エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第15話 二本目の精霊剣

エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第15話 二本目の精霊剣 エレメンタルクロス ~精霊の剣~
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第15話 二本目の精霊剣
エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避される二属性同時使用を隠しながら旅をしていた。ある日、巨…
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第15話 二本目の精霊剣 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

岩を砕く音

 夜になっても、採石場から音が響いていた。岩が割れる。石が崩れる。
 しばらく静かになったかと思えば、また低い音が始まる。古代兵器は、二度目の崩落からも抜け出そうとしている。採石場から離れた谷の入口では、ローディアの兵士たちが防衛線を作っていた。
 投石機を並べ、術士を左右の高台へ配置する。古代兵器が出てきた場合は、村や街道とは反対側へ誘導するためのものだった。

「あとどれくらい持つ」

 セトが尋ねた。隊長は採石場の方角へ目を向ける。

「分からん」
「さっきも聞いた」
「見えないものは答えようがない。どれだけ岩が残っているのかも、兵器がどこまで出てきているのかも分からん」

 隊長は少し間を置いた。

「ただ、音は近づいている」

 最初は岩の奥深くから聞こえていた。今は、地面だけでなく空気まで震えている。古代兵器が地表へ近づいていることだけは確かだった。

「兵士は休ませた方がいい」

 シアが言った。

「交代で休ませている」
「術士は?」
「周囲の原光が少なすぎる。休ませても、普段ほどは戻らん」

 古代兵器は、岩の中に閉じ込められている間も原光を吸い続けている。採石場だけではない。周辺の森。
 川。土の中。見える範囲のあらゆる場所から、力が失われていた。
 ネアは少し離れた場所に立ち、採石場へ集まる原光を見ていた。昼よりも流れが太くなっている。古代兵器は、破壊された核を修復するために、さらに多くの原光を集めているらしい。

「核は?」

 セトが尋ねる。

「亀裂は、ほとんど消えています」
「もう戻ったのか」
「完全ではありません。ですが、次に出てくる頃には、戦う前と同じ状態へ戻っているでしょう」
「こちらは戻っていないのにな」

 兵士も術士も消耗している。投石機の一部は壊れた。矢も石も減っている。
 兵器だけが周囲から原光を吸い、何度でも元の状態へ戻っていく。

「次も黒月を使うか」

 シアが尋ねた。

「使わなければ、核まで届かない」

 セトが答える。

「使っても倒せなかった」
「ああ」

 黒月は通用した。古代兵器の砲撃をそらした。部品の再生を遅らせた。核を守る防御壁にも穴を開けた。
 それでも、兵器を倒すことはできなかった。黒月を装甲の再生へ使えば、核の防御壁が残る。防御壁へ使えば、装甲が閉じ始める。
 一本の刃では、離れた二つを同時に止められない。

「黒月を使うだけでは足りません」

 ネアが言った。

「別の方法は見つかったか」
「まだです」
「時間はないぞ」
「分かっています」

 採石場から、大きな音が響いた。暗闇の向こうで淡い光が瞬く。兵器の砲撃が、崩落した岩を内側から貫いたらしい。

役目のない者

 セトは採石場の方角を見たまま、退こうとはしなかった。ネアには、それが不思議だった。ローディアはセトの国ではない。
 古代兵器を掘り出したのも、動かしたのもセトではない。この地を守るよう命じられたわけでもなければ、月や火を司る精霊王のような役目を持っているわけでもない。
 ここで戦う理由などないはずだった。それでもセトは、次にどう戦うかを考えている。自分が退いた後に、兵士や村の人間がどうなるのかを考えている。
 おそらく、本人はそこまで深く考えていない。目の前に危険がある。放っておけば、誰かが傷つく。
 自分には戦う力がある。だから戦う。それだけなのだろう。あの人に似ている。
 ネアは、ふとそう思った。だが、本当に似ているのだろうか。セトが最初から自分をネアと呼んだために、勝手に重ねているだけかもしれない。
 月の。月の精霊王。セレーネ。
 ほとんどの人間や精霊王は、ネアをそう呼んだ。それを嫌だと思ったことはない。精霊王と人間。
 月を担う者と、そうではない者。互いの間には、必要な距離がある。セレーネと呼ばれることは、その距離を保つために大切だった。
 それでも、ネアと呼ばれることも大切だった。セトは、あの人ではない。セトはセトだ。
 それは分かっている。分かっているはずなのに、セトが古代兵器へ向かう姿を見ると、あの人を思い出す。だから黒刃を見た時、つい力を重ねてしまったのかもしれない。
 黒月を作れば役に立つ。そう判断したのは事実だ。だが、本当にそれだけだったのかと問われれば、ネアには答えられなかった。

「どうした」

 セトが振り返った。

「何でもありません」
「ずっとこっちを見ていたぞ」
「考えていただけです」
「方法を?」
「それもあります」

 ネアはシアを見る。

「シア」
「何だ」
「あなたは、どのように精霊剣になったのですか」

剣になった時

 シアはすぐには答えなかった。分からないからではなく、何を聞かれているのか分からないような顔をしていた。

「剣になった時に、何をしたのですか」

 ネアが言い直す。

「セトが死にそうだった」
「その時の状況ではなく、剣になるためにしたことです」
「剣になろうと思った」
「それから?」
「セトに手を伸ばした」
「それから?」
「名を呼べと言った」
「なぜ、名前を呼ばせたのですか」
「そうすればいいと思った」
「方法を知っていたのですか」
「知らない」
「知らないのに?」
「ああ」

 シアは少し考える。

「だから、たぶんそれだけだと言った」

 ネアがシアを見る。

「確信はなかったのですね」
「ああ」
「名前を呼ばせた以外には?」
「ない」
「力の流れを変えたり、自分の形を作り直したりは?」
「していない」
「何か詠唱は?」
「していない」
「精霊剣になる方法を、どこかで知ったのでは?」
「知らない」

 ネアは息を吐いた。

「結局、感覚なのですね」
「ああ」
「参考にしにくいですね」
「だが、剣にはなった」
「結果だけは参考になります」

 セトには、シアが隠しているとは思えなかった。本当に、手順として説明できないのだろう。

「セトは何をしたのですか」

 ネアが尋ねた。

「シアの手を取った」
「それから?」
「名前を呼んだ」
「剣にしようと考えていましたか」
「いや」
「では、なぜ名前を?」
「シアが呼べと言ったからだ」

 ネアがシアを見る。

「覚えていますか」
「ああ」
「なぜ、名前を呼べばよいと思ったのです」
「分からない」
「分からないのに、呼ばせたのですか」
「剣になろうと思った時、そうすればいい気がした」
「それで、たぶんそれだけだと?」
「ああ」

 ネアは少し黙った。

「やはり、感覚なのですね」
「必要なら、やればいい」

 シアが言った。

「同じことが起きるとは限りません」
「黒月では足りないのだろ」
「ええ」
「なら、別のことをするしかない」

 その通りだった。黒刃へ重ねられる力には限界がある。黒刃が触れられる場所にも限界がある。
 黒月では、古代兵器へ流れ込む原光のすべてを止められない。

「精霊剣になれば、シアの力はセトへ流れるのですね」
「ああ」

 シアが答える。

「剣の中だけではなく、体にも?」
「ああ」
「シアが見ているものも、セトには分かるのですか」
「全部ではない」

 今度はセトが答えた。

「だが、力の向きは分かる。シアがどこを狙おうとしているかも、剣を持っていれば伝わる」
「黒月とは違いますね」

 ネアは自分の手を見る。黒月へ乗せた力は、黒刃の上に留まっていた。セトへ流れたわけではない。
 自分が見ている原光の流れも、セトには見えていなかった。

「わたしが剣になれば、黒刃を通す必要がなくなるかもしれません」
「できるのか」
「分かりません」
「やってみれば分かる」

 シアが言う。

「失敗した場合を考えてください」
「失敗したら、剣にならない」
「それだけで済む保証はありません」
「壊れるのか」
「分かりません」
「分からないことばかりだな」
「初めてなのですから当然です」
「なら、やるしかない」

 シアの言葉は、乱暴ではあるが間違ってはいなかった。採石場から、再び岩の割れる音が響く。試すなら、兵器が出てくる前しかない。

残った名前

「名前を呼ばれることに、意味があるのでしょうか」

 ネアが言った。

「名前ならあるだろ」

 シアが答える。

「ネアだ」
「あります」
「なら呼べばいい」
「あなたの名前は、セトが付けたのでしょう」
「ああ」
「わたしの名前を付けたのは、セトではありません」
「同じ者が付けなければならないのか」
「分かりません」
「また分からないのか」
「分からないものは分かりません」

 ネアという名を与えたのは、遠い昔に生きていた一人の人間だった。その人間は、特別な死に方をしたわけではない。戦いで命を落としたわけでもない。
 病によって、若くして倒れたわけでもない。人間として生きられるだけの時間を生きた。年を取り、やがて寿命を終えた。
 本人にとっても、それで十分な人生だっただろう。周囲の人間も、それが一番の幸せだと思っただろう。ネアも、それでよいと思った。
 人間が永遠に生きられないことは知っていた。精霊王と同じ時間を生きる必要もない。短いから不幸なのではない。
 限りある時間を生ききったのなら、それでよい。そう思う反面、何も残らないのだとも思った。家も変わる。
 物は失われる。その人間の声を知る者も、顔を知る者も、やがていなくなる。長い時間が過ぎれば、その人間が確かに生きていたことすら、誰も知らなくなる。
 残ったのは、ネアという名前だった。その人間が、ネアへ与えたもの。だから名乗り続けた。
 月の精霊王セレーネとだけ名乗れば済む時にも、ネアという名を使った。誰にでも親しく呼ばれたかったわけではない。
 月の精霊王として距離を置かれることも、大切だった。それでも時折、誰かがネアと呼ぶ。そのたびに、あの人が世界へ残したものが、まだ消えていないと思えた。

「ネアという名は、昔の人間からもらいました」

 ネアが言った。

「その人間は?」
「もういません」
「死んだのか」
「ええ。寿命を全うしました」

 シアは少し考える。

「なら、その名前は残っている」
「そうですね」
「ネアが名乗っているからだ」
「ええ」
「それなら、セトが呼んでも同じだ」

 シアは簡単に言った。ネアはセトを見る。

「あなたは、その人ではありません」
「当たり前だ」
「名前を付けた人でもありません」
「ああ」
「それでも、ネアと呼べますか」

 セトは少し眉を寄せた。何を迷っているのか分からないという顔だった。

「ネアと呼べば、ネアを呼んでいる」
「月の精霊王ではなく?」
「月の精霊王であるネアだろ」
「セレーネではなく?」
「今、俺の前にいるのはネアだ」

 セトはそれ以上、説明を加えなかった。あの人に似ている。また、そう思った。だが、やはり違う。
 あの人なら、もう少し気の利いた言葉を選んだかもしれない。セトは、思ったことをそのまま言う。おそらく、自分の言葉がネアにとってどれほど大きな意味を持つのかも分かっていない。
 セトはセトだ。あの人の代わりではない。それでも、あの人が残した名前を、今はセトが呼んでいる。
 名前は過去に残っただけではない。今も誰かへ届いている。

「試します」

 ネアは右手を差し出した。

「何をすればいい」

 セトが尋ねる。

「手を取ってください」

 セトがネアの手を取る。

「それから?」
「名前を呼んでください」
「今?」
「わたしが合図します」
「先に言え」
「今、言いました」

 ネアは目を閉じた。周囲を流れる原光へ意識を向ける。採石場へ向かう無数の流れ。
 その一部が、ネアの周囲でわずかに揺れた。シアが剣になった時、守りたいと思ったという。自分は何を望んでいるのだろう。
 古代兵器を止めたい。周囲の人間を守りたい。それは月の精霊王としての役目なのかもしれない。
 だが、それだけではない。セトを行かせたくないわけではなかった。セトは、止めても行くだろう。
 ならば、力を貸したかった。黒月へ乗せられる一部ではなく。自分の力を、そのまま。

「セト」
「ああ」
「呼んでください」
「ネア」

月の剣

 ネアの体が、黒に近い光へ変わった。黒月を作った時の光に似ている。だが、量が違う。
 人の形がほどけ、夜のような光がセトの左手へ集まった。周囲の原光が一斉に揺れる。古代兵器へ向かっていた流れの一部が、途中で途切れた。
 セトの左手に、一振りの剣が生まれる。黒刃とは違う。白刃とも違う。
 刀身がある場所だけ、周囲の光が失われたように見えた。細身の輪郭を、淡い銀色の光が縁取っている。

「ネア?」
『聞こえています』

 剣からネアの声が届いた。同時に、冷たい力がセトの左腕へ流れ込む。腕だけではない。
 胸。右腕。両脚。体全体へ広がっていく。
 黒月の時にはなかった感覚だった。セトの視界が変わる。暗闇の中に、無数の細い光が浮かんだ。
 空から流れるもの。大地の中を通るもの。木々や水から離れ、採石場へ向かうもの。

「見える」
『わたしが見ている原光の流れです』

 セトが剣を少し動かす。刀身の近くで、原光が左右へ分かれた。吸い込まれているのではない。
 流れそのものが、刃を避けている。

「剣になったな」

 シアが言った。

『そのようですね』
「戻れるか」
『試していません』
「なら、あとで試せ」
『言われなくても試します』

 シアが剣へ近づく。

「名前がいる」
『ネアでよいでしょう』
「それは剣の名前ではない」
『剣にも名前が必要なのですか』
「極炎にはある」
『極炎は、元からそう呼ばれていたのでしょう』
「呼び分けにくい」

 セトは、採石場へ向かう原光を見る。

「原光を絶つ剣か」

 剣の周囲で、細い流れが切れている。

「絶光」

 シアが言った。

「そのままだな」
「分かりやすい」
『黒月の時にも同じことを言いましたね』
「悪くなかっただろ」
『否定はしません』

 銀色の縁が淡く光った。

『絶光。その名でよいでしょう』

絶たれた流れ

「何ができる」

 セトが尋ねた。

『あの流れを切ってください』

 ネアが示したのは、採石場へ向かう太い原光の流れだった。セトは絶光を振る。何かに当たった感触はない。
 だが、刀身が通った場所で原光が途切れた。切られた先の光が方向を失い、周囲へ散っていく。

「切れた」
『黒月では、刃へ引き寄せて吸収していました』
「絶光では、流れそのものを止められる?」
『少なくとも、今の一本は』

 しばらくすると、途切れた原光が再びつながり始めた。切れた両端が伸び、同じ流れへ戻ろうとしている。

「戻るぞ」
『ええ。永久に消えるわけではありません』
「どれくらい持つ」
『流れの太さによります』

 セトは次の流れを切る。二本目。三本目。
 切られた流れは、絶光を離してもすぐには元へ戻らない。黒月は、刃を離せばその場で原光が流れ始めた。絶光なら、一度切った場所から移動できる。

「複数を順番に止められる」
『ええ』
「全部切れるか」
『数が多すぎます。切っている間に、最初の流れが戻ります』
「太いものだけなら?」
『兵器へ入る量を、大きく減らせるはずです』

 シアが絶光を見る。

「これなら倒せる」
『まだ分かりません』
「黒月より強い」
『原光を絶つことについては』
「核も切れるか」
『破壊する力は強くありません』

 ネアの答えは黒月の時と同じだった。

『絶光は、力を止めるための剣です。装甲や核を壊すなら、極炎の方が向いています』
「なら、二本使えばいい」

 シアが言った。セトとネアが、同時にシアを見る。

「黒月と極炎は一緒に使えた」
「黒月は、セトの黒刃です」

 絶光の中からネアが答える。

『今は、わたしが剣になっています』
「だから何だ」
『二人分の力を、同時にセトへ流せるか分かりません』
「やってみれば分かる」
『それしか言わないのですか』
「必要なことだからな」

 セトは左手に絶光を持ったまま、右手をシアへ差し出した。

「試すぞ」

 シアは迷わず、その手を取った。

「ああ」
「シア」

二本目

 シアの体が赤橙色の光へ変わった。光がセトの右手へ集まり、炎の剣となる。極炎。
 シアの力がセトへ流れ込んだ。ネアの冷たい力は、すでに全身へ広がっている。そこへ、シアの熱が重なる。
 二つの力はぶつからなかった。互いを押し出すこともない。セトの両腕を通り、体全体へ行き渡る。
 右手には極炎。左手には絶光。

『立てるか』

 シアの声がする。

『無理なら、すぐに戻ります』

 ネアの声も聞こえる。

「ああ」

 セトは二本の剣を構えた。極炎を振る。続けて絶光を振る。
 右の炎が空気を焼き、左の刃が原光の流れを切る。二本を交差させる。触れる直前で軌道をずらした。
 絶光の近くで、極炎の炎がわずかに引かれる。

「近づけすぎない方がいいな」
『わたしの力まで切るつもりか』

 シアが言った。

『意図して切ることはありません』
「意図しなければ切らないのか」
『今のところは』
『不安になる言い方をするな』
「二人とも聞こえているのか」
『ネアの声は聞こえる』
『わたしにもシアの声が聞こえています』
「俺にも二人とも聞こえる」

 少し離れた場所では、隊長が怪訝な顔をしていた。セトが誰もいない場所へ返事をしているように見えるらしい。

「どうなった」

 隊長が尋ねる。

「二本とも使える」
「二本?」
「シアとネアだ」

 隊長には、剣の中から聞こえる二人の声は届いていない。それでも、セトの両手にある剣を見れば意味は分かった。

「月の精霊王も、剣になったのか」
「ああ」
「勝てるのか」
「今から確かめる」

 隊長は顔をしかめた。

「確かめる相手が、あれでなければよかったんだがな」

作戦

 ネアが人の姿へ戻る。絶光が黒に近い光へほどけ、セトの左手から離れた。光が人の形を作り、ネアが地面へ降り立つ。

「問題ありませんか」

 セトが尋ねる。

「少し力を使いましたが、動けます」
「もう一度なれるか」
「試します」

 ネアが手を差し出す。セトが取る。

「ネア」

 再び、黒に近い光が左手へ集まった。絶光が形を作る。

『なれました』
「なら作戦を決める」

 セトは絶光を持ったまま、兵器へ向かう原光を見る。

「絶光で太い流れを切る」
『全部を切る必要はありません』

 ネアが答える。

『再生と防御壁を弱められるだけ切ればよいでしょう』
「そのまま極炎も出す」
『わたしが装甲を開く』

 シアが言った。

「大きな一撃は最後まで残す」
『前と同じでは、核まで開くのに時間がかかる』
「絶光で再生を遅らせる」
『それでも、原光が完全に止まるわけではありません』

 ネアが言う。

『通常の斬撃と兵士たちの攻撃で装甲を開きます。大きな一撃は核へ残してください』

 前の戦いでは、黒月を一か所へ当て続けなければならなかった。今度は違う。絶光で切った原光の流れは、少しの間、剣を離しても戻らない。
 その間に別の流れを切り、極炎で装甲を破壊できる。

「核が見えたら、絶光で防御壁を切る」
『わたしが壁を絶ちます』
「極炎で核を壊す」
『今度は届く』

 隊長が地面へ地図を広げる。

「兵士は何をすればいい」
「極炎が開いた場所へ攻撃を集中させる」

 セトが答えた。

「再生する部品を壊し続けてください」

 ネアが続ける。

「絶光で流れを切っても、兵器の中に残っている原光までは消えません」
「砲撃は?」
「絶光で切る」

 シアが言った。

「切れるのか」
「さっき流れを切った」
「流れと砲撃は同じなのか」
『試していません』

 ネアが答える。隊長には聞こえない。セトが代わりに言う。

「たぶん切れる」
「たぶんか」
「正面へ集まるな。砲口が向いたら散れ」
「それは最初から変わらんな」

 隊長は兵士たちへ命令を伝え始めた。絶光で原光を絶つ。極炎で装甲と核を破壊する。二本の精霊剣を、同時に使う。
 黒月では届かなかった場所へ進むための作戦だった。

三度目の地鳴り

 採石場の方向から、これまでで最も大きな音が響いた。地面が揺れる。暗闇の向こうへ淡い光が伸びた。

「出るぞ!」

 隊長の声が飛ぶ。兵士たちが配置につく。投石機の縄が引かれる。
 術士は左右の高台から、採石場の出口へ狙いを定めた。岩の崩れる音が連続する。土煙が夜空へ上がった。
 その中から、金属の脚が現れる。一度。二度。地面を踏みしめ、岩を押しのける。
 やがて、装甲に覆われた巨体が採石場の外へ出た。傷は一つも残っていない。脚も装甲も元へ戻っている。
 核へ入れた亀裂も、外からは見えない。前の二度の戦いが、なかったかのようだった。

「ネア」

 セトが手を差し出す。ネアがその手を取った。

「今度は、最後まで離れません」
「ああ」
「ネア」

 黒に近い光が広がる。絶光がセトの左手へ生まれた。原光の流れが、暗闇の中へ浮かび上がる。
 シアが右手をつかむ。

「シア」

 赤橙色の光が集まり、極炎となる。二つの力がセトの体へ流れ込んだ。右手には極炎。左手には絶光。

『右から三本』

 ネアの声。

『上から太いものが一つ。地中から二本です』
「見えている」
『砲口が開くぞ』

 シアが言った。古代兵器の上部が開く。原光が砲口へ集まり始めた。

「まず、あれを止める」

 セトは絶光を構えた。

光を分ける

 原光の砲撃が放たれた。暗闇が白く照らされる。黒月を使った時、セトは砲撃の側面へ刃を当てた。
 吸いきれない力を刃に沿わせ、方向を変えた。今度は違う。

『中心です』

 ネアの声に合わせ、セトは絶光を振る。迫る原光の中心へ、刀身を入れた。衝撃が左腕へ伝わる。
 絶光の刃を境に、光の塊が二つへ分かれた。右と左。分かれた砲撃がセトの両側を通過し、兵士のいない地面へ突き刺さる。
 二か所で大地が砕けた。

「切れた」
『次が来る前に、供給を絶ちます』

 セトは古代兵器へ走る。ネアとシア。二人の力によって強化された体が、地面を蹴る。
 古代兵器へ向かう太い原光の流れが見える。右から来る一本へ絶光を振る。流れが途切れる。
 続けて、地面から伸びる一本。二本目。上から落ちる太い流れ。三本目。
 古代兵器の装甲の隙間で脈打っていた光が弱くなる。兵器の脚が横から振られた。

『上だ』

 シアの声。セトは体を沈める。頭上を金属の脚が通過した。
 そのまま兵器の側面へ回り込み、極炎を振る。炎の刃が脚の関節へ入った。装甲が裂ける。
 骨組みが焼き切れる。脚の先が地面へ落ちた。切断面へ原光が集まり始める。

『左下から二本来ます』

 セトは絶光を振り返す。切断面へ向かっていた二本の流れが途切れた。部品の輪郭が浮かびかけ、崩れる。

「再生しない!」

 隊長が叫ぶ。

「今だ! 撃て!」

 投石機から岩が放たれる。古代兵器の正面装甲へ直撃した。術士たちの火と風が続く。装甲がへこむ。
 継ぎ目が割れる。いつものように、すぐには元へ戻らない。

「正面を開く!」

 セトは古代兵器へ踏み込んだ。

二本の役割

 極炎を横へ振る。正面装甲の一枚が切断される。その奥に二枚目が見えた。古代兵器の脚が、左右からセトへ迫る。

『右を受ける』

 シアが言った。

『左は流れを切ります』

 ネアの声が重なる。セトは右手の極炎で脚を受け流した。左から来る脚へは絶光を向けない。
 脚そのものではなく、その関節へ入る原光を切る。動いていた脚が途中で鈍る。セトはその下を抜けた。

「使い方が違うな」
『わたしは壊す』
『わたしは動かす力を絶ちます』
「分かりやすい」

 極炎が二枚目の装甲を切り裂く。絶光が、切断面へ集まる原光を絶つ。兵士たちの攻撃が、開いた場所へ集中する。
 投石機の石が骨組みを砕く。火の術が細い管を焼く。風の刃が内部の部品を切り飛ばす。
 古代兵器は、さらに多くの原光を集め始めた。暗闇の中へ、新しい光の道が浮かび上がる。

『右後方から四本です』

 セトは絶光を連続して振る。一本。二本。三本。
 四本。流れが切れるたび、古代兵器の内部で明滅する光が弱くなった。先に切った流れが、ゆっくりと戻り始めている。

「最初の流れがつながる」
『すべてを止め続ける必要はありません』

 ネアが言った。

『正面へ入る量を減らしてください』

 セトは古代兵器の周囲を回りながら、正面の再生へつながる太い流れだけを切る。絶光で供給を絶つ。極炎で装甲を壊す。
 二本の剣は、別々の役割を持っていた。黒月の時のように、どちらか一方を選ぶ必要はない。古代兵器が再び砲口を開く。

『力が集まりきる前に切れ』

 シアが言った。セトは砲口へ向かう原光の流れを、絶光で横から断つ。集まりかけた光が散る。
 砲撃は放たれなかった。

「止めた!」

 隊長の声が聞こえる。

「攻撃を続けろ!」

核への道

 極炎が骨組みを切る。絶光が原光の流れを絶つ。兵士たちが内部の部品を壊す。開いた傷が、少しずつ深くなっていく。
 前の戦いとは違った。黒月を傷口へ置き続ける必要がない。一度切った流れが戻る前に、別の流れを切れる。
 兵器の攻撃へ対処している間にも、切断された流れはすぐには元へ戻らない。再生よりも破壊が先へ進んでいる。

『中央より下だ』

 シアが言った。

『見えています』

 ネアが答える。絶光を通じて、セトにも核へ集まる原光が見えていた。複数の流れが、兵器の奥にある一点へ集まっている。

「あそこだ」

 セトは極炎を縦へ振り下ろした。最後の骨組みが切断される。球状の核が見えた。
 複数の輪に囲まれ、内部で淡い光が脈打っている。

「核だ!」

 隊長が叫ぶ。

「術士、中央を狙え!」
「待て!」

 セトが止めた。核の周囲には、見えない防御壁がある。外から攻撃しても、前と同じようにそらされる。

『防御壁へ入る流れを切ります』

 ネアが言った。核の周囲へ、細い原光が集まっている。装甲の再生とは別の流れ。防御壁を維持するためのものだった。
 セトは絶光を振る。一本目を切る。二本目。三本目。
 見えなかった壁の輪郭が、淡く浮かび上がった。球状の壁が揺れる。

『まだ残っています』
「どこだ」
『核の下です』

 セトは兵器の内部へ踏み込む。極炎で邪魔な部品を切り飛ばす。核の下へ続く細い流れを、絶光で断った。
 防御壁の光が一気に弱くなる。

「壁を切る」

 セトは絶光の刃を、球状の防御壁へ当てた。黒月の時は、刃の周囲から精霊力を吸い続けた。今度は違う。
 絶光を横へ振る。球状の壁へ、一本の切れ目が走った。壁の上下がずれる。開いた隙間は、すぐには閉じない。

『今です』

 ネアが言った。

『わたしの番だ』

 シアの声。セトは右手の極炎を引いた。

最後の極炎

 古代兵器へ向かう原光の流れが戻り始めている。切られた一本がつながる。続けて二本目。
 正面装甲の端にも、淡い光が集まり始めた。それでも、前の戦いとは違う。核までの道は開いている。
 防御壁も切れている。極炎の前を塞ぐものはない。

「一撃で壊す」
『ああ』

 シアの力が極炎へ集まる。赤白い炎が刀身を覆う。兵器の内部が、炎の光に照らされた。
 核の表面が脈打つ。切られた防御壁を戻そうと、周囲から精霊力が集まり始める。

『右側から戻ります』

 ネアが言った。セトは絶光を振る。防御壁へ向かっていた流れを再び切る。壁の切れ目は閉じない。

「行くぞ!」

 セトは極炎を突き出した。赤白い炎が、開いた道を一直線に進む。装甲へ力を奪われない。
 骨組みに阻まれない。防御壁にそらされない。極炎の切っ先が、核へ突き刺さった。球状の表面に、大きな亀裂が走る。

『押す!』

 シアが力を集める。炎が核の内部へ入る。亀裂が広がった。古代兵器の全身が大きく震える。
 核を修復しようと、周囲の原光が一斉に集まり始めた。

『来ます!』

 セトは左手の絶光を振った。核へ向かう流れを切る。一本。二本。
 三本。切っても、さらに別の流れが来る。絶光を連続して振る。核へ集まる原光が途切れる。
 極炎がさらに深く入った。

「壊れろ!」

 核の亀裂が全体へ広がる。表面が一つ。二つ。複数の破片へ分かれた。
 内部からあふれた光を、絶光が左右へ切り分ける。淡い光が兵器の内部へ散った。核の中心にあった輝きが消える。
 古代兵器の音が止まった。

『離れろ!』

 シアの声。セトは二本の剣を引き抜き、開いた装甲から外へ飛び出した。直後、古代兵器の巨体が傾く。
 脚から力が抜ける。地面へ倒れ、大きな音を響かせた。

戻らないもの

 誰も動かなかった。兵士たちは武器を構えたまま、倒れた古代兵器を見ている。正面の装甲は失われている。
 内部の部品も露出している。だが、原光は集まらない。新しい部品も作られない。切断された脚も動かなかった。
 セトの右手で、極炎が赤橙色の光へほどける。シアが人の姿へ戻った。左手の絶光も黒に近い光へ変わる。
 ネアがセトの隣へ降り立つ。

「止まったのか」

 隊長が呟く。

「核はありません」

 ネアが答えた。今度は剣の中からではない。隊長にも声が聞こえる。

「原光も集まっていません」
「本当に倒したのか」
「もう戻らない」

 シアが言った。

「核を壊したからな」

 兵士の一人が、古代兵器の装甲へ石を投げた。硬い音が響く。反応はない。
 少しずつ、兵士たちが武器を下ろしていく。誰かが息を吐いた。別の誰かが、その場へ座り込んだ。
 声を上げる者はいなかった。喜ぶには、全員が疲れすぎていた。

「一体を倒すのに、これだけ必要なのか」

 隊長が言った。極炎。絶光。兵士と術士。
 投石機。どれか一つでも欠けていれば、核へ届かなかった。

「俺たちだけでも倒せた」

 シアが言った。

「兵士たちが装甲を壊さなければ、もっと時間がかかっていました」

 ネアが答える。

「その分、切った原光が戻ったでしょう」
「では、全員で倒した」

 シアが言い直す。隊長がわずかに笑った。

「ずいぶん素直だな」
「事実だからな」

 セトは倒れた古代兵器を見る。前の戦いでは、何度壊しても戻された。今度は戻らない。

「一本では届かなかった」

 セトが言った。

「二本なら届いた」

 シアが答える。

「二本だけではありません」

 ネアが付け加える。

「分かっている」
「ならよいです」

ネアという名

 夜明けが近づいていた。古代兵器へ向かっていた原光の流れは止まっている。色を失った草が、すぐに元へ戻るわけではない。
 森の葉も、まだ薄い色のままだ。それでも、これ以上吸われることはなくなった。隊長は、発掘現場へ伝令を出した。
 古代兵器を一体破壊したこと。遺跡へ誰も入れないこと。残された兵器へ、絶対に触れないこと。

「これを見ても、動かそうとする者はいると思うか」

 セトが尋ねた。

「いるだろうな」

 隊長が答える。

「制御できない兵器だぞ」
「自分なら制御できると考える者はいる」
「面倒だな」
「人間は、強いものを見れば使いたがる」
「壊した方が早い」

 シアが言った。

「動いていない兵器にも、同じ防御があるかもしれません」

 ネアが答える。

「まず遺跡を調べる必要があります」
「また剣になればいい」
「簡単に言いますね」
「もう二度なった」
「二度できたからといって、何度でも問題ないとは限りません」
「問題があったのか」

 シアがネアを見る。ネアは少し考えた。

「普段より、力を使った感覚があります」
「それだけか」
「今のところは」
「なら休めばいい」
「シアもです」
「わたしは平気だ」
「最後の極炎で、ほとんど力を使ったでしょう」
「少し休めば戻る」
「同じことを言っています」

 セトは二人の間に立った。

「二人とも休め」
「セトは?」
「俺も休む」
「なら最初からそう言え」
「今、言った」

 シアが少し離れた場所へ座る。ネアは、その背中を見てからセトへ顔を向けた。

「セト」
「何だ」
「先ほど、わたしの名前を呼びましたね」
「呼べと言っただろ」
「そうではなく」

 ネアは少し迷った。何を確認したいのか、自分でも分かっていなかった。剣になるために呼ばせた。
 それだけのはずだった。だが、セトがネアと呼んだ時、遠い昔にもらった名前が、過去から今へつながったように感じた。
 あの人は、もういない。十分に生きた。幸福な人生だった。ネアも、それでよいと思っている。
 それでも、その人が残した名前は、今もここにある。

「もう一度呼びますか」

 セトが尋ねた。

「なぜですか」
「呼んでほしそうな顔をしている」
「どのような顔ですか」
「分からない」
「分からないのに言ったのですか」
「ああ」

 やはり、あの人とは違う。ネアは小さく息を吐いた。

「必要になった時に呼んでください」
「剣になる時か」
「それ以外でも構いません」
「分かった」

 本当に分かっているのかは怪しかった。だが、それでよかった。ほとんどの者は、これからも月の精霊王と呼ぶだろう。
 月の、と呼ぶ精霊王もいる。セレーネと記す者もいる。その距離は必要だった。同時に、ネアと呼ぶ者もいる。
 それもまた、ネアには必要だった。

「ネア」

 セトが呼んだ。

「今は必要になった時ではありません」
「それ以外でもいいと言っただろ」
「言いましたが、すぐに呼ぶとは思いませんでした」
「呼ばない方がよかったか」

 ネアは少し考えた。

「いいえ」

 それだけ答えた。セトはセトだ。あの人ではない。過去の誰かと重ねる必要もない。
 それでも、目の前の誰かを救うために、何も考えず古代兵器へ向かう。だから自分も、力を貸した。黒月だけでは足りなかった。
 今度は、自分自身を一振りの剣へ変えた。絶光が原光を絶ち。極炎が核を砕いた。
 二本目の精霊剣は、最後の一撃を放つための剣ではない。
 最後の一撃が届くまで、その道を閉ざさせないための剣だった。


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