エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第38話 重さと結晶

エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第37話 大地を動かす王 エレメンタルクロス ~精霊の剣~
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第37話 大地を動かす王
エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介―― この剣はやがて、世界の向こう側にまで届く。 ―― 人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避…
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第37話 大地を動かす王 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

二つの候補

 二通の伝言にあった宝玉は、どちらも本物だった。
 赤い玉は、旅商人が長く在庫へ残していたものだった。
 色は美しいが、どの宝石とも一致せず、削ることもできない。
 黒い玉は、古い装飾品から外された後、石材を扱う店の箱へ混ざっていた。
 穴を開けられず、ほかの石より使い道がないまま残されていた。

 シアが赤い玉へ火の力を流す。
 ネアが黒い玉へ月の力を流す。
 二つの宝玉は、それぞれの色の光を内側へ蓄え、静かに浮き上がった。

「両方、本物だった」

 シアは肩の左右へ浮かぶ赤い分霊核を見た。

「珍しく、都合よく進みましたね」

 ネアの周囲にも、黒い玉が二つ浮かんでいる。

「珍しく?」
「前は、候補を三つ調べて、本物は一つだけだったでしょう」
「あれは石が悪い」
「普通の宝石だっただけです」

同じ手順

 二個目の分霊核について、改めて試すことは多くなかった。
 力が入ること。離れた位置へ動かせること。蓄えた力を出し入れできること。攻撃や防御、制御の起点にできること。

 最初の分霊核で確認したことを一通り繰り返し、二個目も同じ器であると確かめた。
 違ったのは、操作する対象が増えたことだけだった。

 シアは二つの赤い玉を左右へ分けた。
 一つを前へ出し、もう一つを後ろへ置く。
 前から小さな火を放った後、後ろの玉へ意識を移し、熱の膜を作った。

「二つなら動かせる」
「今は止まった的と、動かない防御だけです」

 ネアが言う。

「戦ってもできる」
「それをこれから確認することになるかもしれません」

 ネアの視線は、届いたばかりの報告書へ向いていた。

四つの宝玉

 報告が来たのは、二個目の分霊核を得た翌朝だった。
 町から東へ進んだ岩の多い平原で、石が空へ浮かんでいるという。

 小石だけではない。
 人の背丈を超える岩まで地面を離れ、しばらく浮かんだ後、突然落下する。
 落ちた岩は、以前よりも深く地面へ沈む。
 街道を通る荷車が巻き込まれ、採石場で働いていた者たちも避難していた。

「重の精霊王でしょう」

 ネアが報告書を閉じる。

「重さを変えている?」

 シアが尋ねる。

「おそらく。軽くして持ち上げ、落とす時に重くしているのでしょう」
「落ちる前に燃やせばいい」
「大きな岩が燃えてなくなるとは限りません」
「砕く」
「砕けば数が増えます」
「全部砕く」
「話を聞いてからにしてください」

 セトは荷物を持ち上げた。

「行くぞ」

 四つの分霊核が、三人の後を追った。

浮かぶ岩

 平原へ近づく前から、異変は見えた。
 道の先にある岩が、地面から少し離れている。
 最初は、遠近のために浮いて見えるだけかと思った。
 近づくと、その下には明確な隙間があった。

 拳ほどの石が、草の上で揺れている。
 さらに先には、荷車ほどの岩が三つ浮かんでいた。
 風が吹くたび、重さを失った岩がゆっくりと横へ流される。

「軽い」

 シアが小石をつかんだ。
 指先で押すだけで、石は高く上がった。

「普通の石と同じに見えます」

 セトが言う。

「物質そのものが変わったのではなく、重さだけを変えられています」

 ネアは小石へ銀青色の線を伸ばした。

「今は、ほとんど重さがありません」

 その瞬間、小石が落ちた。
 地面へ当たる。
 小さな石であるにもかかわらず、土へ深い穴が開いた。

「落ちる時だけ重い」

 シアが穴をのぞき込む。

「当たったら痛いでは済みませんね」

重さを変える王

 避難した採石場の奥では、無数の岩が空へ浮かんでいた。
 大きなものは家ほどある。
 小さなものは砂粒に近い。
 それらが、地面から空までを埋めるように漂っている。

 中心に、一人の姿があった。
 灰色の衣をまとった人影だった。
 身体の周囲では、石がゆっくりと上下している。

「重の精霊王」

 セトが呼びかける。
 人影が三人を見る。

「軽いものが来た」
「私たちは普通」

 シアが答える。

「すべてのものには重さがある」

 重の精霊王は片手を上げた。
 足元の岩が地面を離れる。

「重さがあれば落ちる。軽ければ上がる」
「それを繰り返して、何をしている」

 セトが尋ねる。

「衝撃を作っている」

 浮かんでいた岩が一つ、突然落下した。
 地面が揺れる。
 岩の半分が土へ埋まり、周囲へ亀裂が走った。

外からの衝撃

「なぜ、衝撃が必要なのですか」

 ネアが尋ねる。

「世界の外から、石が落ちる」

 重の精霊王は空を見上げた。

「大地を砕く。熱を作る。違うものを運ぶ」
「流星のことですか」
「外から来る衝撃が、同じ大地を変える」

 空へ浮かぶ岩の数が増える。

「一度では足りない。何度も落ちる。砕ける。混ざる。新しいものが生まれる」

 創世期には、外から落ちる石が大地を変えたのかもしれない。
 衝撃によって地形が変わり、熱が生まれ、そこになかった物質が加わる。
 だが、今、空へ浮かんでいるのは流星ではない。
 もともと平原にあった岩だった。

「ここへ落としても、外から何かが増えるわけではありません」

 ネアが言う。

「衝撃は増える」
「壊れるものも増えます」
「壊れれば混ざる」

 重の精霊王は、避難した採石場を見た。

「ここは固まりすぎている」

分かれた地面

 岩が一斉に上昇した。

「下がれ!」

 セトが叫ぶ。
 三人は散る。
 軽くなった岩は、上へ飛ぶというより、重さを失ったまま押し上げられていた。
 大きな岩の陰から、避難し遅れた作業員が二人走ってくる。
 ネアがそちらへ向かった。

「こちらへ!」

 次の瞬間、浮いていた岩の重さが戻った。
 落下が始まる。

 ネアは両手を広げた。
 黒い分霊核二つが作業員の上へ移る。
 銀青色の線が、落ちてくる岩へ絡んだ。
 正面から受け止めるのではない。
 落ちる方向を少しずつ横へ曲げる。

 岩が作業員の左右へ落ち、地面を砕いた。
 さらに大きな岩が、三人の間へ落下する。
 衝撃で平原が割れた。
 土煙が広がり、セトとシアの前に崩れた岩の壁が立ち上がった。

「ネア!」

 向こう側から声が返る。

「無事です! ですが、まだ人が残っています!」

向こう側のネア

 崩れた岩壁の向こうでは、落石が続いていた。
 ネアは作業員を守りながら、二つの黒い分霊核を別々の位置へ動かしている。
 一つは上から落ちる岩を横へ逸らす。
 もう一つは、崩れかけた地面の流れを分散させる。
 自分の周囲へも線を広げ、さらに遠くの岩を見ていた。

「こちらを離れられません!」
「そのまま人を守れ!」

 セトが答える。

「重の精霊王はこっちにいる」

 シアは土煙の向こうを見た。
 灰色の人影は動いていない。
 その周囲へ、さらに岩が集まっている。

「本来なら、ネアの方が向いてる」
「今はいない」
「私たちでやる」

 赤い分霊核が、シアの左右へ並んだ。
 重の精霊王が腕を下ろす。
 空に浮かんだ石が、セトとシアへ向かって流れ始めた。

極炎と二つの核

「シア」
「分かった」

 シアの身体が赤橙色の光へ変わる。
 光はセトの右手へ集まり、火の精霊剣となった。
 極炎の刀身から、赤い炎が立ち上がる。

 二つの分霊核はシアの身体があった場所へ残らず、セトの周囲へ移った。
 一つは右の斜め前。
 もう一つは左の後方。

 セトにも、二つの赤い光があることは分かる。
 どちらにどれほど力が残り、何をしようとしているのかも、精霊剣を通じて伝わってくる。
 だが、自分の手足のようには動かせない。

『分霊核は私が動かす』
「ああ」
『セトは前だけ見て』
「それは無理だ」
『じゃあ、本体を見て』
「分かった」

 極炎を構え、セトは前へ出た。

石の雨

 最初に落ちてきたのは、拳ほどの石だった。
 数は多い。
 軽いままセトの周囲へ集まり、頭上まで来たところで重さを増す。

 右側の分霊核が前へ出た。
 短い炎が連続して弾ける。
 石をすべて消すほどの火ではない。
 落下の向きをずらし、セトへ直撃するものだけを砕く。

 セトは残った石を極炎で切り払った。
 足元へ落ちた小石が、地面へ深く沈む。

「一つでも重いな」
『次、大きい』

 左後方の分霊核が頭上へ回った。
 炎の膜が斜めに広がる。
 家ほどの岩が落ちてくる。
 膜へ触れた表面が赤く焼け、亀裂が走った。

 セトは極炎を振り上げる。
 岩は中央から割れ、左右へ落ちた。

 その間にも、右側の分霊核は重の精霊王へ小さな火を放つ。
 灰色の人影が、浮かせた岩を盾にした。

本体への道

 重の精霊王へ近づくほど、岩の密度が増えた。
 足元の石まで軽くなり、地面から浮かび上がる。
 セトが踏み込もうとした場所から、支えが消える。
 身体がわずかに沈んだ。

『右』

 分霊核の一つが地面近くへ火を放つ。
 熱と衝撃で、浮き上がりかけた土が後方へ飛んだ。
 セトは残った岩を踏み、前へ進む。

 正面から細い石が無数に飛んできた。
 重さはない。
 触れる直前に、一斉に重くなる。

 セトは極炎を横へ振った。
 炎の斬撃が石の列を切り裂く。
 切り損ねたものは、後方の分霊核が熱の壁で受けた。

『今』

 右前方の赤い玉が、重の精霊王の横へ火を放つ。
 人影がそちらへ岩を集めた。
 セトは空いた正面へ走った。

一度目

 重の精霊王の前へ、岩が幾重にも重なった。
 大きな岩の隙間へ小石が入り、さらに砂が詰まる。
 重さを増した石の塊が、壁となってセトを塞いだ。

「シア」
『合わせる』

 極炎の刀身が、白に近い赤色へ変わる。
 シアが出力を一つへ集める。
 セトは一歩踏み込み、剣を振り下ろした。

「極炎!」

 炎が一直線に走った。
 岩の壁が中央から赤く染まる。
 表面が溶け、内部が割れ、押し固められていた石が左右へ吹き飛んだ。

 炎はその奥まで抜ける。
 重の精霊王の身体を包み、地面ごと後方へ押し流した。
 平原へ長い焼け跡が残った。

 セトは極炎を地面へ突き、息を吐く。
 重の精霊王は倒れていた。
 だが、その周囲で石が再び浮き始める。

残っている火

「まだ動くのか」
『削りきれてない』

 重の精霊王が上半身を起こす。
 灰色の衣は焼けている。
 それでも、空へ上がる岩の数は減っていなかった。

「衝撃が足りない」

 人影が言った。

「もっと落とす」

 平原全体の岩が地面を離れた。

 一度目の極炎で、シアは大きく力を使っている。
 セトの身体にも、強い出力を通した反動が残っていた。
 それでも、周囲を回る二つの分霊核には赤い光が残っている。
 戦う前に蓄えた力だ。
 極炎へ集めなかった分が、器の中に保たれている。

 二つの赤い玉から、極炎の刀身へ細い光が流れ始めた。

『まだ分霊核分が残ってる! 息を整えてもう一発撃て!』

 セトは大きく息を吸った。
 一度。
 二度。

 落石は、二つの分霊核が防いでいる。

二度目

 重の精霊王が両腕を下ろした。
 空を覆っていた岩が、一斉に落下する。
 二つの分霊核がセトの前へ出た。
 炎の膜を重ねる。

 最初の岩が触れ、砕ける。
 次の岩が膜を押し下げる。
 赤い光が薄くなっていく。

『今!』

 セトは炎の膜の下から飛び出した。
 分霊核の防御を越えた岩だけを、極炎で切る。

 右。
 左。
 正面。

 落石の隙間を抜け、重の精霊王へ迫る。
 人影が自分の前へ最後の岩を集めた。
 セトは止まらない。
 分霊核から戻された火が、極炎へ流れ込む。

「極炎!」

 二度目の炎が、岩の壁へ突き刺さった。
 今度は壁だけで止まらない。
 重の精霊王の周囲にあった浮遊する石をまとめて吹き飛ばし、灰色の人影を地面へ押さえつけた。
 極炎の切っ先が、胸元で止まる。

「もう落とすな」

落とさない重さ

 空に残っていた岩が、ゆっくりと下り始めた。
 急に重くするのではない。
 一つずつ、元の重さへ戻している。
 平原へ大きな衝撃は起きなかった。

「外からの衝撃は必要だ」

 重の精霊王が言う。

「必要だった時もある」

 セトは極炎を下ろした。

『今ここへ、同じ岩を何度落としても、外から新しいものは来ない』
「砕ける。混ざる」
『ここには、もう生きているものがある』

 岩壁の向こうでは、ネアが作業員たちを避難させている。
 採石場には道具が残り、切り出された石が積まれていた。

『落とす場所を見る。何があるかも見る。それから決める』
「衝撃をなくす?」
『必要のない衝撃を止める』

 重の精霊王は周囲の岩を見る。
 一つが斜面から転がりかけた。
 その岩だけが軽くなり、ゆっくりと地面へ戻される。

「落とさないためにも、重さを変えられる」
『そう』

一日の休息

 ネアと合流した時、セトは極炎を解除した。
 シアが人の姿へ戻る。
 二つの赤い分霊核は、どちらも光を大きく減らしていた。

「二回撃てた」

 シアが言う。

「セトは疲れています」

 ネアはセトの腕へ線を伸ばした。

「一度目だけでも、今までなら大きく消耗していた出力です」
「でも、まだ歩ける」
「歩けることを、次の戦闘ができる基準にしないでください」

 セトはしびれの残る右手を開いた。

「今日は休む」
「当然です」
「明日は?」

 シアが尋ねる。

「セトの状態を見てからです」

 その日の夜、三人は平原から離れた集落へ泊まった。
 シアとネアは休みながら、分霊核へ少しずつ力を戻す。
 セトは剣を作らなかった。
 それでも、右腕の奥には極炎を二度通した重さが残っていた。

光る荒野

 翌日の昼過ぎ、晶の精霊王がいる地域から新しい報告が届いた。
 土地が硬い透明な物質へ変わり続けている。
 最初は岩の一部だけだった。
 次に土が固まり、植物の根が閉じ込められた。
 今では小さな林と、その近くを流れる川まで、光を反射する結晶に覆われ始めている。

 三人はさらに一日をかけて移動した。
 遠くからでも、異変の範囲は分かった。
 平原の一部だけが、夕日のような光を返している。
 近づくと、地面から大小の結晶が突き出していた。

 透明なもの。白いもの。薄い青や紫を帯びたもの。
 色は異なるが、どれも不自然なほど形が整っている。

「きれい」

 シアが言う。

「足元も見てください」

 結晶の下には、折れた草が閉じ込められていた。

固まった生命

 結晶化した林では、木々が幹の形を保ったまま固まっていた。
 樹皮の表面から透明な結晶が伸び、枝と枝の間をつないでいる。
 葉は落ちない。
 風が吹いても揺れない。
 根の周囲にあった土も固まり、水も通らなくなっていた。

「生きてる?」

 シアが幹へ手を当てる。

「すぐにすべてが死んだわけではありません」

 ネアが内部へ線を伸ばす。

「ですが、水も原光も通りません。このままでは長く持たないでしょう」

 川も同じだった。
 表面に薄い結晶が張っただけではない。
 水の中へ細い柱が無数に伸び、流れを区切っている。
 魚はすでに下流へ逃げたのか、姿がなかった。
 流れる水の音だけが、結晶の隙間から細く聞こえる。

「形を作ってる」

 シアが言う。

「作りすぎています」

構造を作る王

 林の中心には、結晶の塔があった。
 塔といっても、人間が積み上げた建物ではない。
 地面から伸びた結晶が互いに組み合わさり、一つの大きな構造になっている。
 その内部に、人の形が見えた。
 透明な層の奥で、晶の精霊王が目を開く。

「止めろ」

 セトが呼びかけた。
 塔の表面に、新しい結晶が生まれる。

「構造を作っている」
「ここにあった木や川を固めてまで?」

 ネアが尋ねる。

「小さい生命は集まり、大きな生命になる」

 晶の精霊王の声が、塔全体から響いた。

「柔らかな身体には、骨ができる。土の中では、鉱物が並び、鉱脈になる」

 結晶同士がつながり、さらに複雑な形へ変わっていく。

「形がなければ、生命は大きくならない。構造がなければ、進化しない」
「全部を同じように固めたら、動けなくなる」

 シアが言う。

「強い形は残る」
「残るだけ」

残る壁

 シアが塔へ近づいた。
 地面から細い結晶が伸び、足を囲もうとする。
 炎を足元へ広げる。
 結晶の先端が赤くなり、ひびが入った。

 シアは一歩進み、拳を塔へ打ち込む。
 表面の一層が砕けた。
 その奥には、同じ厚さの結晶がある。

「硬い」

 シアはもう一度殴った。
 ネアの線が、塔へ集まる原光を捉える。
 新しい結晶を作ろうとする流れを吸収し、横へ逸らした。

「追加の形成は止められます」

 塔の成長が止まる。
 だが、すでに作られた結晶は消えなかった。
 シアが一層を砕く。
 その奥にも層がある。

 周囲の形成を止めれば、塔の内部へ向ける制御が薄くなる。
 内部を止めれば、林の外側で結晶化が進む。

増える結晶

 セトは白刃を作った。
 刀身を塔の隙間へ差し込み、斜めに振る。
 見えている刃より先まで斬撃が走り、結晶の層が崩れた。

「切れる」
「でも、遅い」

 シアが砕けた部分へ炎を流す。
 結晶は赤く焼けるが、すぐには溶けない。
 ネアが塔の奥へ線を通す。

「内部で別の層を作っています」

 正面の成長を止められた晶の精霊王は、さらに奥へ結晶を置いていた。
 シアたちが一層を壊す間に、次の壁が完成する。
 土の精霊王のように、遠く離れた何かを同時に動かしているわけではない。
 ただ、一度置かれた結晶がその場へ残る。
 止めただけでは、道は開かなかった。

「壊すのが追いつかない」

 セトは白刃を下ろした。

「二本で行く」

二本の精霊剣

 シアとネアがセトを見る。

「昨日、極炎を二度使っています」

 ネアが言った。

「今日は休んだ」
「一日です」
「このままでも林が固まる」

 塔の外側では、結晶化が少しずつ広がっている。
 ネアが止めているが、すべてを長く抑え続けることはできない。

「壊す役と、作らせない役が必要だ」

 セトは右手をシアへ、左手をネアへ向けた。

「短く終わらせる」
「短く終わらなければ?」

 ネアが尋ねる。

「その時に考える」
「シアと同じ答えですね」
「いい答え」

 シアが言った。
 ネアは小さく息を吐く。

「無理だと判断したら、こちらから解除します」
「ああ」

 二人の身体が、赤橙色と銀青色の光へ変わった。

四つの分霊核

 セトの右手に極炎が収まる。
 左手には、黒い刀身を持つ月の精霊剣・絶光が現れた。
 二本の剣から、異なる力が身体へ流れ込む。

 極炎は身体を前へ押し出す。
 絶光は周囲の原光の流れを、細部まで見せる。
 二つを同時に受けた瞬間、セトの精霊回路へ強い圧力がかかった。

 四つの分霊核も、セトの周囲へ移る。
 赤い玉が二つ。
 黒い玉が二つ。
 セトには、それぞれの位置と残量が伝わってくる。
 だが、操作しているのはシアとネアだった。

『右側の結晶は私が焼く』
『黒い分霊核は、林と退路へ置きます』
「俺は塔を壊す」
『そのままです』
『一番分かりやすい』

 セトは二本の剣を構えた。

壊す剣と止める剣

 塔へ向かって走る。
 地面から結晶の柱が伸びた。
 左の絶光で受ける。
 黒い刀身が結晶へ触れる前に、内部を流れる原光が抜けた。
 伸びかけた柱が途中で止まる。

 セトは右の極炎を振った。
 止まった柱が、熱と斬撃で砕ける。

 正面へ新しい壁が作られる。
 絶光を横へ置く。
 ネアが流れを読み、形成の起点をずらした。
 壁の中央だけが薄くなる。

 そこへ極炎を突き込む。
 赤い炎が穴を広げ、セトが中へ踏み込んだ。

『壊した直後を止めます』
『止まったら壊す』

 二本の剣の役割は、混ざっていない。
 極炎は砕く。
 絶光は作らせない。
 セトは二つを交互に置き、塔の内部へ進んだ。

置かれたもの

 晶の精霊王は、壊された壁をすぐに戻そうとした。
 絶光が流れを奪う。
 新しい結晶は作れない。
 だが、左右と頭上には、すでに完成した結晶が残っている。

 塔の内部は、狭い通路のようになっていた。
 セトが通るたび、横から突き出た結晶が肩や脚を狙う。
 極炎で切れば、正面への攻撃が遅れる。
 絶光では、完成した結晶を消せない。

『右』

 赤い分霊核が横へ火を放つ。
 突き出た結晶の根元が割れた。

『後ろを閉じようとしています』

 黒い分霊核の一つが、通ってきた穴へ線を伸ばす。
 結晶を作る流れを止め、退路を残す。
 もう一つの黒い核は林の側へ制御線を広げ、塔の外へ進む結晶化を抑えていた。
 二つの赤い核は、セトの近くで側面と頭上を守る。

進める道

 塔の中心まで、距離はそれほどない。
 それでも、進むたびに壁が増えた。
 晶の精霊王は正面だけを守らない。
 斜めに結晶を置き、セトの進行方向を曲げる。
 足元を高くし、天井を低くする。

 一枚ごとの壁は極炎で砕ける。
 だが、置かれる位置が変わるたび、セトは剣を振る方向を変えなければならない。
 絶光で形成を止める位置も、そのたびに移る。

「道を作るための構造じゃないな」
『入れない形を作っています』
『全部壊す』
「一つずつだ」

 右の分霊核が火を放つ。
 結晶の注意がそちらへ向いた直後、セトは左の絶光を壁へ当てた。
 流れを止める。
 極炎を返し、中央を砕く。

 一歩。
 また一歩。

 四つの分霊核がなければ、進む間に後ろを閉じられていた。

セトの手

 塔の半分を越えた頃、セトの右手にしびれが出た。
 極炎の柄を握る感覚が薄い。

『力を入れすぎ』

 シアの声が響く。

「握れてる」
『握れているかではありません』

 左腕にも重さが出ている。
 絶光から流れ込む精霊力は、極炎とは違う。
 身体を強く押すのではなく、周囲の細かな流れを同時に伝えてくる。
 二本分の情報と力が、セトの中を通り続けていた。

「あとどれくらいだ」
『三層ほどです』
「行ける」
『セトの判断は信用しません』
「なら、ネアが決めろ」

 短い沈黙があった。

『次の層までです。そこで状態を見ます』
「分かった」

 セトは前へ出た。
 右足の踏み込みが、わずかに遅れた。

最後の層

 晶の精霊王の姿が、結晶越しに見えた。
 残る壁は一枚ではない。
 厚い結晶の内部へ、細い層が何十枚も重なっている。
 それぞれの間を原光が流れ、外側が壊れれば内側を押し出す構造になっていた。

『止めます』

 絶光から黒い力が広がる。
 ネアが、幾重にも分かれた流れを一つずつ捉えた。
 外側の層が止まる。
 内側も止まる。
 塔全体から光が薄れた。

『今』

 シアが極炎へ力を集める。
 二つの赤い分霊核からも、残っていた火が流れ込んだ。

「極炎!」

 セトは剣を突き出した。
 炎が、止まった結晶の層を正面から貫く。
 一枚。
 二枚。

 重なった壁が内側から砕け、塔の中心が赤い光に包まれた。
 晶の精霊王の姿が、初めて直接見えた。
 セトはさらに踏み込もうとした。
 右膝から力が抜けた。

先に尽きるもの

 極炎の切っ先が下がる。
 絶光で止めていた流れが、わずかに戻った。
 晶の精霊王の周囲へ、新しい結晶が生まれ始める。

『セト、止まって!』
『解除します』
「まだ――」

 立て直そうとした足が動かない。
 二本の精霊剣から流れ込む力は残っている。
 四つの分霊核にも、まだ光がある。
 それでも、力を受け止めているセトの身体が動かなかった。

 握っているつもりの右手から、極炎の柄が滑りかける。
 左腕も、絶光を持ち上げられない。

『もう無理』
「あと一歩だ」
『その一歩を動けていません』

 ネアの声は静かだった。
 だが、答えを待つ気はなかった。
 二本の剣が同時に光へ変わる。

人型へ戻る

 シアとネアが、セトの左右へ人の姿で戻った。
 身体能力を支えていた精霊剣の力が消える。
 セトはその場へ膝をついた。
 シアが肩を支える。

「座ってて」
「晶の精霊王が戻る」
「私たちは動ける」

 晶の精霊王の周囲で、砕かれた結晶が再び形を作り始めていた。
 ネアはセトの腕へ一瞬だけ線を伸ばす。
 精霊回路は壊れていない。
 だが、二本の精霊剣を同時に通した負荷で、全身の流れが乱れている。

「動かないでください」
「二人の力は?」
「残っています」

 ネアの周囲へ、二つの黒い分霊核が戻る。
 シアの左右にも、赤い核が二つ浮かんだ。

「だから、ここからは私たちがやる」

残っていた力

 晶の精霊王が、新しい壁を作る。
 シアが正面から走った。
 右側の分霊核が先に火を放つ。
 壁の表面が赤くなり、細い亀裂が入った。

 シア自身はそこへ拳を打ち込む。
 亀裂が一気に広がり、結晶が崩れた。

 次の壁が作られる前に、ネアの黒い線が流れへ絡む。
 二つの黒い分霊核は、塔の左右へ分かれた。
 一方が右側の形成を止める。
 もう一方が左側へ回り、退路を作ろうとする流れを押し戻す。

「剣がなくても来る?」

 晶の精霊王が尋ねる。

「私たちが剣だった」

 シアが答えた。

「戻っただけ」

 左の赤い分霊核から火が走る。
 晶の精霊王がそちらへ壁を作る。
 シアは空いた正面へ踏み込んだ。

二人の追撃

 晶の精霊王は、結晶の柱を何本も立ち上げた。
 シアへ向けたものだけではない。
 ネアとの間を塞ぎ、二人を分けようとしている。

「同じことする」

 シアが言う。

「先ほどより壁が薄いです」

 ネアは柱へ伸びる原光を分散させた。
 形が完成する前に、シアが蹴り砕く。
 赤い分霊核の一つが頭上を守る。
 もう一つは、晶の精霊王の背後へ回り、短い火を放つ。

 同時に大きな攻撃はしない。
 正面のシア。
 横の分霊核。
 発射する位置を切り替えながら、晶の精霊王へ防御を作り続けさせる。

 ネアは形成の大きな流れを自分で押さえ、細い枝分かれを二つの黒い核から止めた。
 晶の精霊王の周囲に、新しい結晶を置ける場所が減っていく。

変わらない構造

 シアの拳が、晶の精霊王の前で止まった。
 背後には赤い分霊核がある。
 左右には、ネアの黒い制御線が走っていた。
 新しい壁を作ろうとしても、形になる前に止められる。
 すでにある壁は、シアが砕いた。

「まだ固める?」

 シアが尋ねる。

「構造がなければ、進化しない」
「全部固めたら、変わらない」
「強い構造は残る」
「残ったまま、何にも変われない」

 晶の精霊王は、結晶化した林を見る。
 木々は形を保っている。
 枝も葉も崩れていない。
 だが、成長することも、季節に合わせて葉を落とすこともできない。

「構造は、変わるためにもあります」

 ネアが言った。

「身体が形を持っていても、内側を何も通さなければ生きられません」
「形が崩れる」
「必要なら作り直します。変わらないことだけが、強さではありません」

結晶を置く場所

 晶の精霊王は、足元の結晶へ手を触れた。

「鉱脈は残る」
「地中に作れば、地上の生命を固めずに済みます」

 ネアが答える。

「構造が必要な場所を選んでください。何もかも一つの形へ変える必要はありません」
「弱いものは崩れる」
「崩れるから、新しい形へ変わる」

 シアが拳を下ろした。

「変わるのを止めたら、進化もしない」

 晶の精霊王は、しばらく答えなかった。
 やがて、塔の外側へ広がっていた光が弱くなる。
 林へ進んでいた結晶化が止まった。
 すでに固まった木や土は、そのまま残る。

 晶の精霊王は、地面の奥へ力を向けた。
 表面ではなく、生命の根が届かない深さへ、小さな結晶の層を作る。

「ここなら、上を固めない」
「ええ」

立てないセト

 戦いが終わっても、セトはすぐには立てなかった。
 シアが戻ってくる。

「終わった」
「ああ」
「立てる?」

 セトは地面へ手をついた。
 脚へ力を入れる。
 膝が少し上がり、すぐに落ちた。

「まだ無理だ」
「最初から座っててって言った」
「座ってた」
「立とうとした」

 ネアが隣へしゃがむ。
 セトの腕から胸元へ、細い銀青色の線を通す。

「精霊回路そのものが尽きたわけではありません」
「なら、なぜ動かない」
「身体が、二本の精霊剣を受け止め続けられなかったのでしょう」

 ネアの周囲では、二つの黒い分霊核が静かに浮いている。
 内部には、まだ銀色の光があった。

まだ残る光

 シアの二つの分霊核にも、火が残っていた。
 重の精霊王との戦いで大きく使い、晶の精霊王の壁を砕くためにも使った。
 それでも、完全には空になっていない。

「私も、まだ撃てる」

 シアが言う。

「わたしも制御を続けられます」

 ネアは結晶化した林へ線を伸ばした。
 残った流れを確認し、再び広がらないよう押さえている。

「セトは?」
「剣は持てない」

 セトは、力の入らない右手を見た。
 シアとネアの力は残っている。
 分霊核にも蓄えがある。

 二人は精霊剣から人型へ戻った後も、その力で戦いを終わらせた。
 先に尽きたのは、精霊王の力ではなかった。
 三人の中で最初に動けなくなったのは、二本の剣を預かった人間の身体だった。


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エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介―― この剣はやがて、世界の向こう側にまで届く。 ―― 人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避…

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