本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第27話 メジロとウグイス

本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第27話 メジロとウグイス 創作実験
本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第27話 メジロとウグイス
本当に人間ってあさはかな生き物だよね
創作実験TOP日常系/猫視点コメディ/人間観察―― 猫には猫の常識がある。人間はそれを、何ひとつ分かっていない。 ――作品紹介黒猫のシジミは、人間に飼われている。少なくとも、うちの人間はそう思っている。だが、シジミからすれば話は逆だ。毎日決…

鳥であればよい

うちの人間は、庭に鳥の食事をまく。

何の鳥へ与えているのかは、あまり考えていない。

朝になればスズメが来る。

少し大きな鳥が混ざることもある。

食事を置いた本人は、窓の内側からそれを眺め、

「今日も鳥が来てる」

と喜ぶ。

種類までは、ほとんど気にしていない。

鳥であればよいらしい。

小さければかわいい。

数が多ければにぎやか。

鳴いていればのどか。

人間の鳥に対する理解は、だいたいその程度である。

うちの人間は、ときどき果物も庭へ置く。

自分が食べきれなかったもの。

少し柔らかくなったもの。

皮をむいたあとに残った一切れ。

それを庭の木の枝へ置く。

「何か食べるかも」

何かとは何だろう。

どの鳥が食べるのか。

鳥以外のものが来る可能性はないのか。

夜まで残ったらどうするのか。

そこまでは考えていない。

何かが来る。

何かが食べる。

見られたら楽しい。

その程度である。

何が来るか

その日、うちの人間は半分に切った果物を庭の木へ置いた。

甘い匂いがする。

柔らかい。

くちばしでも食べやすい。

少し離れた場所にいたシジミにも匂いが届いた。

果物そのものには、それほど興味はない。

だが、何が来るかは予想できた。

しばらくすると、小さな鳥が一羽飛んできた。

細い枝へ止まる。

周囲を見回す。

シジミが窓辺にいることにも気づいた。

体を少し低くする。

だが、窓は閉まっている。

シジミがすぐ外へ出てこないと判断すると、果物の置かれた枝へ近づいた。

「甘い匂い」

もう一羽が飛んでくる。

「食べられる?」

「食べられる」

「猫いる」

「中にいる」

「人間もいる」

「見てるだけ」

二羽は、果物をつつき始めた。

メジロである。

体は小さい。

背中は緑がかっている。

そして何より、目の周りが白い。

メジロという名のとおりである。

人間がつけた名前の中では、ずいぶん分かりやすいほうだ。

目の周りが白い。

だからメジロ。

姿を見れば、そのままである。

シジミは、うちの人間もすぐ分かると思っていた。

ウグイスが来た

うちの人間は窓の向こうにいる二羽へ気づいた。

長椅子から立ち上がる。

栗色の髪を耳へかけながら、窓へ近づいた。

そして、うれしそうな声を上げた。

「あ、ウグイスが来た!」

違う。

メジロである。

シジミは窓辺から、うちの人間を見上げた。

二羽のメジロも、果物をつつくのを一度やめた。

「ウグイス?」

「誰が?」

「オレたち?」

「違うだろ」

違う。

どこを見ればウグイスになるのだろう。

うちの人間は、目を輝かせながら絵の光る板を取り出した。

そっと窓へ近づける。

写真を撮るつもりらしい。

「逃げないでね」

逃げるかどうかはメジロが決める。

人間に頼まれて残るわけではない。

メジロたちは警戒していたが、果物のほうを選んだ。

うちの人間が窓の内側にいるかぎり、すぐに危険はない。

一羽がまた果物をつつく。

「甘い」

もう一羽も続く。

「こっち柔らかい」

うちの人間は何枚も写真を撮った。

「かわいい。ウグイスって本当に緑なんだ」

違う。

その緑の鳥は、メジロである。

ウグイス色

おそらく、うちの人間は色だけで判断したのだろう。

人間が使う色の名前に、ウグイス色というものがある。

ややくすんだ緑色。

うちの人間は、以前そのような色の服を見ながら、

「春っぽくていい色」

と言っていた。

その色の印象が、頭に残っているらしい。

ウグイス色。

つまり、ウグイスは緑。

庭に緑の鳥が来た。

だから、ウグイス。

途中の確認が何もない。

目の周りが白いことも見ていない。

体の形も見ていない。

鳴き声も聞いていない。

色だけで決めた。

人間は名前から作った印象を、本物より先に信じることがある。

ウグイス色という名前がある。

ならば、ウグイスはその色をしているはずだ。

本物のウグイスが、どういう色をしているかは関係ない。

自分たちでつけた色の名前に、鳥のほうが合わせるべきだと思っているらしい。

メジロの一羽が、もう一羽へ言った。

「ウグイスって言われてる」

「違うって言えば?」

「人間には分からない」

「じゃあ食べよう」

話が早い。

自分たちが何と呼ばれているかより、目の前の果物のほうが重要である。

正しい。

名前を間違えられても腹は減らない。

訂正しても食事は増えない。

メジロたちは再び果物をつついた。

うちの人間は、その姿を見て満足そうに笑う。

「ウグイスって果物も食べるんだね」

だから、メジロである。

答えが顔に出ている

うちの人間は、撮った写真を絵の光る板で見始めた。

指で広げる。

メジロの顔が大きく表示される。

白い目の周りが、はっきり見える。

名前を知らなくても、かなり特徴的である。

それでも、うちの人間は気づかない。

「目の周り、白くてかわいい」

そこまで見て、なぜ分からない。

白い目の周り。

メジロ。

答えがそのまま顔に出ている。

人間は、文字を多く知っている。

名前も多くつける。

そのわりに、名前と特徴を結びつけないことがある。

メジロという名を知らないなら、仕方がない。

だが、うちの人間は以前にも聞いたことがあるはずだ。

絵の動く箱で、

「梅の花にメジロ」

という映像を見ていた。

そのときも、

「ウグイスみたい」

と言っていた。

似ていると思うところまではよい。

そこから調べなかった。

そして今、実物を見ても同じ間違いをしている。

一度覚えなかったことは、次も覚えないらしい。

メジロ?

うちの人間は写真を誰かへ送った。

しばらくして、返事が来た。

画面に文字が表示される。

『それ、ウグイスじゃなくてメジロじゃない?』

ようやく指摘する者が現れた。

うちの人間は画面と庭を交互に見た。

「メジロ?」

そうである。

もう一度、写真を大きくする。

白い目の周りを見る。

「本当だ。目の周りが白い」

最初から白い。

指摘される前から白かった。

写真を拡大しなくても白かった。

うちの人間が見ていなかっただけである。

絵の光る板で調べ始める。

「メジロは目の周りが白いからメジロ……」

そのままである。

「体は緑色……」

今、見ている。

「果物の甘いものが好き……」

今、食べている。

人間は自分の目の前で起きていることでも、文字に書かれて初めて納得することがある。

実物がいる。

目の周りは白い。

果物を食べている。

それでも、自分の観察だけでは確定しない。

絵の光る板に書かれていれば、

「なるほど」

と言う。

目の前の鳥より、遠くの誰かが書いた文字のほうを信用している。

ウグイスって、こんなに地味なの?

うちの人間は、さらに調べた。

画面に本物のウグイスの姿が表示される。

緑というより、茶色に近い。

周囲へ溶け込むような、落ち着いた色である。

うちの人間は目を丸くした。

「ウグイスって、こんなに地味なの?」

ウグイスに謝ったほうがよい。

地味なのではない。

その色で暮らしている。

藪や木の中で目立ちにくい。

敵から見つかりにくい。

生きるために都合のよい色なのだろう。

人間に見つけてもらうために羽の色を決めているわけではない。

それなのに、自分が思っていた緑色と違うだけで、

「地味」

と評価する。

うちの人間は画面を見ながら首を傾げた。

「じゃあ、ウグイス色って何?」

それは人間に聞いてほしい。

鳥に責任はない。

人間が色へウグイスの名をつけた。

その色から、明るい緑の鳥を想像した。

実際に明るい緑の鳥を見て、ウグイスと呼んだ。

そして、本物のウグイスを見て、

「思っていたより地味」

と言う。

最初から最後まで、人間の中だけで起きている。

ウグイスは何もしていない。

自分の色をウグイス色と呼んでほしいとも言っていない。

メジロもウグイスのふりをしていない。

緑色の体で果物を食べているだけである。

間違えたのは人間だ。

それなのに、最後には本物のウグイスの色へ不満を持つ。

ずいぶん勝手である。

まだウグイスっぽい

庭のメジロたちは、まだ果物を食べていた。

うちの人間は窓へ顔を近づけた。

「ごめんね。メジロだったんだね」

メジロには、謝られている理由が分からない。

一羽が首を傾げた。

「何か言ってる」

もう一羽が果物をつつく。

「食べていいって言ってるんじゃない?」

「最初から食べてる」

「なら問題ない」

実際、問題はない。

名前を間違えられても、果物は同じ味である。

うちの人間は写真を見直した。

「でも、やっぱりウグイスっぽいよね」

まだ言う。

何をもってウグイスっぽいと判断しているのだろう。

実際のウグイスは、今見た写真の姿である。

目の前のメジロとは違う。

それでも、自分の中にあるウグイスの印象のほうを捨てられない。

本物より、思い込みのほうが強い。

声はウグイス、姿はメジロ

シジミは庭の茂みへ耳を向けた。

少し離れた場所から、別の鳥の声が聞こえた。

春先から何度か聞いている。

「オレ、イケてる」

「ここ、オレの場所」

「聞こえてる?」

ウグイスである。

姿は見えない。

葉の重なった奥にいる。

人間がよく知る鳴き方で、自分の存在を主張している。

うちの人間も気づいた。

「あ、ホーホケキョ」

人間には、そう聞こえるらしい。

うちの人間は庭を見回した。

「ウグイス、どこ?」

声は聞こえる。

だが、姿は見つけられない。

ウグイスは、茂みの中にいる。

目立たない色で、枝や葉の影へ紛れている。

一方、メジロは果物の上にいる。

明るい緑色の体が見える。

白い目の周りも見える。

人間は声を聞くとウグイスだと分かる。

だが、姿を見つけられない。

そのすぐ近くにいる緑のメジロを見て、ウグイスだと思う。

声はウグイス。

姿はメジロ。

人間の頭の中では、その二つが一羽の鳥になっているらしい。

ウグイスが鳴く。

緑の鳥が飛ぶ。

人間は、緑の鳥が鳴いたと思う。

実際には別である。

うちの人間は、茂みの声を聞きながら、果物を食べているメジロを見た。

「もしかして、あのメジロが鳴いてる?」

違う。

メジロの一羽も、声の方向を見た。

「またウグイス」

もう一羽が答える。

「さっきオレたちが間違えられた」

「迷惑だな」

「向こうも迷惑じゃない?」

そのとおりである。

メジロはウグイスと呼ばれる。

ウグイスは実物を見られたとき、思っていたより地味だと言われる。

どちらにも利点がない。

全然違うんだ

うちの人間はしばらく庭を見回した。

だが、本物のウグイスは見つけられなかった。

「声はするのになあ」

声が聞こえることと、姿が見えることは別である。

姿が見えないからといって、目の前の別の鳥をウグイスにしてよいわけではない。

うちの人間は、もう一度絵の光る板を見た。

メジロの写真。

ウグイスの写真。

二つを見比べる。

「全然違うんだ」

最初から違う。

「メジロのほうが、ウグイス色っぽい」

その色の名前にこだわるから、話がややこしくなる。

ウグイス色という名前があっても、ウグイスが必ず人間の考えるウグイス色をしているとは限らない。

人間は、空の色を空色と呼ぶ。

だが、空はいつでも同じ色ではない。

海の色も一つではない。

桜色と呼ばれる色も、すべての桜が同じではない。

名前は、人間が大まかに決めた印である。

本物を縛るものではない。

だが、人間は自分たちがつけた名前へ、現実を合わせようとする。

うちの人間は、今度こそ理解したようにうなずいた。

「次からは間違えない」

本当だろうか。

メジロたちは果物を食べ終えた。

一羽が枝から飛び立つ。

もう一羽も続く。

二羽は家の上を回り、近くの木へ移った。

うちの人間が手を振る。

「また来てね、メジロ」

今度は合っている。

少し成長したらしい。

次からは間違えない

翌日。

うちの人間は、また庭の木へ果物を置いた。

しばらくすると、小さな緑色の鳥が飛んできた。

白い目の周り。

昨日と同じメジロである。

うちの人間は窓へ近づいた。

「あ、また来た」

少し間を置く。

「えっと……ウグイスじゃなくて……」

名前が出てこないらしい。

昨日、あれほど調べた。

目の周りが白いからメジロ。

分かりやすい名前である。

それでも、うちの人間は少し考えた。

「メ……メジロ!」

どうにか思い出した。

メジロは果物をつつく。

「人間、今日は合ってる」

「昨日教えられたから」

「明日は?」

「知らない」

うちの人間は満足そうだった。

「ちゃんと覚えたよ」

誰へ言っているのだろう。

見た目はこっちがウグイスっぽい

そのとき、庭の茂みからウグイスの声が聞こえた。

うちの人間はすぐにそちらを見た。

だが、やはり姿は見えない。

代わりに、果物の上のメジロが目に入る。

うちの人間の視線が、声のする茂みとメジロの間を行き来した。

そして、小さくつぶやいた。

「でも、やっぱり見た目はこっちがウグイスっぽいんだよなあ」

何も覚えていない。

名前は覚えた。

違う鳥だということも知った。

だが、自分の中にあるウグイスの姿は変えられないらしい。

知識が増えても、印象がそのままなら、同じところへ戻る。

メジロはメジロである。

ウグイスはウグイスである。

人間が作ったウグイス色に、どちらを当てはめるかなど、鳥には関係ない。

シジミは猫語でつぶやく。

「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」


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