない?」
「祭具として大切にしていますが、不思議な力が起きたという話はありません」

 条件は近かった。
 それでも、火の分霊核ではない。

「一つ減った」

 シアが言う。

「残り二つです」
「三つまで減った時より進んだ」
「当然です」

魔道具の核

 二つ目の候補は、加工場の奥にあった。
 職人が作業台の上へ、金属製の筒を置く。
 筒の側面は割れており、内部に赤い球が見えていた。

「古い暖房用の魔道具らしい」

 職人が説明する。

「壊れているのに、この赤い核だけ外れない。周りの金属を削っても、核へ刃を当てると滑る」
「丸い」

 シアが覗き込む。

「赤い」
「削れません」

 商人が指を折る。

「条件は三つとも合います」

 シアは先ほどと同じように、薄い精霊力を広げた。
 赤い球へ触れた力は、吸収されずに返ってくる。
 ただし、祭具の玉とは戻り方が違った。

「中で動いた」
「何がですか」
「入らない。でも、触ったら別の力が回った」

 ネアが筒へ銀青色の線を近づける。

「魔道具の回路が残っています」

力を持つもの

 職人が筒の端へ小さな板を差し込んだ。
 赤い球の周囲に、弱い光が走る。
 筒から温かい空気が漏れた。

「壊れていても、少しは動く」
「分霊核ではありません」

 ネアが言った。

「分霊核は、人間が触れただけでは機能しません。この球は魔道具の一部として、すでに人間の仕組みで働いています」
「力も出してる」

 シアは筒へ手をかざした。

「最初から温かい」
「では、残り一つですね」

 商人が言う。

「最後が違ったら、また探す」
「三つは確定ではなく、今の情報で絞れた候補ですからね」

 ネアは先に釘を刺した。

「最後なら本物、とは限りません」
「でも、最後」
「順番上はそうです」

売れなかった宝石

 宝石商の店は、市場通りの反対側にあった。
 表には磨かれた石や、金具へはめられた装飾品が並んでいる。
 探している赤い玉は、売り場にはなかった。

「加工できない赤い石の話なら、たしかにあります」

 宝石商は、店の奥から木箱を持ってきた。

「ただ、宝石としては扱いにくい物です」

 箱の中には、布へ包まれた小さな赤い玉が入っていた。
 大きさは、指先でつまめるほどだった。
 表面は滑らかで、光を受けると内側に赤い色が沈んで見える。

「磨いたのか」

 セトが尋ねる。

「いいえ。手に入れた時からこの形です」
「自然に丸い?」
「そうとしか考えられません」

名前の付かない石

 宝石商は、別の箱から赤い石を二つ出した。
 一つはルビー。もう一つはガーネットだった。
 探している玉を、その間へ並べる。

「色は近いですが、同じ物ではありません」

 光の通り方も、表面の質も違う。
 硬さを調べる道具でも傷を付けられず、熱しても冷やしても変化しなかった。

「穴を開けて飾りへ使うこともできない。削って形をそろえることもできない。珍しいので保管していますが、買い手はほとんどいません」
「どこで手に入れた」
「何年か前、旅の行商人から買いました。その行商人も、別の町で古い箱の中に混ざっていた物を買ったそうです」

 それより前の所在は分からない。
 特別な由来も、名前も伝わっていなかった。
 ただの、種類の分からない赤い宝石として移動してきた。

返らない一点

「触る前に確かめる」

 シアは赤い玉から距離を取った。
 店内に熱を出さないよう、赤橙色の精霊力を薄く広げる。
 棚、壁、床、並べられた宝石。
 触れた力が、少しずつ形を変えて戻ってくる。
 木箱の中央だけ、戻らなかった。
 シアが目を開く。

「これ」
「吸収されましたか」
「入った。少しだけ」

 ネアも玉を見る。
 月の力を近づけても、何も起こらない。

「わたしには普通の石と同じです」
「火だけ入る」
「同一系統だけが扱えるという知識とも一致します」

 最初の二つとは違う。
 赤い玉は、シアの力だけを受け入れていた。

持ち主への説明

「これは何なのですか」

 宝石商が尋ねた。

「火の精霊王が使う器です」

 セトが答える。

「今まで危険がなかったのは、火の精霊王が力を入れていなかったからだ」
「武器になりますか」
「使い方によっては」

 ネアは曖昧にしなかった。

「ただし、人間が持っていても動きません。勝手に燃えたり、誰かへ作用したりする物でもありません」
「では、あなた方へ渡せば動く」
「シアなら使えます」

 宝石商は赤い玉を見た。

「元は精霊王の物だから、返せと言われるのでしょうか」
「言わない」

 セトはすぐに答えた。

「あなたが盗んだ物ではない。今の持ち主はあなたです」

 見つけることと、取り上げることは別だった。

売るための値段

「買えるなら買いたい」

 セトが言った。
 宝石商は少し考え、値を示した。
 希少な宝石としては高くない。
 何にも加工できない小さな玉としては、安くもなかった。

「その値段でいい」
「すぐに決めるのですか」
「必要な物だ」
「もう少し値を上げても買いそうですね」
「今から上げるのか」
「冗談です」

 宝石商は代金を受け取り、箱ごとセトへ渡した。

「一つだけお願いがあります」
「何だ」
「本当に動くところを見せてもらえませんか。何年も正体が分からなかった石です」

 ネアが店内を見回す。

「ここで試すのは危険です」
「町の外なら?」
「最初の確認だけなら」

最初に入れる力

 三人と商人、宝石商は町の外へ出た。
 街道から離れた空き地へ移動する。
 周囲に家も畑もない。
 セトは木箱を地面へ置き、蓋を開いた。
 赤い玉は、まだ宝石にしか見えなかった。

「少しずつです」

 ネアが言う。

「分かってる」
「昨日は、少しずつ最大まで入れると言いました」
「今日は少しだけ入れる」
「最大は付けませんね」

 シアは玉へ指を近づけた。
 指先から、ごく細い赤橙色の力を流す。
 炎にはしない。熱も持たせない。
 玉はシアの力を吸い込み続けた。

器が目覚める

 最初は、何も変わらなかった。
 しばらくすると、玉の内側へ小さな赤い光が灯る。
 表面が光ったのではない。
 奥へ沈んでいた色が、内側から明るくなっている。

「動いた」

 シアが指を離す。
 赤い玉が布から浮いた。
 数センチだけ上がり、その場に止まる。
 次に、シアの手の周囲をゆっくり回った。

「声は?」

 セトが尋ねる。

「ない」
「記憶は?」
「ない。何も考えてない」

 過去の精霊王が目覚めたわけではない。
 シアの力を受け入れ、器として動き始めただけだった。

周りを回る玉

 シアが右へ歩く。
 赤い玉も付いてくる。
 肩の高さを保ち、少し遅れて円を描いた。

「動かしているのはシアですか」

 ネアが尋ねる。

「たぶん」
「止めてください」

 シアが意識を向けると、玉の動きが止まった。

「上」

 玉が上がる。

「左」

 左へ動く。

「後ろ」

 シアの背後へ回った。

「考えた方向へ動く」
「自分で判断している感覚は?」
「ない。手を動かすより、火を動かす感じに近い」

 分霊核は命令を聞いているのではない。
 シアが自分の力の延長として動かしていた。

動かせる距離

 ネアは地面へ印を付けた。

「少しずつ離してみてください」

 シアは玉を前へ動かす。
 三メートル。
 五メートル。
 その距離では、まだ自由に上下へ動かせた。

 さらに離す。
 八メートルを越えた辺りで、動きが少し鈍くなった。
 十メートル近くまで進むと、玉が小さく揺れる。

「ここから先は重い」
「戻してください」

 玉はシアの近くへ戻り、再び肩の周囲を回った。

「知識にある範囲と一致します。実戦では、余裕を持ってさらに近くへ置いた方がよいでしょう」
「十メートルまで行ける」
「行けることと、そこで細かく扱えることは別です」

中に残る火

「入れた力は残ってる」

 シアが赤い玉を見た。

「戻せますか」

 ネアが尋ねる。
 シアは手を伸ばさず、玉へ意識を向けた。
 内側の赤い光が細くなり、シアの掌へ流れる。
 小さな炎が灯った。

「出せる」
「どれくらい残っていますか」
「さっき入れた分より少し減った。でも、ほとんどある」
「動かす時にも、わずかに使っているのでしょう」
「入れておいて、後で使える」
「ええ」
「予備の火」

 シアは分霊核へ、先ほどより少し多く力を流した。
 赤い光が強くなる。

「入れすぎないでください」
「まだ少ない」
「基準がシアなので信用できません」

離れた場所の炎

 空き地の端へ、倒れた木の一部があった。
 シアは分霊核を木の近くへ動かす。

「そこから火を出せる?」

 セトが尋ねる。

「やってみる」

 シアは自分の掌を動かさず、分霊核だけへ意識を向けた。
 赤い玉の前に、小さな炎が生まれる。
 炎は木へ触れ、表面を黒くした。

「出た」
「シア自身から撃ったのではないのですね」
「玉から出した」

 ネアは分霊核とシアの間へ線を伸ばした。

「中へ蓄えた力だけでなく、シアから力を送り、離れた位置で火へ変えることもできています」
「もう一つの手」

 セトが言った。

「ええ。これで、作用点として使えることも確認できました」

二つの起点

「両方から出す」

 シアは右手を前へ向けた。
 分霊核を、木の反対側へ回す。
 掌に炎を作りながら、分霊核の前にも炎を作ろうとする。
 赤い玉の内側で光が強くなった。
 だが、炎にはならない。

「出ない」
「手元の炎を止めてください」

 ネアが言う。
 シアが掌の炎を消す。
 直後、分霊核の前に炎が灯った。

「今度は出た」
「攻撃の起点を、シア自身から分霊核へ移したようですね」
「両方は?」
「もう一度試してみてください」

 シアは分霊核の炎を消し、自分の掌へ炎を作った。
 その状態から、再び赤い玉にも炎を作ろうとする。
 分霊核の内側へ赤い光が集まる。
 それ以上は進まなかった。
 分霊核側へ意識を移すと、手元の炎が消え、その直後に離れた位置で炎が灯る。

「片方ずつ」
「今のシアでは、二つの攻撃を同時には成立させられないようです」
「でも、すぐ切り替えられる」
「ええ。攻撃を放つ位置を変えられます」

 シアは自分の手から木へ炎を放った。
 炎を消す。
 その直後、木の反対側へ置いた分霊核から、同じ場所へ火を放つ。
 同時ではない。
 それでも、一方向を防いだ相手へ、ほとんど間を置かず別の方向から攻撃できる。

「挟める」
「攻撃する方向を切り替えれば、そう見せることはできます」

攻撃しながら守る

 セトは地面から細い枝を拾った。

「シアは、あの木へ火を出し続けろ」
「分かった」
「俺がこれを投げる。分霊核で止めろ」
「攻撃は二つ出なかった」
「分霊核には攻撃させない。守るだけだ」

 シアは少し考えた。

「やってみる」

 シアは自分の掌から、倒木へ細い炎を伸ばした。
 セトが枝を投げる。
 シアは炎を止めず、分霊核を枝の進路へ動かした。
 赤い玉の前へ、熱を帯びた壁が生まれる。
 枝は壁へ触れ、勢いを失って地面へ落ちた。
 倒木へ向けた炎は途切れていない。

「できた」
「攻撃を二つ同時にはできなくても、攻撃と防御は別の場所で行えるようですね」

 ネアが言う。

「樹海であれば、シア自身が樹の精霊王へ攻撃しながら、分霊核で外側から来る根を防げます」
「もう一つの手になった」

 シアは分霊核を手元へ戻した。

勝手には動かない

「もう一回」

 シアが言う。
 今度は、分霊核へ意識を向けずに炎を出した。
 セトが別の枝を投げる。
 赤い玉は、シアの肩の周囲を回ったままだった。
 枝はシアの足元へ落ちる。

「勝手には守らない」
「人格も判断力もありませんから」

 ネアが答えた。

「シアが危険を認識し、分霊核へ何をさせるか決める必要があります」
「手が増えても、頭は一つ」

 セトが言う。

「昨日の説明どおりです」
「でも、一つなら使える」
「今の試験では、です。実戦では相手も動きます」
「使いながら覚える」
「先に練習します」

二倍ではない

「力は増えた?」

 シアが尋ねる。

「持てる量は増えました」

 ネアが答えた。

「シア自身の力とは別に、分霊核の中へ蓄えた分も使えます」
「玉から出した火は弱かった?」
「多少は落ちていますが、シア自身から放ったものとほぼ同等です」

 シア自身と分霊核。どちらを起点にしても、同程度の攻撃を放てる。
 ただし、現在のシアには、二つの攻撃を同時に成立させることはできなかった。

「なら、こっちから撃った後、すぐ向こうから撃てる」
「ええ。攻撃する位置を切り替えられます」
「大きい攻撃も?」
「それぞれを起点にはできるでしょう。ただし、片方を放ってから、もう片方へ切り替えることになります」
「順番なら撃てる」
「分霊核へ十分な力が残っていれば」

 分霊核を得たことで、シア自身の一撃が二倍になったわけではない。
 ほぼ同じ力を出せる別の起点と、力を残しておく器が一つ増えた。

「樹海で足りなかったものだ」

 セトが言う。

「ええ。別の場所へ攻撃を切り替えられることと、本体が攻撃している間に、分霊核を防御へ使えることが重要です」

宝石ではなくなったもの

 試験を見ていた宝石商は、シアの周囲を回る赤い玉を見上げた。

「店にあった時とは、まるで違いますね」
「中に力が入ったから」

 シアが答える。

「もう宝石ではないのですか」
「人間から見れば、今でも赤い玉でしょう」

 ネアが言った。

「ただ、火の精霊王にとっては、本来の器として働き始めました」
「売った後で惜しくなりましたか」

 商人が尋ねる。
 宝石商は少し考えた。

「店に置いたままでは、一度も浮かなかったでしょう。正体が分かった方がよい」
「値段は上げない?」

 シアが聞く。

「もう売りました」
「いい商人」
「そう言っていただけるなら、次に似た物を聞いた時も連絡します」

最初の一つ

 商人と宝石商が町へ戻った後も、三人は空き地に残った。
 シアは分霊核を動かし続ける。
 前後へ移す。地面近くへ下げる。頭上へ上げる。

 自分から炎を放った後、分霊核へ攻撃の起点を切り替える。
 分霊核を防御へ使いながら、自分の炎を維持する。
 動きは少しずつ滑らかになった。

「名前は付けないのか」

 セトが尋ねる。

「誰かじゃないから付けない」

 シアは迷わず答えた。

「分霊核は分霊核」
「区別が必要になるほど増えたら?」

 ネアが尋ねる。

「一つ目、二つ目」
「そのままですね」
「分かりやすい」

 最初の一つは、シアの肩の後ろをゆっくり回った。

蓄える時間

 その日の残りは、分霊核へ力を蓄えながら過ごした。
 シアが一度に入れようとするたび、ネアが止める。
 少量を入れ、動かす。出した分を確かめる。再び蓄える。
 急に満たすのではなく、器がどれほど受け入れられるかを調べながら進めた。

「まだ入る」
「今日はここまでです」
「もっと入る」
「入ることと、今入れることは別です」
「明日使うかもしれない」
「だからこそ、安全を確かめる前に最大まで入れる理由はありません」
「壊れないと思う」
「思うだけですね」

 シアは不満そうにしながらも、力を止めた。

冷え始めた土地

 日が傾く頃、町の兵士が空き地へ来た。
 樹海からの報告ではなかった。

「別の地域で、急に冷え込みが強くなっています」

 兵士は地図を広げた。
 もともと寒さの厳しい山沿いだった。
 だが、今はその周辺まで地面が凍り、川の流れも止まり始めているという。

「氷の精霊王」

 シアが言った。

「可能性は高いです」

 ネアが地図を見る。

「樹の精霊王と同じように、自分の役割を広げているのでしょう」
「今度は分霊核がある」

 赤い玉が、シアの肩の周囲を一周する。

「一つだけです」
「昨日はゼロだった」
「その差がどこまで大きいかは、実戦で確かめることになります」

 セトは凍結が広がる地域と、現在地を見比べた。

「明日の朝に出る。今夜は休みながら、分霊核の扱いを確認する」
「分かった」

 シアは分霊核へ手を伸ばした。
 触れる前に、赤い玉が自分から手元へ寄る。
 自分から動いたのではない。
 シアが無意識に動かしたものだった。

 最初の分霊核を得ても、シア自身の力が急に強くなったわけではない。
 蓄えた火を残し、離れた場所へ運び、シアの意思で使うための器が増えた。
 昨日まで一つしかなかった作用点は、二つになっていた。


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エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介―― この剣はやがて、世界の向こう側にまで届く。 ―― 人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避…

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