本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第7話 スズメたちの朝食会

本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第7話 スズメたちの朝食会 創作実験
本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第7話 スズメたちの朝食会
本当に人間ってあさはかな生き物だよね
創作実験TOP日常系/猫視点コメディ/人間観察―― 猫には猫の常識がある。人間はそれを、何ひとつ分かっていない。 ――作品紹介黒猫のシジミは、人間に飼われている。少なくとも、うちの人間はそう思っている。だが、シジミからすれば話は逆だ。毎日決…

気が向いたときだけ

うちの人間は、ときどき庭にスズメの餌をまく。

毎日ではない。

天気がよくて、朝少し早く起きて、なんとなく気が向いたときだけである。

人間はそれを、スズメに餌をあげていると思っているらしい。

シジミから見れば、ずいぶん無責任な話である。

餌を出す日もあれば、出さない日もある。

出したとしても、時間は決まっていない。

早朝のこともあれば、昼近くになってからのこともある。

量も毎回違う。

それなのに、うちの人間は庭へやってくるスズメたちを見て、

「今日も来てくれた」

などと喜んでいる。

来てくれたのではない。

餌が出るかもしれないから、確認しに来ているだけである。

その程度のことは、猫でなくても分かりそうなものだ。

もっとも、人間は自分に都合のよい理由を考えるのが得意である。

スズメが庭へ来れば、自分になついていると思う。

猫が足元へ来れば、自分を慕っていると思う。

犬が尻尾を振れば、自分を大好きなのだと思う。

たいていの場合、食べ物か、暖かい場所か、扉を開けてもらいたいだけである。

それでも人間は、自分が好かれていると思いたがる。

まったく不思議な生き物だ。

まだだ

その朝、シジミは窓辺で眠っていた。

正確に言えば、眠っているように見せながら、外の様子をうかがっていた。

朝の庭には、見るべきものが多い。

風がどちらから吹いているか。

近所の猫が通っていないか。

新しい匂いが増えていないか。

虫が植木鉢の下へ逃げ込まなかったか。

人間は庭を眺めるとき、花が咲いたとか、葉が増えたとか、その程度しか見ない。

うちの人間など、新しい花が咲くたびに窓の前へ立ち、肩へ落ちた髪を耳にかけながら、しばらく満足そうに眺めている。

その花の根元を虫が歩いていても気づかない。

塀の向こうから別の猫が様子を見ていても気づかない。

見たいものだけを見ているのである。

猫は違う。

庭という場所には、数え切れないほどの変化がある。

その変化を見逃さないことが、穏やかな生活につながる。

うちの人間は、そのあたりをまるで理解していない。

窓の外で、羽音がした。

一羽のスズメが塀の上へ降りる。

小柄なスズメだった。

首を左右へ動かし、庭を確認する。

それから、短く鳴いた。

「まだだ」

シジミは片目を開けた。

スズメの言葉は、少しだけ分かる。

猫の言葉ほど細かく聞き分けられるわけではない。

犬の言葉よりも、さらに早口だ。

あの小さな体で、よくもあれだけ次々と言葉を出せるものだと思う。

スズメは一羽で話しているときより、何羽も集まったときのほうが騒がしい。

一羽が鳴く。

別の一羽がかぶせる。

その横から、さらに別の一羽が口を出す。

誰も最後まで相手の話を聞かない。

そのくせ、全員が自分の言いたいことだけは言う。

その点だけを見れば、人間の集まりと少し似ている。

最初の一羽が塀から庭へ降りた。

地面を二度つつく。

何もないと分かると、すぐに顔を上げた。

「やっぱりまだだ」

少し離れた電線から、別の声が飛んでくる。

「見れば分かるだろ」

「確認しただけだ」

「昨日はここにあった」

「昨日は昨日だ」

「今日もあるかもしれない」

「ないじゃないか」

「だから確認したんだ」

どうでもよい言い争いだった。

やがて、もう二羽が庭へ降りてきた。

一羽は丸々と太っている。

もう一羽は、頭の羽が少し乱れていた。

太ったスズメが窓のほうを見る。

「まだ寝てるのか」

羽の乱れたスズメが答える。

「起きてるだろ」

「動かないぞ」

「中にいる」

「中にいるだけじゃ意味がない」

「飯を出して初めて仕事だ」

シジミは耳を動かした。

どうやら、うちの人間のことを話しているらしい。

スズメたちは、人間の顔をほとんど見分けていない。

窓の中にいて、餌を出す大きな生き物。

それくらいの認識である。

名前など当然知らない。

シジミはそれを正しいと思う。

人間は、外で会った猫に太郎だのセバスだのと勝手な名前をつける。

それに比べれば、餌を出す者を餌を出す者として覚えているスズメのほうが、よほど理にかなっている。

ただし、態度はよくない。

太ったスズメが、窓へ向かって大きく鳴いた。

「飯!」

うちの人間は出てこない。

もう一度鳴く。

「飯!」

羽の乱れたスズメも加わる。

「はよう飯!」

最初に来た小柄なスズメが、少し控えめに鳴いた。

「今日は出ないかもしれない」

三羽が一斉に小柄なスズメを見る。

「縁起でもないことを言うな」

「朝から不愉快だ」

「黙って待ってろ」

小柄なスズメは少し離れた。

スズメの世界にも、立場というものがあるらしい。

人間には、どのスズメも同じように見えているだろう。

小さくて、茶色くて、かわいい鳥。

それで終わりである。

だが、よく見れば羽の色は少しずつ違う。

体格も違う。

声も違う。

立つ位置にも差がある。

餌が出たとき、最初についばむ者。

少し離れて待つ者。

誰かが油断した隙に横から入る者。

スズメにもスズメなりの秩序がある。

人間は、そのすべてをまとめて、

「スズメさん」

と呼ぶ。

雑な話である。

いつもの黒いの

太ったスズメが窓へ近づいた。

ガラスの向こうにいるシジミと目が合う。

「猫がいる」

羽の乱れたスズメも窓を見る。

「いつもの黒いのだ」

「今日は動かないな」

「寝てるんじゃないか」

「目が開いてる」

「じゃあ寝てない」

「当たり前だろ」

太ったスズメは、シジミをじっと見た。

「こいつ、たまに外へ出てくるぞ」

「知ってる」

「追いかけてくるか?」

「来るかもしれない」

「でも今はガラスの向こうだ」

「なら問題ない」

ずいぶん好き勝手に言っている。

シジミが少しだけ前足を動かすと、三羽とも同時に一歩下がった。

口では強気でも、体は正直である。

シジミには、スズメを捕まえる気はなかった。

今は朝食前だ。

それに、うちの人間が窓の近くにいるときに本気を出せば、また余計なことを言われる。

「スズメさんをいじめちゃ駄目」

などと。

いじめているのではない。

猫として当然の行動をしているだけである。

スズメが飛び、猫が追う。

そこに善悪などない。

人間は、何にでも自分たちの決まりを当てはめたがる。

猫が虫を捕まえれば、かわいそうと言う。

自分たちは肉を買ってきて食べる。

大きさが違えば、かわいそうではなくなるらしい。

まったく基準が分からない。

ほとんど苦情

二階から足音が聞こえた。

スズメたちが一斉に窓を向く。

「来た」

「やっとか」

「遅い」

「待たせすぎだ」

うちの人間が部屋へ入ってくる。

まだ寝起きの顔をしていた。

柔らかな部屋着の上へ薄い上着を羽織り、片手で乱れた髪をまとめている。

目も半分しか開いていない。

スズメたちは窓の外で騒ぎ始めた。

「飯!」

「はよう飯!」

「お前の唯一の仕事だろ!」

「それくらいしかやることないんだから、はやく飯!」

「こんな簡単な仕事もまともにできないのか!」

うちの人間は、まとめた髪を後ろで留めながら窓の外を見た。

そして、うれしそうに笑う。

「あ、今日も来てくれたの」

来てくれたのではない。

催促しに来たのである。

スズメたちは、さらに激しく鳴く。

「遅い!」

「口を動かす前に手を動かせ!」

「飯を持ってこい!」

「朝から何をしていた!」

うちの人間は楽しそうに窓へ近づいた。

「毎日来てくれて、かわいいねえ」

毎日来るのは、毎日餌が出る可能性があるからだ。

かわいい声で挨拶をしているわけでもない。

相手は先ほどから、仕事が遅いと怒鳴っている。

シジミは、うちの人間に教えてやろうかと思った。

あの声は、喜びではない。

親しみでもない。

ほとんど苦情である。

しかし、教えたところで分からないだろう。

猫の言葉すら聞き取れない人間に、スズメの早口を理解できるとは思えない。

ようやく朝食

うちの人間は台所へ向かった。

歩くたび、後ろでまとめた髪が小さく揺れている。

スズメたちが騒ぐ。

「行ったぞ」

「飯だ」

「ようやくだ」

「遅すぎる」

「今日は何だ」

「昨日と同じでいい」

「もっと多くてもいい」

「大きい粒はやめろ」

「いや、大きいほうが腹にたまる」

「食べにくい」

「お前の口が小さいだけだ」

「お前が太りすぎなんだ」

また言い争いが始まった。

シジミはあくびをした。

うちの人間が、小さな容器を持って戻ってくる。

手首には、髪をまとめるために使っていた細い輪がもう一つ残っていた。

窓を開ける。

スズメたちは一斉に少し離れた。

さきほどまであれほど急かしていたのに、人間が近づけば逃げる。

このあたりは慎重である。

朝食会

うちの人間が庭へ餌をまいた。

小さな粒が、ぱらぱらと地面へ落ちる。

「ほら、ごはんだよ」

スズメたちは、うちの人間が窓から離れるまで待った。

完全に安全だと判断すると、一斉に庭へ降りる。

「飯!」

「こっちが多い!」

「押すな!」

「それは俺のだ!」

「先に見つけた!」

「見つけただけだろ!」

「取るな!」

「遅いほうが悪い!」

庭はあっという間に騒がしくなった。

人間には、ちゅんちゅんとかわいらしく鳴きながら餌を食べているようにしか聞こえない。

実際には、奪い合いである。

太ったスズメが、二粒を続けてついばむ。

羽の乱れたスズメが横から入り、一粒を奪う。

「それは俺が見てた!」

「見てただけだろ!」

「食べようとしてた!」

「食べてないなら俺のだ!」

「返せ!」

「もう食べた!」

小柄なスズメは、争いから少し離れた場所で、小さな粒を一つずつ拾っていた。

騒がず、急がず、確実に食べている。

先ほど弱い立場に見えたが、案外賢いのかもしれない。

大きな粒を取り合っている間に、小さな粒を何個も食べている。

人間も同じだ。

大きく目立つものを奪い合っている間に、静かな者が必要なものを手に入れている。

違うのは、人間のほうがそれをもっと複雑な言葉で説明することくらいである。

お返事ではない

うちの人間は、温かい飲み物を入れた椀を両手で持ち、窓辺に座ってスズメたちを眺めていた。

「おいしい?」

太ったスズメが顔を上げた。

「少ない!」

うちの人間が笑う。

「お返事してくれた」

返事ではない。

追加の要求である。

羽の乱れたスズメも鳴いた。

「もっと出せ!」

「このくらいじゃ足りない!」

「昨日より減ってるぞ!」

うちの人間はうれしそうに手を振った。

「そんなに喜んでくれるなら、明日もあげようかな」

喜んではいない。

量について苦情を言っている。

ただ、明日も餌を出すという部分だけは正しく伝わったらしい。

スズメたちが騒ぎ始めた。

「明日もあるぞ!」

「聞いたか!」

「明日はもっと早く来る!」

「俺が最初だ!」

「今日も俺が最初だった!」

「塀にいただけだろ!」

「庭に降りたのは俺だ!」

「どうでもいい!」

人間の言葉をすべて理解しているわけではないはずだが、「明日」と「餌」に近い響きだけは覚えているのかもしれない。

食べ物に関する言葉は、どの生き物も覚えるのが早い。

うちの人間も、シジミが食事の袋を開ける音を聞き分けることを不思議がっている。

不思議でも何でもない。

大切なことだから覚えているだけだ。

人間だって、自分に関係のある言葉だけはよく覚える。

給料。

休日。

無料。

限定。

猫からすれば、どれも同じようなものだ。

足りない

餌がなくなり始めると、スズメたちの動きが激しくなった。

まだ残っている粒を探して、庭の隅までつつく。

太ったスズメが、何もない地面を何度もつついた。

「ないぞ!」

羽の乱れたスズメが植木鉢の下をのぞく。

「こっちもない!」

「隠してないか?」

「昨日はもっとあった」

「気のせいだ」

「いや、あった」

「お前が食べたんだろ」

「俺はそんなに食べてない」

全員が太ったスズメを見る。

太ったスズメが羽を膨らませた。

「何だ」

誰も何も言わない。

だが、全員が同じことを考えているのは分かった。

うちの人間は、空になった庭を見て満足そうにうなずいた。

飲み物の椀へ口をつけ、細く息を吐く。

「全部食べてくれた」

食べてくれたのではない。

食べられるものがあったから食べただけである。

そこに感謝も奉仕もない。

それでも人間は、自分が用意したものを食べてもらうと喜ぶ。

シジミの皿が空になっていると、

「きれいに食べたね」

と言う。

食べたかったから食べただけだ。

人間を喜ばせるためではない。

だが、そう思わせておいたほうが食事が増えることもある。

その点では、スズメたちもよく分かっている。

太ったスズメが窓へ向かって鳴いた。

「足りない!」

うちの人間が手を振る。

「また明日ね」

「今日だ!」

「今持ってこい!」

「まだ腹が減ってる!」

「仕事を途中で投げ出すな!」

うちの人間は窓を閉めた。

スズメたちは、しばらく窓の前で騒いでいた。

「閉めたぞ!」

「逃げた!」

「無責任だ!」

「呼び戻せ!」

「猫、お前から言え!」

突然、シジミへ話を振ってきた。

シジミは目を細める。

なぜ自分が、スズメのために人間を動かさなければならないのか。

しかも、先ほどまで黒いのなどと呼んでいた。

頼み方というものがある。

シジミは何も答えなかった。

太ったスズメが窓の向こうから叫ぶ。

「聞こえてるだろ!」

「飯を出させろ!」

「お前は中にいるんだから、それくらいできるだろ!」

シジミはゆっくりと立ち上がった。

ガラスのすぐそばまで近づく。

スズメたちが一斉に黙った。

シジミが前足をガラスへつける。

三羽が同時に飛び上がり、塀まで逃げた。

小柄なスズメだけは、少し遅れて飛んだ。

太ったスズメが塀の上から叫ぶ。

「脅すな!」

羽の乱れたスズメも続く。

「話し合いだろ!」

先ほどまで命令していた者の言葉とは思えない。

シジミは窓辺へ戻り、また座った。

うちの人間が近づいてきて、シジミの背中を撫でた。

指先から、朝に使っていたものらしい淡い甘い匂いがする。

「シジミもスズメさんと仲良くしたいの?」

違う。

苦情を静かにさせただけである。

うちの人間は、塀の上に並んだスズメたちを見た。

「また来てね」

スズメたちは、遠くから鳴き返す。

「明日はもっと出せ!」

「今日より早くしろ!」

「忘れるなよ!」

「お前の唯一の仕事だからな!」

うちの人間は、うれしそうに笑った。

「ちゃんと返事してくれるんだねえ」

明日も同じ

シジミは窓辺に座り、うちの人間とスズメたちを交互に見た。

一方は、毎朝自分を慕って会いに来るかわいい小鳥だと思っている。

もう一方は、餌を出すのが遅い役立たずだと思っている。

これほど考えが食い違っているのに、なぜか関係は成り立っている。

うちの人間は餌を出す。

スズメは食べる。

人間は喜ぶ。

スズメはまた来る。

お互いに相手のことをほとんど理解していない。

それでも、明日の朝も同じことが繰り返されるのだろう。

シジミは少し考えた。

もしかすると、人間とほかの生き物との関係は、たいていこのようなものなのかもしれない。

言葉は通じない。

考えていることも分からない。

それでも、自分に都合のよい意味をつけ、相手も同じ気持ちだと思い込む。

そうしなければ、一緒には暮らせないのだろうか。

だとしても、あまりに一方的である。

少なくとも、あのスズメたちは感謝していない。

明日の餌が少なければ、また文句を言う。

時間が遅ければ、さらに騒ぐ。

うちの人間は、そのすべてをかわいい鳴き声だと思って笑う。

そして先ほどのシジミの鳴き声も、スズメと仲良くしたがっているのだと受け取った。

誰の言葉も正しく分かっていない。

それでも、すべて自分に向けられた好意だと思っている。

シジミは尻尾をゆっくりと揺らした。

「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」


本ページに掲載している本文、画像の著作権は作者に帰属します。

作者本人または作者が許諾した媒体を除き、無断転載・無断複製・無断配布・改変利用を禁じます。

感想・紹介・レビュー等で一部を引用する場合は、引用元ページ名またはURLを明記し、引用部分が分かる形で、必要な範囲に限ってご利用ください。

本作品は、作者本人により自サイト・カクヨム・小説家になろう等に掲載される場合があります。


本当に人間ってあさはかな生き物だよね TOPへ

本当に人間ってあさはかな生き物だよね
創作実験TOP日常系/猫視点コメディ/人間観察―― 猫には猫の常識がある。人間はそれを、何ひとつ分かっていない。 ――作品紹介黒猫のシジミは、人間に飼われている。少なくとも、うちの人間はそう思っている。だが、シジミからすれば話は逆だ。毎日決…

自サイト版では人物紹介・用語集・設定資料などをまとめていますが、
”カクヨム”、”小説家になろう”ではフォロー、応援、レビュー、コメントなどができます。

気に入っていただけた方は、”カクヨム”、”小説家になろう”でも応援していただけると嬉しいです。

カクヨム版はこちら:
https://kakuyomu.jp/works/2912051604999063509

小説家になろう版はこちら:
https://ncode.syosetu.com/n5059mn/

コメント

タイトルとURLをコピーしました