エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第2話 イフリートとシア

エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第2話 イフリートとシア エレメンタルクロス ~精霊の剣~
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第2話 イフリートとシア
エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避される二属性同時使用を隠しながら旅をしていた。ある日、巨…
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第2話 イフリートとシア 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

火の精霊王

「わたしが、イフリートだ」

 炎の少女は、当たり前のようにそう名乗った。

 セトは少女と、倒れた大型魔獣を交互に見る。

 火の精霊王イフリート。

 名前だけなら知っている。

 人間が扱う意思のない精霊とは異なり、自ら考え、火を操る存在。古い物語や神殿の教えでは、火を担う最上位の精霊として語られていた。

 目の前の少女が見せた力は、その名にふさわしい。

 だからといって、すぐに信じられる話でもなかった。

「証明できるか」

「何をだ」

「お前がイフリートだということを」

 少女は自分の両手を見た。それから、動かなくなった大型魔獣へ目を向ける。

「足りないのか」

「強いことの証明にはなっている」

「火も使った」

「火を使う人間はいる」

「人間に見えるのか」

「見た目はな」

 少女は自分の腕をつまんだ。

「人間と同じ形ではある」

「自分でも分かってなかったのか」

「形に興味がなかった」

 その答えだけで、人間とは違う気がしてきた。

王ではない王

 大型魔獣の死体から、濃い血の臭いが広がり始めている。

 このまま話し続ければ、別の魔物を呼び寄せかねない。

「場所を変える」

「なぜだ」

「血の臭いに寄ってくるものがいる」

「来たら倒せばいい」

「俺は怪我をしてる」

 少女はそこで初めて、セトの右脇へ視線を向けた。

「折れているのか」

「たぶん折れてはいない」

「なら戦える」

「お前を基準にするな」

 セトは街道からさらに離れる方向へ歩き出した。少し先に、周囲を見渡せる岩場があったはずだ。

 少女も当然のようについてくる。

「火の精霊王なら、火の精霊を従えているのか」

「従えていない」

「王なのに?」

「王と呼んだのは人間だ。わたしが決めた役目ではない」

 少女によれば、精霊王は領地を持たず、配下も民も持たないらしい。

 火の精霊を集めて命令することもない。

「では、何の王だ」

「知らない。人間がそう呼ぶから、そういう呼び名だと知っているだけだ」

「ずいぶん雑だな」

「人間の呼び方がか?」

「お前の説明がだ」

知っていること

 岩場へ着くと、セトは平らな石へ腰を下ろした。

 痛めた脇を確かめる。息を深く吸うと痛むが、骨が大きくずれている感覚はない。

 少女は座らず、セトの前へ立った。

 視線はまた右手へ向いている。

「剣を出せ」

「先に話を聞く」

「話したら出すのか」

「内容による」

「面倒だな」

「さっきも聞いた」

 少女は不満そうだったが、立ったまま話し始めた。

「わたしは火を扱える。人間の言葉も知っている。人間がどんな暮らしをして、何を危険だと考えるかも、だいたい分かる」

「誰かに教わったのか」

「受け継いだ」

「誰から」

「前のイフリートからだ」

 セトは少女を見る。

「前の?」

「イフリートは一人だけだ。死ねば、次が生まれる」

「お前の前にも、イフリートがいたということか」

「ああ」

 少女の口調に、懐かしさはなかった。

 会ったことのない他人について話すような声だった。

覚えていないこと

「前のイフリートから受け継いだなら、お前は前のイフリートと同じなのか」

「違う」

 少女は即答した。

「知識は残る。記憶は残らない」

「何が違う」

「火の使い方は知っている。誰と一緒に火を使ったかは知らない」

 少女が片手を上げる。

 指先に小さな炎が生まれた。

「人間の食べ物が何かは知っている。先代が何を食べたかは知らない。人間が怒ることも、喜ぶことも知っている。先代が誰に怒り、誰といて喜んだかは知らない」

 炎が消える。

「知っていることは残る。覚えていたことは残らない」

 簡単な説明だった。

 だが、その線引きは明確だった。

「先代の性格も?」

「知らない」

「男だったか、女だったかは」

「男性の形だった。それは知識として残っていた」

「姿の情報は残るのか」

「全部ではない。役目に関わることは残りやすい。関係のないものは残らない」

 先代の顔を尋ねても、少女には答えられなかった。

 同じ役目を受け継いでも、同じ者ではない。

 目の前の少女は、過去のイフリートが若返った姿でも、生き返った姿でもなかった。

一年前の誕生

「お前はいつ生まれた」

「一年ほど前だ」

 見た目は十六歳ほどに見える。

 セトは聞き間違いかと思った。

「一歳なのか」

「そうなる」

「その姿で?」

「精霊王は人間の赤子として生まれるわけではない」

「それは見れば分かる」

 少女は自分の体を見下ろした。

「生まれた時から、今とあまり変わらない」

「では、一年前までどこにいた」

「いない」

「いない?」

「わたしは一年前に形になった。それより前のわたしはいない」

 精霊王が死ぬと、残された力と役目から次代の精霊王が形になる。

「普通は、先代が死んでから一月ほどで次が生まれる」

「お前も、そのくらいだったのか」

「違う。わたしが生まれるまでには一年ほどかかった」

「普通より、かなり長いな」

「ああ」

「なぜ分かる」

「生まれた時に受け継いだものから分かった。先代が消えてから、わたしが形になるまで一年ほど空いている」

「なぜ、そんなにかかった」

「生まれた時に残っていた力が、ひどく薄かった。普通に死んだだけなら、あそこまで減らない」

 少女は、自分が生まれた場所については詳しく話さなかった。

 隠しているというより、説明する必要を感じていないようだった。

先代の死

「先代は、力を奪われたのか」

「その可能性が高い」

 少女は岩場の端へ移動し、森の向こうを見た。

「役目を引き継いだ時、残っていた力が少なすぎた。傷ついて消えただけでは、ああはならない。何かに持っていかれた」

「殺されたと断定できるのか」

「精霊王は、自分で役目を捨てて次を生むものではない。先代の役目は途中で切れている。力を奪われ、死んだと考えるのが一番合う」

「誰に?」

「知らない」

「どこで?」

「知らない」

「何をされた?」

「詳しくは知らない」

「何も分からないじゃないか」

 少女が振り返る。

「だから探している」

 語気は強くなかった。

 怒りを押し殺しているようにも見えない。

 ただ、分からないものを分かるようにするため、動いている。

「先代が死んだのは、およそ二年前だと思う」

「生まれるまで一年。お前が生まれてから一年か」

「ああ。正確な日までは分からない」

 二年前に火の精霊王を殺し、その力を奪った何者かがいる。

 そして、今の火の精霊王は、その存在を探している。

復讐ではない

「先代の仇を討ちたいのか」

 セトが尋ねると、少女はすぐには答えなかった。

 考えた末に、首を横へ振る。

「先代のことを覚えていない」

「だから仇ではない?」

「悲しいかと聞かれても、よく分からない。会ったことがないからな」

 冷たい言葉にも聞こえる。

 だが、少女は取り繕っていないだけだった。

「なら、なぜ探す」

「先代を殺せたものが、まだある」

 少女が自分の胸へ手を当てる。

「先代の力を奪ったなら、今のわたしからも奪えるかもしれない。放っておく理由がない」

「自分を守るためか」

「それもある」

「他にも?」

「火の精霊王を殺せるものを、人間が持っているかもしれない」

 人間が持っているとは限らない。

 それでも少女は、人間の関与を疑っていた。

 力を奪うという行為には、自然な死とは違う意図がある。

「また使われる可能性がある。なら、見つけて壊す」

「簡単に言うな」

「見つけてから考える」

「先に考えておけ」

剣への興味

 少女の視線が、再びセトの右手へ落ちる。

「そのためにも、剣を見せろ」

「どうつながる」

「珍しい力は調べる」

「俺を疑っているのか」

「先代を殺したのは二年ほど前だ。お前ではないと思う」

「年齢で除外されたのは初めてだ」

「だが、お前の術は珍しい」

 少女は倒した大型魔獣よりも、白刃の方へ強い興味を示していた。

「精霊を剣にしているように見えた」

「剣にしているわけじゃない。剣の形に集めている」

 少女の目がわずかに細くなる。

「違いが分かっているのか」

「当然だ。意思のない精霊を集めて、形を固定しているだけだ」

「だけ、と言うには難しい」

 意外なところで評価された。

「普通の精霊術は、力を起こしたら終わりだ。火を出す。風を動かす。形を作っても、長く固定する必要はない」

「剣は残さないと使えない」

「ああ。振っても、受けても、同じ形で残す必要がある」

 少女は納得したようにうなずいた。

「やはり見たい」

「だから近い」

白い剣

 セトはため息をつき、右手を前へ出した。

 周囲の白い光が集まる。

 怪我をしているため、戦った時より短い刃にした。

 白刃が形を得ると、少女はすぐ目の前まで寄ってきた。

「触るなよ」

「分かっている」

 返事と同時に手が伸びる。

 セトは白刃を引いた。

「分かってないだろ」

「触ればもっと分かる」

「斬れる」

「わたしは硬い」

「そういう問題じゃない」

 少女は刃の側面、切っ先、セトの手元を順番に見る。

「柄まで同じものか」

「全部、同じ精霊で作っている」

「手の中で形を保っているのか」

「腕だけじゃない。全体を固定してる」

「さっきは折れた」

「形を保つ力より、受けた力の方が大きかった」

「なら、もっと強く固定すればいい」

「できるならやってる」

 少女は白刃を見つめたまま、しばらく動かなかった。

 見ているのは形ではないらしい。

「お前の中から出している力だけではない」

「周りの精霊も使っている」

「器用だな」

「お前に言われると、褒められている気がしない」

同行の理由

 セトが白刃を消すと、少女はまた「あ」と声を漏らした。

「もう少し見せろ」

「今日は終わりだ。腕が痺れている」

「明日は見せるのか」

「なぜ明日もいる前提なんだ」

「ついていくからだ」

 決定事項のように言われた。

「俺は許可してない」

「許可がいるのか」

「普通はいる」

「では許可しろ」

「順番を変えても同じだ」

 少女は少し考えた。

「わたしは、先代を殺したものを探している。人間の町や道は知識では分かるが、実際に歩いたことは少ない」

「一年も何をしていた」

「火を扱っていた」

「それ以外は」

「先代の痕跡を探した」

 人間の暮らしに関する知識はあっても、現在の町や人間関係までは分からない。

 地図を知っていても、道が今も同じとは限らない。

「お前は旅をしている。戦える。珍しい精霊術も使う」

「最後は関係ないだろ」

「見たい」

 理由として隠す気もないらしい。

条件

 セトは断ろうとした。

 だが、火の精霊王を一人で人里へ向かわせる光景を想像する。

 人間が危害を加えられるとは思わない。

 逆が問題だった。

「町で大型魔獣を投げるなよ」

「大型魔獣がいたら投げる」

「建物の方へ投げるな」

「分かった」

「人間に殴られても、同じ力で殴り返すな」

「なぜだ」

「死ぬからだ」

「殴ってきた方が悪い」

「悪いかどうかと、殺していいかは別だ」

「面倒だな」

「人間の暮らしは、だいたい面倒だ」

 少女は嫌そうな顔をした。

「それから、勝手に俺の剣へ触るな」

「見るのはいいのか」

「聞いてからならな」

「毎回聞くのか」

「毎回だ」

 少女は長く息を吐いた。

 息を吐く必要があるのかは分からない。人間の知識として、そういう動作を知っているだけかもしれなかった。

「分かった。たぶん守る」

「たぶんを付けるな」

役目の名前

「そういえば、お前は俺の名前を聞いていないな」

 少女がセトを見る。

「必要なのか」

「一緒に来るなら必要だ」

「人間は多いから、区別するために名前を使う。それは知っている」

「知っているなら聞け」

「では、名前は?」

「セトだ」

「セト」

 少女は確認するように一度だけ繰り返した。

「お前は?」

「イフリートだ」

「それはさっき聞いた」

「同じ質問をしたから、同じ答えを返した」

「イフリートは役目の名前だろ。お前自身の名前はないのか」

 少女は少し眉を寄せた。

「わたしはイフリートだ。それ以外の呼び名は必要ない」

「先代もイフリートだった」

「ああ」

「その前も?」

「ああ」

「全員同じでは不便だろ」

「今いるイフリートは、わたしだけだ」

「昔の話をする時に困る」

「先代と呼べばいい」

「先代の先代は?」

 少女が黙った。

名を付ける

「人間は本当に面倒だな」

「これはお前たちの呼び名が雑なんだ」

「わたしたちは、名前がなくても困らない」

「俺が困る」

「なぜだ」

「イフリートと呼ぶたびに、役目へ話しかけているみたいだからだ」

 少女は意味が分からないという顔をした。

「役目へ話しかけることはできない」

「そういう意味じゃない」

「また人間の面倒な話か」

「そうだ」

 セトは少女を見る。

 火の精霊王。

 一年前に生まれ、知識だけを受け継ぎ、会ったこともない先代を殺したものを探している。

 役目は受け継いだ。

 だが、先代とは違う。

 それなら、同じ呼び名だけで済ませる方がおかしい気がした。

「シア」

「なんだ、それは」

「お前の名前だ」

「今、考えたのか」

「今、必要になったからな」

「意味は?」

「特にない」

「意味もなく付けたのか」

「お前を呼ぶための音だ。それで十分だろ」

 少女は納得していない顔で、その音を口にした。

「シア」

シア

 少女はもう一度、自分の名を確かめる。

「短い」

「呼びやすい」

「イフリートの方が強そうだ」

「役目を名乗る時は、イフリートでいい」

「では、シアはいつ使う」

「俺がお前を呼ぶ時だ」

「他の人間は?」

「好きに呼ばせればいい」

「勝手だな」

「名前を持ってなかったお前に言われたくない」

 少女――シアは、まだ不満そうだった。

 拒絶するほど嫌でもないらしい。

 セトは立ち上がった。

 脇は痛むが、日が暮れる前に街道まで戻りたい。

「行くぞ、シア」

「どこへだ」

「まずは近くの村だ。怪我を見てもらう。大型魔獣のことも伝える」

「剣は?」

「明日だ」

「約束したな」

「内容によると言った」

「セトは面倒だな」

 シアはそう言いながら、迷うことなく隣へ並んだ。

 名前を呼ばれたことに疑問を挟まず、自分への呼びかけとして答えている。

 セトはそれを指摘しなかった。

 火の精霊王イフリート。

 先代から役目を受け継ぎ、先代の記憶を持たない、新しい存在。

 その少女は今、シアという自分だけの名前を得て、セトと同じ道を歩き始めた。


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