
地面の遠さ
屋根の隙間で育っていたスズメのひなたちも、とうとう巣の外へ出られるようになった。
最初に出てきた一羽は、屋根の端で長いこと動かなかった。
羽はもう生えそろっている。
体の大きさも、親と極端には変わらない。
だが、立ち方が少し頼りない。
足元を見る。
地面を見る。
隣の屋根を見る。
親を見る。
そして、また足元を見る。
親スズメが、少し離れた場所から鳴いた。
「こっち!」
子スズメは羽を少し広げた。
すぐに閉じる。
「無理」
「飛べる!」
「落ちる」
「落ちる前に羽を動かせ!」
「どうやって?」
「こう!」
親が一度飛んでみせる。
屋根から離れ、近くの木へ移る。
子スズメはその姿を見送った。
自分の羽を見る。
もう一度、下を見る。
「高い」
巣の中にいたころは、外へ出たがっていた。
入口の近くまで来て、親が飛び立つたびに騒いでいた。
だが、実際に外へ出ると、話は違うらしい。
外は広い。
地面は遠い。
風もある。
巣の中から見ていた景色と、自分の足で立って見る景色は同じではない。
人間にもよくある。
自分でやりたい。
一人でできる。
早く自由になりたい。
そう言っていた者が、いざ自分で決めることになると、
「どうすればいい?」
と周囲を見る。
自由には、選ぶ必要がある。
失敗しても、自分で立て直さなければならない。
巣の中から外を見るだけなら、自由は楽しそうに見える。
実際に外へ出れば、地面の遠さまで分かる。
自分で飛んだ
親スズメが、もう一度呼んだ。
「早く!」
子スズメは羽を広げた。
今度は閉じなかった。
屋根を蹴る。
一瞬、体が下へ落ちる。
慌てて羽を動かす。
まっすぐではない。
少し右へ傾く。
また左へ傾く。
それでも、地面には落ちなかった。
近くの木へ向かい、親より少し低い枝へ着地した。
枝が大きく揺れる。
子スズメは足へ力を入れ、どうにか止まった。
「飛べた!」
親が答える。
「最初から飛べると言っただろ」
子スズメは胸を張った。
「自分で飛んだ!」
先ほどまで無理だと言っていたことは、もう忘れたらしい。
そのあと、ほかの子スズメも順番に巣から出た。
一羽は迷わず飛んだ。
一羽は入口から顔だけ出し、ほかの者が全員出たあとも動かなかった。
一羽は飛び出す方向を間違え、親とは反対側の屋根へ着地した。
親スズメたちは、何度も呼びかけていた。
「こっち!」
「そっちじゃない!」
「低い枝へ行け!」
「壁に近づくな!」
「猫がいるかもしれない!」
最後の言葉を聞き、シジミは窓辺から少し離れた。
何もするつもりはない。
だが、巣立ったばかりの子を連れている親へ、猫が敵意のないことを説明するのは難しい。
子スズメたちは、まだ飛び方も逃げ方も不安定である。
親が神経質になるのは当然だった。
シジミは屋根の下へ行かない。
子スズメの進む方向へ回り込まない。
窓辺から静かに見るだけにする。
相手が警戒しているときは、距離を取る。
それで大抵の問題は避けられる。
うちの人間にも教えてやりたいところである。
うちの人間は、窓に顔を近づけていた。
「出てきた。かわいい」
近い。
窓の内側なので直接危害を加えるわけではないが、親スズメから見れば大きな顔がこちらを見ている。
親スズメがすぐに鳴いた。
「見られてる!」
「子を隠せ!」
子スズメたちが枝の奥へ移る。
うちの人間は残念そうに言った。
「あ、隠れちゃった」
隠れさせたのは、うちの人間である。
教える側も大変
しばらくすると、親子のスズメは少しずつ家から離れるようになった。
巣立ったからといって、すぐに親から離れるわけではない。
最初のうちは、親と一緒に動く。
安全な木。
休める場所。
危険な道。
水のある場所。
そして、食事の取り方を教えてもらう。
親が地面へ降りる。
草の間を見る。
何かをついばむ。
子スズメがあとから同じ場所を見る。
だが、何を探せばよいのか分からない。
とりあえず小石をつつく。
食べられない。
枯れた葉を引っ張る。
重い。
細い枝をくわえる。
違う。
親が近くで虫を見つける。
「これ」
子スズメが近づく。
「飯!」
「自分で取れ」
「取って」
「今見せた」
「口に入れて」
「自分で食べろ」
親が虫を落とす。
子スズメは少し迷ったあと、自分でついばんだ。
「食べられた!」
「そうやって探す」
「次も取って」
「自分で探せ」
教える側も大変である。
自分で取れ
子スズメは、食事がどこから来るのかをまだ完全には理解していない。
巣にいたころは、口を開ければ親が運んできた。
大きく鳴く。
羽を震わせる。
口を開ける。
それだけで、食事が入ってきた。
外へ出れば、自分で探さなければならない。
だが、長く続けてきた習慣は、すぐには消えない。
親の姿を見ると、子スズメは反射的に体を低くする。
羽を細かく震わせる。
口を開ける。
「飯!」
親は、
「自分で取れ」
と言いながらも、食べ物をくわえていれば、つい口へ入れてしまう。
子が口を開ける。
親が食事を入れる。
巣の中で何度も繰り返した動きである。
外へ出たからといって、親の側も急には切り替えられないらしい。
しばらくは、教えながら与える。
与えながら、自分で取らせる。
その繰り返しになる。
ただし、朝だけは事情が少し違っていた。
朝だけは事情が違う
うちの人間が庭へ食事をまくからである。
巣立った子スズメたちが、自分で食事を探すようになったころ。
親スズメは、子たちを庭の近くまで連れてきた。
ここには、決まった時間に食べ物が出る。
本来なら、食事の探し方を覚える場所としては、あまりよくない。
鳴けば人間が出す。
地面へ降りれば、すでに食べ物がある。
探す必要がない。
だが、巣立ったばかりの子へ食事を取らせるには、簡単で安全である。
親スズメとしても、まったく使わない理由はなかった。
そして、庭にはすでに先客がいた。
朝食を狙うスズメ軍団である。
以前から毎朝やってくる。
うちの人間が眠っていれば、寝床に近い窓の前で騒ぐ。
「飯!」
「はよう飯!」
「起きろ!」
鳴けば食事が出ることを知っている。
カラスが子育てしていたころも来た。
危険だと分かっていながら来た。
スズメ夫婦が屋根で子育てしていたころには、巣の前で騒ぐなと追い払われかけても来た。
食事に対する執着は強い。
その朝食軍団へ、巣立った子スズメと親スズメが合流した。
当然、さらに騒がしくなった。
自分の理由だけは特別
朝。
いつもの木に、朝食軍団が集まる。
「飯!」
「まだか!」
「人間寝てる!」
「もっと鳴け!」
そこへ、親スズメが子を連れてくる。
「離れるな」
「この木で待て」
「地面へ降りる前に周りを見ろ」
子スズメは周囲を見回した。
同じような姿のスズメが、たくさんいる。
「みんな親?」
「違う」
「家族?」
「違う」
「じゃあ何?」
「朝飯を食べに来た連中」
朝食軍団の一羽が聞きつける。
「連中とは何だ」
親スズメが答える。
「巣の前で騒いでいた連中だろ」
「もう巣立ったんだからいいだろ」
「よくない」
「何が?」
「朝からうるさい」
「人間を起こさないと飯が出ない」
「自分で探せ」
「お前も来てるじゃないか」
親スズメは少し黙った。
今は自分も、うちの人間がまく食事を利用しようとしている。
そこを言われると弱い。
「子に取らせる練習だ」
「同じだろ」
「違う」
「何が?」
「子育て」
「腹に入れば同じだ」
以前にも聞いたような話である。
立場が変われば、同じ行動にも別の理由をつける。
朝食軍団は、楽に食事を得るために来た。
親スズメは、子へ食事を取らせるために来た。
庭へ来て食べるという点では同じである。
だが、親スズメは自分たちのほうが正しいと思っている。
人間にもよくある。
自分が買うものは必要なもの。
他人が買うものは無駄遣い。
自分が遅れるのは事情があった。
他人が遅れるのは時間にだらしない。
自分が楽をするのは効率化。
他人が楽をするのは怠け。
行動が同じでも、自分の理由だけは特別だと思う。
じゃあ鳴く
やがて、うちの人間が起きた。
窓の布が動く。
スズメたちが一斉に騒ぐ。
「起きた!」
「飯!」
「はよう!」
子スズメも周りにつられて鳴いた。
「飯!」
親スズメが言う。
「お前はまだ静かにしていろ」
「みんな鳴いてる」
「お前まで鳴く必要はない」
「鳴いたら飯が出るんでしょ?」
「そうだが」
「じゃあ鳴く」
子スズメはさらに大きく鳴いた。
「飯!」
覚えるのが早い
覚えるのが早い。
食事を探す方法より先に、人間を起こす方法を覚えてしまった。
親スズメは、少し困った顔をしている。
この庭へ連れてきたのは自分である。
周囲のスズメが鳴けば食事が出るところを見せた。
子が同じことをするのは当然だった。
人間も、子に覚えてほしくない行動を、目の前で平気ですることがある。
光る板を見ながら、
「ずっと画面を見ては駄目」
と言う。
菓子を食べながら、
「好き嫌いせず食べなさい」
と言う。
自分は夜更かしをしながら、
「早く寝なさい」
と言う。
言葉より、行動のほうが分かりやすい。
子スズメも、親の説明より、周囲の成功例を見て学んだ。
鳴く。
人間が起きる。
食事が出る。
実に単純である。
うちの人間が窓を開けた。
庭の木に集まったスズメたちを見る。
「今日は、いつもより多いね」
多い。
朝食軍団に、親子が加わっている。
次は自分で取れ
うちの人間は柔らかな上着を羽織り、栗色の髪を簡単に後ろでまとめた。
食事を持って庭へ出る。
スズメたちがざわつく。
「来た!」
「飯!」
「降りるぞ!」
うちの人間が食事をまいた。
朝食軍団が一斉に地面へ降りる。
親スズメも続く。
子スズメたちは、少し遅れて飛び降りた。
着地がまだ不安定である。
一羽は地面へ降りたあと、勢いを止められずに数歩跳ねた。
別の一羽は、先に降りたスズメの背中へぶつかりそうになった。
「危ない!」
「どこ見て降りてる!」
「初めてだから!」
「こっちへ来るな!」
朝食軍団は、巣立った子へ特別な配慮をするつもりはないらしい。
食事がまかれれば、早い者が取る。
一粒でも多く食べる。
相手が若いかどうかは関係ない。
親スズメが子へ言う。
「地面を見ろ」
「食べ物を探せ」
「周りも見ろ」
子スズメは地面を見た。
食べ物がいくつも落ちている。
だが、どれを選べばよいのか少し迷っている。
親が一粒ついばむ。
「これ」
子スズメも真似をする。
一度、食べ物ではない小さな石をつつく。
「違う」
「似てる」
「匂いも見ろ」
子スズメは、今度は正しいものをついばんだ。
自分の口へ入れる。
「食べた!」
「次も自分で取れ」
「もう一個ちょうだい」
「そこにある」
「取って」
「自分で取れ」
親が少し離れる。
子スズメは親を追う。
地面には食事がある。
それでも、親の口からもらいたいらしい。
子スズメは体を低くした。
羽を細かく震わせる。
口を大きく開ける。
「飯!」
親スズメは一粒くわえていた。
自分で食べるつもりだったのだろう。
だが、目の前で子が口を開ける。
親の動きが止まった。
「自分で取れ」
子はさらに羽を震わせる。
「飯!」
親は少し迷い、結局その一粒を子の口へ入れた。
「これで最後」
「次も」
「次は自分で取れ」
子スズメは満足そうに飲み込んだ。
オレは親じゃない
だが、問題はここからだった。
庭にはスズメが多い。
親スズメもいる。
朝食軍団もいる。
巣立ったばかりの子には、誰が自分の親かを見失うことがあるらしい。
姿は似ている。
動きも似ている。
地面で何羽も入り乱れている。
親と少し離れた一羽の子スズメが、近くにいた別のスズメへ向かった。
朝食軍団の一羽である。
そのスズメは、大きめの食事をくわえていた。
子スズメは目の前で体を低くする。
羽を震わせる。
口を開ける。
「飯!」
朝食軍団のスズメが固まった。
「何だ?」
子スズメはさらに口を開ける。
「飯!」
「自分で取れ」
「飯!」
「オレは親じゃない」
「飯!」
「違うって」
子スズメは動かない。
羽を震わせ続ける。
口も開けたままである。
朝食軍団のスズメは、周囲を見た。
本当の親を探しているのかもしれない。
だが、親スズメは別の子へ食事の取り方を教えている。
こちらを見ていない。
「おい、誰の子だ」
返事はない。
子スズメが、もう一度鳴く。
「飯!」
朝食軍団のスズメは困っていた。
くわえている食事を自分で食べたい。
そのために朝早くから来た。
人間を起こした。
地面へ降りた。
競争に勝って取った。
それを、知らない子へ渡す理由はない。
「自分で拾え」
子スズメは羽を震わせる。
「飯!」
「だからオレは親じゃない」
「飯!」
「聞いてるのか」
子スズメは聞いていない。
親のような大きさのスズメが、口に食事をくわえている。
自分がねだる。
それで十分だと思っている。
できるのに、まずねだる
朝食軍団のスズメは、しばらく耐えた。
だが、子スズメがさらに近づき、開けた口を目の前へ出す。
「飯!」
「……一回だけだからな」
結局、食事を子の口へ入れた。
子スズメは飲み込む。
すぐに、また口を開けた。
「次!」
「ない!」
「さっき持ってた」
「今やっただろ!」
「もっと!」
「自分で取れ!」
朝食軍団のスズメは、逃げるように別の場所へ移った。
子スズメは少し追いかけた。
だが、地面に別の食事を見つけ、そちらをつついた。
もらえないなら自分でも食べられるらしい。
できるのに、まずねだる。
人間の子と似ている。
自分で取れる。
自分で運べる。
自分でできる。
それでも、誰かがしてくれる可能性があれば、先に頼む。
頼んで駄目なら自分でする。
効率的とも言える。
根負けする
別の子スズメも、近くにいた朝食軍団の一羽へ同じ仕草をした。
羽を震わせる。
口を開ける。
「飯!」
そのスズメは、まだ何もくわえていなかった。
「持ってない」
「飯!」
「見れば分かるだろ」
「飯!」
「ない!」
子スズメは、開けた口をさらに近づけた。
朝食軍団のスズメは、地面から一粒拾った。
自分で食べる。
子スズメが激しく羽を震わせる。
「それ!」
「オレのだ」
「飯!」
「自分で拾え」
「飯!」
「親はどこだ!」
やはり、しばらくすると根負けした。
拾った一粒を、子スズメの口へ入れる。
「これで終わり」
子スズメは食べる。
「もっと!」
「終わりと言っただろ!」
他人の子である。
それでも、あの仕草を目の前でされると、食事を与えてしまうらしい。
親としての反応ではないはずだ。
朝食軍団のスズメは子を育てていない。
だが、小さな子が羽を震わせ、口を開けて食事を求める。
その動きに何かが刺激されるのだろう。
与えるつもりはない。
自分で食べたい。
親ではない。
そう言いながら、最後には渡す。
嫌々である。
親スズメのように優しく与えるわけではない。
口へ押し込むように渡し、すぐに離れる。
それでも、子スズメには食事が入る。
子スズメは、自分の行動が成功したことだけを覚える。
親ではない相手へも、ねだればもらえる。
次から、さらに区別しなくなるかもしれない。
目の前でやられると違う
庭のあちこちで、同じことが起き始めた。
「飯!」
「オレは親じゃない!」
「飯!」
「自分で食え!」
「飯!」
「一回だけだぞ!」
子スズメは少し混乱している。
親を探しているのか。
食事を持っている者を親だと思っているのか。
それとも、親かどうかなど関係なく、ねだればもらえると理解したのか。
シジミにも分からない。
ただ、朝食軍団のスズメたちが困っていることだけは分かる。
自分たちの食事を確保したい。
だが、子スズメが口を開けて迫ってくる。
断る。
さらに迫られる。
仕方なく与える。
そのあいだに、別のスズメが目の前の食事を取る。
「おい! それはオレが見つけた!」
「子にやってたから、いらないのかと思った」
「知らない子だ!」
「じゃあ、何でやったんだ」
「ずっと口を開けてくるからだ!」
「無視すればいいだろ」
「お前もやられてみろ!」
その直後、別の子スズメが、今言ったスズメの前へ来た。
羽を震わせる。
口を開ける。
「飯!」
そのスズメは少し後ろへ下がった。
「オレは親じゃない」
「飯!」
「自分で取れ」
「飯!」
「……本当にしつこいな」
地面から一粒拾う。
子の口へ入れる。
周囲のスズメが鳴いた。
「やってるじゃないか!」
「仕方ないだろ!」
「無視すればいいって言っただろ!」
「目の前でやられると違う!」
人間も似たようなことを言う。
自分が体験する前は、
「断ればいい」
「気にしなければいい」
「放っておけばいい」
と簡単に言う。
実際に目の前で頼まれる。
困った顔をされる。
何度も言われる。
すると、仕方ないと言って引き受ける。
外から見ていると簡単なことも、自分がその場に立つと難しくなる。
親子スズメ、仲良しだね
うちの人間は窓辺から、その様子を眺めていた。
子スズメが成鳥へ近づく。
羽を震わせる。
成鳥が食事を口へ入れる。
うちの人間はうれしそうに言った。
「親子スズメ、仲良しだね」
違う。
他人である。
今、食事を与えたスズメは、親ではない。
むしろ、先ほどまで、
「オレは親じゃない」
と何度も言っていた。
仲良く与えたのでもない。
しつこくねだられ、嫌々渡した。
子スズメは礼も言わない。
食べた直後に、
「もっと!」
と要求している。
親子の愛情あふれる食事ではない。
知らない子に絡まれたスズメが、根負けしただけである。
うちの人間には、どのスズメが親なのか見分けられない。
大きいスズメが、小さいスズメへ食事を渡した。
だから親子。
それだけである。
別の場所では、本当の親スズメが、自分の子へ食事を与えている。
その隣では、朝食軍団のスズメが、知らない子へ食事を押しつけるように渡している。
人間には、どちらも同じに見える。
「みんなで子育てしてるのかな」
していない。
少なくとも、自分から協力しているわけではない。
朝食軍団のスズメたちは、自分の食事を取られて困っている。
子スズメが親を間違えている。
あるいは、親でなくても食事をくれる相手として利用している。
それだけだ。
ただ、結果だけを見れば、知らない子へ食事を与えている。
子スズメも食べている。
完全な間違いとも言い切れないところが、少しややこしい。
意思はない。
計画もない。
集団で子育てをしようと決めたわけではない。
だが、子がねだる。
大人が反応する。
食事が渡る。
結果として、親以外からも食事を得ている。
自然の中では、本人たちが意図していなくても、似たような助け合いになることがあるのかもしれない。
誰も平和ではない
もっとも、与えた側は不満そうである。
「また来た!」
「こっち見るな!」
「口を開けるな!」
「飯!」
「親のところへ行け!」
本当の親スズメが、少し離れた場所から鳴いた。
「こっち!」
子スズメは声の方向を見る。
だが、目の前の別のスズメが食事をくわえている。
少し迷う。
そして、近いほうへ口を開けた。
「飯!」
「お前の親が呼んでるだろ!」
「飯!」
「そっちへ行け!」
「今持ってる」
「これはオレのだ!」
子スズメは、親より目の前の食事を選んだ。
親スズメが怒る。
「うちの子に勝手に与えるな!」
朝食軍団のスズメも怒る。
「こっちだって与えたくない!」
「じゃあ、やるな!」
「口を開けて離れないんだ!」
「無視しろ!」
「お前が先に連れていけ!」
今度は親と他人が言い争い始めた。
子スズメは、そのあいだにも口を開けている。
「飯!」
誰も平和ではない。
うちの人間だけが、目を細めている。
「かわいいなあ」
見えているものが違いすぎる。
最後の大きな欠片
うちの人間には、親子が仲良く朝食を取っている。
大人のスズメたちが、みんなで子を見守っている。
子スズメが甘え、大人が優しく食事を与えている。
そのような風景に見えている。
実際には、
親ではない。
自分で取れ。
口を開けるな。
うちの子に勝手に与えるな。
なら自分で連れていけ。
朝からそのような声が飛び交っている。
食事が減るにつれ、さらに混乱は大きくなった。
残りが少ない。
朝食軍団は、自分の分を確保したい。
子スズメたちは、まだ親や他人へねだる。
親スズメは、自分の子へ食べさせたい。
一羽が最後の大きな欠片を取る。
子スズメが近づく。
「飯!」
「これは駄目だ!」
「飯!」
「さっきやった!」
「もっと!」
「自分で取れ!」
別の子スズメも気づく。
「飯!」
「増えた!」
二羽が同時に羽を震わせる。
朝食軍団のスズメは、大きな欠片をくわえたまま後ろへ下がる。
「来るな!」
子スズメたちは追う。
「飯!」
「飯!」
「これはオレのだ!」
そのスズメは飛び立った。
子スズメたちもあとを追う。
飛び方はまだ不安定だが、食事が関わると速い。
別の木へ移る。
親も他人も同じ反応
朝食軍団のスズメは、急いで欠片を飲み込んだ。
子スズメたちは目の前で止まる。
「なくなった」
「食べた」
「食べたからな!」
「次!」
「もうない!」
庭に残ったスズメたちは、それを見ていた。
一羽が言う。
「早く食べないから追われるんだ」
追われたスズメが答える。
「口を開けたまま来ると食べにくいんだ!」
「気にせず食べればいい」
「じゃあ次はお前がやれ」
「嫌だ」
全員、自分が食事を与える役にはなりたくないらしい。
だが、子スズメに迫られれば渡す。
うちの人間は、その様子を最後まで親子の団らんだと思っていた。
「親がちゃんと食べさせてあげてる」
親ではない。
「子どもも甘えてるね」
甘えてはいる。
相手を間違えているが。
「やっぱり家族って分かるんだねえ」
分かっていない。
分かっていないから、他人へ同じ仕草をしている。
むしろ、今日の様子から分かるのは、子スズメが親を完全には区別できていないということである。
あるいは、区別していても、食事を持つ大人なら誰でもよいと思っている。
どちらにしても、うちの人間の感想とは反対だった。
食事がなくなると、朝食軍団は少しずつ飛び去った。
子スズメが一羽、そのあとを追おうとする。
本当の親スズメが呼び止める。
「そっちは違う!」
子スズメは空中で少し向きを変え、親のいる木へ移った。
朝食軍団のスズメが遠くから言う。
「ちゃんと見てろ!」
親スズメが言い返す。
「お前たちが余計な食事をやるからだ!」
「こっちはねだられたんだ!」
「断れ!」
「お前の子はしつこい!」
子スズメが親へ向かって口を開ける。
「飯!」
親スズメは地面から拾った一粒をくわえていた。
少し間を置いたあと、子の口へ入れる。
「次から自分で取れ」
朝食軍団の一羽が遠くから鳴いた。
「お前もやってるじゃないか!」
親スズメは返事をしなかった。
親も他人も、結局は同じ反応をしている。
口を開けられる。
羽を震わせられる。
食事を求められる。
すると、与えてしまう。
違うのは、与えたあとの気持ちくらいである。
親は仕方がないと思う。
他人は迷惑だと思う。
子スズメは、どちらでも食べられればよい。
実に分かりやすい。
分からないままにはできない
うちの人間は、飛び去っていく親子を見ながら言った。
「仲良し親子、また明日も来るかな」
来るだろう。
だが、親子だけではない。
朝食軍団も来る。
子スズメはまた、親ではない相手へ食事をねだる。
他人スズメは困る。
断る。
しつこく迫られる。
最後には食事を与える。
そして、うちの人間はそれを見て、
「親子スズメ、仲良しだね」
と言う。
見分けられないなら、せめて断定しなければよい。
だが、人間は分からないものを見ると、分からないままにはしておけないらしい。
大きい鳥と小さい鳥。
食事を渡す。
ならば親子。
小さい鳥が口を開ける。
ならば甘えている。
大きい鳥が食事を入れる。
ならば愛情。
実際に何が起きているかより、自分が知っている分かりやすい形へ当てはめる。
そのほうが、見ていて気持ちがよいのだろう。
他人のスズメが嫌々食事を渡しているとは、考えない。
断りきれずに、自分の朝食を失っているとも考えない。
鳥の世界にも、しつこく頼まれて断れない者がいる。
子の側も、それを見抜いているのかもしれない。
うちの人間は温かい飲み物を手に、静かになった庭を眺めていた。
「朝からいいもの見たなあ」
朝食軍団の一部は、自分の食事を知らない子へ取られた。
親スズメは、自分の子が他人についていかないよう追いかけた。
子スズメは、誰が親なのか少し混乱した。
それを、うちの人間は仲のよい親子の朝食として見ていた。
シジミは猫語でつぶやく。
「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」
本ページに掲載している本文、画像の著作権は作者に帰属します。
作者本人または作者が許諾した媒体を除き、無断転載・無断複製・無断配布・改変利用を禁じます。
感想・紹介・レビュー等で一部を引用する場合は、引用元ページ名またはURLを明記し、引用部分が分かる形で、必要な範囲に限ってご利用ください。
本作品は、作者本人により自サイト・カクヨム・小説家になろう等に掲載される場合があります。
本当に人間ってあさはかな生き物だよね TOPへ

自サイト版では人物紹介・用語集・設定資料などをまとめていますが、
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