本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第9話 風情の正体

本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第9話 風情の正体 創作実験
本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第9話 風情の正体
本当に人間ってあさはかな生き物だよね
創作実験TOP日常系/猫視点コメディ/人間観察―― 猫には猫の常識がある。人間はそれを、何ひとつ分かっていない。 ――作品紹介黒猫のシジミは、人間に飼われている。少なくとも、うちの人間はそう思っている。だが、シジミからすれば話は逆だ。毎日決…

風情は手間がかかる

ウグイスが鳴く季節になった。

朝になると、庭の木々の間から、よく通る声が聞こえてくる。

うちの人間は、その声が聞こえるたびに窓を開ける。

まだ朝の空気は少し冷たい。

窓を開けたところで、部屋の中が寒くなるだけである。

それでも人間は、季節の音を近くで聞きたいなどと言って、わざわざ外の空気を入れたがる。

寒ければ窓を閉めればよい。

鳥の声なら、閉めたままでも聞こえる。

だが、人間は窓を開けて聞くほうが風情があると思っているらしい。

風情というものは、ずいぶん手間がかかる。

シジミは窓辺に座り、冷たい風に毛を揺らされていた。

うちの人間も、柔らかな部屋着の上へ薄い上着を羽織り、肩へ落ちた髪を片手で押さえながら窓辺に立っている。

寒いなら開けなければよい。

自分で窓を開け、自分で寒そうに肩をすくめている。

人間は、ときどき自分のしたことに自分で困る。

ホーホケキョ

庭の木から、また声が響く。

「ホーホケキョ」

うちの人間が目を細める。

「いい声で鳴くなあ」

違う。

少なくとも、うちの人間へ聞かせるために鳴いているのではない。

ウグイスが鳴くのは、雌へ自分の存在を知らせるためである。

同時に、近くにいる雄へ、自分の場所を主張する意味もある。

つまり、求愛と縄張りの宣言だ。

春の訪れを人間へ教えているわけではない。

人間の朝を気持ちよくするために鳴いているわけでもない。

うちの人間が勝手に聞き、勝手に春を感じているだけである。

それだけなら、まだよい。

問題は、人間がウグイスの言葉をまるで理解していないことだ。

どうやら人間には、

「ホーホケキョ」

と聞こえているらしい。

何を意味しているのかは分からない。

うちの人間に聞いても、意味のある言葉だとは思っていないようだった。

ただ、昔からそう聞こえることになっているから、そう呼んでいるだけらしい。

人間は分からない音を、そのままにしておくことが苦手である。

自分たちに発音できる音へ勝手に直し、分かったような顔をする。

スズメはチュンチュン。

カラスはカーカー。

犬はワンワン。

猫はニャーニャー。

どれも実際には、もっといろいろな音を使い分けている。

それなのに人間は、一つか二つの音へまとめる。

自分たちの言葉は、声の高さや言い方が少し違うだけで意味が変わると言うくせに、ほかの生き物の声は、だいたい同じに聞こえるらしい。

シジミには、鳥の言葉が少し分かる。

すべてを細かく聞き取れるわけではない。

鳥は猫よりも早口で、同時にいくつもの意味を声へ乗せる。

だが、今鳴いているウグイスが何を言っているのかくらいは分かる。

オレ、ちょーーーーーーーーイケてる

木の上から、再び声が響いた。

「オレ、ちょーーーーーーーーイケてる!」

うちの人間が、うれしそうに耳を澄ませる。

風に乱された髪を耳へかけながら、庭の木を見上げた。

「きれいな声だなあ」

風情もへったくれもない。

ウグイスは、自分がどれほど優れているかを叫んでいるだけである。

少し離れた木から、別のウグイスが鳴いた。

「オレのほうがイケてる!」

最初のウグイスがすぐに鳴き返す。

「いや、オレだから!」

「オレのほうが声通ってるから!」

「オレのほうが羽つやいいから!」

「こっちの木のほうが高いから!」

「木の高さは関係ないだろ!」

「高いところにいるほうがイケてる!」

「そんな決まりはない!」

二羽のウグイスは、朝から言い争っていた。

人間には、美しい鳥たちが声を掛け合っているように聞こえている。

実際には、どちらが優れているかを互いに主張しているだけである。

うちの人間が、感心したように言う。

「向こうのウグイスも返事してる。会話してるのかな」

会話はしている。

ただし、うちの人間が想像しているような内容ではない。

一羽目のウグイスが胸を張る。

「オレ、声もいい!」

「羽もきれい!」

「虫もいっぱい見つけられる!」

「いい枝も持ってる!」

「だからオレ、ちょーーーーーーーーイケてる!」

二羽目も負けていない。

「オレのほうがもっとイケてる!」

「昨日、雌が近くまで来た!」

「それ、お前を見に来たんじゃないだろ!」

「オレの声を聞いて来た!」

「後ろにいた虫を食べに来ただけだから!」

「照れてたんだよ!」

「完全に無視されてただろ!」

ウグイスは、ずいぶん自信に満ちた鳥である。

雌が近くへ来れば、自分の声に引かれたと思う。

すぐに飛び去れば、照れているのだと思う。

別の雄を見ていても、自分を意識してわざと見ないのだと思う。

どのような結果になっても、自分がイケているという結論だけは変わらない。

その自信は、少し見習ってもよいかもしれない。

少しだけでよい。

あまり見習うと、周りが迷惑する。

奥さんではない

一羽の雌が庭の木へ飛んできた。

二羽の雄が、同時に黙る。

雌は枝に止まり、周囲を見回した。

一羽目の雄が、これまでより大きな声で鳴く。

「ほら来た!」

「オレの声を聞いて来た!」

二羽目も続く。

「いや、オレの声だから!」

「こっち見てる!」

「オレのほう見てる!」

雌は、どちらも見ていなかった。

枝の裏側にいた小さな虫をついばみ、そのまま別の木へ飛んでいった。

雄たちは少し黙った。

うちの人間が言う。

「あ、今のが奥さんかな」

違う。

どちらも相手にされていない。

一羽目の雄が、気を取り直したように鳴く。

「今のは恥ずかしがってただけ!」

二羽目もすぐに鳴く。

「本当はオレが気になってる!」

「オレだ!」

「オレだから!」

そして二羽は、また声を張り上げ始めた。

「オレ、ちょーーーーーーーーイケてる!」

「オレのほうが、ちょーーーーーーーーイケてる!」

うちの人間は、温かい飲み物を両手で包みながら、のんびりとその声を聞いている。

細い湯気が顔の前へ上がるたび、少し目を細める。

「春って感じがするなあ」

木の上では、二羽が互いの声をかき消そうとしている。

「お前、そこオレの場所だから!」

「先に止まったのはオレだから!」

「雌が見てる前で邪魔するな!」

「見てなかっただろ!」

「次は見るから!」

「根拠はあるのか!」

「オレがイケてるから!」

意味が分からなければ風情

風情とは、聞いている側が勝手に作り出すものらしい。

ウグイスがどれほど騒がしいことを言っていても、人間に意味が分からなければ美しい歌になる。

これが人間同士の言葉だったら、そうはいかないだろう。

朝から庭先で、

「オレはイケてる!」

「いや、オレのほうがイケてる!」

と叫ぶ人間がいたら、うちの人間は窓を閉めるはずだ。

眉を寄せ、

「朝からうるさいなあ」

とでも言うだろう。

ところが、鳥の声なら窓を開ける。

意味が分からないというだけで、ずいぶん扱いが変わる。

ウグイスたちは昼近くまで鳴いていた。

うちの人間は何度も、

「いい声だねえ」

と言った。

そのたびにウグイスは、

「分かるか! オレ、イケてるだろ!」

と返していた。

人間の言葉はウグイスへ伝わっていない。

ウグイスの言葉も人間へ伝わっていない。

それでも、どちらも相手が自分を褒めていると思っているようだった。

それで困ることはないのかもしれない。

うちの人間は美しい声を聞けたと満足する。

ウグイスは、自分の魅力が遠くまで伝わったと満足する。

考えていることはまるで違うのに、なぜか両方とも機嫌がよい。

人間とほかの生き物の関係は、案外その程度で成り立っているのかもしれない。

テッペンカケタカ

やがて春が過ぎた。

庭の葉は濃くなり、朝の空気も暖かくなった。

ウグイスの声が聞こえなくなったわけではないが、うちの人間も以前ほど窓へ駆け寄らなくなった。

最初のころは、髪をまとめる途中でも窓辺へ来ていた。

今では、声が聞こえても鏡の前で髪を整えたまま、

「今日も鳴いてるね」

と言うだけである。

毎日聞こえるものは、珍しくなくなるらしい。

どれほど美しいと言っていても、慣れれば注意を向けなくなる。

人間の風情とは、珍しさにずいぶん左右される。

初夏になると、今度は別の鳥の声が聞こえてきた。

うちの人間が、また窓を開ける。

ちょうど顔へ何かを塗っている途中だったらしく、片手には小さな容器を持ったままである。

「ホトトギスだ」

少し離れた木から、独特の声が響く。

うちの人間は満足そうにうなずいた。

「テッペンカケタカって鳴いてるなあ」

意味が分からない。

なぜ鳥が、突然てっぺんが欠けたなどと報告するのだろう。

山の頂上でも欠けたのか。

屋根の先が壊れたのか。

それとも、何かの入れ物の上部がなくなったのか。

そもそも、誰に知らせているのだろう。

一度なら、何かを見つけて驚いた可能性もある。

だが、ホトトギスは何度も同じように鳴く。

毎回てっぺんが欠けていたのでは、周りのものがなくなってしまう。

そんな意味不明なことを、わざわざ繰り返すはずがない。

オレ、ちょっとイケてるかも

シジミには、ホトトギスの言葉も少し分かる。

ホトトギスが、もう一度鳴いた。

「オレ、ちょっとイケてるかも!?」

シジミは耳を動かした。

ウグイスほどの自信はないらしい。

自分がイケていると言い切る勇気はない。

だが、もしかしたらイケているのではないか。

誰か一羽くらいは、そう思ってくれるのではないか。

そんな淡い期待が、声に込められている。

少し間を置いて、また鳴く。

「オレ、ちょっとイケてるかも!?」

返事はない。

もう一度鳴く。

「オレ、ちょっとイケてるかも!?」

やはり返事はない。

ウグイスなら、返事がなくても、

「みんな聞きほれてる!」

くらいは言いそうなものだ。

ホトトギスはそこまで自信を持てないらしい。

鳴くたびに、最後が少し上がる。

自分でも確信していない。

問いかけている。

相手に判断を委ねる余地を残している。

その点、少し控えめである。

うちの人間が耳を澄ませた。

窓から入る風で前髪が動き、指で何度か直している。

「今年もテッペンカケタカって鳴いてるなあ」

ホトトギスが答える。

「オレ、ちょっとイケてるかも!?」

まるで会話が成立していない。

だが、うちの人間は満足そうである。

ホトトギスも、誰かが自分の声を聞いてくれたことには満足しているようだった。

少し離れたところから、別のホトトギスが鳴く。

「オレも、ちょっとイケてるかも!?」

最初のホトトギスが返す。

「お前も、まあまあイケてるかも!?」

「お前も、ちょっとだけイケてるかも!?」

「でも、オレのほうが少しイケてるかも!?」

「それは分からないかも!?」

ウグイスに比べると、ずいぶん弱い争いだった。

どちらも断言しない。

相手を完全には否定しない。

自分のほうが上だと言いたいが、間違っていたときのために逃げ道を残している。

少し疑問形なところに救いがある。

うちの人間は、二羽の声を聞いて笑った。

口元へ手を当て、肩を小さく揺らす。

「初夏らしいなあ。風情がある」

木の上では、

「オレ、ちょっとイケてるかも!?」

「そっちより、少しだけイケてるかも!?」

という、決して自信のない主張が続いている。

風情の正体

春のウグイスは、自分が世界で一番優れているように鳴く。

初夏のホトトギスは、自分もそれなりに悪くないのではないかと確認するように鳴く。

どちらも雌へ自分を示そうとしている点では変わらない。

ただ、自信の量が違う。

人間は、その違いを理解していない。

片方をホーホケキョと呼び、もう片方をテッペンカケタカと呼ぶ。

意味は分からないまま、春らしい、初夏らしい、風情があると喜んでいる。

知らないからこそ美しく聞こえることもあるのだろう。

本当の意味を知れば、うちの人間は今と同じ顔で聞けるだろうか。

朝から延々と、

「オレ、ちょーーーーーーーーイケてる!」

と叫ばれても、春の風情を感じられるのだろうか。

少し遠慮がちに、

「オレ、ちょっとイケてるかも!?」

と何度も確認されて、初夏の訪れを感じられるのだろうか。

おそらく無理である。

人間が朝から同じことを何度も言えば、

「しつこいなあ」

と眉を寄せるだろう。

うちの人間も、絵の光る板に同じ知らせが何度も届くと、

「もう分かったって」

と言いながら指で消している。

鳥なら同じことを何度繰り返しても、美しい声になる。

意味を知らないから、美しい鳥の歌として聞いていられる。

分からないものへ自分に都合のよい意味をつけ、満足する。

その点では、ウグイスもホトトギスも人間も、あまり変わらない。

ウグイスは、雌が皆自分を気に入っていると思っている。

ホトトギスは、少なくとも一羽くらいは自分を気に入るかもしれないと思っている。

うちの人間は、鳥たちが自分へ季節を知らせ、美しい声を聞かせてくれていると思っている。

誰も相手のことを正しく理解していない。

それでも、ウグイスは胸を張り、ホトトギスは少し期待し、うちの人間は目を細める。

庭の木から、ホトトギスの声が響いた。

「オレ、ちょっとイケてるかも!?」

うちの人間は、温かい飲み物を口へ運びながら、しみじみとうなずいた。

肩へ落ちた髪が風に揺れる。

「やっぱり、鳥の声はいいなあ」

シジミは窓辺で尻尾を揺らした。

「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」


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