エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第63話 八翼再戦

エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第63話 八翼再戦 エレメンタルクロス ~精霊の剣~
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第63話 八翼再戦
エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介―― この剣はやがて、世界の向こう側にまで届く。 ―― 人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避…
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第63話 八翼再戦 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

振り下ろす巨腕

 赤い四翼を取り戻したシアの向こうで、終焉の炎が動いた。
 山々の間に立つ巨体は、シアを失っても止まっていない。
 ただれた皮膚の下には大量の原光が巡り、背中の四翼が周囲から力を集め続けている。
 シアが自由になったことさえ、巨体には関係がないようだった。

「来る」

 シアが短く告げた。
 巨大な腕が持ち上がる。振り下ろされる先には、セトを支えるフィオラがいた。

「右へ離れてください!」

 フィオラが淡緑色の二翼を傾ける。
 ネアは黒い四翼で反対側へ離れた。
 シアだけは正面に残り、巨腕が迫った瞬間に赤い四翼で上へ抜けた。
 巨大な手が空を切り、山肌をえぐる。
 遅れて巻き起こった衝撃が岩を砕き、木々を斜面の下へ押し流した。

「まだ動けるんだな」
「そうみたい」

 シアは腕の外側から巨体を見下ろした。
 見覚えのある赤い四翼でも、そこへ通る原光は今のシアの火ではない。
 救い出した本人と、兵器として残った巨体は、もう別の場所にいる。
 ネアが二人の間へ戻ってくる。

「シア。すぐに戦えますか?」
「もう飛んでる」
「では、長く話す必要はありませんね」

 セトは山の斜面へ目を向けた。
 腕の一振りだけで、さっきまで木の生えていた場所が消えている。
 次にあれがどこを狙うか分からない。

「距離を取っても、向こうは止まらない。なら、先に削る」
「今度は、こっちが使う」

 シアは四翼を開き直した。
 その横で、ネアの黒い四翼も同じ方向へ向いた。

八翼へ

 終焉の炎の顔らしき部分が、三方向へ散った四人を追う。
 次の腕が上がる前に、セトは声を張った。

「シア。ネア。精霊剣になれるか?」
「なれる」
「問題ありません」

 シアとネアが答える。
 セトは自分を支えるフィオラへ顔を向けた。

「二人の間へ運んでくれ」
「はい。手を離すのは、八翼が開いてからにします」
「頼む。解除する時も受け止めてほしい」
「そのつもりです」

 フィオラが高度を上げる。
 右に赤い四翼、左に黒い四翼。
 セトは二人へそれぞれ手を伸ばせる位置へ運ばれた。
 六翼で胸部を切り開いた時とは違う。
 今度は、最初から巨体そのものを相手にする。

 終焉の炎が大きな腕を横へ振り抜いた。
 その腕の先へ、周囲から集まった原光が一斉に流れる。

「今だ!」

 シアとネアの身体が同時に光へ変わった。
 赤い光が右手へ集まり、火の精霊剣、極炎となる。
 黒い光は左手で形を結び、月の精霊剣、絶光となった。
 セトは両方の柄を握り、刃の向きを確かめた。
 赤い四翼と黒い四翼が、背中に交差するように開く。
 八枚の翼を巡る原光が一つの流れとなり、足元の空気を押した。

「フィオラ、もういい!」
「はい!」

 フィオラが手を離す。
 セトの身体は落ちない。
 八翼がそのまま上へ運び、横薙ぎの巨腕が足元を通り過ぎた。
 セトは右手の極炎を前へ向ける。
 左手の絶光は、戻ってくる腕の進路へ置いた。
 巨体の背後へ回り込む間も、二本の精霊剣を持つ手の役割は別々だった。

十六の射点

 セトの周囲に、赤い光が七つ浮かんだ。
 続いて、黒い光が七つ。
 十四個の分霊核が、八翼の届く範囲でそれぞれ位置を取る。
 右手の極炎と左手の絶光を含め、十六の射点がそろった。
 赤い力と黒い力は混ざらない。
 それぞれの流れが、セトを中心として同じ攻撃の時機へそろっていく。

『最初から全力でいい?』

 極炎となったシアが尋ねる。

「全部は使うな。攻撃を切らしたくない」
『一度に撃ち切らず、間をつなぐのですね』
「ああ。傷が戻る速さを見ながら削る」
『分かった。なら、まず広く撃つ』

 赤い七核が左右へ分かれる。
 絶光に連なる黒い七核は、その隙間から別の場所を狙った。
 一つの方向へそろえるだけなら簡単だ。
 だが、相手の全身へ散らすには、射点同士の位置と攻撃する順番を合わせなければならない。
 セトは巨体の腕がどこまで届くかを見て、射線を選ぶ。

『私は最初の損傷を広げます。再生が始まる場所を見てください』
「分かった。黒い方はその直後だ」

 下方では、フィオラが二翼を広げていた。
 八翼の動きへついていこうとはしない。
 離れた場所から位置を確かめ、解除の合図があれば届く方向を保っている。
 六翼の救出に続いて、フィオラには別の仕事がある。
 その役が待っているからこそ、セトは八翼を最後まで使うつもりだった。

「まずは、向こうの再生を見よう」

 セトが両手の剣を構える。
 赤と黒、十六の射点が巨体へ向いた。

星雨と散華

 最初に、赤い七核が大きく広がった。
 極炎の刃先にも火が集まる。

『炎天・星雨!』

 八本の赤い線が、巨体の胸、肩、腕、腹へ走った。
 火は肉体の表面で終わらず、組織の奥まで突き抜けて崩す。
 肩から赤い塊が落ち、胸部には離れた位置にいくつも穴が開いた。
 傷の周囲へ原光が集まり始める。
 そこへ黒い七核が向きを変えた。

『月天・散華』

 絶光からの一門を加えた八本の黒い線が、赤い穴の縁を横切った。
 切断面を支える原光が減り、つながり直そうとしていた肉体の動きが鈍くなる。
 赤い攻撃と黒い攻撃が届く場所は、完全に重なってはいない。
 シアが崩した箇所と、ネアが戻る流れを断つ箇所を、それぞれ選んでいた。

「効いてる」
『はい。ただし、まだ残っています』

 終焉の炎が右腕を持ち上げた。
 胸の穴へ集まりかけていた原光の一部が、今度は腕へ流れ込む。
 巨大な拳の周囲で空気が押しつぶされ、赤い光が一段と強くなった。

「右へ抜ける!」

 セトは八翼を傾けた。
 巨腕があった場所へ突っ込むのではなく、腕の外側を抜ける。
 拳が通り過ぎた後、極炎を肩口へ振り下ろした。
 絶光はその外側から、次の攻撃へ向かう原光を削る。
 一撃ごとに、巨体の姿が少しずつ変わっていった。
 しかし倒れない。
 傷の奥では、次の組織が生まれ始めていた。

火と月の分担

 シアは、崩れた肩の奥へさらに火を通そうとした。
 その時、終焉の炎の反対側の腕が動く。
 切断された肉体が落ちる間にも、別の腕へ原光が集まっていた。

『まだ削れる!』
『その角度では、次の腕が当たります』

 ネアが警告した。
 セトは左手の絶光を引き、右手の極炎を前に向けたまま上昇する。

「上を取る。シアは移動しながら撃て」
『了解!』

 赤い七核から、短い間隔で火が放たれた。
 狙うのは巨体の腕そのものではない。
 腕を動かすために厚くなっている付け根だ。
 ネアはセトへ迫る原光の流れを読み、極炎の射線とぶつからない方向へ絶光を振らせた。
 腕を支えていた赤い組織が減り、振り抜く途中で先端が大きく下がる。

「今度は左だ!」
『分かっています』

 八翼が反転した。
 シアは正面からの突破が得意だ。
 ネアは受け止め、流れを変えることを得意とする。
 どちらか一人へ合わせ続ければ、もう一人の働きが遅れる。
 セトは二人が狙っている場所を同時に見て、身体をどこへ置くかだけを決めた。
 次の瞬間、腕の下を抜けた八翼が巨体の後ろへ出た。

『今なら背中です』
「よし。四翼の付け根を狙う」

 赤と黒の射点が背面へ向いた。
 背中へ集まる原光が一度散り、終焉の炎は全身をひねる。
 その動きに合わせてセトは攻撃を止めた。
 敵を逃がしたわけではない。
 次に原光が集まる場所を、見るためだった。

再生の流れ

 終焉の炎の肩が欠けたまま、胸の穴が塞がり始めた。
 セトはあえてすぐには撃たず、残った肉体の奥を走る原光を追った。
 最初は胸に集まった流れが、肩へ向きを変える。
 肩の組織が戻り始めると、今度は腹の傷が薄く光った。
 修復に使う原光が、損傷のある場所へ次々に振り分けられている。

「傷の位置で、流れが変わってる」
『一つの場所から送っているのでは?』
「違う。残った部分が、それぞれ戻そうとしてる」

 ネアの問いに、セトは目を細めた。
 赤い四翼が集める外からの原光と、巨体の内部に残った流れ。
 その二つが組み合わさって、次の形を作っているように見える。
 どこか一か所を切れば終わるという単純な動きではなかった。

『だったら、全部削ればいい』
「その前に、どうやって戻ってるかをもう少し見る」
『分かった。次は別の場所を撃つ』

 シアの七核が巨体の上側を狙う。
 そこへ短く火を通すと、傷のないはずの腰から原光が移動した。
 ネアは別の側面に黒い線を走らせ、流れの先を一つだけ断った。
 断たれた場所へ集まる力が減った分、別の傷へ原光が流れる。
 同時に修復する場所は増えても、その速さは一定ではない。
 傷を増やした時と、流れを断った時では反応が違った。
 セトは二本の剣を握り直す。
 攻撃すれば確かに形は崩れる。
 だが、そのたびに全身の流れが組み替えられていた。

「まだ、止め方は見えないな」
『流れそのものには、まとまりがあります』

 ネアの言葉に、セトはもう一度巨体を見た。
 再生へ向かう流れの中に、一度だけ近い場所へ寄ってから分かれる筋があった。

集まる流れ

 八翼は終焉の炎の正面を横切った。
 セトは巨体の内側を巡る流れへ意識を向ける。
 胸から腹にかけて散っていた原光が、ある部分で一度密集し、そこから枝分かれしていた。
 傷が増えるたびに位置は少し変わるが、流れが集中する時間は確かにある。

「集まってる場所がある」
『核?』

 シアが尋ねる。

「分からない。あそこを壊してみる」
『その場所へ合わせます』

 ネアの黒い七核が射線を空ける。
 セトは右手の極炎を小さく上げ、火の一門だけを密集点へ向けた。
 赤い線が突き刺さり、続けて黒い一門が同じ位置から原光を奪う。
 肉体が大きく崩れ、周囲の導路まで引き裂かれた。
 集まっていた流れは途切れた。
 一瞬、巨体全体の動きが鈍ったように見えた。
 だが、次の瞬間には別の肉体から原光が伸び、先ほどとは違う場所へ集まり始める。
 足りない部分を補うように、傷の奥から新しい組織が生まれた。

「止まらない」
『中心ではなかった?』
「中心に見えただけかもしれない」

 セトは、壊した部分から目を離さなかった。
 残った研究者は、終焉の理という機構と、発掘された神の目について話していた。
 だが、それらがどこにあり、どう作用するのかまでは知らなかった。
 目の前にある原光の密集が、それらと関係するのかどうかも分からない。
 見えたものを壊して反応を確かめることはできる。
 その結果を、兵器の停止方法だと思い込むことはできなかった。

『もう一度、集まった場所を撃つ?』
「同じ結果になるかもしれない。今は、その時間を別に使いたい」

 終焉の炎の拳が迫る。
 八翼は上へ抜け、崩れた肉体の下に残る大地を見た。

地上に残る傷

 拳が山の稜線をかすめた。
 巨大な岩塊が外れ、斜面の下へ落ちていく。
 八翼の攻撃で削られた赤い組織も、同じ方角へ崩れ落ちていた。
 セトが終焉の炎を見上げると、胸部ではすでに新しい肉体が形を取り始めている。
 一方、砕けた山は元へ戻らない。
 谷を埋める土煙と、倒れた木々だけが残る。

「削れるのは分かった」
『まだ全部は削れていないけど』
「ああ。だが、ここで続けるほど山がなくなる」

 シアは一度、下を見た。
 さっき自分が通り抜けた巨腕の軌跡が、長い傷となって山肌に残っている。
 敵の攻撃を避けるたび、当たらなかった腕が地面を壊す。
 八翼が火力を上げれば、今度は自分たちの攻撃で崩れる場所も増える。

『もっと上へ誘えば?』
『巨体の一部が地面へ残っています。今のままでは上がりきらないでしょう』

 ネアが答えた。
 足元から肩へ、太い肉体がつながっている。
 腕を振る際にも、巨体は残った脚で斜面を踏みしめていた。
 単に飛び上がるだけでは、あの質量を持ち上げられそうにない。

「先に小さくする必要があるな」
『止め方を探すのは?』
「地上で探し続けるのは危険だ」

 セトは後方を確かめた。
 フィオラは離れた空域に留まり、巨体へ近づかない位置を保っている。
 戦っている自分たちでさえ、次の一撃の落ちる場所を完全には選べない。
 まして、その外側にいる者が逃げ切れるとは限らない。
 倒す方法が分からないなら、せめて戦う場所を変える。
 セトは、赤い巨体の上に広がる空へ目を向けた。

質量を削る

「倒すのは後だ」
『後?』

 シアが聞き返した。

「宇宙へ持っていける大きさまで削る」
『宇宙へ?』
「地上で長く撃ち合えば、周りがもたない」

 セトは八翼を広げ直した。
 八翼なら、あの巨体を削ることはできる。
 だが、残った肉体は外から原光を集めて再生してしまう。
 止める方法が分かるまで地上に置いておくのは危険だった。

「俺が八翼を維持できる時間にも限界がある」
『セトを外せば、私たちは長く戦えます』
「ああ。二人だけになったら、宇宙で削り切れ」
『分かった』

 シアは間を置かずに答えた。

『なら、持ち上げられる大きさにする』
「そうだ。腕も脚も残ってる。まずはそこを減らす」
『上へ運べたら、私たちだけで戦えばいい』
『そうなります。ただし、止め方が分かったわけではありません』
「分かってる。完全に消えるまで続ける」

 シアの答えには迷いがない。
 ネアは、ひとまずそれ以上は言わなかった。
 二人は精霊王であり、セトとは使える時間の長さが違う。
 何度攻撃しても戻る相手なら、今度は相手が戻るより速く削るしかない。
 少なくとも、二人はそう考えている。

「次は、残った肉体をまとめて減らす」
『十六門ですね』
「ああ。あれなら全身に同時に届く」

 セトは巨体を囲むように八翼の進路を変えた。
 分霊核はセトの周囲に留めたまま、射線だけを別々の部位へ向ける。
 ひとつの場所へ集めるのではなく、十六の攻撃を同時に届かせる。
 巨体の肩、腕、胸、腹、脚。
 次の瞬間に再生させる場所を、できるだけ多く増やすためだった。

双天・星華

 八翼が終焉の炎の正面へ出た。
 赤と黒、十四個の分霊核がセトの周囲へ広がり、二本の精霊剣とともに巨体の異なる場所を狙う。
 終焉の炎の四翼が強く発光した。
 周囲から吸い上げた原光が、失った胸と肩へ流れ込もうとしている。
 セトはその流れを見て、剣を持つ両手の高さをそろえた。

「一度、大きく削る。次はすぐには撃てない」
『分かってる。これで小さくする』
『発射後の隙は、私が見ます』

 赤い射点が胸と四肢へ向く。
 黒い射点はその間に入って、切り離した後の組織を維持する原光へ狙いをつけた。
 十六門を一か所へ集めたわけではない。
 別々の場所へ、同じ瞬間に力を通す。
 セトは右手の極炎から伝わる熱と、左手の絶光へ集まる欠落の気配を感じた。
 どちらも一人ではない。
 自分を中心に、それぞれの意思が同じ時機を待っている。

「双天!」

 巨体が腕を持ち上げる。
 振り下ろされるより速く、セトは二本の剣を振り抜いた。

「星華!」

 赤い火と黒い月の線が、十六の射点から同時に走る。
 赤い線は腕と肩を突き抜け、胸部と腹部を大きくえぐった。
 黒い線は破壊された部分へ重なり、残った原光を奪って再接続を遅らせる。
 巨大な腕が崩れ、肩から赤い肉体が落ちる。
 胸と腹を結んでいた組織が裂け、脚を支える部分も砕けた。
 頭部を通った赤と黒の線が、背後の空へ抜ける。
 巨体が山の斜面へ沈み込んだ。

 赤い四翼だけは、なお広がっている。
 残った肉体の中を新しい原光が巡り、失った部分へ向かい始めた。
 セトは二本の剣を戻し、足場になるほど大きく残った部位を探した。
 星華は通った。
 だが、終焉の炎は消えなかった。

戻る前に

「まだ再生する!」
『分かってる!』

 シアの声に、セトは八翼を急降下させた。
 双天・星華の直後、十六門を同じ規模で撃ち直す余裕はない。
 それでも、今なら切り離しやすい場所がある。
 肩から垂れ下がった肉体の縁へ、極炎を振るった。
 絶光は切断面に重なり、組織を支える原光を減らす。
 赤い七核と黒い七核は、その場で必要なものだけが小さく動いた。
 大きな一撃のあとに残った隙間を、近接攻撃で広げていく。

『右の肩、まだつながってる』
「見えてる。次はそこだ」

 セトが身体を横へ向ける。
 崩れた肩の下から、新しい腕が生まれようとしていた。
 極炎が伸びかけた部分を断ち、絶光が根元の流れを崩す。
 腕は形を取り戻す前に、山肌へ落ちた。
 落下した肉体が岩を巻き込み、斜面の途中で止まる。
 再生はなお本体の内部で続いているが、元の巨体へ戻るには時間が必要だった。

『どこまで削ればいい?』
「二人で動かせるところまで」
『もういけると思う』

 シアが即答する。

『まだ重いです。ただ、さっきよりはずっと小さくなりました』
「なら、あと少しだ。立つために残してる部分を落とそう」

 セトは足元を見た。
 もともと山に埋まるように立っていた巨体は、今や大きく姿を崩している。
 だが、残った脚と腕で斜面に触れれば、まだ踏ん張れる。
 全身を同じように削るより、次はそこを狙った方がいい。

切り離す場所

 終焉の炎の脚は半ば崩れ、片側だけが山肌へ深く食い込んでいた。
 胴体を失っても、その脚が残っている限り、巨体は地面へ戻ろうとする。
 セトは極炎を下へ向けた。

「あの脚だ。地面にかかってる部分から切る」
『了解!』
『切れ目へ流れが集まっています。先にそこを抑えます』

 ネアが絶光の刃先を脚の付け根へ向ける。
 黒い線が原光を奪い、赤い肉体の動きが鈍くなる。
 セトはそのわずかな間へ踏み込み、極炎で厚い脚を斜めに断った。
 支えを失った胴が傾く。
 終焉の炎は残る腕を伸ばし、山の斜面をつかもうとした。

「次、腕!」
『先に私が切る!』

 シアの火が腕の中央を走る。
 完全に切れるより早く、ネアがその付け根へ欠落を通した。
 組織が支えを失って崩れ、巨体の重さが山肌の別の場所へ移る。
 セトはその動きを見て、八翼を少し後方へ引いた。
 残った肉体がまた地面へ伸びようとするが、足場になるほどの大きさは残っていない。

『今なら押せます』

 ネアが言った。

『ほら、言っただろ』
「まだ早かった。でも、今ならいける」

 セトが答えると、シアは短く笑った。
 終焉の炎は巨体の形を失っていた。
 それでも内部には赤い流れが走り、欠けた手足を取り戻そうとしている。
 切り離した部位が戻る前に、二人で持ち上げなければならない。
 セトはもう一度赤と黒の流れをそろえた。
 その時、合わせるまでにかかる時間が、先ほどより長くなっていることに気づいた。

八翼の限界

 セトは極炎を持つ右手を少し下げた。
 赤と黒の流れをそろえるたび、次の流れがわずかに遅れる。
 シアの火も、ネアの月も、出力が落ちているわけではない。
 十四個の分霊核も正常に動いている。
 だが、それらを一つの八翼として保つために、セトが合わせ直す回数だけが増えていた。
 先ほどは意識せず通せた部分で、何度も調整が必要になる。

『セト』

 ネアの声が届く。

「分かってる」
『八翼を保てる時間が短くなっています』
『まだ撃てるよ』
「撃てても、俺が維持できない」

 シアが一瞬黙った。
 セトは無理に八翼を引き上げようとはしなかった。
 まだ戦えそうな感覚はある。
 しかし、二人の力をそろえる判断を一度誤れば、次の腕を避ける時機まで狂いかねない。
 終焉の炎は小さくなったとはいえ、再生を続けている。
 最後まで八翼で戦う計画ではなかった。

『じゃあ、セトを外す』
「ああ。ここからは二人に頼む」
『私たちなら、もっと長く続けられます』
「分かってる。だから、その前に地上から離してくれ」

 セトは下方を見た。
 フィオラが淡緑色の二翼を広げ、離れた位置を保っている。
 彼女は八翼へ近づきすぎず、巨体が腕を伸ばしても巻き込まれない距離を選んでいた。

「フィオラ!」
「はい!」
「下へ来てくれ。八翼を解除する!」

 フィオラが翼の向きを変えた。
 セトは二本の精霊剣を握ったまま、最後に巨体の脚を見た。
 地面をつかんでいた部分は、今はもうない。
 ここから先を続けるには、八翼を保つより解除する方がいい。

人間を外す

 フィオラが八翼の下へ入った。
 セトの落ちる位置を見上げ、二翼の流れを細くそろえる。
 まだ解除はしていない。
 それでも、フィオラが受け止められる高さと距離にいることを、セトは確かめられた。

「いつでも受け止められます」
『解除したら、すぐに押し上げる』

 シアが言った。

「二人で左右から入れ。正面でぶつかり合うなよ」
『私は、下へ逃げる流れを上へ変えます』

 ネアの声が続く。

「そのまま大気の外まで運んでくれ」
『セトは?』
「俺は行けない」
『あとで来る?』

 シアの問いに、セトはすぐには答えられなかった。
 行きたい気持ちだけで、宇宙へ追いかけられるわけではない。
 八翼を維持する時間にも限りがある。

「方法ができたら行く」
『分かった。先に削っておく』
「完全に倒せる保証はない。無理なら距離を取れ」
『削り切る』
「シア」
『……無理になったら離れる』

 少し間を置いて、シアが言い直した。

『ネアと相談する』
『最初からそうしてください』

 ネアの返事を聞き、セトは小さく息を吐いた。
 戦場を変えるだけでは、勝ったことにはならない。
 それでも二人なら、ここでセトの限界に合わせて戦う必要がなくなる。
 フィオラがセトを受け止める。
 シアとネアが巨体を運ぶ。
 それぞれが自分の仕事へ戻るだけだ。

「二人とも、頼んだ」
『任せて!』
『必ず地上から遠ざけます』

 終焉の炎の残った腕が上がった。
 次の一撃が来る前に、セトは二本の精霊剣へ意識を向けた。

「分離するぞ」

強制分離

 セトは、極炎と絶光へ続く二つの流れを同時に解いた。
 右手の赤い剣が光へ変わる。
 左手の黒い剣も、遅れずに形を失った。
 セトの背中に広がっていた八枚の翼が、赤と黒に分かれて消える。
 十四個の分霊核も、それぞれの主のもとへ移っていった。
 空中に残されたセトの身体が、重力に引かれて落ち始める。

「セトさん!」

 すぐ下からフィオラが上昇した。
 淡緑色の二翼が流れを作り、落ちる身体の速度を減らす。
 フィオラは両腕を伸ばし、セトを抱えるように受け止めた。
 勢いを受けた二翼が一度たわんだが、すぐに安定する。

「受け止めました」
「ありがとう。二人を見ててくれ」
「はい。ここからなら、動きが見えます」

 上空で、赤い光と黒い光が人の形へ戻った。
 シアの赤い四翼。
 ネアの黒い四翼。
 それぞれの周囲へ、七つずつ分霊核が収まっていく。
 終焉の炎は、その二人へ残った腕を振り下ろした。
 シアは右へ、ネアは左へ分かれた。
 巨腕が二人の間を通り過ぎる。
 直前まで八翼だった二人は、今は自分の翼だけで飛んでいる。

「行く!」
「合わせます」

 シアとネアは互いの位置を確かめた。
 自分たちの間に、もうセトはいない。
 だが、次に向かう方向は同じだった。
 フィオラはセトを支えたまま高度を下げる。
 二人が突入した時に巻き込まれないよう、十分な距離を取った。

二人の体当たり

 シアは終焉の炎の右下へ回った。
 ネアは左下へ移る。
 巨体は削られても、二人よりはるかに大きい。
 しかし、地面をつかむ腕も、踏ん張るための脚も大きく失っていた。
 残された肉体には、外へ伸びて再び支えを作ろうとする動きがある。
 その前に持ち上げる。
 二人は位置を決めると、翼を強く開いた。

「シア!」
「今!」

 赤と黒の光が左右から突入した。
 二人は巨体へ全身ごとぶつかる。
 赤い四翼が正面から力を加え、黒い四翼が横へ逃げようとする流れを上向きへそろえる。
 片方だけで押しても、巨体が傾くだけだ。
 シアが押す位置に合わせて、ネアも接触する場所を変えた。
 巨大な肉体が山肌からわずかに浮く。
 残った脚の断面が斜面を削り、岩を巻き込んだ。

「上へ!」
「そのまま続けてください!」

 ネアは下へ戻ろうとする原光の向きを変える。
 シアは四翼からさらに力を通し、巨体を正面から押し上げた。
 終焉の炎の四翼が広がり、進む方向を変えようとする。
 二人は離れず、接触する場所を調整しながら上向きの力を保った。
 巨体の脚が、ついに山肌から離れる。
 真下に空間ができた。

「浮いた!」
「ここからです!」

 下方では、セトがフィオラに支えられて見上げていた。
 赤い巨体と、その左右の小さな二人が、山から離れていく。
 攻撃のために衝突したのではない。
 あの大きなものを、二人で同じ方向へ運ぶための体当たりだった。

雲の上へ

 三体が雲の中へ入った。
 終焉の炎の赤い四翼が雲を切り裂く。
 シアとネアは左右から離れず、巨体が腕を動かすたびに接触する位置だけを変えた。
 追い抜いても、突き落としてもいけない。
 上へ向かう動きが途切れないよう、二人は力を送り続けた。

「右が下がる!」
「そちらは私が上げます!」

 シアが身体を巨体の右へ寄せる。
 ネアは反対側で四翼を傾け、傾いた肉体を上向きに直した。
 終焉の炎は四翼へ原光を集め、何度も進む方向を変えようとする。
 だが、そのたびに二人は腕や残った胴へ触れる位置を変えていた。
 同じ力を出し続けるのではなく、相手が動くたびに押す場所を変える。

 雲の上へ出た。
 空の青が少しずつ濃くなり、周囲の空気が薄くなっていく。
 巨腕が動いても、地上のような衝撃音は届きにくくなった。
 それでも赤い肉体の内部では原光が流れ、欠けた部分がゆっくり戻り始めている。

「行きましたね」

 地上近くでフィオラが言った。
 セトはその腕に支えられ、空を見上げる。
 雲の上の三体は、すでに遠い光に見えた。

「ああ。あそこまで上がれば、山を巻き込まない」
「二人だけなら、長く戦えますね」
「でも、倒し方は分かってない」
「それでも、ここで戦い続けるよりはいいはずです」
「ああ」

 セトは視線を下ろさなかった。
 自分にできたのは、二人が押し上げられるところまで削ることだった。
 ここから先の一撃は、自分の手では振れない。

星の外へ

 青かった空が、しだいに暗くなった。
 終焉の炎は、なお抵抗を続けている。
 残った腕を二人へ向け、赤い四翼へ原光を集めて進路を変えようとした。
 シアは正面に身体を寄せ、下へ向こうとする巨体を押す。
 ネアは左側から、横へ流れる力の向きを上へ変えた。
 片方が押すたび、もう片方が方向を整えていく。

「もう少し!」
「分かっています!」

 巨体の背後には、さっきまで通り抜けてきた空が広がっている。
 その青は遠ざかり、雲の白も地面の色も薄くなった。
 シアの赤い翼とネアの黒い翼だけが、近くではっきり見える。
 二人は終焉の炎から離れない。
 離した瞬間、また星へ向かって落ちていくかもしれなかった。
 持ち上げる力を緩めないまま、三体は大気の外へ抜ける。

 音が消えた。

 周囲に風はない。
 翼が押すのは空気ではなく、原光によって生じる力だ。
 終焉の炎が身をよじっても、山を砕く音も、空気を押し裂く衝撃も生まれない。
 眼下には、丸みを帯びた星が広がっていた。
 シアはそれを一度だけ見下ろした。

「ここなら、好きなだけ削れる」
「地上へ落とさないことが先です」
「分かってる。ちゃんと見てる」

 ネアは返事をせず、巨体から伸びる赤い原光を追った。
 削っても再生する。
 止め方が分からないままなのも変わらない。
 それでも、セトの八翼が終えた仕事によって、戦場は星の外へ移った。
 二人は終焉の炎を、このまま完全に削り切るつもりでいた。
 ここからは、赤い四翼と黒い四翼だけの長い戦いになる。


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エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介―― この剣はやがて、世界の向こう側にまで届く。 ―― 人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避…

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