召喚士が召喚した召喚士~基礎から始める召喚マネジメント講座~ 第6話 北境伯は村を捨てない

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召喚士が召喚した召喚士~基礎から始める召喚マネジメント講座~ 第6話 北境伯は村を捨てない 人物相関図

 ※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

一 村は残った

 リグル村の北側には、焦げた匂いがまだ残っていた。

 魔物の群れは村を外れ、南東街道側へ流れていった。王国軍の第二防衛線がその大半を受け止め、村へ戻ってくる流れは今のところ確認されていない。

 だが、何もなかったわけではない。

 木柵は一部が歪み、下側には板で塞がれた隙間が残っている。畑の端は踏み荒らされ、逃げる途中で倒れた荷車もあった。

 村人に死者は出なかった。

 その一事だけが、この場にいる全員の胸を少しだけ軽くしていた。

 村長は何度も頭を下げた。

「本当に、ありがとうございました。村は……残りました」

 リオル・ロステルは、村長の後ろに並ぶ村人たちを見た。

 泣いている者。

 座り込んでいる者。

 壊れた柵を見つめる者。

 抱えた荷物をまだ下ろせずにいる者。

 助かった。

 けれど、日常がそのまま戻ってきたわけではない。

「全部は守れませんでした。柵も、畑も」

 リオルがそう言うと、メルセナ・オルブライトは静かに答えた。

「村人が残りました。今回はそこが最優先です」

「はい」

「柵は直せます。畑も時間をかければ戻せます。人は、戻せません」

 その言葉は淡々としていた。

 だが、軽くはなかった。

 カイル・レイヴァンが通信水晶から顔を上げる。

「第二防衛線へ流れた魔物は、王国軍が受け止めています。村への再流入は、現時点では確認されていません」

 リオルは胸をなで下ろした。

「よかった……」

「まだよくありません」

 メルセナが言った。

 リオルは思わず顔を上げる。

「え?」

「村を守っただけです。なぜ森が焼けたのかは残っています」

 メルセナの視線は、北の森へ向いていた。

 灰色の煙が、細く空へ上がっている。

 火は弱まっているように見える。

 けれど、完全には消えていない。

 それはまるで、森の奥で何かが息を潜めているようだった。

二 放棄判断の後始末

 村の集会小屋が、臨時の現地本部になった。

 といっても、机が一つ、椅子が数脚、壁際に村の地図が貼られているだけの場所である。

 ミレイユ・グレインは記録板を広げ、村の被害状況と避難人数を確認していた。

「村内残留者、全員確認済み。重傷者なし。軽傷者七名。家畜の一部が未確認。柵北側に破損、畑北東部に被害。ギルド記録には救援支援として残します」

「お願いします」

 メルセナが短く返す。

 そこへ、カイルが通信水晶を手に戻ってきた。

「閣下。北方臨時防衛会議より確認です」

「内容は」

「放棄判断下の村に対し、閣下が独自に防衛行動を取った件について、説明を求めるとのことです」

 リオルは思わず声を上げた。

「独自に、って……助けたのに?」

「組織は、結果だけでは動きません」

 メルセナは静かに言った。

「結果として村は維持。魔物の主流も第二防衛線へ誘導済み。軍側からの抗議は、現時点ではありません」

 カイルは続ける。

「ただし、防衛会議側は命令系統上の確認を求めています」

「では、説明は簡単です」

「どのように」

「北方召喚防衛統括官として、放棄判断の前提条件が不十分だったため、現場で修正しました」

 カイルは少しだけ目を伏せた。

「そのまま報告すると、会議側は反発します」

「反発してください。次から私を通す理由になります」

 リオルはメルセナを見る。

「先生、怒ってます?」

「怒っています」

「普通に言った」

「怒っていることを隠す理由がありません」

 メルセナの表情はいつも通りだった。

 だが、その声は冷たい。

 村が救われたことと、手続きが正しくなかったことは別なのだと、リオルにも少しずつ分かってきた。

「先生は、国の判断に逆らったんですか?」

「一部、修正しました」

「一部」

「はい。第二防衛線を維持する判断は間違っていません。魔物の主流をそこへ流す必要もありました。問題は、村を現場確認前に損耗枠へ入れたことです」

「損耗枠……」

 その言葉は、何度聞いても冷たい。

「地図上で切られたものは、現場でまだ生きていることがあります」

 メルセナは静かに言った。

「今回は、それを確認する前に切ろうとした。だから怒っています」

三 先生は何者なんですか

 状況確認が一段落した頃、リオルはとうとう我慢できなくなった。

「先生、聞いてもいいですか」

「どうぞ」

「先生は、結局どれくらい偉いんですか」

 カイルが軽く咳き込んだ。

 ミレイユの筆も、一瞬だけ止まった。

 リオルは慌てて両手を振る。

「あ、すみません。聞き方が」

「分かりやすい質問です」

 メルセナは平然としていた。

 カイルが小さく息を吐く。

「分かりやすいですが、少し心臓に悪いです」

「私は王ではありません」

 メルセナが言った。

「王国軍の全軍司令官でもありません。召喚士ギルドの長でもありません」

「でも、国の判断を訂正できるんですよね」

「北方召喚防衛に関わる範囲では、異議を出し、現場判断を修正できます」

「北方召喚防衛……」

 リオルはその言葉を繰り返した。

 聞けば聞くほど、長い。

 そして重い。

 カイルが一歩前に出た。

「説明しましょう」

「お願いします」

「メルセナ様の正式な役職は、ヴァルセイン王国北方召喚防衛統括官です」

「召喚防衛統括官」

「その前に、召喚士が国家にとってどういう存在かを説明した方がよいでしょう」

 リオルは首を傾げる。

「戦う人、ではないんですか?」

「戦うこともあります」

 メルセナが答えた。

 カイルは頷く。

「ですが、それだけではありません。戦時の召喚士は、戦場の形を変えます」

「戦場の形?」

「偵察、伝令、物資輸送、負傷者搬送、防衛線の補強、敵の進行方向の誘導、大型魔物への対処、敵召喚士への対抗。召喚士がいるかどうかで、軍の選択肢が変わります」

 リオルは先ほどの村防衛を思い出した。

 鳥で見た。

 熊で流した。

 敬礼熊が止めた。

 魔物を全部倒したわけではない。

 けれど、村は守られた。

「戦うだけじゃない」

「はい。強いものを呼べる召喚士は重要です。しかし、何を、どこへ、どの条件で、どの時間だけ出すかを判断できる召喚士は、さらに重要です」

 リオルはメルセナを見る。

「先生がいつも言ってることですね」

「呼んで終わりではありません」

「平時も同じです」

 カイルは続けた。

「召喚士は国境監視、魔物の移動監視、災害対応、行方不明者の捜索、辺境の防衛支援、召喚契約の登録と管理に関わります」

「平時でも軍事的に重要なんですか?」

「非常に。特に北方は帝国と隣接しています。召喚戦力の配置は、戦争が起きていない時期でも外交的な意味を持ちます」

「外交?」

「強すぎる召喚士を不用意に前へ出せば挑発になる。逆に、召喚戦力が薄いと見られれば侵攻を誘う。だから平時こそ、配置と情報管理が重要になります」

 リオルは少しだけ背筋を伸ばした。

 召喚士。

 それは、鳥を呼ぶとか、狼にお願いするとか、熊を出すとか、そういう単純な話ではなかった。

 国と国の間で、見られている力でもある。

「召喚士って、そんなに重いんですね」

「重いです」

 メルセナは短く言った。

 カイルは地図の上に指を置いた。

「北方には、王国軍、地方防衛会議、召喚士ギルド、各地の登録召喚士が関わります。しかし、それぞれ目的が違います」

「目的が違う?」

「王国軍は軍事的勝利と防衛線を重視します。地方防衛会議は地域全体の損害管理を重視します。召喚士ギルドは契約、登録、召喚士の安全と信用を重視します。村や町は自分たちの生活と生存を重視します」

 リオルは少し考えた。

「全部、大事だけど、同じじゃない」

「その通りです」

 カイルは頷いた。

「その間に立ち、召喚戦力を防衛へどう組み込むかを判断する役職が必要になる。それが北方召喚防衛統括官です」

「軍の人ではないけど、防衛に関わる」

「はい。軍の代わりでも、ギルドの代わりでも、領主の代わりでもありません。召喚戦力という特殊な力を、国家防衛の中で破綻させずに使うための調整役であり、安全装置です」

「大げさです」

 メルセナが淡々と言った。

「事実です」

 カイルも淡々と返す。

 リオルは二人を交互に見た。

「先生が北方召喚防衛統括官なのは、強いからだけじゃないんですね」

「はい。強い召喚対象を呼べるだけでは、その役職は務まりません。契約と制限を設計し、召喚対象を現場に合わせて管理し、国、軍、ギルド、現場の間で防衛判断を調整できる必要があります」

「先生、そのままですね」

「一部です」

「かなりの部分です」

 カイルが言った。

 リオルは少し笑った。

「カイルさんの方が褒めますね」

「褒めすぎです」

「評価です」

 カイルの声はまじめだった。

 メルセナは少しだけ黙った。

 たぶん、反論するのが面倒になったのだと、リオルは思った。

四 北境伯

 カイルは説明を続けた。

「加えて、メルセナ様には北境伯の称号があります」

「北境伯?」

 リオルは聞き返した。

 また知らない言葉が出てきた。

「それも、先生の肩書きなんですか?」

「はい。辺境伯相当の称号です」

「辺境伯って、領地を持っている貴族ですよね」

「通常はそうです。ただし、北境伯は少し違います」

 メルセナが口を挟む。

「私は領地を持っていません」

「持ってないんですか?」

「はい。一代限りの防衛称号です。北方防衛に関わるため、必要な格を与えられているに過ぎません」

「格」

「会議の席に座るための椅子です」

 メルセナの言い方は妙に簡単だった。

 カイルが少し補足する。

「歴史的には、北境伯が途中から領地を持ち、正式な辺境伯家になることもありました。しかしメルセナ様は、少なくとも現状では領主ではありません」

「じゃあ、リグル村の領主でもない」

「違います」

 メルセナが答える。

「でも、村を守る責任はある」

「北方防衛として、あります」

「難しいですね」

「難しいです」

 メルセナはあっさり認めた。

 リオルは少しだけ安心した。

 先生でも難しいと思うのなら、自分が混乱するのは当然なのだ。

「先生は、領主じゃない。軍の全部を動かせるわけでもない。ギルドの長でもない。でも、北方の召喚防衛には強く関われる」

「よい整理です」

「それで、国の判断にも異議を出せる」

「はい。召喚戦力に関わる防衛判断であれば」

「全部ではない」

「全部ではありません」

 リオルはうなずいた。

 メルセナはすごい。

 けれど、王国そのものではない。

 だからこそ、怒る時には理由があるのだ。

五 なぜ怒ったのか

 リオルはしばらく考えてから、もう一度尋ねた。

「先生は、村を見捨てるのが嫌だったから怒ったんですか」

「それもあります」

「それも」

「守れない村があることは、私も理解しています」

 リオルは言葉を止めた。

 その言い方は冷たく聞こえた。

 けれど、メルセナの声は冷たくなかった。

「すべてを守る、と言うだけなら簡単です。ですが現場では、戦力、時間、地形、避難状況を見て、守れない判断をしなければならないこともあります」

「じゃあ、今回も」

「違います」

 メルセナは即答した。

「今回の問題は、判断が早すぎたことです」

 カイルが続ける。

「避難は未完了。第二防衛線の構築も未完了。召喚戦力による進路変更案も検討されていませんでした」

「その状態で、村を地図上の損耗枠へ入れた」

 メルセナは静かに言った。

「そこに怒っています」

「守れないかもしれない、じゃなくて」

 リオルは言葉を探した。

「守れるかもしれない方法を試す前に捨てた」

「正確です」

「だから僕も連れてきたんですか」

「はい」

 メルセナはリオルを見た。

「あなたの小動物召喚は、通常戦力では拾えない情報を拾える可能性がありました。現場の選択肢を増やすためです」

「訓練じゃなくて」

「現場です。ただし、あなたを前線に出すつもりはありませんでした」

「先生の管理下で、情報確認と判断補助」

「覚えていますね」

「今のは」

「普通に褒めました」

 リオルは少しだけ笑った。

 怖かった。

 今も、怖い。

 けれど、自分がなぜ連れてこられたのかは分かった。

 戦うためではない。

 先生の判断を助けるため。

 村を守るための選択肢を増やすためだった。

 そこへ、カイルが少しだけ声を低くした。

「閣下。今回の判断は正しかったと思います」

「珍しく前置きがありますね」

「ですが、学生を連れたことへの批判は避けられません」

 リオルは反射的に頭を下げた。

「すみません」

「あなたを責めているのではありません。責められるのは閣下です」

「慣れています」

「慣れないでください。あなたが面倒を増やすたび、こちらも書類が増えます」

 リオルは目を瞬かせた。

「腹心って、こういうことも言うんですね」

「言います。カイルですので」

「親の代からの付き合いです。言わないと増えます」

「何がですか?」

「無茶が」

「必要な無茶です」

 メルセナが言う。

 カイルは表情を変えずに返した。

「その判定を毎回あなた一人でしないでください」

 リオルは、カイルを少し見直した。

 ただ従っている人ではない。

 止める人でもある。

 メルセナが北方の安全装置なら、カイルはそのメルセナに対する安全装置なのかもしれない。

六 ギルドの記録

 ミレイユが記録板を閉じた。

「ギルド側の初期記録は整いました。今回の件は、救援支援、緊急防衛補助、召喚対象運用記録として残します」

 リオルは首を傾げる。

「召喚士ギルドって、国のものなんですか?」

「直接国が運営しているわけではありません」

 ミレイユが答えた。

「でも、王国と関係はありますよね」

「はい。国からの出資がありますし、召喚士の登録や契約管理、防衛協力も行います。ですから各国ごとの影響下にはあります」

 カイルが補足する。

「ただし、完全な国営組織ではありません。だから、ギルドの記録と王国の命令は、常に同じ意味ではありません」

「それも難しいです」

「難しいです」

 メルセナがまたあっさり認める。

「ですが、召喚士は契約を扱う職です。誰が命じ、誰が責任を持ち、どの記録に残るのかを見なければなりません」

 ミレイユは記録板を軽く叩いた。

「今回の件も、ギルド記録では救援支援。王国側では放棄判断の修正。防衛会議では命令系統の逸脱として扱われる可能性があります」

「同じことをしたのに、記録が違う」

「はい。だから記録は重要です」

 リオルは少しだけ、記録板が怖くなった。

 何をしたか。

 誰が命じたか。

 誰が責任を持つか。

 同じ出来事でも、残され方が違えば、後から見える意味も変わる。

 召喚の依頼文を読む時に、メルセナがしつこく条件と終了を確認させた理由が、また一つ分かった気がした。

七 焼け跡

 村周辺の安全確認を終えたあと、メルセナたちは北の森へ向かった。

 同行したのは、メルセナ、リオル、カイル。

 ミレイユは村に残り、ギルドへの追加報告と被害記録を続けることになった。

 森に近づくほど、焦げた匂いは濃くなった。

 木々の葉は黒く縮れ、地面には灰が積もっている。

 ところどころ、まだ白い煙が細く上がっていた。

 リオルは焼け跡を見回す。

「ここだけ、木の色が違います」

 黒く焦げた木々の中に、灰色を通り越して白く焼けた幹があった。

 まるで火に焼かれたというより、熱そのものに削られたようだった。

「高温で焼かれています」

 メルセナが言った。

 カイルが膝をつき、地面の灰を指先で確認する。

「自然火災では出にくい温度です」

「火魔法ですか?」

「可能性はあります」

 メルセナは焼けた木の表面を見た。

「ただし、通常の火魔法にしては範囲が広い」

「複数人による放火、魔道具、または大型の火属性存在」

 カイルが候補を並べる。

 リオルは最後の言葉に反応した。

「大型の火属性存在……」

「まだ断定しません」

 メルセナがすぐに言った。

「先生、今ちょっと何か分かってませんか」

「候補が増えただけです」

「候補が増えた時の閣下は、だいたい何か分かっています」

「カイル」

「失礼しました」

 カイルは少しも失礼した顔をしていなかった。

 リオルは焼け跡の奥を見た。

 木の倒れ方が変だった。

 風に押されたなら、同じ方向へ倒れるはずだ。

 だが、ここでは外へ倒れた木と、内へ倒れた木が混じっている。

 まるで、中心から熱が広がったあと、別の力で押し返されたように見えた。

「鳥を呼びますか?」

 リオルは言った。

「上から見れば、焼けた範囲が分かるかもしれません」

「今は待ちます」

「どうしてですか?」

「火の残りが強い。煙もあります。鳥の負担が大きい」

 リオルは口を閉じた。

 早く調べたい気持ちはある。

 けれど、メルセナは首を横に振った。

「調査のために召喚対象を無理に使ってはいけません」

「相手に無理がないように」

「はい。必要なら使います。しかし、使うなら範囲と高度、戻る条件、異常時の撤退条件を決めてからです」

 カイルがリオルを見る。

「以前の報告より、ずいぶん慎重になっていますね」

「色々ありました」

「よいことです」

 メルセナが言った。

 リオルは少しだけ胸を張りかけて、すぐにやめた。

 まだ褒められるほどできているとは思えない。

 けれど、以前よりは考えられている。

 それだけは、少しだけ分かった。

八 火の奥にあるもの

 焼け跡の奥に、特に強く焼けた一帯があった。

 そこだけ、空気が違う。

 火はもう見えない。

 けれど、熱ではない何かが、肌の表面に薄く触れる。

 メルセナが膝をつき、灰に手をかざした。

「火の精霊力が残っています」

「火の精霊ですか?」

「違います。火の精霊力に近いものですが、精霊そのものではありません」

 リオルには、よく分からなかった。

 けれど、メルセナの声が少し低くなったことは分かった。

 カイルが周囲を確認しながら尋ねる。

「竜種由来の可能性は」

 メルセナはすぐには答えなかった。

 リオルは思わず聞き返す。

「竜?」

「可能性の一つです」

 メルセナが答える。

「竜って、そんなに……」

「小型竜なら物流や騎乗に関わることもあります」

 カイルが言った。

「ただし、この焼け方は小型竜のものではありません」

 リオルは焼けた地面を見る。

 小型ではない。

 その言葉だけで、想像したくない大きさが頭に浮かんだ。

「大型の竜、ですか?」

「まだ断定しません」

「断定しない、が多いですね」

「断定は、契約と同じくらい重いです」

 メルセナは立ち上がった。

「ここで誤った名前を付ければ、次の判断が歪みます」

「名前を付けると、そう見えてしまう」

「はい」

 リオルはうなずいた。

 迷子探しでも、羊探しでも、最初に決めつけると見落とす。

 今ここで何かを断定すれば、それ以外の可能性を見なくなる。

 火災。

 魔物の移動。

 火の精霊力に近い何か。

 小型ではない竜種の可能性。

 情報は増えている。

 でも、答えにはまだ届いていない。

「この火の原因を調べます」

 メルセナが言った。

「村を守るために?」

「次の村を守るために」

 リオルは森の奥を見た。

 今、リグル村は守られた。

 だが、同じことが別の村で起きたら。

 火がまた魔物を押し出したら。

 次も間に合うとは限らない。

九 肩書きより広いもの

 森から戻る途中、リオルはぽつりと尋ねた。

「先生は、全部守れるわけじゃないんですよね」

「はい」

 メルセナは否定しなかった。

「でも、守れるかもしれないものを、最初から捨てるのは違う」

「はい」

「それが、北方召喚防衛統括官の責任ですか」

「一部です」

「一部」

「責任は、肩書きより広いことがあります」

 カイルが小さく息を吐いた。

「そして、肩書きより面倒なことも多いです」

「カイル」

「事実です」

 リオルは二人のやり取りを聞きながら、北の森を振り返った。

 メルセナは王ではない。

 領主でもない。

 軍のすべてを動かす者でもない。

 召喚士ギルドを好きに命じられる者でもない。

 それでも彼女は、北の防衛を背負う者だった。

 強いものを呼べるからではない。

 多くを呼べるからだけでもない。

 何を守り、何を通し、何を止めるのか。

 誰に任せ、誰に記録させ、誰に責任を残すのか。

 そうした判断まで含めて、彼女は北方召喚防衛統括官なのだ。

 リオルは少しだけ、自分の手を見た。

 鳥を十羽呼べる手。

 狼にお願いした手。

 熊には指示を出しただけの手。

 まだ、できることは少ない。

 けれど、呼ぶだけでは足りないのだと分かった。

 守るには、見なければならない。

 考えなければならない。

 そして、捨てる前に、本当に選択肢がないのかを探さなければならない。

 遠くで、焼けた森から細い煙が上がっていた。

 火は弱まっている。

 けれど、終わってはいない。

 焼け跡に残る火は、まだ何かを隠していた。


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