
先輩が来る前
今日は、うちの人間の先輩という者が家へ来ていた。
先輩といっても、年齢が大きく離れているわけではない。
同じ仕事場で、うちの人間より少し前から働いている。
仕事のやり方を教えたり、困ったときに相談へ乗ったりする相手らしい。
人間の関係には、名前が多い。
先輩。
後輩。
上司。
同僚。
友人。
知人。
シジミから見れば、同じ人間である。
だが、人間は互いの位置を決めることで、話し方や態度を変える。
うちの人間は、先輩が来る少し前から部屋を片づけていた。
普段は床へ置いたままの本を棚へ戻す。
机の上の容器をまとめる。
長椅子の上に積んでいた布を別の部屋へ運ぶ。
来客があるときだけ、家が急に整う。
人間は、自分のためには片づけられない。
他人からどう見えるかが加わると、急に動ける。
ならば、常に誰かが来ると思って暮らせばよいのではないだろうか。
もっとも、誰も来ないと分かれば、すぐに元へ戻るだろう。
待つことを知っている
先輩は、手土産らしい菓子を持ってきた。
うちの人間は喜んだ。
「ありがとうございます。ちょうど甘いもの食べたかったんです」
昨日も食べていた。
甘いものを食べたい時間が長すぎる。
先輩は長椅子へ座った。
うちの人間は飲み物を用意する。
シジミは少し離れた棚の上から、二人を見ていた。
先輩は、シジミを見つけてもすぐに近づかなかった。
「あ、シジミちゃん」
名前は知っているらしい。
うちの人間が話していたのだろう。
先輩は軽く手を上げただけで、そのまま座っていた。
悪くない。
猫を見つけた人間は、すぐに距離を詰めることが多い。
名前を呼ぶ。
手を伸ばす。
顔を近づける。
そして猫が離れると、
「人見知りなんだね」
と言う。
近づいた自分の行動は考えない。
この先輩は、少なくとも待つことを知っているらしい。
うちの人間は飲み物を持って戻り、先輩の向かいへ座った。
しばらくは仕事の話をしていた。
誰が何を忘れた。
どの予定が遅れている。
誰へ確認しなければならない。
どの人間も、ほかの人間の失敗をよく覚えている。
自分の失敗については、
「いろいろあって」
で済ませるのに、他人の失敗は日時まで正確に覚えている。
やがて、話題が小説へ移った。
うちの人間が自分で小説を書き始めたことを、先輩へ話したらしい。
先輩も以前から小説を書いているという。
好きなのと書けるのは違う
うちの人間は、少し身を乗り出した。
「先輩も俺TUEEE系が好きですよね?」
「好きだよ」
「やっぱり書くのも俺TUEEE系ですか?」
先輩は少し考えた。
「そうなんだけど、好きなのと書けるのは違うかな」
うちの人間の動きが止まった。
少し前に、自分でも同じことを思い知ったばかりである。
読むのは好きだった。
主人公が強い。
周囲が驚く。
実力を認めなかった者が後悔する。
そのような話を何冊も読んでいた。
だから、自分でも書けると思った。
だが、いざ書けば、どこかで読んだような話になった。
異世界。
特別な力。
冒険者。
測定道具が壊れる。
書きやすい形を選んだつもりが、形しかなかった。
うちの人間は飲み物を一口飲んだ。
「先輩でも、好きなものをそのまま書けるわけじゃないんですね」
「書けないことはないけど、たぶん私の得意なところじゃない」
「じゃあ、何が得意なんですか?」
「私ができるのは、世界観のほう」
世界を先に作る
世界観。
うちの人間も、小説の書き方を調べたときに何度も見ていた言葉である。
世界の様子。
国。
町。
歴史。
魔法。
暮らし。
制度。
そういうものをまとめて呼ぶらしい。
先輩は続けた。
「世界を先に作って、登場人物を経て読者に見てもらう感じ」
うちの人間は首を傾げた。
「世界を先に作る?」
「そう。例えば、魔法があるなら、どうして使えるのか。誰でも使えるのか。何を消費するのか。生活にどこまで入ってるのか」
「そこまで考えるんですか?」
「考えるのが好きだから」
先輩はさらりと言った。
うちの人間なら、魔法が使える世界を考えるとき、最初に、
どの魔法が一番強いか。
主人公が何を使えば驚かれるか。
戦いでどう勝つか。
そこを考える。
魔法が日常にあるなら
先輩は違うらしい。
魔法が日常にあるなら、人間は何に使うのか。
火を起こす。
水を運ぶ。
物を乾かす。
病気を治す。
遠くへ連絡する。
できることが増えれば、働き方も変わる。
道具も変わる。
法律も必要になる。
禁止される使い方もある。
人間は便利なものを作ると、それを悪用する者も同時に現れる。
先輩は、そういうつながりを考えるのが好きらしい。
うちの人間が尋ねた。
「設定先行型ってことですか?」
「たぶん、そう」
推理小説とは違う
「だったら、推理小説とか向いてそうですね」
「どうして?」
「設定が複雑だから」
推理小説を、設定が複雑なものとしてまとめている。
以前も似たようなことを言っていた。
犯人。
動機。
手がかり。
仕掛け。
それらを細かく考えるから、世界観を作る者に向いていると思ったらしい。
先輩は少し笑った。
「推理小説は、世界観っていうより状況の作り方かな」
「違うんですか?」
「私の感覚ではね。推理小説も舞台のルールは必要だけど、勝手に決めたルールじゃ駄目なことが多いでしょ」
「勝手に決めたルール?」
「犯人だけ壁を通れます、とか」
「それは駄目ですね」
うちの人間でも分かるらしい。
途中まで普通の人間の事件として進めておきながら、最後に犯人だけ壁を通れると言われれば、推理のしようがない。
「推理小説は、限られた状況をちゃんと作って、その中で成立するように考える感じ。私は、世界のルールそのものを勝手に決めるほうが好き」
「だったら、やっぱりファンタジー?」
「ファンタジーなら、結構好き勝手に決めやすいかな」
先輩はそう言って、菓子を一つ取った。
「空に島が浮いててもいいし、海の中に町があってもいいし、死んだ人と話せてもいい。最初にそういう世界だと決めて、その結果どうなるかを考える」
「何でもありですね」
「何でもありに見えて、決めたあとは守らないといけないけどね」
決めたあとは守る
そこが重要らしい。
何でも決めてよい。
だが、一度決めたことを都合よく変えてはいけない。
空を飛ぶには特別な石が必要だと決めた。
ならば、石を持たない者が急に飛んではいけない。
死者とは一度しか話せないと決めた。
ならば、必要な場面だけ何度も話せるようにはできない。
人間は、自分で決めた規則に自分で縛られる。
ずいぶん面倒な遊びである。
しかし、シジミには少し分かる。
猫にも、自分で決めた場所がある。
眠る場所。
見回る道。
危険があれば逃げる方向。
一度安全だと判断した場所は使う。
危険だと分かれば変える。
規則があれば、迷う時間が減る。
先輩は、世界の規則を作り、その中で登場人物を動かす。
うちの人間は、登場人物を先に考え、その人物が強く見えるように世界を動かそうとする。
似ているようで、順番が違う。
全部説明したら邪魔
うちの人間は少し感心した顔をした。
「世界を作って、登場人物に見せてもらうんですね」
「そんな感じ。読者も登場人物と一緒に世界を見る」
「じゃあ、説明をいっぱい書くんですか?」
先輩は少し困った顔をした。
「そこが難しい」
世界を作った者は、作ったものをすべて見せたくなるらしい。
国の歴史。
魔法の仕組み。
昔の戦争。
神の名前。
町の制度。
通貨。
食文化。
考えたのだから、書きたくなる。
だが、登場人物が今知らないこと。
必要のないこと。
話の流れと関係のないことまで並べれば、読む側は困る。
先輩は言った。
「私の中では全部つながってても、読者に全部説明したら邪魔だからね」
「もったいなくないですか?」
「もったいないよ」
「じゃあ書けばいいのに」
「書いたら読みにくくなる」
「せっかく考えたのに?」
「考えたからって、全部出す必要はないから」
使わないこともある
うちの人間には、少し理解しにくいようだった。
買ったものは使いたい。
覚えたことは言いたい。
考えた設定は書きたい。
人間は、自分が手に入れたものを見せたがる。
だが、先輩は考えたものを使わないこともあるらしい。
シジミには、その判断が少し分かる。
必要なときだけ使う
見回りで得た情報を、すべて使う必要はない。
あの塀には犬の匂いがある。
あの家の庭には子どもがいる。
この道は昼になると車が増える。
知っていれば判断に使える。
だが、毎回すべてを考える必要はない。
必要なときだけ使えばよい。
世界を作ることと、世界を説明することも違うのだろう。
一人いれば問題ない
うちの人間は先輩へ尋ねた。
「それで、読者は結構ついてるんですか?」
先輩は少し間を置いた。
「まあ、そんなについてるわけじゃないけど」
うちの人間の顔が曇った。
「モチベーション上がらなそう」
ずいぶん直接的である。
自分の小説には、まだ読者が一人もいない。
そもそも最後まで書いていない。
それでも、読者が少ない状態を先に心配する。
人間は、まだ起きていない成功より、成功したあとの評価を気にすることがある。
書き終えていない。
見せてもいない。
それでも、
読まれなかったらどうしよう。
反応がなかったらどうしよう。
先に不安になる。
先輩は特に傷ついた様子もなく答えた。
「好きで書いてるだけだしね」
「でも、誰にも読まれなかったら寂しくないですか?」
「読者がつかないって言っても、ゼロじゃないよ」
「何人くらいいるんですか?」
「作品による」
「一人しかいなかったら?」
「一人いれば問題ない」
うちの人間は目を丸くした。
「一人でいいんですか?」
「ゼロじゃなきゃいい」
「でも、もっと多いほうがうれしいですよね」
「多ければうれしいよ。でも、少ないから書く意味がないとは思わない」
自分だけは絶対読む
先輩は飲み物を一口飲んだ。
「最悪、一人の読者はいるし」
うちの人間が、少し身を乗り出す。
「ファンがいるんですか?」
先輩は首を横へ振った。
「うんにゃ。自分」
うちの人間が止まった。
「自分?」
「自分だけは絶対読むから」
先輩は、何でもないことのように言った。
「自分が読みたい話を書いてるんだから、完成すれば少なくとも一人には需要がある」
うちの人間は、すぐには返事をしなかった。
おそらく、それを読者として数えてよいのか迷っている。
自分で書く。
自分で読む。
自分で満足する。
ずいぶん狭い。
人間は、何かを作れば他人から認められたがる。
多くの者に見てほしい。
褒めてほしい。
続きが読みたいと言ってほしい。
自分の作ったものに価値があると、外から証明してほしい。
その気持ちは、先輩にもあるだろう。
読者が増えればうれしいと言っている。
反応があれば喜ぶ。
何も感じないわけではない。
だが、それを続けるための最低条件にはしていない。
自分が読む。
自分が気に入る。
だから書く。
なんとも人間らしいあさはかさである。
自分で作ったものを、自分で読者として数える。
自分の欲しい話を、自分で用意する。
他人から見れば、ずいぶん自己完結している。
だが、そのあさはかさが、ちょうどよいのかもしれない。
知っていても読みたい
少なくとも、この先輩は状況を把握している。
読者が多くない。
反応も毎回あるわけではない。
書いたからといって、急に有名になるわけでもない。
それを分かったうえで、続けると決めている。
自分の小説には大勢の読者がつくはずだと思っているわけではない。
才能があると信じ込んでいるわけでもない。
読者がいない現実を見ないふりもしていない。
少ない。
ならば、少ないまま書く。
最後に自分が読めればよい。
ずいぶん頑丈な考えである。
うちの人間は、まだ少し納得していなかった。
「でも、自分で書いた話って、展開を全部知ってますよね」
「知ってるよ」
「驚けなくないですか?」
「驚きはしないね」
「じゃあ、読む意味あるんですか?」
「驚くためだけに読むわけじゃないから」
先輩は答えた。
「この世界をもう一回見たいとか、この場面が好きとか、この人物の会話を読みたいとか。そういうのもあるでしょ」
うちの人間は少し考えた。
好きな小説を何度も読み返すことがある。
展開は知っている。
誰が勝つかも知っている。
誰が裏切るか。
誰と結ばれるか。
それでも読む。
知っていても読みたい場面がある。
自分が読みたい場面を作る
ならば、自分で書いた話でも同じなのだろう。
「自分が読みたい場面を、自分で作るんですか」
「そう」
「大変じゃないですか?」
「大変だよ」
「それでも書くんですか?」
「読みたいから」
うちの人間は腕を組んだ。
「買ったほうが早くないですか?」
自分が欲しい話が売っていれば、そのほうが早い。
だが、完全に同じものはない。
主人公。
世界。
力。
結末。
すべてが自分の望む形の話は、他人が書くとは限らない。
だから、自分で書く。
食事に似ている。
誰かが作ったものを食べるほうが楽である。
だが、自分の好みに完全に合わせたければ、自分で作るしかない。
そして作り始めると、食べるだけでは見えなかった面倒が分かる。
材料。
順番。
時間。
失敗。
小説も同じらしい。
読むだけなら、次の文章を追えばよい。
書くなら、次に何を書くかを決めなければならない。
何が好きなのか
うちの人間は自分の小説を思い出したようだった。
「私、途中で止まってるんですよね」
「どこで?」
「主人公が異世界で転移能力を使って、お菓子を買ったところ」
先輩は少し笑った。
「平和だね」
「このあと何をさせればいいか分からなくて」
「何をさせたいの?」
「強いところを見せたいです」
「誰に?」
うちの人間が止まった。
「周りの人?」
「何のために?」
さらに止まる。
主人公が強い。
周囲が驚く。
そこまでは決まっている。
だが、なぜ見せるのか。
誰に見せるのか。
見せたあと、何が変わるのか。
そこは考えていない。
先輩は続けた。
「俺TUEEEが好きなら、それでいいと思うよ。ただ、何が好きなのかは考えたほうが書きやすいかも」
「何が好きか?」
「圧倒するところが好きなのか。馬鹿にした相手が後悔するところが好きなのか。強い力で困ってる人を助けるところが好きなのか。本人は普通にしてるのに周りが驚くところが好きなのか」
うちの人間は真剣に考え始めた。
同じ俺TUEEEでも、気持ちよい部分は違う。
敵を倒す。
認められる。
仕返しをする。
守る。
驚かせる。
静かに暮らしたいのに騒ぎになる。
強い力そのものより、その力で何が起きることを望むか。
そこが違う。
嫌な人を作る
うちの人間は小さく言った。
「私は、主人公を馬鹿にしてた人が驚くところが好きかも」
「じゃあ、そういう相手を作らないと」
「嫌な人を出すんですか?」
「馬鹿にする人がいないと、驚かせられないからね」
うちの人間は少し嫌そうな顔をした。
読むときには、主人公を馬鹿にする人物へ文句を言う。
「見る目がない」
「絶対あとで後悔する」
そう言いながら、後悔する場面を楽しみに待つ。
だが、自分で書くなら、その嫌な人物も自分で作らなければならない。
主人公を傷つける。
追い出す。
見下す。
そのあとで驚かせる。
気持ちよい場面だけを書くことはできない。
そこへ至る不快な場面も必要になる。
人間は結果を好む。
だが、結果を成立させるためには、その前がいる。
うちの人間は、少しだけ理解したようだった。
「好きな場面を書くために、その前を作るんですね」
「私はそうしてる」
「先輩は、好きな世界を見せるために登場人物を作る?」
「そうそう」
「私は、好きな反応をさせるために登場人物を作る?」
「たぶん」
存在しない世界を作る
うちの人間は、絵の光る板へ何かをメモし始めた。
先輩は菓子をもう一つ取る。
シジミは棚の上から二人を見ていた。
人間は同じ小説を書く者でも、見ている場所が違う。
世界から作る者。
人物から作る者。
場面から作る者。
結末から作る者。
何が正しいというわけではないらしい。
自分が作れるところから始める。
足りないところは考える。
それでも完成するとは限らない。
読者がつくとも限らない。
それでも書く。
ずいぶん効率の悪い行動である。
食事にもならない。
眠る場所も増えない。
敵から身を守れるわけでもない。
紙や画面に、存在しない世界を作る。
存在しない人間を悩ませる。
存在しない問題を起こす。
それを何時間もかけて文章へする。
そして、読まれないかもしれない。
自分が読みたい
猫なら、そこまでして何かを作ろうとは思わない。
必要なものは、今ある場所から探す。
日当たりのよい場所。
食事。
安全な寝床。
それで十分である。
人間は、実際にはないものまで欲しがる。
ない世界。
いない人物。
起きていない出来事。
自分が読みたいから作る。
あさはかである。
だが、そのあさはかさがなければ、人間の物語は増えなかったのだろう。
合理的に考えれば、誰にも読まれないかもしれない話を書く理由はない。
時間がかかる。
疲れる。
悩む。
書き直す。
それでも、
自分が読みたい。
その一つだけで続ける。
理屈としては弱い。
続ける理由としては、意外と強い。
止まるのと、やめるのは違う
うちの人間はメモを終えた。
「先輩、帰ったあと少し書いてみます」
「うん」
「今度は最後まで書ける気がします」
また言い切った。
少し話を聞いただけで、すぐに最後まで書けると思う。
先輩は笑った。
「止まっても、また書けばいいよ」
「先輩も止まることあるんですか?」
「しょっちゅう」
「それでも続いてるんですね」
「止まるのと、やめるのは違うから」
うちの人間は、その言葉を少し考えた。
これまでなら、書けなくなれば向いていないと思ったかもしれない。
読者が少なければ意味がないと思ったかもしれない。
先輩は、止まる。
読者も多くない。
それでも続けている。
自分が読むから。
自分が見たい世界だから。
これが書きたかった
先輩が帰ったあと、うちの人間は本当に小説の画面を開いた。
主人公は、異世界で菓子を買ったところにいた。
そこから文章を足し始める。
主人公を馬鹿にする人物を出す。
転移能力は、逃げるだけの力だと思われる。
戦えない。
役に立たない。
そう言われる。
うちの人間は、少し顔をしかめながら書いた。
自分で作った人物なのに、その人物へ腹を立てているらしい。
「こいつ、嫌なやつだな」
自分で作ったのである。
しばらくすると、主人公が力を使う場面になった。
敵の攻撃を避ける。
仲間を安全な場所へ移す。
必要な道具を遠くから一瞬で運ぶ。
相手が驚く。
うちの人間の指が速くなる。
どうやら、書きたかった場所まで来たらしい。
「そうそう。これが書きたかった」
先輩の言ったとおりだった。
好きな場面がある。
そこへ至るために、その前を書く。
読んでくれる人、いるかな
世界から作る者もいれば、場面から作る者もいる。
うちの人間は、まだ続きを書けるらしい。
しばらくして、手を止めた。
最初から読み返す。
「うん。ちょっとそれっぽくなった」
それっぽいかどうかは分からない。
だが、以前よりは、うちの人間が何を書きたいのか見える。
うちの人間は保存した。
そして、小さくつぶやいた。
「読んでくれる人、いるかな」
もう読者の心配をしている。
まだ完成していない。
先輩の話を聞いても、そこは変わらないらしい。
私が読むから一人はいる
少しして、うちの人間は自分の書いた部分を読み返した。
主人公が馬鹿にされる。
力を使う。
周囲が驚く。
うちの人間は満足そうに笑った。
「まあ、私が読むから一人はいるか」
先輩の言葉を、さっそく使っている。
自分を読者に数える。
読者が一人いることにする。
ずいぶん都合のよい数え方である。
だが、書くのをやめるよりは、そのくらいでちょうどよいのかもしれない。
少なくとも、自分が何をしているのか分かったうえで続けている。
読者が大勢いると思い込んでいるわけではない。
必ず成功すると信じているわけでもない。
自分が読みたいから、自分のために書く。
そして、誰かもう一人が読めば少しうれしい。
その程度の期待なら、長く続けられるのだろう。
人間は、現実を大きく見誤るからあさはかなのではない。
現実を知ったうえで、自分に都合のよい小さな理由を作ることもある。
それはあさはかである。
だが、何かを続けるには、立派すぎる理由より、そのくらいのほうがよい場合もあるらしい。
うちの人間は、また続きを書き始めた。
シジミは猫語でつぶやく。
「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」
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本当に人間ってあさはかな生き物だよね TOPへ

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