勇者の条件 第10話 線が切れる

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勇者の条件 第10話 線が切れる 人物相関図

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灰色の報告が止まる

魔王城、戦略会議室。

月次報告の日だった。

長卓の上には、対勇者戦略の札が並んでいる。

東の辺境、封鎖継続。

勇者血族、移動制限中。

中央神殿、神託機能停止。

聖剣、封印中。

導きの石、破壊済み。

天空要塞、異常なし。

深森本土門、異常なし。

火山本土門、異常なし。

記録官が淡々と読み上げる。

「対勇者戦略、主要項目に重大異常なし。東方勇者候補、移動なし。勇者血族、脱出未遂なし。中央神殿の勇者認定機能、復旧確認なし。聖剣庫、封印継続」

死霊宰相が、細い骨の指で報告書を整えた。

「東の封鎖は維持されています。勇者血族の村にも、大きな動きはありません。西方洞窟の封鎖再構築も、低級魔物中心ながら進行中です」

竜将が腕を組む。

「ならば問題はない」

現魔王は、すぐには答えなかった。

視線は札の上を動く。

出身地。

一族。

神託。

聖痕。

聖剣。

仲間。

それらは、いずれも監視下にある。

破壊できるものは破壊した。

封じられるものは封じた。

見張れるものは見張っている。

「西方灰色外套について」

西方報告官が、一枚の薄い紙を差し出した。

その紙は、他の報告書よりも余白が多かった。

死霊宰相が顔を上げる。

「追加報告か」

「いえ」

報告官は、少しだけ言葉を選んだ。

「追加報告がありません」

会議室の空気が、わずかに沈む。

竜将が眉をひそめた。

「ない?」

「はい。商人道、国境洞窟周辺、村間護衛、低級魔物討伐、いずれにも目撃なし。灰色外套の若者たちに関する報告は、ある時期を境に途絶えています」

吸血侯が、椅子の背から身を起こした。

「東へ向かった形跡は」

「ありません」

「勇者血族との接触は」

「確認されていません」

「中央神殿、聖剣、聖痕、神託との接点は」

「ありません」

竜将が鼻を鳴らす。

「死んだのではないか。傭兵まがいの連中なら珍しくもない」

報告官は否定しなかった。

「その可能性もあります」

現魔王は、灰色外套の札を見た。

西方村落自衛。

若年連絡役、詳細不明。

灰色外套、後発報告あり。

報酬制少数戦力の可能性。

勇者候補、非該当。

監視継続。

薄い札だった。

まだ勇者候補の列には置かれていない。

だが、完全に捨てられてもいない。

現魔王は言った。

「一度だけ詳細に調べろ」

竜将がわずかに顔をしかめる。

「陛下、そこまで」

「一度だけだ」

現魔王の声は静かだった。

「死体。装備。雇用記録。報酬の受け取り。商人の証言。村の噂。残っているものを拾え」

吸血侯が頭を下げる。

「すぐに」

「東へ向かったなら、見落とすな。勇者血族に近づいたなら、見落とすな。中央神殿の残党と接触したなら、見落とすな」

「は」

現魔王は札から目を離した。

「だが、灰色外套だけに引きずられるな。主戦場は東だ」

死霊宰相が記録する。

灰色外套、追加調査。

一度のみ詳細確認。

東方接近、勇者血族接触、中央神殿接点を重点確認。

警戒レベル、現状維持。

灰色の報告は、そこで一度だけ卓の中央に置かれた。

そしてすぐに、他の札の横へ戻された。

残っているものを拾え

西の商人道。

灰色の外套について、吸血侯の配下が聞き込みを行った。

商人は、荷台の紐を締めながら言う。

「灰色の外套? ああ、見たことはあるよ」

「いつだ」

「しばらく前だ。荷馬車を助けてもらった。魔物に襲われて、車輪が壊れてな」

「その後は」

「見てない」

「死んだと思うか」

商人は肩をすくめた。

「あの手の連中は、ある日ふっといなくなるもんだ。別の町へ行く。別の雇い主につく。危ない仕事を受けて戻らない。珍しい話じゃない」

「名は」

「一人はロアンとか呼ばれていた気もする。だが、俺が聞いた名かどうかも怪しい。灰色の連中、と呼んでいた者もいた」

「報酬は払ったか」

「払った。安くはなかった。高すぎもしなかったが、命を拾ったと思えば妥当だ」

別の村。

宿屋の女主人が、洗い物の手を止める。

「前に泊まったことがある。若い連中だったよ」

「冒険者か」

「そう見えたね。少なくとも、ただの旅人よりは腕が立った」

「傭兵か」

「傭兵というほど荒れてはいなかった。けど、ただで危ない仕事をする連中でもなかったよ。報酬はきっちり受け取った」

「評判は」

「悪くはない」

女主人は少し笑った。

「宿代を値切ったくせに、荷運びの婆さんを手伝っていた。妙な連中だったね」

「一団としてか」

「いや。たまたま見かけて、手を貸しただけじゃないかね。依頼書を出したわけじゃない」

国境洞窟近くの村。

老人たちは、互いに違うことを言った。

「西の大国へ向かったと聞いた」

「戦死したんだろう」

「貴族に雇われたんじゃないか」

「いや、そもそも同じ一団じゃなかったのではないか」

「灰色の外套なんて、旅人なら誰でも着る」

「だが、角笛を吹いた若いのと同じ連中だという話もあった」

「違うだろう。あの時は外套など着ていなかった」

噂は増えた。

だが、確証は増えなかった。

死体はない。

装備も出ない。

雇用主も分からない。

報酬を受け取った記録はある。

小さな人助けの噂もある。

だが、それらは同じ活動としては結びつかない。

危険な仕事には報酬を取る。

道端の困りごとには手を貸す。

その二つは、人間の村では同じ印象として語られる。

けれど、魔王軍の報告書では別の欄へ入る。

報酬制少数戦力。

個人単位の人助け。

村落自衛。

道案内。

治療。

剣の訓練。

同じ棚に置かれても、同じ束にはならない。

吸血侯は、夜まで報告を集めた。

そして、最後に短く記した。

灰色外套。

最後の目撃以降、姿なし。

東方接近、確認されず。

勇者血族との接触、確認されず。

中央神殿との接続、確認されず。

死亡、活動停止、または雇用主変更の可能性。

警戒上昇に足る根拠なし。

途絶

魔王城。

吸血侯は、調査結果を卓に置いた。

「確定情報は得られませんでした。最後の目撃以降、商人道、村落、国境洞窟周辺、いずれにも姿を見せていません」

死霊宰相が補足する。

「死亡確認はありません。ただし、活動報告は途絶えています。雇い主を変えた可能性もありますが、東へ向かった形跡はありません」

竜将が言う。

「ならば終わりだ。地方の少数戦力が消えただけでしょう」

現魔王は、吸血侯を見る。

「勇者血族との接触は」

「なし」

「中央神殿は」

「なし」

「聖剣、聖痕、神託は」

「なし」

「各国軍との接続は」

吸血侯は少しだけ目を細めた。

「不明です。ただし、灰色外套の名で正式に雇われた記録は確認できません」

竜将が苛立ったように言う。

「不明ばかりではないか」

「地方の噂とは、そういうものです」

吸血侯は涼しく答えた。

「ただ、不明であることと、脅威であることは同じではありません」

死霊宰相がうなずく。

「報告が途絶えた少数戦力は珍しくありません。危険な依頼を受けて死んだ。雇い主を変えた。別名で活動している。村に戻った。捕まった。いずれもあり得ます」

現魔王は報告書を見た。

灰色外套。

局地戦力。

勇者候補、非該当。

東方接近なし。

活動報告途絶。

彼は静かに言った。

「監視項目には残せ。だが、警戒を上げる理由はない」

記録官が筆を取る。

西方灰色外套。

活動報告途絶。

推定、死亡、活動停止、または雇用主変更。

東方接近、確認されず。

勇者血族接触、確認されず。

中央神殿接続、確認されず。

警戒レベル、据え置き。

監視項目として残置。

竜将が満足げに頷く。

吸血侯は何も言わなかった。

死霊宰相は、灰色外套の札を勇者候補の列からさらに離れた棚へ移した。

完全に捨てたわけではない。

ただ、中央に置く理由がなくなっただけである。

現魔王は、一度だけそれを見た。

そして、東の封鎖図へ視線を戻した。

静かな期間

しばらく、重大な異常は起きなかった。

東の封鎖は続いた。

勇者候補は村から出られない。

古い剣は押収されたまま。

神官の密書は届かない。

中央神殿は、勇者認定の機能を失ったまま沈黙している。

聖剣は封じられている。

導きの石は砕かれた。

天空要塞は、魔王城へ定時報告を送る。

異常なし。

西崖道、異常なし。

東部封鎖線、異常なし。

北方補給線、異常なし。

中央中継線、異常なし。

西部中継線、異常なし。

沿岸監視線、異常なし。

魔王大陸南方、異常なし。

深森本土門、異常なし。

火山本土門、異常なし。

西方灰色外套、追加報告なし。

月次報告の声は、いつも同じ調子だった。

「対勇者戦略、継続。重大異常なし」

竜将が言う。

「勇者は出ませんでしたな」

現魔王は、完全には同意しない。

「まだ結論を出すには早い」

だが、状況は安定していた。

安定しているように見えた。

魔王軍の地図には、いくつもの光点があった。

この世界の南側には、魔王大陸がある。

魔王城。

深森拠点。

火山拠点。

南方軍港。

魔王軍の本土門は、その大陸に置かれている。

人間側の軍が、容易に踏み込める場所ではない。

一方、人間側大陸には、魔王軍が張り出した前線門と中継門があった。

東部中継門。

西部中継門。

北方補給門。

中央中継門。

沿岸監視門。

旧街道監視門。

国境補助門。

それらは、人間側大陸の戦線を管理するための門だった。

魔王大陸の本土門と、人間側大陸に張り出した前線門。

その二つを組み合わせることで、現魔王は広い戦線を管理していた。

線は見えない。

だが、魔王軍の中枢には確かに存在していた。

転移ゲート

転移ゲートは、万能ではない。

使えるのは魔族のみ。

人間は使えない。

魔物も使えない。

馬車を通すこともできない。

大量の魔物を一瞬で移動させることもできない。

物資は、魔族が持ち運べる範囲に限られる。

それでも、魔王軍にとっては欠かせない。

命令を運ぶ。

報告を戻す。

専門魔族を派遣する。

負傷した幹部を引き上げる。

術式部材を運ぶ。

離れた拠点同士の時刻を合わせる。

広い戦線を、ひとつの戦略として扱う。

そのための線である。

ゲートは石環でできている。

外側には保護刻印。

内側には座標石。

足元には魔力調整盤。

門ごとに、座標と鍵がある。

鍵を持たない者には開けない。

魔族以外には反応しない。

魔物が近づいても、ただの石の輪にしか見えない。

人間が触れても、冷たい石でしかない。

だからこそ、魔王軍は安心していた。

奪われることはない。

使われることはない。

壊されるとしても、場所を知られなければならない。

構造を知られなければならない。

弱点を知られなければならない。

そして、同時に狙うなら、時刻を合わせなければならない。

そのすべてが、難しい。

少なくとも、一国の軍だけでは。

第一の沈黙

魔王城、夜。

戦略会議室の灯は、まだ消えていなかった。

死霊宰相が、東方封鎖線から届いた報告を読んでいる。

吸血侯は西方の商人道の通行記録を確認している。

竜将は北方補給線の警備計画に赤い印をつけていた。

現魔王は、転移門の配置図を見ていた。

その時、扉が乱暴に開いた。

転移門管理官が駆け込んでくる。

「陛下」

息が乱れている。

魔族である彼が、走って息を乱していた。

「西部中継門が沈黙しました」

死霊宰相が顔を上げる。

「故障か」

「不明です。定時信号に応答がありません」

現魔王が問う。

「予備経路は」

「現在、接続中です」

その瞬間、別の管理官が入ってくる。

「東部中継門、応答なし」

続いて、さらに別の声。

「北方補給門、沈黙」

「中央中継門、信号途絶」

「沿岸監視門、破損報告」

「旧街道監視門、接続不安定」

「国境補助門、座標乱れ」

会議室の空気が凍った。

竜将が立ち上がる。

椅子が床を削る。

「同時か」

転移門管理官は、顔色を失っていた。

「ほぼ同時です」

現魔王は静かに言った。

「事故ではないな」

誰も答えなかった。

答える必要がなかった。

同時に切れる

東部中継門。

石環の内側が、黒く焦げていた。

外の保護刻印は残っている。

門そのものも崩れていない。

だが、内側の術式だけが割れていた。

門番の下級魔族が、床に倒れている。

生きてはいる。

だが、まだ起き上がれない。

西部中継門。

座標石が抜かれていた。

代わりに、ただの黒い石が詰められている。

石環は無傷だった。

だからこそ、復旧には時間がかかる。

壊されたのは、目に見える輪ではなく、門を門として成立させている核だった。

北方補給門。

雪の中で、連絡用の小塔が焼けていた。

門の鍵束は残っている。

だが、鍵を受ける刻印が削られている。

中央中継門。

四方へつながる調整盤が砕かれていた。

この門は、東西南北の連絡をつなぐ要だった。

ここを失えば、遠い門同士を迂回してつなぐことが難しくなる。

沿岸監視門。

門の外枠は残っている。

しかし、海路監視用の補助符が剥がされ、接続が歪んでいた。

旧街道監視門。

完全には沈黙していない。

だが、通った魔族が戻れなくなる危険があった。

国境補助門。

魔力調整盤の一部だけが壊されていた。

見た目には、ただの傷に近い。

だが、座標がずれる。

ずれた門を使えば、魔族は予定地から半里も離れた荒地へ吐き出される危険がある。

いずれも完全破壊ではない。

修繕は可能。

だが容易ではない。

専門魔族が必要になる。

部材が必要になる。

時刻合わせが必要になる。

そして何より、何を壊せば門が止まるのかを知っていなければ、できない壊し方だった。

石環ではない。

外枠ではない。

門番の全滅でもない。

術式の要。

座標の核。

調整盤。

鍵受けの刻印。

補助符。

それぞれ違う構造の門で、それぞれ最も復旧に時間のかかる場所が狙われていた。

しかも、各地でほぼ同時に。

切られたのは、魔王大陸の本土門ではない。

人間側大陸に張り出していた、魔王軍の前線線である。

東。

西。

北。

中央。

それらをつなぐ線が、同時に切れた。

被害状況

魔王城。

死霊宰相が、被害をまとめていた。

「魔王大陸側の本土門に被害はありません。魔王城、深森、火山、南方軍港、いずれも健在です」

竜将が言う。

「ならば致命傷ではない」

「致命傷ではありません」

死霊宰相は否定しなかった。

「ただし、人間側大陸の前線門、中継門、監視門が複数箇所で損傷しています。東部、西部、北方、中央中継。最低限の連絡線が切られました」

転移門管理官が続ける。

「復旧には専門魔族が必要です。部材も足りません。どの門を優先するか、選ばなければなりません」

竜将が机を叩いた。

「誰がやった」

吸血侯が、別の報告書を開く。

「各地で人間側の小部隊の動きが確認されています」

「所属は」

「ばらばらです。東方王国兵、西方諸侯兵、北方辺境軍、中央都市同盟の斥候、沿岸国の兵、神殿騎士の残党と思われる者も混じっています」

竜将の目が細くなる。

「寄せ集めか」

死霊宰相が首を振った。

「単なる寄せ集めではありません。単一国家の作戦でもない。複数国が、それぞれ自国近くの門を狙っています」

現魔王が問う。

「同時にか」

「はい」

「どうやって時刻をそろえた」

答えはない。

会議室に、紙の擦れる音だけが残る。

吸血侯が言う。

「捕虜の証言では、作戦指示は各国の軍内部から出ています。ただし、門の位置情報は別経路で共有された可能性があります」

死霊宰相が続ける。

「各国が同時に動くには、少なくとも位置、時期、攻撃方法の共有が必要です」

竜将が低く唸る。

「だから、誰が共有した」

誰も答えられない。

現魔王は地図を見た。

赤い印が浮かんでいる。

東部。

西部。

北方。

中央中継。

沿岸。

旧街道。

国境。

人間側大陸に置かれた点。

異なる国。

異なる部隊。

異なる理由。

だが、同じ夜に動いた。

現魔王は、しばらく黙っていた。

そして、低く言った。

「線がある」

死霊宰相が顔を上げる。

「人間側の連絡線ですか」

「そうだ。見えぬ線がある」

犯人像

犯人を探す作業が始まった。

勇者の一族か。

封じている。

東の村から動いた形跡はない。

脱出未遂もない。

中央神殿か。

勇者認定機能は壊した。

写本庫も焼いた。

神託の間も沈黙している。

聖剣か。

封じている。

新たに持ち出された形跡はない。

聖痕か。

報告なし。

どこかの軍事大国か。

単独ではない。

各国の利害は揃っていない。

聖都残党か。

関与はあり得る。

だが、全体を束ねる力は落ちている。

西方灰色外套か。

該当する現場痕跡はない。

門の周辺で、灰色の外套は目撃されていない。

ロアンという不確かな名も、どの捕虜の口からも出ない。

灰色外套の札は、棚の端に置かれたままだった。

現場にいない。

捕虜の証言にも出ない。

命令書にも出ない。

軍旗にもない。

雇用記録にもない。

ならば、破壊部隊の中心としては扱えない。

吸血侯が報告する。

「捕虜の証言を整理しました。彼らは、それぞれ自国の上官から命令を受けています。隣国も動くことを知っていた者はいますが、全体を知っていた者はいません」

死霊宰相が続ける。

「ある国は、魔王軍の東部連絡を断てば封鎖線の運用が鈍ると聞いています。ある国は、北方補給を遅らせるために動いています。ある国は、自国防衛のために近くの門を狙っています。ある国は、中央中継を止めれば全体の命令が遅れると教えられています」

「同じ旗は」

「ありません」

「同じ印は」

「ありません」

「同じ命令書は」

「ありません」

竜将が苛立つ。

「では、なぜ同じ夜に動けた」

吸血侯が、静かに答える。

「誰かが、時刻だけをそろえた」

会議室が沈黙する。

それは、軍の中心ではない。

王ではない。

聖都でもない。

勇者の旗でもない。

けれど、各国に同じ時刻を伝えた何かがある。

現魔王は地図を見ている。

赤い点を結ぶ線は、描かれていない。

だが、線がなければ同時破壊は起きない。

見えない線

「これは勇者の一撃ではない」

現魔王が言った。

竜将が問う。

「では何です」

「軍の攻撃だ。だが、一国の軍ではない」

死霊宰相がうなずく。

「複数国の同時作戦です」

「問題は、誰が複数国を同時に動かしたかだ」

吸血侯が言う。

「勇者の一族は封じています」

「中央神殿も壊した」

「少なくとも、従来の勇者の経路ではありません」

「ならば、別の線がある」

現魔王は、長卓の上の札を見る。

勇者血族。

神託。

聖剣。

聖痕。

仲間。

出身地。

それらは封じている。

見張っている。

記録している。

それでも、人間側は動いた。

東の勇者候補ではない。

中央神殿の神託ではない。

聖剣を掲げた進軍ではない。

勇者の旗を立てた連合軍でもない。

それぞれの国が、それぞれの理由で、それぞれの近くの門を壊した。

だが、同じ夜に。

「我らは勇者を封じた」

現魔王の声は低い。

「神託を焼いた。聖剣を奪った。血筋を檻に入れた」

誰も口を挟まない。

「だが、人間どもはそれでも線を結んだ」

死霊宰相が、ゆっくりと記録する。

人間側、複数国間連携。

中心不明。

経路不明。

勇者経路外。

吸血侯が問う。

「灰色外套を再調査しますか」

竜将が顔をしかめる。

「またあれか」

現魔王は、すぐには答えない。

灰色外套。

活動報告途絶。

東方接近なし。

勇者血族接触なし。

中央神殿接続なし。

門破壊現場での目撃なし。

現場にはいない。

だが、線はある。

「灰色外套だけを追うな」

現魔王は言った。

「勇者の名を持たぬ者も含めて探せ。神官、商人、傭兵、密使、地方領主、書簡を運ぶ者。人間どもを結んだ線を探せ」

吸血侯が頭を下げる。

「は」

「ただし、東を薄くするな。勇者血族の檻は維持する。中央神殿の復旧も許すな」

「承知しました」

竜将が言う。

「ならば軍を出しましょう。各国を叩けば」

「中心が見えぬまま叩けば、ただ戦線が広がる」

現魔王は竜将を見た。

「こちらの線が切られた直後だ。広げるな」

竜将は歯を食いしばる。

だが、頭を下げた。

「御意」

優先順位

被害が出た以上、魔王は次の判断をしなければならなかった。

すべての門を同時には直せない。

修繕できる魔族は限られている。

部材も限られている。

移動できる経路も限られている。

転移門管理官が、震える手で候補を並べる。

東部中継門。

西部中継門。

北方補給門。

中央中継門。

沿岸監視門。

旧街道監視門。

国境補助門。

竜将はすぐに言った。

「東部を優先すべきです。東の勇者血族を封じている以上、東方線の遅れは許されません」

吸血侯は首を振る。

「中央中継門です。ここを戻さなければ、東西北の情報を束ねられません」

転移門管理官が言う。

「損傷の軽い門から修繕すべきです。重い門に専門魔族を割けば、全体の復旧が遅れます」

死霊宰相は数字を読む。

「北方補給門を失えば、北方軍の動きが鈍ります。西部中継門を失えば、西側の監視が遅れます」

意見は割れた。

どれも正しい。

だからこそ、すべては選べない。

現魔王は地図を見た。

赤い印。

消えた線。

残った線。

代替できる道。

代替できない道。

「中央中継門を最優先」

転移門管理官が筆を構える。

「次に東部中継門。勇者血族の封鎖線を鈍らせるな」

竜将が頷く。

「北方補給門は」

「三番目だ」

吸血侯が目を細める。

「西部中継門は」

「後回しだ」

「西の監視が薄くなります」

「代替通信で補え。伝令、鳥、密偵、商人道。使えるものは使え」

「監視門は」

「損傷の軽いものだけ直せ。重いものは後回しだ」

転移門管理官が青ざめる。

「よろしいのですか。西部中継線を後回しにすれば、西側の報告はさらに遅れます」

「知っている」

現魔王は答えた。

「だが、中央を失えば全体が遅れる。東を失えば勇者血族の檻が緩む」

死霊宰相が記録した。

復旧優先順位。

一、中央中継門。

二、東部中継門。

三、北方補給門。

四、軽微損傷監視門。

五、西部中継門。

六、その他補助門。

合理的な順番だった。

誰も、それを否定できなかった。

だが、合理的な順番は、すべてを救う順番ではない。

後回しにされた線では、報告が遅れる。

遅れた報告は、判断を遅らせる。

判断の遅れは、次の見落としになる。

現魔王は、それを理解していた。

理解していても、選ぶしかなかった。

線が切れる

夜が深くなっていた。

魔王城の戦略会議室には、まだ灯が残っている。

長卓の地図の上で、いくつもの転移ゲートの光が消えていた。

完全に失われたわけではない。

魔王大陸の本土門は残っている。

魔王城も、深森も、火山も、南方軍港も残っている。

壊された門も、いずれは直せる。

途切れた連絡も、別の道で補える。

だが、同時に切られたという事実は残った。

東部。

西部。

北方。

中央中継。

沿岸。

旧街道。

人間側大陸に張り出していた線が、ほぼ同じ時に切れた。

一国ではない。

一軍ではない。

勇者の旗もない。

聖剣もない。

神託もない。

それでも、人間側はつながっていた。

死霊宰相が言う。

「修復には時間がかかります」

現魔王はうなずいた。

「時間を奪われたな」

竜将が拳を握る。

「人間どもが、ここまで同時に動くとは」

吸血侯が静かに言う。

「誰かが、各国を結んでいます」

現魔王は地図を見つめる。

切られた線は見える。

だが、結ばれていた線は見えない。

見えない線が、人間側にある。

見えないまま、各国を動かした。

見えないまま、魔王軍の前線連絡を断った。

現魔王は言った。

「探せ」

「は」

「勇者の名を持たぬ者も含めて探せ。神官、商人、傭兵、密使、地方領主、書簡を運ぶ者。人間どもを結んだ線を探せ」

吸血侯が深く頭を下げる。

死霊宰相が記録する。

竜将が地図を睨む。

転移門管理官が、復旧表を抱えて走り去る。

現魔王は最後に言った。

「線を切られたままでは、次を見誤る」

魔王軍の転移ゲートは、すべてを失ったわけではなかった。

門は残っている。

石環も残っている。

鍵も、術式も、修繕できる。

だが、線は切れた。

その線を切った者たちは、同じ旗を掲げていなかった。

同じ名も持っていなかった。

同じ国に属してもいなかった。

それでも、同じ時に動いた。

魔王軍は、切られた線を見た。

だが、結ばれていた線の形までは、まだ見えなかった。


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