エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第11話 名を呼ぶ剣

エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第11話 名を呼ぶ剣 エレメンタルクロス ~精霊の剣~
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第11話 名を呼ぶ剣
エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避される二属性同時使用を隠しながら旅をしていた。ある日、巨…
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第11話 名を呼ぶ剣 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

剣のない手

 セトの手には、もう一本も剣が残っていなかった。

 右手を開く。

 白い光が集まりかける。

 だが、剣の形になる前に散った。

 左手から周囲の精霊力を押しのけようとしても、黒刃の形を作れない。

 白刃も黒刃も、単に消されたのではない。

 剣の形を保つための制御そのものを、グラウスの一撃で崩されていた。

「人間の技術としては悪くない」

 グラウスが歩いてくる。

 赤黒い魔剣には、まだ強い炎がまとわりついていた。

「だが、それだけでは、この剣には届かない」

 セトは地面へ右手をついた。

 立ち上がろうとする。

 腕に力が入らず、肘が折れた。

 再び肩から地面へ落ちる。

「セト!」

 離れた場所からシアの声がした。

 シアも岩壁の近くへ倒れている。

 片膝をつくところまでは起き上がったが、そこから体を持ち上げられずにいた。

「来るな!」

 セトが叫ぶ。

「今度は、かばわせない」

「なら立て!」

「立つ!」

 言葉に体が追いつかない。

 グラウスが魔剣を持ち上げた。

残った火

「その少女は、まだ戦える」

 グラウスが言う。

「お前ほど深くは傷ついていない」

「シアには手を出すな」

「それを決めるのはお前ではない」

 魔剣の切っ先が、セトへ向けられる。

「今度こそ、選ぶはずだ」

「何をだ」

「お前へ身を預けるか。それとも、お前を見捨てるか」

 セトの胸の奥で怒りが燃えた。

「シアに選ばせるために、俺を殺すのか」

「選ばせる必要はない。すでに選び始めている」

 グラウスの視線がシアへ移る。

「大きな力を預けた。身を投げ出してかばった。今も、自分が傷つくことより、お前が死ぬことを恐れている」

「勝手に決めるな」

「私が決めることではない」

 グラウスは魔剣を振りかぶった。

「精霊王自身が決める」

 刀身から炎が立ち上がる。

 今度は修行場を横断するような大きな斬撃ではない。

 セト一人を斬るため、火が細く剣へ集まっている。

死なせたくない

 シアは立てなかった。

 足に力を集めようとしても、先ほど受けた衝撃が体の奥に残っている。

 炎を放つ。

 拳ほどの火がグラウスへ飛ぶ。

 グラウスは魔剣を動かさなかった。

 刀身を包む炎だけで、シアの火が押し返される。

「弱い」

 グラウスが言う。

「その程度では、私を止められない」

 シアは両手を地面へついた。

 さらに火を集めようとする。

 集まらない。

 初戦で奪われた力は、まだ戻り切っていない。

 今ある力の多くも、白炎へ渡した。

 それでも、セトとグラウスの間へ入ろうと体を動かす。

「来るな!」

 セトがまた叫んだ。

 シアの動きが止まる。

「今度は俺が何とかする」

「剣がない」

「作る」

「作れていない」

「分かってる!」

 グラウスの魔剣が炎を強める。

 セトは右手を開いた。

 白刃を作ろうとする。

 光が散る。

 もう一度。

 また散る。

 それでも手を下ろさない。

 シアは、その姿を見ていた。

知識にない答え

 精霊剣には、信頼が必要だ。

 その知識はある。

 精霊王が人間を信頼し、自分の意思で剣へ変わる。

 属性と出力を精霊王が担い、体と剣技を人間が担う。

 それが精霊剣だ。

 だが、どうすれば剣になれるのか。

 具体的な手順は、継承された知識の中にない。

 決まった言葉を唱えるのか。

 剣の形を思い浮かべるのか。

 使い手へ触れればいいのか。

 シアには分からない。

 歴代のイフリートが精霊剣になったという知識はある。

 それでも、彼らが何を考え、どのように相手へ身を預けたのかという記憶はなかった。

 残っているのは、精霊王が自ら選んだという事実だけだ。

 シアはセトを見る。

 初めて会った時、大型の魔獣を相手に一人で立っていた人間。

 自分より弱いくせに、逃げなかった。

 自分がイフリートだと名乗っても、それでは先代と区別できないと言った。

 そして、シアという名を付けた。

 先代ではない。

 イフリートという役割だけでもない。

 今ここにいる自分を呼ぶための名前。

選ぶ

 グラウスが一歩踏み込んだ。

 炎をまとった魔剣が振り下ろされる。

「セト!」

 シアが手を伸ばす。

 届く距離ではない。

 それでも、セトへ向かって伸ばした。

 セトは動かない右手を上げる。

 剣のない手で魔剣を受けようとしている。

 このままでは死ぬ。

 シアが精霊剣にならなくても、次代のイフリートはいずれ生まれる。

 セトが死んでも、世界から人間がいなくなるわけではない。

 イフリートとして考えれば、ここで自分まで危険を冒す理由はない。

 だが、シアはセトを死なせたくなかった。

 世界のためではない。

 役割のためでもない。

 先代の敵を討つためだけでもない。

 セトだからだ。

「名を呼べ!」

 シアが叫んだ。

 グラウスの魔剣が止まる。

 セトがシアを見る。

「何をすればいい!」

「分からない!」

「分からないのか!」

「たぶん、それだけだ!」

 シアはセトへ手を伸ばしたまま言う。

「わたしの名を呼べ!」

シア

 セトの口から迷いは消えた。

「シア!」

 役割名ではない。

 先代と同じイフリートでもない。

 セトが一人の少女へ付けた名前。

 その音が修行場へ響いた。

 シアの体が炎へ変わる。

 燃えたのではない。

 髪も、衣服も、腕も、足も。

 人の姿を作っていたすべてが、赤橙色の光へほどけた。

 グラウスが魔剣を振る。

「待っていた!」

 炎の刃がセトへ迫る。

 シアだった光が、その間へ入った。

 赤い光がセトの右手へ集まる。

 掌の中で細く伸びる。

 柄が生まれる。

 続いて、白に近い炎を中心に持つ長い刀身が形を作った。

 金属ではない。

 白刃とも違う。

 炎そのものが、一本の剣として形を保っている。

 セトは反射的に柄を握った。

 同時に、シアの声が頭の中へ届いた。

『右へ動け』

 耳から聞こえた声ではない。

 握った剣を通じて、セトへ直接届いている。

 セトは右へ踏み込む。

 体が、思っていたよりも速く動いた。

 魔剣の炎が、セトの左側を通過した。

精霊剣

 足が地面を蹴った感覚はあった。

 だが、一歩で進んだ距離が長すぎる。

 体が軽い。

 痛みが消えたわけではない。

 動かなかったはずの右腕も、傷ついた左手も、まだ痛んでいる。

 それでも、炎の剣から流れ込む力が体を支えていた。

『動かせるか』

「ああ」

『無理に速く動くな。わたしが合わせる』

「できるのか」

『分からない』

「またか」

『だが、今はできている』

 グラウスが魔剣を横へ振る。

 炎の斬撃が迫る。

『上だ』

 セトは跳んだ。

 炎の刃を飛び越える。

 着地する前から、次の動きが分かった。

 シアがセトの体を動かしているわけではない。

 動く方向を決めているのはセトだ。

 だが、どこまで力を出せば体が壊れないかを、シアが剣の中から調整している。

 着地と同時に前へ出る。

 炎の剣を振る。

 グラウスが魔剣で受けた。

 二本の剣がぶつかった。

生きている剣

 赤い炎が弾けた。

 グラウスの魔剣が、精霊剣の力を吸おうとする。

 セトの右手から、力が引かれる感覚があった。

『勝手に持っていくな』

 シアが言う。

 精霊剣を包む炎が、一瞬で収まる。

 魔剣へ触れている場所から火を引き、反対側へ集めた。

 吸収される量が減る。

 セトは精霊剣を滑らせ、魔剣との接触を外した。

 すぐに別の角度から斬り込む。

 グラウスは下がって避ける。

 切っ先から伸びた炎が、黒い上着を焼いた。

「力を引いたのか」

 グラウスが言う。

「シアが動かした」

「剣の中で意思を保っているのか」

「ああ」

 グラウスの表情が変わる。

 驚きではない。

 求めていたものを、ようやく目にした者の顔だった。

「それが精霊剣か」

待っていたもの

「やはり、残るのだな」

 グラウスが呟く。

「何がだ」

「その姿のまま死ねば、新しい器が残る」

 魔剣の火が大きくなる。

「今代のイフリートが残す、新しい魔剣が」

『やはり、それが目的か』

 シアの声が低くなる。

「シアは、お前のために剣になったんじゃない」

 セトが言う。

「私のためである必要はない」

 グラウスは魔剣を構えた。

「お前へ身を預け、その姿になれば十分だ」

「俺たちは、ここで死なない」

「それは私が決める」

「違う」

 セトは炎の剣を正面へ向ける。

「シアは、お前の剣にはならない」

「今はな」

「死んだ後もだ」

「死ねば拒む意思はなくなる」

『だからこそ、死なない』

 シアの言葉に、セトは柄を握り直した。

「今のも、シアからの返事だ」

剣として使う

「お前も精霊を剣として使っている」

 グラウスが言う。

「私とお前の何が違う」

「白刃と黒刃は、意思のない精霊を剣の形へ集めているだけだ」

「今持っているものは違うと?」

「ああ」

「その娘が自ら剣になると言えば、死体を使うより正しいとでもいうのか」

「俺が剣にしたんじゃない」

 セトは柄を握る。

 そこにシアの意思がある。

「シアが俺に預けたんだ」

「使っていることに変わりはない」

『使われているだけではない』

 シアが言う。

「シアも一緒に戦っている」

「剣が戦う?」

「今もお前の魔剣に火を吸わせないようにしてる」

 グラウスの目が細くなる。

「それが違いだと言うのか」

「少なくとも、お前の魔剣とは違う」

炎の斬撃

 グラウスが魔剣を振る。

 巨大な炎の斬撃が放たれた。

 一つではない。

 続けて二つ。

 三つ。

 修行場を覆うように、異なる角度から迫る。

『全部を受ける必要はない』

「分かってる」

 セトは一つ目を避ける。

 二つ目の下をくぐる。

 三つ目だけが、倒れている一族の者たちへ向かっていた。

 精霊剣を振る。

 赤い刃と炎の斬撃がぶつかった。

『切る場所を右へ』

 セトは剣の角度を変える。

 シアが刃の右側へ火を集めた。

 炎の斬撃が二つに分かれる。

 左右へ流れ、倒れている者たちを避けて岩壁へ当たった。

 岩が焼け、ひびが入る。

「白炎より軽い」

 セトが言う。

『わたしが剣の形を保っている』

「なら、俺は振ることに集中すればいい?」

『どこへ振るかも考えろ』

「分かってる」

初めての剣

 グラウスが距離を詰める。

 魔剣を上から振り下ろす。

 セトは精霊剣で受ける。

 重い。

 魔剣に蓄えられた火の量は、今のシアを上回っている。

 先代イフリートから奪った力。

 シアから奪った力。

 人や魔物から集めた力。

 それらが一本の剣へ詰め込まれている。

 正面から押し合えば負ける。

 セトは刃を斜めに傾けた。

 魔剣を滑らせる。

 グラウスの体が前へ出る。

 肩へ精霊剣の柄を打ち込む。

 グラウスが下がる。

 セトは追う。

 炎の剣を横へ振る。

 グラウスが魔剣で受ける。

 受ける角度を変え、セトの剣を外へ流そうとする。

『このまま押すか』

「押さない」

 セトは力を抜いた。

 受け流そうとしていたグラウスの魔剣が大きく動く。

 空いた場所へ踏み込む。

 精霊剣の切っ先が、グラウスの肩を斬った。

五分

 血が飛ぶ。

 同時に、切断面へ炎が流れ込もうとする。

『止める』

 シアが出力を抑えた。

 グラウスの肩を焼き尽くす前に、炎が引く。

「なぜ止めた」

 グラウスが傷口を押さえながら尋ねる。

「斬るために振った」

「殺すためではないと?」

「今はな」

「甘い」

 グラウスが左手へ白刃を作る。

 魔剣と白刃を同時に構える。

 セトへ踏み込む。

 左から白刃。

 右から魔剣。

 セトは白刃を避ける。

 魔剣を精霊剣で受ける。

 シアが接触部分から炎を引く。

 吸収を抑える。

 グラウスが白刃を返す。

 セトは体を沈める。

 頭上を白い刃が通る。

 そのまま足元へ斬り込む。

 グラウスが跳び下がる。

 以前は、剣技でも出力でもグラウスが上だった。

 今は違う。

 出力だけなら、まだ魔剣の方が強い。

 だが、セトの体はシアの力で強化されている。

 速さと力が増しても、剣を動かしているのはセトだ。

 初めて握る剣でありながら、剣の方がセトの動きへ合わせてくる。

 ようやく、グラウスと同じ場所に立てていた。

剣の中の声

『右から来る』

 グラウスの白刃が迫る。

 セトは精霊剣で弾いた。

『次は魔剣だ』

「見えてる」

『なら避けろ』

 セトは半歩下がる。

 魔剣の切っ先が胸元を通る。

 すぐに前へ戻る。

 精霊剣を突き出す。

 グラウスが身をひねる。

 刃が脇腹をかすめた。

「シア」

『何だ』

「剣になっても、よく話すな」

『悪いか』

「いや」

 剣から声が返る。

 そのことが、セトには妙に自然だった。

 シアは剣になってもシアのままだ。

 炎の量を調整し、セトの体を支え、グラウスの動きを見ている。

 ただ握られているわけではない。

 二人で戦っている。

奪われた火

 グラウスが魔剣を大きく振り上げた。

「火よ来たれ」

 周囲に散っていた火が魔剣へ引かれる。

 シアから奪われた火も、先代の火も、剣の中心へ集まる。

 刀身の周囲に、巨大な炎の刃が生まれた。

『あれは、わたしから奪った火だ』

「奪った火を、自分のものみたいに使うな」

 セトが言った。

「私が扱っている以上、私の力だ」

「元が誰のものでも?」

「使えない力に意味はない」

『先代を殺した時も、そう考えたのか』

 シアの声が低くなる。

「先代を殺した時も、同じことを考えたのか」

 セトが代わりに尋ねた。

 グラウスは答えず、魔剣を振り下ろした。

近づく

 巨大な炎の刃が地面を割る。

 セトは横へ走る。

 砕けた石が赤く焼ける。

 続けて横薙ぎ。

 セトは後ろへ跳ぶ。

 炎が服の裾を焦がした。

 出力では勝てない。

 受け続ければ、先にシアの力が尽きる。

『近づけ』

「分かってる」

 グラウスが炎の斬撃を放つ。

 セトは軌道を見る。

 正面。

 右上から左下。

 続いて地面を這う横薙ぎ。

 一つ目を左へ避ける。

 二つ目は精霊剣で打ち払う。

 刀身へ触れた炎を、シアが外へ逃がす。

 三つ目を跳び越える。

 着地した瞬間、セトは前へ出た。

 グラウスとの距離が縮まる。

 魔剣が突き出される。

 体をひねって避ける。

 精霊剣を下から振り上げる。

 グラウスが白刃で受けた。

 白刃が精霊剣へ触れた瞬間、砕ける。

 意思のない精霊を集めた剣では、精霊王自身が形を取った剣を受け切れない。

 グラウスは白刃を捨て、魔剣を横から振る。

 セトは精霊剣を戻す。

 二本がぶつかる。

 火が弾けた。

出力と剣技

 魔剣が押してくる。

 セトの足が地面を滑る。

『力を増やす』

「まだいい」

『押されている』

「このままでいい」

 セトは右足を引いた。

 力で押し返さず、魔剣の向きを受け入れる。

 刃を交差させたまま体を回る。

 グラウスの力が横へ流れた。

 精霊剣を魔剣から外す。

 回転の勢いをそのまま使い、グラウスの背へ斬り込む。

 グラウスは魔剣を背後へ回した。

 間に合う。

 だが、受ける位置が悪い。

 精霊剣が魔剣の先端近くへ当たる。

 セトは柄に近い場所で押す。

 魔剣が大きく外へ弾かれた。

 グラウスの胸が開く。

 セトは蹴りを入れた。

 グラウスの体が後ろへ飛ぶ。

「出力だけなら、まだお前が上だ」

 セトが言う。

「だが、剣は力だけで振るものじゃない」

選ばれなかった男

 グラウスはすぐに立ち上がった。

 魔剣を握り直す。

「なぜだ」

「何がだ」

「なぜ、その娘はお前を選ぶ」

 グラウスの魔剣から炎が噴き出した。

「私は、あの方と何年も戦った!」

 炎の斬撃が連続して放たれる。

 セトは避ける。

 一つを斬る。

 次をくぐる。

 グラウスが、その後ろから迫る。

 魔剣と精霊剣がぶつかる。

「お前たちのように、出会って間もない関係ではない!」

 魔剣へ力が集まる。

 セトは刃を外し、直撃を避ける。

 炎が肩をかすめる。

「だから何だ」

「なぜ、あの方は私を選ばなかった!」

「先代に聞け」

「もういない!」

「殺したのはお前だ!」

 セトは魔剣を押し返す。

 精霊剣を振る。

 グラウスが避ける。

 炎の切っ先が頬をかすめた。

もっと強く

 グラウスが大きく距離を取った。

 魔剣を両手で握る。

 その刀身へ、残っている火のすべてが集まり始めた。

『セト』

「何だ」

『わたしも、もっと力を出せる』

「出せるのか」

『精霊剣になって分かった』

 シアの声が、セトの内側へ届く。

『わたしの意思を薄くすれば、火へ回せる力が増える』

 セトは、意味を理解するまで少し時間がかかった。

「意思を薄くする?」

『考えることをやめる。剣として力を出すことだけにする』

「それをすると、どうなる」

『今より強くなる』

「戻れるのか」

 返事が遅れた。

『分からない』

「なら、やらない」

『魔剣の方が強い』

「それでもだ」

『勝てないかもしれない』

「お前がいなくなって勝っても意味がない」

シアのまま

 グラウスの魔剣が、さらに赤く輝く。

 修行場の空気が熱で揺れる。

『わたしが火だけになれば、もっと出せる』

「嫌だ」

 セトは迷わず答えた。

『わたしも嫌だ』

「なら言うな」

『選べることは伝えた方がいいと思った』

「選ばない」

『ああ』

 シアの声が少しだけ軽くなる。

『セトも、そう言うと思った』

「俺が決めることじゃないと言ったのはお前だろ」

『だから、わたしも嫌だと言った。セトだけで決めたわけではない』

「なら決まりだ」

 シアはシアのまま戦う。

 意思を捨てない。

 力だけの剣にはならない。

 それでも、魔剣を超える方法を探す。

一瞬だけ

『ずっと力を上げるのは無理だ』

 シアが言う。

「一瞬なら?」

『できる。セトが斬る瞬間に、わたしも全部を刃へ集める』

「合図は?」

『技の名前を決めろ』

「今か?」

『今だ』

 セトは手の中の炎の剣を見る。

 火の精霊王が、自分の意思で剣となった姿。

 白炎よりも強く。

 魔剣の火を超えるため、一瞬だけすべてを重ねる技。

「極炎」

『分かった』

「安直か?」

『分かりやすい』

「お前はそればかりだな」

 グラウスが魔剣を持ち上げる。

 巨大な炎の刃が形を作る。

『来るぞ』

「ああ」

 セトは炎の剣を構えた。

極炎

 グラウスが魔剣を正面から振り下ろした。

 巨大な炎の刃が迫る。

 セトは走った。

 横へ逃げない。

 炎の斬撃へ正面から向かう。

『左側が薄い』

 シアが火の流れを読む。

 セトはわずかに進路を変える。

 炎の中心を避ける。

 それでも、すべては避けられない。

 炎の剣を振る。

 触れる場所へ、シアが力を集める。

 巨大な炎の一部が斬り開かれる。

 セトは、その隙間を抜けた。

 服が焼ける。

 皮膚へ熱が走る。

 足は止めない。

 グラウスへ向かって進む。

魔剣と精霊剣

 グラウスが次の斬撃を放つ。

 セトは避ける。

 さらに一撃。

 今度は炎の剣で打ち払う。

 かわせるものはかわす。

 かわせないものだけを斬る。

 無駄にシアの力を使わない。

 グラウスとの距離が縮まる。

 魔剣が振られる。

 精霊剣で受ける。

 吸収が始まる前に離す。

 別の角度から斬る。

 グラウスの黒刃が生まれる。

 精霊剣へ触れようとする。

 セトは剣を引く。

 黒刃の外側へ回る。

 シアが刀身の先へ炎を伸ばす。

 グラウスの腕を浅く斬った。

『もう刀身が伸びることは警戒される』

「一度届けば十分だ」

二人の役割

 グラウスが白刃と魔剣を同時に振る。

 セトは白刃を精霊剣で弾く。

 魔剣を避ける。

 避けた先へ炎が放たれる。

『受ける』

「頼む」

 シアが精霊剣の側面へ火を集める。

 セトは剣を盾のように置く。

 炎が左右へ分かれる。

 その間にグラウスが近づく。

『下から来る』

 セトは柄を下げる。

 魔剣を受ける。

『押される』

「右へ逃がす」

 セトが角度を変える。

 シアが刃の右側だけ火を弱める。

 魔剣が外へ滑る。

 精霊剣を返す。

 グラウスの胸へ斬撃が入る。

 出力と属性はシア。

 体と剣技はセト。

 どちらか一人では成立しない。

 二人が別々に判断し、それでも同じ相手と戦っている。

魔剣の亀裂

 グラウスの足が下がる。

 魔剣を受けに回した。

 精霊剣と赤黒い刀身がぶつかる。

 小さな音がした。

 石が割れたような、乾いた音。

 セトには聞こえた。

 魔剣の根元近くに、細い亀裂が入っている。

『見えたか』

「ああ」

『あそこへ集める』

「まだだ」

 すぐに狙えば、グラウスも守る。

 セトは気づいていないふりをして、別の場所へ斬り込む。

 グラウスが受ける。

 精霊剣を引く。

 肩を狙う。

 魔剣が動く。

 セトは刃を途中で止め、脇腹へ切り替えた。

 グラウスが体をひねる。

 魔剣の根元が一瞬だけ空く。

『今か』

「まだ」

 グラウスの目は、セトの剣を見ている。

 亀裂を隠すように魔剣を構え直した。

 向こうも気づいていた。

空の器

「壊せると思ったか」

 グラウスが言う。

「亀裂が入った」

「だからどうした」

 魔剣が周囲の火を吸う。

 亀裂の周りへ赤い光が集まる。

 壊れた場所を補うように炎が埋めた。

「この剣には、何年分もの力がある」

「中身が多くても、器は一つだ」

 セトが答える。

「空の器へ、無理に詰め込んでいるだけだ」

 グラウスの顔から表情が消えた。

「何を知った」

「魔剣の正体を」

「誰から聞いた」

「シアと、じいさんだ」

「古い記録が残っていたか」

「お前の家にもあったんだろ」

 グラウスは答えない。

 だが、その沈黙が答えだった。

守る家

「お前の家は、魔剣を守っていた」

 セトが言う。

「封印の場所も知っていた」

「そうだ」

 グラウスは否定しなかった。

「我々の家系は、本家から分かれた後も、剣の管理を任されていた」

「危険だから封じていた剣を、お前が持ち出した」

「あの剣は、我々の祖先が使った精霊剣の残骸だ」

「だから自分のものだと思ったのか」

「守り続けるだけで、何の意味がある」

 グラウスが魔剣を掲げる。

「これほどの力を持つ器を、洞穴の奥で朽ちさせる。代々、それを正しいことだと教えられた」

「使えば人から力を奪う」

「補う方法を選べばいい」

「お前は選ばなかった」

 大会の剣を盗んだ男。

 街道で襲われた人々。

 魔獣。

 一族の者たち。

 シア。

 グラウスは、魔剣へ力を蓄えるために何人もの力を奪っている。

先代との出会い

「最初から、あの方を殺すつもりだったわけではない」

 グラウスが言った。

 魔剣を構えたまま、視線だけがわずかに下がる。

「あの方は、私を認めていた」

 先代イフリート。

 男性の姿を持っていた、前の火の精霊王。

「共に魔獣を倒した。人の町を守ったこともある。あの方が前へ出て、私が剣で道を作った」

「先代と戦っていたのか」

『わたしには記憶がない』

 シアが答える。

『だが、嘘ではないと思う』

 グラウスの語る先代への感情は、単なる作り話には聞こえなかった。

「剣状精霊術を見たあの方は、古い縁を感じたのだろう」

 過去のイフリートと、その使い手。

 そこから続く剣状精霊術。

 同じ形の剣を使うグラウスに、先代は一定の関心を持った。

「共に戦い、背を預けた」

 グラウスの声に力が入る。

「それでも最後には、何もかも自分一人で決めた」

選ぶ側と選ばれる側

「私は聞いた」

 グラウスが続ける。

「私へ身を預ける気はないのかと」

「先代は何と答えた」

「ない、と」

 短い答えだった。

「理由は?」

「まだ、その時ではないと言った」

『それだけか』

「それだけだったのか」

 セトが尋ね直す。

「ああ」

『なら、待てばよかった』

「シアは、待てばよかったと言ってる」

「いつまでだ!」

 魔剣の炎が膨らむ。

「精霊王だけが選び、人間は選ばれるのを待つ。それが正しいとでもいうのか!」

「精霊剣になるのは、精霊王の体だ」

「力を振るうのは人間だ!」

「両方で戦う」

「なら、人間にも選ぶ権利がある!」

「あるだろ」

 セトが言った。

 グラウスがセトを見る。

「人間は、預けられた力を受けるかどうかを選べる」

「断る人間がいるものか」

「俺は、シアが意思を捨てるなら断る」

 グラウスの顔が歪む。

封印を破った日

「先代がお前を選ばなかったから、魔剣を持ち出したのか」

 セトが尋ねる。

「意思ある精霊が力を貸さないなら、意思のない剣を使えばいい」

 グラウスは魔剣を見た。

「封印の仕組みも、場所も、家に伝わっていた」

「先代も封印を守っていた」

『知識にはある』

 シアが言う。

『危険な火の魔剣を、人間に使わせないために封じていた』

「シアも、先代が封印を守っていたことは知っている」

 セトが言う。

「私は封印を解いた」

 グラウスは淡々と告げた。

「剣を持ち出した後、あの方が来た」

「止めに来たのか」

「ああ」

 先代イフリートは、魔剣を戻すよう求めた。

 グラウスは拒んだ。

「私は証明しようとした。この剣を使えば、あの方が身を預けずとも、同じだけの力を扱えると」

『同じではない』

「シアは同じではないと言ってる」

「戦いでは、力があればいい」

『だから殺したのか』

「だから、先代を殺したのか」

「止めようとしたのは、あの方だ」

殺した理由

 グラウスの言葉から、逃げるものが消えた。

「魔剣は、あの方の火を吸った」

「止めなかったのか」

「止める理由がなかった」

 セトの手に力が入る。

「先代が死ぬと分かっていても?」

「私へ力を預けないと言った」

「だから奪った」

「力は、使われてこそ意味がある」

『先代は力ではない』

「先代は力じゃない」

 セトが言う。

 グラウスが炎の剣を見る。

「その娘に、あの方の何が分かる」

『分からない』

「シアは分からないと言ってる」

「なら、何も言うな」

「シアは先代じゃない。記憶も持っていない」

 セトはグラウスから目を逸らさない。

「だが、先代がお前に身を預けなかった理由は分かるとも言ってる」

「何だ」

『お前は先代を信じていなかった』

「お前は、先代を信じていなかった」

「信じていた!」

信じるということ

『なら、先代がお前を選ばないことも受け入れられたはずだ』

「本当に信じていたなら、先代がお前を選ばないことも受け入れられたはずだ」

 グラウスが黙る。

「お前が信じていたのは、先代が自分へ力を渡すという結果だ」

「共に戦った」

「戦ったから、自分を選ぶべきだと思った」

「私が最も力を使えた!」

「だから何だ」

 セトの手の中で、シアの火が強くなる。

「先代が誰へ身を預けるかは、先代が決める」

「精霊王の勝手な選択で、力が失われる!」

「お前も勝手に剣を持ち出した」

「私は力を生かした!」

「先代を殺してか」

「それでも、この剣は多くの敵を倒した!」

「人も斬った」

 グラウスは答えない。

「お前は先代を信じたんじゃない。先代の力が自分のものになると信じていただけだ」

グラウスの目的

「だから、シアが精霊剣になるのを待ったのか」

 セトが尋ねる。

 グラウスはゆっくり顔を上げた。

「確かめたかった」

「何を」

「あの方が私を選ばず、この娘がお前を選ぶ理由を」

「分かったか」

「分からん」

 グラウスの声に、初めて迷いが混じった。

「お前は私より未熟だ。精霊術も、剣術も、経験も足りない」

「そうだな」

「それでも、その娘はお前へ身を預けた」

『セトの方が強いからではない』

「俺が強いからじゃない」

「では、なぜだ」

『セトを死なせたくなかった』

「俺を死なせたくなかったからだ」

「それだけで?」

『わたしには、それで十分だった』

「シアには、それで十分だった」

 グラウスは理解できないように炎の剣を見る。

「そして、精霊剣になったシアを殺せば、新しい魔剣が残る」

 セトが言った。

「ああ」

「それも確かめたかった?」

「それが残れば、選ばれなかった私でも使える」

『わたしは、お前の剣にはならない』

「シアは、お前の剣にはならない」

「死ねば拒めない」

「だから、死なせない」

最後の力

 グラウスが魔剣を両手で構えた。

「話は終わりだ」

 刀身の亀裂へ、さらに炎が集まる。

 傷を塞ぐのではない。

 壊れることを承知で、残る力をすべて引き出そうとしている。

『器が持たない』

「魔剣の方も、もう持たない」

「壊れる前に、私が勝つ」

 グラウスの周囲から火が消えていく。

 魔剣へ吸い込まれている。

 修行場の熱が、一度下がった。

 次の瞬間、刀身から赤黒い炎が噴き上がる。

 岩壁の上まで届く。

 倒れていた一族の者たちが、祖父に支えられながらさらに距離を取る。

「セト!」

 祖父が叫ぶ。

「その剣を受けるな!」

「分かってる!」

 だが、背後には負傷者がいる。

 完全に避ければ、炎は彼らへ届く。

『斬るしかない』

「ああ」

二人で決める

『亀裂へ当てる』

 シアが言う。

「一度で壊せるか」

『分からない』

「失敗したら?」

『もう一度やる』

「力は残るか」

『残す』

「なら頼む」

『セトも外すな』

「外さない」

 グラウスの魔剣が振り上げられる。

 セトは炎の剣を下段へ構えた。

 狙うのは、根元近くに入った亀裂。

 巨大な炎に隠れ、今は見えない。

 だが、位置は覚えている。

「合図は極炎だったな」

『ああ』

 グラウスが踏み込む。

 魔剣が振り下ろされる。

 炎が落ちる。

 セトは前へ出た。

「極炎!」

交差する火

 シアが、剣の一点へ力を集める。

 セトの体へ流していた力も、一瞬だけ刃へ移す。

 足が重くなる。

 それでも、踏み込んだ勢いは残っている。

 セトは精霊剣を振り上げた。

 赤黒い魔剣と、白に近い炎の剣が交差する。

 衝撃が修行場全体へ走る。

 地面が割れる。

 岩壁から石が落ちる。

 グラウスの魔剣が、精霊剣の力を吸おうとする。

『渡さない』

 シアが炎を引き戻す。

 吸われるより先に、亀裂へ力を集中させる。

 セトは剣を押し込まない。

 亀裂へ当てた切っ先を横へ滑らせる。

 器そのものを切り開く。

 赤黒い刀身から、乾いた音が響いた。

 一つ。

 二つ。

 亀裂が広がる。

「壊れるものか!」

 グラウスが魔剣へさらに力を流す。

 刀身の内側から、炎が亀裂を押し広げた。

砕ける魔剣

 魔剣が砕けた。

 刀身の中央から折れたのではない。

 細い亀裂が全体へ走り、赤黒い剣が無数の破片へ分かれた。

 その内側に蓄えられていた炎が、行き場を失う。

 一瞬だけ、すべての火が止まった。

 次に、修行場を覆う光が生まれた。

『セト、下がれ!』

 シアが精霊剣の火を広げる。

 セトの前へ炎を集める。

 魔剣から噴き出した火がぶつかる。

 先代の火。

 シアから奪われた火。

 人間や魔獣、一族の者たちから吸い取った力。

 長い年月の中で集められ、誰のものだったのかも分からなくなった精霊力。

 それらが一斉に解放された。

逆流

 火の多くは、魔剣を握っていたグラウスへ向かった。

 壊れる直前まで、グラウスは魔剣へ自分の精霊力を流し込んでいた。

 使い手と剣をつないでいた道を、行き場のない力が逆に流れる。

「ぐああっ!」

 グラウスの両腕を炎が包んだ。

 手から肩へ。

 服が燃える。

 皮膚が焼ける。

 グラウスは倒れながら、腕を地面へ押しつけた。

 それでも火は消えない。

「シア、止められるか」

『あれは、わたしの火だけではない』

「このままでは死ぬ」

『外へ逃がす』

 精霊剣から炎が伸びる。

 グラウスの腕を包む火へ触れる。

 すべてを消すことはできない。

 だが、集中していた熱を周囲へ散らす。

 炎の一部が空へ上がる。

 赤い光となり、薄く広がっていく。

戻る力

 別の光が、倒れている一族の者たちへ流れた。

 白刃を魔剣へ吸われていた男。

 黒刃を保てなくなっていた女。

 その体へ、淡い光が戻っていく。

「これは……」

 祖父が自分の手を見る。

 失われていた精霊力の一部が、魔剣から解放されて戻っている。

『直前に奪われた力は、まだ元の相手とのつながりが残っていた』

「先代の火は?」

『分からない』

 空へ散る炎。

 地面へ吸われる光。

 周囲の精霊力へ混ざっていくもの。

 どれが先代のものなのか、もう区別できない。

『先代は戻らない』

「ああ」

『あの剣に、先代の意思は最初からなかった』

 魔剣を壊したからといって、救い出される魂はない。

 ただ、奪われた力と、古い器が消えていく。

人の姿

 炎の剣が揺れた。

『セト』

「どうした」

『もう保てない』

 精霊剣から炎がほどける。

 セトは柄を離さなかった。

 剣の形が崩れ、赤橙色の光が腕の中へ広がる。

 光が人の形を作った。

 髪。

 腕。

 白い衣服。

 シアが、セトの前へ戻る。

 足が地面へ着く前に体が傾いた。

 セトは両腕で受け止めた。

「大丈夫か」

「疲れた」

「それだけか」

「火も減った」

「動ける?」

「今は無理だ」

 シアはセトの腕の中で、自分の手を見る。

「戻れた」

「ああ」

「わたしのままだ」

「ああ」

 シアは小さく息を吐いた。

焼けた両腕

 グラウスは地面へ倒れていた。

 意識はある。

 だが、両腕はひどく焼けている。

 指を動かそうとしても動かない。

 白刃も黒刃も作れない。

 精霊力を集め、剣へ固定するための感覚そのものが、逆流によって傷ついていた。

 祖父が近づく。

「動くな」

「動けるように見えるか」

 グラウスの声は弱い。

 それでも、セトとシアを見る目から意志は消えていなかった。

「魔剣は壊れた」

 セトが言う。

「ああ」

「新しい魔剣も残らなかった」

 シアは人の姿へ戻っている。

「今回はな」

「次があると思うか」

「精霊剣が存在する限り、魔剣もまた生まれる」

「だからといって、お前のものにはならない」

 シアがセトに支えられたまま言う。

最後の問い

「先代を殺したことを後悔しているか」

 セトが尋ねた。

 グラウスはしばらく答えなかった。

「後悔していないと言えば、満足するか」

「しない」

「後悔していると言えば?」

「先代は戻らない」

「なら、聞く意味がない」

「お前が何を考えていたかは知っておきたい」

 グラウスは焼けた腕を見た。

「私は、あの方となら、もっと大きなことができると思っていた」

「先代も同じだったとは限らない」

「そうだな」

 初めて、グラウスがそれを否定しなかった。

「だが、あの方が私を選ばなかった理由を、最後まで聞けなかった」

「聞く前に殺したからだ」

 シアが言う。

「ああ」

 グラウスが目を閉じる。

「私が殺した」

一族の決着

 祖父は無事な者たちへ指示を出した。

 負傷者を村へ運ぶ。

 グラウスの腕へ応急処置を施す。

 魔剣の破片は残らず集める。

 だが、破片にはもう火も精霊力も残っていなかった。

 古い剣の形を保つこともできず、触れるたびに黒い粉となって崩れていく。

「持ち帰る意味はあるのか」

 セトが尋ねる。

「記録には残す」

 祖父が答えた。

「再び使えるものではないと確認したうえで処分する」

「封印は?」

「もう必要ない」

 何代にもわたって守られてきた魔剣は消えた。

 分かれた家系が背負ってきた管理の役目も、その意味を失った。

「一族の問題は終わったのか」

「終わらせなければならん」

 祖父はグラウスを見る。

「だが、こいつがしたことまで、一族の内側だけで処理するつもりはない」

公表しない真相

 グラウスは人間の国へ引き渡されることになった。

 大会の準優勝者を殺したこと。

 街道で人や魔獣を襲い、精霊力を奪っていたこと。

 封じられていた危険な剣を持ち出したこと。

 それらは、人間の罪として裁かれる。

 ただし、すべての真相を公開するわけではない。

 精霊王が自ら剣になること。

 精霊剣の姿で死亡すれば、意思を失った器が残る可能性があること。

 信頼された人間が、精霊王級の力を扱えること。

 その知識が広まれば、精霊王を剣にしようとする者が現れるかもしれない。

「人間の記録には、魔剣を使った連続襲撃事件として残す」

 祖父が言った。

「精霊王の死後に残る器だとは書かない」

「同じことをする人間が出るからか」

「ああ」

「隠していいのか」

 シアが尋ねる。

「人間すべてへ教える必要はない」

 祖父は答えた。

「お前が剣になるかどうかを、人間が探るようなことは避けたい」

 シアは少し考え、うなずいた。

先代の仇

 夕方には、負傷者の多くが村へ運ばれた。

 グラウスも簡素な担架へ乗せられている。

 両腕には布が巻かれ、板で固定されていた。

 今後、剣を握れるようになる可能性は低い。

 剣状精霊術を使えるかどうかも分からない。

 担架が運ばれる前に、シアがグラウスの前へ立った。

 セトに肩を借りている。

「先代の仇は討った」

「私を殺していない」

「魔剣を壊した」

「それで十分か」

「先代は戻らない」

 シアはグラウスを見下ろす。

「お前を殺しても、先代の記憶が戻るわけではない」

「次代は、前の代とは別の存在か」

「ああ」

「なら、お前に私を裁く理由はないのではないか」

「わたしは先代ではない」

 シアは答える。

「だが、お前が奪った火を引き継いだイフリートだ」

 先代と同じ役割。

 同じ属性。

 それでも、別の個人。

「それに、わたし自身の力も奪われた」

「そうだったな」

「だから、わたしはわたしの理由でお前を止めた」

名前を持つ火

 グラウスの担架が運ばれていく。

 シアは、その背を見送らなかった。

「疲れた」

 セトの肩へ体重を預ける。

「さっきも聞いた」

「さっきより疲れた」

「歩ける?」

「無理だ」

「なら背負う」

「今度は軽いと言うな」

「言ってない」

「前に言った」

「力を奪われた直後だろ」

 セトはシアへ背中を向ける。

 シアが腕を回した。

 セトはその体を背負う。

 以前と同じように軽い。

 だが、剣として握っていた時の感覚が右手に残っている。

 ただの重さではなかった。

 炎の量でもない。

 そこにシア自身がいた。

精霊剣の名前

 山道を下り始めてから、セトが口を開いた。

「そういえば、あの精霊剣には名前がないな」

「精霊剣でいい」

「ほかの精霊王も剣になれるんだろ」

「ああ」

「なら、区別する名前が必要になる」

「今すぐ必要か」

「今決めてもいいだろ」

 シアはセトの背中で少し考えた。

「極炎でいい」

「さっきの技と同じ名前か」

「ああ」

「剣の名前と技の名前が同じになるぞ」

「問題あるか」

「呼んだ時、どちらか分かりにくい」

「剣を呼ぶ時と、技を使う時では状況が違う」

「そうかもしれないが」

「わたしとセトが力を合わせた時の名前だ。この剣の名前にも合う」

「やっぱり、分かりやすいからか」

「それもある」

「白炎の時と同じだな」

「あれも分かりやすかった」

 シアの腕に少しだけ力が入る。

「次に一瞬だけ力を合わせる時も、極炎と呼べ」

「剣の名前を呼ぶと、技の合図にもなる?」

「ああ」

「本当に同じでいいのか」

「覚える名前が一つで済む」

「やっぱり安直だ」

「分かりやすい」

 セトは小さく息を吐いた。

「分かった。あの剣の名前も、極炎だ」

次もできるのか

「また精霊剣になれるのか」

 セトが尋ねた。

「分からない」

「一度できたのに?」

「戻り方も、よく分からなかった」

「疲れたから戻ったのか」

「たぶん」

「次も名前を呼べばいい?」

「たぶん」

「大丈夫か、それ」

「今度試す」

「今すぐはやめろ」

「力が戻ってからだ」

「それならいい」

 少し沈黙が続いた。

「セト」

「何だ」

「精霊剣のことを話せば、セトがわたしを剣として見るかもしれないと思っていた」

「ああ」

「今はどうだ」

「剣としても見る」

 シアの腕がわずかに固くなる。

「だが、それだけじゃない」

「どういう意味だ」

「お前は精霊剣になれる。だが、今は背中にいる」

「当たり前だ」

「どちらもシアだろ」

預けたもの

「剣になった時、怖くなかったのか」

 セトが尋ねた。

「分からなかった」

「何が」

「何が起きるのか」

「それは怖いというんじゃないか」

「違う」

「では何だ」

「セトが死ぬ方が嫌だった」

 シアの答えは早かった。

「それで剣になった」

「ああ」

「俺を信頼したから?」

 返事はすぐには来なかった。

「まだ、信頼が何かは分からない」

「そうか」

「だが、セトへ預けてもいいと思った」

 体も。

 力も。

 剣になった後の自分も。

「それが信頼じゃないのか」

「そうかもしれない」

「分からないままか」

「ああ」

 シアは、セトの背中へ額をつけた。

「分からなくても、できた」

村へ戻る

 村へ戻る頃には、日は山の向こうへ沈み始めていた。

 負傷者は家々へ運ばれ、治療を受けている。

 魔剣から戻った力によって、多くの者は命に別状がなかった。

 祖父も傷を負っていたが、自分で歩いている。

「じいさん」

 セトが呼ぶ。

「何だ」

「勝手に行くな」

「お前も勝手に来ただろう」

「紙を残したのはそっちだ」

「来るとは書いていない」

「道に目印もあった」

 祖父は少しだけ視線を逸らした。

「次は話せ」

「次があればな」

「なくても話せ」

「考えておく」

「それは話さないやつだろ」

 シアがセトの背中から言った。

「次に勝手に行ったら、わたしが止める」

「どうやってだ」

「燃やす」

「家は燃やすな」

「じいさんだけにする」

「お前たちは似てきたな」

 祖父がため息をついた。

二人の旅

 その夜。

 シアは再び、セトの家の寝台で眠っていた。

 精霊剣になった負担は大きかったらしい。

 人の姿へ戻ってから、ほとんど起きていない。

 セトは縁側へ座り、自分の右手を見る。

 白刃を作る。

 白い剣が現れる。

 左手には黒刃。

 二本とも、以前と同じように作れた。

 だが、極炎とは違う。

 白刃と黒刃に意思はない。

 セトが形を作り、セトが動かす。

 極炎にはシアがいた。

 炎を調整し、セトの体を支え、言葉を交わしながらともに戦っていた。

「何をしている」

 後ろから声がした。

 振り返る。

 シアが戸口へ立っている。

「起きたのか」

「腹が減った」

「精霊剣になっても腹は減るのか」

「人の姿へ戻ったからな」

 セトは白刃と黒刃を消した。

「何か作る」

「肉がいい」

「こんな時間にあるか」

「魔剣を倒した」

「だから?」

「褒美が必要だ」

「誰から?」

「セトから」

 シアは当然のように言った。

「剣になったのは、お前の判断だろ」

「セトも使った」

「分かった。何か探す」

「肉を探せ」

「残っていればな」

 セトは立ち上がる。

 シアがその隣へ並んだ。

 先代を殺した魔剣は砕けた。

 奪われた火のすべてが戻ったわけではない。

 先代の記憶も、人格も戻らない。

 それでも、魔剣がこれ以上誰かの力を奪うことはない。

 セトとシアの旅は、ここで終わるわけではなかった。

 ただ、先代を殺した者を探す旅だけは終わった。

 白刃でも黒刃でもない。

 意思を持つ火の剣が、二人の間に生まれた。

 戦いの中で生まれた技と同じ名を、二人はその剣へ与えた。

 その名は、極炎。

 セトが名を呼び、シアが自ら身を預ける、二人の精霊剣だった。


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