エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第62話 救出

エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第62話 救出 エレメンタルクロス ~精霊の剣~
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第62話 救出
エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介―― この剣はやがて、世界の向こう側にまで届く。 ―― 人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避…
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第62話 救出 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

赤い巨体

 山々の向こうに、赤い巨体が見えた。
 終焉の炎は、崩れた山の中に立ったままだった。
 大きく移動した形跡はない。

 だが、停止しているわけでもなかった。
 ただれた皮膚の下を太い原光が巡り、背中の赤い四翼へ流れ込んでいる。
 周囲の空気から。地面から。さらに遠くから。
 原光は、今も終焉の炎へ集まり続けていた。

「外から見える状態は、先ほどと大きく変わっていません」

 黒い四翼で飛ぶネアが言った。
 片腕でセトを支え、その隣を淡緑色の二翼を広げたフィオラが飛んでいる。
 風の精霊殿で見た時より、二翼の動きは落ち着いていた。
 フィオラは二翼を使う初めての実戦を前に、何度も原光の向きを確かめている。

「無理に力を出すなよ」
「はい。押し返すのではなく、流れを変えます」

 セトはうなずき、終焉の炎の胸部を見た。
 前回、絶光で大きく切り開いた傷は残っていない。
 完全に元の形へ戻っていた。
 あのとき二人だけで進み、帰り道を失いかけた場所だ。

「シアさんを収めた場所は、胸部の中央付近でしたね」

 フィオラが確認する。

「ああ。少し上だ。研究者の設計図ではな」

 セトは胸部の一点へ目を凝らした。
 内部の形が変わっていても、シアとのつながりまで消えたわけではない。
 今度は、その細い糸を手放さずに進むつもりだった。

核の位置

「正確な位置は、中へ入ってから確認する必要があります」

 ネアが言った。
 収容部が胸部中央より少し上にあるというのは、起動前の構造を基準にした情報だ。
 巨大な肉体が再生と変形を繰り返した今、同じ形で残っている保証はない。

 セトはシアとのつながりへ意識を向けた。
 細い。
 今にも消えそうなほど細い。
 それでも、まだ切れてはいない。
 つながりが伸びる方角は、研究者が示した位置とほぼ重なっていた。

「聞いた場所と合ってる。あそこから入る」
「前回と同じ経路を進めるとは限りません」
「分かってる。中では、つながりを追う」

 セトは二人を見た。

「ネアが前を切る。フィオラが切ったものと原光を外へ流す。俺がシアを探す」
「はい」
「分かりました」

 ネアとフィオラが順に答えた。
 六翼は、巨体を倒すための力ではない。
 胸の内部へ入り、シアを連れて戻るための組み合わせだ。
 セトは赤い四翼を見上げた。

 その一枚が、わずかに揺れた。
 ただれた顔のような部分が、三人へ向く。
 次いで、巨大な腕が持ち上がった。

「気づかれました」

 腕が山の斜面を削りながら横へ振られる。
 ネアとフィオラは同時に高度を下げた。
 巨腕が頭上を通り過ぎ、遅れて空気が弾ける。
 斜面の木々が倒れ、岩が転がり落ちた。

「一度離れる!」

 ネアが四翼を開いて距離を取る。
 フィオラも横へ並び直した。
 巨体は追ってこない。
 次の腕の動きが、胸部へ潜り込む機会になる。
 待つ間も、セトは胸の一点から目を離さなかった。
 巨体そのものを相手にすれば、いくらでも攻撃する場所はある。
 だが、今日必要なのは最も深い傷ではない。
 シアのところまで続く、帰り道のある傷だった。

六枚の翼

「次に腕を振った直後、胸部へ入る」

 セトが言った。

「私がセトを運びます。フィオラは横を飛んでください」
「はい」
「胸部へ近づいたところで、二人とも精霊剣になります」

 ネアの説明に、フィオラがうなずく。
 飛ぶための二翼を手に入れてから、まだ長い時間は経っていない。
 それでも、人型のまま並んで飛び、合図に合わせて剣へ変わる動作は、精霊殿を離れる前に確認していた。

「二人とも、いけるか?」
「問題ありません」
「行けます」

 終焉の炎の腕が再び持ち上がった。
 ネアはセトを支えたまま加速する。
 フィオラも右側を並んで飛んだ。
 赤い腕が振り下ろされる。
 二人はほとんど同時に高度を下げ、巨大な手の下を抜けた。
 胸部まで、あとわずか。

「今です」

 ネアの身体が黒い光へ変わった。
 セトは左手を伸ばし、黒い精霊剣を受け取る。
 絶光。
 同時に、黒い四翼がセトの背後へ移った。
 四翼を流れる原光が、空中にいるセトの身体を支える。

 続いてフィオラが淡緑色の光へ変わった。
 セトは右手で細身の精霊剣を受け取る。
 翔嵐。
 二枚の翼が、黒い四翼の少し下へ広がった。
 黒と淡緑。
 六枚の翼は一つの色へ混ざらず、それぞれの流れを保っている。
 左手の絶光には、赤い巨体の原光を断つ役割がある。
 右手の翔嵐には、断った後に戻るものを動かす役割がある。
 二本を持つセトの仕事は、両方の力が届く位置で剣を振ることだった。

『私は再生と防御を抑えます』
『切り離したものは、私が外へ流します』

 絶光のネアと翔嵐のフィオラの声が、順に伝わった。

「役割は変えない。行くぞ」

 セトは二本の精霊剣を構えた。
 六翼が原光を流し、身体が胸部へ向かって加速した。

胸部を開く

 赤い皮膚が眼前に迫る。
 その下では、何本もの原光の流れが複雑に交差していた。
 セトは絶光の切っ先を、胸部の一点へ向ける。
 黒い刃が触れた部分から原光が抜け、皮膚を支える力が消えていった。

 セトが絶光を振り下ろす。
 赤い肉体へ黒い線が走り、両側の組織が崩れる。
 穴が開いた。
 だが、すぐに切断面へ別の原光が集まり、左右から肉が伸びてきた。
 前回なら、その速さに合わせてネアも力を割かなければならなかった。

「フィオラ!」
『はい!』

 右手の翔嵐を、開いた傷の外側へ向ける。
 淡緑色の流れが切断された組織へ回り込み、まだつながろうとしている部分を外へ運んだ。
 風が単に肉を吹き飛ばしているのではない。
 傷へ戻ろうとする原光の向きも変え、組織が再接続する前に引き離していた。
 赤い破片が胸部の外へ流れ、穴の縁が離れたまま残る。
 下側から新たな組織がせり上がったが、フィオラは正面から押し返さない。
 伸びようとする力の向きを横へ曲げ、開いた穴の縁を避けさせた。
 ほんの少し方向を変えるだけで、同じ場所を再び切る必要がなくなった。

『入口を残せています』

 フィオラの声に、わずかな驚きが混じった。
 精霊殿で動かしたのは、ネアが作った原光だけだった。
 今は物質としての肉体まで動かし、再生へ戻る流れを同時にそらしている。
 試験より負担は大きい。
 それでも、道は閉じなかった。

「入る!」

 セトは二本の剣を胸の前で構え直した。
 黒い四翼が身体を前へ運ぶ。
 淡緑色の二翼は入口へ集まる原光を左右に分けた。
 外へ流れ出る赤い組織の間を抜け、三人は終焉の炎の内部へ入った。

再突入

 終焉の炎の内部は暗かった。
 赤黒い肉体の中を、発光する導路が何本も走っている。
 その一つ一つに、外から取り込まれた原光が流れ込んでいた。
 セトはシアとのつながりが伸びる方向を確かめる。
 正面だ。
 だが、最短の道に見える場所には、太い導路が何本も重なっていた。

『正面を切れば、大量の原光が周囲から集まります』

 ネアが言った。
 そこを強引に進めば、切り開くたびに大きな傷を作ることになる。
 傷が大きいほど、再生へ向かう組織も増える。
 フィオラがどれほど流れをそらしても、入口まで手が回らなくなるかもしれない。

「右から回れないか?」
『距離は延びますが、あちらの導路は比較的細いです』
『流れを外へ逃がすなら、その方が維持しやすいと思います』

 フィオラも答えた。
 セトは正面の奥を一度見てから、右へ身体を傾けた。

「じゃあ右だ。シアとのつながりを見失わなければいい」

 黒い四翼が向きを変える。
 絶光が右側の肉体を断ち、翔嵐が切断面からの原光を上へそらす。
 外へ排出する組織は、後方の開いた経路へ送り続けた。
 セトは振り返る。
 入口へ続く空間が、まだ残っている。
 後ろの道が細くなれば、いくらシアへ近づいても引き返せなくなる。
 セトは一度だけフィオラの二翼へ意識を向けた。
 無理に広げた気配はない。
 流れを曲げる位置を変えながら、一定の幅を保っていた。

『後ろは開いています』

 フィオラが言った。

「前回より進みやすい」
『私は前方の切断へ集中できますから』

 ネアが答えた。
 強い一撃を繰り返すより、戻れる道を保つ方が重要だった。
 セトは歩幅を緩めず、細いつながりの先へ進んだ。

残されたつながり

 進むほど、シアとのつながりが強くなった。
 今にも消えそうだった感覚が、少しずつはっきりしてくる。
 同時に、周囲の導路を流れる赤い火も濃くなっていった。

「シアの火が混ざってる」
『はい。あの導路を流れる原光には、シアの性質があります』

 ネアが答えた。
 セトとの接続へ向かおうとする細い流れもある。
 だが、途中で別の導路へ引き込まれ、終焉の炎の全身へ送られていた。
 シアが今、意識してセトへ火を送っているとは限らない。
 精霊剣として残るつながりが、縛炎鎖に横取りされているのだ。
 セトは一瞬、そこへ自分から原光を流して返事を求めようとした。
 しかし、つながりの先を奪っている導路が近くにある。
 送った力まで終焉の炎へ流れれば、位置を確かめる以外の意味を持たない。
 今は自分から呼び続けるより、本人のもとへ行く方が確実だった。

「近い」
『どのくらいですか』
「すぐ先だ」

 そのとき、肉体の壁が大きく揺れた。
 終焉の炎が外で動いたのだ。
 通路全体が斜めに傾き、上から赤い組織が崩れ落ちる。
 セトは絶光を振り上げ、落下物から原光を奪った。
 形を崩した組織を、翔嵐が後方へ流した。
 しかし、今度は正面の導路が膨らみ、赤い火を一度に噴き出した。

『流れがこちらへ向いています!』

 フィオラの声と同時に、セトが絶光を突き出す。
 火の中心から原光が抜け、左右へ分かれた残りを翔嵐が壁の外側へ逃がした。
 流された火が、入口の方へ押し戻される。
 フィオラはその向きを変え、傷の外へ排出した。

『外まで通しました。後ろの道も残っています』
「そのまま頼む」

 セトは正面を見た。
 赤い導路の先に、周囲とは形の違う空間がある。
 細いつながりが、そこへまっすぐ伸びていた。

「いた」

火の核

 肉体の中へ作られた空洞。
 その中央に、シアが固定されていた。
 目を閉じ、頭をわずかに下げている。
 赤い四翼は力を抜いたまま広がり、鎖の導路へ原光を送り続けていた。
 手足と胴には赤黒い縛炎鎖が巻きついている。
 壁へ伸びた導路のうち、四本は終焉の炎の四翼の方向へ続いていた。
 空洞の外周にも原光が密集している。
 ここで大きく絶光を広げれば、拘束だけでなくシア自身を通る流れまで巻き込むかもしれない。
 目的は空洞を消すことではなかった。
 セトは絶光の切っ先を下げ、シアを支える鎖だけを見た。

「シア!」

 セトが呼んだ。
 返事はない。
 腕を動かそうとする気配もない。
 シアとのつながりは確かに目の前にある。
 それでも、つながりの向こうから意識のある応答は返ってこなかった。
 新たに呼びかけても、閉じた目は動かなかった。

『身体は保たれています』

 ネアが言った。

『内部にも原光は流れています。ただ、意識が表へ出ていません』

 セトはシアへ手を伸ばしかけた。
 しかし、空洞の壁が盛り上がり、目の前を塞ぐ。
 赤黒い組織が何枚も重なって、シアを囲もうとした。
 絶光が一枚を断つ。
 翔嵐は切り離した組織を、セトとシアの間へ戻さず後方へ送った。
 セトは開いた隙間へ踏み込む。

「シア。迎えに来た」

 顔の近くまで来ても、反応はない。
 セトはそれ以上呼び続けなかった。
 まず、この拘束を解くしかない。
 間近で見る鎖は、谷でシアを捕らえたものと同じ赤い導路を持っていた。

縛炎鎖

 セトはシアの胴を囲む鎖へ絶光を当てた。
 黒い刃が触れた場所から、鎖の赤い光が薄くなる。
 シアから火を奪う流れも弱まった。
 だが、手足と胴を固定する鎖そのものは残っている。
 刃を離せば、周囲から流れが戻ろうとした。

「作用は薄くできる」
『はい。原光を奪って終焉の炎へ送る機能も、拘束を強める機能も弱くなっています』
「全部止められるか?」
『すべての鎖から原光を抜き続ければ、可能かもしれません。ですが時間が必要です』

 後方から、低い音が響く。
 通路の周囲へ再生する肉体が集まり始めていた。

『後方の圧力が上がっています』

 フィオラが言った。

『まだ維持できますが、長時間は難しいです』

 セトは右手の翔嵐を、シアの手首を囲む鎖へ当てた。
 淡緑色の流れを一点に集める。
 鎖が大きく揺れた。
 同じ場所へもう一度流れを重ねると、表面に細い傷が入る。
 しかし、完全には切れない。

『切断は可能です。ただ、一本ずつでは時間がかかります』
「絶光も同じか」
『鎖の作用を弱めることはできますが、構造そのものをすぐに断つことはできません』

 ネアの答えを聞き、セトはシアを固定する鎖の本数を確かめた。
 一本を切るのに手間取るなら、すべて切り終える前に退路が閉じる。
 力任せの切断を続ける時間はない。
 それでもセトは、鎖を切る場所をむやみに増やさなかった。
 手首の鎖を断てても、胴の鎖が残ればシアは動けない。
 順番にほどくのではなく、拘束全体を維持している場所を探すべきだった。
 別の場所を断つ必要があった。

起きないシア

「シアが起きれば、自分で抜けられるか?」
『絶光で縛炎鎖の作用を薄くした状態なら、可能でしょう』

 ネアはシアと鎖の流れを確認した。

『自身の火で焼き切るか、四翼の力で引きちぎることもできるはずです』

 セトは、シアの顔をのぞき込んだ。
 ずっと探していた相手が、手の届くところにいる。
 なのに、閉じた目は動かない。
 シアが目を覚ませば、こんな鎖は自分で壊してしまうかもしれない。
 だが、それを当てにして待つわけにはいかなかった。

「シア。聞こえるなら返事をしてくれ」

 つながりへ意識を向けても、応答はない。
 意識が失われた原因までは分からない。
 少なくとも、今のシアに何かを頼むことはできなかった。

『目を覚ますまで待つ余裕はありません』
「ああ。こっちで壊す」

 セトはシアの手首から伸びる鎖を目で追った。
 次に足首と胴の鎖を見る。
 それぞれ壁へ固定されているように見える。
 しかし、赤い導路が走る方向は同じではなかった。
 いくつかはシアの背後へ回り込み、そこで太い束となっている。
 一本だけ絶光を当てると、別の鎖の赤い光までわずかに揺れた。
 独立した拘束なら、起こらない変化だった。

「あそこだ」
『何が見えましたか』
「鎖が、後ろで一つにつながってる」

 セトはシアの背後へ回るため、足元の組織を絶光で切った。
 見つけたものが解決策になるかは、近づいて確かめるしかない。
 すでに切れそうな場所を探している場合ではなかった。
 切ることで何が止まるのかを確かめる必要がある。

鎖の中枢

 シアの背後には、何本もの鎖と赤い導路が重なる太い部分があった。
 手足と胴を縛る鎖は別々に見えても、原光はここで分かれ、またここへ集まっている。
 セトは絶光の刃を、手前の導路へ軽く押し当てた。
 赤い光が弱まり、離れた二本の鎖の輝きまで揺れた。
 いま見た変化は偶然ではなさそうだった。

「鎖は別々なのに、流れはここでつながってる」
『はい。収容部の中枢でしょう』
「ここを切れば、全部止まる」
『少なくとも、縛炎鎖へ原光を送り、シアの火を奪う流れはまとめて断てます』

 ネアは慎重に答えた。
 終焉の炎全体を止められるという意味ではない。
 いま必要なのは、シアをこの拘束から外すことだった。
 セトは、シアの背中と中枢の間隔を確かめた。
 狙う位置を誤れば、拘束を切るつもりで本人まで巻き込む。
 刃を広く振り回すより、一つの場所へ正確に通すべきだと判断した。

「絶光で切れるか?」
『時間をかければ』
「翔嵐は?」
『同じ場所へ流れを重ね続ければ、切断は可能です』

 フィオラの声が続く。

『ですが、通路を維持したままでは時間が足りません』

 奥から重い音が届いた。
 赤い肉体が経路を押しつぶそうとしている。
 フィオラは入口側の流れまで支え続け、声にも苦しさが混じり始めていた。

『セトさん。後ろが狭くなっています』
「あと少しだけ頼む」
『はい。道は残します』

 セトは中枢から絶光を離した。
 切るべき場所は分かった。
 だが、二本の精霊剣をそのまま使って削り続ける余裕はない。
 退路を保つ仕事を止めずに、別の刃で一撃を入れる必要がある。

「二人とも、人型へ戻ってくれ」
『分かりました』
『戻ります』

二人の退路

 右手の翔嵐が淡緑色の光に変わった。
 フィオラが人の姿へ戻り、空洞の床へ降り立つ。
 淡緑色の二翼が背後へ広がり、入口へ続く道の両側に流れを作った。
 切断されて浮いた組織を外へ送り、傷へ集まる原光を横へ逃がす。

「私は通路を維持します」

 フィオラは振り返らない。
 今はシアの近くより、退路全体の変化を見ている必要があった。

 左手の絶光も黒い光に変わる。
 人の姿へ戻ったネアの背後に、黒い四翼が開いた。

「私は中枢へ入る原光を抑えます」

 ネアがシアの背後へ手を向ける。
 黒い四翼から細い流れが伸び、中枢へ入ろうとする原光を下方へ曲げた。
 絶光ほど局所的に原光を消せるわけではない。
 それでも、中枢から各鎖へ向かう量は確かに減っていく。
 六翼を一つにしたままでは、この分担はできなかった。
 ネアとフィオラは別々の位置へ動き、守る場所を分けている。
 その代わり、セトを空中に支えていた六翼の力も消えていた。
 足場を確かめ、セトは自分の剣で中枢へ向き直った。

「今なら、先ほどより切りやすいはずです」

 セトは空いた右手に白い原光を集めた。
 剣の形へ固定する。
 白刃。
 長さも幅も、いつも使っている直剣のままだ。
 通常の白刃だけでは、中枢を一撃で断つには足りない。

「極剣を使う」

 ネアがセトを見た。

「一瞬だけですね」
「ああ」

 安全制限を外し、白刃へ大きな力を通す。
 長く維持するための技ではない。
 後方の道も、無制限に保てるわけではなかった。
 その一瞬を外せば、次はない。
 少なくともセトは、ここで二度目の間合いを作れるとは考えなかった。

「切ったら、すぐに出る」
「道は残します」
「シアは私が運びます」

 フィオラとネアが、それぞれ答えた。
 セトは縛炎鎖の中枢へ白刃を向けた。

一瞬の極剣

 通路の奥から、肉体が押し寄せる低い音が続いていた。
 フィオラの二翼が外へ向かう流れを保ち、ネアの四翼が中枢へ集まる原光を抑えている。
 セトは二人の位置を確かめた。
 白刃の先にあるのは、シアを固定する鎖の中枢だけだ。
 周囲の肉体までまとめて壊す必要はない。

「フィオラ!」
「道は開いています!」
「ネア!」
「鎖への流れを抑えています!」

 中枢の赤い光が細くなる。
 セトは踏み込んだ。
 身体の安全制限を一瞬だけ外し、大量の原光を白刃へ流し込む。
 刀身の内部から、強烈な白光があふれた。
 刃の縁には光の帯が重なり、輪郭がまばゆく揺らぐ。
 普段の白刃とは明らかに異なる輝きだった。
 刀身は同じ位置にある。
 だが、光が刃の縁からあふれ、振るう前から白い軌跡が浮いて見える。
 セトはその輝きに意識を奪われず、中枢の一点だけを狙った。

「極剣!」

 一振り。

 白い閃光が中枢を走る。
 外側の鎖が切れた。
 その内側に重なっていた導路も断たれる。
 さらに奥の固定部へ、一本の白い線が通り抜けた。
 中枢が左右へ分かれ、切断面から赤い光が散る。

 直後、刃を包んだ強烈な白光が消えた。
 白刃は通常の輝きへ戻っている。
 セトはそのまま剣を引き、シアへ目を向けた。
 中枢から各鎖へ流れていた赤い光が消えていく。
 手足と胴を囲んでいた鎖が力を失い、壁へ伸びる導路も垂れ下がった。
 固定を失ったシアの身体が前へ傾く。
 ネアがすぐに抱き止めた。

「シア」

 呼びかけても、まだ反応はない。
 だが、もう鎖に支えられてはいなかった。
 セトが白刃を解くと、ネアは意識のないシアを両腕で抱え直した。

「外へ出る」
「はい」

 フィオラが答え、退路の状態を確かめた。

閉じる道

 縛炎鎖の中枢が切れたことで、内部の流れが急に変わった。
 シアから奪っていた火が途絶え、行き先を失った原光が周囲の導路へ押し戻される。
 今まで通路の外へ向かっていた流れも、別の場所から流れ込んできた原光に押され始めた。
 赤い肉体が膨らみ、せっかく残した道の形を崩そうとしている。

「動きます。私が先に出ます」

 ネアはシアを抱えて空洞を離れ、黒い四翼で通路へ入った。
 フィオラは二翼から生じた風でセトの身体を浮かせ、片腕で支える。

「自分で動ける」
「六翼はもうありません。私が運ぶ方が速いです」
「分かった。道を頼む」

 フィオラはうなずき、ネアの後へ続いた。
 しばらく進むと、右側の壁がせり出してきた。
 侵入時なら、絶光で切って翔嵐で流していた場所だ。
 今は二人とも人型で、シアとセトを運んでいる。

「右から来ます!」
「抑えます!」

 ネアが四翼の一枚を右へ向け、膨らむ肉体へ流れ込む原光を下方へそらした。
 壁の動きが鈍る。
 フィオラはそこへ戻ろうとする原光を後方へ流し、中央に細い隙間を残した。
 だが、すべての壁を同時に抑える余裕はない。

「左へ寄ってください!」

 フィオラの声に、ネアがシアを抱えたまま左へ動く。
 直後、右側の壁が閉じた。
 無理に押し開かず、通過する場所だけ確保したのだ。
 セトは背後を見た。
 通った後から道が閉じていく。
 前回とは違う。
 今は、四人が通り抜ける方がわずかに速かった。

「このまま行ける」
「はい。出口まで流れをつなぎます」

外へ

「入口が見えます!」

 フィオラの声に、セトが前を見た。
 遠くに外の光が差している。
 最初に切り開いた胸部の傷だ。
 だが、周囲の赤い組織が寄り集まり、穴は細い線のようになっていた。
 後ろの道を保ちながら、出口まで大きく押し広げる余裕はない。

「ネア! 入口の周りを!」
「分かっています!」

 ネアはシアを抱えたまま四翼を前へ向けた。
 傷口へ集まる原光の方向が変わる。
 肉体の動きが一瞬だけ緩んだが、組織そのものはまだ塞がろうとしていた。

「フィオラ! 切れ目から外へ流せるか?」
「やってみます!」

 淡緑色の二翼が大きく広がった。
 フィオラは傷の奥へ力をぶつける代わりに、すでに外へ向かっていた流れへ自分の風を重ねた。
 切断された組織がその流れに引かれ、原光とともに胸の外へ噴き出す。
 塞がりかけた切れ目が広がった。
 通れる幅はわずかだが、四人には十分だった。

「先に出ます!」

 ネアがシアを抱え、黒い四翼で外へ飛び出す。
 フィオラもセトを支えたまま続いた。
 二翼の流れが身体を出口へ押し出す。
 セトの足が赤い皮膚の縁を越えた直後、背後で肉体が閉じた。
 胸部の傷は、再び何事もなかったようにつながっていく。

 ネアとフィオラは振り返らず、巨体から距離を取った。
 終焉の炎の赤い四翼は、まだ原光を取り込んでいる。
 シアを外へ連れ出しても、あれが停止したわけではない。
 だが、いま優先すべきことは一つだった。
 後ろで閉じた傷を再び開いても、もう戻る必要はない。
 セトは巨体へ視線を向けたが、追撃のために剣を作り直すことはしなかった。
 シアが目を覚ましていないうちは、距離を取ることが先だ。
 意識のないシアを、縛炎鎖の届かないところまで運ぶこと。

解放

 十分に距離を取ると、ネアが速度を緩めた。
 腕の中のシアに、まだ反応はない。
 それでも、終焉の炎の中とは違っていた。
 シアの身体を巡る火は、外へ奪われていない。
 新たに生まれた火も、シア自身の中に残っている。
 細くなっていたセトとのつながりが、少しずつはっきりしてきた。

「縛炎鎖の作用は消えています」

 ネアが言った。

「シアの火は、もう終焉の炎へ流れていません」

 セトはフィオラに支えられたまま、ネアの腕へ近づいた。
 赤い髪。閉じた目。動かない手。
 空洞で見た時と同じ姿だ。
 それでも、もう鎖は巻きついていない。

「シア。聞こえるか」

 しばらく返事はなかった。
 セトがもう一度名を呼ぶと、閉じていた目蓋がわずかに動いた。

「……うるさい」

 小さな声が返る。
 ネアがその場で速度を落とした。

「シア?」

 シアは目を開いた。
 最初にネアの顔を見る。
 次に、その横でフィオラに支えられているセトを見た。

「……ネア」
「はい」
「セト」
「いる」
「フィオラ?」
「はい。私もいます」

 シアは周囲を見回した。
 視線が遠くの赤い巨体へ向く。

「外?」
「ああ。縛炎鎖は切った」

 シアは自分の指を曲げた。
 指先に小さな火が灯る。
 火は終焉の炎へ引かれず、シアの手の中に残った。

「戻った」

 言葉は短かった。
 だが、今度は確かにシア自身が動かした火だった。
 フィオラも、二翼で支えているセトを少しだけ近づけた。
 シアの目が三人の間を行き来する。
 誰も鎖を引いていない。
 火を出しても、どこかへ流れ出す感覚はなかった。

選び直す火

 シアは指先の火を、少しだけ強くした。
 火は奪われない。
 終焉の炎へ向けて力を流す導路も、縛炎鎖とともに断たれていた。
 代わりに、別のつながりがある。
 ずっと細いまま残っていた、セトとの精霊剣接続だ。
 シアはその流れを確かめた。
 無理に引き出される感覚はない。
 相手がすぐそばにいることだけが、静かに伝わってくる。

「意識は戻っていますか?」
「見れば分かるだろ」
「自分が誰か分かりますか?」
「分かる」

 ネアはシアの様子を確かめた。
 受け答えにおかしなところはない。
 シアはセトへ顔を向けた。

「助けに来たの、見えてた」
「声は届いたか?」
「聞こえなかった。でも、探してるのは分かった」
「そうか」
「一回戻った」
「ああ」
「ちゃんと、また来た」
「ああ」
「遅い」
「悪かった」
「でも来た」

 シアは、少しだけ口元を緩めた。
 ネアはシアの言葉が気になっていた。

「閉じ込められた場所から、外が見えていたのですか?」
「うん。ほかにも変なものが見えた」
「何が見えたのですか?」
「あとで話す」
「分かりました」

 終焉の炎は、イフリートという機能を必要としていた。
 だが、目の前のセトが探していたのはシアだった。
 セトへ力を預けると決めたのも、自分だ。
 シアは、残っていたそのつながりへ自分の火を向けた。
 今度は誰にも奪われず、火の流れがセトとの接続へ戻っていく。

戻った四翼

 シアはネアの腕の中から、フィオラの背後を見た。
 淡緑色の二翼が静かに広がっている。
 風で身体を押して跳んでいた頃とは違う。
 フィオラ自身が、自由に空中へ留まっていた。

「二枚?」
「はい」

 フィオラが答えた。

「増えたのか」
「増えました」
「いつ?」
「シアさんを助けに来る前です」
「説明は?」
「長くなります」
「なら、あとで聞く」

 シアらしい返事に、フィオラは小さく笑った。
 ネアは、抱えているシアの様子を確かめる。
 火は落ち着いている。
 縛炎鎖へ奪われていた流れはなく、セトとのつながりも戻り始めていた。

「自分で飛べますか?」
「やってみる」

 シアはネアの腕へ軽く手を置いた。
 無理に身体を動かそうとしても、さっきまでなら鎖へ引き戻されていた。
 今は違う。
 自分の腕を動かせる。
 指先で作った火も、思いどおりに消せる。
 シアは背後へ意識を向けた。

 赤い光が広がった。
 一枚。
 二枚。
 三枚。
 四枚。

 半透明の赤い四翼が、空へ大きく開いた。
 ネアが静かに腕を離す。
 シアは落ちなかった。
 自分の四翼で、その場に留まっている。
 赤い翼を流れる原光は、もう終焉の炎へ向かわない。
 ネアは黒い四翼を広げたまま、シアがふらつかないかを見ていた。
 フィオラも、セトを支える二翼の高さを合わせる。
 三人に囲まれているのに、シアを固定するものは何もない。
 自分で翼の向きを変えられることを、シアはゆっくり確かめた。

「……戻った」

 シアは四枚の翼を見てから、セトへ目を向けた。
 セトがうなずく。
 遠くでは、終焉の炎がなお原光を取り込み続けている。
 兵器は止まっていない。
 だが、その内側へ閉じ込められていた八翼の片方が、帰ってきた。


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エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介―― この剣はやがて、世界の向こう側にまで届く。 ―― 人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避…

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