エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第20話 来なかった精霊王たち

エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第20話 来なかった精霊王たち エレメンタルクロス ~精霊の剣~
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第20話 来なかった精霊王たち
エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避される二属性同時使用を隠しながら旅をしていた。ある日、巨…
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第20話 来なかった精霊王たち 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

剣から戻る者

 紫白色の雷をまとった剣が、ハルヴェンの手の中で震えた。
 刀身を走っていた雷が離れ、細い光となって地面へ流れる。
 ハルヴェンは柄から手を放した。
 剣が紫白色の光へほどける。
 光はその場へとどまり、人の輪郭を作り始めた。
 現れたのは、二十歳ほどに見える青年だった。
 セトよりもやや背が高い。鋼色にわずかな紫を混ぜた短い髪。濃い金色の瞳。
 黒に近い紫の袖なし上衣を着て、両腕には黒い布を巻いている。
 人の姿へ戻ったあとも、髪の先から細い雷が弾けていた。
 青年が目を開く。
 最初に見たのは、ハルヴェンだった。

「怪我は」
「ありません」
「本当か」
「鎧と服が焦げた程度です」

 ハルヴェンは自分の腕を動かしてみせた。

「中枢を壊した時に少し無理をしましたが、動けます」
「ならいい」

 青年が頷く。
 その声を聞き、ネアが振り返った。

「リグ?」

 青年もネアを見る。
 濃い金色の目がわずかに見開かれた。

「……ネアか。まだ生きていたのか」
「それはこちらの台詞です」
「最後に会ったのは、二百年ほど前だったか」
「正確には二百十三年前です」
「相変わらず細かいな」

 リグは苦笑した。

二百十三年ぶり

 シアはネアとリグを交互に見た。

「知り合いか」
「顔見知りです」

 ネアが答える。

「二百十三年前に会いました」
「一度ではない」

 リグが言った。

「三度は会った」
「そうでしたか」
「年数は覚えているのに、会った回数は覚えていないのか」
「年は記録に残しやすいですから」
「俺と何度会ったかは、記録するほどではなかったと」
「そこまでは言っていません」
「だいたい同じ意味だろう」

 ネアは否定しなかった。
 リグはシアへ目を向ける。

「お前が今代のイフリートか」
「ああ。シアだ」
「個人名を持っているのか」
「セトにつけてもらった」
「そうか」

 リグは岩陰に横たわっているセトを見る。
 セトは片腕を上げようとしたが、肘がわずかに動いただけだった。

「セトだ」
「リグだ。雷の精霊王、ペルーンの個人名でもある」
「さっきの剣は、お前だったのか」
「ああ。俺がハルヴェンへ身を預けた」

 リグはハルヴェンの隣へ並んだ。

「雷の精霊剣だ」
「精霊王本人だったんだな」
「剣から声が聞こえていただろう」
「聞こえたが、名前までは分からなかった」
「話している余裕もなかったからな」

 リグは倒れた古代兵器を振り返る。
 外殻から原光は漏れていない。
 中枢を破壊された巨体は、完全に沈黙していた。

火と雷

 リグは再びネアへ向き直った。

「それにしても、ネアが精霊剣として委ねる相手がいたとはな」
「あなたは、割と委ねがちみたいですね。イフリートと少し似てます」
「俺がイフリートと?」

 リグが眉を上げた。

「相手を選んだあと、身を預けることに迷いが少ないところがです」
「選んだ相手を信じるのは当然だろう」
「ああ」

 シアも頷いた。

「セトに預けると決めた。なら、迷う理由はない」

 ネアが二人を見る。

「ほら、似ています」
「俺は相手をよく見て決めた」

 リグが言う。

「わたしもちゃんと見た」
「どのくらいだ」
「魔剣を探す旅をした。魔獣とも戦った。グラウスとも戦った」
「なら、十分に見ているな」
「だからちゃんと見たと言った」
「俺もハルヴェンを見て決めた」
「同じだな」
「一緒にするな」
「なぜだ」
「俺の方が慎重だった」
「わたしも慎重だった」

 シアとリグが互いを見る。

「張り合うところではありません」

 ネアが言った。

「ですが、二人とも相手を選んだあとは迷わないのでしょう」
「迷う必要がない」

 シアとリグの声が重なった。
 ネアは小さく息を吐いた。

「やはり似ています」

噂の二本

 ハルヴェンは三人の会話を聞きながら、セトを見ていた。

「あなたがセトさんだったんですね」
「さっき名乗っただろ」
「名前は聞きました。ただ、噂の人物と同じだとは、まだ確認できていませんでした」
「噂?」
「東へ向かう途中で聞きました」

 ハルヴェンはシアとネアを見る。

「火と月。二人の精霊王を、それぞれ精霊剣として使う剣士がいると」
「もう噂になっているのか」

 セトが眉を寄せる。

「ローディア王国で、古代兵器を次々に倒していましたからね。兵士や術士だけでも、かなりの人数が見ています」
「使う、ではありません」

 ネアが言った。

「わたしたちが、自分の意思で身を預けています」
「はい。今は理解しています」
「噂は違ったのか」

 シアが尋ねる。

「完全に間違っているわけではありません。ただ、二人の精霊王を剣に従わせているとか、二本の精霊剣を同時に振るっても疲れないとか、いろいろ混ざっていました」
「従わせていない」

 セトが言う。

「疲れないというのも違う」
「それは見れば分かります」

 ハルヴェンは、岩陰から起き上がることもできないセトを見る。

「噂を聞いた時は、もっと人間をやめているような方を想像していました」
「失礼だな」
「二人の精霊王を同時に扱い、巨大な古代兵器を倒し続けても平然としている人物ですよ。普通の人間とは思えません」
「平然とはしていない」
「ええ」

 ハルヴェンは頷いた。

「今は指も満足に動かせないようですし、少なくとも人間としての限界はあるのだと分かって、少し安心しました」
「安心するところか」
「同じ人間だと分かるのは大事です」
「俺は最初から人間だ」
「噂だけを聞くと、少し疑いたくなります」

 セトはもう一度腕を動かそうとした。
 指がわずかに曲がっただけだった。

「少し休めば動ける」
「そこも人間らしくて安心します」
「褒めているのか」
「褒めています」
「そうは聞こえない」

 ハルヴェンの口元が少し緩んだ。

轟雷

「そういえば、さっきの剣には名前があるのか」

 シアが尋ねた。

「轟雷だ」

 リグが答える。

「俺がハルヴェンへ身を預けた、雷の精霊剣の名だ」
「ゴウライ」
「そうだ」
「分かりやすい」
「極炎も似たようなものだろう」
「そうか?」
「火の力を極めた炎。雷を轟かせる剣。方向は同じだ」
「絶光は?」

 シアがネアを見る。

「光を絶つ剣です」
「同じだな」
「わたしまでまとめないでください」
「嫌なのか」
「嫌とは言っていません」

 リグはハルヴェンの肩へ手を置いた。

「それに、ハルヴェンはすごいぞ。二つの極大技を使う」
「見た」

 シアが答えた。

「バリバリ飛ばすのと、ズドンと通すやつ」

 リグの眉が動いた。

「……もう少し言い方があるだろう」
「分かればいい」
「俺も、戦っている最中はだいたい同じ認識です」

 ハルヴェンが言った。

「お前までそちらへ行くな」
「実際、広く雷を伝える技と、一点を貫く技ですから」
「だから、それぞれに名前がある」

 リグはシアへ向き直った。

「広範囲へ雷撃を伝播させるのが――」
「バリバリ」
「最後まで言わせろ。万雷だ」
「分かった。万雷」
「高速で一点を突破するのが――」
「ズドン」
「先に言うな。迅雷だ」
「分かった。迅雷」
「本当に分かったのか」
「万雷がバリバリで、迅雷がズドン」
「結局そちらで覚えているではないか」

 シアはハルヴェンを見る。

「二つとも、ハルヴェンが考えたのか」
「考えたというより、リグと一緒に使える形を探しました」
「俺は雷の出力と流れを制御する」

 リグが続ける。

「どこへ踏み込み、どの瞬間へ力を集中させるかは、ハルヴェンが決める」
「極炎と同じだ」
「精霊剣なのだから、基本は同じだ」

二つの極大技

 ハルヴェンは倒れた古代兵器へ目を向けた。

「今回は万雷で広い範囲を壊し、再生に原光を使わせました」
「バリバリが効いた」

 シアが言う。

「最後は、皆さんが作った道へ迅雷を通しました」
「ズドンだ」
「シア」

 リグが低い声で呼ぶ。

「名前は覚えた。万雷と迅雷」
「なら、その名前で呼べ」
「バリバリとズドンの方が分かりやすい」
「俺には分かりにくい」

 ハルヴェンは少し笑いながら続ける。

「迅雷だけでは、中枢まで届かなかったと思います」
「極炎でも届かなかった」

 シアが言った。

「極炎の跡があったからです。外殻と内部の壁が一度破壊され、再生も完全ではなかった。そこへ迅雷を通せました」
「跡がなくても届いたか?」
「難しかったでしょうね」
「なら、二人で届いた」
「そういうことです」

 シアは満足そうに頷いた。
 リグは岩陰のセトを見る。

「もっとも、二つの極大技より、俺にはお前の方が理解できない」
「俺が?」
「火と月。二人の精霊王がお前へ身を預けている」

 ハルヴェンも頷いた。

「二つの技を使うより、二人と精霊剣としてつながる方が、どう考えてもすごいですけど」
「人間としての限界はあると、安心したんじゃなかったのか」
「限界があることには安心しました」

 ハルヴェンはセトと、その近くにいるシアとネアを見る。

「ですが、二人の精霊王から選ばれ、二本の精霊剣を使えること自体は、やはり普通ではありません」
「同時に使える時間は短い」
「使える時点で言っています」
「今も一度使い切っただけで、この状態だ」
「限界まで使えば動けなくなる。それは人間として普通です」

 ハルヴェンは一度言葉を切る。

「二人と精霊剣としてつながっていることは、普通ではありません」
「俺が二人を剣にしているわけではない」

 セトが言った。

「二人が決めた」
「そこも含めて言っています」
「何がだ」
「二人から選ばれているところです」

 セトはシアとネアを見る。
 シアは当然のように頷いた。
 ネアは何も言わなかったが、否定もしなかった。

戦いのあと

 古代兵器の周囲では、国軍が損害の確認を始めていた。
 破壊された大砲。砲撃でえぐられた地面。崩れた岩壁。倒れた兵士。
 兵器を破壊できたからといって、戦場から被害が消えるわけではない。
 救護班が負傷者を担架へ載せ、後方へ運んでいく。
 動ける兵士は、古代兵器の周囲へ縄を張っていた。
 中枢を破壊したとはいえ、安全が完全に確認されたわけではない。
 隊長がセトたちのもとへ来た。

「兵器が再び動く可能性はあるか」
「中枢の原光は消えました」

 ネアが答える。

「外から流れ込む原光も、兵器の内部には入っていません。すぐに再起動する可能性は低いでしょう」
「低い、か」
「絶対にないとは言えません」
「分かった。監視は残す」

 隊長は倒れた兵器を見る。

「解体も待たせる。内部へ入るのは、安全を確認してからだ」
「その方がよいでしょう」
「それから、お前たちも救護所へ行け」

 隊長はセトだけでなく、シア、ネア、ハルヴェンにも目を向けた。

「全員、ひどい状態だ」
「わたしは動ける」

 シアが答える。

「動けることと、無事であることは違う」

 隊長はそれだけ言い、兵士たちの方へ戻った。
 シアがセトを見下ろす。

「歩けるか」
「さっきよりは」
「では立て」
「待ってください」

 ネアが止めた。

「さっきより動けることと、歩けることは同じではありません」
「試さなければ分からない」
「立たせて倒れたら、傷が増えます」
「わたしが支える」
「あなたも消耗しています」

 シアはハルヴェンを見る。

「ハルヴェンに運ばせるか」
「俺ですか?」
「一番元気そうだ」
「俺も迅雷を使った直後ですよ」
「歩けている」
「基準が低すぎます」

救護所

 結局、セトは二人の兵士が運ぶ担架へ載せられた。
 本人は歩けると言い張ったが、身体を起こしたところで腕の力が抜けた。
 シアは何も言わず、担架の横を歩く。
 ネアは少し離れ、周囲の原光を確認しながらついてきた。
 流れは少しずつ元へ戻っている。
 古代兵器が吸い上げた分が、すぐにすべて戻るわけではない。
 それでも、岩場を通る原光は明らかに増えていた。
 救護所は、戦場から離れた野営地に作られていた。
 大きな天幕の下に寝台が並び、負傷者の治療が続いている。
 セトは空いていた寝台へ下ろされた。
 術士が胸と腕へ手を当て、精霊力の流れを確認する。

「大きな傷はありません」
「なら戦える」
「戦えません」

 術士は即答した。

「精霊力の流れが弱りきっています。少なくとも今日は休んでください」
「今日は、か」
「明日も戦わないでください」
「何日だ」
「回復を見て決めます」
「曖昧だな」
「無理をした人ほど、回復する日数は曖昧になります」

 術士はシアとネアを見る。

「お二人もです」
「わたしは動ける」

 シアが答える。

「動けることと、休まなくてよいことは違います」

 先ほどネアが言ったものと似た言葉だった。
 シアはネアを見る。

「同じことを言った」
「正しいからでしょう」
「今日は、わたしの味方がいない」
「最初から休むという選択をすれば、敵も生まれません」

 ハルヴェンも別の術士から腕と脚を調べられていた。

「こちらは軽い消耗ですね」
「軽いですか」
「そちらの寝台にいる人と比べれば」

 術士がセトを見る。
 ハルヴェンは少し安心したように頷いた。

「やはり、俺より無茶をしていたんですね」
「比べるな」

 セトが言った。

五人

 治療を終えると、五人は救護所の隣にある小さな天幕へ移された。
 負傷者の治療を妨げず、話もできる場所だった。
 セトは簡素な寝台へ横になっている。シアはその隣の椅子へ座った。ネアは入口の近くに立つ。ハルヴェンとリグは、向かい側へ腰を下ろした。

「改めて、ハルヴェンです」

 ハルヴェンが言った。

「西のヴァレスト王国で騎士をしています」
「ここは東のローディア王国だ」

 セトが言う。

「かなり遠くまで来たんだな」
「はい」
「国の命令で来たのか」
「いいえ」

 ハルヴェンはリグを見る。

「今回は、リグの判断です」
「俺だけではない」

 リグが答える。

「ハルヴェンも来ると決めた」
「俺が一人で帰ると言ったら、止めたでしょう」
「当然だ。精霊剣として戦うなら、お前がいなければ始まらない」
「なら、二人の判断です」
「そういうことにしておこう」
「西でも古代兵器が動いていたのか」

 セトが尋ねる。

「いや」

 リグが答えた。

「西では、古代兵器そのものは確認していない」
「では、なぜ東へ来た」
「原光の異常は西でも起きていた」

 リグの表情から笑みが消える。

「森の状態も、精霊術の乱れも、こちらと大きくは変わらない。西に原因がないなら、別の場所を調べる必要があった」
「それで東まで?」
「それだけではない」

確認に来た

 リグは少し間を置いた。

「助けに来た、と言いたいところだが、どちらかというと確認に来た」
「確認?」

 ネアが尋ねる。

「お前たちと連絡が取れるかどうかだ」

 シアが首を傾げた。

「わたしたちを知っていたのか」
「ネアが東にいることは知らなかった。今代のイフリートが人間と行動しているという話は聞いていた」
「噂か」

 セトが言う。

「ああ。ハルヴェンが聞いた噂と同じものだ」
「それでわたしたちを探した?」
「お前たちだけではない」

 リグは腕を組んだ。

「ほかの精霊王にも呼びかけた」
「返事は?」

 ネアが尋ねる。

「ない」
「全員ですか」
「俺が連絡を取ろうとした範囲では、誰からも返らなかった」

 シアがリグを見る。

「だから、実際に探しに来たのか」
「そうだ。お前たちまで見つからないなら、原光の異常だけでは済まない」

 ハルヴェンが続ける。

「東へ向かう途中で、原光が大きく曲がっている場所を感じました」
「わたしが流れを止めていた場所ですね」

 ネアが言う。

「はい。近づくと砲撃の音が聞こえ、巨大な兵器が見えました」
「それで、事情も聞かずに飛び込んできた」

 セトが言った。

「聞いている余裕はなさそうでしたから」
「正解だ」

 シアが頷く。

「もう少し遅ければ、原光のある場所まで逃げられていた」

返事がない

 ネアは考え込んでいた。

「ほかの精霊王から、まったく返答がないのですか」
「少なくとも、俺が知っている相手からはな」
「普段から連絡を取っているのか」

 セトが尋ねる。

「頻繁には取らない」

 リグが答えた。

「精霊王は、それぞれ自分のいる土地や現象を見ている。人間の軍や組織のように、定期的に報告をするわけではない」
「二百十三年ぶりに会う程度です」

 ネアが言った。

「そこをまた正確に言うのか」
「事実ですから」
「なら、返事がないのも普通ではないのか」

 セトの問いに、リグは首を横へ振った。

「一人や二人ならな」
「今回は違う?」
「世界中で原光が減った。どこにいても、何かしらの影響を受ける規模だ」

 ネアも頷いた。

「森が枯れ、精霊術が不安定になり、精霊王自身の力にも影響が出ています。異常に気づかないとは考えにくいでしょう」
「気づいても、ここへ来るとは限らない」

 シアが言う。

「それはそうです」
「自分のいる場所を守っているかもしれない」
「その可能性もあります」
「なら、おかしくない」
「いいえ」

 ネアは静かに否定した。

「来ないことだけなら、おかしくありません」
「何が違う」
「返事がないことです」

少なすぎる

 天幕の外から、負傷者を運ぶ兵士たちの声が聞こえる。
 古代兵器との戦いは終わっている。
 それでも、天幕の中へ安堵は戻らなかった。

「わたしも、少し気にはなっていました」

 ネアが言った。

「何がだ」
「少なすぎるのです」
「何が」
「わたしたちが、です」

 シアは天幕の中を見回した。
 自分。ネア。リグ。

「三人いる」
「精霊王は、三人だけではありません」
「知っている」
「今回の異常は、ローディア王国だけの問題ではありません。原光は広い範囲から吸い上げられていました」
「だから、ほかも気づく」
「ええ」
「ここに来なくても、自分の場所で動いているかもしれない」
「その可能性はあります。ですが、それでも少なすぎます」

 ネアはリグを見る。

「あなたが呼びかけても、誰も答えなかった」
「ああ」
「わたしも、この国へ来るまでに、ほかの精霊王とは会っていません」
「わたしもだ」

 シアが言う。

「お前は生まれてから一年だろう」

 リグが指摘した。

「会っていなくても不思議ではない」
「でも、ネアは長い」
「そうですね」

 ネアは否定しなかった。

「普段から頻繁に会うわけではありません。しかし、世界規模の異常が起きている時まで、これほど気配がないのは不自然です」

考えられる理由

「原光が減ったせいで、動けなくなった可能性は?」

 ハルヴェンが尋ねた。

「あります」

 ネアが答える。

「ですが、精霊王は周囲の原光だけで存在しているわけではありません。シアが先ほど戦えたように、自分の内側にも力を持っています」
「かなり減った」

 シアが言う。

「今はあまり出せない」
「それでも、存在そのものがすぐに失われる状態ではありません」
「場所によっては、ここより原光が少なかったかもしれない」

 セトが言った。

「古代兵器は複数の場所から吸っていた。流れの近くにいた精霊王ほど、強く影響を受けた可能性はある」
「それも考えられます」
「全員が弱って、返事もできない?」
「全員という部分が問題だ」

 リグが答える。

「俺もネアもシアも影響は受けた。それでも動けている。ほかの者だけが、全員同じように返事すらできなくなるとは考えにくい」
「何かと戦っている可能性もあります」

 ハルヴェンが言う。

「古代兵器が、ほかの場所にも残っていたとか」
「それなら、何らかの異常が見えるはずです」

 ネアは天幕の外へ視線を向けた。

「これほど巨大な兵器でなくても、精霊王が戦えば周囲の原光は大きく動きます」
「遠ければ分からない」

 シアが言う。

「分かりません。ですから、まだ何も決められません」
「死んだ可能性は?」

 セトが尋ねた。
 ネアはすぐには答えなかった。

「否定はできません」
「全員が?」
「それは、さらに考えにくいです」
「では、どこかにいる」
「いるはずです」

 ネアの言葉には、いつもの確信がなかった。

精霊王を探す

「精霊王が人間へ連絡せず、姿を隠すことはあるのか」

 セトが尋ねる。

「あります」

 ネアが答えた。

「人間との関わりを好まない者もいます。自分の現象や土地から、ほとんど離れない者もいます」
「ほかの精霊王とも会わない?」
「珍しくはありません」
「なら、存在を確かめる方法は?」
「直接探すしかない場合もあります」
「時間がかかるな」
「ええ」
「だが、探さないわけにはいかない」

 リグが言った。

「古代兵器は止まった。原光を吸い上げていた原因もなくなった。それでも返事がないなら、別の理由がある」
「原光が戻れば、返事が来るかもしれない」

 シアが言う。

「その可能性はあります」
「では待つか」

 シアの問いに、ネアは頷いた。

「少しは待ちます」
「待つのか」
「セトも、わたしたちも、すぐには動けません」
「わたしは歩ける」
「歩けても戦えません」
「殴ることはできる」
「先ほどから手が震えています」

 シアは両手を背中へ隠した。

「震えていない」
「隠さないでください」

 セトが寝台の上で息を吐く。

「シア、今日は休め」
「セトが言うなら休む」
「わたしが言っても聞かないのですか」

 ネアが尋ねる。

「ネアは少し動ける」
「わたしも原光の流れを止め続けていたのですが」
「では、一緒に休む」
「最初からそうしてください」

調べる順番

「動けるようになったら、どこから探す」

 セトが尋ねた。

「最後に所在が知られていた精霊王からです」

 ネアが答える。

「すぐに確認できるだけでも、複数います」
「リグが連絡を取ろうとした相手も含まれる?」
「重なっている者もいるでしょう」

 ネアはリグを見る。

「あなたが呼びかけた相手と、その場所を教えてください」
「ああ」
「重なっていない相手から調べれば、範囲を広げられます」
「俺たちも行く」

 ハルヴェンが言った。

「ヴァレスト王国へ戻らなくていいのか」

 セトが尋ねる。

「今回の異常が世界規模なら、西だけを守っていても解決しません」
「国の許可は?」
「あとで報告します」
「先にではないのか」
「リグと行動していると、そういう順番になることがあります」
「人のせいにするな」

 リグが言った。

「今回は、リグが急に東へ行くと言ったんですよ」
「お前もすぐ同意しただろう」
「一人で行かせる方が危険ですから」
「なぜ俺が危険なんだ」
「話を聞く前に雷を落とすからです」
「今回は正しかった」
「今回は、です」

 シアが二人を見る。

「やはりセトとわたしに似ている」
「どちらがどちらだ」

 リグが尋ねる。

「ハルヴェンがセト。リグがわたし」
「俺はもう少し考えてから動く」
「わたしも考えている」
「お前は考えたあとが早すぎる」
「それならリグも同じだ」

 ネアが静かに頷いた。

「やはり似ていますね」

終わったはずの異常

 夕方になると、戦場から届く音は少なくなった。
 大砲はもう撃たれていない。古代兵器が動く音もない。原光の流れも、少しずつ本来の道へ戻っている。
 このまま回復が進めば、枯れ始めた森にも変化が現れるかもしれない。
 精霊術の不安定さも、時間とともに収まる可能性がある。
 古代兵器による異常は終わった。
 少なくとも、目の前にあった原因は取り除かれた。
 それでも、別の異常が残っている。

「リグ」

 ネアが呼んだ。

「何だ」
「最初に連絡を取ろうとしたのは、いつですか」
「原光の減少を明確に感じたあとだ」
「それから一度も?」
「返答はない」
「異常が始まる前は?」
「しばらく連絡を取っていない。普段なら、それで困ることもないからな」
「今回は困る」
「ああ」

 リグの声から軽さが消えた。

「原光が戻り始めても、返事がないままなら、異常はまだ終わっていない」

 シアが天幕の外を見る。

「返事をしないだけかもしれない」
「そうであればよいのですが」

 ネアが言った。

「よくない。返事くらいしろ」
「そうですね」
「見つけたら言う」
「何をですか」
「返事をしろ、と」
「まずは無事か確認してください」
「無事なら言う」

 セトは目を閉じた。

「動けるようになってからだぞ」
「分かっている」
「本当に?」
「分かっている」
「今度は、たぶんではないな」
「たぶんではない」

 セトは少し安心して、身体の力を抜いた。

来なかった者たち

 夜。

 戦場の監視へ残った兵士から、古代兵器に変化はないと報告が入った。
 原光は戻り続けている。中枢は沈黙したまま。再生も起きていない。
 ローディア王国を脅かした古代兵器との戦いは、これで終わった。
 だが、世界の異常に気づいていたのは、セトたちだけではないはずだった。
 原光を吸われた土地。枯れた森。不安定になった精霊術。力を奪われた精霊王。
 これほど大きな異常が起きても、現れたのは火と月と雷だけだった。
 来られなかったのか。
 来ようとしなかったのか。
 どこかで別の異常へ対処しているのか。
 それとも、返事をすることさえできないのか。
 今はまだ、何も分からない。

「古代兵器は全部倒した」

 シアが言った。

「ああ」

 セトが答える。

「次は精霊王を探す」
「俺たちが動けるようになってからだ」
「分かっている」
「ネア」

 セトが呼ぶ。

「はい」
「連絡の取れる精霊王が、一人もいないのか確かめるんだな」
「ええ」
「本当に誰も見つからなかったら?」

 ネアは、すぐには答えなかった。

「見つからない理由を探します」

 古代兵器は、もう原光を吸っていない。
 それでも、来なかった精霊王たちは戻らなかった。


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