エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第10話 再戦

エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第10話 再戦 エレメンタルクロス ~精霊の剣~
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第10話 再戦
エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避される二属性同時使用を隠しながら旅をしていた。ある日、巨…
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第10話 再戦 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

戻らない祖父

 朝の稽古場に、祖父の姿がなかった。

 セトは右手に白刃、左手に黒刃を作ったまま、家の方を見る。

 いつもなら、セトが二本を作る前から木剣を持って待っている。

 遅れているだけかと思ったが、家の中にも気配がない。

「いないな」

 シアが縁側に座ったまま言った。

 体を動かせる程度には回復している。

 昨日からは、一人で家と稽古場の間を歩けるようにもなった。

 だが、炎はまだ以前ほど強くない。

「村の誰かに呼ばれたのかもしれない」

「朝食も食べていない」

 祖父の分だけ、食事がそのまま残っていた。

「先に出ただけだろ」

「剣もない」

 壁に掛けてあった木剣が消えている。

 祖父が普段使う外套もなかった。

 セトは白刃と黒刃を消した。

「少し見てくる」

「わたしも行く」

「休んでろ」

「歩ける」

「まだ戦えるほどじゃない」

「歩くだけなら問題ない」

 止めても付いてくるだろう。

 セトは諦め、シアとともに村の中央へ向かった。

消えた一族の者たち

 村には人がいた。

 畑へ向かう者。

 家の前で道具を整える者。

 普段と変わらない朝に見える。

 だが、稽古場に集まることの多い一族の者だけが見当たらなかった。

「じいさんを見なかったか」

 セトが近くにいた若い男へ尋ねる。

 男は一瞬、答えに迷った。

「山へ行った」

「何をしに?」

「俺は知らない」

「誰と行った」

「年長の者たちだ」

「何人だ」

「七人くらいだったと思う」

 祖父一人ではない。

 白刃や黒刃を実戦で使える者たちが、まとめて村を出ている。

「どの山だ」

「修行場の方だ」

 村の裏手から続く山道。

 かつて一族の者が、長期間の稽古に使っていた場所がある。

 村から歩けば半日近くかかる。

「いつ出た」

「夜明け前だ」

 セトは家へ戻ろうとした。

「山へ行かないのか」

 シアが尋ねる。

「先に確かめるものがある」

残された紙

 祖父の部屋は、普段と大きく変わっていなかった。

 古い記録を収めた木箱も残っている。

 だが、机の上に一枚だけ、見慣れない紙が置かれていた。

 祖父の字ではない。

 書き写したものらしく、文章は短かった。

グラウスへ。
封印の記録と、今代のイフリートを山の修行場へ移す。
欲しければ来い。

「わたしはここにいる」

 シアが言った。

「嘘を書いたんだ」

「グラウスを呼ぶために?」

「ああ」

 紙の下には、祖父の字で一言だけ残されていた。

これは一族の問題だ。

 セトは紙を握った。

「勝手なことを」

「わたしたちを巻き込みたくなかったのかもしれない」

「もう巻き込まれてる」

「わたしを使って呼んだ」

「本人を連れていかなければいいと思ったんだろ」

「わたしが行かなければ、グラウスは怒るかもしれない」

「怒らせるために呼んだようなものだ」

 祖父たちは、グラウスがシアを狙っていると知っている。

 新しい魔剣を得るため、シアが精霊剣になるのを待っている可能性も話した。

 そのシアを餌にすれば、グラウスは来る。

「今から行くぞ」

「ああ」

山道

 セトとシアは村の裏から山へ入った。

 道は細い。

 木の根が地面を横切り、ところどころ岩が露出している。

 シアは自分で歩いていた。

 以前より遅いが、足取りは安定している。

「背負わなくていいのか」

 セトが尋ねた。

「走るなら必要だ」

「今は?」

「まだ歩ける」

「無理になったら言え」

「ああ」

 しばらく進むと、道の脇に白い傷が残っていた。

 木の幹が浅く斬られている。

 さらに先には、黒く変色した草。

「白刃と黒刃の跡か」

「戦いながら進んだ?」

「いや」

 傷はどれも小さい。

 攻撃ではなく、目印として残したものだった。

 祖父たちは、後から誰かが来る可能性を考えていた。

「来るなと言いながら、道は残すのか」

「勝てなかった時のためだろう」

「最初から負けるかもしれないと思っていた?」

「グラウスの強さは話したからな」

「それでも行った」

「ああ」

 セトは歩く速度を上げた。

山の修行場

 山道の先で、木々が途切れた。

 岩壁に囲まれた広い場所がある。

 古い小屋。

 斬撃の跡が無数に残る石柱。

 地面には、長年踏み固められた円形の稽古場。

 だが、今はその中央に何人もの人が倒れていた。

「じいさん!」

 セトが走る。

 白刃を持った男が、膝をついている。

 少し離れた場所には、黒刃を地面へ突き立て、辛うじて倒れずにいる女。

 どちらの剣も形が薄い。

 精霊力を保てていない。

 さらに奥で、祖父が木剣を杖代わりに立っていた。

 木剣の半分は焼け落ちている。

 その正面に、グラウスがいた。

 赤黒い魔剣を片手に持っている。

 刀身の中では、吸い取られた光が炎へ変わり、ゆっくりと混ざり合っていた。

「来たか」

 グラウスがセトを見る。

 続いて、シアへ視線を移す。

「手紙に嘘があったので、少し待たせてもらった」

奪われかけた力

「何をした」

 セトが倒れている者たちを見る。

「剣を交えただけだ」

「立てないほど力を奪ってか」

「魔剣を相手に、精霊術の剣を押し当て続けたのは彼らだ」

 白刃を使っていた男の手が震える。

 剣を消そうとしているが、うまく形を解けない。

 魔剣に引かれ、残った精霊力まで吸われている。

 セトは男の白刃へ黒刃を触れさせた。

 白い刀身が崩れる。

 魔剣へ続いていた力の流れが切れた。

 男がその場へ倒れた。

「意識はある」

 シアが近くの女を見た。

「だが、ほとんど力が残っていない」

「殺してはいない」

 グラウスが言う。

「お前たちが来る前に死なれても困る」

「この人たちを、俺たちが来るまで生かしておいたのか」

「違う」

 グラウスはシアを見たまま答えた。

「必要なのは一人だけだ」

一族の問題

「セト」

 祖父が呼んだ。

 声はかすれている。

「なぜ来た」

「紙を残しておいて言うな」

「村へ戻れ」

「今の状態で勝てるのか」

「これは一族の――」

「同じことが書いてあった」

 セトは祖父の言葉を遮った。

「封印を守れなかったのは、分かれた血筋だ。魔剣を残したのは、もっと昔の一族かもしれない」

「ああ」

「だから、一族だけで決着をつけるつもりだったのか」

「そうだ」

「シアから奪われた火まで、一族のものか」

 祖父は答えなかった。

「グラウスが待っているのは、俺とシアだ」

「だから来るなと言った」

「俺たちが来なければ、次は村へ来る」

 グラウスが小さく笑った。

「よく分かっている」

 セトは祖父の前へ出た。

「後ろへ下がってろ」

「それは私の言葉だ」

「今は俺がやる」

仕上がり

 グラウスは、セトの空いた両手を見た。

「今回も、一本ずつ使うつもりか」

「いや」

 セトは右手を開いた。

 白い光が集まり、白刃を作る。

 同時に左手。

 周囲の光が押しのけられ、黒刃が現れた。

 二本を同時に構える。

 グラウスの目がわずかに細くなる。

「使うことにしたか」

「ああ」

「その少女も、少しは戻ったらしい」

 シアの手に、小さな炎が生まれていた。

 グラウスは二人を交互に見る。

「そろそろ、いい具合に仕上がってきたか?」

「精霊剣のことか」

 シアが尋ねた。

 グラウスは否定しなかった。

「知ったのか」

「お前が何を待っているかも分かった」

「なら、話が早い」

「わたしを魔剣にするつもりか」

「精霊剣として残る器には興味がある」

 シアの火が強くなる。

「お前のために剣にはならない」

「私のためである必要はない」

 グラウスの視線がセトへ移る。

「その人間を信じればいい」

二本を隠さない

「シア」

 セトが呼ぶ。

「ああ」

 シアが炎を放った。

 火はグラウスではなく、白刃へ向かう。

 赤い火が白い刀身へ触れた。

 白炎が生まれる。

 右手に白炎。

 左手に黒刃。

 セトは二本を構えた。

「白炎で前から行く」

「黒刃で魔剣を崩す」

「前と同じだ」

「前は一本ずつだった」

「今度は違う」

 セトが踏み込む。

 グラウスも赤黒い魔剣を構えた。

 白炎と魔剣が正面からぶつかる。

 前回と同じように、魔剣が白炎の力を吸い始めた。

 セトは押し合わない。

 左の黒刃を、二本の剣が触れている場所へ差し込む。

 黒刃が魔剣を包む火へ触れた。

 赤い光が崩れる。

 吸い込まれていた白炎の流れが途切れた。

 セトは右手を返した。

 白炎が魔剣の横を滑り、グラウスの肩へ向かう。

吸わせない

 グラウスが後ろへ下がった。

 白炎の切っ先が上着を浅く裂く。

「今度は吸わせない」

 セトが言う。

「一本を増やしただけで勝ったつもりか」

 グラウスの左手に白刃が現れた。

 魔剣と白刃。

 二本を左右から振る。

 セトは右の白炎で白刃を受けた。

 左の黒刃を魔剣へ向ける。

 二本が同時にぶつかった。

 白い火が散る。

 魔剣の赤い光が揺れる。

 前回のように、片方へ対処している間にもう一方を受ける必要はない。

 セトは白炎で相手の白刃を押し返す。

 黒刃は魔剣の力だけを崩す。

「右で戦い、左で崩す」

 祖父に何度も言われた動き。

 両方で勝とうとしない。

 白炎でグラウス本人へ届く道を作る。

 黒刃は、その道を魔剣に塞がせない。

シアの援護

 グラウスが魔剣を大きく振った。

 赤い炎が放たれる。

 セトは黒刃を向けた。

 炎が触れた場所から崩れる。

 すべては消せない。

 残った火が左右から回り込む。

 シアが小さな炎をいくつも放った。

 赤い炎同士がぶつかる。

 グラウスの火の流れがわずかに変わり、セトの両側を通り過ぎた。

「今だ」

 シアが言うより前に、セトは進んでいた。

 グラウスの火が薄くなった場所へ踏み込む。

 白炎がグラウスの胸へ迫る。

 グラウスは左の白刃で受けた。

 右の魔剣が、セトの黒刃を狙う。

 セトは黒刃を引いた。

 魔剣を避け、そのままグラウスの白刃へ触れさせる。

 相手の白刃が根元から崩れた。

 支えを失ったグラウスの左手が外へ流れる。

 セトは白炎を振り抜いた。

前回との違い

 グラウスの胸元が斜めに裂けた。

 深くはない。

 だが、血が上着へにじんだ。

「届いたな」

 シアが言う。

「ああ」

 セトは距離を取らない。

 白炎を続けて振る。

 グラウスが魔剣で受けようとする。

 黒刃を先に当てる。

 魔剣の周囲にある火が乱れる。

 吸収が始まる前に、白炎を引く。

 再び別の角度から斬り込む。

 シアの火が、グラウスの足元へ置かれる。

 避けた先へセトが白炎を振る。

 グラウスは黒刃を作った。

 白炎の側面へ触れさせる。

 刀身の一部が崩れる。

 セトは崩れた場所だけを短く作り直した。

 白炎がすぐに戻る。

「前より速い」

 グラウスが言う。

「同じやり方で負けるか」

グラウスの二刀

 グラウスの黒刃が消える。

 代わりに白刃が現れた。

 白刃でセトの白炎を受ける。

 魔剣から火を放つ。

 セトは黒刃で崩す。

 グラウスが白刃を消す。

 左手に黒刃を作り、セトの白炎へ差し込む。

 セトは白炎を引く。

 黒刃で魔剣へ触れる。

 互いの二本が、何度も入れ替わる。

 グラウスは魔剣を消せない。

 左手の白刃と黒刃だけを切り替えている。

 セトは白炎と黒刃を保ったまま戦う。

「切り替える時に隙がある」

 セトが言う。

「私の真似をして、そこまで見えるようになったか」

 グラウスが白刃を作る途中。

 セトは黒刃を左手へ向けた。

 形になる前の白い光が崩れる。

 白刃は完成しなかった。

 そのまま白炎で斬り込む。

 グラウスは魔剣一本で受けた。

 黒刃が横から魔剣へ触れる。

 吸収が止まる。

 白炎が魔剣を押し下げた。

二人で崩す

 シアが火を放った。

 グラウスの背後へ向かう。

 グラウスは魔剣を向け、吸おうとする。

 その瞬間、セトの黒刃が魔剣へ触れた。

 火を吸うための力が乱れる。

 シアの炎が魔剣の横を抜け、グラウスの腕へ当たった。

 上着が燃える。

 グラウスはすぐに火を払った。

「黒刃で魔剣を塞ぎ、外から火を当てるか」

「吸われなければ、普通に燃える」

 シアが答える。

「普通の火ではないだろう」

「今は前より弱い」

「それでも人間には十分だ」

 グラウスの右腕に、浅い火傷が残っている。

 シアはすぐに次の火を作った。

 大きくはない。

 だが、セトが黒刃で魔剣を押さえる間なら届く。

 セトも同じことを理解していた。

 白炎を前へ。

 黒刃を魔剣へ。

 シアの火を横から。

 三つの攻撃が、それぞれ別の役割を持ってグラウスへ迫る。

同じ一族の剣

 グラウスは後ろへ下がった。

 初めて、自分から大きく距離を取った。

「じいさん」

 セトが呼ぶ。

「何だ」

「こいつの剣、教わったものと同じか」

「基礎はな」

 祖父は倒れた者を支えながら答えた。

「だが、動きは違う」

「どこがだ」

「お前は二本の役目を分けている」

 白炎を攻撃へ。

 黒刃を防御と妨害へ。

 グラウスも同じように見える。

 だが、グラウスは左手の剣を何度も切り替えている。

「グラウスは、魔剣を中心に戦っている」

 祖父が言う。

 白刃も黒刃も、魔剣を通すために使っている。

 魔剣で吸い、魔剣で斬り、魔剣から火を放つ。

 左手の剣は、その補助にすぎない。

「なら、魔剣を止めればいい」

「ああ」

 セトは左の黒刃を握り直した。

魔剣を離さない

 セトが前へ出る。

 白炎を振る。

 グラウスが魔剣で受ける。

 黒刃をすぐに重ねる。

 魔剣から黒刃を離さない。

 グラウスが左手に白刃を作る。

 シアの火が手元へ飛ぶ。

 白刃を作る光が乱れた。

 グラウスは火を避ける。

 セトもその動きへ合わせて進む。

 黒刃は魔剣に触れたまま。

 白炎で斬り込む。

 グラウスは体をひねって避けた。

 白炎が脇腹を浅く斬る。

 黒刃を振り払おうと、魔剣へ力を込める。

 セトは押し合わない。

 黒刃の角度を変え、魔剣の側面を滑らせる。

 触れ続けるだけでいい。

 吸収と炎の放出を邪魔し続ける。

「厄介な使い方を覚えたな」

「お前に教わった」

「教えた覚えはない」

「前に負けたから分かった」

追い込む

 グラウスの背後には岩壁がある。

 左右には、シアの火が置かれている。

 前にはセト。

 魔剣へ黒刃を触れさせたまま、白炎を構えている。

「動ける場所がない」

 シアが言った。

「火を踏めばいい」

 グラウスが答える。

「今のお前なら、少しくらいは耐えられる」

「そうだな」

 グラウスは左の火を踏み越えた。

 炎が脚を包む。

 動きを止めず、そのままセトへ近づく。

 魔剣を黒刃へ強く押し当てる。

 黒刃の形が揺らいだ。

 セトは白炎を振った。

 グラウスは身を沈めて避ける。

 肩が触れる距離まで入ってくる。

 前回と同じ。

 剣だけでなく、体の使い方でも崩そうとしている。

 セトは下がらなかった。

 グラウスの足元へ置かれていた火が広がる。

 避けようとしたグラウスの肩へ、セトが自分の肩をぶつけた。

 互いの体勢が崩れる。

 セトは白炎を消し、右手でグラウスの魔剣を持つ腕をつかんだ。

離れた魔剣

 セトが体を回す。

 グラウスの腕を引き、魔剣の切っ先を地面へ向ける。

 左の黒刃を手首へ当てた。

 斬らない。

 魔剣と手の間を流れる精霊力を崩す。

 グラウスの指がわずかに緩んだ。

「シア!」

 大きな火が飛んだ。

 狙いはグラウスではない。

 赤黒い魔剣の刀身だった。

 黒刃によって吸収を乱された魔剣へ、炎が正面から当たる。

 赤い光が激しく弾けた。

 グラウスの手から、魔剣が離れる。

 剣が地面を転がった。

「離した」

 シアが言う。

「ああ」

 セトは白刃を作り直した。

 白炎をまとわせる時間はない。

 白い切っ先をグラウスの首元へ向ける。

届いた切っ先

 グラウスは動かなかった。

 白刃の切っ先が、首へ触れる寸前にある。

 魔剣は数歩離れた地面。

 左手に白刃も黒刃も作っていない。

「終わりだ」

 セトが言った。

「そう見えるな」

「動くな」

「今のお前なら、私を斬れるか?」

「必要なら」

「大会では手加減を覚えたようだが」

「お前と大会の相手は違う」

 グラウスはセトを見た。

 次に、少し離れたシアを見る。

「二本の剣と、外から力を渡すイフリート」

「まだ何かあるのか」

「かなり近づいた」

「精霊剣に?」

「ああ」

「お前の望み通りにはならない」

「私の望みは関係ない」

 グラウスが静かに右手を開いた。

「精霊王が決めることだ」

まだ終わらない

 地面に落ちた魔剣が動いた。

 セトは切っ先をグラウスへ向けたまま、視線だけを移す。

 赤黒い刀身が、ひとりでに震えている。

「何をした」

「呼んだだけだ」

 魔剣が石の上を滑る。

 グラウスの手へ向かって戻ってくる。

 セトは黒刃を出そうとした。

 その瞬間、グラウスが白刃を作る。

 白い斬撃が下から跳ね上がった。

 セトは右手の白刃で受ける。

 地面を滑ってきた魔剣が、グラウスの右手へ収まった。

 赤い炎が横へ放たれる。

 セトは左の黒刃で崩した。

 完全には消せない。

 残った炎が体を押す。

 セトは数歩下がった。

「剣が勝手に戻った」

 シアが言う。

「意思はないはずだ」

「意思ではない」

 グラウスが魔剣を構える。

「力を流して動かしただけだ」

「分かりやすい剣だな」

「そう言っただろう」

人間の技術

 戦いが再び始まった。

 だが、先ほどまでとは違う。

 グラウスは魔剣を手元から離すことを警戒している。

 セトは黒刃を魔剣へ触れさせようとする。

 グラウスは白刃で黒刃を遮る。

 セトは白炎で白刃を押す。

 シアが足元へ火を置く。

 グラウスが避ける。

 その先へセトが回る。

 二本の剣と火が、少しずつグラウスの動きを狭めていく。

 白炎が肩をかすめた。

 黒刃が魔剣の火を消した。

 シアの炎が背中へ当たった。

 上着がさらに焼ける。

 グラウスの呼吸が、初めてわずかに乱れた。

「押している」

 祖父が低く言う。

 セトにも分かる。

 前回とは違う。

 人間の剣術。

 一族から受け継いだ二本の術。

 シアと作った白炎。

 すべてを重ねれば、グラウスへ届く。

それでも足りない

 セトは白炎を正面から振り下ろした。

 グラウスが魔剣で受ける。

 黒刃を横から当てる。

 吸収を止める。

 シアが魔剣へ火を放つ。

 グラウスが左手に黒刃を作り、火を崩す。

 その間、左手が塞がる。

 セトは白炎を引き、脇腹へ斬り返した。

 グラウスの服が裂ける。

 血が流れた。

 グラウスが大きく後ろへ下がる。

 魔剣を支えにするように石床へ突き立てた。

「勝てる」

 シアが言った。

「まだだ」

 セトは白炎を構えたまま答える。

 グラウスは倒れていない。

 目も、戦うことを諦めた者のものではない。

 むしろ、何かを確かめ終えたように見える。

「十分だ」

 グラウスが言った。

「何がだ」

「今の二人なら、次へ進む可能性はある」

「また精霊剣の話か」

「そうだ」

魔剣の奥

 グラウスは地面から魔剣を抜いた。

「だが、勘違いするな」

 赤黒い刀身を、自分の正面へ立てる。

「お前たちが強くなったから、私を追い詰めたわけではない」

「負け惜しみか」

「今まで、この剣の表面にある力だけを使っていた」

 シアが魔剣を見る。

 刀身の中には、いくつもの火がある。

 古いイフリートが残した力。

 人や魔物、精霊術から奪った力。

 先代イフリートから吸収した火。

 シアから奪われた火。

 それらは混ざっている。

 だが、その奥に、まだ動いていない大きな火があった。

「前にはなかった」

 シアが言う。

「いや」

 グラウスが答える。

「見せていなかっただけだ」

「なぜ使わなかった」

「これを使えば、力加減が難しい」

 グラウスは倒れている一族の者たちを見る。

「お前たちが来る前に、全員死んでは意味がない」

本来の力

「魔剣に、まだ力があるのか」

 セトが尋ねる。

「力を蓄えるだけの剣だと思ったか」

「蓄えた力を出す剣だろ」

「それだけなら、人間が持つ器で十分だ」

 グラウスの手が、魔剣の柄を強く握る。

「これは、かつてイフリートが剣として戦った時の器だ」

 意思はない。

 人格もない。

 それでも、剣として力を通す形だけは残っている。

「蓄えた火を外へ放つだけではない」

 赤黒い刀身の奥で、炎が一つの流れへまとまり始めた。

 今まで混ざり合っていた火が、剣の中心へ集まっていく。

 シアが一歩下がった。

「セト」

「分かってる」

 白炎を強くする。

 左の黒刃も構える。

「来るぞ」

火よ来たれ

 グラウスが魔剣を持ち上げた。

 刀身の赤黒い色が消える。

 一瞬だけ、何の力もない鈍い剣に見えた。

 周囲が静かになる。

 風が止まった。

 倒れている者たちの白刃や黒刃の残滓まで、魔剣へ引かれるように揺れる。

 シアの髪が、グラウスの方へ流れた。

 奪われた火が呼ばれている。

 グラウスが告げる。

「火よ来たれ」

 魔剣の奥で、何かが開いた。

あふれる火

 赤い炎が刀身から立ち上がる。

 先ほどまでの火とは違う。

 大きいだけではない。

 炎が広がろうとせず、剣の周囲へ密集している。

 赤。

 白。

 黒に近い暗い火。

 異なる火が、一本の剣へ押し込められていた。

 岩壁が赤く照らされる。

 地面の水分が一瞬で蒸発し、白い湯気が上がった。

 倒れている一族の者たちが息を詰める。

 セトは白炎を正面へ構えた。

「シア、もっと火をくれ」

「今のわたしに出せる分は少ない」

「全部じゃなくていい」

 シアが両手を向ける。

 炎が白刃へ流れる。

 白炎が大きくなる。

 左の黒刃も形を強く固定する。

「二本で受ける」

「黒刃だけでは消せない」

「白炎だけでも斬れない」

「ああ」

一撃

 グラウスが魔剣を振り下ろした。

 剣そのものは、まだセトへ届かない距離にある。

 それでも、炎の斬撃が修行場を横切った。

 壁のような火ではない。

 一本の巨大な刃だった。

 セトは左の黒刃を前へ出す。

 炎の先端へ触れる。

 火を作る精霊力が崩れ始めた。

 だが、消えるより早く、後ろから新しい火が流れ込む。

 黒刃が赤く染まる。

 光のない刀身へ、無理に火が押し込まれていく。

「持たない!」

 シアが叫ぶ。

 セトは右の白炎を重ねた。

 黒刃で崩し、白炎で斬る。

 二本を交差させ、炎の斬撃を受け止める。

 衝撃が両腕へ走った。

 足元の石が砕ける。

「まだだ!」

 セトが二本へ力を込めた。

砕ける二刀

 黒刃に亀裂が入った。

 黒い剣に亀裂が見えるはずはない。

 それでも、剣の形に保っていた空白が割れ、周囲の光が中へ流れ込んでくる。

 左手の感覚が消えた。

「セト!」

 シアがさらに火を送る。

 白炎が強くなる。

 だが、白刃の輪郭も揺れていた。

 集めた光が炎に押され、外へ弾け始める。

 黒刃が先に崩れた。

 左手から、黒い形が消える。

 炎の斬撃が白炎へ集中した。

 白い刀身が大きく曲がる。

 セトは柄を握り続けた。

「持て!」

 シアが叫ぶ。

「持ってる!」

 次の瞬間、白刃が砕けた。

 白い光と炎が、セトの手元で爆発する。

届かなかった剣

 セトの体が宙へ浮いた。

 何が起きたのか分からないまま、背中から地面へ落ちる。

 息が止まる。

 視界の端で、シアも吹き飛ばされていた。

 岩壁の近くへ転がる。

「シア!」

 起き上がろうとする。

 右腕が動かない。

 左手にも感覚がない。

 白刃を作ろうとする。

 白い光が集まりかけ、すぐに散った。

 黒刃も作れない。

 二本とも、ただ消されたのではない。

 形を保つための制御ごと、正面から壊された。

 グラウスが炎の中から歩いてくる。

 赤黒い魔剣は、強い火をまとったままだった。

「人間の技術としては悪くない」

 グラウスが言う。

「だが、それだけでは、この剣には届かない」

 セトの手には、もう一本も剣が残っていなかった。


本ページに掲載している本文、画像の著作権は作者に帰属します。

作者本人または作者が許諾した媒体を除き、無断転載・無断複製・無断配布・改変利用を禁じます。

感想・紹介・レビュー等で一部を引用する場合は、引用元ページ名またはURLを明記し、引用部分が分かる形で、必要な範囲に限ってご利用ください。

本作品は、作者本人により自サイト・カクヨム・小説家になろう等に掲載される場合があります。


エレメンタルクロス ~精霊の剣~ TOPへ

エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避される二属性同時使用を隠しながら旅をしていた。ある日、巨…

自サイト版では人物紹介・用語集・設定資料などをまとめていますが、
”カクヨム”、”小説家になろう”ではフォロー、応援、レビュー、コメントなどができます。

気に入っていただけた方は、”カクヨム”、”小説家になろう”でも応援していただけると嬉しいです。

カクヨム版はこちら:
https://kakuyomu.jp/works/2912051606413324517

小説家になろう版はこちら:
https://ncode.syosetu.com/n8296mp/

コメント

タイトルとURLをコピーしました