本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第24話 ムクドリの巣

本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第24話 ムクドリの巣 創作実験
本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第24話 ムクドリの巣
本当に人間ってあさはかな生き物だよね
創作実験TOP日常系/猫視点コメディ/人間観察―― 猫には猫の常識がある。人間はそれを、何ひとつ分かっていない。 ――作品紹介黒猫のシジミは、人間に飼われている。少なくとも、うちの人間はそう思っている。だが、シジミからすれば話は逆だ。毎日決…

親子のカラス

カラスのひなが、巣立ちを終えたようである。

少し前までは、家の近くで親子のカラスをよく見かけた。

ひなといっても、巣から出たあとは親とあまり大きさが変わらない。

ただし、飛び方にはまだ慣れていない。

枝から枝へ移るときに少し迷う。

着地する直前に羽を大きく動かす。

食べ物を見つけても、すぐには取れない。

地面へ降りたあと、何をすればよいのか分からないような顔で親を見る。

親のカラスは、その近くにいた。

地面にある食べ物をつつく。

くちばしで持ち上げる。

ひなの前へ落とす。

危険があれば、先に飛び立つ。

ひなが遅れてついてくる。

そうやって、食事の取り方や安全な場所を教えていたらしい。

うちの人間も、窓からその様子を見ていた。

「まだ親と一緒にいるんだね」

以前、巣へ近づいて威嚇されたときには、

「カラスって気性が荒いよね」

と言っていた。

今度は、親子が一緒にいる姿を見て、

「ちゃんと子育てしてて偉いなあ」

と言う。

同じカラスである。

子を守れば気性が荒い。

子へ食事の取り方を教えれば偉い。

人間にとって都合のよい距離にいるときだけ、評価がよくなるらしい。

近くで警告されれば怖い。

遠くから眺めれば立派。

カラスの側は、何も変えていない。

子を守る。

育てる。

それだけである。

いなくなれば寂しい

しばらくすると、親子のカラスを見かける回数は減っていった。

最初は毎朝いた。

次に、数日に一度になった。

やがて、声も聞こえなくなった。

ひなが自分で食事を見つけられるようになり、別の場所へ移ったのだろう。

巣のある木も静かになった。

親のカラスが警告することもない。

うちの人間は、窓から木を見上げて言った。

「もういなくなっちゃったのかな」

そうらしい。

「ちょっと寂しいね」

シジミは、うちの人間を見た。

巣へ近づいたときには、頭の近くを飛ばれて文句を言っていた。

遠回りの道を選び、

「あの辺のカラス、怖い」

とも言っていた。

それが、いなくなれば寂しいらしい。

人間は、いるものには不満を言い、いなくなったものは惜しむ。

近くにいれば、怖い。

いなくなれば、寂しい。

どちらなら満足するのだろう。

もっとも、シジミも、カラスがいなくなったことで少し安心していた。

巣の近くを避ける必要がなくなった。

道を遠回りしなくてもよい。

木の上を確認しながら歩く必要もない。

スズメたちも、庭へ降りる前に何度も周囲を確かめなくなった。

これで、しばらくは平和になる。

シジミは、そう思っていた。

次はムクドリ

だが、平和は長く続かなかった。

次はムクドリである。

最初に異変へ気づいたのは、シジミだった。

屋根のあたりから、小さな音がする。

何かが足で歩く音。

細いものを引きずる音。

壁の外側を、爪が引っかく音。

一度だけではない。

何度も繰り返している。

シジミは窓辺から屋根を見上げた。

一羽のムクドリが、細い草のようなものをくわえていた。

家の周囲を一度飛ぶ。

屋根の端へ止まる。

周囲を確認する。

それから、屋根と壁の間にある小さな隙間へ入っていった。

少しすると、また出てくる。

今度は何もくわえていない。

巣を作っている。

場所は、うちの家の屋根部分にある隙間だった。

人間には入り口とも思えないほど狭い。

だが、ムクドリには十分らしい。

屋根の内側には、少し空間がある。

雨を避けられる。

風も直接は入らない。

高い位置にあるため、地面から近づくものも少ない。

巣を作る場所としては、悪くない。

鳥にとっては。

家に住んでいる側からすれば、少し問題がある。

ムクドリは一羽ではなかった。

もう一羽がやってくる。

細い枝を運ぶ。

乾いた草を運ぶ。

どこかで拾った柔らかなものを運ぶ。

何度も屋根の隙間へ出入りする。

春の早い時期に巣を作る鳥も多い。

そのムクドリたちは、やや遅れて場所を決めたらしい。

カラスが近くにいたあいだは避けていたのかもしれない。

あるいは、別の場所でうまくいかなかったのかもしれない。

理由は分からない。

ただ、カラスの親子がいなくなった直後に、ムクドリが家へ入り始めた。

空いた場所には、別の何かが来る。

人間は、問題が一つ終わると、これで全部終わったと思う。

自然は、そのように都合よく静かにはならない。

何もいないよ

うちの人間は、しばらく気づかなかった。

屋根の近くでムクドリが動いていても、

「鳥がいるなあ」

と言うだけだった。

一羽が隙間へ入っても、その瞬間を見ていない。

シジミが屋根の方向を見上げていると、

「虫でもいるの?」

と尋ねてくる。

虫ではない。

鳥である。

しかも、住み始めている。

シジミが何度か鳴いても、うちの人間は屋根を少し見ただけだった。

「何もいないよ」

今は中に入っている。

見えないから、いないことにはならない。

人間は目の前に姿がなければ、存在していないと思うことがある。

棚の奥に押し込んだもの。

布の下へ隠したもの。

閉じた箱の中にあるもの。

見えなければ、片づいた。

屋根の内側へ鳥が入れば、いなくなった。

ずいぶん便利な考え方である。

しばらくだけならいいか

数日後。

うちの人間も、ようやく気づいた。

朝、窓の外をムクドリが横切った。

くちばしには草をくわえている。

そのまま屋根の隙間へ入る。

うちの人間は、温かい飲み物を持ったまま、目でその姿を追った。

「えっ、そこに入るの?」

入る。

何日も前から入っている。

うちの人間は窓へ近づき、屋根を見上げた。

少しして、ムクドリが外へ出てきた。

「もしかして、巣を作ってる?」

作っている。

シジミは最初から知っている。

うちの人間は、少し困った顔をした。

「うちに?」

うちである。

カラスの巣は近くの木だった。

ムクドリの巣は、家の一部にある。

うちの人間は屋根の隙間を見ながら考え込んだ。

だが、すぐに少し笑った。

「まあ、しばらくだけならいいか」

よいのだろうか。

シジミには分からない。

鳥が屋根の中へ草や枝を運ぶ。

子が生まれれば、食事を運ぶ回数も増える。

鳴き声も増える。

巣の周囲が汚れる可能性もある。

何より、家に住む者と鳥の生活する場所が近すぎる。

人間は、まだ起きていない問題について心配しすぎることがある。

一方で、すでに屋根へ鳥が住み始めているのに、

「しばらくだけなら」

で済ませることもある。

何を心配し、何を気にしないのか。

基準がよく分からない。

一日に数時間で足りる

やがて、ムクドリの子育てが始まった。

カラスの巣があったときとは違い、姿はほとんど見えない。

巣は屋根の内側である。

だが、音は聞こえる。

親のムクドリが戻ってくる。

屋根へ止まる。

隙間へ入る。

中から小さな声がする。

しばらくして、また外へ出る。

飛んでいく。

それを一日に何度も繰り返す。

ムクドリは活動している時間が長い。

朝は早い。

まだ空が完全に明るくなる前から動き始める。

昼も飛び回る。

夕方になっても戻ってくる。

ときには、もう暗くなったと思うころにも声が聞こえる。

どうやら、一日に数時間ほど眠れば足りるらしい。

シジミには理解できない。

猫はよく眠る。

必要がないときは眠る。

安全な時間に休む。

体力を使う必要があれば、その前に温存する。

眠れる状況で、わざわざ起き続ける理由はない。

ムクドリは違う。

朝から飛ぶ。

食事を探す。

巣へ運ぶ。

また飛ぶ。

鳴く。

周囲を警戒する。

夜になっても、何かあれば鳴く。

ずいぶん忙しい。

それだけ動けば疲れるはずだ。

だが、次の朝にはまた早くから活動している。

鳥の体は、猫とは違う仕組みで動いているのだろう。

ただ、うるさい

問題は、活動しているだけではないことである。

ムクドリは鳴く。

それ自体は、鳥だから不思議ではない。

だが、鳴き方に問題がある。

「ギャー!」

初めて聞いたとき、シジミは耳を伏せた。

何かに襲われたのかと思った。

怪我をした。

巣へ敵が入った。

仲間が捕まった。

その程度のことが起きた声に聞こえる。

シジミはすぐに屋根を見上げた。

だが、ムクドリは普通に立っていた。

周囲を見ている。

羽も乱れていない。

怪我もしていない。

また鳴く。

「ギャー!」

何も起きていない。

ただ鳴いている。

わざとなのかは分からない。

ムクドリにとっては普通の声なのだろう。

だが、なかなか神経に触る鳴き方である。

スズメの声は、意味こそ、

「飯!」

「はよう飯!」

と騒がしいが、人間の耳には軽く聞こえる。

ウグイスは、自分がどれほどイケているかを叫んでいても、声だけは美しい。

ホトトギスは少し自信のない主張をしていても、遠くまで通る声には季節らしさがあるらしい。

ムクドリは違う。

「ギャー!」

内容を理解しなくても、騒がしい。

意味が分からないから美しく聞こえるという、人間に有利な働きすらない。

ただ、うるさい。

しかも早朝からである。

場所を借りた

ある朝。

空が白み始めたばかりの時間に、屋根から声が響いた。

「ギャー!」

シジミは寝台の足元で目を開けた。

隣では、うちの人間が眠っている。

栗色の髪が枕の上へ広がっている。

もう一度、屋根から鳴く。

「ギャー!」

うちの人間の眉が少し動いた。

続いて、屋根の上を歩く音がする。

小さな足音だが、家の内側まで伝わる。

「ギャー!」

うちの人間が布団の中で動いた。

「何……?」

ムクドリである。

すでに何日も聞いている。

だが、眠っているところを急に起こされると、毎回何か起きたと思うらしい。

うちの人間は目を閉じたまま、布団を頭まで引き上げた。

「まだ早い……」

ムクドリには関係ない。

人間が何時まで眠るかなど知らない。

そもそも、ここが人間の寝床に近いことも理解していないかもしれない。

自分たちが巣を作った家の中に、何者がどのように住んでいるか。

そこまで考えて場所を選んだとは思えない。

雨を避けられる。

外から見えにくい。

入口が狭い。

子育てに使えそう。

それだけで決めたのだろう。

だが、住み始めた以上、少しは静かにしてもよいのではないだろうか。

家の中には、先に住んでいる者がいる。

場所を借りた。

少なくとも、結果としてはそうである。

それなのに、朝早くから屋根の上で鳴く。

「ギャー!」

まだ四時半

うちの人間が枕へ顔を押しつけた。

「うるさい……」

同意する。

スズメの朝食要求も騒がしかった。

だが、あちらは食事が欲しいという目的が分かる。

鳴けば、うちの人間が起きる。

起きれば、庭へ食事をまく。

スズメたちの行動には筋が通っていた。

ムクドリがなぜ今鳴いているのかは、シジミにもよく分からない。

仲間への連絡。

巣の周囲の確認。

何かへの警戒。

あるいは、ただ声を出しただけかもしれない。

どの理由であっても、声が大きい。

うちの人間は布団の中から腕を伸ばし、鳴る箱を見た。

「まだ四時半……」

鳴る箱が音を出す時間より早いらしい。

人間は、決められた時刻より前に起こされることを特に嫌う。

四時半に一度目を覚まし、もう一度眠る。

それだけなら大きな問題ではないように思える。

だが、うちの人間は、

「あと一時間半も寝られたのに」

と、失った時間を数える。

起きているあいだに数えているため、その分さらに眠る時間が減る。

人間は損を確認するために、損を増やすことがある。

屋根から、また声がした。

「ギャー!」

うちの人間は布団の中で言う。

「何でそんな鳴き方なの……」

本人に聞いたほうがよい。

もっとも、聞いてもムクドリの言葉は分からないだろう。

シジミにも、細かな意味までは分からない。

ただ、緊急事態ではないことだけは分かる。

ムクドリは元気である。

元気だからこそ、うるさい。

思ったよりうるさい

昼になると、さらに騒がしくなった。

親のムクドリが食事を運んでくる。

屋根へ止まる。

巣の近くで鳴く。

中から子の声が返る。

「飯!」

「こっち!」

「もっと!」

鳥の子は、どの種類でも食事の要求が強い。

スズメも。

カラスも。

ムクドリも。

親が戻れば口を開ける。

自分が一番腹を空かせていると主張する。

兄弟がいれば押しのける。

生きるためには必要なのだろう。

遠慮している子は、食事を受け取りにくい。

声を出す。

口を開ける。

自分はここにいると知らせる。

子どものうちは、それでよい。

問題は、親まで一緒に大きな声を出すことである。

「ギャー!」

巣の中から、

「飯!」

「飯!」

屋根の上から、

「ギャー!」

家の中にまで響く。

うちの人間は長椅子へ座り、絵の光る板を見ていた。

屋根から声がするたびに、少し眉を寄せる。

「思ったよりうるさいなあ」

巣を作っていると気づいたとき、

「しばらくだけならいいか」

と言っていた。

そのときに、子育てが静かだと思っていたのだろうか。

子がいれば食事を求める。

親は何度も出入りする。

鳥は鳴く。

予想できることである。

もう少し寝てくれれば

うちの人間はムクドリについて調べ始めた。

「朝早くから活動するんだ」

すでに体験している。

「夜も鳴くことがあるんだって」

それも聞いた。

「睡眠時間、短いんだなあ」

感心するところではない。

睡眠時間が短い鳥が屋根に住んでいるため、こちらの睡眠時間まで短くなっている。

うちの人間は画面を見ながら、ため息をついた。

「もう少し寝てくれればいいのに」

ムクドリからすれば、うちの人間のほうが長く眠りすぎなのかもしれない。

朝になっても布団から出ない。

鳴る箱を何度も止める。

休みの日には昼近くまで眠ることもある。

ムクドリが人間の暮らしを見れば、

「いつまで寝ているのだ」

と思うだろう。

自分の生活時間を基準にすれば、相手はどちらもおかしく見える。

ただし、家はもともとうちの人間とシジミが住んでいた場所である。

後から来たムクドリが、朝四時半から屋根で鳴く。

少しくらい文句を言ってもよいように思える。

家から出れば巣の近く

数日後。

うちの人間が家の外へ出ようとした。

仕事へ行くためではない。

近くへ買い物に行くらしい。

外へ出ても問題のない部屋着に薄い上着を重ね、栗色の髪を低い位置でまとめている。

シジミも、少し外の様子を見るため玄関の近くへ来ていた。

扉を開ける。

うちの人間が外へ出る。

その瞬間、屋根の上から声が響いた。

「ギャー!」

うちの人間が驚いて顔を上げる。

ムクドリが一羽、屋根の端に止まっていた。

くちばしには食べ物をくわえている。

巣へ戻ってきたところらしい。

だが、入口の下にうちの人間がいる。

ムクドリは中へ入らない。

屋根の上から、うちの人間を見ている。

「どけ!」

「巣に近い!」

「ギャー!」

うちの人間が少し身を引いた。

「びっくりした」

ムクドリはさらに鳴く。

「離れろ!」

うちの人間が家の横へ一歩動いた。

巣の入口に近い。

ムクドリが屋根から飛び立つ。

うちの人間の頭上を通り、近くの電線へ止まる。

「ギャー!」

威嚇している。

間違いない。

子のいる巣へ近づく者を警戒している。

そこはカラスと同じである。

ただし、大きな違いがある。

カラスの巣は、近くの木にあった。

木の近くへ行かなければよい。

遠回りすれば、互いに困らない。

ムクドリの巣は、うちの家にある。

うちの人間が家から出れば、巣の近くを通る。

家へ帰るときも通る。

窓を開ける。

庭へ出る。

屋根の下を歩く。

すべて、巣の近くである。

避けようがない。

ムクドリは、うちの家へ巣を作った。

そのうえで、家に住んでいる者が出入りすると威嚇する。

ずいぶん勝手である。

どこを通ればよいのか

カラスのほうが、まだ道理が通っていた。

カラスは、自分たちで選んだ木へ近づくなと言っていた。

木から離れれば、追ってこなかった。

ムクドリは、人間の家を使っている。

屋根の隙間を巣にする。

雨風を避ける。

安全な空間を使う。

その家の住人が外へ出ると、

「近づくな!」

と鳴く。

それでは、うちの人間はどこを通ればよいのだろう。

屋根を外して家を出るわけにはいかない。

別の場所へ扉を作るわけにもいかない。

家に住んでいる側へ、巣から離れろと言う。

ムクドリにも、子を守る事情がある。

それは分かる。

巣へ食事を運びたい。

入口の近くに大きな人間がいる。

危険かもしれない。

警戒するのは当然である。

だが、そもそも人間が必ず通る場所を選んだのはムクドリである。

場所を決める前に、少し観察すべきだった。

人間が出入りする。

猫もいる。

早朝にはスズメも集まる。

静かな場所ではない。

それでも巣を作った。

そして、住人へ文句を言う。

その点については、シジミもムクドリを擁護できない。

ここ、うちなんだけど

うちの人間は電線のムクドリを見上げた。

「あーもう、何なの?」

ムクドリが鳴く。

「ギャー!」

「ここ、うちなんだけど」

そのとおりである。

珍しく、うちの人間の主張に全面的に同意できる。

ムクドリは食べ物をくわえたまま、うちの人間を見ている。

巣へ戻りたい。

だが、人間が近い。

その葛藤があるらしい。

うちの人間も、買い物へ行きたい。

だが、ムクドリに威嚇されている。

互いに相手が邪魔だと思っている。

ただし、先にこの家へ住んでいたのは、うちの人間である。

シジミは玄関の前へ座り、二者を見比べた。

うちの人間が、少し早足で家から離れる。

ムクドリはすぐに屋根へ戻った。

巣の入口へ入る。

中から子の声がする。

「飯!」

「遅い!」

「もっと!」

うちの人間は少し離れたところから、その様子を見た。

「私が邪魔みたいな顔してる」

邪魔だと思われている。

ムクドリにとっては。

自分で家を選んだことは、すでに考えの外らしい。

巣がある。

子がいる。

近くに人間がいる。

だから人間が邪魔。

原因をさかのぼって、

なぜ人間がここを通るのか。

ここが人間の家だから。

では、なぜその家へ巣を作ったのか。

そこまでは考えない。

目の前の状況だけで判断する。

その点は、少し人間に似ている。

うちの人間も、自分で夜更かしをして朝眠くなれば、

「朝が来るの早すぎる」

と言う。

自分で物を買って部屋が狭くなれば、

「収納が少ない」

と言う。

自分でスズメへ食事を出して起こされるようになれば、

「朝からうるさい」

と言う。

自分が原因を作っていても、今困っていることだけを見る。

ムクドリも、巣を作った場所の問題ではなく、今通っている人間を問題にする。

カラスより面倒

家へ戻るときも、同じだった。

うちの人間が玄関へ近づく。

屋根の上にムクドリがいる。

「ギャー!」

「はいはい。今入るから」

うちの人間は頭を少し低くし、急いで扉を開けた。

別に頭を低くする必要はない。

ムクドリがすぐ攻撃してくるとは限らない。

だが、声が神経に触るため、早く家へ入りたくなるのだろう。

扉を閉めたあと、うちの人間は大きく息を吐いた。

「カラスより面倒かも」

シジミも、そう思う。

カラスは大きい。

攻撃されれば危険である。

だが、巣の場所は分かりやすかった。

近づかなければよい。

警告にも順序があった。

まず鳴く。

それでも離れなければ、近くを飛ぶ。

人間が離れれば戻る。

ムクドリは体こそ小さいが、家そのものを巣にした。

朝から鳴く。

夜にも鳴く。

家の住人が通れば警戒する。

逃げ道を変えることもできない。

危険の大きさではカラスのほうが上かもしれない。

面倒の多さでは、ムクドリのほうが上である。

平和とは何も生きていない状態

翌朝も、早い時間から声が響いた。

「ギャー!」

うちの人間が布団の中で唸る。

「今日も……」

今日もである。

巣立ちまでは続くだろう。

子が育てば、鳴き声はさらに大きくなるかもしれない。

親が運ぶ食事の量も増える。

出入りする回数も増える。

うちの人間は、布団を頭までかぶった。

「カラスがいなくなって平和になると思ったのに」

平和とは、何も生きていない状態なのだろうか。

カラスがいれば警戒される。

スズメがいれば食事を要求される。

ムクドリがいれば早朝から鳴かれる。

人間は動物のいる景色を好む。

鳥の声を風情と呼ぶ。

親子を見れば、かわいいと言う。

巣作りを見れば、頑張っていると言う。

だが、自分の暮らしへ少しでも入り込まれると、すぐに困る。

庭で鳴くなら、のどか。

屋根で鳴けば、うるさい。

遠くの巣なら、子育てしていて偉い。

自分の家に巣を作れば、迷惑。

人間が動物を好むのは、自分に都合のよい距離にいるときだけらしい。

シジミは、その点については人間だけを責められない。

シジミも、ムクドリが遠くの木へ巣を作っていれば気にしなかった。

屋根で朝から鳴くから、うるさいと思っている。

距離は大切である。

近ければ、相手の事情だけでは済まなくなる。

ただし、シジミなら最初から距離を取る。

ムクドリの巣へ近づかない。

ムクドリにも近づいてほしくない。

互いに使う場所を分ける。

それが一番効率がよい。

人間は、巣を見つけたときに、

「しばらくだけならいいか」

と受け入れた。

そのあとで鳴き声へ文句を言う。

受け入れるなら、起きることも考えるべきである。

嫌なら、巣作りの早い段階で対処すべきだった。

子が生まれてからでは、簡単に動かせない。

人間は判断を先送りし、問題が大きくなったあとで困ることがある。

今さらである

うちの人間は布団から顔を出した。

屋根の音を聞きながら、絵の光る板を手に取る。

ムクドリの巣について調べているらしい。

「ひながいるあいだは、勝手に撤去しちゃ駄目なんだ」

今さらである。

巣作りを始めた時点で調べればよかった。

「巣立つまで待つしかないのかあ」

ムクドリが鳴く。

「ギャー!」

うちの人間は枕へ顔を戻した。

「早く巣立って……」

カラスのひなが巣立ったときには、少し寂しいと言っていた。

ムクドリのひなには、早く出ていってほしいらしい。

子の姿を見られたか。

鳴き声が美しかったか。

自分の家に住んでいるか。

その違いである。

同じ鳥の巣立ちでも、ずいぶん扱いが違う。

家賃も払わないのに

それからしばらく、ムクドリとの暮らしが続いた。

朝。

「ギャー!」

昼。

「ギャー!」

夕方。

「ギャー!」

夜になり、もう静かだろうと思ったころにも、

「ギャー!」

うちの人間は、そのたびに屋根を見る。

「何で今?」

時間に理由が必要なのだろうか。

ムクドリは鳴きたいときに鳴いている。

あるいは、必要があって鳴いている。

人間の時計へ合わせるつもりはない。

一方、家を出るときには威嚇される。

帰ってきても威嚇される。

庭へ出ても鳴かれる。

窓を開けても警戒される。

ある日、うちの人間は屋根を見上げながら言った。

「家賃も払わないのに、偉そうだなあ」

人間は、家に住むには紙や数字を渡す必要がある。

鳥には、その仕組みは関係ない。

空いている隙間を見つけた。

巣を作った。

住んだ。

それだけである。

家賃という考えをムクドリへ求めても仕方がない。

ただし、住んでいる者へ威嚇するのは、やはり少しおかしい。

せめて、

場所を借りる。

家の者が通る。

それは仕方がない。

その程度の折り合いはつけてもらいたい。

だが、ムクドリにとっては、巣の周囲へ近づく者はすべて警戒対象である。

この家を誰が作ったか。

誰が先に住んでいたか。

誰が屋根を直しているか。

そのような事情は知らない。

自分の子がいる。

だから守る。

そこだけは一貫している。

うちの人間は、ムクドリの声に眉を寄せながらも、巣を壊そうとはしなかった。

「ひなが出るまでは仕方ないよね」

その判断は悪くない。

子には、巣の場所を選んだ責任はない。

親がここへ作った。

生まれた子は、そこで育つしかない。

うちの人間も、それくらいは分かっているらしい。

ただし、ムクドリが鳴くたびに文句は言う。

「うるさい」

「早い」

「また鳴いてる」

「夜なんだけど」

我慢することと、黙っていることは別らしい。

もうすぐ出てくる

やがて、屋根の内側の声が変わってきた。

子の鳴き声が大きくなる。

入口の近くまで来ている気配もある。

羽を動かす音。

中で場所を取り合う音。

巣立ちが近いのかもしれない。

うちの人間は、今度は少し楽しそうに屋根を見た。

「もうすぐ出てくるのかな」

早く出ていってほしいと言いながら、出てくるところは見たいらしい。

人間は結果だけでなく、瞬間を見たがる。

初めて飛ぶところ。

初めて外へ出るところ。

親のあとを追うところ。

見れば、きっと、

「かわいい」

と言う。

その直前まで、鳴き声へ文句を言っていたことは忘れる。

飛んだ!

数日後。

一羽の若いムクドリが、屋根の端へ出ていた。

まだ親より少し頼りない。

羽が整いきっていない。

足元を何度も確認する。

下を見る。

隣の屋根を見る。

親のムクドリが、少し離れた場所から鳴く。

「こっちへ来い!」

若いムクドリは動かない。

「高い」

「怖い」

親がまた鳴く。

「飛べ!」

若いムクドリは羽を広げた。

一度閉じる。

もう一度広げる。

そして、屋根を蹴った。

体が少し下へ落ちる。

すぐに羽が空気をつかむ。

ぎこちなく上下しながら、隣の低い屋根へ移った。

着地は少し乱れた。

だが、落ちなかった。

うちの人間は窓からその様子を見ていた。

「飛んだ!」

うれしそうである。

早朝に起こされたことも。

外へ出るたび威嚇されたことも。

夜に鳴かれて眉を寄せたことも。

その瞬間には、すべて忘れている。

「よかったねえ」

若いムクドリは、親のあとを追って飛んでいった。

巣の中には、まだ別の子がいるようだった。

完全に静かになるまで、もう少しかかる。

それでも、終わりは近い。

うちの人間は少し笑った。

「いなくなると、ちょっと寂しくなるのかな」

おそらく、なる。

カラスのときも同じだった。

いるあいだは文句を言う。

いなくなれば静かすぎると言う。

早く巣立ってほしい。

巣立てば寂しい。

人間の気持ちは、相手がいるかいないかで簡単に反対へ動く。

静かだなあ

数日後、ムクドリの声は聞こえなくなった。

親も子も、別の場所へ移ったらしい。

朝になっても、

「ギャー!」

という声はしない。

屋根を歩く音もない。

うちの人間は、久しぶりに鳴る箱が音を出すまで眠った。

起きると、しばらく天井を見た。

「静かだなあ」

望んでいた静けさである。

それなのに、少し物足りなさそうな顔をしている。

窓を開け、屋根を見上げる。

「本当にいなくなったんだ」

早く巣立ってほしいと言っていた。

出入りするたびに威嚇され、家賃も払わないと文句を言っていた。

それでも、いなくなったことを確認すると、少し寂しそうにする。

うちの人間は屋根の隙間を見ながら言った。

「来年も来たりして」

声には、嫌そうな感じと、少し期待する感じが混じっていた。

どちらなのだろう。

来てほしいのか。

来てほしくないのか。

おそらく、うちの人間自身にも分かっていない。

遠くで見たい。

近くでは困る。

子はかわいい。

親はうるさい。

巣立ちは見たい。

住みつかれるのは困る。

人間は、相反する望みを同時に持てる。

そして、どちらになっても少し文句を言う。

シジミは屋根のほうへ耳を向けた。

今は何も聞こえない。

平和である。

少なくとも、次の何かが来るまでは。

うちの人間は窓を閉めながら、つぶやいた。

「やっぱり鳥がいると、にぎやかでいいんだけどなあ」

シジミは猫語でつぶやく。

「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」


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本当に人間ってあさはかな生き物だよね
創作実験TOP日常系/猫視点コメディ/人間観察―― 猫には猫の常識がある。人間はそれを、何ひとつ分かっていない。 ――作品紹介黒猫のシジミは、人間に飼われている。少なくとも、うちの人間はそう思っている。だが、シジミからすれば話は逆だ。毎日決…

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