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落下軌道
光の精霊王だったものから、八翼が距離を取った。
セトの右手には極炎、左手には絶光がある。
赤と黒、それぞれ四枚の翼は背後へ広がり、十四個の分霊核が周囲に浮かんでいた。
先ほどまで戦っていた白い巨体は、もはや三人を追ってこない。
人型の原型から外側へ向かっていた太い流れは、完全に断たれている。
新しい力を送り出す中心は失われた。
それでも、肥大化した身体の内側には膨大な原光が残っていた。
行き先のなくなった流れが互いにぶつかり、白い表面を内側から押し広げている。
四翼に相当する部分の一つが裂けた。
白い塊が外へ押し出され、残った部分も形を変える。
崩れた場所を修復する流れはない。
だが、隣では別の原光が膨らみ、巨体を不規則に揺らしていた。
「このまま離れても、いずれ分解して消滅するはずだが……」
『だったら、とっとと離れよう』
『ダメです。落下軌道に乗っています』
ネアの黒い翼が広がり、巨体の進む方向を示す。
白い塊は少しずつ星へ近づいていた。
意思を失っても、進む向きまでは失わない。
内部で崩壊が続いていても、星へ落ちる動きは止まらなかった。
「まだ地上まで距離があるだろ?」
『あります。ですが、この大きさのまま大気へ入る方が先でしょう』
『落ちる途中で砕けたら?』
『大きな破片が残れば、それも落ちます。地上へ届く前に全部が消える保証はありません』
セトは巨体と星の縁を見比べた。
核を倒したことは間違いない。
もう誰かを狙う相手ではなく、ただ落ちていく巨大な残骸だ。
だからこそ、放っておくわけにはいかない。
「だから、止めるか、砕く必要がある」
シアの赤い翼が広がった。
戦いは終わったはずだった。
しかし、三人が地上を守る仕事は、まだ終わっていなかった。
もう一度の星華
白い巨体は、崩れながら落下している。
その周囲には、原光を失った部分と、まだ明るく輝く部分が混在していた。
近づいて一度に破壊できれば、危険を取り除けるかもしれない。
セトは右手の極炎と左手の絶光を見た。
「単純なのが、十六門の星華だ」
『耐えられる?』
『無理ですね』
『だったら却下だ』
ネアの返事は早かった。
つい先ほど放った双天・星華の反動が、セトの精霊回路に残っている。
火と月の流れを別々の道へ逃がせても、受け止めた負荷が瞬時になくなるわけではない。
人型の原型を斬るため、安全制限を一瞬外した影響も無視できなかった。
「十六門をもう一度通したら、どうなる?」
『途中で流れが破綻する可能性があります。次は私たちも支えられません』
「分かった。撃たない」
『ずいぶん聞き分けがいいな』
「壊れた経験なら、もう十分あるからな」
シアは極炎の中で少し黙った。
セトが自分たちを守るために精霊回路を壊したときのことを、思い出したのだろう。
ネアも、それ以上の説得はしなかった。
「じゃあ、八門を何回か撃つのは?」
『大きな塊を割ることはできます。ただ、割れたものまで星へ落ちないとは限りません』
『だったら、頑張って押し返す』
『質量が大きすぎますね』
『勢いつけて押し返す』
『勢いをつけるところがありません』
シアは不満そうに赤い翼を揺らした。
力が足りないのなら、もっと大きな力をぶつければいい。
その考え方は間違っていない。
問題は、今いる位置から加速を始めても、十分な勢いを得る前に巨体へ届いてしまうことだった。
セトは星を見下ろした。
直線では距離が足りない。
ならば、同じ場所へ戻ってくるまで加速し続ければいい。
「勢いか……一周するか」
『一周?』
「星を一周だ」
一周する理由
『一度、離れるということですか?』
「離れながら加速する。星に沿って曲がり続けて、一周したところであいつへ戻る」
セトは白い巨体を見てから、眼下の星へ視線を移した。
真っすぐ離れ、そこで向きを反転させるなら、せっかく得た速さを変えるためにも力を使う。
だが、最初から星を回る線を描けば、向きを曲げながら加速し続けられる。
戻る頃には、今ここで押すよりずっと大きな勢いを得ているはずだった。
『そんなに曲げながら飛べるのか?』
『私が進路を保ちます。ですが、速度が上がるほど必要な力も大きくなります』
「シアは加速。ネアは進路を頼む。俺は戻る位置と、ぶつかる瞬間を決める」
『分かりやすいな。それならできそうだ』
セトは、巨体へ戻ってからのことも考えていた。
大きな勢いをぶつければ、その反動は八翼にも返ってくる。
ただ衝突するだけでは、自分たちが弾き返されるかもしれない。
それでは、残骸の落下軌道を十分に変えられない。
返ってくる衝撃をさばきながら、さらに押し続ける必要があった。
「衝撃はネアに任せる。受ける向きを変えて、できるだけ散らしてくれ」
『反射と分散ならできます。ただし、すべてを消せるわけではありません』
『残った分ごと、わたしが押す』
「ぶつかった後も、押す力が必要になる。頼むぞ」
赤い四翼が後方へ向きを変えた。
黒い四翼は広がり、周囲の原光を細く捉え始める。
十四個の分霊核は二本の剣と翼の循環につながったまま、八翼の周囲に位置を保っていた。
推進を担うのはシアの四翼であり、核を砲口にして加速するわけではない。
『一周する間に、あれが地上へ着きませんか?』
ネアは巨体の落下方向を確認した。
セトも星までの距離を見た。
必要なのは、ただ一周する時間だけではない。
戻ってから衝突し、進路を変える時間も残さなければならない。
『八翼でも、さすがに十分はかかります』
「ギリギリだ。やるなら今すぐだ」
セトは二本の剣を握り直した。
成功する保証はない。
だが、ほかに残された方法もなかった。
加速
「シア、速度を上げる。ネアは進路を頼む」
『分かった!』
『星から離れすぎないよう、曲げ続けます』
八翼が白い巨体へ背を向けた。
シアの赤い四翼が後方へそろい、火を放つ。
四枚の翼から伸びた赤い光が、長い尾となって宇宙へ広がった。
セトの身体が前へ押し出され、巨体との距離が一気に開いていく。
ネアは黒い四翼を星の方へ傾けた。
原光の流れを曲げ、八翼の進路を緩やかな弧へ変える。
加速する力と曲がる力は、別々の働きだった。
シアが出力を上げれば、ネアはそれに合わせて曲げる量を増やさなければならない。
『もっと出していいか?』
『今は、このままで。曲がり方を確かめています』
『せっかく勢いをつけるのに』
「十分に戻れなくなったら意味がない。ネアに合わせてくれ」
『分かったよ』
セトは二本の剣を通る流れを確かめた。
右側から来る火の力、左側から来る月の力。
新しい精霊回路は、それぞれを別の道へ通している。
ただし、翼そのものを動かす力のすべてをセトの身体へ流す必要はない。
シアとネアがそれぞれの循環を保ち、セトは必要な分だけを受け取った。
背後の白い巨体が、急速に小さくなる。
表面で起きている崩壊も、もう見分けられない。
やがて星の縁と重なり、見つけられないほど小さくなった。
『進路は安定しています。少しずつ上げてください』
『待ってました!』
赤い四翼がさらに強く輝く。
後方へ流れる火が長く伸び、星の輪郭がゆっくり横へ動き始めた。
七個の赤い分霊核はシアの循環を維持し、ネアの七核もそれぞれの位置を保つ。
八門砲撃の構えとは違う。
今は、四枚ずつの翼が飛行を担当していた。
セトは進む先を見た。
これまでの戦いでは、速く飛ぶほど敵との距離を縮めていた。
今は逆だ。
助けたい地上を守るために、いったんその場所から離れていく。
星の縁
星の表面が、眼下を流れていく。
山も海も、間もなく形を判別できなくなった。
雲の白さが細く伸び、星の輪郭だけが大きな曲線として残る。
八翼はその縁に沿って進み続けた。
速くなればなるほど、曲がり続けることが難しくなる。
赤い四翼は後方へ力を放ち、黒い四翼がその進路を絶えず曲げる。
ネアが少し制御を緩めると、八翼は星から離れようとした。
『少し外へ』
「分かった」
セトは身構え、ネアが黒い翼の向きを変えるのに合わせた。
進路がわずかに星から離れ、外側へ広がる。
続いてネアが翼を戻すと、今度は星の近い側へ曲がった。
ほんの小さな動きなのに、身体へかかる力が大きく変わった。
『今度は星へ近づけます』
『どっちなんだ?』
『少しずつ調整しています。止めたら真っすぐ進んでしまいますから』
『じゃあ、もっと出すぞ』
『曲げられる範囲でお願いします』
『限界を教えてくれ』
『今の一割増しまでです』
『分かりやすい』
シアの赤い四翼が、指定された分だけ出力を上げた。
ネアは黒い四翼を開き、その速度に合わせて進路を修正する。
セトの身体へ、外側へ引かれるような力がかかった。
八翼に包まれていても、中心にいるセトまで負荷がなくなるわけではない。
セトは極炎と絶光を握り、身体を二本の剣の間へ固定した。
左腕には月の流れ、右腕には火の流れ。
体内の水の精霊回路が流れを分けていても、身体そのものは速さに慣れていない。
胸の奥が押されるような感覚が続いた。
「今の曲がり方なら、まだ上げられるか?」
『少しなら。ただし、最後に位置を合わせる余裕も残しておきたいです』
「分かった。そこも含めて頼む」
『はい』
ネアは黒い四翼の角度を確かめた。
シアは返事を待たずに加速しない。
以前なら互いの力を押し通そうとしていた二人が、今は一つの曲線を崩さないために出力を合わせていた。
見えなくなったもの
光の精霊王だったものは、星の向こう側へ消えていた。
振り返っても、あの白い巨体は見えない。
セトたちと残骸の間には、巨大な星そのものがあり、視界を完全に遮っていた。
核はもうない。
狙いを定める意思も、相手へ向き直ろうとする判断も残されていない。
だが、崩壊が進めば、大きな塊が剥がれる可能性はあった。
残骸の形が変われば、進む線もわずかに変わるかもしれない。
「このまま戻れば、星とあいつの間へ出る」
『予定どおり落ちていれば、ですね』
「自分から方向を変えることはない。あとは崩れ方だ」
『はい。破片が分かれれば、少しずれる可能性があります』
「見えた時点で直す」
『その頃には、かなり速くなっていますよ』
「だから、今のうちに大体の場所を合わせておく」
ネアは黒い翼の向きを保ったまま、出発前に確認した落下方向を思い返した。
セトも、白い巨体が星のどの縁へ向かっていたかを確認する。
正確な位置を知る手段はない。
ならば、再び見えるまで進路を変えず、最後に修正する余地を残すしかなかった。
シアは赤い四翼から火を出し続けた。
自分の役割は、何も見えない今でも変わらない。
ただし、ネアが曲げられないほど速くしてしまえば、この作戦は失敗する。
『速度、少し抑えるか?』
『まだ大丈夫です。ですが、次の増速は私が合図します』
『分かった。ネアが言ったら出す』
セトは二人のやり取りを聞きながら、星の暗い側を見下ろした。
地上には町も、村も、人もいる。
どこに落ちるのかさえ分からない巨大な残骸を、見えないまま放置することはできない。
それでも、今はあの白い光を直接確かめることもできなかった。
見えない相手へ戻る。
しかも、これまでに出したことのない速度で。
セトは剣を握り直した。
見つけた瞬間に迷っている時間はない。
神すら知らない速度
星の暗い側が、眼下に広がった。
大地と海は黒い面となり、細かな形を見分けられない。
星の外側を巡る八翼の速度は、さらに上がっていた。
赤い火が後方へ長く伸び、黒い四翼が軌道を保つ。
速度を上げるたび、ネアが進路を曲げる力も大きくなった。
少し角度を変えるだけで、八翼全体へ強い負荷が走る。
セトの精霊回路は火と月の流れを分けているが、身体にかかる力まで消すことはできない。
『これ、思ったよりもつらい』
『たぶん、神ですらも経験していない速度かもしれません』
「最近の中では、分かりやすいつらさだ」
『確かにややこしくはない。速く飛んで、ぶつかるだけ』
『ぶつかった後の処理が、かなりややこしいのですが』
『そこはネアがやる』
『シアも押すのですよ』
『分かってる!』
シアの声には、まだ勢いがあった。
しかし、赤い四翼の流れが一度わずかに乱れた。
長い時間、同じ向きへ力を出し続けることは、一撃を放つのとは違う。
いくら精霊王でも、出力を維持したまま加速し続ければ負荷がたまる。
「シア、無理なら言ってくれ」
『まだいける。止めた方がいいときはネアが言うだろ』
『その前に、ご自分でも判断してください』
『分かったって』
セトは正面を見た。
遠い星々はほとんど動かない。
それなのに、眼下の星だけが、異様な速さで回転しているように見える。
自分たちが進んでいるはずなのに、世界そのものが横へ流れていくようだった。
ここで急に止まろうとしても、簡単には止まれない。
曲がる力を失えば、三人は今の方向へ飛び去る。
加速を止めたところで、得た速度は消えない。
もう、出発した場所へゆっくり戻ることはできなかった。
「そろそろ明るい側へ出る」
『戻る場所を探します』
『まだ上げられるぞ』
「最後に曲がれる分だけ残しておけ」
『分かった!』
赤い四翼が、なおも力を放ち続けた。
向かう先には、まだ見えない白い残骸があった。
戻る光
星の明るい側が、前方へ現れた。
見慣れた青と白の輪郭が、今は信じられない速さで迫ってくる。
一周の終わりが近づいていた。
セトは星の縁から、白い巨体が現れるはずの方向を探した。
『そろそろ捉えられるはずです』
「見えたら教えてくれ」
『はい。進路はまだ維持できます』
ネアは黒い四翼を小さく動かした。
ここまで星に沿って曲がり続けた力を、今度は衝突地点へ向かうために使う。
急に角度を変えれば、八翼の中心にいるセトへ負荷が集中する。
ほんのわずかな修正を繰り返すしかなかった。
やがて、星の縁に白い光が現れた。
光の精霊王だったものだ。
出発したときよりも輪郭が崩れ、巨大な四翼の形も半分ほど失われている。
いくつもの白い塊が、互いにぶつかりながら一緒に落ちていた。
『見つけました。ですが、予想より落下が進んでいます』
「今いる場所を追うな。これから通る場所へ出る」
『分かりました。星の近い側へ寄せます』
セトは残骸から伸びる原光の流れを見た。
中心が動いたあとを、白い塊が少し遅れて追っている。
崩れた破片まで含めて、どこへ向かっているかを確かめる。
今の位置へ飛び込めば、衝突の瞬間には巨体が通り過ぎているかもしれない。
シアの赤い四翼は、加速を保ったままだった。
ネアが黒い四翼を傾ける。
セトの身体が少しだけ星の方へ引かれ、白い光の進路へ近づいていく。
『速度が高すぎます。大きく曲がり直す余裕はありません』
「分かってる。今の線で合わせる」
『火を止めるか?』
「まだだ。衝突するまで勢いは残したい」
遠くにあった白い光が、急速に大きくなった。
裂けた四翼の輪郭が見え、内部で白い流れが衝突しているのも分かる。
その次の瞬間には、視界の大半が白く染まり始めていた。
『この速度では、形が見えたと思った瞬間にはぶつかっています! セトがタイミングを!』
「分かった!」
セトは、八翼と残骸の流れが交わる位置から目を離さなかった。
ここでの判断だけは、二人へ任せるわけにはいかなかった。
衝突点
白い巨体の表面が、急速に迫ってくる。
膨らんだ部分もあれば、大きく裂けた部分もある。
ただ薄いところへ突っ込めば、そこを突き抜けるだけで終わるかもしれない。
逆に力の集まった場所へ正面からぶつかれば、返ってくる衝撃も大きくなる。
セトは残骸の中心へ向かう流れを追った。
人型の原型は、もうそこにない。
それでも、周囲の塊をまとめて落下させている大きな流れがある。
その進路を変えるには、表面の一部を壊すのではなく、残った巨体全体へ力を伝えなければならなかった。
「そろそろだ!」
『近づいたら強く押す!』
『まずは衝撃を散らします。シアは押す準備を』
『分かってる!』
ネアの七つの黒い分霊核が、セトの前方へ半円状に並んだ。
核から細い黒い線が伸び、衝突する場所の周囲に流れる原光を捉える。
黒い四翼も前へ傾き、戻ってくる力を左右へ逃がす形を作った。
分霊核は加速に使っていない。
これから触れる残骸の流れを分け、反射と分散を補助するために配置していた。
シアは赤い四翼の向きを確かめた。
今は最後の加速を保つ。
ぶつかった直後、残骸へ火を押し込めるよう、四翼の流れを切り替える準備をしていた。
赤い分霊核はシアの循環につながったままで、砲撃の構えは取っていない。
セトは絶光を前へ、極炎を後ろへ構える。
二本の剣を通じて、シアとネアが何をしようとしているかが伝わった。
水の精霊回路にも負荷が残っている。
ぶつかる前に、必要以上の力を通すわけにはいかなかった。
白い巨体は、もう視界いっぱいに広がっていた。
形が見える頃には、判断が遅い。
セトは、互いの流れが重なる場所だけを見た。
まだ衝突していない。
だが、次の瞬間にはもう間に合わない。
「今だ!」
黒い四翼が広がる。
赤い四翼が力を放つ。
八翼は、白い巨体へ向かって飛び込んだ。
世界一周の一撃
衝突した。
白い巨体の表面が、大きくへこんだ。
一周かけて得た速度が、接触した部分から内部へ伝わっていく。
へこんだ表面の奥で、原光の流れが幾重にも押しつぶされた。
閉じ込められていた白い力が、左右へ、上へ、別々の方向へ噴き出す。
巨体が揺れた。
その揺れは周囲の塊まで伝わり、大きな亀裂がいくつも走る。
だが、まだ消滅にはほど遠い。
崩れた部分の向こうに、同じだけ巨大な白い身体が残っていた。
そして、衝突した反動が八翼へ返ってきた。
『流します!』
ネアの七つの黒い分霊核が、接触面の周囲を走った。
正面から戻るはずだった衝撃が、黒い線を伝って左右へ分かれる。
別の線は上へ、さらに別の線は星から離れる方向へ向けられた。
黒い四翼が残った流れを受け止め、八翼の周囲へ広く散らしていく。
それでも、すべてを逃がすことはできなかった。
セトの両腕が激しく揺れ、胸から背へ強い負荷が走る。
水の精霊回路は、入ってきた力を一か所へ留めず、流れに合わせて形を変えた。
右腕と左腕の道は混ざらない。
それでも人間の身体まで衝撃を無くせるわけではなかった。
「くっ……!」
『まだ支えられます! 今は離れないでください!』
ネアの声に、セトは歯を食いしばった。
八翼が残骸から弾き返されれば、ここまでの加速は無駄になる。
彼は二本の剣の位置を保ち、体内へ通す力を必要な分だけに絞った。
シアの赤い四翼は、接触する向きを失っていない。
白い巨体がさらにへこんだ。
その外側で、崩壊の連鎖が始まっている。
大きな塊が裂け、別の塊が押し出された。
しかし、残骸全体はまだ星へ向かう線を進んでいた。
『衝突の勢いは、さばき切りました!』
『全力で押す!』
シアの四翼が、残骸へ向けて赤く輝いた。
世界一周の一撃は、そこで終わらない。
進路を変えるための最後のひと押しが、始まった。
全力で押す
シアの赤い四翼が、白い巨体へ火を押し込んだ。
先ほどまで加速に使っていた力を、今度は接触した残骸へ直接向ける。
四枚の翼から放たれた赤い流れが、へこんだ表面へ広がった。
砲撃のように貫いて壊すのではない。
残骸を星へ落ちる線から外すため、力を加え続ける。
表面が剥がれそうになれば、押す場所を少しずつ変える。
無理に一点へ集めれば、そこだけ崩れてしまうからだった。
『押してる!』
「もう少し星から離す!」
『進路を合わせます。シア、そのままの力で』
『分かった!』
ネアが黒い四翼の向きを調整する。
シアの火が、修正された方向へ白い巨体を押す。
セトは残骸の進行方向と、眼下の星の輪郭を見比べた。
落下する向きはまだ残っている。
それでも、最初より少し横へずれ始めていた。
残骸の内部から、別の白い塊が突き出してきた。
意思ある反撃ではない。
押された原光が行き場を変え、崩れていた部分を外へ膨らませただけだった。
ネアの黒い線がその流れをそらす。
セトは極炎の位置を保ち、シアの四翼へ力が戻る道を安定させた。
『どれくらい動いた?』
「まだ足りない。地上へ向かう線が残ってる」
『だったら、もっと押す!』
『無理に強めないでください。四翼の向きを優先します』
『今のままで押し続ける!』
赤い四翼の光が強くなる。
巨体の一部が耐えきれずに剥がれ、後方へ散った。
残った部分は少し軽くなり、進む線がさらに変わっていく。
セトは地上へ近づく流れが横へ傾いたことを確かめた。
『落下する線から外れかけています』
「そのまま!」
シアは答えず、四翼から火を放ち続けた。
ネアも曲げる力を緩めない。
今度は敵を倒すためではない。
星へ届かせないために、三人で力を合わせていた。
白い巨体が、ゆっくりと星の縁へ沿う方向へ変わった。
もう少し。
そこで止めれば再び落ちるかもしれない。
セトは最後の確認が終わるまで、離脱の合図を出さなかった。
落下軌道の外
白い巨体が、星の縁を横切る線へ入った。
崩れながら星へ向かっていた流れが、星の外側をかすめる向きへ変わる。
ネアは黒い四翼で残骸の進路を確認した。
先ほどまで地上へ続いていた線は、もうそこにはなかった。
『落下軌道から外れました』
「押すのを止める!」
『まだ少しだけ!』
シアは最後のひと押しを加えた。
赤い四翼の光が強まり、白い巨体がさらに星から離れる。
その反動が八翼へ戻ってきた。
ネアは黒い四翼を開き、残った衝撃を外側へ散らした。
「もういい! これ以上は巻き込まれる!」
『分かりました。接触面の流れを外します』
セトは二人から受け取る力を絞った。
巨体の表面は、今も内側から割れ続けている。
ここで押す場所が崩れれば、八翼まで裂け目へ引き込まれかねない。
崩壊する残骸と一緒に飛び続ける理由は、もうなかった。
「離れる!」
ネアの黒い四翼が、白い表面との間へ原光の流れを差し込んだ。
シアの赤い四翼が向きを変え、残骸から離れる方向へ力を放つ。
八翼と白い巨体の間に、細い隙間が生まれた。
セトはその隙間へ身体を滑り込ませるように進路を取る。
直後、先ほどまで押していた場所が内側から崩れた。
大きな白い塊が砕け、互いにぶつかりながら離れていく。
もう少し接触を続けていれば、三人もその中へ飲み込まれていただろう。
八翼は残骸から一気に離れた。
ネアが後方を確かめる。
大きな塊は星へ向かう線へ戻っていない。
分かれた破片も、崩れながら外側へ進んでいる。
再び形をつなぎ直す流れは見当たらなかった。
『もう、地上へは向かっていません』
「なら、これで終わりだな」
セトはようやく息を吐いた。
胸には衝突の負荷が残っている。
それでも、星の輪郭と遠ざかる白い光を見比べて、初めて自分たちの仕事が終わったことを実感できた。
念のため
『念のため!』
セトが振り返ると、七つの赤い分霊核がすでに並び始めていた。
シアは極炎の刀身も、遠ざかる白い巨体へ向けている。
八門の構えだった。
四翼の放出による押し込みを終えたばかりなのに、今度は本来の砲撃を始めようとしていた。
「まじか」
『まだ大きな塊が残ってるだろ』
「放っておいても崩れるんじゃないのか」
『そうだけど、早く崩した方がいい!』
ネアは黒い四翼で、白い残骸の進む方向をもう一度確認した。
崩壊した破片がどこへ向かっているかも追う。
ここで砲撃を加えた結果、地上へ戻るものがないかを確かめる必要があった。
『まぁ、方向的には問題ないでしょう』
「本当か?」
『はい。あの方向へ撃つなら、地上へ押し戻すことにはなりません』
『だろ? 最後に一発だけだ!』
『最後に一発、撃っておきたい気持ちも分かります』
セトは右手の極炎を見た。
シアの四翼はまだ赤く輝いている。
さきほどの長い加速と押し込みで負荷はたまっているが、分霊核による八門砲撃はそれとは別の使い方だ。
セト自身の精霊回路にも余裕は少ない。
十六門をもう一度通すことはできない。
しかし、シア一人の八門を一度だけなら、流量を確かめながら受け止められる。
「一発だけだ。連続では撃たない」
『一発で十分だ!』
『セト、戻る負荷は私も見ています。無理だと思ったら止めます』
「ああ。頼む」
シアは七つの赤い分霊核を広げた。
極炎を加えた八つの射点が、離れていく白い塊を捉える。
推進のためではない。
ひとつひとつが、狙った場所を破壊するための独立した砲口だった。
セトは肩の力を抜き、二本の剣を構え直した。
これが最後の一撃になる。
地上を守るために始まった戦いを、今度こそ終わらせる。
八つの赤い筋
八つの射点へ火が集まった。
極炎の刀身と七個の赤い分霊核が、遠ざかる白い巨体を別々に捉える。
シアは赤い四翼の出力を安定させ、砲撃へ回す力を整えた。
セトも、身体へ戻る流れを確かめながら極炎を構える。
『いくぞ!』
「ああ!」
火が放たれた。
八本の赤い筋が、暗い宇宙を走る。
一本目が白い巨体の中央へ突き刺さり、内部に残っていた原光を焼いた。
残る七本は、その周囲の大きな塊へ別々に命中する。
赤い光は細く絞られ、白い表面を貫いていった。
衝突によってできていた亀裂が、一斉に広がった。
大きな塊が二つに割れ、その片方も別の火に貫かれる。
内側へ閉じ込められていた原光が外へ漏れ、白い光となって星の外へ散っていく。
次々に崩れる破片には、失った形を作り直そうとする動きがない。
『今度こそ、終わりだな』
『はい。中心から新しい力が供給されることもありません』
ネアは白い残骸の進路を確認し続けた。
砕けた破片は、星から離れる方向へ流れていく。
大きな塊が残っても、その場で崩壊が進んでいた。
セトは八翼の速度を落とし、残骸へ近づかない距離を保った。
シアの赤い翼から、強い光が引いていく。
砲撃を終えた七個の分霊核も、静かな循環へ戻った。
ネアの黒い翼は、進路を維持するためのわずかな力だけを残している。
セトの精霊回路には、まだ衝突の重い感覚が残っていた。
それでも、二本の剣を握る手を離さなかった。
「これで、もう地上へ落ちないな」
『ええ。少なくとも、私たちが追っていた残骸はすべて落下軌道から外れています』
『なら、帰ろう!』
「ああ。帰ろう」
セトは星を見下ろした。
あそこへ戻れば、フィオラが待っている。
長い間、互いを消すために戦っていたシアとネアも、今は同じ方向を見ていた。
白い巨体は遠ざかり、残された光だけが静かにほどけていく。
光の精霊王との戦いは、そこで終わった。
その八つの赤い筋は、地上からも見えた。
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ TOPへ

自サイト版では人物紹介・用語集・設定資料などをまとめていますが、
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