エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第34話 樹海を広げる王

エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第34話 樹海を広げる王 エレメンタルクロス ~精霊の剣~
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第34話 樹海を広げる王
エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介―― この剣はやがて、世界の向こう側にまで届く。 ―― 人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避…
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第34話 樹海を広げる王 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

閉じる道

 森へ入ってすぐに、後ろの道が見えなくなった。
 セトが切った細い枝の根元から、二本、三本と新しい芽が伸びている。
 芽は瞬く間に太くなり、葉を開き、三人が通った隙間を塞いだ。

「帰り道がなくなった」

 シアが振り返る。

「正確には、元の道がなくなりました」

 ネアは銀青色の線を後方へ伸ばした。
 線は木々の間を抜け、森の外まで続いている。

「方角は分かります。戻れなくなったわけではありません」
「また切ればいい」
「切っている間にも生えます」

 セトは白刃を下げた。
 切り口から伸びる枝は、すでに腕ほどの太さになっている。
 普通の木が育っているのではない。
 樹の精霊王が、森そのものを作り続けていた。

古い森と新しい森

「全部、今できた木ではありません」

 ネアが前方を調べる。
 太い幹に苔が付き、根元に小さな巣がある木もあった。
 それらは、以前からこの場所にあった森だ。
 一方で、街道を割って生えた木は、同じ太さでも樹皮が滑らかだった。
 根は地面の表面近くへ広がり、道や畑の土を押し上げている。

「前からある木と、増やされた木は分かるか」

 セトが尋ねる。

「原光の流れを見れば、ある程度は。新しい木には、今も樹の精霊王から力が流れ込んでいます」
「なら、新しい方だけ焼く」

 シアが言った。

「できれば、です」
「できる」

 シアの掌に小さな炎が灯る。
 ネアが示した若木へ触れると、炎は幹だけを走り、隣の古い木へ移る前に消えた。
 黒くなった幹が崩れる。
 その下から、新しい芽が顔を出した。

「すぐ生える」
「だから、できればと言いました」

押し返す森

 進むほど、木々の動きは明確になった。
 根が地面から持ち上がり、三人の前へ壁を作る。
 枝が絡み合い、頭上を塞ぐ。
 先端は尖っていない。
 セトたちの身体を貫こうとするのではなく、押し返そうとしていた。

「来るなと言っている」

 シアが根を蹴った。
 根はしなり、さらに太いものがその後ろから重なる。

「報告どおりです」

 ネアが言う。

「人間を追って攻撃しているのではありません。自分の作業を妨げる者を、森の外へ出そうとしています」
「十分危険だ」

 セトは白刃で根を切った。
 切断された先が地面へ落ちる前に、その両側から細い根が伸びる。
 一本を切るたび、塞ぐものが増えていく。

「止めるなら、近づくしかない」
「ええ。本体へ話が届く位置まで進みます」

樹皮の衣

 森の奥に、不自然に開けた場所があった。
 空き地ではない。
 新しい木々が円を描くように外側へ倒れ、中央だけを残していた。

 その中央に、人の姿をした存在が立っている。
 身にまとっているものは、布というより樹皮に近かった。
 周囲の根と枝は、その存在を避けるように伸び、外側へ向かっている。

「樹の精霊王です」

 ネアが足を止めた。
 樹の精霊王も三人を見る。
 敵意は感じない。
 ただ、セトたちの背後では、入ってきた道がさらに木々へ飲まれていた。

「言葉は通じるか」

 セトが尋ねる。

「通じる」

 樹の精霊王は答えた。

「なら聞く。何をしている」
「生命を増やしている」

 迷いのない答えだった。

森で覆う役割

「大地には、生命が必要だ」

 樹の精霊王は地面へ手を向けた。
 指先の下から芽が出る。
 芽は低い木となり、枝を広げた。

「木が増えれば、森になる。森が広がれば、生命が増える」
「ここには街道があった」

 セトが言う。

「畑も家もある」
「木のない場所へ、木を増やした」
「人が使っている場所だ」
「人も生命だ。森の中で生きればいい」

 樹の精霊王にとって、街道と森の違いは重要ではなかった。
 木が少ない場所には、木を増やす。
 大地を覆い、生命が生まれる場所を広げる。
 それが自分の役割だと、最初から知っている。

「世界を森だけにするつもりか」
「森は多い方がいい」

畑にある生命

「畑にも植物はある」

 シアが言った。

「人間が食べるために育てている」
「同じものだけが並んでいる」

 樹の精霊王は答えた。

「森には、より多くの生命が生まれる」
「増えればいいわけではありません」

 ネアが一歩前へ出る。

「畑で育てられた作物によって、多くの人間が生きています。街道は、食料や薬を運びます。そこを森に変えれば、今いる生命が失われます」
「森にも食べ物はある」
「同じ数の人間を養えるとは限りません」
「人間の数を保つことが、生命を増やすことなのか」

 樹の精霊王の声に、怒りはなかった。
 本当に分からないため、尋ねている。

「人間だけではない」

 セトが言った。

「草原で生きるものもいる。畑に来るものもいる。森になれば生きられないものもいる」

役割の外

「森は、多くの生命を受け入れる」
「すべてではありません」

 ネアが答える。

「今の世界には、森になってよい場所と、森にしてはいけない場所があります」
「誰が決めた」
「そこで暮らしている者たちです」
「生命を増やす役割よりも優先されるのか」
「今ある生命を守ることも、同じくらい必要です」

 樹の精霊王は、しばらくネアを見た。
 その足元では、根が絶えず外側へ伸びている。

「役割を捨てろとは言っていない」

 セトが言う。

「森を増やす場所を選べ」
「木のない大地がある」
「そこに何があるかを先に見ろ」
「森にすれば、生命が増える」

 同じ答えへ戻った。
 理解できないのではない。
 樹の精霊王にとっては、役割の方が先にあり、その外側から世界を見る理由がなかった。

止めるための炎

「今のまま広げるなら止める」

 セトが白刃を構えた。
 樹の精霊王の周囲で、根が持ち上がる。

「森を妨げる者は、森の外へ出す」
「自分から止まるつもりはない?」

 シアが尋ねる。

「ない」
「なら燃やす」

 赤橙色の炎が、シアの両腕を覆った。
 根の壁が三人へ押し寄せる。
 シアは正面から炎を放った。
 熱の波ではない。
 根と枝だけを狙った炎が、壁の中央へ穴を開ける。

 セトとネアが、その隙間を抜けた。
 シアが続こうとした時、燃えた根の下から新しい根が持ち上がった。

「もう戻った」
「まだ増えています」

焼いた後

 シアは炎を広げた。
 新しく生えた木々が、まとめて赤く染まる。
 幹が炭になり、枝が崩れ、空が見えた。
 火を止めた直後、黒い地面が割れた。

 芽が並んで顔を出す。
 最初の葉が開く前に、隣から別の木が伸びた。

「焼いた分より多い」
「樹の精霊王から、地面全体へ力が流れています」

 ネアの線は、一本の根だけを追えなかった。
 森のあらゆる場所へ分かれ、土の下を通り、離れた場所で新しい木を作っている。

「火との相性自体は悪くありません。生えたものは焼けています」
「でも、焼くより生える方が速い」
「ええ」

 炎は確実に森を削っている。
 それでも、削った面積以上に森が広がっていた。

広がる場所

「外側も動いています」

 ネアが振り返った。
 森の外へ伸ばしていた銀青色の線が、大きく揺れる。

「街道だけではありません。畑の側へも根が伸びています」
「ここで燃やしているのに?」
「樹の精霊王は、ここだけを動かしているわけではありません」

 シアが中央を焼いている間にも、森の端では木が増えている。
 樹の精霊王へ近づけば、外側を止める者がいなくなる。
 外側へ戻れば、樹の精霊王へ届かない。

「先に端を焼く」

 シアが森の外へ向こうとする。

「それでは、こちらが再び塞がれます」
「両方やる」
「今の位置から両方はできません」

 シアは一度、樹の精霊王を見た。
 樹の精霊王は動いていない。
 動かなくても、森全体が広がっていた。

白炎と黒月

「人型のまま押す」

 セトは右手に白刃、左手に黒刃を作った。
 シアの炎が白刃へ重なる。
 白い刀身が赤く染まり、炎の刃が前方へ伸びた。
 ネアの月の力は黒刃へ流れ、周囲の原光を吸い寄せる。

「新しい根を黒刃で崩す。シアは切った場所を焼け」
「分かった」
「外側の流れは、わたしが見ます」

 セトが白炎を振る。
 見えている刀身より先で、木々が斜めに切れた。
 切断面へ炎が入り、再び芽が出る前に焼く。
 左から伸びた根は黒月で受け、内部の原光を吸い取って動きを鈍らせた。
 三人は少しずつ、樹の精霊王へ近づいた。

森の中心へ

 一本の木を越えるたび、次の木が立ち上がる。
 セトは足を止めなかった。
 白炎で正面を開き、黒月で横から来る枝を受ける。
 シアは焼け残った根を炎で断ち、ネアは外側へ流れる原光を少しずつ逸らした。

「あと少しです」

 樹の精霊王まで、十数歩。
 その間へ、太い幹が三本並んで立ち上がった。
 セトは白炎を横へ振る。
 三本とも切れた。
 倒れる前に、幹の表面から枝が伸びる。
 枝同士が絡まり、新しい壁になる。

「切ったものを、そのまま使っている」
「増殖そのものが防御になっています」

 ネアが黒月へ力を加えた。
 壁の一部から原光が抜ける。
 そこだけ成長が止まり、シアの炎が穴を広げた。

何度でも生える

 穴を抜けると、足元から若木が伸びた。
 セトは身をひねって避ける。
 白刃で幹を切る。
 切られた幹は倒れず、根元から横へ曲がり、別の木へ絡み付いた。

「面倒」

 シアがまとめて焼く。
 炎の向こうで、また芽が出る。

「樹の精霊王自身を押さえれば、流れを弱められる可能性があります」

 ネアが言った。

「でも、近づくまでに外が森になる」
「ええ」
「なら一気に抜く」

 セトは白刃と黒刃を消した。
 シアを見る。

「シア」
「分かった」

 シアの身体が赤橙色の光へ変わった。

極炎

 セトの右手に、火の精霊剣が収まる。
 極炎の刀身から赤い炎が立ち上がった。
 セトの身体へ、シアの力が流れ込む。
 踏み込んだ足が地面を砕いた。
 次の瞬間には、枝の壁の前へ移動している。

 極炎を振り上げる。
 炎は壁を正面から焼き飛ばし、その奥の木々まで一直線に消した。
 新しい芽が出る前に、セトは開いた道へ入る。
 根が左右から迫る。
 極炎を返し、片側を焼く。
 反対側はネアの銀青色の線が絡み、進む方向をずらした。

「そのまま進んでください」

 樹の精霊王まで、あと数歩だった。

一点を抜く

 樹の精霊王の前へ、幾重もの枝が集まる。
 セトは極炎を突き出した。
 炎が一点へ集中する。
 枝の層が中央から崩れた。
 樹の精霊王の姿が見える。

「森を止めろ」

 セトは極炎を横へ構えた。
 すぐに斬る距離ではない。
 それでも、次の踏み込みで届く。

「森は広がる」

 樹の精霊王は答えた。
 背後で地面が大きく揺れた。

「セト!」

 ネアの声が飛ぶ。
 森の外へ伸ばしていた線が、複数同時に引かれている。

「畑の側で、急に増えました!」

 セトは樹の精霊王ではなく、後方を見た。
 近づく間に、外側の成長がさらに速くなっていた。

押し戻す森

 足元から根が持ち上がる。
 セトは極炎で切った。
 次の根が来る。
 樹の精霊王は、セトへ攻撃を集中させてはいない。
 森を広げる流れの一部で、近くにいるセトを押し戻しているだけだった。

「シア、外側へ戻る」
『もう少しで届く』
「ここで止めても、畑が消える」
『分かった』

 セトは来た道へ向き直った。
 極炎で木々を焼き、ネアのいる場所まで戻る。

「本体へ近づくと、外側を止められません」
「外を止めると、本体へ届かない」

 セトが言う。

「一人で森全体へ作用しています。こちらは一か所ずつ処理するしかありません」

月で流れを止める

 ネアは両手を広げた。
 銀青色の線が森の中へ走る。
 土の下を流れる原光へ触れ、方向を曲げる。
 若木の成長が少しだけ遅くなった。

「周囲へ流れる力を、こちらへ偏らせます」
「全部止められる?」
「人型のままでは無理です」

 ネアの周囲へ集まった原光が、黒い輪郭を作る。
 外側へ向かっていた流れの一部は止まった。
 しかし、別の場所から新しい流れが生まれる。
 一本を曲げれば、二本に分かれる。
 二本を止めれば、さらに遠くから回り込む。

「樹の精霊王は、森全体へ同時に力を送っています」
「ネアも剣になれば止められるか」
「今よりは」

二本目

 ネアは樹の精霊王を見た。

「絶光で増殖を止め、極炎で本体まで進みます」
「二本を同時に使う」
「長くは続けられません」

 セトはうなずいた。

「止めるまででいい」
「止まらなければ?」
「その時に考える」
「考える時間が残るようにしてください」

 ネアの身体が銀青色の光へ変わる。
 左手へ、月の精霊剣が収まった。

 右手には極炎。
 左手には絶光。
 二人分の精霊王の力が、同時にセトの身体を通る。
 筋肉ではなく、身体の奥にある精霊回路が重くなる。

『無理に両方を最大にしないでください』
「分かっている」
『たぶん分かってない』

 シアの声が重なった。

二つの剣

 セトは絶光を先に振った。
 銀青色の刃が、正面の根へ触れる。
 根の中を流れていた原光が吸い取られ、動きが止まった。
 極炎が、その根を焼き切る。
 次の壁には、絶光を横へ当てる。
 成長が止まった部分だけを極炎で抜いた。
 燃やしてから生えるまでの間が、わずかに長くなる。
 セトはその時間を使って前へ進んだ。

 右から枝が来る。
 絶光で流れを曲げる。
 左から伸びた根は、極炎で焼く。

 一本ずつなら止められる。
 二本でも間に合う。
 だが、森は三方向、四方向から同時に動いた。
 セトの足が止まる。

『外側も広がっています』

 ネアの声が告げた。

森全体が相手

「森は、ここだけではない」

 樹の精霊王が言った。
 その言葉どおり、遠くで幹が割れる音が続いている。
 セトの前にある木を止めても、背後で別の木が生える。
 樹の精霊王の身体へ近づいても、街道と畑を覆う流れは止まらない。

『全部燃やす?』

 シアが尋ねる。

『前からある森まで焼けます』

 ネアが答えた。

『避難した人の家も、森のすぐ外です』
「やらない」

 セトは即答した。
 樹の精霊王を止めるために、周囲の生命と暮らしをまとめて焼けば、相手と同じだった。

「一点ずつでは追いつかない」
『ええ』

 ネアの声が、次の手段を選ぶ前の響きへ変わった。

空白の策

『この周囲の原光を、完全に空白にします』
「森全体を?」
『少なくとも、樹の精霊王から外側へ流れる中心部分を止めます。流れが途切れれば、離れた場所の成長も弱まるはずです』
「その後は?」
『わたしたちも力を使えません』

 絶光の最大出力は、敵だけを選ばない。
 周囲の原光をすべて取り除けば、樹の精霊王は森を増やせなくなる。
 同時に、シアも炎を作れず、ネアも次の術を使えない。
 セトの白刃と黒刃も作れなくなる。

『止めた後に殴れない』
『ええ』
『でも、森は止まる』
『止まります』
『ならやる』

 シアの答えは早かった。
 セトも二本の剣を構え直す。

「ネア、頼む」

絶光

 セトは絶光を地面へ向けた。
 ネアの力が、刀身から森全体へ広がる。

「絶光」

 銀青色の光が、音もなく地面を走った。
 土の中を流れていた原光が引き抜かれる。
 木々の幹を満たしていた力が消える。
 開きかけた葉が止まった。
 持ち上がっていた根が、途中で動きを失う。

 シアの炎も小さくなる。
 極炎の刀身を覆っていた赤い光が消え、ただ剣の形だけが残った。

 さらに原光が薄くなる。
 セトの足元まで伸びていた芽が、地面を割った姿のまま止まった。
 森から、成長する音が消えた。

止まった森

 絶光から光が消えた。
 セトの手にあった二本の精霊剣が、人の姿へ戻る。
 シアは地面へ片膝をついた。
 ネアも立っていたが、銀青色の線を一本も出していない。

「止まった」

 シアが周囲を見る。

「今だけです」

 ネアは短く息を整えた。
 セトは白刃を作ろうとした。
 手の中へ原光が集まらない。
 黒刃も同じだった。
 周囲から排除する原光そのものが、ほとんど残っていない。

 樹の精霊王の周囲でも、根と枝が動きを止めていた。
 互いに、次の精霊術を使えない。
 森の中に、葉が触れ合う音だけが残った。

どちらも動けない

 セトは樹の精霊王を見る。

「これ以上は広がらない」
「原光は戻る」

 樹の精霊王が答えた。

「戻れば、森はまた広がる」
「その時は、また止める」
「何度でも?」
「必要なら」

 樹の精霊王は、燃えた木々と、焼かれずに残った古い森を見た。

「森を消すために来たのではないのか」
「前からある森は焼いていない」

 セトが答える。

「増やすなと言っているんじゃない。今あるものを見ずに、全部を森にするなと言っている」
「木のない場所を残す」
「畑も街道も、何もない場所ではない」

役割をやめない王

 樹の精霊王は、すぐには答えなかった。
 足元の土へ手を向ける。
 何も起きない。
 原光が空白になった場所では、新しい芽を作れなかった。

「生命を増やすことが、役割だ」
「役割をやめろとは言っていない」

 ネアが言う。

「増やした結果、何が失われるかも見てください」
「失われても、新しい生命が生まれる」
「失われる側は、取り替えられません」
「分からない」

 樹の精霊王は、初めてそう言った。
 拒絶ではなかった。
 だが、受け入れたわけでもない。

「役割はやめない」
「今すぐ再開する力はありません」
「戻るまで待つ」

 樹の精霊王は、森の奥へ向き直った。

追えない三人

「逃がすの?」

 シアが立ち上がる。

「追ってどうする」

 セトが尋ねた。

「もう一回話す」
「炎は出せるか」

 シアは掌を開いた。
 何も起きない。

「出ない」
「わたしも、今は流れを追えません」

 ネアが言った。
 樹の精霊王は、三人を攻撃しなかった。
 森の外へ押し出すこともできない。
 ただ歩いて、動きを止めた木々の間へ消えていく。

「消滅させることが目的ではありません」

 ネアは樹の精霊王が去った方角を見る。

「森の拡大は止まりました。こちらも、それ以上を強制する力が残っていません」
「向こうも、こっちを追い出せない」

 シアが言う。

「痛み分けか」
「ほぼ、そうですね」

森の外へ

 三人は、ネアが覚えていた方角へ歩いた。
 木々はもう道を塞がない。
 新しく伸びることもない。
 しかし、すでに作られた幹と根は、その場に残っている。
 セトたちは倒木を乗り越え、根の隙間を通った。
 精霊術が使えないため、帰りは来た時より遅かった。

 森の外に近づくと、わずかに原光が戻ってくる。
 シアの指先へ、小さな火が灯った。

「戻った」
「外側から少しずつ流れ込んでいます」

 ネアも細い線を出した。

「ただ、中心部の空白はすぐには埋まりません。樹の精霊王も、今日中に同じ規模で広げることは難しいでしょう」
「今日だけか」
「永遠に止めたわけではありません」

痛み分け

 森の外では、兵士たちが第三標識の近くまで下がっていた。
 セトたちが出ると、数人が駆け寄ってくる。

「森が止まりました」

 兵の一人が言った。

「新しい木が生えなくなっています」
「樹の精霊王は森の奥にいる」

 セトが答える。

「倒したのではないのですか」
「倒していない。広がる力を一度止めただけだ」
「また始まりますか」
「可能性は高いです」

 ネアが森を振り返る。

「ただし、今すぐではありません。住民は戻さず、現在の外縁を記録してください。木が一本でも増えたら知らせてください」

 街道は戻っていない。
 畑の一部も森に飲まれたままだった。
 樹の精霊王を現在の世界へ適応させることもできなかった。
 それでも、その日の拡大だけは止まった。

分霊核があれば

 詰め所へ戻ると、シアは椅子へ座り込んだ。
 ネアも壁へ背を預ける。
 周囲の原光は戻っていたが、二人が使った力まで戻るわけではない。

「火なら、もっと簡単に勝てると思った」

 シアが言う。

「木そのものには有利でした」
「全部の木を一度に燃やせなかった」
「燃やしてはいけない木もありましたから」

 ネアは水を一口飲んだ。

「こういう場合も分霊核があるとだいぶ変わってくるのですが」
「絶光の後でも動ける」
「ええ。周囲の原光を空白にしても、分霊核の内側に蓄えた力は残ります」

 樹の精霊王の成長を止めた後、シアだけが分霊核の力で動ける。
 あるいは、分霊核を外側の防御へ残し、本体で樹の精霊王へ近づける。

「今は、止めた後に三人とも動けなくなった」

 セトが言う。

「はい。分霊核があれば、その先の手が残ります」

足りなかったもの

「力が足りなかった?」

 シアが尋ねる。

「最大出力だけなら、足りています」

 ネアが答えた。

「森を焼く力も、成長を止める力もありました」
「でも勝てなかった」
「同時にできなかったからです」

 樹の精霊王は、自分の身体を守りながら、森の外側も広げ続けた。
 三人は、本体へ近づくことと、周辺の被害を止めることを交互に行うしかなかった。

「分霊核は、こういう時のもう一つの手か」

 セトが言う。

「ええ。先ほど話したとおり、単純に一撃を強くするものではありません」
「さっき聞いた」

 シアが言った。

「実際に必要な場面ができたので、確認です」
「必要なのは分かった」
「なら、次は使える状態で来ます」

一時的な境界

 夕方まで、森の外縁は動かなかった。
 兵士たちは新しくできた森の周囲へ目印を置いた。
 第三標識は木々の中へ消えている。
 その手前へ仮の標識を立て、見張りを残す。

「樹の精霊王が出てきても、攻撃を始めるな」

 セトが見張りの兵へ言った。

「木が増え始めたら退避して知らせろ。止めようとして近づけば、押し返される」
「討伐隊を呼ばなくてよいのですか」
「倒すための相手ではない」
「ですが、このままではまた森が」
「だから、次は止めた後にも動けるようにする」

 セトは森を見る。
 樹の精霊王の考えは変わっていない。
 こちらの方針も変わらない。
 今ある生命を守りながら、役割の果たし方を覚えてもらう。
 そのためには、もう一つの手が必要だった。

最初の返事

 日が沈む前に、一人の伝令が詰め所へ着いた。
 森の異変を伝える者とは、別の方角から来ている。

「加工できない宝玉について、返事がありました」

 セトたちは伝令を見る。

「近くの町にいる商人が、条件に近い品を聞いたことがあるそうです」
「赤?」

 シアがすぐに尋ねる。

「赤い物も含まれているとのことです。ただ、詳しい話は商人本人でなければ分からないと」
「場所は?」

 伝令が地図を開き、街道の先を指した。
 樹海を避けて進めば、半日ほどの町だった。

「明日行く」

 シアが立ち上がろうとする。

「今日は休みます」

 ネアが肩を押さえた。

「動ける」
「小さな火しか出せない状態を、動けるとは言いません」

 森を止めることはできた。
 だが、その後に動く力が残らなかった。
 次に同じ状況へ立つ時は、止めるだけでは終わらせない。
 三人は、最初の分霊核につながるかもしれない情報を持つ商人の町へ向かうことにした。


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