エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第40話 限界を外す刃

エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第40話 限界を外す刃 エレメンタルクロス ~精霊の剣~
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第40話 限界を外す刃
エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介―― この剣はやがて、世界の向こう側にまで届く。 ―― 人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避…
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第40話 限界を外す刃 人物相関図

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 晶の精霊王との戦いを終えてから、セトたちは数日間休養した。
 身体の痛みは消えた。
 剣を振っても、腕や肩に違和感はない。

 だが、二本の精霊剣を同時に扱えば、いずれ同じことが起こる。
 シアとネアに力が残っていても、セトが先に動けなくなる。
 休めば回復する。しかし、限界そのものが変わったわけではなかった。

「精霊剣の訓練って、何すればいいんだろうな」

 セトが言うと、シアはすぐに答えた。

「何回も剣になる?」
「それは訓練というより、消耗を繰り返すだけだ」
「慣れるかもしれない」
「先に身体が壊れます」

 ネアが否定する。

「わたしたちも、セトの身体へどの程度まで力を流せるかは調整できます。しかし、セトの精霊回路そのものを外から強くすることはできません」
「精霊剣を使う人間が少なすぎる」

 セトは自分の両手を見る。

「訓練法が残っていない?」
「残っていないというより、最初から作られていないのでしょう」

 精霊王が剣となり、人間へ身と力を預ける。
 それ自体が極めて珍しい。
 二本を同時に扱う人間となれば、ほかに存在するかも分からない。
 手本はなかった。

「なら、力を増やす前に、今どう使ってるかを見る」

 シアが首を傾げる。

「弱くする?」
「違う。今まで同じ量を流してたところを、本当に全部同じにする必要があるのか見る」
「それなら、いきなり限界を試すより安全です」

 ネアも頷いた。

「今のセトが扱える範囲の中で、無駄になっている流れを探すのですね」
「そういうことだ」

 ならば、自分が長く使ってきた術から見直すしかない。

「白刃と黒刃へ戻る」
「精霊剣じゃなくて?」
「まずはそっちだ」

 白刃と黒刃は、精霊王自身が剣となる精霊剣とは別物だ。
 白刃を強くすれば極炎になるわけではない。黒刃を強くすれば絶光になるわけでもない。
 それでも、剣と身体の間で精霊力を扱う点は共通している。

 二本の精霊剣を使ったことで、以前よりも多くの流れが見えるようになっていた。
 まずは、その感覚を自分の術へ戻してみる。

まず普通を見る

 三人は周囲に人のいない岩場へ移動した。
 セトは右手を開き、周囲の原光を集める。
 白い光が伸び、一本の剣となった。
 左右の両側に刃を持つ、いつもの白刃だった。

 セトは一度振る。
 剣筋の先へ斬撃が走り、離れた岩の表面へ浅い傷をつけた。

「普通」

 シアが言った。

「まずは普通の状態を見る」

 セトは白刃を消し、もう一度作った。
 幼い頃から繰り返してきた術だ。
 普段なら、形が完成した後は相手や足場へ意識を移す。
 どう作ったかを、完成した後まで考え続けることはなかった。

 今は違う。

 原光が掌の前へ集まる。
 基部から切っ先へ伸びる。
 外形を作り、その内側を満たす。
 完成した後も、原光は刀身の中を流れ続け、剣の形を固定している。

「前より見える?」

 シアが尋ねる。

「どこにどれだけ流しているかが分かる」

 セトは白刃へ集める原光を減らした。
 刀身が短くなる。
 短剣ほどの長さまでは、以前から作ることができた。

「短くするだけなら前もできた」
「そうですね」

 ネアが刀身を見る。

「長さを変えること自体は、新しく得た制御ではありません」

細くする

 セトは短くした白刃の幅を狭めていく。
 白い刃が細くなる。
 一定の細さを越えると、輪郭が揺れ始めた。

「消えそう」
「見えてる」
「力を増やす?」
「増やさない」

 以前も同じことを試したことはある。
 細くしすぎれば形を保てない。
 消えないよう原光を増やせば、再び太い刃へ戻る。

 その時は、細い形を保つだけの力が足りないと思っていた。
 だが、今はそう見えない。

「全部を一緒に固めてる」

 セトが言った。

「外側も、中も、切っ先まで伸ばす分も。細くしようとしてるのに、同じ流れで元の剣へ戻そうとしてる」
「命令が一つしかない?」
「そんな感じだ」

 白刃全体を一つの塊として固定していた。
 長さも幅も密度も、まとめて一つの形として維持しようとしていた。
 だから細くしようとすると形が崩れ、崩れないよう力を足せば元の太さへ戻る。

 セトは流れを細かく分ける。
 外形を作る力。
 密度を保つ力。
 切っ先まで伸ばす力。
 形を固定し続ける力。

 すべてへ同じ量を流すのではなく、必要な場所だけへ送る。

 白刃がさらに細くなる。
 輪郭が一度揺れた。
 セトは増やしかけた原光を止め、外形へ回す量だけを少し戻す。

 揺れが収まった。

白い針

 最後に残ったのは、指ほどの長さの白い光だった。
 剣というより、針に近い。

「小さい」

 シアが近づく。

「触るなよ」
「触らない」

 そう言いながら、顔を寄せる。
 ネアも白い針を観察した。

「密度は保たれています」
「使っている力は?」
「普段の白刃よりかなり少ない」
「以前は作れなかったのですね」
「細くしようとすると消えてた」

 消さないよう力を加えれば太くなる。
 今は、どこへどれだけ流せば形を保てるのかが分かる。

「強い?」
「これだけなら、戦闘では使いにくい」
「じゃあ何のため?」
「確認だ」

 セトは白い針を少し動かす。
 小さな光が指先についてくる。

「力が増えたから作れたわけじゃない。前と同じものを、前より細かく分けて使えた」
「制御の仕方が変わったのですね」

 ネアが答える。

「少なくとも、精霊回路そのものが強くなった結果ではありません」

 針ほど細い白刃を作れたからといって、強敵を倒せるわけではない。
 それでも、以前にはできなかった制御ができている。
 見えるものが増えたことで、扱える流れも増えていた。

必要な瞬間だけ

 セトは白い針を消し、普段と同じ長さの白刃を作った。
 見た目は変わらない。

「元に戻った」

 シアが言う。

「使っている力は少ない」
「薄い?」
「両側の刃の密度は変わっていません」

 ネアが白刃の流れを見る。

「ただ、刀身全体を同じ密度には保っていないようですね」

 これまでのセトは、白刃のどこへ衝撃を受けても崩れないよう、刀身全体へ均等に原光を流していた。
 左右の刃。刀身の中央。手元に近い基部。
 すべてを同じ強さで固定していた。

 今は、両側の刃の密度を保ちながら、刀身中央と基部へ流す量を減らしている。
 見た目の形は変わらない。
 だが、白刃全体を維持するために使う原光は少なくなっていた。

「受けると崩れやすい?」
「今までよりはな」
「なら受けなければいい」
「簡単に言うな」

 少し離れた場所に、倒れた枯れ木がある。
 セトは白刃を下げ、その前へ立った。

 踏み込む。
 腰を回す。

 白刃が枯れ木へ触れる直前、刀身全体へ原光を巡らせた。
 弱めていた刀身中央と基部の固定が強まる。
 さらに、枯れ木へ触れる側の刃へ力を集中させた。

 白い光が一瞬だけ強くなる。

 枯れ木が切断された。
 上半分が地面へ落ち、その後ろにあった薄い岩にも切れ目が入る。

「強い」

 シアが切断面をのぞき込む。

「斬る瞬間だけだ」

受ける瞬間

「受ける方も試す」

 セトが言うと、シアがすぐに右手を上げた。

「撃つ?」
「弱くな」
「分かってる」

 シアの指先に小さな炎が灯る。
 ネアが横から確認する。

「今の白刃を崩すかどうかを見るだけです。強くしすぎないでください」
「分かった」

 小さな炎が飛ぶ。
 セトは原光を減らした状態の白刃で受けた。

 炎が刃へ触れる。
 白い輪郭が揺れ、刀身の中央が一瞬だけ細くなる。
 セトはすぐに炎を横へ流した。

「崩れかけた」
「今のままだと受けには弱いな」

 同じ強さでもう一度。
 今度は、炎が届く直前に刀身全体へ原光を戻す。
 両側の刃だけではない。
 中央と基部まで、一瞬だけ以前と同じ強さで固定する。

 炎が当たる。
 白刃は揺れなかった。

「今度は普通」
「受ける瞬間だけ戻した」
「斬る時とは違う?」

 シアが聞く。

「斬る時は、当たる側の刃へ寄せる。受ける時は、どこへ衝撃が逃げるか分からないから全体を固める」
「必要なところが違うのですね」

 ネアが言う。

「常に全部を強くしておく必要はない、という点は同じです」

 普段は、形を維持できるだけの力に抑える。
 攻撃を受ける瞬間には刀身全体を固める。
 自分から斬る瞬間には、相手へ触れる側の刃へ集中する。

 必要な時に、必要な場所だけを強くする。
 それだけで、同じ量の原光をより有効に使えた。

力を巡らせる

 セトは、白刃の維持へ使っていない原光を右腕へ戻す。
 手首から前腕へ。肩から胸へ。
 そこから右脚へ流した。

「刃へ使わない分を、身体へ戻してる?」

 シアが尋ねる。

「そうだ」

 セトは一歩踏み込む。
 普段よりも身体が軽い。
 極炎を持った時の強化とは比べものにならない。
 自分で集めた原光を、自分の身体へ戻しているだけだ。
 それでも、白刃の維持へ使わない力を踏み込みへ回すことはできた。

 もう一度、枯れ木の残った部分へ向かう。
 踏み込む時は脚へ。
 腰を回す直前には背中へ。
 振り始めれば肩と腕へ。
 接触する直前だけ白刃へ戻す。

 白刃が走る。
 先ほどと同じ程度の深さまで岩が切れた。

「さっきより弱くない」
「使った量は増やしてない」

 セトは構え直す。
 その瞬間には、白刃へ流す量をまた最低限へ戻す。

「ずっと強くしてない」
「必要な時だけだ」

 同じ動きを何度か繰り返す。
 踏み込み。振り。接触。構え直し。
 原光は一か所へ留まらず、その都度必要な場所へ移る。

「無駄が減っています」

 ネアが言った。

精霊剣でも

「それなら、身体への負担も減る?」

 シアが尋ねる。

「減る可能性はある。ただ、回路が強くなったわけじゃない」
「使い方が良くなっただけ?」
「今はそうだ」

 それでも意味はある。
 同じ量しか扱えないなら、無駄にしていた分を減らせば、その分だけ長く使える可能性がある。

「二本の精霊剣でも、似たことができればいいな」

 セトが言う。

「私とネアの力を減らす?」
「減らすんじゃない。必要じゃない場所へ流してる分があるなら、そこを減らす」
「極炎と絶光では、わたしたちも流量を調整しています」

 ネアが答える。

「ただ、セトの身体側でどう受けているかは、以前より細かく見えるようになっています。無駄があるなら、見つけられる可能性はあります」

 必要な場所へ、必要な時だけ力を送る。
 同じことを精霊剣でも行えれば、今より長く二人の力を扱えるかもしれない。

「このまま見ていけば、何か見つかるかもしれない」
「二本を使っても倒れない方法?」
「それを探してる」
「可能性はあります」

 ネアも否定しなかった。
 今まで見えなかった流れが見えるようになった。
 その先に解決策がある。
 セトは、そう思った。

黒刃へ向かう流れ

 次に、セトは黒刃の流れを調べた。
 左手を開き、剣状の領域から原光を排除する。
 光が欠けた場所が、黒い両刃剣の形となった。

 シアが指先へ小さな炎を作る。

「弱くしろ」
「分かった」

 小さな火が飛ぶ。
 黒刃へ触れた瞬間、炎が崩れた。
 火へ変換されていた原光が奪われ、形を保てなくなる。

 奪った原光の大部分は、黒刃の周囲へ散った。
 だが、ごく一部がセトの左手へ向かう。
 手首へ入る直前で、その流れは外へ押し戻された。

「身体へ向かう流れがある」

 セトが言った。

「入ったのですか?」
「いや。手首の前で止まった」

 黒刃そのものは、まだ形を保っている。
 吸収できる量にも余裕があった。

「もう一回」

 シアが同じ大きさの炎を作る。

「同じくらいにしろよ」
「同じ」
「先ほどとほぼ同じです」

 ネアも確認する。

 炎が飛ぶ。
 黒刃が崩す。
 散った原光の一部だけが、また左手へ向かった。

 止まる場所も同じだった。

黒刃の限界ではない

「また手首の前だ」
「黒刃は?」
「まだ余裕がある」

 セトは黒刃を消さずに見る。
 輪郭は安定している。
 術が限界へ近づいた時の揺れもない。

「黒刃が一杯になって押し戻してるわけじゃないな」
「そのように見えます」

 翌日も同じ確認を続けた。
 最初は小さな火を数回。
 止まる位置が変わらないことを確かめる。
 その後、ネアが量を見ながら、シアの炎を少しだけ強くした。

 黒刃が炎を崩す。
 外へ散る原光が増える。
 同時に、左手へ向かう流れも大きくなる。

 黒刃はまだ保つ。
 だが、セトの身体が先に術を弱めた。

「今、黒刃の方を弱くした?」

 シアが聞く。

「俺はしてない」

 もう一度、同じ量を受ける。
 黒刃が炎を崩した瞬間、左手へ向かう流れが強くなる。
 その直後、黒刃そのものへの原光の排除が少し緩んだ。

「黒刃の限界じゃない」
「ええ。黒刃の構造より先に、セトの身体が術を弱めています」

 ネアが答えた。

「さっきと同じところ?」
「手首の前だ」

 少し休み、もう一度だけ同じ量を受ける。
 今度は、何が起こるか分かったうえで流れだけを見る。

 黒刃が火を崩す。
 原光が左手へ向かう。
 手首の内側で流れが急に細くなった。

 鋭い痛みが走る。
 黒刃が消える。
 残った火は、ネアが横へ流した。

閉じた道

「痛い?」

 シアが近づく。

「少し」
「少しではありません」

 ネアがセトの手首へ触れた。
 銀青色の線が肘まで伸びる。

「精霊回路に損傷はありません」
「なら、なぜ止まった」
「損傷しないためです」

 セトは左手を握って開く。
 痛みはもう薄れている。

 黒刃で奪った原光は、通常なら周囲へ散る。
 そのままセトが使える力になるわけではない。
 だが、黒刃だけで処理しきれなかった一部は、セトの身体へ向かっていた。

 左手。手首。前腕。
 流れが入る前に、身体が黒刃を弱め、最後には解除する。

「回路が細いのか」
「構造上、通らないわけではありません」

 ネアが答える。

「通せる道はあります。ただ、そこへ大きな量を通さないように止めています」
「塞がってるわけじゃない?」
「ええ。物理的に閉じた回路というより、流れを閉じている状態に近いです」

 セトは左手を開く。
 傷はない。指も動く。

 それでも、原光が向かおうとした道筋は分かった。
 手首から前腕へ。肘から肩へ。
 その先にも道は続いている。

 道がないわけではない。
 身体が自分で流れを細くしている。

慣らせるのか

「黒刃が壊れる前に、セトが止めた?」

 シアが尋ねる。

「意識してやったわけじゃないけどな」

 シアは少し考える。

「毎日そこまで流したら、そのうち通るようになる?」
「慣らすってことか」
「うん」

 セトも同じ可能性を考えた。
 筋肉なら、負荷をかけて休めば以前より強くなる。
 精霊術も、繰り返すことで扱いが上達する。
 なら、止まる直前まで何度も流せば、少しずつ限界が広がるのではないか。

「今の確認だけでは、そう判断できません」

 ネアが静かに否定した。

「なぜ?」
「わたしたちが確認したのは、損傷する前に流れが止まることです。止まるところまで何度も追い込めば回路が強くなる、という事実は確認していません」
「でも壊れてない」
「今回は、止まったから壊れなかったのです」

 シアが黙る。

「止まったところを毎回叩けば広がる、とは限らないか」
「はい。むしろ、安全に止めている場所へ何度も負荷を集めることになります」

 セトは左手首を見る。
 訓練法がないからこそ、自分で探している。
 だが、自分で探すことと、根拠なく身体を傷めつけることは同じではない。

「慣らすのは保留だな」
「それが良いと思います」

黒刃だけではない

 流れが見えなかった頃なら、黒刃の吸収限界だと考えたかもしれない。

 今は違う。

 どこで止まっているのかが見える。
 見えるなら、流し方を変えられるかもしれない。

「一か所で止まるから駄目なら、分ければいいのかもしれない」

 セトが言う。

「手首から入ったものを、そのまま腕だけで受けない?」
「肩まで通して、胸と背中へ分ける。もっと先まで流せるなら、一か所に集めなくて済む」
「安全な範囲で考えるなら、方向としては分かります」

 ネアはすぐには否定しなかった。

「ただし、外から入る原光を実際に通すのはまだやめてください」
「まず道だけ見る」

 その日の訓練を終えた後も、セトは左腕の流れを確かめ続けた。
 黒刃は作っていない。外から原光も入っていない。
 それでも、流れを止める場所は分かる。

 セトは自分の原光を、肩から腕へ流した。
 内側から同じ場所へ触れる。
 回路が塞がっているわけではない。
 流せない構造でもない。
 一定以上を流そうとした時だけ、身体がそこで量を絞る。

「黒刃だけの仕組みじゃないかもしれない」

 セトが言う。

「どういう意味ですか?」
「外から入ってきた力を拒んでるんじゃなくて、俺の身体が大きい流れそのものを止めてるのかもしれない」

身体が止めている

 確かめるため、セトは右手に白刃を作った。
 今度は形を変えない。
 白刃へ流す原光だけを、いつもの範囲で少しずつ増やす。

 刃が明るくなる。
 密度が上がる。
 まだ問題はない。

 さらに少しだけ増やそうとする。
 右腕から肩へ続く流れが、ある位置で自然に細くなった。

「ここもだ」

 セトはそこで増やすのを止める。

「黒刃と同じ?」
「場所は違う。でも止まり方が似てる」

 ネアが右肩へ意識を向ける。

「白刃そのものが限界へ達した様子はありませんね」
「もっと流せそうなのに、身体側が先に絞ってる」

 次に、白刃へ使っていない原光を右脚へ回す。
 安全な量なら、踏み込みが軽くなる。
 だが、さらに増やそうとすると、脚へ向かう流れも無制限には増えない。

「脚も止まる」
「じゃあ黒刃じゃない」

 シアが言う。

「俺の身体の方だ」

 黒刃を解除する。
 白刃へ流す量を絞る。
 脚へ送る量を抑える。

 術ごとに別の問題が起きているのではない。
 精霊回路と身体が、損傷する前に扱う量を減らしている。

「人間の身体は、壊れる前に止まります」

 ネアが言った。

「痛みも疲労も、そのためにあります。精霊回路も同じなのでしょう」

開けるのと広げるのは違う

「晶の精霊王との戦いでも?」
「一部はそうだった可能性があります」
「まだ流せた?」

 シアが尋ねる。

「その言い方は正確ではありません」

 ネアは否定した。

「壊すつもりなら、さらに流せた可能性があるというだけです」

 壊さず流せる量。
 壊れながら流せる量。
 それは同じではない。

「でも、止めてるだけなら開けるんだよな」

 シアの言葉に、セトはすぐ答えなかった。

 身体が流れを絞っている。
 物理的に通れない道ではない。
 なら、閉じようとする制御を止めれば、その先へ通せる。

「開けるのと、広げるのは違う」

 セトが言う。

「違う?」
「道が細いから少しずつ太くするんじゃない。通すと危ないから止めてる。その止め方を弱くしても、余った安全な場所が出てくるわけじゃない」
「安全な境界を後ろへずらすだけですね」

 ネアが続ける。

「今まで止めていた量より多く通せば、その分だけ損傷する側へ近づきます。少しだけ外せば安全、とは確認できません」

 それでも、外し方そのものは見え始めていた。

見えてしまったもの

 閉じようとする流れを止め、外から入る原光をそのまま腕へ通す。
 手首から前腕へ。肘から肩へ。胸と背中へ分ける。

 そうすれば、黒刃だけで処理するより多くの原光を受けられる。

 セトは一瞬、それが答えだと思った。
 黒刃が先に限界へ達しない。
 一か所へ集まる負荷を、全身へ分けられる。
 二本の精霊剣の力も、同じように流せるかもしれない。

「それなら――」

 言いかけて、セトは止まった。

 流れが見えた。
 だから、その先まで見えた。

 原光が左手から入る。
 腕を通る。
 肩へ届く。
 胸と背中へ広がる。

 そこで終わらない。

 流れが大きくなれば、通った場所へ負荷がかかる。
 さらに増えれば、精霊回路が摩耗する。
 耐えられなくなった場所から裂ける。

 胸と背中へ分ければ、左腕一か所へ集まる負荷は減る。
 だが、負荷そのものが消えるわけではない。

 傷む場所を広げているだけだ。

 負荷を安全に分けているのではない。
 黒刃で処理できないものを、自分の身体へ押し込んでいるだけだった。

 セトは左手を下ろした。

「違う」
「何がですか」
「これは解決じゃない」

真逆の答え

 セトが欲しかったのは、二本の精霊剣へ耐えられる身体だった。
 シアとネアの力を受けても壊れない精霊回路。
 二人と分霊核に力が残っている間、立ち続けられる使い手。

 白刃の流れを細かく扱えるようになった。
 無駄を減らせた。
 必要な瞬間だけ刃を強化できた。
 余った力を身体へ戻すこともできた。

 そこまでは、求めていた方向だった。
 同じ量の力を、より無駄なく使う。
 身体を壊さず、少しでも長く戦えるようにする。

 見えるものが増えたことで、解決へ近づいたと思った。
 同じように精霊剣の負担を減らし、少しずつ限界を押し広げられると思っていた。

 見つかったものは、その反対だった。

「回路を強くする方法じゃない」

 セトが言った。

「では、何が見えたのですか」
「回路を守っているものを止める方法だ」

 身体は、壊れる量の力が流れないように制限している。
 黒刃を弱める。
 必要なら解除する。
 白刃へ流す量を絞る。
 腕や脚へ送る量を抑える。

 晶の精霊王との戦いで動けなくなったのも、すべての回路が壊れたからではない。
 壊れる前に、身体が止まった。

「それを外せば、今より多くの力を通せる」
「どれくらい?」

 シアが尋ねた。
 セトはすぐには答えられなかった。

「壊れるまでだ」

これは壊す方法

 シアが黙る。

「今までより長く動けるのではありません」

 ネアが言った。

「動けなくなる前に、精霊回路の方が壊れます」

 セトは黙って自分の腕を見る。

「負荷へ耐えられるようになるのでもありません。今まで身体が止めていた量を、止めずに通せるようになるだけです」

 ネアはそこで一度言葉を切った。

「探していたものとは、正反対ですね」
「そうだな」

 見えるものが増えれば、どうすれば壊れないかが分かると思った。
 分かったのは、どうすれば壊れるまで止まらずにいられるかだった。

「セトが欲しかったのは、壊れない方法」

 シアが言う。

「そうだ」
「これは壊す方法」

 セトは返事をしなかった。
 否定するところがなかった。

「真逆」

 短い言葉だった。
 それ以上の説明は必要なかった。

試さない

 セトは右手へ白刃を作った。
 両側の刃。刀身の中央。基部。
 そこを流れる原光が、以前よりはっきり見える。

 刃へ流す量を増やしていく。
 安全な範囲までは、そのまま増える。
 さらに流そうとすると、右肩の手前で流れが細くなった。

 黒刃と同じだった。
 身体が、それ以上流さないように止めている。

「ここを開けばいい」

 セトが言う。
 シアが右肩を見る。

「開けるの?」
「開け方が分かったってだけだ」

 流れを絞っている部分へ意識を向ける。
 そこへ従わず、さらに白刃へ送る。

 頭の中ではできる。
 どこを止めれば制限が外れ、どこへ原光が流れるのかも見える。

 そこを開けば、白刃へさらに力を送れる。
 身体にも、より多くの原光を流せる。
 白刃は強くなる。
 踏み込みも、剣を振る速さも上がる。

 その代わり、右腕と肩の精霊回路が摩耗する。
 続ければ傷つく。
 さらに流せば、どこかで裂ける。

「少しだけなら?」

 シアが聞く。

「少しだけ安全に強くなる場所を見つけたわけじゃない」
「止めるのを少し遅らせるだけです」

 ネアが補う。

「どこから損傷が始まるかを確かめるには、実際に安全制限を越える必要があります」
「それを確認するために壊すのは違うな」

 セトはすぐに白刃を消した。

成功するから試さない

「試さないの?」

 シアが尋ねる。

「試さない」
「少しも?」
「必要ない」

 開けば力が通ることは分かった。
 その後に何が起こるかも見えている。
 実際に自分の回路を壊して確かめる必要はない。

 白い針は、試して失敗しても消えるだけだった。
 流量を減らした白刃も、受け方を間違えれば形が崩れるだけだった。
 必要な瞬間だけ強める制御も、安全な範囲の中で何度でも確かめられた。

 これは違う。

 成功すれば、制限を越えて原光が流れる。
 制限を越えて流れたという成功そのものが、精霊回路を傷つける。

「見えるようになれば、どうすれば壊れないか分かると思った」

 セトは両手を見る。

「分かったのは、どうすれば壊せるかだった」

 使い方の形だけなら、もう見えている。
 だが、形が分かったからといって完成させる必要はない。

 成功するか分からないから試さないのではない。
 成功した時に何が起こるか分かったから、試さない。

 その違いは大きかった。

答えにはしない

 白刃の制限を外せば、刃と身体へ大量の原光を通せる。
 黒刃の制限を外せば、外へ逃がしきれない原光を自分の身体へ通せる。
 左腕から入り、胸を通り、右腕へ流す。
 黒刃で受けた力を、白刃から外へ出すこともできる。

 頭の中では、流れがつながっていた。
 どこで止める制御が働くのか。
 どこを外せば先へ進むのか。
 左から入った原光を、どこへ逃がせば一か所へ集中しないのか。
 白刃へ送るなら、どの経路を通るのか。

 だが、それは回路が強くなったからではない。
 自分自身を通路にして、壊しながら力を通すだけだ。

「これは使わない」

 セトは言った。

「俺が探していた答えじゃない。回路を強くする方法でも、負担を減らす方法でもない」

 壊れる前に止めているものを外し、壊れるまで力を通す。
 それだけだ。

「戦い方として考えるべきじゃない」

 シアが短く答えた。

「分かった」
「わたしも、それが妥当だと思います」

 ネアもそれ以上は尋ねなかった。

 シアは「危なくなった時だけ」とは言わない。
 ネアも「相手が強ければ」と条件を付けない。
 使える状況を探せば、それだけで戦い方の一つになる。
 今ここで決めたのは、そうしないことだった。

「じゃあ、白刃の方は続ける?」

 シアが聞く。

「そっちは普通に使える」
「細いのも?」
「針は今のところ使い道ないけどな」
「でも作れる」
「作れることと、使えることは別だろ」

 シアは少し考えた。

「今日それ多いな」
「何が?」
「できるけど、やらない」
「そうかもな」

 セトは右手を開く。
 白刃は作らなかった。

 できることが増える。
 それを全部使う必要はない。
 見つけたものが、全部強さになるわけでもない。

 使えるかどうかを確かめる必要はない。
 技として完成させる必要もない。
 名前を付ける必要もない。
 戦力として数えてはならないものだった。

 セトは両手を閉じた。
 見つかったものは解決策ではない。
 答えとして扱ってはならないものだった。

 見えるものが増えれば、答えへ近づけると思っていた。
 実際には、見えないままの方がよかったものまで見えるようになっていた。

 それでも、見えた以上は間違えない。
 使えるから使うのではない。
 強くなるから選ぶのでもない。

 セトは、その道を閉じた。
 二度と使わないために。
 開け方を知ったことごと、忘れようとするように。


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