
危険だが腹は減る
カラスが子育てをしているあいだも、スズメたちは朝になると庭へ来ていた。
巣の近くへ不用意に近づけば、カラスに警戒される。
それをスズメたちが知らないわけではない。
むしろ、よく知っている。
カラスは大きい。
くちばしも強い。
飛ぶ速さも、スズメとは違う。
まともに争えば、勝てる相手ではない。
だが、スズメにはスズメの強みがある。
体が小さい。
方向を変えるのが早い。
枝と枝の狭い隙間へ入れる。
相手が飛びかかってくると分かっていれば、攻撃をかわすこともできる。
不意打ちさえ受けなければ、逃げることは難しくない。
つまり、巣がどこにあるのか知っていることは、安全につながる。
どこからカラスが飛んでくるか。
どの木へ近づけば警戒されるか。
どの枝に親のカラスが止まっているか。
それが分かっていれば、先に備えられる。
ただし、巣の場所を知っているということは、同時にその場所が危険だと知っているということでもある。
そして困ったことに、うちの人間が食事をまく庭と、カラスの巣がある木は近かった。
近いといっても、真下ではない。
だが、カラスから見れば、十分に警戒する範囲である。
スズメが庭へ降りる。
食べ物をついばむ。
数が増える。
騒ぐ。
飛び回る。
その動きが巣の近くへ広がれば、カラスは黙って見ていない。
スズメたちも、それを理解している。
それでも朝になると来る。
なぜなら、食事が出るからである。
危険である。
だが、腹は減る。
近づきたくない。
だが、食べたい。
その葛藤が、朝からスズメの集団の中で起きていた。
今日はやめる?
シジミは窓辺に座り、庭の様子を見ていた。
まだ、うちの人間は眠っている。
庭の端にある低い木へ、三羽のスズメが止まっていた。
以前なら、家へ着くなりすぐに鳴き始める。
「飯!」
「はよう飯!」
「起きろ!」
いつもの声である。
だが、その日は少し静かだった。
三羽は声を抑え、カラスの巣がある木を見ている。
一羽目が言った。
「いる?」
二羽目が、木の上を見た。
「一羽いる」
三羽目も枝の間を確かめる。
「巣の近くにもいる」
一羽目が少し体を低くした。
「二羽ともいるじゃないか」
二羽目が答える。
「子どもいるんだから、そりゃいるだろ」
「じゃあ今日はやめる?」
三羽は黙った。
庭には、まだ食事が出ていない。
うちの人間が起きなければ、何も始まらない。
食事を得るには、まず鳴かなければならない。
だが、騒げばカラスに見つかる。
静かにしていれば安全。
しかし、静かにしていれば、うちの人間はいつまでも眠っている。
難しい問題である。
一羽目が言った。
「少しくらいなら平気じゃない?」
二羽目が答える。
「昨日、追われたの忘れたのか?」
「追われたけど、逃げられた」
「ぎりぎりだっただろ」
「でも逃げられた」
「それを平気とは言わない」
三羽目が庭を見下ろした。
「でも飯は欲しい」
その一言で、全員が黙った。
それが問題のすべてだった。
一度楽な方法を知ると
カラスは怖い。
だが、食事は欲しい。
危険を避けるだけなら、ここへ来なければよい。
近くには別の庭もある。
道端にも、小さな食べ物が落ちていることがある。
畑へ行けば虫もいる。
だが、この庭では、決まった時間に、うちの人間が食事をまく。
探す必要がない。
掘る必要もない。
人間が持ってくるのを待つだけでよい。
一度それを覚えると、自分で探すのが少し面倒になる。
人間にもよくある。
歩けば行ける場所でも、乗り物を使う。
作れば食べられるものでも、外から運ばせる。
少し手を伸ばせば取れるものでも、近くの者へ頼む。
一度楽な方法を知ると、それ以前の方法が急に不便に感じられる。
スズメたちも同じらしい。
食事はほかでも手に入る。
だが、この庭で食べたい。
一羽だけ鳴く
一羽目が提案した。
「一羽だけ鳴く」
二羽目が首を傾げる。
「誰が?」
一羽目は答えなかった。
三羽目が言う。
「言い出したやつが鳴けばいい」
「どうして?」
「言い出したから」
「それは関係ないだろ」
「じゃあ、みんなで少しずつ鳴く?」
二羽目が巣のある木を見る。
「みんなで鳴いたら、余計に見つかる」
「一羽なら見つからない?」
「たぶん見つかる」
「じゃあ同じじゃないか」
話が進まない。
シジミは窓辺から三羽を見ていた。
普段なら、考えるより先に鳴く。
食事を出せ。
早くしろ。
まだか。
それだけである。
だが、危険が近くにあると、さすがに慎重になるらしい。
別の木から、さらに二羽のスズメが飛んできた。
庭へは降りず、三羽の近くへ止まる。
「まだ飯出てないの?」
一羽目が答える。
「人間が起きてない」
「鳴けばいいだろ」
「カラスがいる」
新しく来た一羽が、巣のある木を見た。
ちょうどそのとき、枝の上で黒い影が動いた。
カラスがこちらを向く。
五羽のスズメは一斉に体を低くした。
「見た?」
「見てる」
「こっち見てる」
「まだ何もしてないぞ」
「でも見てる」
カラスは鳴かなかった。
ただ、スズメたちを見ている。
それだけで十分だった。
巣の近くへ来るな。
庭で騒ぐな。
妙な動きをするな。
無言でも意味は伝わる。
新しく来たもう一羽が言った。
「今日はほかで食べない?」
最初からいた三羽目が答える。
「ここまで来たのに?」
「来ただけだろ」
「朝早くから来た」
「飛んできただけじゃないか」
「飛ぶのも疲れる」
「ここにいて追われるほうが疲れるだろ」
正しい。
だが、スズメたちは動かない。
帰る決心もつかない。
鳴く勇気もない。
庭の木の上で、巣と家を交互に見ている。
欲の問題
シジミは少し感心した。
普段は騒がしいが、危険を理解していないわけではない。
カラスがいる。
巣がある。
近づけば追われる。
そこまでは正しく分かっている。
ただし、正しく分かっていることと、正しい行動を選べることは別である。
うちの人間も、
夜更かしをすれば朝つらい。
使えば金は減る。
食べすぎれば苦しくなる。
買えば物が増える。
すべて知っている。
知っていながら、同じことを繰り返す。
スズメも、危険だと知りながら、食事のために来る。
知能の問題ではない。
欲の問題である。
しばらくすると、六羽目のスズメが飛んできた。
枝へ止まるなり、家へ向かって大きく鳴く。
「飯!」
ほかの五羽が一斉にそちらを見た。
「馬鹿!」
「静かにしろ!」
「カラスいるぞ!」
六羽目は巣のある木を見た。
「あ」
今さら気づいたらしい。
カラスが羽を少し広げた。
スズメたちが身構える。
だが、カラスは飛ばない。
まだ警告の段階である。
六羽目が声を落とした。
「いるなら先に言えよ」
最初から見れば分かる。
巣のある木も。
枝に止まっているカラスも。
何も確認せず鳴いたのは、自分である。
それでも、ほかのスズメへ文句を言う。
人間に似ている。
自分が前を見ずにぶつかれば、
「そこに置かないで」
と言う。
自分が忘れれば、
「言ってくれればよかったのに」
と言う。
失敗したあとで、周囲が防いでくれなかったことを問題にする。
人間だけに聞こえる声
六羽目の声で、家の中から小さな物音がした。
寝台の上で、うちの人間が動いたらしい。
スズメたちが一斉に家を見る。
「起きた?」
「今動いた」
「もう一回鳴けば出てくる」
「でもカラスがいる」
「小さく鳴く?」
「小さかったら人間が起きない」
また同じ問題へ戻った。
食事を出させるには、大きく鳴く必要がある。
大きく鳴けば、カラスにも聞こえる。
人間だけに聞こえ、カラスには聞こえない声があればよい。
だが、そんな都合のよい声はない。
一羽目が言った。
「寝床の近くへ行く?」
以前、スズメたちは、うちの人間を早く起こす場所を見つけていた。
庭側の窓より、寝床に近い窓の前で騒いだほうが反応が早い。
家の中の間取りを理解したわけではない。
ただ、そこで鳴くと起きるのが早いことを覚えた。
二羽目が巣のある木との位置を見比べる。
「そっちのほうが巣に近い」
「じゃあ駄目だ」
「でも早く起きる」
「カラスにも早く見つかる」
「でも飯も早い」
「追われたら食べられないだろ」
スズメの集団は、完全に二つへ分かれ始めた。
安全を優先する者。
食事を優先する者。
別の場所へ行こうとする者。
少しくらい危険でも平気だと言う者。
自分は速く飛べるから問題ないと言う者。
誰かが先に鳴けば、自分も鳴くと言う者。
どの集団にも、自分から始めたくはないが、ほかの者が始めれば参加する者がいる。
これだけいれば平気
七羽目と八羽目が飛んできた。
数が増える。
数が増えるほど、一羽あたりの危険は減るように思える。
カラスが追える相手は、一度に一羽か二羽である。
全員が別の方向へ逃げれば、自分が狙われない可能性は高い。
だが、食事の取り分は減る。
仲間が増えることは、安全でもあり、競争でもある。
七羽目が言った。
「これだけいれば平気だろ」
二羽目が答える。
「何が?」
「カラス」
「誰かは追われるぞ」
「でも全員じゃない」
「お前が追われるかもしれない」
七羽目は黙った。
自分以外の誰かが追われるときには平気に思える。
自分が追われる可能性を言われると、急に危険に感じる。
その点も人間に似ている。
遠くで起きる危険は小さく見える。
自分の近くへ来ると、急に大きな問題になる。
八羽目が家へ向かって、小さく鳴いた。
「飯」
小さすぎる。
うちの人間は起きない。
スズメたちも、それが分かったらしい。
「聞こえてない」
「もっと大きく」
「でもカラスが」
「さっきからずっと見られてるんだから、同じじゃない?」
たしかに、すでにカラスには気づかれている。
静かにしていても、庭の木へ八羽も集まっていれば目立つ。
それなら鳴いても同じだという考えである。
危険を避けられないなら、目的を達成したほうがよい。
少し乱暴だが、筋は通っている。
覚悟を決めて鳴く
一羽目が覚悟を決めた。
家へ向かって大きく鳴く。
「飯!」
ほかのスズメたちも続いた。
「はよう飯!」
「起きろ!」
「腹減った!」
一斉に鳴き始める。
庭が急に騒がしくなった。
巣のある木から、カラスの低い声が響く。
「静かにしろ!」
スズメたちが一瞬黙る。
だが、すぐに一羽が小さく言った。
「飯は?」
別の一羽が答える。
「まだ」
「じゃあ鳴かないと」
「でも怒ってる」
「怒られても飯は出ないぞ」
「鳴いても追われたら食べられないぞ」
再び葛藤が始まる。
そのとき、寝床に近い窓の内側で、布が少し動いた。
うちの人間が起きたらしい。
スズメたちが騒ぐ。
「起きた!」
「人間動いた!」
「もう少し!」
「飯!」
声が大きくなる。
カラスも鳴く。
「巣の近くで騒ぐな!」
スズメが鳴く。
「飯!」
カラスが鳴く。
「離れろ!」
スズメが鳴く。
「はよう!」
庭の上を、いくつもの声が飛び交う。
うちの人間が寝台から起き上がった。
栗色の髪を片手で押さえ、眠そうな顔で窓を開ける。
「今日も朝からにぎやかだなあ」
にぎやかという言葉だけなら間違っていない。
だが、中身はずいぶん穏やかではない。
スズメは食事を要求している。
カラスは巣へ近づくなと警告している。
スズメ同士では、危険を避けるか、食事を優先するかで言い争っている。
それを、うちの人間は鳥たちが朝の挨拶を交わしているように聞いている。
「のどかだねえ」
どこがだろう。
巣を守る親。
食事を求める集団。
互いに相手の動きを警戒している。
少なくとも、全員が落ち着いている朝ではない。
誰か先に行け
うちの人間は柔らかな上着を羽織り、髪を簡単にまとめた。
それから、いつもの食事を持って庭へ向かう。
スズメたちがざわついた。
「来た!」
「飯だ!」
「降りる?」
「待て!」
「カラス見ろ!」
カラスは、巣の近くの枝にいる。
うちの人間が庭へ出たことで、さらに警戒している。
人間が巣へ近づくつもりはなくても、動く者が増えれば注意する。
スズメたちは庭へ降りたい。
だが、木から離れない。
うちの人間は食事を地面へまいた。
「ほら、今日も来てるよ」
スズメたちは動かない。
うちの人間が首を傾げる。
「どうしたの?」
カラスがいる。
見れば分かる。
だが、うちの人間には、スズメが庭へ降りない理由が分からないらしい。
うちの人間は少し離れた。
それでもスズメは動かない。
一羽目が言う。
「誰か先に行け」
二羽目が答える。
「お前が行け」
「言い出したのはお前だろ」
「最初に飯って鳴いたのはあいつだ」
六羽目が首を振る。
「鳴くのと降りるのは別だろ」
「何が別なんだ」
「鳴くだけなら逃げやすい」
「降りたら食べられるぞ」
「追われるかもしれない」
「でも食べられる」
「食べる前に追われたら?」
「少しくらいは食べられる」
危険と食欲を細かく比べている。
一粒なら取れる。
二粒目で追われるかもしれない。
カラスが巣側を向いているあいだなら降りられる。
一羽が先に降りれば、カラスの反応が分かる。
その一羽が追われたら、ほかは待てばよい。
スズメたちは、少しずつ役割を決め始めた。
一羽が巣のある木を見る。
一羽が庭の食事を見る。
一羽が逃げ道を確認する。
残りは、誰が最初に降りるかを押しつけ合っている。
集団で知恵を使っているようで、最後だけは誰かの勇気に任せるらしい。
一粒なら取れる
やがて、一羽の若いスズメが枝から飛び降りた。
庭の端へ着地する。
すぐには食事へ近づかない。
カラスを見る。
カラスも、そのスズメを見た。
「近づくな」
スズメは動かない。
巣の方向へは行かない。
庭の中央にある食事へ、少しずつ近づく。
一歩。
二歩。
食事を一粒ついばむ。
すぐに顔を上げる。
カラスは飛ばない。
もう一粒食べる。
まだ飛ばない。
木の上にいたスズメたちがざわつく。
「平気だ!」
「降りろ!」
「飯!」
一斉に庭へ降りる。
食事へ集まる。
「こっち多い!」
「取るな!」
「早く食え!」
「カラス見ろ!」
「今見てる!」
「飯も見ろ!」
忙しい。
食事をついばむ。
顔を上げる。
カラスを見る。
また食べる。
別のスズメを押しのける。
逃げる方向を確認する。
普段より明らかに落ち着きがない。
うちの人間には、それが元気に食べているように見えるらしい。
窓辺から眺めながら、満足そうに言う。
「今日も仲良く食べてるねえ」
仲良くはない。
取り合っている。
しかも、全員がカラスの動きを気にしている。
巣へ近づくな
一羽が大きな欠片をくわえた。
その場で食べず、木の陰へ飛ぶ。
別の一羽が追う。
「それ寄こせ!」
「自分で取れ!」
二羽が庭の端へ移動する。
その動きに、カラスが反応した。
羽を広げる。
低く鳴く。
「巣へ近づくな!」
二羽のスズメは、すぐに方向を変えた。
「来るぞ!」
「逃げろ!」
庭にいたスズメたちが一斉に飛び上がる。
カラスも枝から飛び立った。
黒い体が大きく羽ばたく。
スズメたちは、四方へ散った。
一羽は低い木の枝の間。
一羽は家の屋根の近く。
一羽は塀の向こう。
一羽は狭い隙間へ飛び込む。
カラスは、一番巣へ近づいたスズメを追った。
スズメは急に方向を変える。
カラスも向きを変える。
スズメが細い枝の間へ入る。
カラスは追えない。
少し上を回り、巣の近くへ戻っていく。
攻撃をかわしたスズメが、遠くの枝で息を整えた。
「危なかった!」
別のスズメが言う。
「だから巣のほうへ行くなって言っただろ!」
「追われたのは、お前が欠片を取ろうとしたからだ!」
「大きいの持って逃げるからだろ!」
「先に取ったのはオレだ!」
危険から逃げた直後でも、食事の取り分について争っている。
反省は短い。
食欲は長い。
うちの人間は、急に飛び立った鳥たちを見て目を丸くした。
「あ、みんな飛んでいっちゃった」
なぜ飛んだのかは分かっていない。
カラスも飛んだ。
スズメも飛んだ。
うちの人間には、鳥たちが一斉に空へ舞ったように見えたらしい。
「朝から元気だねえ」
元気なのではない。
追われたのである。
まだ飯ある
少しすると、スズメたちは戻ってきた。
まず一羽。
次に二羽。
離れた木へ止まり、カラスの様子を見る。
カラスは巣の近くへ戻っている。
庭の食事は、まだ残っている。
一羽が言った。
「まだ飯ある」
別の一羽が答える。
「もうやめよう」
「でも残ってる」
「また追われるぞ」
「今度は巣側へ行かなければいい」
「さっきもそう言ってた」
「さっきは、あいつが勝手に行った」
「大きい欠片があったからだ」
「今度は小さいのだけ食べればいい」
危険な理由を、自分たちの行動ではなく、食べ物の大きさのせいにしている。
大きな欠片を取り合った。
巣に近づいた。
カラスに追われた。
ならば、小さいものだけ食べれば安全。
完全に間違いではない。
だが、庭が巣の近くにあることは変わらない。
それでも、スズメたちは再び降りた。
今度は庭の巣から遠い側へ集まる。
食べる。
顔を上げる。
食べる。
また見る。
危険を知っている。
逃げ方も知っている。
それでも食べる。
生きるための判断
シジミは窓辺から、その様子を見ていた。
愚かだと言い切ることはできない。
食事は必要である。
危険がある場所をすべて避けていたら、何もできない。
外には、どこにでも危険がある。
猫。
カラス。
人間。
車。
食事を得るためには、ある程度の危険を引き受ける必要がある。
スズメたちは何も考えずに飛び込んでいるわけではない。
カラスの位置を確認する。
逃げ道を作る。
見張る者を置く。
巣から遠い側へ降りる。
一度追われれば、次は少し方法を変える。
そのうえで食事を選んでいる。
欲に負けているようにも見えるが、生きるための判断でもある。
ただし、食事が庭に出るようになった原因は、うちの人間である。
うちの人間が食事をまく。
スズメが来る。
スズメが騒ぐ。
カラスが警戒する。
スズメが追われる。
それを見たうちの人間は、
「鳥がたくさん来て、のどかだなあ」
と言う。
一連の問題を作っている者だけが、何も分かっていない。
自然って感じがする
うちの人間は温かい飲み物を持って窓辺へ来た。
シジミの隣に立つ。
肩へ落ちた栗色の髪を耳へかけ、庭を眺める。
「スズメもカラスもいて、自然って感じがするね」
自然という言葉は便利である。
食事をめぐる争いも。
巣を守る警戒も。
追う者と逃げる者も。
遠くから見れば、すべて自然の風景になる。
人間同士が朝食の場所で争っていれば、のどかとは言わないだろう。
一人が食べ物を取り。
別の者が追いかけ。
周囲が一斉に逃げれば、事件である。
鳥なら、自然になる。
意味が分からないというだけで、見え方はずいぶん変わる。
最後の一粒
スズメたちは庭の食事をほとんど食べ終えた。
最後の一粒を二羽が同時に見つける。
「オレの!」
「先に見た!」
「先に取ったほうのもの!」
「それならまだ誰のものでもない!」
二羽が一粒を挟んで向かい合う。
その上では、カラスが巣の近くから見ている。
「早く消えろ」
二羽には、そちらを気にする余裕がない。
「譲れ!」
「嫌だ!」
一羽が先にくちばしを伸ばす。
もう一羽も同時に伸ばす。
食事が少し跳ねる。
二羽が追う。
カラスが羽を広げる。
周囲のスズメが騒ぐ。
「また来るぞ!」
二羽は食事を諦め、同時に飛び立った。
最後の一粒だけが地面に残る。
カラスは追わなかった。
巣から離れたからである。
スズメたちは遠くの木へ集まり、また言い争う。
「お前のせいで食べられなかった!」
「お前が譲ればよかった!」
「先に見つけたのはオレ!」
「先に近づいたのはオレ!」
うちの人間は、その声を聞いて笑った。
「食べ終わって、おしゃべりしてる」
食べ終わっていない。
一粒残っている。
そして、穏やかに話しているのでもない。
最後の一粒を誰が食べるべきだったかで争っている。
明日も来る
うちの人間は飲み物を口へ運んだ。
「平和だなあ」
庭の上では、巣を守るカラスがスズメを警戒している。
離れた木では、スズメたちが朝食と危険の釣り合いについて言い争っている。
明日の朝も来るかどうか、話し合っている声も聞こえた。
「明日はやめる?」
「でも飯が出る」
「カラスいるぞ」
「見張りを増やせばいい」
「今日も見張ってただろ」
「もっと増やす」
「食べるやつが減るじゃないか」
「交代すればいい」
「先に食べたやつが交代しないだろ」
おそらく、明日も来る。
危険だと知っている。
追われることも知っている。
それでも、朝になれば腹が減る。
食事が出る場所を知っている。
一度覚えた楽な朝食を諦められない。
そして、うちの人間も明日になれば食事をまくだろう。
カラスが警戒する。
スズメが迷う。
だが、最後には食べに来る。
うちの人間は、それを見てまた言う。
「今日ものどかだねえ」
自分が鳥たちの葛藤を作っているとは、少しも考えない。
シジミは猫語でつぶやく。
「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」
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本作品は、作者本人により自サイト・カクヨム・小説家になろう等に掲載される場合があります。
本当に人間ってあさはかな生き物だよね TOPへ

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