非正規転生~転生したけど最弱スキルすらもらってない~ 第2.5話 言葉は辞書ではなく、対応表から始まる

非正規転生~転生したけど最弱スキルすらもらってない~ 第2.5話 言葉は辞書ではなく、対応表から始まる 創作実験
非正規転生~転生したけど最弱スキルすらもらってない~ 第2.5話 言葉は辞書ではなく、対応表から始まる
非正規転生 ~転生したけど最弱スキルすらもらってない~ TOP
創作実験TOP転生したのに、ステータス画面が表示されないんだが。作品紹介ステータス画面は表示されなかった。スキルも、鑑定も、翻訳も、女神のチュートリアルもない。現代日本でデータサイエンティスト兼プロジェクトマネージャとして働いていた山科理人…
非正規転生~転生したけど最弱スキルすらもらってない~ 第2.5話 言葉は辞書ではなく、対応表から始まる 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

(一)保留された朝

カランタに来て、最初の朝。

山科理人は、藁の上で目を覚ました。

天井は低い。
木の梁には埃が溜まっている。
すぐ近くで、荷役獣が鼻を鳴らした。

ホテルではない。
病室でもない。
そして、夢でもなさそうだった。

昨日と同じ匂いがする。

干し草。
動物。
革。
湿った木箱。
薄い粥。

「継続イベントか」

理人は小さく言った。

もちろん、誰にも通じない。

倉庫の入口には、昨日と同じ男がいた。

見張りだ。

逃げれば追われる。
暴れれば縛られる。
寝ていれば、たぶん放置される。
働けば、少しは扱いが変わるかもしれない。

理人は起き上がった。

リナが、箒を持って近づいてきた。

箒を理人に差し出し、床を指す。

「――」

言葉は分からない。

だが、意味は分かる。

掃け。

理人は箒を受け取った。

「了解。労働対価、継続」

リナは首を傾げた。

理人は自分を指し、箒を指し、床を掃くしぐさをした。

リナは少しだけうなずいた。

通じた。

言葉ではない。

だが、作業は始まった。

理人は倉庫の床を掃いた。

早くやりすぎない。
遅すぎない。
奥へ勝手に入らない。
荷物に触らない。
動物に近づきすぎない。

倉庫の中では、まだ誰も理人を客として扱っていない。

雇ったわけでもない。
保護したわけでもない。
信用したわけでもない。

怪しいが、今すぐ追い出すほどでもない男。

ただし、食わせるなら働け。

今の理人の分類は、たぶんそのあたりだった。

悪くない。

少なくとも、昨日の森よりはずっといい。

(二)最初の対応表

昼前、リナは木の椀を理人に見せた。

「ミア」

理人はうなずく。

「ミア。水」

リナは椀を渡した。

理人はそれを飲む。

次に、リナは厩舎の隅にある桶を指した。

「ミア」

理人は桶を見る。

水。

ここまではいい。

リナは外に出た。

昨夜降った雨が、屋根の端に溜まっていた。

リナはそれを指し、少し違う音を言った。

「ミアル」

理人は止まった。

「……今、伸びたな」

リナは分かっていない。

理人は椀を指す。

「ミア」

リナはうなずく。

桶を指す。

「ミア」

屋根の雨水を指す。

「ミアル」

理人は眉間を押さえた。

「飲める水と、ただの水か? それとも器に入った水と、降った水か? いや、発音を聞き間違えた可能性もある」

理人は床に指で線を引こうとして、途中で止めた。

まだ、この世界で地面に図形を描くのは怖い。

魔法陣に見えるかもしれない。
呪いに見えるかもしれない。
合図に見えるかもしれない。

この世界の常識を知らない以上、無意味な記号ですら危ない。

代わりに、倉庫の隅にあった木片を拾った。

煤のついた棒で、木片に簡単な印をつける。

丸。
椀。
桶。
雨。

絵は下手だった。

リナはそれを覗き込む。

理人は椀を指し、木片の丸を指した。

「ミア」

桶を指す。

「ミア」

雨水を指す。

「ミアル」

リナは少し考えて、うなずいた。

理人は木片の横に、小さく書き込む。

ミア。
水らしきもの。
飲用か容器入りかは未確定。

ミアル。
雨水または外の水。未確定。

辞書ではない。

対応表だ。

理人はそう思った。

辞書を作るには、まだ早すぎる。

文法を知らない。
発音も怪しい。
自分が聞き取っている音が正しいかどうかも分からない。

だから、まずは音と現実を対応させる。

この音は、椀の水を指した時に出た。
この音は、屋根の雨水を指した時に出た。

それだけでいい。

今は、それだけで十分だった。

(三)笑わないリナ

リナは自分を指した。

「リナ」

理人はうなずく。

「リナ」

リナは理人を指した。

「リヒト」

理人は少し驚いた。

昨日より、発音が近くなっている。

「そう。リヒト」

リナはもう一度言う。

「リヒト」

今度は、ほぼ合っていた。

理人は自分の胸を指した。

「山科理人」

リナは真剣に聞いた。

「ヤ……マ、シナ?」

「山科」

「ヤマシナ」

「そう」

リナは少し得意げにうなずいた。

今度は理人が、リナの名前を聞こうとした。

リナは自分の胸に手を当てて、ゆっくり言った。

「リナ・オルメル」

「リナ・オルメル」

理人は繰り返した。

しかし、発音が違ったらしい。

リナの口元が震えた。

笑いそうになっている。

理人は少し身構えた。

笑われるのは構わない。
だが、馬鹿にされるのは面倒だ。

リナは口元を押さえ、首を横に振った。

それから、もう一度ゆっくり言う。

「オルメル」

「オルメル」

「オルメル」

「オルメル」

リナはうなずいた。

笑わなかった。

理人は、そのことを少しだけ覚えておくことにした。

この世界で、自分は変な発音をする。
それは避けられない。

だが、リナは笑わなかった。

それは、木片の対応表には書けない情報だった。

(四)袋は一語ではない

午後、理人は倉庫の袋を運ばされた。

袋。

日本語なら、とりあえず袋で済む。

だが、この世界はそうではなかった。

リナは大きな麻袋を指して言った。

「サル」

理人は繰り返す。

「サル」

次に、革でできた小さな袋を指す。

「トゥマ」

理人は止まる。

「袋じゃないのか」

リナは分からない。

今度は、飼料の入った袋を指す。

「サル」

理人は少し安心した。

麻袋と飼料袋は同じらしい。

だが、リナは次に、薬草を包んだ布束を指した。

「レナ」

「……袋じゃない」

リナは首を傾げる。

理人は自分の頭の中で整理する。

サル。
大きい麻袋。中身が飼料でも、たぶん同じ。

トゥマ。
革の小袋。水袋か道具袋かは未確定。

レナ。
薬草包み。袋ではなく、包み扱いかもしれない。

「分類が違う」

理人はつぶやいた。

日本語で同じ袋と呼ぶものが、この世界では分かれている。

逆に、この世界で同じ言葉として扱うものが、日本語では別かもしれない。

言葉を覚えるとは、単語を置き換えることではない。

分類を覚えることだ。

リナは、理人が急に真剣な顔になったのを見て、不安そうにした。

理人は慌てて首を横に振る。

「違う。怒ってない」

通じない。

理人は麻袋を指し、自分の頭を指し、少し考えるしぐさをした。

リナは数秒見て、なぜか納得したようにうなずいた。

たぶん、

この人はまた変なことを考えている。

それくらいに理解したのだろう。

それで十分だった。

(五)食べる、食わせる、齧る

夕方、リナは理人に粥を渡した。

「――」

理人は聞き取れなかった。

だが、椀を指し、口元を指している。

食べろ。

たぶん、そういう意味だ。

理人は粥を食べた。

温かい。
薄い。
だが、ありがたい。

リナは荷役獣の桶にも飼料を入れた。

そして、荷役獣に向かって別の言葉を言った。

理人は椀を指した。

「さっきの言葉」

次に荷役獣を指した。

「今の言葉」

リナは少し考えた。

自分の口を指す。

「ラウ」

荷役獣を指す。

「ガル」

理人は繰り返す。

「ラウ。ガル」

リナはうなずく。

人間が食べる。
動物が食べる。

別語。

その時、犬が床に落ちた硬い皮の切れ端を齧った。

リナは慌てて別の言葉を言った。

「シャ!」

犬が顔を上げる。

理人は犬を見る。

「食べる、ではなく、齧るか。あるいは、だめ、か」

リナは理人を見た。

理人は粥を指す。

「ラウ」

荷役獣を指す。

「ガル」

犬を指す。

「シャ?」

リナは一瞬考え、それから笑いそうになって首を横に振った。

違うらしい。

理人は木片に書き込む。

ラウ。
人間が食べる。

ガル。
荷役獣が食べる。

シャ。
犬への制止? 齧る? だめ? 未確定。

未確定ばかりだった。

だが、未確定と分かるだけ、何もないよりはいい。

(六)危ないにも種類がある

数日後、理人は干し草の束を運んでいた。

束は思ったより軽い。

軽いが、視界を塞ぐ。

角を曲がった瞬間、リナの声が飛んだ。

「――!」

理人は足を止めた。

目の前を、荷役獣の後脚が通った。

蹴られていれば、かなりまずかった。

リナが駆け寄ってくる。

表情は怒っているというより、焦っていた。

彼女は荷役獣を指し、理人の膝を指し、強い口調で言った。

「ハル!」

理人は繰り返す。

「ハル。危ない?」

リナには通じない。

その日の夕方。

理人が倉庫の段差でつまずきかけた時、別の男が似たような状況で違う言葉を言った。

「ナク!」

理人は止まった。

ハルではない。

その夜。

外の森から、遠い唸り声のようなものが聞こえた時、リナはさらに別の言葉を使った。

低い声だった。

「ルカ」

男たちの表情が変わる。

槍を取る者もいた。

理人は覚えた。

ハル。
荷役獣や身体に直接関わる危険?

ナク。
転倒、段差、作業上の危険?

ルカ。
外、森、魔物、または気配の危険。

全部、日本語なら危ないで済ませるかもしれない。

だが、この世界では違う。

危ないの種類が違う。
だから、言葉も違う。

理人は思った。

この世界の人間は、危険を分類して生きている。

それは当然だった。

魔物がいる世界で、危ないを一語で済ませる方が危ない。

(七)昨日とさっき

十日ほど経った頃。

理人は、昨日運んだ袋の置き場所を確認しようとした。

昨日。

その言葉をまだ知らない。

理人は自分を指し、袋を指し、昨日運んだ場所を指した。

それから、太陽が沈むしぐさをする。
寝るしぐさをする。
朝になるしぐさをする。

我ながら必死だった。

リナは少し考えて、一つの言葉を言った。

「イェル」

理人は繰り返す。

「イェル。昨日?」

リナはうなずいた。

その後、別の場面で、リナは数日前に壊れた桶の話にも同じ言葉を使った。

イェル。

理人は混乱した。

「昨日じゃないのか?」

さらに、午前中に起きた荷車の小さな事故について、リナは別の言葉を使った。

「セナ」

理人は考える。

イェル。
昨日。あるいは、もう終わった近い過去。

セナ。
さっき。今日の過去。

そう思った。

だが、その翌日、リナはかなり前の話をするときにも、イェルに似た言葉を使った。

理人は木片を見下ろした。

「時間軸だけじゃないな」

リナは分からない。

理人は、自分の胸を指した。

次に、遠くを見るしぐさをした。

「心の距離……いや、まだ早いか」

理人は木片にこう書いた。

イェル。
過去。昨日とは限らない。心理的距離の可能性あり。未確定。

未確定。

その文字が増えていく。

だが、不思議と不安ではなかった。

分からないことが分かる。

それは、空白よりはずっとましだった。

(八)数字は早い

言葉は難しい。

水も、袋も、食べるも、危ないも、単純には対応しない。

だが、数は少しだけ違った。

理人は小石を並べた。

一つ。

リナが言う。

「エン」

二つ。

「ト」

三つ。

「ラ」

理人は繰り返す。

「エン。ト。ラ」

リナはうなずく。

理人は四つ目を置いた。

リナは別の言葉を言った。

そこから先も、理人は覚えようとした。

正確な発音は怪しい。

だが、対応は比較的取りやすい。

一対一。

石が一つ。
音が一つ。

理人は少し安心した。

「数はありがたいな」

リナは首を傾げる。

理人は袋を三つ並べる。

次に、別の場所に袋を三つ並べる。

同じ数。

リナに尋ねるように見る。

リナは言った。

「ソル」

理人は覚える。

ソル。
同じ?

次に、片方を二つにする。

リナは言う。

「ネア」

違う。
あるいは足りない。

理人は、袋の多い方を指す。

リナは別の言葉を言った。

少ない方を指す。

さらに別の言葉。

理人は木片に書き込む。

エン。
一。

ト。
二。

ラ。
三。

ソル。
同じ。

ネア。
違う。不一致。要確認。

多い。
少ない。
発音未確定。

これだ。

理人は思った。

この世界で最初に使えるようになるべきなのは、挨拶より数かもしれない。

もちろん、挨拶は大事だ。

だが、数は仕事になる。

数は、袋を運ぶ。
数は、飼料を分ける。
数は、粥の椀を配る。
数は、足りないことを知らせる。

言葉はまだ遠い。

だが、数は少し近い。

(九)リナは見ている

リナは、よく見ていた。

言葉を教える時も、ただ単語を言うだけではない。

荷役獣の耳を見る。
犬の尻尾を見る。
男たちの声の強さを見る。
理人が理解しているかどうかを、顔ではなく手の動きで見る。

ある日、倉庫番の一人が飼料袋を運ぼうとした。

荷役獣が、わずかに首を引いた。

理人には、最初それが分からなかった。

だが、リナはすぐに気づいた。

「――」

短く何かを言い、袋を開ける。

中の飼料の匂いを嗅ぐ。

顔をしかめる。

理人も近づきすぎない距離から匂いを嗅いだ。

少し湿っている。
酸っぱい。

リナは別の袋を持ってきた。

荷役獣は、今度は首を引かなかった。

理人はその様子を見ていた。

リナは、数字を数えるのが得意なわけではない。
文字もまだ速く読めない。

だが、変化を見る。

昨日と違う。
いつもと違う。
この子だけ嫌がる。
この人が来た時だけ犬が吠える。
あるいは、吠えない。

理人は、少しだけ考えた。

これも記録できる。

まだ言葉にはできない。

だが、いつか必要になる。

リナは、湿った袋を避けるように置いた。

理人は木片に小さな印をつけた。

袋。
湿り。
荷役獣、嫌がる。

言葉は足りない。

だが、観測はもう始まっていた。

(十)未確定ばかり

カランタに来て、二週間が過ぎた。

理人は、この世界の言葉を話せるようになったわけではない。

水を求めることはできる。

ただし、飲み水と雨水と桶の水を間違えることがある。

袋を運ぶことはできる。

ただし、麻袋と革袋と薬草包みは別の言葉だった。

食べることも、食べさせることも、犬が何かを齧ることも、同じ言葉ではなかった。

危ないにも種類がある。

荷役獣の後ろに立つ危なさ。
段差で転ぶ危なさ。
森の奥から何かが近づく危なさ。

昨日も、さっきも、単純には昨日とさっきではないらしい。

理人の木片には、煤で書かれた印が増えていた。

ミア。
水らしきもの。

サル。
大きい袋。

トゥマ。
革袋。

レナ。
薬草包み。

エン、ト、ラ。
一、二、三。

ソル。
同じ。

ネア。
違う、または合わない。

そして、その横には何度も同じ言葉が書いてある。

未確定。

理人はそれを見て、小さく笑った。

「未確定ばっかりだな」

リナが横から覗き込む。

「ミ……?」

理人は木片を指す。

「分からない」

もちろん、通じない。

理人は首を横に振り、両手を広げた。

分からない。

リナは少し考えて、現地語で何かを言った。

その音も、理人にはまだ分からない。

ただ、リナの顔は責めていなかった。

分からないことを、分からないまま置いておく。

理人は、この世界で最初にそれを覚えた。

(十一)数える準備

その日の夕方、理人はリナと一緒に飼料袋を運んだ。

大きな麻袋。

サル。

古いものは左。
新しいものは右。

そう教えられた。

理人は袋を積みながら、ふと手を止めた。

左の山。
右の山。

高さが違う。

昨日の夕方に見た時より、左の山が少し低い。

使ったのか。
移したのか。
見間違いか。
そもそも昨日の記憶が正しいのか。

理人はリナを見た。

リナは荷役獣の耳を見ていた。

その荷役獣は、左の山の袋に鼻を近づけて、少しだけ顔を背けた。

理人は、その動きを見た。

数字になる前の違和感。

まだ言葉にはできない。

だが、数えれば分かるかもしれない。

理人は木片を握った。

言葉は通じるようになったのではない。

通じないまま、通じる部分を増やしただけだった。

それでも、十分だった。

少なくとも、数える準備はできていた。

(十二)ログ

記号対応:微増
誤差範囲:拡大中

注記:
誤読は継続。
ただし、同一誤読の反復を確認。


非正規転生 ~転生したけど最弱スキルすらもらってない~ TOPへ

非正規転生 ~転生したけど最弱スキルすらもらってない~ TOP
創作実験TOP転生したのに、ステータス画面が表示されないんだが。作品紹介ステータス画面は表示されなかった。スキルも、鑑定も、翻訳も、女神のチュートリアルもない。現代日本でデータサイエンティスト兼プロジェクトマネージャとして働いていた山科理人…

自サイト版では人物紹介・用語集・設定資料などをまとめていますが、
”カクヨム”、”小説家になろう”ではフォロー、応援、レビュー、コメントなどができます。

気に入っていただけた方は、”カクヨム”、”小説家になろう”でも応援していただけると嬉しいです。

カクヨム版はこちら:
https://kakuyomu.jp/works/11054822662040847112

小説家になろう版はこちら:
https://ncode.syosetu.com/n6829ms/

コメント

タイトルとURLをコピーしました