召喚士が召喚した召喚士~基礎から始める召喚マネジメント講座~ 第5話 敬礼熊は中間管理職

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召喚士が召喚した召喚士~基礎から始める召喚マネジメント講座~ 第5話 敬礼熊は中間管理職 人物相関図

 ※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

一 北方召喚防衛統括官

 狼による羊探しを終えた翌日、リオル・ロステルはメルセナ・オルブライトとともに召喚士ギルドへ来ていた。

 今日も依頼掲示板の前で、依頼文の読み方を学んでいる。

 少し前なら、リオルは依頼札を見ると、まず「何を呼べばいいのか」を考えていた。

 だが今は違う。

 依頼者が望んでいること。

 依頼者が分かっていること。

 依頼者が分かっていないこと。

 どこまでやれば終わりなのか。

 危険になった時、どう止めるのか。

 まず、それを考える。

「この依頼はどうですか」

 メルセナが指したのは、屋根に引っかかった布を回収する依頼だった。

「目的は布の回収。分かっていることは、屋根の高さ、布の位置、建物の場所。分かっていないことは……屋根の状態と、周囲の風です」

「よいです」

「鳥なら取れそうですけど、布が大きいと難しいかもしれません。風精霊で落とせるかもしれないけど、下に人がいると危ないです」

「続けて」

「だから、下の安全確認をしてから。布を落とすなら、落とす場所を決める。鳥に頼むなら、くわえられる大きさか確認する」

「よい判断です」

 リオルは少しだけほっとした。

 先生に「よい」と言われると、まだ少し嬉しい。

 その時、ギルドの入口側で空気が変わった。

 誰かが入ってきた。

 濃紺の軍装に、黒い外套。

 短く整えられた黒髪。

 鋭い灰色の目。

 腰には剣。胸元には王国軍の徽章。

 男は迷いなくメルセナの前まで来ると、姿勢を正し、敬礼した。

「ヴァルセイン王国北方召喚防衛統括官、メルセナ・オルブライト閣下」

 リオルは固まった。

 長い。

 今、先生の名前の前に、とても長いものがついた。

 男は続ける。

「カイル・レイヴァン、緊急報告のため参りました」

 メルセナは静かに男を見た。

「カイル。報告を」

「はい」

 カイル・レイヴァン。

 その名を聞いて、ミレイユ・グレインが記録板を抱え直した。

 リオルは小声で尋ねる。

「あの、ミレイユさん。今の肩書きって……」

「メルセナ様の正式な役職です」

 ミレイユも小声で答えた。

「北方方面における召喚防衛の統括官。魔物の大規模移動、国境防衛、災害時の召喚運用などを統括する立場です」

「先生、そんな人だったんですか」

「昨日から何度か、かなり偉い方だとは説明したと思います」

「聞いてましたけど、肩書きが長いと急に実感が……」

 リオルがそう言う間にも、カイルの報告は始まっていた。

「北東リグル村近隣の森で火災が発生。火災により森内の魔物が押し出され、南側へ移動しています」

「規模は」

「確認できている先頭群で四十前後。森内には後続多数。総数は不明です。少なく見積もっても百五十以上の可能性があります」

 リオルの背筋が冷えた。

 四十。

 それだけでも多い。

 だが、カイルの言い方では、それは全体ではない。

 見えている分だけだ。

 その後ろに、まだ数倍の魔物がいる。

「リグル村には簡易柵がありますが、対魔物用の防壁ではありません。先頭群だけなら時間稼ぎは可能かもしれませんが、後続まで押し寄せれば持ちません」

「接近までの時間は」

「およそ一刻」

「避難状況は」

「未完了です。高齢者と家畜の移動に時間がかかっています」

 メルセナの表情は変わらない。

 けれど、リオルには、先生のまとう空気がわずかに冷えたように感じた。

「国側の判断は」

 カイルは一瞬、言葉を止めた。

 それから、背筋を伸ばしたまま答える。

「北方臨時防衛会議の暫定決定では、リグル村は維持困難として放棄扱いです。第二防衛線の構築を優先し、村の防衛は主目的から外されています」

 リオルは意味を理解するのに少し時間がかかった。

「放棄……?」

 ミレイユが目を伏せる。

 カイルは続けた。

「理由は、魔物の総数が不明であること。火災によって後続が継続的に押し出されていること。村の柵が長時間の防衛に耐えないこと。そして、村へ戦力を割けば第二防衛線が薄くなることです」

 メルセナは、すぐには否定しなかった。

「総数不明の魔物群として見れば、その判断には一定の筋があります」

 カイルがわずかに目を伏せる。

「はい」

「ですが、それは群れを一つの塊として見た場合です」

「閣下?」

「先頭の魔物に後続が引きずられている群れ流れであれば、見方は変わります」

 メルセナは地図へ視線を落とした。

「全体を止める必要はありません。先頭の進路を変えれば、後続もそれに引きずられる可能性があります」

「つまり、村を守れると」

「守れる可能性があります。少なくとも、現場確認の前に損耗枠へ入れてよい状況ではありません」

「その判断は、誰が通しましたか」

 カイルは一度、言葉を整えた。

「北方臨時防衛会議の暫定決定です。緊急防衛規定に基づき、王印代理承認を経て現場へ通達されています」

「王印代理承認」

 リオルには聞き慣れない言葉だった。

 だが、カイルの声がわずかに硬くなったことで、それが軽い手続きではないことだけは分かった。

「国王陛下の事前裁可を待てない緊急時に用いられる承認手続きです。手続き上は正式な通達です」

「陛下には、何が上がっていますか」

 メルセナの声が、さらに平坦になった。

 カイルは一瞬だけ言葉を選んだ。

「リグル村周辺で火災による魔物の大規模移動が発生。総数不明。村の維持は困難。第二防衛線の構築を最優先すべき、という要旨です」

「二次案は」

「上がっていません」

「村前で群れ流れを変え、第二防衛線へ誘導する案は」

「含まれていません」

 リオルは、そこでようやく少し分かった。

 国王が村を見捨てたのではない。

 国王のもとへ届いたのは、村を守る別案ではなかった。

 総数不明の魔物。

 火災による継続流入。

 避難未完了。

 第二防衛線の重要性。

 それだけを聞けば、国として第二防衛線を優先する判断はおかしくない。

 おかしくない。

 けれど、それは全部を見た判断ではなかった。

「緊急時の対応ラインを使ったこと自体は理解します」

「はい」

「ですが、魔物の大規模移動に関する判断で、私を事後報告にしましたか」

「……はい」

 ギルドの中が静まり返った。

 メルセナは怒鳴らなかった。

 表情も変わらなかった。

 ただ、声だけが冷えた。

「村人が残っている村を、地図上の損耗枠に入れて」

「はい」

「人が残る村を、守る努力の前に損害計算で切りましたか」

「……はい」

 メルセナは一度だけ、細く息を吐いた。

「行きます」

 即断だった。

 リオルは思わず先生を見る。

「先生」

「はい」

「行くんですか」

「行きます」

 メルセナはリオルを見た。

 その目は、いつも通り静かだった。

 だが、リオルには分かった。

 先生は怒っている。

 ただ感情で怒っているのではない。

 北方召喚防衛統括官として、防衛判断を通されなかったこと。

 まだ人が残る村を、守る前に切り捨てたこと。

 その両方が、メルセナの職責と防衛観に反していた。

「リオル」

「はい」

「あなたも来なさい」

 リオルは目を見開いた。

「僕も、ですか」

「はい」

 カイルがすぐに口を挟む。

「閣下。見習いを現場へ連れていくのですか」

「前線へ出すためではありません」

 メルセナは即答した。

「情報確認と判断補助です」

「しかし危険です」

「危険だから、私の管理下に置きます」

 メルセナはリオルを見る。

 ほんのわずかに、考える間があった。

 リオルの召喚は、契約というよりお願いに近い。

 その無色の危うさを、メルセナは昨日見た。

 だからこそ、軽々しく危険地帯へ連れて行くべきではない。

 だが、今回必要なのは、大型召喚による制圧だけではない。

 村人の残留位置。

 魔物の流れ。

 退避路の確認。

 森際の見落とし。

 大型召喚や王国軍では間に合わない、小さく広い情報。

 リオルは鳥を十羽呼べる。

 その一点に限れば、情報収集においてメルセナを超える成果を出す可能性がある。

 そして、守れる。

 村を守る。

 リオルも守る。

 一刻あれば、早馬で半刻以内に到達できる。

 残りの時間で鳥を飛ばし、メルセナの仮説を確定情報に変えられる。

 自分の召喚だけでも、防衛線を維持できる算段はつく。

 その上で、リオルの鳥を使う。

 メルセナは、そう判断した。

「リオルを前線で戦わせるつもりはありません。私の管理下で、村を救うための情報確認をさせます」

「承知しました」

 カイルは敬礼した。

 その横で、ミレイユが記録板を抱え直した。

「オルブライト閣下。私も同行します」

 リオルは驚いてミレイユを見る。

「ミレイユさんもですか?」

「はい。これは召喚士ギルドへ入った緊急依頼です。現場状況の記録、依頼内容の更新、王国軍との通信、追加依頼の処理が必要になります」

 ミレイユは少しだけ表情を引き締めた。

「それに、村が放棄扱いになっているなら、ギルド側でも現場を確認しておく必要があります」

 メルセナは短く頷いた。

「よい判断です。通信水晶を持ってください」

「準備済みです」

「では、現場記録と通信をお願いします」

「承知しました」

 リオルは喉を鳴らした。

 怖い。

 だが、行くと言われて逃げたいとは思わなかった。

「僕、行きます」

「よい返事です」

 メルセナは頷いた。

二 委任と準委任

 出発前、ミレイユは急いで依頼書を整えた。

 緊急依頼。

 依頼者、リグル村自治会。

 受託者、ヴァルセイン王国中央召喚士ギルド。

 現場統括、メルセナ・オルブライト。

 軍連絡、カイル・レイヴァン。

 現場記録、ミレイユ・グレイン。

 補助参加、リオル・ロステル。

 リオルは記録板の文字を追いながら、緊張で喉を鳴らした。

「先生。僕は、何をすればいいんでしょう」

「まずは情報確認です」

「鳥ですね」

「はい。ですが、現場ではそれだけでは足りない可能性があります」

 メルセナは地図を畳みながら言った。

「状況次第では、私が召喚した対象の指揮を、あなたに一部任せます」

 リオルは目を瞬かせた。

「先生が呼んだ召喚対象を、僕が指揮するんですか?」

「はい。委任契約を利用します。いえ、今回は準委任ですかね」

「どう違うんですか? そもそも委任契約も分かりませんけど」

「では順番に説明します」

 メルセナは、淡々と続けた。

「委任契約とは、ある召喚士が呼び出した召喚対象を、別の召喚士の一時指揮下に置く契約です」

「一時指揮下」

「はい。所有や支配ではありません。召喚対象が、一定条件のもとで別の召喚士の現場指示を受ける契約です」

「つまり、先生が呼んだ相手に、僕が指示できるようになる?」

「はい」

「すごいですね」

「便利ですが、危険でもあります」

「危険」

「はい。指示できることと、動かせることは違います」

「違うんですか」

「違います。目的が曖昧なら動きません。終了条件がなければ止まりません。優先順位がなければ、召喚対象は召喚対象として妥当な判断をします」

「召喚対象として妥当な判断……」

「人間にとって都合がよい判断とは限りません」

 リオルは、狼のことを思い出した。

 戻ってきて、と頼んだ。

 けれど、狼にとっての戻る場所は、リオルのところとは限らなかった。

 相手には相手の世界がある。

 それは、どんな召喚対象でも同じなのだろう。

「それで、準委任は?」

「準委任契約は、指揮権を渡しつつ、禁止事項や例外条件を付ける契約です」

「禁止事項」

「はい。追撃禁止。危険行動指示禁止。一定範囲外への移動禁止。委任元の確認なしの任務変更禁止。そうした安全柵を付けます」

「見習い用ですか」

「見習いにも、召喚対象にも必要です」

「召喚対象にも」

「はい。全権を渡すと、見習いにも召喚対象にも不幸です」

「じゃあ、僕が変な命令をしても……」

「契約上禁止されていれば、従いません」

「それは、僕が信用されていないということですか」

「違います」

 メルセナはリオルを見た。

「あなたがこれから信用されるための柵です」

 リオルは黙った。

 その言葉は、責めるものではなかった。

 突き放すものでもなかった。

 ただ、必要なものを必要だと言っているだけだった。

「今回、あなたには私の召喚対象を一部指揮してもらいます」

「はい」

「ただし、すべての制限を説明するわけではありません。危険すぎる指示、目的から外れた指示、達成不能な指示は通らない。それだけ理解しておきなさい」

「詳細な安全柵は、先生が設定している」

「はい」

「僕は考える。先生が止める」

「正確です」

 メルセナは頷いた。

「訓練とは、失敗してよい場所を作ることです。ただし、死んでよい場所ではありません」

 リオルは背筋を伸ばした。

「分かりました」

「よい返事です」

三 村の柵

 リグル村へは、ギルドの早馬で向かった。

 馬車では間に合わない。

 カイルが先導し、メルセナがその後ろにつく。リオルはギルド職員が手配した鞍にしがみつくようにして、必死に姿勢を保っていた。

 ミレイユも同行していた。

 片手で手綱を取り、もう片方の腕には革紐で固定した記録板と、小型の通信水晶を抱えている。

 リオルは思わず言った。

「ミレイユさん、乗れるんですね」

「ギルド職員ですから」

「ギルド職員って、馬に乗れるんですか?」

「緊急依頼担当は、乗れないと困ります」

「ギルド職員って大変ですね……」

「はい」

 ミレイユは短く答え、すぐに通信水晶へ視線を落とした。

「第二防衛線、構築中。村側の避難はまだ完了していません」

 カイルが前方を見たまま頷く。

「了解」

 風が顔に当たる。

 道の脇の草が流れていく。

 北の空には灰色の煙が上がっていた。

 近づくほどに、焦げた匂いが強くなる。

 道の脇には、森から逃げてきた小動物の痕跡があった。

 鳥が低く飛び、野兎が草むらへ飛び込む。

 遠くでは、何かが枝を折る音もした。

「魔物が村を襲おうとしているというより、火災で押し出されているのです」

 馬を走らせながら、メルセナが言った。

「住処を失って、逃げている」

「はい。ただし、逃げているから村へ入れてよい理由にはなりません」

「村の人には危ないから」

「その通りです」

 半刻ほどで、リグル村の外れが見えた。

 低い木柵。

 避難する村人。

 森から上がる煙。

 そして、北側の森縁で揺れる、小さな影。

 リオルは息をのんだ。

 魔物だ。

 まだ遠い。

 だが、確実にこちらへ向かっている。

 リグル村は、低い木柵に囲まれていた。

 柵といっても、魔物の大群を防ぐためのものではない。

 畑と家畜を守るための簡易なものだ。

 村人たちは、柵の内側で避難の準備をしていた。

 荷物を抱える者。

 家畜を引く者。

 老人を支える者。

 泣いている子ども。

 まだ全員が逃げられる状態ではない。

 リオルは胸の奥が重くなった。

 この村が、地図の上では放棄扱いにされた。

 その事実が、急に現実味を持った。

「リオル」

「はい」

「鳥を呼びなさい」

 メルセナは短く言った。

「確認するのは三つです。先頭の魔物の位置。後続の流れ。村内の逃げ遅れ」

「はい」

「戦わせる必要はありません。見るだけです」

「分かりました」

 リオルは両手を胸の前で軽く合わせた。

「来られる子だけでいい。上から見てほしい」

 足元に淡い召喚陣が広がる。

 一羽。

 二羽。

 三羽。

 次々と鳥が現れる。

 十羽目が現れたところで、リオルの額に汗が浮いた。

「十羽までです」

「十分です」

 メルセナは地図を広げる。

「三羽は森縁。三羽は後続。二羽は村内。二羽は退避路です」

 リオルは頷き、鳥たちへ向き直った。

「森の端を見て。魔物がどこから出ているか。後ろにどれくらいいるか。村の中で逃げ遅れている人がいないか。南の道が空いているか。見たら戻ってきて」

 鳥たちが一斉に飛び立った。

 空へ上がり、煙の下を避けるように広がっていく。

 待つ時間は長くなかった。

 だが、リオルにはやけに長く感じられた。

 最初の鳥が戻ってきた。

「黒いの、たくさん。前、四十くらい」

 リオルはすぐに復唱する。

「先頭は四十前後」

 ミレイユが記録板へ走り書きする。

「先頭群、四十前後」

 二羽目。

「後ろ、もっと。道みたいに続く」

「後続多数。列になってる」

「後続、多数。列状」

 ミレイユが記録する。

 三羽目。

「前の後ろ、ついてくる。止まらない」

 リオルは顔を上げた。

「先生。後ろの魔物、前についてきています」

 メルセナの目がわずかに細くなる。

「群れ流れですね」

 ミレイユは通信水晶に手を当てた。

「ギルドへ共有します。先頭群四十前後、後続列状。群れ流れの可能性あり」

 さらに鳥が戻る。

「村、中、人いる。南、歩く」

「村内に残留者あり。南側の退避路はまだ使えます」

「村内残留者あり。南側退避路、使用可能」

「柵、低い。下、空くところある」

「柵下に隙間あり」

 ミレイユが顔を上げる。

「柵下の隙間は防衛上の弱点になります。板、荷車、土嚢代わりになるものを村側から集めさせます」

 メルセナが頷いた。

「お願いします」

 ミレイユはすぐに村人の方へ走った。

「煙、こわい。森、まだ出る」

「後続はまだ出ています」

 リオルは報告をまとめながら、地図に印をつける。

 赤い帽子を探した時より、ずっと速く、ずっと怖い。

 だが、鳥たちは見てくれている。

 空から、人間では間に合わない場所を見てくれている。

 メルセナは地図を見た。

「カイル」

「はい」

「先頭群四十前後。後続は列状。村を狙った進軍ではなく、火災に押し出された群れ流れと判断します」

「確定情報として扱いますか」

「扱います。リオルの鳥による複数方向からの確認です」

 カイルは一瞬だけリオルを見た。

 それから、地図へ視線を戻す。

「承知しました」

 メルセナは地図上で、森から村へ向かう線を指でなぞった。

「総数不明の魔物群として正面から受ければ、この村では持ちません。軍の暫定判断は、その見方に基づいています」

「じゃあ、軍が完全に間違っていたわけではない?」

「判断材料だけ見れば、一定の妥当性はあります」

 メルセナは北の森を見る。

「ですが、現場で見るべきものは総数だけではありません。流れです」

「流れ」

「火に追われた魔物は、全てが状況を見て走っているわけではありません。後ろの魔物は、前を走る魔物の背と足音についていきます」

 メルセナは地図の上で、村へ向かう線を少し横へ曲げた。

「牧羊でも、野生の獣でも似たことが起きます。先頭が曲がれば、後続は一拍遅れて曲がる。自分で道を選んでいるように見えても、実際には前の群れに引きずられます」

「群れ流れ……」

「はい。群れ流れです」

 リオルは牧草地の向こうを見る。

 森から出てくる魔物たちは、村を選んで襲おうとしているようには見えなかった。

 ただ、走っている。

 火から逃げている。

 前が走るから、後ろも走っている。

「だから、先頭をそらす」

「正確です」

 メルセナは頷いた。

「先頭を削り、横から圧をかけ、村ではなく南東街道側へ逃げ道を見せます。先頭がそちらへ流れれば、後続も引きずられる」

「全部を倒すんじゃなくて、流れを変える」

「はい。今回の勝利条件は討伐数ではありません。群れ流れを変えることです」

「でも、先頭を止めすぎると?」

「後続が詰まり、横へあふれます。村へ押し込まれる危険が増えます」

「だから、塞がない。逃げ道を残す」

「よいです」

 リオルは小さく息を吸った。

 倒すのではない。

 止めるのでもない。

 群れの先頭を少しずつずらし、後続ごと流れを変える。

 それが、村を守るための戦い方だった。

 メルセナは続ける。

「勝利条件は明確です。村の柵を越えさせないこと。魔物の進行方向を南東街道側へ変えること。残りを王国軍の第二防衛線へ渡すこと」

 リオルは柵を見た。

 低い。

 小型の魔物でも、勢いがあれば越えられるかもしれない。

 中型なら壊せるかもしれない。

「柵を越えられたら」

「村内に散ります」

 メルセナが答える。

「家屋の陰、井戸の周囲、家畜小屋、避難中の住民。守る対象が一気に増えます」

「だから、柵を最終線にしちゃだめなんですね」

「はい。柵を破られた場合の退避路も確認します」

「失敗した時の次を用意する」

「防衛とは、そういうものです」

 リオルは村の中を見た。

 南側の道。

 井戸。

 納屋。

 家畜小屋。

 逃げ遅れそうな人がいる場所。

 そして、北側から迫る魔物。

「どう守りますか」

 メルセナが尋ねた。

 リオルは息を整えた。

「魔物の強さが分からないので、倒し切る前提は危ないです」

「続けて」

「柵を越えられた時に村を守れる相手を置く必要があります。でも、それだけだと押し込まれるので、群れの端を横から削って、流れを逸らすべきだと思います」

「どこへ」

「南東街道側へ。王国軍の第二防衛線へ流します」

「よいです」

 メルセナは淡々と評価した。

「勝つ布陣ではなく、負けない布陣です」

「負けない布陣」

「はい。この場の勝利条件は討伐数ではありません。進行方向の変更です」

 リオルは少しだけ肩の力を抜いた。

 全部倒さなくていい。

 村を守る。

 それが目的だ。

四 敬礼する熊

「リオル自身には、大型の戦闘用召喚対象を呼ぶ力はありません」

「はい」

「ですから、私が呼びます」

 メルセナが右手を上げた。

 白銀の召喚陣が地面に広がる。

 線が太く、静かで、無駄がない。

 光の中から現れたのは、大きな熊だった。

 茶色い毛。

 太い腕。

 柵より高い肩。

 熊は召喚陣の中央で四足をつき、周囲を一度見回した。

 次の瞬間、後ろ脚で立ち上がった。

 そして、右前脚を額のあたりへ上げた。

 敬礼した。

 リオルは目を見開いた。

「……熊が、敬礼しました」

「はい」

 メルセナは平然と言った。

「これは敬礼熊です」

「敬礼熊」

「はい」

「そういう種類の熊なんですか?」

「いいえ。かつて森で捕まった熊です」

「捕まった熊」

「はい。その後、私が餌付けしました」

「餌付けで敬礼するんですか?」

「正確には、ほぼ躾けました」

「どう躾けたら熊が敬礼するんですか」

「長くなります」

「長いんですか」

「はい」

 敬礼熊は、姿勢を崩さない。

 ただ敬礼しているだけではない。

 耳は森の方へ向き、目は魔物の流れを追っている。周囲の人間との距離も測っているようだった。

 リオルは少しだけ、背筋が伸びた。

「熊って、ああいうふうに立つんですか?」

「普通は立ちません」

「敬礼してますけど」

「ええ。敬礼していますね」

「教育で熊が敬礼するんですか?」

「教育が足りなければ、熊は熊として妥当な判断をします」

「委任契約の説明にあったやつですね。人間にとって都合がよいとは限らない」

「はい」

 リオルは敬礼熊を見上げた。

 大きい。

 そして、妙に威厳がある。

「強いんですか?」

「強いです」

 メルセナが短く答えた直後、森の縁から小型の魔物が一体、先走るように飛び出してきた。

 角兎だった。

 柵へ向かって一直線に跳ねる。

 メルセナは何も言わなかった。

 敬礼熊が動いた。

 大きな体に似合わない速さだった。

 一歩で進路に入り、前脚を振る。

 叩き潰すのではない。

 爪の先で弾くように、角兎の進行方向だけを変えた。

 角兎は地面を転がり、村とは違う方向へ逃げていく。

 速い。

 鋭い。

 正確だった。

 リオルは思わず息をのんだ。

「……強いですね」

「はい」

「敬礼するだけじゃないんですね」

「敬礼するだけなら、戦場には連れてきません」

「それはそうです」

 リオルは牧草地を見る。

 魔物の数は多い。

 敬礼熊は頼もしい。

 だが、一体では足りないように見えた。

「先生。敬礼熊一体で対応するのは、危なそうです」

「なぜですか」

「柵を守る相手と、群れの端を削る相手が必要です。一体だと、どちらかが空きます」

「では、通常熊を二体、追加します」

「通常熊」

「はい」

 熊に、通常という前置きがついた。

 先ほど敬礼した熊のせいで、それを自然に受け入れかけた自分が少し怖い。

 メルセナはもう一度召喚陣を展開した。

 光の中から、二体の熊が現れた。

 片方は黒っぽい毛。

 もう片方は赤茶けた毛。

 どちらも大きい。

 だが、敬礼はしなかった。

 黒い熊は地面を嗅いでいる。

 赤茶の熊は、黒い熊を見ている。

 黒い熊も、赤茶の熊を見た。

「敬礼熊との違いは?」

「通常熊は、普通の熊です」

「……普通の」

「はい。普通に強いです」

 通常。

 普通。

 熊にその前置きが必要な時点で、たぶん普通ではなかった。

「敬礼熊は、目的、優先順位、守る対象、撤退条件をある程度理解できます」

「通常熊は?」

「人を追わない。柵の内側へ入らない。怖ければ退く。無理に突っ込まない」

「だいぶ違いますね」

「はい。劣っているのではありません。理解できる条件の粒度が違うだけです」

 リオルは二体の通常熊を見た。

 黒い通常熊はまだ地面を嗅いでいる。

 赤茶の通常熊は、まだ黒い通常熊を見ている。

 黒い通常熊も、また赤茶の通常熊を見た。

 リオルは少し嫌な予感がした。

 メルセナは三体の熊の前に立った。

「これより、リオル・ロステルへ限定的な現場運用補助を委ねます」

 リオルは背筋を伸ばした。

「敬礼熊。あなたは、自身が達成できない任務を無視できます。村の防衛を無視する指示、制限範囲外への追撃、村民に危害が及ぶ指示が出た場合は、私の指揮権下へ戻りなさい」

 敬礼熊は敬礼した。

「通常熊二体。人間を追わない。村の柵の内側へ入らない。恐怖を感じる指示は無視してよい。無理に突撃しない」

 通常熊二体は、分かったのか分からないのか、鼻を鳴らした。

 リオルは不安になった。

「あの、通常熊にはそれで通じるんですか?」

「複雑な条件は通じません」

「ですよね」

「ですから、感覚的な制限だけをかけます」

「熊に分かる形にする」

「はい」

 リオルは三体を見る。

 敬礼熊。

 通常熊二頭。

 自分が呼んだわけではない。

 けれど、現場の配置は自分が考える。

「敬礼熊は、柵付近の防衛。柵を越えそうな魔物を止めてください」

 敬礼熊が敬礼する。

「通常熊二頭は、左側から群れの端を削ってください。倒し切らなくていいです。村へ向かう流れを横へ逸らすのが目的です」

 通常熊二体が森の方を見る。

「南東側は塞がない。魔物が逃げる道を残します」

 リオルは地面に線を引く。

「黒い熊は左前。赤茶の熊は少し後ろ。近づきすぎないで、別々の範囲を見てください」

 メルセナが静かに言う。

「よいです。始めなさい」

 魔物の群れが、森の縁から出てきた。

 角兎。

 土走り。

 灰爪猿。

 小型から中型の魔物が、火に追われるように村へ向かっている。

 リオルは息を吸った。

「お願いします!」

 三体の熊が動いた。

五 直接指示だけでは回らない

 最初は、うまくいっているように見えた。

 通常熊二体は強かった。

 黒い通常熊が群れの端へ入り、地面を叩く。

 小型魔物が驚いて横へ逃げる。

 赤茶の通常熊がその横腹を押し、村へ向かう流れを南東へ逸らす。

 敬礼熊は柵付近に立ち、抜けてきた魔物を止める。

 魔物の流れが、少しずつ横へ傾いた。

「進路、変わっています」

 カイルが地図を見ながら言った。

「第二防衛線側へ流れ始めています」

 リオルは少しだけ拳を握った。

 だが、すぐに次が来る。

 火に追われた魔物は、まっすぐには動かない。

 横へ跳ぶもの。

 柵へ突っ込むもの。

 熊に驚いて逆走するもの。

 地面すれすれを抜けようとするもの。

「敬礼熊、柵前!」

 敬礼熊が動く。

「黒い熊、深追いしないで!」

 黒い通常熊が不満そうに鼻を鳴らす。

「赤茶の熊、そこは南東の道だから塞がない!」

 赤茶の通常熊が少し遅れて下がる。

 リオルは必死に見ていた。

 柵。

 魔物。

 逃げ道。

 通常熊二体。

 敬礼熊。

 全部を直接見るのは難しい。

 全部に直接指示を出すのは、もっと難しい。

 それでも、どうにか流れは保っていた。

 その時、土走りが一体、通常熊二体の足元を抜けようとした。

 小さい。

 速い。

 リオルが声を出すより早く、敬礼熊が動いた。

 前に出て、土走りの進路を塞ぐ。

 通常熊二体はまだ別の魔物を見ていた。

 リオルの声だけでは間に合っていない。

 敬礼熊が穴を埋めていた。

「先生」

「何でしょう」

「僕、全部に直接指示を出そうとしてます」

「はい」

「無理ですね」

「はい」

「即答」

「現場が答えています」

 メルセナの声は冷静だった。

「では、どうしますか」

 リオルは牧草地を見る。

 魔物。

 柵。

 通常熊二体。

 敬礼熊。

 逃げ道。

 村。

 全部を直接見るのは無理だ。

 全部に直接指示するのも無理だ。

 なら、分けるしかない。

「通常熊には、細かい指示を減らします」

「続けて」

「黒い熊は、柵に近づく魔物を押し返す係。赤茶の熊は、南東の逃げ道を塞がないように、群れの端を削る係」

「敬礼熊は」

「二体の動きの穴を埋める。柵前が空いたら入る。通常熊が深追いしそうなら止める」

「よいです」

 リオルは声を張った。

「黒い熊! 柵に近づく魔物だけを押し返してください! 追わない!」

 黒い通常熊が鼻を鳴らした。

「赤茶の熊! 群れの端だけ! 南東の道は塞がない!」

 赤茶の通常熊が唸った。

「敬礼熊! 二体の間を見て、足りないところをお願いします!」

 敬礼熊は敬礼した。

 そこから、少しだけ動きが変わった。

 リオルが全部を叫ばなくても、黒い通常熊は柵前を優先する。

 赤茶の通常熊は、群れの横腹を叩くように動く。

 敬礼熊は二体の間を見て、足りないところへ入る。

 魔物の流れが、少しずつ南東へ傾いた。

 カイルが地図を見ながら言う。

「進路、さらに変わっています」

 ミレイユが通信水晶を確認する。

「王国軍第二防衛線からも確認。魔物群の一部が街道側へ流れています」

 リオルは拳を握った。

 できている。

 まだ終わっていないけれど、確かに流れが変わっている。

六 村を守る

 魔物の先頭は、熊たちに押されて南東へ流れた。

 遠くで角笛が鳴る。

 カイルが通信水晶を確認する。

「第二防衛線、接敵開始。受け止めています」

「残りは」

「十数体が村側へ寄っています」

 リオルは柵前を見る。

 黒い通常熊が押し返す。

 敬礼熊が穴を埋める。

 赤茶の通常熊が群れの端を叩く。

 それでも、一体の土走りが、熊たちの足元を抜けた。

 柵へ向かっている。

「敬礼熊!」

 敬礼熊が動く。

 だが、距離がある。

 土走りが柵の下をくぐろうとする。

 リオルは周囲を見た。

 柵の近くに、荷車の板が倒れている。

 村人が避難時に置いていったものだ。

「黒い熊! 板を倒して、柵の下を塞いで!」

 黒い通常熊が前脚で板を叩いた。

 板が倒れ、柵の隙間を塞ぐ。

 土走りが板にぶつかり、跳ね返る。

 敬礼熊がそれを南東へ弾いた。

「よし!」

 リオルは思わず声を上げた。

 メルセナが静かに言う。

「現場の物を使いましたね」

「使えるなら、使った方がいいと思って」

「よいです。召喚対象だけで解決しようとしないこと」

「はい」

 残りの魔物が、少しずつ南東へ流れていく。

 柵の一部は歪んだ。

 板も割れた。

 だが、魔物は柵を越えていない。

 村内へ入ったものもいない。

 王国軍の第二防衛線から、再び通信が入った。

 ミレイユが顔を上げる。

「第二防衛線、維持。魔物群の大半を受け止めたとのことです」

 カイルが続ける。

「残りの小型魔物も散っています。村へ向かう圧は低下」

 リオルは柵前を見る。

 まだ熊たちは構えている。

 だが、森から出てくる魔物の数は明らかに減っていた。

 煙は相変わらず上がっている。

 火災は終わっていない。

 それでも、村を直接襲う流れは止まった。

「村は」

「守れました」

 メルセナが言った。

 その言葉で、リオルはようやく息を吐いた。

 敬礼熊が姿勢を正し、リオルへ向かって敬礼した。

 リオルも、思わず頭を下げる。

「ありがとうございます」

 敬礼熊は、もう一度敬礼した。

 その横で、黒い通常熊が赤茶の通常熊に肩をぶつけた。

 赤茶の通常熊が唸る。

 黒い通常熊も唸り返す。

 戦闘は終わっている。

 魔物の圧も下がっている。

 だが、通常熊二頭の興奮は、まだ抜けていなかった。

「え」

 二体の通常熊が、突然取っ組み合いを始めた。

「終わってからですか!?」

 リオルの声が裏返った。

 黒い熊と赤茶の熊が前脚で押し合う。

 もう魔物はほとんど残っていない。

 村も守れた。

 だからこそ、気が抜けたところへ別の問題が出てきた。

「先生!」

「敬礼熊の指揮権を一度戻します」

 メルセナは即座に言った。

「通常熊同士の調整は、あなたより敬礼熊の方が適任です」

「適任なんですか!?」

「はい。敬礼熊は中間管理職です」

「中間管理職」

「はい」

「熊ですよね?」

「熊です」

 メルセナは敬礼熊へ指示を出した。

「敬礼熊。通常熊二体を制止。興奮を落としなさい」

 敬礼熊が動いた。

 速かった。

 二体の通常熊の間へ割って入り、片方ずつ前脚ではたいた。

 黒い通常熊が座った。

 赤茶の通常熊も、なぜか少し遅れて座った。

 リオルは目を丸くした。

「反省してる……」

「反省しているかは分かりません。制止は効いています」

 敬礼熊は二体を交互に見た。

 それから、低く一声だけ唸る。

 通常熊二体は、渋々そっぽを向いた。

 リオルは呆然とした。

「敬礼熊、すごいですね」

「事前に教育しています」

「教育」

「召喚対象は、呼んでから初めて動かすものではありません。呼ぶ前から、役割を覚えさせます」

「役割を」

「はい。今回のように複数の召喚対象で体制を組む場合、指示系統の中に管理能力を持つものを用意しておく必要があります」

 リオルは、敬礼熊が通常熊二体の間に割って入ったところを思い出した。

 ただ強いだけではない。

 止められる。

 見られる。

 間に入れる。

 それも、役割だった。

「呼び出すものの特性は、状況に合わせます」

 メルセナは続けた。

「ですが、呼び出した後の体制は、事前に組み立てることができます」

「体制を、先に」

「はい。誰が前に出るのか。誰が守るのか。誰が止めるのか。誰が誰の指示を受けるのか。そこまで用意してから呼びます」

「だから、敬礼熊がいたんですね」

「はい。通常熊二体だけでは、戦闘力はあっても管理は不安定です」

「普通に強くて、普通に不安な熊ですから」

「よい理解です」

 リオルは少しだけ苦笑した。

「高位の召喚士って、強いものを呼べる人のことだと思ってました」

「それだけではありません」

 メルセナは淡々と言った。

「強いものを呼ぶ。数を呼ぶ。維持する。配置する。役割を与える。指示系統を作る。崩れた時に立て直す」

 そこで、メルセナは一拍置いた。

「そこまで含めて、高位の召喚士です」

 リオルは、消えていった敬礼熊の姿を思い出した。

 敬礼する熊。

 普通ではない熊。

 けれど、ただ奇妙なだけではない。

 あの熊は、体制の中に置かれていた。

 役割を持ち、通常熊を止め、穴を埋め、戦闘後の興奮まで落とした。

「呼ぶ前から、もう始まってるんですね」

「はい」

「召喚マネジメント」

「はい」

 リオルは息を吐いた。

「直接指示だけでは回らない……」

「はい」

 メルセナが頷く。

「戦闘中だけではありません。戦闘後も同じです。興奮した召喚対象を落ち着かせるところまで、運用です」

「終わった後も、終わってないんですね」

「はい」

「任せる相手を選ぶことも、現場指揮」

「その通りです」

 メルセナが手を上げる。

「帰還」

 三体の熊が、光に包まれて消えていく。

 最後まで敬礼熊は姿勢を崩さなかった。

 リオルはそれを見送った。

 全部を自分で見て、全部を自分で動かそうとすると、すぐに破綻する。

 役割を分ける。

 中間に立つ相手を置く。

 任せる。

 止めてもらう。

 戦闘が終わった後の興奮まで見る。

 呼ぶ前から、体制を作る。

 それも召喚マネジメントなのだと、リオルは思った。

七 くすぶる火

 リグル村の柵は、一部が壊れかけていた。

 だが、村人に被害は出なかった。

 数人が避難中に転んで軽い怪我をしたが、命に関わるものではない。

 村長は、メルセナに何度も頭を下げた。

「ありがとうございます。村を、守っていただいて」

「礼はギルドと王国軍にも」

 メルセナが言う。

 カイルは少し複雑な顔をした。

 王国軍は第二防衛線で魔物を受け止めた。

 それは事実だ。

 だが、最初の判断は村を放棄扱いにするものだった。

 カイル自身がその判断を下したわけではない。

 それでも、軍装を着ている以上、無関係ではいられないのだろう。

「閣下」

 カイルが静かに言った。

「今回の暫定判断については、私からも上申します」

「当然です」

「はい」

「総数不明という情報だけなら、第二防衛線を優先する判断には筋があります」

「はい」

「ですが、現場確認を飛ばし、人が残る村を損耗枠に入れる判断を通例にしてはいけません」

「承知しています」

 リオルは二人の会話を聞きながら、北の森を見た。

 煙はまだ上がっている。

 火は弱まっているようにも見えるが、完全には消えていない。

 焦げた匂いが、風に乗って流れてくる。

 ミレイユが通信水晶を確認した。

「火災現場周辺で、通常の山火事とは異なる魔力残滓が確認されているそうです」

 メルセナの視線が動いた。

「詳細は」

「まだ不明です。ただ、火の広がり方と残っている魔力の質が一致しない箇所があると。古い北方未整理案件との照合要請も出ています」

 リオルは首をかしげた。

「北方未整理案件?」

「過去に原因不明の火災や魔物移動が記録された案件です」

 ミレイユは言葉を選ぶように言った。

「まだ、同じものと決まったわけではありません」

 メルセナはしばらく黙っていた。

 表情は変わらない。

 けれど、リオルには分かった。

 先生は、ただの山火事として見ていない。

「カイル」

「はい」

「王国軍は第二防衛線を維持。魔物の残りを街道側で受け止めなさい」

「承知しました」

「ギルドは村周辺の安全確認。ミレイユさん、火災現場調査の依頼書を準備してください」

「はい」

 リオルはメルセナを見る。

「先生、火元を調べに行くんですか?」

「はい」

「僕も?」

「安全確認後です」

「でも、行くんですね」

「行きます」

 メルセナは北の森を見た。

 煙の奥で、何かがまだくすぶっている。

 魔物を村へ押し出した火。

 国に村を放棄扱いさせた火。

 そして、メルセナが静かに警戒する火。

「今回の防衛は成功しました」

 メルセナは言った。

「ですが、原因が残れば、次も起きます」

 リオルは頷いた。

 鳥は空から見た。

 狼は匂いを追った。

 熊は村の前で魔物を押し返した。

 今度は、火の元を見なければならない。

 召喚士の仕事は、また広がった。

 呼ぶこと。

 配置すること。

 任せること。

 何が起きているのかを確かめること。

 そして、見えた情報で判断を変えること。

 リオルは煙の上がる森を見つめた。

 村は守れた。

 けれど、終わったわけではない。

 森を焼いた火は、まだどこかでくすぶっていた。


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