

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。
上へ
赤い四翼が山々の上へ伸びた。
その前を、黒い四翼が斜めに横切る。
谷で始まった戦いは、もう岩壁の高さを越えていた。
シアが腕を伸ばしても、ネアは受けずに外れる。
ネアが原光を曲げても、シアは火を放って進路を戻す。
どちらも、相手を消すつもりでいた。
シアの周囲では、七個の赤い分霊核が四翼とともに移動している。
ネアの黒い核も七個。
どちらも核を運ぶことへ意識を割く必要はなく、飛行と攻撃の間も外界から原光を取り込んでいた。
新しく得た五個の器が満たされていく。
その途中でも、二人の身体は休まず動ける。
ネアが身体を横へ倒し、シアの拳を上へ通した。
シアは拳を振り切らず、翼の片側に火を集めて向きを変える。
狙いを定め直した先に、黒い線が走った。
加速に使う原光の一部が横へ逃がされる。
だが、もう地面を蹴る必要はない。
シアは手元に残る力を短く放ち、ずれた分だけ前へ進んだ。
ネアの羽衣が後方へ流れる。
黒い翼が斜め上へ移り、シアの指先から離れた。
下にあった谷は、山の間の細い線になっている。
そこへ戻って相手を追い込む理由は、二人のどちらにもなかった。
ネアが上へ逃れるなら、シアも上へ追う。
その選択を繰り返した結果、二人の戦う空間だけが広がっていった。
シアは山を越えたことに何の感慨も持たない。
見ているのは、黒い翼の動きだけだった。
外れた火の行方
シアがネアの移動先へ右手を向けた。
赤い火が細い線となって伸びる。
ネアは右へ避けると同時に、その外側を黒い流れで押した。
火の中心はほとんど曲がらない。
それでも先端がわずかにずれ、黒い衣装の脇を抜けていった。
ネアへの攻撃は外れた。
だが、放たれた火はそこで消えない。
ネアの背後には、ひときわ高い山の稜線が残っていた。
赤い線は空を横切り、その先の岩肌へ突き刺さった。
離れた場所で、岩の輪郭が赤く光る。
熱を受けた部分が砕け、斜面の一角が滑り落ちた。
ネアは火が外れたことを確認して振り返る。
シアは、次の攻撃のために身体を寄せていた。
その間に、稜線の上から新しい岩の塊が崩れ落ちる。
最初の一撃が通り抜けた後も、削られた地面が元の形に戻るわけではない。
シアは再び火を集めた。
ネアが身を引けば、火はまたその先へ抜ける。
広い空であっても、二人の下にはまだ地形がある。
撃ち抜けるほどの力を持っているからこそ、外れた先まで攻撃が届く。
シアは命中する前の進路だけを見ていた。
ネアは、避けた後に残る赤い線を視界の端で捉えた。
山腹から上がる土煙が、細く伸びた。
だが今回は、谷で見た煙そのものが問題なのではない。
火によって変わった山の形が、二人の動ける場所へ影響を及ぼし始めていた。
次の一撃で、ネアは岩のない方角へ身体をずらした。
シアは、その動きも追った。
地面が邪魔
ネアが横へ移ると、シアはその先へ回り込んだ。
ところが二人の間へ、さっきまで存在しなかった岩の角が突き出している。
炎に削られた斜面の一部が崩れ、残った岩盤だけが鋭く立っていた。
シアは身体を止め、角の外側を通った。
ネアも同じ岩を避けて、向きを変えた。
足場として使う必要などない岩が、進路を制限している。
シアはその岩へ火を向けた。
邪魔なら壊せばいい。
赤い流れが岩盤の付け根を焼き抜く。
突き出していた部分が砕け、進路が開いた。
しかし、その場に空間ができただけだった。
砕けた岩は消滅していない。
大きな塊は谷へ落ち、小さな破片は衝撃で周囲へ飛ぶ。
火で削られた岩の下では、支えを失った斜面がさらに崩れ始めた。
ネアは岩の向こうから出てきたシアを見た。
直接向かってくる拳はかわせる。
だが、その周囲に別の物が増えれば、回避のために選べる道は狭くなる。
しかも、その物はシアが攻撃するたびに増えていた。
ネアが黒い線を張る。
砕けた石の一部を横へ逃がし、シアへ向けるための流れとは別に、進路を空けた。
シアの赤い四翼は、飛んでくる破片を防御膜で弾いた。
痛みはない。
足を止めるほどの衝撃もない。
それでも、本来ならネアへ向かうだけでよかったはずの動作に、石をどかす手順が加わっていた。
地面は、攻撃してこない。
それなのに二人の間へ入り込む。
シアは岩の向こうへ抜けてから、また黒い翼を追い始めた。
舞い上がる岩
大きな岩が一つ、二人の下から跳ね上がった。
さきほど崩した斜面へ別の岩が落ち、その衝撃で押し出されたものだった。
シアの右側をかすめ、背後へ抜ける。
赤い四翼の膜に触れた端だけが砕けた。
残った塊は、そのまま別の方向へ飛んでいく。
ネアはそれを避けながら黒い線を伸ばした。
岩そのものを月の力で消すことはできない。
周囲の原光へ方向を与え、岩が進む道から身体を外す。
その直後、シアが炎を放った。
ネアは黒い線を火へ向け直さなければならなかった。
同時に二つの問題へ対処することになる。
ネアが火の外側だけを横へ押す。
炎は逸れ、少し離れた岩の塊へ当たった。
岩がまた砕ける。
今度は小さな破片が広い範囲へ散った。
ネアが自分の通る線を確保すると、シアも防御膜を広げる。
どちらの膜も石では破られない。
だが、石を砕けば砕くほど、別の石が飛ぶ。
シアはネアを見失わないため、周囲の火を一度絞った。
強い出力を足して岩も相手もまとめて焼くことはできる。
しかし、それを行えば新しい崩落が増える。
少なくとも、目の前の黒い翼だけを狙うには都合が悪い。
ネアは先に、岩の飛んでこない上方へ位置を移した。
シアが追いつくまでのわずかな間に、下からもう一つ土煙が上がる。
ネアはそれを払おうとしなかった。
シアも岩を燃やし尽くすために戻らなかった。
あの場所で戦うから、余計な物が入り込む。
ならば、あの場所を離れればいい。
そうした判断だけが、二人をさらに高い空へ向かわせた。
地上から離れる
ネアが上昇する。
シアは、その真下から追った。
赤い火が伸び、黒い四翼が進路をずらす。
二人は互いの速度を保ったまま、岩の届かないところへ抜けていった。
山は、少しずつ小さくなる。
崩れた斜面を見下ろせば、粉塵の色だけが周囲の岩と異なっていた。
あの岩をどちらが砕いたのか、もう確かめる必要はない。
ネアの袖へ吹き付けていた粉塵が途切れた。
シアの防御膜にも、石が当たらなくなった。
シアが右手を伸ばす。
ネアはその手をかわすため、身体を斜め上へ動かした。
シアは火を噴き、すぐに追いつく。
ここには岩盤も崖もない。
二人とも相手の動きだけへ集中できた。
だが、互いを消すという結果には届かなかった。
シアはネアの身体へ触れられない。
ネアの黒い線も、赤い四翼の進路を少し乱すだけで止められない。
戦いは続く。
地上では、外れた火が山へ届いた。
ここでは、下へ逸れた火もすぐには何かへ当たらない。
それは二人にとって都合がよかった。
地面にいた人間や、そこに何が残るかを考えたわけではない。
余計なものが攻防へ割り込まなくなっただけだった。
ネアは、さらに上方へ視線を向けた。
そこには広い白い層が見える。
雲だった。
まだ、相手を消すために通るべき空間が続いている。
ネアが白い層へ入る。
シアも、その後を追った。
雲の中
白い雲へ飛び込んだ途端、周囲の輪郭が消えた。
さっきまで見えていた黒い四翼が、白の中へ沈む。
シアが目を向けても、ネアの姿は見つからなかった。
ただ、遠くから続いていたつながりだけは、今も前方の少し上を示している。
シアはその方角へ進んだ。
すぐにネアの姿へ届くと思ったが、何も現れない。
雲の中では赤い翼の光が周囲へ散り、光って見える範囲そのものが広がっていた。
自分の火が照らした白さのために、距離も分かりにくい。
ネアもシアの正確な位置を失っていた。
赤い原光の流れは大きい。
しかし、周囲へ広がった力の中心と、次に拳が伸びてくる場所は同じではない。
ネアは黒い線を短く伸ばし、自分の周囲の原光だけを動かした。
見えない場所へ大きく制御を広げれば、その隙間からシアが入ってくるかもしれない。
雲の内側で、赤い火が一度だけ閃いた。
ネアは反射的に身体を下げる。
少し離れた頭上を火が通った。
シアは、相手がいる方角へ撃っただけだった。
ネアは火の来た方向からシアを探す。
だが発射した本人は、すでに別の場所へ移っている。
ネアが黒い線を流す。
シアの進路にある原光がわずかに曲がった。
姿は見えないまま、シアの速度だけが変わる。
シアは赤い翼へ力を足して直進した。
互いに作用はしている。
それでも、どこへ攻撃を当てれば決着するかを見失っていた。
雲は谷の土煙よりはるかに広かった。
横へ抜けようとしても、白い水滴の層は続いている。
その内側で、シアは周囲の白さを焼いて道を作ろうとした。
焼いても晴れない
シアが火を横へ放った。
赤い流れの通った場所で、細かな水滴が一気に熱せられる。
目の前の白さが薄れ、向こう側へ細長い穴が開いた。
穴の先に、ネアの黒い翼が見えた。
シアがそこへ飛び込む。
しかし、開いた道は長く保たれなかった。
熱せられた空気と水蒸気が周囲へ広がり、冷たい雲の中へ混ざる。
新たに生じた細かな水滴が、別の白い幕を作った。
通路の輪郭が崩れ、ネアの姿がもう一度隠れる。
シアは火を強めた。
白い幕が押し広げられ、一瞬だけ視界が開く。
だが大きく焼いた分だけ、周囲の空気も激しく動いた。
流れた雲が横から入り、赤い翼の前を覆う。
火の力が足りないのではない。
晴れた場所を作っても、そこへ別の雲が入り込むのだった。
ネアはその変化を利用した。
シアが作った穴を通らず、白い幕が再び閉じる側へ回り込む。
空気の流れに沿って白い部分が動くため、ネアの位置がいっそう掴みにくい。
それでもネアは、水滴そのものを自在に消しているわけではない。
黒い線で制御しているのは原光であり、雲を形作る水を直接支配する力ではなかった。
シアが短い火を放つ。
白い雲が揺れる。
ネアは、開いた隙間から赤い拳が来る前に別の場所へ移る。
攻撃を当てるために雲を焼いても、その後の空気と水滴の動きまで思いどおりにはならない。
シアは四翼を広げ、周囲を一度に焼き払おうとした。
だが、その先へどこまで雲が続くのか分からない。
ネアがすでに上へ移っているなら、広く焼いても相手へ届かない。
シアは発射を止め、つながりを感じる上方へ顔を向けた。
雲の上
ネアは雲の中で、白さが少しずつ薄くなる方向を見つけた。
上から差し込む光が強まっている。
長い衣装の周りを流れる水滴も減った。
雲を消すために精霊力を使うより、層を抜けてしまう方が早い。
ネアが黒い四翼を傾けた。
白い幕を真上へ抜ける。
目の前が開けた。
眼下には、厚い雲の表面が遠くまで広がっている。
その上は明るく、相手を隠すものがない。
黒い分霊核がネアの周囲へそろう。
ネアが振り返ると、雲の一部が内側から赤く光った。
次の瞬間、シアがそこを突き破る。
白い水滴が赤い四翼の外へ流され、短い尾を残した。
シアの右拳がネアへ伸びる。
ネアは雲の上で身体を横へ運んだ。
拳は外れ、そのまま明るい空を通り過ぎる。
地上の岩も、雲の白さも、もう二人の間へ入り込まない。
ネアはシアを正面から見られるようになった。
シアも、拳を振り切る前に黒い翼の位置を捉えられる。
視界が戻ったことで、攻防の速さは上がった。
シアはネアの移動先へ短い火を放つ。
ネアは火の外側を曲げ、自分の身体を別の位置へ送る。
当たらないままでも、どちらの動きも地上で戦った時より小さく速くなっていた。
雲の上には、さらに空がある。
ネアはそこへ一度高く飛び、シアが追ってきたところで横へ流れた。
その時、ネアの長い袖が大きく持ち上がる。
シアの火の尾も、同じ方角へ引かれた。
上空を流れる強い風が、二人の間へ入り始めていた。
風が邪魔
横から吹く風が、ネアの衣装を強く引いた。
腰の周りに漂う羽衣が流れ、袖の先が大きく後ろへ伸びる。
黒い四翼そのものは羽ばたかない。
空気を受けて飛ぶ翼でもない。
それでも、身体と衣服へ当たる風まで無視できるわけではなかった。
ネアは黒い線で自分の位置を整えた。
シアが迫る。
ネアは右へ移るつもりで四翼を動かしたが、横風が重なり、予定より遠くへ流れた。
すぐに戻したものの、その余分な動きへ意識を向ける必要が生じた。
シアが火を放つ。
原光から変えた火の中心はまっすぐ進む。
だが、周囲に広がった熱い空気と炎の外縁は風へ引かれ、尾を長く曲げた。
ネアはその乱れた外側へ黒い線を通し、火をかわすための隙間を作った。
風が少しだけ、ネアの操作を助けていた。
シアは火の中心へ力を寄せた。
外縁が流されても、狙った方向へ押し出す力を残す。
赤い四翼が加速し、ネアの正面へ飛び込んだ。
ネアは身を引くが、後ろからの風も加わり、動きが大きくなる。
シアの拳は届かなかった。
互いの力だけを読めばよかった谷の戦いと違う。
ここでは、先ほどまでと別の方向から空気が吹き込む。
風はシアにもネアにも従わない。
一度、どちらかに都合よく働いたからといって、次も同じ向きへ流れるとは限らなかった。
シアは風を避けるように翼を大きく開いた。
ネアも四翼の流れを調整した。
飛ぶこと自体はできる。
それでも、相手と風の二つへ対処する戦いは、無駄が多かった。
横流れ
ネアは風が来る側へ移動した。
シアの赤い火が届く前に、黒い線を横風と同じ方角へ伸ばす。
火の外側が流れ、シアの身体へ当たる空気も横へ押す。
そこへネア自身が反対側へ抜ければ、拳を受けずに済む。
最初の一撃では、狙いどおりだった。
シアの拳がわずかに逸れ、ネアはその脇を抜けた。
だが、次の瞬間に風の流れが変わった。
山脈から遠ざかった空の中にも、高さと場所によって違う向きの風がある。
黒い線を伸ばした側へ、今度はネア自身の袖が強く引かれた。
ネアの身体が予定より遅れる。
そのわずかな遅れへ、シアが踏み込んだ。
拳の先へ赤い火が集まる。
ネアは風へ任せてかわすことをやめ、四翼から直接力を通して身体をずらした。
拳が胸の前を通る。
黒い防御膜が一瞬たわんだが、直撃にはならなかった。
シアにも都合の悪い変化があった。
ネアを追うために強く火を放つと、流された炎の外側が大きく広がる。
次に向きを変えた時、自分が作った熱い空気の流れが横から来た。
シアは四翼の片側を動かし、予定の軌道へ戻った。
修正できた。
しかし、修正しなくてよい場所なら、その分だけ早く相手へ届く。
ネアは上を見た。
雲のさらに上へ来ても、空気がある限り風は吹く。
ならば、風の少ない場所まで離れればよい。
黒い翼が一段高く上がった。
シアは赤い火を短く放ち、その後を追う。
ネアを逃がすためではない。
相手へ届く最短の道が上へ続いていたからだった。
やがて、袖を引いていた風の力が少しずつ弱まり始めた。
空気が薄れる
ネアの長い袖が、次第に大きく揺れなくなった。
強い風を抜けたのか、さらに高く来たためなのか。
少なくとも今、身体の横から押す流れは弱まっている。
ネアは黒い四翼で向きを変え、同じ操作をもう一度行った。
先ほどまで必要だった余分な修正がいらない。
シアが追いついて右拳を振った。
ネアは身体を沈める。
拳はその頭上を通る。
シアは四翼へ力を戻し、その場で向きを変えた。
空気によって身体を押される量が少なくなり、移動の結果を読みやすくなっている。
シアが火を放つ。
赤い流れは空へ伸びた。
低い場所では、火の周囲の空気が熱せられ、揺らぎや音を生んでいた。
ここでは、外側に広がる揺らぎが小さい。
火の中心が弱くなったわけではない。
ただ、周囲へ運ばれる熱や空気の動きが少なくなった。
ネアは黒い線を炎へ伸ばす。
外側へ散った火を動かそうとしたが、風に押し広げられる部分そのものが少ない。
代わりに、シアが放った精霊力へ直接触れる必要があった。
ネアは中心を受けず、進む場所だけをずらしてかわした。
二人の衣装は、四翼の流れに沿って漂っている。
下にある星が遠くなり、空の青さも薄れていた。
シアは一度、ネアの背後へ回ろうとする。
ネアが黒い線を引く。
互いの移動へ加わるものは、先ほどより少ない。
風の抵抗がなくなれば、相手を消せるわけではない。
だが、風に邪魔されず動ける方がよい。
二人は高度を戻さず、さらに空の薄い場所へ入っていった。
音のない場所
シアが右手を振った。
赤い火が伸びる。
その中心の光は、空気がほとんどない場所でも消えなかった。
シアの火は、周囲の酸素を燃料にしているものではない。
四翼が取り込んだ原光を熱と放出へ変えている。
火の精霊力を通す場所がある限り、空気は必要なかった。
ネアの黒い線も途切れない。
空気の流れを操っているのではなく、そこにある原光へ触れ、向きを変えている。
ネアは火の外側へ線を伸ばし、進路を少し逸らした。
シアはそのずれを補うように火を放つ。
赤と黒が交わり、すぐに離れる。
ところが、その攻防に音はなかった。
谷で岩が砕けた時のような衝撃音は聞こえない。
火が広がる音も、衣装が風に鳴る音もない。
光だけが動いている。
シアはそれを不思議に思わなかった。
聞こえなくても、相手の位置と自分の力は分かるからだった。
ネアの口元がわずかに動いた。
声を届ける空気がないので、言葉は相手へ伝わらない。
念話を送ろうとしたわけでもなかった。
そもそも、互いを個人として呼び合う理由を見失っている。
シアは息を吸っていなかった。
息を止めて耐えているのではない。
空気がなくても、四翼の循環が身体を維持している。
ネアも同じだった。
身体の形は崩れず、七個の分霊核も同じ流れを巡っている。
周囲に空気がなくなった分、移動を邪魔する力は減った。
それでも、相手を消すという目的は変わらない。
シアの赤い翼が傾き、ネアの黒い翼が向きを変える。
二人は音のない場所で、なおも接近し続けた。
重力が邪魔
空気も風もなくなった。
それでも、シアの身体には一つだけ余分な動きが残っていた。
ネアへ拳を向けようとして速度を落とすと、進みたかった位置から少しずれる。
何も押していないのに、星のある方へ引かれていた。
シアは四翼から短く火を放った。
下へ向かう動きを打ち消し、ネアへ向き直る。
その間にネアは横へ移った。
シアは再び追う。
止まるたびに、相手だけを見て決めた進路へ別の力が混ざる。
ネアもそれを感じていた。
自分の身体を一点へ止めようとすると、星の方へ進み始める。
黒い四翼で流れを直せば位置を保てる。
だが、相手を制御しながら自分の落下も補うのは、余計な操作だった。
ネアはシアの前方へ黒い線を伸ばし、そのまま身体を横へ移す。
シアの軌道が曲がった。
そこへ星へ引かれる分のずれも重なる。
ネアが思った位置とは違う場所へ、シアの身体が流れた。
今度はネア自身も、計算していた方向へ進めていない。
二人はそれぞれ四翼で進路を修正した。
できないわけではない。
ただ、相手以外の力が何度も動きを変えることが、戦いを複雑にしていた。
ネアは星から遠ざかる方向へ進んだ。
シアも追い、さらに高く上がる。
離れても、星の引く力が消えたわけではない。
シアが一度動きを止めれば、また星の方へ軌道が変わる。
ネアも同じだった。
ただ高くなるだけでは、完全に自由にはなれない。
二人は追い合いながら、星の周囲を横へ進む距離も増やし始めた。
星の曲線
ネアが横へ滑った。
シアはその先へ火を放ち、斜めに追う。
ネアは再び進路を変えたが、今度は真上ではなく、星の表面に沿う方向へ移動した。
シアも同じ高さへ進み、距離を縮めた。
それまで二人は、星から離れるために上へ上がっていた。
今は、その上を横へ進む時間が長くなっている。
星の方へ引かれながらも、前へ進み続けることで、すぐ下へ落ち込まずに済む。
ネアは一点へ止まって身体を支えるより、このまま進んだ方が四翼の修正を減らせると感じた。
シアが追いつく。
赤い拳が迫る。
ネアは横へ外れ、黒い線で火の外側を曲げた。
シアがその先へ向かう。
二人とも、進みながら相手へ向き直る。
星は足元にあるが、そこへまっすぐ戻ろうとはしない。
眼下の景色が変わった。
最初は山と谷を見下ろしていた。
やがて大地と海の境が広く見えるようになり、今はその全体がゆるく曲がっている。
遠いところでは、青い部分と暗い部分が一つの丸い縁へ集まっていた。
ネアが四翼を広げ、進む速さを保ったまま上体を向け直す。
シアも火を短く噴き、横から並ぼうとした。
星へ引かれる力を消したわけではない。
下へ向かう分を持ったまま、その先へ進み続けている。
位置を維持するために常に真上へ押し返す必要が、少しずつ減っていた。
それが二人の戦闘を終わらせるわけではない。
ただ、動くたびに星へ引かれることを気にするより、目の前の相手へ意識を向けやすくなった。
衛星軌道
二人の下に、星が広がっていた。
大陸も海も、一つの曲面を形作っている。
山脈の稜線は見えない。
戦いを始めた谷がどこにあるのかも、もう分からなかった。
それでも、ここから見えるのは別の世界ではない。
さっきまで二人が攻撃を放っていた、同じ星だった。
シアが前へ進む。
ネアが身をかわす。
二人は星の周囲を進みながら向きを変え、同じ高度の近くで距離を詰め直した。
星へ向かう引力は消えていない。
前へ進む動きと落下が重なり、星を回る軌道になっている。
そこへ四翼が細かい修正を加えることで、戦う位置を選べていた。
ネアが少し離れたところへ黒い線を伸ばした。
シアの火が逸れる。
赤い流れは真空を通り、星へ向かうのではなく遠い空へ伸びていった。
山や雲へ当たることはない。
シアは外れた火を追わず、ネアへ身体を向け直す。
ここでは崩れる岩も、舞い上がる土煙もない。
雲を熱して視界が塞がれることも、強風で衣装が引かれることもなかった。
その代わり、相手が逃げる方向を塞ぐ地形もない。
ネアはどこへでも動ける。
シアもどの方向からでも接近できる。
互いを消そうとしている二人にとって、そこは広すぎる戦場だった。
しかし、狭い地上へ戻る理由は見つからない。
相手を消すための行動を、地形に邪魔されず続けられる。
それで十分だった。
赤い光と黒い光が星の縁を横切る。
二人は衛星軌道に達していた。
長い戦い
星の明るい側で、シアがネアへ迫った。
赤い四翼は強く光り、黒い翼は光を受けても黒いままだった。
ネアが火を曲げ、シアが別の方向から接近する。
相手を見失うことはなくなったが、簡単に攻撃が届くわけでもない。
やがて、二人の周囲の景色が暗くなった。
星の影へ入り、下に見える大地も光を失っていく。
それでも赤い翼は赤く光り、黒い四翼の輪郭も消えない。
昼であっても夜であっても、二人を維持する四翼の流れは途切れていなかった。
さらに進むと、星の縁から光が戻った。
その間も戦いは続いていた。
幾度か明るさが変わり、地上の景色が入れ替わる。
二人は回数を数えない。
数えなければならない理由がなかった。
シアの身体に疲れは現れない。
ネアの動きも鈍らない。
息をする必要がなく、食事や睡眠を求めることもない。
四翼は外界の原光を集め、使った力を補い続けている。
放出した力がすべてその瞬間に戻るわけではないが、戦いを続けるための流れは保たれていた。
地上の戦闘なら、相手が力を使い果たすまで待つという選択もあり得た。
今は、どちらもそれを期待できない。
自分が弱らないように、目の前の相手も簡単には弱らない。
その事実だけが、長い時間の中で明らかになった。
シアは、自分の周囲を巡る赤い分霊核を見た。
最初から持っていた二個だけではない。
回収して間もなかった五個にも、戦闘の間に原光が流れ込み続けていた。
器の内側の空白は、少しずつ小さくなっていた。
七つの蓄え
シアの周囲を巡る七個の赤い分霊核は、長い戦いの間も四翼から力を受け取っていた。
最初から持っていた二個は、接近するための火を何度も補っている。
新たに集めた五個には、まだ空きがある。
だが、何度も星の明るい側と暗い側を巡るうち、その内側にも赤い光が広がっていた。
シアはその変化を細かく確かめなかった。
力が足りなければ集める。
必要なら使う。
それだけで、これまで動き続けることができた。
七個の器がどれほど満ちたのかより、目の前の相手がまだ消えていないことの方が気になっていた。
ネアの周囲にも七個の黒い核がある。
それらも四翼の循環へつながり、少しずつ力を蓄え続けていた。
ネアはシアの放った火を横へ逃がし、自分の位置を変える。
近づいてきた拳をかわしても、赤い姿はすぐに追ってくる。
どちらかが力を使い果たす気配はなかった。
シアはネアの移動先へ手を伸ばした。
黒い四翼が横へ滑る。
指先は衣装の手前を通り、空を切った。
今度も届かない。
シアは振り抜いた腕を戻した。
これほど近づいても、相手は最後に身体を外す。
近づけば近づくほどよいとは限らない。
相手のいる場所だけを狙うから、かわされる。
シアは七個の核を伴ったまま、正面からの追跡をやめた。
ネアは、赤い姿が離れていくのを見た。
逃げたのではない。
シアはネアから目を離さず、少し離れた場所で止まった。
壊れるもの
シアが距離を取っても、ネアは追わなかった。
相手が近づいてこないなら、自分から拳の届く場所へ入る必要はない。
黒い四翼を開き、離れた場所で止まった赤い姿を見ていた。
シアの周囲を巡っていた分霊核が動いた。
一個、また一個。
七個の赤い玉が身体の左右へ移り、横に並んでいく。
シアもその場で片手を上げた。
赤い四翼から、細い火の流れが核へ伸び始める。
離れたネアの瞳にも、並んだ赤い光が映っていた。
地上で戦っていた時には、岩があった。
雲があり、風があった。
外れた攻撃は山へ届き、砕いた岩が次の進路を塞いだ。
それらは今、二人の間に存在しない。
足元に星はある。
けれど、目の前の黒い翼へ向かって火を放つ道には、何もなかった。
シアの唇が動いた。
「壊れるものがなくなったから撃てる」
声はネアへ届かなかった。
シアも、相手へ聞かせるつもりで言ったわけではない。
ただ、口にした言葉だけが、わずかに意識へ引っかかった。
壊れるものがなくなったから?
地上には山も、森も、人間の町もあった。
だが、今のシアにとって、それらは壊れてもよいものだったはずだ。
では、なぜ今まで撃たなかった。
分からない。
分からないものは、また沈んだ。
シアは八つの赤い光を、ネアへ向けた。
炎が満ちていく。
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ TOPへ

自サイト版では人物紹介・用語集・設定資料などをまとめていますが、
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