エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第12話 枯れ始めた森

エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第12話 枯れ始めた森 エレメンタルクロス ~精霊の剣~
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第12話 枯れ始めた森
エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避される二属性同時使用を隠しながら旅をしていた。ある日、巨…
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第12話 枯れ始めた森 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

季節外れの落ち葉

 森の中で、乾いた葉が鳴っていた。

 まだ葉を落とす季節ではない。

 それでも地面には、茶色く変わった葉が何枚も積もっている。

 風が吹くたび、枝から新しい一枚が離れた。

「こっちもだ」

 先を歩いていた村の男が、一本の木を示した。

 幹や太い枝には異常がない。

 だが、枝の先では葉がしおれ、内側へ丸まっていた。

「昨日までは、ここまでじゃなかった」

 男が枝へ手を伸ばす。

 軽く触れただけで、葉の一枚が崩れた。

「雨は降っている。沢の水も減っていない。それなのに、山の東側から順にこうなっている」

 セトは周囲を見る。

 すべての木が枯れているわけではない。

 青い葉を保っている木もある。

 だが、その色にも力がなかった。

 森全体が少しずつ薄くなっているように見える。

「病気か?」

 セトが尋ねる。

「分からん。村で植物に詳しい者にも見てもらったが、虫も病気も見つからなかった」

 男はシアを見る。

「精霊王なら、何か分からないか」

 シアは返事をせず、枯れかけた木へ近づいた。

 手のひらを幹へ当てる。

 目を閉じた。

足りない

 しばらくして、シアが手を離した。

「病気ではない」

「では、何だ」

 村の男が尋ねる。

「足りない」

「水か?」

「違う」

 シアは地面へ視線を落とした。

「この木だけではない。土も、空気も薄い」

 男は意味が分からないように眉を寄せた。

 セトにも、シアが何を指しているのかは分からなかった。

「精霊力が少ないということか」

「少し違う」

 シアが右手を開く。

 掌の上に小さな炎が生まれた。

 いつもなら、ほとんど揺らがずに浮かぶ火だった。

 今は輪郭が安定しない。

 大きくなり、すぐに縮み、再び広がる。

「精霊術が不安定になっているという話は聞いている」

 村の男が言った。

「町でも、火を起こせなかったり、風が途中で消えたりしているらしい」

「不安定に見えるだけだ」

 シアは炎を消した。

「使おうとした時に、必要な分が集まらない。少ないものを無理に動かすから、形が崩れる」

「何が少ない?」

 セトが尋ねる。

 シアは少し考えた。

「火や水や風になる前の、元の力だ」

「そんなものがあるのか」

「ああ」

 シアは地面を指した。

「世界の中を流れている。精霊がそれぞれの形へ分ける前の力だ」

「名前は?」

「原光」

 シアは森の奥を見る。

「この辺りでは、その原光が足りなくなっている」

白刃の揺らぎ

 セトは右手に白刃を作った。

 白い刀身が伸びる。

 だが、いつもより輪郭が薄い。

 握りを強めても変わらない。

 光が一度揺れ、刃の先端が短くなった。

「俺の白刃も同じか」

「ああ。形を作っているのはセトだが、集めるものが少ない」

 セトは白刃を消した。

「魔剣が壊れた時に散った力では足りなかった?」

「あの魔剣が、この森のものまで吸っていたとは思えない」

 魔剣が砕けた時、直前に一族の者たちから奪われた力の一部は戻った。

 長く蓄えられていたものは、空や地面へ散った。

 だが、それと森の異変は別らしい。

「今も減っている」

 シアが言った。

「なぜ分かる」

「この木は、昨日より悪くなったと言った」

 村の男がうなずく。

「魔剣はもうない。なのに減り続けている」

 シアは東を向いた。

「別の何かだ」

森の外でも

 山を下りると、森だけの問題ではないことが分かった。

 畑では、苗の一部が倒れていた。

 水路には水が流れている。

 日差しもある。

 それでも、根から力を吸い上げられないように葉が垂れていた。

 村の術士が土へ手を当て、精霊術で根の周囲を整えようとする。

 淡い光が土へ広がった。

 だが、途中で消えた。

「まただ」

 術士が息を吐く。

「昨日までは、三回に一回は成功した。今日はほとんど形にならない」

「自分の精霊力が減った感じはあるか」

 セトが尋ねる。

「いや。俺自身は変わらん」

 術士は自分の手を見る。

「術を出そうとすると、周りから集まってこない。自分の分だけで無理に動かしている感じだ」

 シアの説明と同じだった。

 使い手の力が失われたわけではない。

 周囲にあるはずの力が足りない。

「ほかの村は?」

「東の村から来た商人が、向こうの方がひどいと言っていた。街道沿いの林は、枝の半分ほどが枯れているらしい」

「東か」

 セトが呟く。

 山の森も、東側から枯れ始めていた。

東から来る報告

 セトとシアは、その日のうちに街道沿いの町へ向かった。

 町の役所には、周辺の村から異変の報告が集まっていた。

 森が枯れた。

 畑の作物が弱った。

 井戸の水を引き上げる術が使えなくなった。

 風を利用して走る荷車が動かなくなった。

 町の術士たちは、精霊力の流れが乱れていると考えていた。

「乱れているわけではない」

 シアが言った。

「少ないだけだ」

「違いがあるのか」

 役人が尋ねる。

「乱れているなら、どこかには集まる。今は、この辺り全体が薄い」

 役人は机の上へ地図を広げた。

 異常が報告された場所に印が付いている。

 北にも南にも印はあった。

 だが、東へ行くほど数が多い。

 異常が始まった時期も、東の方が早い。

「国境の向こうでは、さらにひどいらしい」

 役人が言った。

「ローディア王国から来る商人の話では、精霊術がほとんど使えない土地も出始めている」

「何か調べているのか」

「書状は送った。返答はまだない」

 セトは地図を見る。

 山の森。

 東の村。

 街道沿いの林。

 異変は一つの方向から広がっているように見えた。

グラウスの足取り

 役人が別の書類を取り出した。

「東といえば、気になる記録がある」

「何だ」

「グラウスの移動記録だ」

 魔剣を使った連続襲撃事件。

 その被害範囲を確かめるため、グラウスが立ち寄った町や、通過した関所が調べられていた。

「グラウスは数か月前、東の国境近くへ入っている」

 役人が地図上の山地を指した。

 異変が強くなっている方向と重なる。

「その後、ローディア側の調査隊が同じ山地へ入ったという記録もある」

「何を調べていた」

「分からん。だが、持ち込んだ道具と人員の数を見る限り、普通の地形調査ではない」

「グラウスが情報を渡した証拠は?」

「まだない」

 役人は書類を見下ろす。

「だが、調査隊が動き始めたのは、グラウスが国境を越えた直後だ」

 場所と時期が重なっている。

 偶然と決めるには近すぎた。

「本人に聞く」

 セトが言った。

牢の中

 グラウスは、王国の拘置牢へ収監されていた。

 大会の準優勝者を殺したこと。

 街道で人や魔物を襲ったこと。

 魔剣によって精霊力を奪ったこと。

 複数の罪について取り調べを受け、裁判を待っている。

 石造りの通路を進む。

 鉄格子の向こうで、グラウスは壁へ背を預けて座っていた。

 黒い長衣は取り上げられ、簡素な囚人服を着ている。

 両腕は厚い布と固定具で覆われていた。

 魔剣から逆流した力によって焼かれた腕は、指すらまともに動かせない。

 グラウスはセトとシアを見る。

 自分からは何も言わなかった。

「東の国境近くへ行ったな」

 セトが尋ねる。

「行った」

「山の中へ入ったか」

「入った」

「そこで何をした」

 グラウスは短く答えた。

「魔剣を探していた」

別の魔剣

「持っていたものとは別の?」

「ああ」

 グラウスは隠す様子もなく答える。

「精霊剣が剣の姿のまま残ることがあるなら、魔剣が一つだけとは限らない」

「実際に複数あるかもしれない」

 シアが言った。

「だから探した」

「見つけたのか」

「魔剣は見つからなかった」

「では、何を見つけた」

「古い遺跡だ」

 セトとシアは顔を見合わせた。

「どのような遺跡だ」

「地中に埋まっていた。入口の一部だけが地表に出ていた」

「中へ入ったのか」

「入っていない」

「なぜだ」

「扉を開けられなかった」

 グラウスは淡々と続ける。

「石とも金属ともつかない素材だった。白刃でも傷が付かなかった」

「黒刃は?」

「試した」

「それでも開かなかった?」

「ああ」

 グラウスは焼けた腕へ視線を落とす。

「魔剣の気配もなかった。そこで時間を使う理由はなかった」

先代から聞いた遺跡

「何の遺跡か分かっていたのか」

 シアが尋ねる。

「正確には知らない」

「では、なぜ気にした」

「あの方から聞いたことがあった」

 先代イフリート。

 グラウスが「あの方」と呼ぶ相手は、今も変わらない。

「古い時代、人間が精霊術とは異なる方法で力を扱っていたと」

「異なる方法?」

 セトが尋ねる。

「地や空にある力を集め、道具へ流し込む。術士が直接扱わなくても、道具だけで同じ動きを繰り返す」

 シアが目を細くする。

「知識にある」

「何がだ」

「古い人間の文明だ」

 シアは頭の中を探るように、少し間を置いた。

「詳しいことは分からない。だが、危険だった。精霊王たちが止めた」

「滅ぼしたのか」

「たぶん」

「人間の記録では、神の怒りに触れて滅びた文明と呼ばれている」

 グラウスが言った。

「精霊王を神と間違えた記録だろう」

「先代は、遺跡の場所まで知っていたのか」

「知らなかった。似たものを見つけたら近づくなと言っていただけだ」

「それで、お前は近づいた」

「ああ」

流した情報

「ローディアへ場所を教えたのか」

 セトが尋ねる。

「教えた」

「誰に?」

「古い遺跡や魔道具の情報を買っている者がいると聞いた。仲介人へ場所を渡した」

「国の人間か」

「知らない」

「何を伝えた」

「位置と、入口の形だ」

「危険な遺跡だということも?」

「伝えた」

 セトは眉を寄せる。

「危険だと聞いて、それでも掘ったのか」

「危険であることは、価値があることと同じだと考える者もいる」

「お前も同じだろ」

 シアが言った。

「否定はしない」

「なぜ自分で掘らなかった」

「魔剣かどうかも分からないものへ、何年も費やすつもりはなかった」

「ローディアに掘らせれば、中に何があるか分かる」

「そう考えた」

 グラウスはあっさり認めた。

「危険なら、ローディアが対処する。価値があるものなら、いずれ情報が出る」

「何も知らない人間が巻き込まれるとは考えなかったのか」

「考えなかったとは言っていない」

「考えたうえで流した?」

「ああ」

腹に据えかねたもの

「先代から近づくなと言われていたのに、なぜ場所を流した」

 セトが尋ねる。

 グラウスはすぐには答えなかった。

 隠すためではない。

 言葉を選んでいるように見えた。

「あの方は、人間が触れるべきものではないと言っていた」

「だから?」

「人間には使わせない。自分の力も、人間へ預けるかどうかは自分で決める」

 グラウスの声に、わずかな硬さが混じる。

「すべてを精霊王が決める。それが正しいと考えていた」

「それが腹に据えかねたのか」

「ああ」

 グラウスは否定しなかった。

「人間が作ったものなら、人間が使えるかどうかも人間が確かめればいい」

「使ってよいものか分からなくても?」

「分からないから確かめる」

「世界を枯らしてもか」

「今、何が起きている」

 シアが鉄格子へ近づいた。

「広い範囲から原光が吸われている」

「原光?」

「お前が遺跡を教えた方向へ、世界の力が引かれている」

 グラウスの表情が、わずかに変わった。

「何かを起動したか」

「たぶん」

「そうか」

 驚きはあった。

 だが、後悔は見えなかった。

選んだ責任

「お前が起動したのか」

 セトが尋ねる。

「違う」

「遺跡を掘らせるきっかけは作った」

「情報を渡しただけだ」

「同じだとは言わない。だが、関係がないとも言わせない」

 グラウスはセトを見る。

「関係がないとは言っていない」

「なら、知っていることを全部話せ」

「今話したことがすべてだ」

「入口までの道は?」

「説明できる」

「地図へ示せるか」

 グラウスが固定された腕を見る。

「口で説明することになる」

「構わない」

 グラウスは抵抗しなかった。

 質問されれば答える。

 だが、自分から何かを付け足すこともない。

 シアが鉄格子越しにグラウスを見る。

「先代を殺した時も同じだ」

「何がだ」

「自分が最後に手を下したわけではないと言う」

「私はそのようなことを言っていない」

「魔剣が吸った。先代が止めようとした。ローディアの人間が掘った」

 シアの声が低くなる。

「お前はいつも、自分が動かしたところだけを小さく言う」

「私一人ですべてが起きたわけではない」

「一人で全部したかどうかの話ではない」

 シアはグラウスから目を離さない。

「場所を流したのは、お前が選んだことだ」

 グラウスは答えなかった。

東へ

 役人はグラウスの説明を地図へ書き込んだ。

 遺跡があるという山地は、異変の中心と考えられていた方向と重なる。

「ローディアへ正式な調査要請を出す」

 役人が言った。

「だが、返事を待っている時間はないな」

「ああ」

 セトは地図を見る。

 異変は今も広がっている。

 森だけではない。

 畑も、水も、精霊術も弱り始めている。

「国境を通るための書状を用意する」

「助かる」

「グラウスの話が正しければ、ローディアの人間が遺跡を掘っている。国が関わっている可能性もある」

「止められるか」

「分からん」

 役人は書類をまとめた。

「向こうが何を掘り出したのかすら、まだ分からない」

「それを確かめる」

 シアが言った。

「壊す必要があるなら壊す」

「まだ壊すと決まったわけではない」

 セトが言う。

「世界の力を吸っている」

「止めれば済むかもしれない」

「止まらなければ壊す」

「その時に決めよう」

 シアは不満そうだったが、反対はしなかった。

残っている森

 二人は東の街道へ出た。

 進むほど、精霊術の乱れは強くなった。

 宿場では、井戸から水を引き上げる術が止まっている。

 街道の照明に使われる小さな光も、夜になる前から消えていた。

 風を利用する荷車は、普通の馬車として動いている。

 草木の色も薄い。

 だが、街道を外れた森の中に、一か所だけ青さを保っている場所があった。

「ここだけ違う」

 シアが足を止めた。

「原光が残っているのか」

「ああ。だが、自然に残っている感じではない」

 二人は森へ入った。

 木々の葉は青く、細い沢にも澄んだ水が流れている。

 その中央に、一人の女が立っていた。

 黒に近い深い藍色の髪。

 月白色の内衣に、深い紺と銀灰色を重ねた長衣。

 肩から腕の周囲には、細長い布が漂っている。

 風はない。

 それでも布は、緩やかに揺れていた。

 シアが女を見る。

「お前は、月の精霊王、セレーネだな」

 女が振り返った。

「ええ」

 淡い銀青色の瞳が、シアを見つめる。

「あなたは、今代の火の精霊王、イフリートですね」

個人名

「今代と分かるのか」

 シアが尋ねる。

「以前のイフリートとは、姿も力の流れも違います」

「先代を知っているのか」

「会ったことはあります。親しかったわけではありません」

 女はシアの顔を見る。

「随分若いですね」

「生まれて一年くらいだ」

「そうですか」

 女の表情はほとんど変わらない。

 だが、一瞬だけ視線が揺れた。

 先代が死んだことと、その後に生まれた今代が目の前にいることを、そこで結びつけたのかもしれない。

「セレーネ」

 シアが呼ぶ。

「それは役割名です」

「違うのか」

「間違いではありません。ですが、ネアと呼んでください」

「個人名があるのか」

「ええ。昔、人間からもらいました」

 シアは少しだけ目を見開いた。

 役割名ではない名前。

 人間から与えられた、その個人だけを呼ぶための名前。

「わたしはシアだ」

「シア」

「セトにもらった」

 シアが隣を示す。

 セトは軽く頭を下げた。

「セトだ」

「ネアです」

 ネアも静かに頭を下げた。

「では、シア。セト。あなたたちも異変を調べているのですね」

「ああ」

 シアが答える。

「原光が足りない」

乱れではない

 ネアは沢の近くへしゃがんだ。

 指先を水面へ近づける。

 触れてはいない。

 それでも、水面の上に細い銀色の線が浮かんだ。

 線は沢に沿って流れず、東へ向かって伸びている。

「水が東へ流れているわけではないな」

 セトが言う。

「水ではありません」

 ネアが答える。

「原光の流れです」

「お前がここへ集めているのか」

 シアが尋ねる。

「完全に失われないよう、周囲から少しだけ寄せています」

 だから、この場所だけ森が青さを保っている。

「やはり減っている?」

「ええ」

 ネアは銀色の線へ手を添えた。

「人間は、精霊力が乱れていると考えているようですね」

「違う」

「そうです。流れは乱れていません」

「むしろ、そろっている?」

 シアが尋ねる。

「ええ。そろいすぎています」

 ネアが東を見る。

「通常であれば、原光は地形や天候、生き物や精霊の動きによって複雑に流れます。一部が薄くなっても、周囲から少しずつ戻ります」

「今は戻る前に引かれている」

「そのとおりです」

精霊剣のつながり

 ネアの視線が、シアとセトの間を行き来した。

「あなたたちの間には、強い力のつながりが残っています」

「分かるのか」

 シアが尋ねる。

「普通に一緒に行動しているだけでは、ここまで深くはつながりません」

 ネアは少し考える。

「精霊剣になったのですか」

「ああ」

 シアは隠さず答えた。

「セトに剣として身を預けた」

 ネアの視線がセトへ移る。

「戻れたようで何よりです」

「戻れないこともあるのか」

 セトが尋ねる。

「初めてだったのでしょう」

「ああ」

「なら、何が起きるかは分からなかったはずです」

「分からなかった」

 シアが答える。

「それでもなった」

「なぜですか」

「セトが死にそうだったからだ」

 ネアは少し黙った。

「それだけですか」

「それで十分だった」

「そうですか」

 否定はしなかった。

 納得した様子もない。

「精霊剣そのものを否定するつもりはありません」

 ネアが言った。

「ですが、本人が望んだのであれば、それだけで何も問題がないとも思いません」

「面倒な考え方だな」

「あなたが簡単に考えすぎるのです」

「初めて会ったのに、それは分かるのか」

「今の話だけでも、ある程度は分かります」

 シアは不満そうにネアを見る。

 セトは口を挟まなかった。

世界規模

「原光は、どこから引かれている」

 セトが尋ねる。

 ネアは周囲へ細い線を広げた。

 北から。

 南から。

 西から。

 別々の方向から来た線が、すべて東へ曲がっている。

「この森だけではありません」

 ネアが言う。

「わたしが確認した範囲では、かなり離れた土地からも同じ方向へ流れています」

「世界全部?」

「そこまでは確認できていません」

「だが、一つの国だけの異変ではない」

「ええ」

 ネアは銀色の線を消した。

「自然に起こる規模ではありません。精霊王が力を集めたとしても、自分の周囲が中心になります」

「広すぎる?」

「広すぎます。それに、引き方が一定です」

「誰かがやっている」

 シアが言った。

「または、誰かが動かした何かがやっています」

 セトはグラウスから聞いた遺跡の話を説明した。

 魔剣を探す途中で見つけたこと。

 先代イフリートから、古い危険な文明の話を聞いていたこと。

 グラウスがその場所をローディアへ流したこと。

 その後、調査隊が山へ入ったこと。

 ネアは最後まで黙って聞いた。

「わたしの知識にもあります」

「古い文明のことか」

「ええ。ただし、詳しい構造は分かりません」

「シアと同じだ」

「精霊王たちが危険と判断し、止めた。それだけです」

「滅ぼした」

 シアが言った。

「その可能性は高いでしょう」

「なぜ、遺跡が残っている」

「すべてを壊せなかった。あるいは、壊さずに封じた方が安全だった」

「今の段階では分かりません」

原光の川

 三人は東へ進んだ。

 ネアが原光の流れを探り、シアが周囲の薄さを確認する。

 セトには、二人ほど細かな違いは分からない。

 それでも、白刃を短く作れば、場所によって刀身の安定が変わった。

「ここでは少し長く保てる」

 セトが白刃を消す。

「流れが残っているからです」

 ネアが答えた。

「だが、東へ向かっている」

「ええ」

「原光にも道があるのか」

「川ほど明確なものではありません。ですが、通りやすい地形や、集まりやすい場所はあります」

「全部の道が、途中から同じ方向へ曲がっている」

 シアが地面を見る。

「何かが引いているからでしょう」

 ネアが手をかざす。

 地面の上へ、黒い細線が何本も現れた。

 それぞれ異なる方向から伸びてきた線が、東へ向かう一本へ合流している。

「この先はローディア王国です」

「国境を越える必要がある」

 セトが言った。

「人間の許可が必要ですか」

 ネアが尋ねる。

「何も言わずに入れば問題になる」

 シアが首を傾げる。

「世界の力を吸われているのに?」

「それでもだ」

「人間は面倒だな」

「今回ばかりは同意します」

 ネアが答えた。

消えていく火

 東へ進むほど、異変は目に見えるようになった。

 街道脇の草は黄色く変わっている。

 林の木々は、日の当たる側だけでなく、根元から乾き始めていた。

 小さな川では、魚が水面近くへ集まっている。

 水が減ったわけではない。

 水の中へ満ちていた力が薄くなり、生き物が落ち着きを失っている。

 夜、街道脇で火を起こした。

 薪には火が付く。

 だが、シアが指先へ出した炎は、昼よりさらに小さかった。

「わたし自身の力は減っていない」

「周りから補えないのか」

「ああ」

 精霊王であるシアは、人間より多くの力を内側へ持っている。

 それでも、使えば周囲から取り込み、循環させる。

 今はその循環が弱い。

「極炎にはなれるか」

 セトが尋ねる。

「なれる」

「どれくらい保てる」

「分からない」

「使わずに済むなら、使わない方がよいでしょう」

 ネアが焚き火の向こうから言った。

「遺跡へ着く前に力を減らすべきではありません」

「分かっている」

「シアは、分かっていると言いながら前へ出そうですね」

「必要なら出る」

「それを無茶と言います」

「必要なら無茶ではない」

「言葉を変えているだけです」

「ネアは細かい」

「あなたが大まかすぎるのです」

 初めて会ったばかりとは思えないほど、二人の言葉はすぐにぶつかった。

 セトは焚き火へ薪を足す。

「遺跡に着いてから決めよう」

 二人が同時にセトを見る。

「何をだ」

「どちらが正しいか」

「両方正しくない可能性があります」

 ネアが答えた。

「なら、その時に考える」

 シアは焚き火へ手を伸ばす。

「肉はまだか」

「今焼いてる」

国境

 翌日の昼前。

 三人はローディア王国との国境へ着いた。

 門の前には、いつもより多くの兵士が集まっていた。

 ローディア側から逃げてきた商人や旅人が列を作っている。

 荷物を置いたまま、歩いてきた者もいた。

 セトは役所でもらった書状を兵士へ渡した。

 兵士は内容を読み、三人を見る。

「東へ行くのか」

「ああ」

「今はやめておけ」

「何が起きている」

「分からん」

 兵士は国境の向こうを振り返る。

「数日前から、地面の下で音がする。井戸の水が温かくなった村もある。術はほとんど使えない」

「山の遺跡については?」

 兵士の顔が強張った。

「どこで聞いた」

「グラウスという男だ」

「知らん名だ」

「遺跡の場所をローディアへ流した人間だ」

 兵士は答えない。

 本当に知らないのか。

 知っていて言えないのか。

 どちらとも判断できなかった。

 ネアが東を見る。

「かなり近いです」

「遺跡が?」

「原光が沈んでいる場所がです」

地下の音

 その時、地面がわずかに揺れた。

 大きな揺れではない。

 石を敷いた道が、かすかに震えただけだ。

 だが、馬が一斉に首を上げた。

 列に並んでいた人々が、東を見る。

 しばらく遅れて、低い音が届いた。

 雷ではない。

 山崩れとも違う。

 地面の奥で、巨大な何かが動いたような音だった。

 ネアが目を閉じる。

 周囲に細い黒線が浮かぶ。

 空から。

 森から。

 地面から。

 無数の線が一斉に東へ引かれた。

「今、増えました」

「何が」

「原光を吸い上げる量がです」

 シアの掌に、小さな火が生まれる。

 炎は形を保てず、すぐに消えた。

「向こうで何かが動いた」

 兵士が三人を見る。

「本当に行くのか」

「ああ」

 セトは答えた。

「行かなければ、このまま全部なくなる」

 兵士は書状を返した。

 門が開く。

 三人はローディア王国へ入った。

 東の山地へ向かって、原光の流れが地面の下へ沈んでいる。

 枯れ始めた森の先で、長く埋められていた何かが、目を覚まそうとしていた。


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