
ファンタジー作品には、ときどき「ネームド」と呼ばれる存在が登場します。
同じ種族や同じ役割を持つ者たちの中でも、固有の名前を持つ特別な個体です。
ネームドには、大きく分けて二つの考え方があるように思います。
一つは、もともと強い個体だったために名前を与えられ、ほかと区別されるようになったもの。
もう一つは、名前を与えられたことで、名付けた者や上位の存在とのつながりを得て、それまでとは異なる力を持つようになったものです。
本作は、どちらかといえば後者に近い設定です。
ただし、名前そのものが力を与えるというよりも、名前によって生まれる「つながり」と「境界」を重視しています。
人間には、名前があることが普通です。
では、もしすべての人間に名前がなかったら、どうなるのでしょうか。
おそらく、今よりも個人の区別が曖昧になり、それぞれが役割によって認識される社会になるのではないかと思います。
兵士、商人、親、子供。
誰であるかではなく、何をする存在なのかによって扱われる。
アリやミツバチのように、社会性を持ちながらも、個人ではなく役割を中心として動く存在に近づくのかもしれません。
もちろん、アリやミツバチも、人間には分からない方法で互いを個体として認識し、名前のようなもので呼び合っている可能性は捨てきれませんが。
こうして考えると、名前は思っている以上に、個人の境界を作り、他者とのつながりを保つことへ貢献しているように思います。
本作に登場した水の精霊王には、最後まで個人としての名前がつきませんでした。
それでも、村の人々に祀られ、毎日そこにいることを確かめられたことで、完全に水へ戻ることなく、人の姿と自分の境界をぎりぎりで維持しています。
一方、作中では明言していませんが、先代のイフリートにも名前はありません。
イフリートという役割はあっても、その役割とは別に個人を示す名前がない。
その違いが、精霊王の人格や記憶がどこまで残るのかにも関わっています。
ミレナは、それとは少し異なる例です。
ミレナには、風の精霊王となる前から、人間としての名前と記憶と、周囲の人々とのつながりがありました。
だから創界によって風の精霊王の役割と知識を失っても、ミレナ自身まで失われることはありません。
風の精霊王でなくなった後にも、人間のミレナが残る。
役割と個人が重なっていても、最初から同じものではなかったからです。
シアとネアが最後のぎりぎりのところで戻ってこられたのは、創界の中で二人が混ざらず、それぞれの境界を保っていたからです。
そして、セトとのつながりが残り、セトが二人の名前を呼び続けたからでもあります。
火の精霊王と月の精霊王ではなく、シアとネア。
役割だけではなく、誰であるかを示す名前が残っていた。
境界とつながりがあれば、失われかけた個人も、ぎりぎりのところで戻ってこられる。
役割を失っても、個人として残ることができる。
そうしたことを描きたくて、ここまでの物語を書いてきました。
眠りの王との戦いには決着がつきましたが、セトたちの物語が終わったわけではありません。
精霊王の役割が世界へ戻ったことで、これから新しく始まるものもあります。
創界を通して見えた、世界の上にあったものも、まだ正体は分かっていません。
ここまでは、一つの大きな区切りです。
物語は、まだまだ続きます。
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