

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。
外から来る力
原光が入ってきた。
シア自身が集めたものではない。
巨大な器の外側から取り込まれた原光が、内部の導路を通り、身体を固定する縛炎鎖へ押し込まれている。
それまで鎖は、シアの火を奪って外へ流すばかりだった。
今は反対向きの力まで流れ込み、腕と脚から身体の内側へ入り込んでくる。
「……何をする気だ」
暗い空洞から返事はない。
覆いの向こうで、人間たちが互いに指示を出していた。
「外部導入を開始」
「第一経路、正常」
「流入量、予定範囲内」
「イフリートへの流入を確認」
シアは右腕の鎖を引いた。
固定具が軋んだが、身体は動かない。
あの谷で壊したように一本ずつ焼けば切れる。しかし、両腕と両脚を別々に固定された今は、火を集めるより先に導路へ力を奪われる。
七つの赤い分霊核も、枠の内側に固定されたまま明滅していた。
核とのつながりは残っている。
「やめろ! こんなもの、頼んでない!」
シアは核の一つへ力を移そうとした。
その途中へ縛炎鎖の流れが割り込み、渡すはずの力の大半を持ち去る。
だが、外から送り込まれる原光の量は変わらない。
今度の仕掛けは火を奪うだけではない。
シアの内側へ、本人が望まない力をため込ませようとしていた。
導路から伝わる力の向きだけで、それははっきり分かった。
火にできない
シアは身体へ入ってくる原光を、すぐには火へ変えなかった。
火にすれば縛炎鎖へ吸われ、巨大な器のどこかへ運ばれてしまう。
この仕組みは、谷で捕まったときから分かっている。
相手の言うとおりに力を渡すつもりはなかった。
「イフリートの出力、上昇せず」
「導入量は予定どおりだな?」
「はい。第一経路は正常です」
「なら継続しろ」
人間たちは、シアが意図的に火への変換を抑えていることに気づいていないらしい。
測定器に現れた数字だけを見て、次の手順を選んでいた。
シアはその間に、原光を身体の外へ逃がせる場所を探した。
七核へ蓄えることも、四翼から少しずつ散らすことも考える。
しかし核へ向かう流れは鎖に奪われ、翼を通れば周囲の導路がそれを待ち受けている。
「こんなもの……!」
流入した原光は、何もせずに消えるわけではない。
行き場を失った力が身体の中を巡り、火に変わりかけた場所から熱を生む。
シアはその部分の流れを整え、変換を止めた。
一か所を抑えると別の場所に圧力が移る。
それでも、ただ放出するよりは時間を稼げる。
「第二経路を開放」
「まだ上げるのか!」
人間から返事はなかった。
縛炎鎖の内側が赤く光り、原光がさらに流れ込む。
シアの抵抗は、出力不足として扱われていた。
火に変えずに耐える選択が、外部からの導入を増やす判断へつながっていた。
押し広げられる四翼
シアの背後で、赤い四翼が広がり始めた。
自分の意思で開いたわけではない。
身体に収まりきらなくなった原光が、翼という放出経路へ押し寄せている。
半透明の翼は、空洞の壁に重なっても折れなかった。
物質ではない赤い膜の内側を、行き場のない力が流れていく。
「四翼の展開を確認」
「設計値と一致」
「最大放出まで導入を継続」
シアは顔を上げた。
ようやく相手の狙いが分かった。
鎖を通して火を奪うことだけが目的ではない。
外から原光を押し込み、シア自身に最大の放出をさせようとしている。
「させるか!」
翼を閉じる方向へ力を向ける。
四枚の赤い膜が少し狭まり、流れ出ようとしていた原光が行き場を失った。
途端に胸の奥へ重い圧力が戻ってきた。
肩から腕へ力が走り、固定された身体の形が内側から崩れそうになる。
シアは翼を完全に閉じる前に、その操作をやめた。
翼を開けば、力は周囲の導路へ奪われる。
閉じれば、身体の中に原光がたまり続ける。
どちらを選んでも、鎖につながれた状況が変わるわけではない。
シアは四翼の形を保ち、流れを細かく調整して放出量を抑えた。
翼を使って暴れるのではなく、流れを少しでも自分の意思で扱うためだった。
「四翼、展開状態を維持」
「まだ最大値ではありません」
「では、導入を続ける」
声は淡々としていた。
シアがどこまで耐えられるかではなく、設計図の条件へいつ届くかだけが問題になっている。
流入量は増え続けていた。
限界
「流入量、予定値へ到達」
「イフリート出力、上昇」
「最大放出には未到達」
シアは歯を食いしばった。
精霊王であっても、一度に扱える原光の量には限界がある。
体内へ押し込まれる量が、制御して外へ逃がせる量を上回り始めていた。
七つの分霊核が赤く明滅する。
シアは核へ残る空きを利用しようとしたが、鎖に囲まれた経路は自由につながらない。
核に蓄えられた力までなくなったわけではない。それでも、外から来る量を全部受け止めることはできなかった。
「最終流入を開始」
「待て! それ以上は……!」
原光が一気に増えた。
身体の中に複数の流れが押し寄せ、シアが整えていた場所からあふれ始める。
皮膚の表面へ小さな火が浮いた。
そこを抑える。
次は肩から火が漏れ、続いて脚の鎖の間が赤く光った。
シアは一つずつ変換を止めようとするが、止めた分だけ別の場所に原光が集まる。
「固定状態を確認」
「異常なし」
「起動工程を継続」
シアの身体には異常しか起きていない。
だが、人間たちが確認しているのは、縛炎鎖と導路が設計どおり働いているかどうかだった。
シアが何を抑え、どれほど無理をしているかは測っていない。
四翼の膜が大きく波打った。
シアは残る力を集中させ、せめて火への変換だけは抑えようとした。
「やめろ……!」
自分の内側から、制御の届かない流れが広がっていく。
今度は一か所ではない。
四翼すべてへ原光が押し寄せ、身体だけでは抱えきれなくなった。
最大放出
シアが押しとどめていた流れが、ついに崩れた。
赤い四翼が一気に大きく開く。
全身から、押し込まれた原光が放たれた。
シアが放とうと決めたわけではない。
自分を形のまま保つためにも、それ以上は内側へ留められなかった。
火ではなかった。
熱へ変換する余裕さえないまま、原光が四翼を通って噴き出した。
赤く見える力が空洞を満たすのに、周囲の温度はほとんど上がらない。
鎖につながる導路が、その膨大な放出を一斉に受け止めた。
「最大放出を確認!」
「検出条件、成立!」
「全身の接続を開始!」
それまで別々に存在していた導路から、赤い線が伸びていく。
シアを中心に、空洞の壁へ、さらにその外側へ。
奥で何かがつながるたび、振動が返ってきた。
シアにはどの部分が動いたのか分からない。
ただ、奪われていた自分の火とは違う巨大な流れが、身体の周りで組み上がっていくのを感じた。
「止まれ!」
シアは四翼を閉じようとした。
しかし、外から入り続ける原光と四翼からの放出は、すでに途切れない流れになっていた。
閉じようとするほど、身体へ負荷が返る。
赤い線は止まらず、見えない奥まで広がっていく。
「各部への接続、成立!」
「起動条件を達成!」
巨大な器の全体が、低く震え始めた。
これまで動かなかった赤黒い壁の奥から、重い音が返ってくる。
「終焉の炎、起動」
その言葉が響いた直後、シアの周囲の導路が新しい流れを作った。
閉じ込められた本人の意思とは関係なく、巨大なものが動き出していた。
起動成功
地下施設の観測室にも、振動が伝わった。
卓上の器具が揺れ、天井から細かな砂が落ちる。
測定器の針は次々に上限へ達し、記録係が表示を追いかけていた。
「動いた……」
「本当に動いた」
「成功だ!」
一人の研究者が立ち上がった。
「設計図は正しかった。終焉の炎は、現代でも再現できた!」
彼らが調べ続けたのは、発掘された古代の設計図だった。
現代の加工方法で組み上げた構造。起動に必要だと指定されたイフリート。光の精霊王戦で地上に落ち、回収された破片を利用した肉体。
それらを組み合わせ、記された手順を実行した結果、巨体が実際に動いている。
少なくとも起動試験としては、成功だった。
「四翼を確認!」
「全身への原光供給も成立しています!」
「設計図の記載と一致する。我々の解読は間違っていなかった!」
喜びの声が重なる。
その横で、一人の研究者だけが動かず、測定器を見つめていた。
「……起動するはずがない」
「何を言っている。目の前で動いているだろう」
「設計図を読めても、同じものを作れるとは限らなかった。材料も加工も違う。これは起動しない可能性が高い試作だったはずだ」
「だから試したのだろう?」
「試したことと、安全に動かせることは別だ!」
施設が再び揺れ、壁へ亀裂が走った。
観測を続けていた研究者が叫ぶ。
「出力が上がり続けています!」
「設計値の範囲か?」
「起動後の上限値は記されていません!」
「では停止させろ!」
室内が静かになった。
起動したという記録は残せる。
しかし、止められるという記録はどこにもない。
「停止方法は?」
「……起動後の停止工程は、設計図から発見できていない」
「それを知っていて起動したのか!」
歓声が消えた観測室へ、怒鳴り声だけが響いた。
新兵器
「国は、これが何なのか知っているのか」
起動を疑っていた研究者が、観測室の奥にいる責任者へ尋ねた。
表示はまだ増えている。振動のたび、壁の隙間から砂が落ちた。
「研究計画は承認されている」
「承認した内容を聞いている」
「四翼精霊王と八翼への対抗兵器を開発すると説明した」
「イフリート本人を捕らえ、核として使うことも?」
「その詳細は伝えていない」
「古代設計図の名称が、終焉の炎であることは?」
「新兵器の研究だと説明すれば十分だろう」
問いかけた研究者の顔が強張った。
自分も肉体の製造や縛炎鎖の試験へ参加してきた。
だが、国へ何が伝わっているのかまでは、知らされていなかった。
「停止工程が見つかっていないことも、伝えていないのか!」
「研究内容を一つ残らず説明して、役人に理解できると思うか?」
「理解できるかどうかではない。止め方のない兵器だと知らずに承認したなら、話が違う!」
その瞬間、地下から大きな振動が来た。
照明が消え、赤い予備灯だけが点灯する。
「外殻が動いています!」
「施設の固定部が持ちません!」
責任者は測定器から目を離した。
「成功は確認した。ここに残る理由はない」
「待て。あれをどうする!」
「我々の目的は、古代の設計を再現できると証明することだ」
「後始末は?」
「国が対処する」
「国は何も知らないと言ったばかりだろう!」
責任者は机の下から鞄を取り出した。
設計図の写し、主要な観測記録、実験結果が入っている。
持ち出す資料は、事前に選ばれていたようだった。
「東の受け入れ先は?」
「すでに話がついている」
「最初から国外へ出るつもりだったのか!」
「成功しても失敗しても、研究を続ける場所は必要だ」
数人が鞄を持って立った。
逃亡先は、東のローディア王国だった。
責任者は振り返らず、暗い通路へ入っていく。
「我々の仕事は終わりだ」
完成品を制御できないと分かった今も、その足取りにためらいはなかった。
残された者たち
観測室に残った研究者たちは、床を伝わる振動の中で互いを見た。
責任者たちの足音は、もう聞こえない。
「追わなくていいのか?」
「追っても、今ここで動いているものは止まらない」
「同じものを別の国で作るかもしれないぞ」
「それでも、まず目の前の一体だ」
記録係が測定器を確かめる。
針は振り切れ、起動前に定めた範囲では数値を読めなかった。
外部からの原光導入用に開いた経路だけは、施設の操作盤で閉じられる。
研究者は導路を一つずつ確認し、供給側を遮断した。
「外部導入、停止!」
「本体の出力は?」
「下がりません」
「まだ、どこから原光が来る?」
別の研究者が、施設の外にある観測点の記録を示した。
山の周囲から集まる原光の量が、起動前とは比べものにならないほど増えている。
施設側の経路を閉じても、巨体自身が周囲から原光を取り込み続けていた。
「我々が入れていた分は止まったんだな?」
「はい。ですが、あれは自分で取り込み始めています」
「設計図には?」
「外部導入が不要になる可能性は、書かれていました」
「可能性を、確かめずに起動したのか……」
施設の奥から何かが引き裂かれる音がした。
全員が扉へ振り向く。
壁を支えていた金具が曲がり、床に亀裂が伸びていた。
「我々は、何を作ったんだ」
誰もすぐには答えられなかった。
古代の設計図を読み、現代の部品で機構を組み、落下した光の精霊王の破片を集めた。
縛炎鎖の製造と試験にも参加している。
起動しないと思っていたことは、製造へ加わらなかったという意味ではない。
「外へ出ます。動いた後の状態を見なければ」
「近づけば死ぬかもしれない」
「ここにいても同じです。まず、止められる部分を探します」
残った研究者たちは、持てるだけの観測記録を抱えた。
崩れかけた通路を通り、地上へ向かう。
逃げた仲間とは違い、彼らは自分たちが作ったものを見届けようとしていた。
戻らないシア
その少し前、シアが北の谷へ向かったまま戻らないことを、セトとネアは不審に思っていた。
シアは出発前に「すぐ戻る」と言った。
正確な帰還時刻を決めたわけではない。
それでも、確かめるだけの調査が長引き、念話への短い呼び掛けにも返事がないのは妙だった。
「見に行こう」
「ええ。あの子が黙って長居するとは思えません」
二人が谷へ着くと、地面は大きく割れていた。
岩と土が巻き上げられ、斜面には何本もの深い溝が残っている。
焼けた場所と焼けていない場所の境目も、自然な火事の跡には見えない。
谷の中央には、何か大きなものを引きずったような跡があった。
「戦った跡だ」
セトは地面から突き出した黒い鎖へ近づいた。
鎖は途中で焼き切られ、根元は地中へ続いている。
少し離れた岩の下にも、引きちぎられた別の一節が転がっていた。
シアなら鎖を壊せることは分かる。
そのシアが何本も壊してなお、戻ってきていない。
「シアがやったのか?」
「火の痕跡は、シアのものです」
「それなのに、本人がいない」
ネアは鎖に触れず、周囲の原光へ意識を向けた。
焼けた部分から地下へ、火の流れが残っている。
地表へ散った火ではない。
鎖を通り、離れたどこかへ運ばれた跡だった。
「相手は、シアの火を使っています」
「鎖で捕まえたのか」
「その可能性が高いです」
セトは谷を見渡した。
敵の姿も、シアの姿もない。
「連れていかれたんだな」
「少なくとも、ここにはもういません」
「生きているか?」
「つながりは消えていません。ただ、別の大きな流れが重なっています」
その言葉を聞き、セトは鎖の根元を見た。
「追えるか?」
「途中までなら。まず流れを調べましょう」
地中の痕跡
引きちぎられた鎖の根元から、複数の原光の流れが地中へ伸びていた。
セトには細い線の集まりに見える。
ネアはその一本ずつに意識を向け、流れる方向と残った力の性質を確かめた。
「これは谷へ入ってきた流れです。鎖を動かすためのものですね」
「じゃあ、こっちは?」
「シアの火が通った跡です。地中の別の場所へ運ばれています」
同じ谷から伸びていても、用途が違った。
固定点へ原光を供給した経路と、奪った火を逃がした経路が複雑に重なっている。
ネアが一つをたどると、別の固定点の近くへ戻ってきた。
シアを運んだ方向の手掛かりにはならない。
「全部ここへ戻るのか?」
「いいえ。一つだけ、谷の外へ続く新しい痕跡があります」
ネアが北側の斜面へ進んだ。
地面に車輪の跡はない。
大勢が歩いた形跡も見つからなかった。
しかし、谷から外へ向かった原光の痕跡は確かに残っている。
運搬に使った仕組みが何かまでは分からない。
少なくとも、谷に設置された鎖とは別の動きがあった。
「こちらです」
二人は山道を外れ、岩盤の上へ出た。
そこで痕跡が再び何本にも分かれる。
ネアは一本を追ってみたが、しばらく先で流れが弱まり、地中へ消えた。
別の一本は大きく弧を描き、もとの方向へ戻っている。
「追わせないための仕掛けか?」
「そうかもしれません。ただ、導路そのものに別の仕事がある可能性もあります」
「すぐには決められないか」
「ええ。流れの新しさも調べます」
ネアは原光の量と方向を順に照合した。
鎖への供給と、シアの火を運んだ痕跡までは区別できる。
それでも、分岐した先のどれが今のシアへ続くのかは確定できなかった。
セトは、ネアが見ているものとは別の手掛かりを探し始めた。
シアの痕跡
セトは目を閉じた。
原光を細かく読み取ることでは、ネアに及ばない。
だが、シアが精霊剣になった時から続く感覚だけは、別だった。
今は剣を握っていなくても、相手とのつながりが完全に消えたわけではない。
遠くから、かすかな火の気配が伝わってきた。
「……あっちだ」
セトが山の北東側を指す。
ネアは、それまで追っていた導路と見比べた。
「私が調べていた流れとは違います」
「でも、シアの感じがする」
「運ばれた経路と、今いる場所は同じとは限りませんね」
「なら、鎖じゃなくてシアを追う」
セトが先に歩き出した。
ネアも、導路の分岐に戻るのをやめる。
人為的な仕掛けの流れを追うより、本人へ続くつながりを信じることにした。
しばらくすると、セトが感じる方向が変わり始めた。
北東だと思った直後に真北へずれ、次には足元から強く感じる。
「移動しているのか?」
「シアが動いている感覚ではありません」
ネアは周囲へ意識を広げた。
シアへつながる細い火の流れを、それよりずっと大きな原光の動きが覆っている。
どこかに本人はいる。
しかし、その周りの巨大な流れが向きを変えるため、感じる方向も引きずられてしまう。
「シアが急に強くなったわけじゃないんだな」
「はい。あの子とは別の力が重なっています」
「近くにいるのは分かるか?」
「おそらく。ただし、どの山の内側かまでは分かりません」
セトは山肌を見渡した。
入口らしいものはない。
岩を一つずつ壊して探すには、あまりに広すぎる。
つながりは残っているのに、その先が見えない。
セトが次の手を考えようとした時、足元の小石が動いた。
起動の振動
最初は地面を通る小さな揺れだった。
石の間の砂が流れ、斜面から土が落ち始める。
次第に岩が跳ね、遠くで何かが崩れる音がした。
「地震か?」
「違います。原光が一斉に動いています」
ネアは前方の山へ顔を向けた。
シアを覆っていた巨大な流れが、急に膨らんでいる。
それまでは別々の場所へ伸びていた流れが、地下深くの一点へ集まり、今度はそこから周囲へ広がり始めた。
地面の揺れだけなら、山のどこで岩が崩れたのかを調べればよい。
しかし、これは地下で何かが力を集めている動きだった。
「シアのいる場所か?」
「正確には分かりません。ですが、あの子を包む流れの中心は、あの山の下です」
セトは走り出した。
斜面へ近づくにつれ、岩の裂け目から細かな土が噴き出す。
山を越える風とは違う音が、地面の奥から伝わってきた。
巨大なものが土と岩を押している。
「入口を探すぞ!」
「待ってください。山の形が変わっています!」
セトが足を止めた。
目の前の岩壁に一本の亀裂が走る。
亀裂は上へ伸び、続けて横へ広がった。
岩盤の一部が外側へ押され、崩れる前に持ち上がる。
その下に、暗い空洞が一瞬見えた。
「中から、押し上げているのか……!」
「離れてください!」
二人は後方へ跳んだ。
目の前の山が、内側から大きく盛り上がる。
地下へ入る道を探す必要は、もうなかった。
探していたものの方が、山を突き破ろうとしていた。
赤い巨体
土と岩を押しのけ、巨大な赤い腕が山腹から現れた。
続いて赤黒い頭部が姿を見せる。
顔らしい部分はあるものの、目と口の境界はただれたように崩れていた。
巨体が上半身を起こすだけで地面が沈み、地下に造られていた施設が裂けていく。
崩れた岩は肩を滑り、山の斜面へ転がり落ちた。
「……あれが、シアを包んでいたものか」
「原光の流れは、あの巨体へ集まっています」
ネアの声は慎重だった。
赤い巨体は言葉を発さない。
息を吸う音もなく、赤い皮膚の下を膨大な原光が通っている。
背後へ四枚の翼が現れた。
赤い半透明の膜は羽ばたかず、内部を流れる力だけが絶えず動いていた。
「四翼……シアのものに似ている」
「ですが、本人の四翼ではありません。巨体全体へ力が巡っています」
立ち上がる途中で、巨体の肩が大きく裂けた。
岩に押し潰された部分から赤黒い組織が伸び、裂け目を埋めていく。
腕の表面についた傷も、原光が集まるにつれて元の形へ戻った。
戦う前から、すでに再生が始まっている。
ネアはその速さを見て、近づくための経路を考え直した。
崩れた施設の出口から、人間が数人走り出してきた。
衣服は土に汚れ、観測用の紙束を抱えた者もいる。
彼らは振り返り、目の前に立ち上がるものを見て足を止めた。
「これが……終焉の炎」
かすかな声がセトたちにも届いた。
「終焉の炎?」
「名称を知っているようですね」
「後で聞く。先にシアだ」
ネアが巨体の中心へ意識を向ける。
複雑な原光の奥に、細い火のつながりが残っていた。
「シアは内部です。今なら、そこまでは分かります」
「なら助ける」
セトは巨大な胸部を見上げた。
赤い四翼を持つ相手の身体の中に、もう一人の四翼精霊王が閉じ込められていた。
四翼の絶光
「場所は絞れるか?」
「中心に近いところです。ただ、正確な位置は分かりません」
「胸の方から入る。近づいて確かめよう」
ネアが黒い光へ変わり、セトの手の中で精霊剣・絶光となった。
黒い四翼が背後に開く。
七つの黒い分霊核がセトの周囲へ並び、月の流れを支えた。
セトは四翼の力で地面を離れ、巨体の胸部へ向かう。
『シアの流れが、全身を巡る原光に重なっています』
「近づけば分けられるか?」
『少しは。ただし、どこに手を入れるべきかはまだ分かりません』
巨体の顔に相当する部分が、セトへ向いた。
太い腕がゆっくり持ち上がる。
動作は遅いのに、腕そのものが大きすぎる。
振り下ろされる範囲は、セトが飛んでいる空間だけでなく、背後の山まで覆っていた。
「右へ行く!」
『はい!』
黒い四翼が進路を曲げた。
巨大な手が、少し前までセトのいた場所を通り過ぎる。
岩壁に触れた瞬間、山肌が広く砕け、土煙が上がった。
セトはさらに距離を取り、手が落ちた跡を見た。
振る速度が遅くても、あれだけの大きさなら避ける余地は小さい。
『腕へ流した原光が、通常の四翼の一撃とは比べものになりません』
「八翼ほどあるのか?」
『一度に使った量だけなら、近い可能性があります。ただ、制御の細かさまで同じとは限りません』
ネアは推測の範囲を越えて断言しなかった。
セトは握った絶光を胸部へ向ける。
救出したい相手は中にいる。
巨体全体を倒すより先に、通れる道を作らなければならなかった。
「まず、あそこを切る」
『私が流れを断ちます。セトは位置を見てください』
黒い刃が、さらに深い色を帯びた。
閉じる傷
セトは終焉の炎の胸元へ飛び込み、絶光を振り下ろした。
黒い刃が赤い皮膚へ入る。
触れた場所から原光の流れが断たれ、厚い組織が裂けた。
切断の奥に、赤黒い内側が見える。
「通れそうだ!」
『待ってください。流れが戻ります』
傷の両側から、別の原光が集まってきた。
絶光が断った部分を避け、外周を通った力が裂け目へ流れ込む。
肉が伸び、開いたはずの道を塞ぎ始めた。
切断は失敗していない。
断った場所そのものには、まだ黒い空白が残っていた。
それでも周囲に別の経路があるため、傷全体は閉じていく。
「止めたところ以外から直すのか」
『はい。一つの経路だけを断っても足りません』
ネアは七つの分霊核を傷の周囲へ広げた。
複数の位置で同時に原光の流れを断つ。
赤い皮膚が伸びる速度が、目に見えて落ちた。
セトはその隙に、裂け目を深く切り開く。
刃は届いている。
だが、核で抑えていない別の部分が、次の原光を運んでくる。
『ここまで広い範囲へ、別々の流れがあるとは……』
「全部止めるのは無理か?」
『今の位置では、切り開いた場所を維持するだけで手いっぱいです』
ネアの声に、何かを思い出したような響きが混じった。
「知っている再生なのか?」
『光の精霊王だったものに似ています。ただ、同じ仕組みだと決めるには情報が足りません』
セトは切り開いた傷口を見た。
巨体は外側から原光を取り込み続け、切った場所へ次の流れを回している。
これ以上、傷の外で時間をかけても状況は変わらない。
「中へ入る!」
『私が入口を抑えます。急いでください』
セトは閉じかけた裂け目の奥へ飛び込んだ。
奥にいるシア
赤黒い組織が、左右へ厚い壁のように続いていた。
ここは自然の洞窟ではない。
力が通るたび壁の表面が動き、外から聞こえていた岩の崩れる音も遠くなる。
シアとのつながりは、さらに奥へ伸びていた。
「シア!」
セトが叫ぶ。
返事はない。
声が届いたかどうかも分からないが、つながりだけは消えていなかった。
セトは絶光を前方へ向け、ネアの力で壁の原光を断ちながら進む。
進路にある組織は切り開けた。
しかし、背後から外の光が細くなっていく。
『入口が閉じ始めています』
「後ろにも核を回せないか?」
『すでに回しています。ですが、前の再生を抑える核を減らすと、進路が塞がります』
セトは足を止めた。
前方の壁は、絶光を向ければ開く。
後方の壁も、同じ方法で開けるだろう。
だが、どちらか一方へ力を集中させた瞬間、反対側が閉じてしまう。
二人は進むための一つの道を作れても、道の両端を同時に守ることはできなかった。
「俺が進んで、ネアが入口を守るのは?」
『進んだ先の再生を止められません。シアのいる場所まで通れる保証がないのです』
「じゃあ、前を抑えている間に戻るしかないか」
『今なら、まだ退路へ届きます』
背後で組織がつながり、細かった外の光が消えた。
前へ進むほど戻れなくなる。
セトは奥へ続くわずかな火の感覚を確かめた。
近づいているはずなのに、手を伸ばせる距離にはまだ届かない。
ここで閉じ込められれば、シアを助ける者までいなくなる。
セトは進路ではなく、退路の側へ目を向けた。
最大出力の代償
「絶光を最大まで上げれば、再生を止められるか?」
ネアはすぐには答えなかった。
黒い刃の周囲で、膨大な原光が流れを変えている。
セトはその手応えから、まだ出力に余裕があることを感じていた。
『可能性はあります。ですが、シアも傷つけます』
「巨体だけ止めることはできないのか?」
『今は、分けられません』
セトが感じ取れる細い火の流れは、巨体の奥へ続いている。
そこから先は、全身を巡る原光と複雑に重なっていた。
シアは単に肉の中へ閉じ込められているのではない。
外から取り込まれた原光がシアへ向かい、シアを通った力が周囲へ流れている。
それを絶光で一度に断てば、再生だけを選んで止められる保証はない。
「シアの場所だけ避けるなら?」
『正確な位置が分かれば、範囲を絞れるかもしれません。ですが、今は流れが重なりすぎています』
「つながりは残ってる」
『あります。それでも、身体のどこに鎖があるかまでは読み取れません』
後方で閉じた肉が、さらに厚くなる。
セトは絶光の柄を握り直した。
この出力なら切り開けるかもしれない。
だが、その先でシアまで壊してしまえば、救出にはならない。
強い刃を持っていることと、使ってよい場所を知っていることは別だった。
「……分かった。今は使わない」
『ありがとうございます』
「謝ることでも礼を言うことでもない。助けに来たんだ」
セトは奥へ伸びる火の感覚から、意識を離した。
つながりがある限り、まだ方法は探せる。
今ここで最大出力を放つことだけは、その方法ではない。
「後ろを開ける。外へ出よう」
『はい。力を一方向へ集めます』
絶光に黒い四翼と七つの核の力が重なる。
閉じた退路へ、一本の深い亀裂が走った。
撤退
セトは黒い亀裂へ飛び込んだ。
絶光が後方の組織を切り裂き、開いた隙間の向こうに外の光が見える。
黒い四翼が身体を引き上げ、セトは終焉の炎の外へ抜け出した。
その直後、巨大な腕が迫る。
「来るぞ!」
『右へ抜けます!』
四翼が進路を曲げた。
赤い手が背後を通り過ぎ、巻き起こった風だけで岩が砕ける。
セトは距離を取り、巨体の胸部を振り返った。
絶光で開いた大きな傷は、すでに閉じ始めていた。
黒く断たれた部分を避け、赤い組織が横から伸びる。
やがて、どこを切ったのかも分からなくなった。
終焉の炎は追ってこなかった。
ゆっくりと腕を下ろし、顔に相当する部分をセトたちへ向けたまま動かない。
声はない。
シアの呼び声も聞こえなかった。
「四翼では足りない」
『はい。切り開くことはできても、入口を残せませんでした』
「もっと強く切ればいいわけでもないな」
『中のシアまで巻き込む危険があります』
セトは、さっきの侵入を思い返した。
前へ進むことはできた。
再生を一時的に抑えることもできた。
しかし、進んだ後の道が消えてしまう。
シアへ届くための突破力と、帰る道を保つ手段が、どちらも必要だった。
「八翼なら、突破できるか?」
ネアが内部の流れを探る。
つながりは細いが、まだ残っている。
『おそらく。二人の四翼を合わせられれば、できることは増えます』
「なら、八翼で――」
セトは言葉を止めた。
八翼になるためには、二本の四翼精霊剣が必要になる。
絶光と、極炎。
ネアと、シア。
『八翼の片方は、あの中です』
「ああ」
シアを救うために、シアの力が必要だった。
必要な四翼は、救い出すべき相手とともに、赤い巨体の内側へ閉じ込められていた。
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