本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第29話 シジュウカラとハクセキレイ

本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第29話 シジュウカラとハクセキレイ 創作実験
本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第29話 シジュウカラとハクセキレイ
本当に人間ってあさはかな生き物だよね
創作実験TOP日常系/猫視点コメディ/人間観察―― 猫には猫の常識がある。人間はそれを、何ひとつ分かっていない。 ――作品紹介黒猫のシジミは、人間に飼われている。少なくとも、うちの人間はそう思っている。だが、シジミからすれば話は逆だ。毎日決…

一緒にお散歩

うちの人間と道を歩いていた。

シジミは塀の上。

うちの人間は、その横の道である。

同じ方向へ進んでいるだけだが、うちの人間はこれを、

「一緒にお散歩」

と呼ぶ。

少し違う。

うちの人間の歩く速さに合わせているわけではない。

シジミが先へ進めば、うちの人間があとから来る。

うちの人間が立ち止まれば、シジミは待たずに先へ行く。

ただ、帰る場所が同じなので、途中まで道が重なっているだけである。

その日は、道の端に一羽の鳥がいた。

白と黒の体。

細い脚。

長い尾。

地面の上を、驚くほど速く走っている。

飛ばない。

走る。

少し止まる。

また走る。

首を前後へ動かしながら、小さな虫を探しているらしい。

うちの人間が、その鳥に気づいた。

「あ、シジュウカラだ」

違う。

ハクセキレイである。

シジミは塀の上から鳥を見た。

ハクセキレイも、一度だけこちらを見た。

「猫」

そう言って、少し距離を取る。

飛ぶほどではないと判断したらしい。

また地面を走り始める。

「虫」

「いた」

「逃げた」

「こっち」

動きが速い。

見ているだけなら、なかなか面白い鳥である。

うちの人間は、まだハクセキレイを見ている。

「シジュウカラって、地面も走るんだね」

だから、シジュウカラではない。

分からないのに言い切る

ただし、今回の間違いについては、まったく理解できないわけでもない。

シジュウカラとハクセキレイは、どちらも白と黒が目立つ。

ぱっと見れば似ている。

鳥に詳しくなければ、混同することもあるだろう。

それに、うちの庭へよく来る鳥ではない。

スズメなら分かる。

毎朝来る。

食事を要求する。

巣まで作った。

メジロも、果物を置けば来ることがある。

目の周りが白い。

一度間違えてウグイスと呼んだあと、うちの人間もどうにか覚えた。

カラスも分かる。

ムクドリも、屋根へ巣を作ったため、さすがに覚えた。

だが、ハクセキレイは庭へほとんど来ない。

道。

駐車場。

川の近く。

開けた地面。

そういう場所で見る鳥である。

身近ではないものを間違えること自体は、仕方がない。

問題は、間違えたことではない。

分からないのに、迷わず言い切ったことである。

「あ、シジュウカラだ」

うちの人間は、考える時間をほとんど使わなかった。

白と黒。

鳥。

どこかで聞いた名前。

シジュウカラ。

それだけで決めた。

本来なら、

「何の鳥だろう」

でよい。

もう少し知識があるなら、

「シジュウカラか、ハクセキレイのどちらか」

でもよい。

正確には、

「分からない」

である。

だが、人間は分からないままにしておくことが苦手らしい。

分からないものを見つける。

知っているものへ寄せる。

一番近そうな名前をつける。

そして、言い切る。

違っていても、言った瞬間には気づかない。

色だけで判断する

うちの人間は、歩きながら鳥を目で追った。

ハクセキレイが道の端をさらに走る。

尾が上下へ動く。

「あんなに速く走るんだ」

ハクセキレイだからである。

シジュウカラは、もっと木の枝を移ることが多い。

地面へ降りることもあるが、目の前の鳥のように、道を長く走り続ける姿を特徴として覚える鳥ではない。

体つきも違う。

尾の長さも違う。

動き方も違う。

だが、うちの人間は色だけで判断した。

以前、メジロをウグイスと呼んだときもそうだった。

緑の鳥。

ウグイス色。

だからウグイス。

今回は、

白黒の鳥。

知っている白黒の鳥はシジュウカラ。

だからシジュウカラ。

使っている方法が同じである。

一つの特徴だけを取り出す。

残りを見ない。

知っている名前を当てはめる。

そして安心する。

人間は、知らないものが目の前にあるより、少しくらい間違っていても名前がついているほうを好むようだ。

名前がつくと、理解した気になる。

実際には、何も理解していない。

逃げないでね

シジミは、ハクセキレイの動きを見た。

鳥は道を横切る。

途中で一度止まる。

うちの人間を見る。

「近い」

少し走る。

「まだ見てる」

さらに離れる。

うちの人間が、少し近づいた。

写真を撮ろうとしているらしい。

「逃げないでね」

ハクセキレイが答える。

「近づくな」

当然である。

人間は鳥へ近づきながら、

「逃げないで」

と言う。

近づかなければ、逃げない可能性は高い。

原因を自分で作りながら、結果だけ望んでいる。

ハクセキレイは、ついに飛んだ。

低く地面を離れ、少し先へ移る。

着地すると、また走り始めた。

うちの人間は残念そうに言う。

「あ、行っちゃった」

行かせたのである。

最初の答えへ合わせる

シジミとうちの人間は、そのまま道を進んだ。

しばらくして、うちの人間は絵の光る板を取り出した。

先ほど撮った写真を見る。

遠い。

鳥は小さく写っている。

それでも白と黒は分かる。

尾が長いことも分かる。

うちの人間は写真を広げた。

「シジュウカラ、かわいかったな」

まだ言っている。

一度つけた名前を疑う気配がない。

人間は、最初に出した答えへ引っ張られる。

最初にシジュウカラだと思う。

そのあと、長い尾を見ても、

尾の長いシジュウカラ。

地面を走る姿を見ても、

走るシジュウカラ。

いつもと違う動きをしていても、

こういうこともするシジュウカラ。

すべてを最初の答えへ合わせる。

本当に別の鳥ではないかとは考えない。

シジミなら、最初に分からなければ、分からないまま観察する。

体の大きさ。

羽の色。

くちばしの形。

尾の長さ。

動き方。

どこにいるか。

何を食べているか。

どのように鳴くか。

それらを見てから、知っている鳥か判断する。

知らなければ、それで終わりである。

知らない鳥。

ただし地面を速く走る。

白と黒。

尾が長い。

必要な情報は得られる。

名前が分からなくても、危険かどうかは判断できる。

近づく必要があるかも分かる。

生きるうえでは、それで困らない。

人間は逆である。

名前を先に欲しがる。

名前が分かれば、特徴を見なくなる。

名前が間違っていれば、そのあとの理解もすべてずれる。

それなのに、自信だけはある。

ハクセキレイ?

家へ戻ると、うちの人間は先ほどの写真を誰かへ送った。

『散歩中にシジュウカラいた』

しばらくして、返事が来た。

『これ、ハクセキレイじゃない?』

また誰かに訂正されている。

メジロのときと同じである。

うちの人間は画面を見た。

少し首を傾げる。

「ハクセキレイ?」

そうである。

すぐに調べ始める。

白と黒の鳥。

長い尾。

地面を走る。

画面には、先ほど見た鳥とよく似た姿が並んだ。

うちの人間が言う。

「本当だ。ハクセキレイだ」

最初からそうである。

さらにシジュウカラの画像も見る。

並べれば違いは分かりやすい。

シジュウカラは、頭部の黒が目立つ。

頬は白い。

胸から腹へ黒い線がある。

体つきも、ハクセキレイとは違う。

ハクセキレイは、細身で尾が長い。

地面を歩いたり走ったりする姿が目立つ。

うちの人間は二つの画像を見比べた。

「たしかに全然違う」

ぱっと見は似ている。

全然違うというほどでもない。

ただ、よく見れば区別できる。

人間は、間違いに気づくと今度は違いを大きく言う。

最初は同じに見えた。

訂正されると、全然違うと言う。

どちらも少し極端である。

似ている部分がある。

違う部分もある。

それでよい。

何だろう

うちの人間は、もう一度写真を見た。

「でも、これは間違えても仕方ないよね」

それはシジミもそう思う。

庭へ来ない。

普段あまり見ない。

白と黒が似ている。

間違うこと自体は、責めるほどではない。

問題はそこではない。

うちの人間は、間違う可能性を考えなかった。

一瞬見ただけで、

「あ、シジュウカラだ」

と言い切った。

もし、

「シジュウカラかな」

なら、まだよかった。

もし、

「白黒の鳥がいる」

なら、正しかった。

もし、

「何だろう」

なら、最も正確だった。

だが、人間は、分からないと言うより、何か答えを出すことを選ぶ。

次からは分かる

うちの人間は画面を閉じながら言った。

「次からは分かる」

本当だろうか。

メジロとウグイスのときも聞いた。

一度調べれば、知識は増える。

だが、次に同じ鳥を見たとき、落ち着いて観察するとは限らない。

また白と黒だけを見て、

「あ、ハクセキレイだ」

と言うかもしれない。

そして今度は、本物のシジュウカラをハクセキレイと呼ぶ。

人間は新しく覚えた名前へ寄せることがある。

最初は、知っている白黒の鳥がシジュウカラだけだった。

今度はハクセキレイを覚えた。

次に白黒の鳥を見れば、

「この前覚えたやつ」

と思う。

その鳥が木に止まっていても。

尾が短くても。

胸に黒い線があっても。

ハクセキレイと呼ぶ可能性はある。

知識が増えたからといって、判断方法までよくなるとは限らない。

今度は「かな」がついた

その数日後。

うちの人間とまた道を歩いた。

今度は、木の枝に白と黒の鳥が止まっていた。

小さな体。

黒い頭。

白い頬。

胸の中央に黒い線。

シジュウカラである。

うちの人間も気づいた。

足を止める。

鳥を見る。

少し考える。

どうやら、前回の間違いを思い出しているらしい。

慎重になったのはよい。

うちの人間は小さな声で言った。

「あれは……」

シジュウカラが枝を移る。

「シジュウカラ……かな」

今度は「かな」がついた。

少し成長した。

だが、すぐに続ける。

「それともハクセキレイ?」

ハクセキレイは、あのように枝を細かく移る姿を特徴にする鳥ではない。

尾も違う。

体つきも違う。

それでも、うちの人間の頭には、二つの選択肢しかないらしい。

白黒の鳥。

ならば、シジュウカラかハクセキレイ。

そのどちらか。

世の中には、ほかにも白と黒の鳥がいる。

だが、今知っている二つの名前から選ぼうとする。

人間は、選択肢を増やしたつもりでも、自分の知識の外を考えない。

分からない。

ほかの鳥かもしれない。

その可能性が抜ける。

もっとも、今回は本当にシジュウカラである。

うちの人間は絵の光る板で写真を撮った。

その場で調べる。

画像と見比べる。

「シジュウカラだ」

今度は合っている。

うれしそうだった。

「ほら、ちゃんと分かった」

調べたからである。

最初に分かったわけではない。

だが、確かめてから言うようになっただけ、前よりはよい。

シジミはそう思った。

鳥が分かるようになってきた

ところが、うちの人間は続けた。

「やっぱり私、鳥分かるようになってきたかも」

まだ二種類である。

しかも一度は間違えた。

一羽を調べて正しく答えただけで、鳥全体が分かるようになったと思っている。

人間は、少し成功すると範囲を広げる。

一つ料理を作れば、料理が得意。

一度道に迷わなければ、方向感覚がよい。

二羽の鳥を覚えれば、鳥が分かる。

その自信が、次の間違いを作る。

分からないという正しい判断

さらに少し歩くと、道の向こうを別の鳥が横切った。

白と黒ではない。

茶色がかっている。

うちの人間がすぐに言う。

「あれ、ムクドリかな」

違う。

だが、シジミにも遠すぎて、何の鳥かまでは分からない。

だから、今の正しい答えは、

分からない。

それだけである。

シジミは鳥の姿を見送った。

うちの人間は、絵の光る板を取り出そうとしている。

何かの名前へ当てはめるまで、気が済まないらしい。

知らない。

見えなかった。

判断できない。

それは失敗ではない。

情報が足りないという、正しい判断である。

だが、人間は答えを出さないことを、答えられないことだと思う。

だから、早く何かへ寄せる。

シジュウカラ。

ハクセキレイ。

ムクドリ。

知っている名前を並べ、その中から一つを選ぶ。

本当は、そのどれでもない可能性がある。

人間に必要なのは、もっと多くの鳥の名前ではない。

分からないときに、

「分からない」

と言えることなのだろう。

シジミは猫語でつぶやく。

「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」


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