
姪が来る前
うちの人間の姉の子どもを、数日預かることになったらしい。
いわゆる姪である。
まだ小さい。
一人で歩ける。
人間の言葉も、それなりに話せる。
だが、身の回りのことをすべて自分でできるほどではない。
うちの人間は、姪が来る数日前から家の中を片づけ始めた。
床に置いていたものを棚へ上げる。
角のあるものを奥へしまう。
小さなものを箱へ入れる。
普段は、
「あとで片づける」
と言いながら放置しているのに、子どもが来ると決まった途端、急に動き始めた。
人間は、自分が踏む可能性のあるものは放置する。
だが、子どもが触る可能性があるものは片づける。
自分の安全より、他人へ説明しなければならない事故のほうが怖いらしい。
うちの人間は床へ膝をつき、長椅子の下をのぞき込んだ。
「これも危ないかな」
細い紐を見つけ、棚へしまう。
それは先週からそこにあった。
シジミが何度か前足で動かしていたが、そのときは片づけなかった。
姪が来るとなれば、すぐに片づける。
猫より人間の子どものほうが大切ということではないのだろう。
おそらく、猫は危険を避けられると思っている。
子どもは何をするか分からないと思っている。
人間が子どもを怖がる理由は、だいたい無知であることだ。
何が危険か分からない。
何を触ってよいか分からない。
力加減が分からない。
動物へどのように近づけばよいか分からない。
たしかに、それもある。
だが、シジミが人間の子どもを少々苦手とする理由は、そこではない。
子どもは動物的
子どもは、動物的なのである。
大人の人間より、ずっと周囲をよく見ている。
視線。
耳の向き。
尾の動き。
体の重心。
呼吸の変化。
大人の人間が気づかないような小さな変化へ、子どもは反応する。
シジミが少しだけ顔をそむける。
うちの人間は気づかない。
子どもは気づく。
シジミの尾の先が一度だけ動く。
うちの人間は見ていない。
子どもは見る。
耳が横へ向く。
肩が少し上がる。
前足へ力が入る。
そのような変化も、子どもはよく見ている。
問題は、その情報を得たあとの行動である。
動物同士なら、相手が嫌がっていると分かれば、少し距離を取る。
今は近づかない。
別の方向から見る。
相手が落ち着くまで待つ。
それが普通である。
子どもは違う。
嫌がっていると分かったうえで、近づいてくる。
尾が動いた。
面白い。
耳が横を向いた。
もう一度見たい。
顔をそむけた。
反対側へ回れば顔が見える。
逃げた。
追えばまた動く。
相手の気持ちを読み取れないのではない。
読み取った結果、さらに興味を持つ。
そこが厄介なのである。
姪が来た日
姪が来た日。
玄関の呼び出し音が鳴った。
うちの人間が扉を開ける。
姉らしい人間と、その隣に小さな子どもが立っていた。
姪は、大きな鞄を背負っている。
自分で持つには少し大きい。
だが、下ろすつもりはないらしい。
家へ入るなり、すぐに周囲を見回した。
長椅子。
机。
窓。
棚。
そして、少し離れた場所にいるシジミ。
目が合った。
姪の動きが止まる。
シジミも動かなかった。
子どもは、まず見る。
大人のように、見つけた瞬間、
「かわいい!」
と声を上げながら手を伸ばしたりはしない。
相手がどのような状態か、少し観察する。
その点だけなら、悪くない。
姪は小さな声で尋ねた。
「シジミ?」
うちの人間が答える。
「そう。シジミだよ」
姪は、シジミの目を見た。
次に耳を見る。
尾を見る。
足を見る。
かなり正しく観察している。
シジミは体を横へ向けた。
正面から向き合う必要はない。
敵意はない。
だが、近づいてほしくもない。
それくらいの意味である。
姪は、すぐに気づいた。
「こっち見ない」
うちの人間が笑った。
「緊張してるのかな」
違う。
今は関わる気がないと示している。
姪は一歩近づいた。
シジミは視線だけを姪へ向ける。
姪が止まる。
ここまではよい。
相手が反応したので、距離を確認した。
動物同士なら、ここで少し下がる。
だが、姪はその場へしゃがんだ。
体を低くする。
正面から見下ろさない。
その判断は正しい。
そして、さらに一歩近づいた。
そこが違う。
尾は駄目、ほかならよい
シジミは尾の先を一度動かした。
姪がすぐに言う。
「しっぽ動いた」
よく見ている。
うちの人間は、
「うれしいのかも」
と言った。
なぜそうなる。
うれしくて動かしたのではない。
気にしている。
これ以上近づくのか見ている。
少し落ち着かない。
その程度である。
姪はうちの人間の言葉を聞いていなかった。
シジミの尾を見続けている。
尾の先がもう一度動く。
姪の目が少し大きくなる。
そして、手を伸ばした。
シジミはすぐに尾を体の近くへ寄せた。
姪の手が止まる。
「かくした」
分かっている。
触られたくないから隠した。
うちの人間が言う。
「しっぽは触られるの嫌なんだよ」
珍しく正しい。
姪はうなずいた。
「いやなんだ」
理解したらしい。
だが、次にシジミの背中へ手を伸ばした。
尾が嫌なら、背中ならよいと思ったようだ。
情報の使い方が違う。
尾を隠した。
ならば触らない。
ではなく、
尾は駄目。
ほかならよい。
になる。
シジミは立ち上がり、長椅子の下へ移動した。
姪はすぐに床へ手をつき、下をのぞき込んだ。
「ここにいる」
うちの人間が笑う。
「シジミ、かくれんぼしてるのかな」
していない。
距離を取ったのである。
姪には、それも分かっている。
シジミが移動する直前、体へ力を入れたことを見ていた。
急に逃げたのではない。
自分が手を伸ばしたから移動した。
そこまで理解しているはずだ。
嫌だから見る
それでも、長椅子の下へ顔を近づける。
シジミがさらに奥へ下がる。
姪も少し横へ移る。
シジミの顔が見える位置を探している。
「目、細くなった」
そのとおりである。
落ち着いて眠くなったのではない。
これ以上来るなという顔である。
うちの人間が言う。
「眠いのかも」
違う。
姪はしばらくシジミを見た。
「ちがうよ」
少し感心した。
姪には分かっている。
「いやなんだよ」
正しい。
うちの人間が少し驚く。
「そうなの?」
見れば分かる。
姪は顔を上げ、うちの人間へ言った。
「こっち見てるもん」
嫌なら見ないのではないか、と大人は考える。
だが、嫌だから見ることもある。
何をするか分からない相手から、目を離せない。
姪はそこまで言葉にできないだけで、感覚では理解しているらしい。
うちの人間は長椅子の下をのぞいた。
「シジミ、ごめんね。びっくりしたね」
びっくりはしていない。
警戒しているだけである。
気づいたうえで近づく
姪はその場から一度離れた。
よくできた判断だった。
だが、数分後には戻ってきた。
今度は床へ座り、何もせずにシジミを見る。
シジミも長椅子の下から見返した。
姪は動かない。
手も伸ばさない。
しばらく、そのままでいる。
この距離なら悪くない。
相手が何もしないと分かれば、少し警戒を緩められる。
シジミは前足の力を抜いた。
耳も少し前へ戻す。
姪が小さく言った。
「耳、もどった」
やはり見ている。
うちの人間は台所から答えた。
「慣れてきたんじゃない?」
そこまでは合っている。
姪は、また一歩近づいた。
シジミの耳が横へ動く。
姪は止まる。
ここまでなら、とても正しい。
だが、姪は少し考えたあと、床へ腹ばいになった。
自分の顔を、長椅子の下へ近づける。
距離を詰める方法を変えただけである。
シジミは奥へ下がった。
姪が言う。
「また下がった」
知っているなら、なぜ続ける。
大人の人間は、動物の気持ちへ気づかずに近づく。
子どもは、気づいたうえで近づく。
どちらがよいかは難しい。
少なくとも、姪のほうが相手の反応を正確に見ている。
だが、その観察力が配慮へつながっていない。
興味へつながっている。
シジミが動く。
姪も動く。
シジミが耳を向ける。
姪が喜ぶ。
シジミが離れる。
姪が追う。
相手の反応そのものを楽しんでいる。
若い犬に少し似ている。
相手が動けば、遊びが始まったと思う。
違うのは、犬より静かなことである。
声を上げず、よく観察しながら追ってくる。
そのぶん避けにくい。
まだ、さわるのだめ
夕方。
うちの人間が姪へ言った。
「シジミにおやつあげてみる?」
余計なことを思いついた。
姪はすぐにうなずいた。
うちの人間が小さな食事を一つ、姪の手へ載せる。
「手は急に動かさないでね」
姪は真剣な顔で食事を持った。
床へ座る。
腕を前へ伸ばす。
シジミは少し離れた場所から見ていた。
食事の匂いはする。
姪は動かない。
声も出さない。
さきほどまでとは違い、待っている。
悪くない。
シジミは少し近づいた。
姪の指がわずかに動いた。
興奮しているらしい。
だが、手を引っ込めなかった。
さらに近づく。
食事の匂いを確認する。
姪の手の匂いもする。
知らない家の匂い。
甘い菓子の匂い。
少し汗の匂い。
害はなさそうである。
シジミは食事を取った。
姪は目を大きくした。
だが、すぐには触らなかった。
そこはよい。
シジミが食べ終え、顔を上げる。
姪が小さく尋ねた。
「もう一個?」
うちの人間が笑った。
「仲良くなったね」
食事を受け取っただけである。
仲良くなったわけではない。
姪はうちの人間へ言った。
「まだ」
分かっている。
うちの人間が首を傾げる。
「まだ仲良くないの?」
姪はシジミを見る。
シジミも姪を見る。
「まだ、さわるのだめ」
そのとおりである。
うちの人間より、よく理解している。
シジミは少し評価を改めた。
この子どもは、相手の状態を読む。
そして、少なくとも言葉では正しく判断できている。
問題は、その正しい判断を守り続けられるかどうかである。
でも、さわれた
姪はもう一つ食事を受け取った。
シジミへ差し出す。
シジミが取る。
さらにもう一つ。
三つ目を受け取ったあと、シジミはその場を離れようとした。
姪が言う。
「もういらない?」
そのとおりである。
シジミは歩き出した。
姪は手を伸ばさない。
少し成長したらしい。
ところが、シジミが姪の横を通り過ぎた瞬間、姪の手が背中へ触れた。
ほんの一度。
軽く。
力も強くない。
シジミはすぐに足を速めた。
姪は笑った。
「さわれた」
知っていてやった。
食事を受け取りに近づいた。
横を通る。
今なら一度だけ触れられる。
そこまで計算したらしい。
うちの人間がうれしそうに言う。
「よかったね。シジミも撫でてもらってうれしいね」
うれしくない。
姪も、それを分かっている。
姪はシジミの背中を見ながら言った。
「早く行った」
そうである。
触られたから離れた。
「いやだった?」
そうである。
姪は少し考えた。
そして、また笑った。
「でも、さわれた」
反省より達成感が勝った。
やはり子どもである。
手が届かない場所
夜。
姪はうちの人間の隣で眠ることになった。
普段と違う布団が敷かれる。
普段と違う匂いがする。
寝る前まで姪は落ち着かなかった。
布団へ入る。
起き上がる。
水を飲む。
また入る。
シジミを見る。
「シジミも寝る?」
寝る。
ただし、姪の隣では寝ない。
シジミは少し離れた棚の上へ移動した。
姪が見上げる。
「高いところにいる」
うちの人間が答える。
「シジミは高いところが好きなんだよ」
それもある。
今は、姪の手が届かないという理由のほうが大きい。
姪は棚の近くへ来た。
上を見上げる。
シジミの尾が棚から少し垂れている。
姪の目が尾へ向く。
シジミはすぐに尾を引き上げた。
姪が言った。
「かくした」
分かっている。
「さわらないよ」
シジミは尾を戻さなかった。
姪はしばらく見ていた。
それから本当に手を伸ばさず、布団へ戻った。
少しずつ学んでいるようだ。
夜が深くなる。
うちの人間と姪が眠る。
家の中が静かになる。
シジミは棚から降りた。
水を飲む。
食事の皿を確認する。
窓辺へ行く。
いつものように家の中を歩く。
姪は眠っている。
子どもは眠っていると静かである。
動かない。
追ってこない。
観察もしない。
悪くない。
シジミが寝台の近くを通ったとき、姪が寝返りを打った。
目は閉じている。
だが、手だけが布団の外へ出た。
シジミの足へ少し触れる。
シジミは止まった。
姪は起きない。
偶然らしい。
それなら問題ない。
シジミは少し離れた場所へ移動し、体を丸めた。
好かれている証拠
翌朝。
姪は目を覚ますと、すぐにシジミを探した。
「いた」
見つけるのが早い。
うちの人間はまだ眠そうである。
「シジミ、姪ちゃんのこと気に入ったみたい。近くで寝てたね」
違う。
たまたま安全な位置がそこだっただけである。
姪も、うちの人間の言葉を信じてはいないようだった。
「近くじゃないよ」
正しい。
うちの人間が笑う。
「でも同じ部屋にいたでしょ?」
家の中である。
同じ部屋にいることくらいある。
それだけで好意の証明にはならない。
人間は、嫌われていない証拠を少しでも見つけると、好かれている証拠へ変える。
逃げなかった。
ならば安心している。
近くにいた。
ならば好き。
食事を受け取った。
ならば仲良し。
間にある多くの可能性を飛ばす。
シジミの道
朝食のあと。
姪は床へ座り、何かを組み立てていた。
小さな板を重ねる。
並べる。
崩す。
また積む。
シジミは長椅子の上から見ていた。
姪がときどきこちらを見る。
だが、追ってはこない。
昨日より落ち着いている。
シジミも少し目を閉じた。
姪が板を一枚、少し離れた場所へ置いた。
その上に別の板を重ねる。
少しずつ、シジミのいる長椅子へ近づけている。
何をしているのかと思った。
やがて、板の道が長椅子の近くまで伸びた。
姪は小さな声で言った。
「シジミの道」
必要ない。
シジミは床を歩ける。
姪は板の上へ、小さな玩具を置いた。
シジミが近づくことを期待しているらしい。
シジミは動かなかった。
姪は玩具を少し揺らした。
シジミの耳が動く。
姪がすぐに気づく。
「見た」
見ただけである。
姪はもう一度揺らす。
シジミの視線が少し動く。
「見てる」
見ているだけである。
姪は玩具を少し遠ざけた。
追わせるつもりらしい。
だが、シジミは動かない。
姪はしばらく待った。
そして、玩具をシジミの近くへ持ってきた。
近づかないなら、玩具のほうを近づける。
筋は通っている。
シジミは前足で一度だけ玩具を押した。
姪の顔が明るくなる。
「遊んだ!」
遊んでいない。
邪魔だったので動かしただけである。
うちの人間が台所から顔を出す。
「仲良く遊んでるの?」
遊んでいない。
姪は少し考えてから答えた。
「ちがう」
そこは正しい。
「シジミが、どけた」
よく分かっている。
うちの人間が笑った。
「それも遊びだよ」
違う。
なぜ姪より理解が浅いのだろう。
姪は玩具をもう一度置いた。
シジミが動かない。
少し近づける。
シジミが顔をそむける。
姪は止めた。
そして玩具を自分のところへ戻した。
学習している。
動物的な観察力に、人間的な抑制が少しずつ加わっているようだ。
このままなら、数日後には適切な距離を覚えるかもしれない。
仲良くお昼寝
その日の午後。
姪は眠くなったらしい。
長椅子の端へ座り、少しずつ動きが鈍くなる。
うちの人間が尋ねる。
「お昼寝する?」
姪は首を振った。
「しない」
目は半分閉じている。
「眠そうだよ」
「ねむくない」
人間の子どもは、眠いときほど眠くないと言う。
腹が減れば、食べないと言う。
帰る時間になれば、帰らないと言う。
自分の状態を正しく感じていても、認めたくないらしい。
そこは大人の人間とあまり変わらない。
うちの人間も、夜遅くに目をこすりながら、
「まだ眠くない」
と言う。
姪は長椅子へ横になった。
それでも、
「ねない」
と言った。
すぐに眠った。
シジミは少し離れた場所から見る。
子どもは眠ると、警戒すべき動きがなくなる。
手も伸びてこない。
目も追ってこない。
呼吸も一定である。
シジミは長椅子の反対側へ上がった。
十分に距離を取る。
姪は起きない。
しばらくすると、うちの人間が部屋へ戻ってきた。
長椅子の端に姪。
反対側にシジミ。
二人とも静かにしている。
うちの人間は、すぐに絵の光る板を取り出した。
音を立てずに写真を撮る。
「かわいい。仲良くお昼寝してる」
違う。
姪は勝手に眠った。
シジミは空いていた場所へ座った。
互いに何もしていない。
それだけである。
だが、うちの人間には、仲良く並んで眠っているように見える。
さわらないからだよ
間には、一人分以上の距離がある。
シジミは姪へ背を向けている。
耳だけは、姪のほうの音を確認できる向きにしている。
これのどこが仲良しなのだろう。
うちの人間は写真を姉へ送った。
文字も添える。
『すっかり仲良し』
勝手に関係を決められた。
しばらくして、姪が目を覚ました。
最初にシジミを見た。
驚かなかった。
手も伸ばさなかった。
ただ、小さな声で言う。
「近くにいた」
近くというほどではない。
だが、昨日よりは近い。
姪は少しだけ笑った。
「さわらないから?」
おそらく、そうである。
姪が静かに眠っていたから、同じ長椅子に上がった。
姪はそれを理解したらしい。
うちの人間は横から言う。
「シジミも一緒に寝たかったんだよ」
違う。
姪がうちの人間を見る。
「さわらないからだよ」
そのとおりである。
うちの人間は少し困ったように笑った。
「でも、嫌いだったら近くに来ないでしょ?」
嫌いではない。
だが、仲良しでもない。
その間が、人間には難しいらしい。
危険ではない。
静かなら近くにいてもよい。
手を伸ばさなければ、同じ場所にいられる。
その程度の関係である。
人間は、好きか嫌いかに分けたがる。
近づけば好き。
離れれば嫌い。
二つの間には、かなり広い場所がある。
姪は少し考えた。
そして、シジミへ向かって言った。
「さわらないよ」
シジミは動かなかった。
姪も動かない。
しばらく、そのままだった。
悪くない。
数日間で、姪はかなり学んだ。
追わない。
尾を触らない。
顔を近づけすぎない。
食事を渡した直後に背中へ触れない。
完全ではない。
ときどき手が動く。
シジミが何かを見れば、その先を見ようとする。
シジミが移動すれば、少しついてくる。
だが、最初の日よりは距離を守るようになった。
子どもは学ぶのが早い。
大人より、相手の反応もよく見る。
人間の言葉で説明されなくても、何をすれば離れ、何をしなければ近くにいるかを覚える。
問題は、覚える前の好奇心が強すぎることだけである。
まだ、ちょっとだけ
姪を迎えに、うちの人間の姉が来た。
荷物をまとめる。
忘れ物を確認する。
姪は玄関へ向かう前に、シジミの近くへ来た。
少し離れたところでしゃがむ。
手は伸ばさない。
「またね」
シジミは姪を見る。
姪も見る。
それだけである。
うちの人間が言った。
「シジミ、寂しくなるね」
ならない。
家が静かになる。
追われる心配が減る。
尾を見張る必要もない。
普段どおりに戻るだけである。
姪が立ち上がる。
扉へ向かう。
途中で一度だけ振り返った。
シジミはまだ同じ場所にいる。
姪はうちの人間へ言った。
「シジミ、わたしのこと好き?」
難しい質問である。
嫌いではない。
だが、好きと呼ぶほどでもない。
昨日よりは安全な相手だと分かっている。
静かなら近くにいてもよい。
それくらいだ。
うちの人間は迷わず答えた。
「もちろん。すごく仲良しになったもんね」
勝手に決めた。
姪は少し考えた。
そして首を振った。
「まだ、ちょっとだけ」
姪のほうが正確だった。
うちの人間が笑う。
「そっか。でも次に来たら、もっと仲良くなれるよ」
次も来るらしい。
姪はうなずいた。
「次は、さわらない」
それなら、今よりは近くにいられるかもしれない。
姪は少し間を置いたあと、付け加えた。
「シジミから来たら、さわる」
条件を変えただけである。
まだ油断はできない。
子どものほうが正確
姪が帰る。
扉が閉まる。
家の中が静かになった。
うちの人間は玄関を見ながら言った。
「シジミ、姪ちゃんと仲良くできて偉かったね」
仲良くしたつもりはない。
危険を避けながら、数日を過ごしただけである。
姪はシジミの嫌がる様子を見抜いた。
見抜いたうえで近づいた。
やがて、近づかなければシジミのほうから少し近くへ来ることも覚えた。
それは確かに成長である。
一方、うちの人間は最初から最後まで、
「仲良し」
と言い続けた。
相手の耳も見ない。
尾も見ない。
体の力も見ない。
子どものほうが正しく理解しているのに、自分が一番分かっているつもりでいる。
シジミは猫語でつぶやく。
「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」
本ページに掲載している本文、画像の著作権は作者に帰属します。
作者本人または作者が許諾した媒体を除き、無断転載・無断複製・無断配布・改変利用を禁じます。
感想・紹介・レビュー等で一部を引用する場合は、引用元ページ名またはURLを明記し、引用部分が分かる形で、必要な範囲に限ってご利用ください。
本作品は、作者本人により自サイト・カクヨム・小説家になろう等に掲載される場合があります。
本当に人間ってあさはかな生き物だよね TOPへ

自サイト版では人物紹介・用語集・設定資料などをまとめていますが、
”カクヨム”、”小説家になろう”ではフォロー、応援、レビュー、コメントなどができます。
気に入っていただけた方は、”カクヨム”、”小説家になろう”でも応援していただけると嬉しいです。
カクヨム版はこちら:
https://kakuyomu.jp/works/2912051604999063509
小説家になろう版はこちら:
https://ncode.syosetu.com/n5059mn/


コメント