エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第60話 神の目の内側

エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第60話 神の目の内側 エレメンタルクロス ~精霊の剣~
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第60話 神の目の内側
エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介―― この剣はやがて、世界の向こう側にまで届く。 ―― 人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避…
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第60話 神の目の内側 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

自分を見ている

 終焉の炎が起動した瞬間、シアは自分を見ていた。
 目の前に鏡があるわけではない。
 身体から抜け出したわけでもない。
 巨大な空洞の中で、縛炎鎖に固定されている自分が見える。

 正面が見えた。背中も見えた。
 小さく残っていた赤い四翼が大きく開き、そこから大量の原光が流れ出している。

 腕と脚へ巻きついた鎖。身体を通過する赤い導路。シアの周囲へ固定された七つの分霊核。

 それらすべてが、一度に見えていた。
 鎖がどの腕を締め、どの核へ導路が伸びているかも分かる。
 それなのに、自分の身体から眺めている時より自由になった気はしなかった。
 四翼から力を出し続けている感覚と、その四翼を外から見ている感覚が重なっていた。

「……なんだ、これ」

 声を出したはずだった。
 だが、その声を発した自分を、別の場所から見ている。

 口が動く。
 喉が震える。
 音が空洞へ広がる。
 聞こえている。
 同時に、音を出している自分も見えている。

 どこから見ているのか分からなかった。
 上からではない。
 横からでもない。
 シアの前に、もう一人のシアがいるわけでもない。
 見る方向を決めようとすると、正面も背後も同じように見えた。
 右腕に力を込めれば、鎖が食い込む感触がある。
 その右腕も鎖も、動いた瞬間の形まで見える。
 自分で動かした結果を、まったく別の場所から確かめているようだった。

「気持ち悪い」

 目を閉じた。
 何も変わらない。
 閉じた目蓋も見えていた。
 視界が消えたわけではない。
 見ているものを見ないことさえ、思いどおりにならなかった。

遠すぎる

 見えている範囲が広がった。
 シアを収めている空洞。
 その周囲にある赤黒い肉。
 そこを巡る原光の導路。
 巨大な身体の外側。

 崩れた山。
 離れた谷。
 さらに遠くの森と街道。

 どこまでが近く、どこからが遠いのか分からない。
 山の向こう側まで見えている。
 岩や土を透かしているようには感じなかった。
 壁を抜けて見ているわけでもない。
 最初から、壁に隠されていなかったものを見るような感覚だった。

 シアは遠くへ意識を向けた。
 すると、さらに遠くが見える。

 山々の先。雲の下にある小さな町。そこから伸びる道。道を歩く人間。

 顔までは分からない。
 だが、そこに人間がいることは分かった。
 誰が歩いているのかも、何を話しているのかも分からない。
 知っている土地なのかさえ、すぐには判断できなかった。
 近くの鎖は細部まで見えるのに、遠方について分かるのは、そこに何かが存在するということだけだった。

 もっと遠くへ向けようとする。
 それもできそうだった。
 どこまでも見えるような気がする。
 同時に、これ以上見てはいけないような感覚もあった。
 見ようとすれば、まだ先がある。
 だが、どれだけ遠くが見えても、縛炎鎖が一本でも緩むわけではない。
 できることが増えたというより、知らなくてもよかった遠さを突きつけられている。

「戻れ」

 シアは自分へ言った。
 何を戻せばよいのか分からない。
 視線ではない。
 目を動かしているわけではない。
 遠くを見ようと思えば遠くが見え、自分を見ようと思えば自分が見える。

 だが、見ること自体をやめられなかった。

見えるのに届かない

 シアは、さっき見えた街道へ意識を戻した。
 歩いている人影は、まだそこにいる。
 近くを別の人間が通り過ぎるのも分かる。
 それなのに、こちらを向いてもらう方法が分からなかった。
 声に出して呼び掛けようとすれば、口が動くのは縛炎鎖に捕らえられた自分の身体だけだ。

「おい! 誰か!」

 声は空洞へ響いた。
 遠くの道を歩く人間は振り返らない。
 聞こえないのか、声が届くという考え方自体が違うのか、それすら分からなかった。
 遠方が見えることと、そこへ何かを送ることは、少なくとも今のシアにとって同じではない。

 目の前の七つの分霊核へ意識を向ける。
 こちらは使い慣れた、自分の力の一部だ。
 だが、一核をわずかに動かそうとしただけで固定枠の導路が明滅し、縛炎鎖へ火が抜けていった。
 今度は四翼へ流れる原光を弱めようとする。
 身体の内側で圧力が戻り、胸が締めつけられた。
 先ほどまでと同じ拘束だった。
 そもそもこの視界を開いたのも、シア自身の意思ではない。
 何をどう動かせばよいか、考えるための手掛かりすらなかった。

「こんなに見えるのに……!」

 世界のどこを見ればよいか分からないのではない。
 見つけた場所へ手を伸ばす方法が、今の自分には分からないのだ。
 シアは遠方を追うのをやめ、空洞の中に固定された自分へ意識を戻した。
 少なくとも、ここで何が起こっているかは見失うまいと思った。

平らな世界

 世界が平らに見えた。
 山も谷も、町も道も、一枚の薄い面へ並べられている。

 山が低くなったわけではない。
 谷が埋まったわけでもない。
 どちらも元の形のまま存在している。
 それなのに、遠近を無視して一枚の上へ置かれているように感じられた。

 シアを閉じ込めている赤い巨体も、その中にある。
 巨体の内側にいるシアも、外側の山も、同じ一枚の上にある。
 遠くにあるものは、遠くにあると分かる。
 だが、遠くにあることが、それを見る妨げになっていない。
 さっきまで別々の方向を向いて確かめていた場所が、視線を移さず一緒に並ぶ。
 ひとつを見れば別の場所が隠れる、という当たり前の感覚も薄れていた。

「平らだ」

 口にすると、それ以外の言い方が見つからなかった。
 前にも、似たものを見た気がした。
 神剣・創界を使ったとき。
 あのときも、自分たちのいる世界が、一枚の面のように見えた。
 その上には、別の世界のようなものまであった。

 だが、あのとき見たものが何だったのかは、今も分かっていない。
 今の光景と、どこが同じなのかも分からない。
 ただ、世界の中にいながら、世界を別の場所から見ているような感覚だけが似ていた。

 シアは、その薄い世界の外側にいるように感じた。
 自分だけが、世界から外れている。
 自分だけが、平らに見えるものを別の場所から眺めている。
 その感覚に、強い違和感があった。

 シアの身体は、今も赤い巨体の中にある。
 縛炎鎖に捕らえられ、身動きもできない。
 外側にいるはずがない。
 だが、見ている感覚だけは、世界の中に収まっていなかった。

虹色の玉

 平らな世界の上に、何かが浮かんでいた。
 小さい。
 人間が指先でつまめそうなほどの大きさに見える。
 丸い。
 透き通っているようにも、内部が光で満たされているようにも見えた。

 赤。青。緑。黄。

 色が分かれているわけではない。
 すべての色が、表面と内側を流れながら一つになっている。
 赤い光だけを取り出して見ようとしても、次の瞬間には別の色が重なっていた。
 色の数を数えようとするたび、見る場所が分からなくなる。

「ビー玉?」

 シアは、人間の持つ小さな玩具を思い出した。
 見た目は似ている。
 だが、それがどこにあるのか分からない。

 シアの目の前にも見える。
 平らに見える世界の上にも浮かんでいる。
 終焉の炎の内側にあるようにも感じられる。
 どの位置へ手を伸ばせば届くのかが分からない。

 腕を動かそうとした。
 縛炎鎖が強く締まる。
 丸いものは動かない。

 原光を感じ取ろうとする。
 何も分からなかった。
 空っぽではない。
 力がないわけでもない。
 だが、原光として捉えることができない。
 七つの赤い分霊核なら、目を閉じても自分とのつながりを感じられる。
 目の前にあるはずの玉には、その手応えが一切なかった。
 だからといって、そこに何もないとは思えない。
 見えていることだけが、存在を主張していた。

「おまえが、これをやってるのか?」

 虹色の玉は答えない。
 光の強さも変わらない。
 ただ、そこに浮かんでいる。

一人だけ

 自分だけが残ればよい。
 唐突に、そう思った。
 シア以外のものは必要ない。
 薄い世界に並んでいるものは、すべてシアではない。

 人間も。魔物も。精霊王も。山も海も。

 自分ではないものは、自分とは違う。
 違うものを残す必要はない。
 消してしまえばよい。

 そうすれば、世界を判断するものはシアだけになる。
 シアが正しいと思ったものが正しい。
 シアがいらないと思ったものはいらない。
 自分だけになれば、異なるものに邪魔されることはない。
 薄い世界の上にある町へ火を放ち、山も道も消してしまう光景が、考えようとするより先に浮かんだ。
 なぜそんなことを望むのか、と問い返す間もない。
 見えているものを壊すことが、当然の続きであるかのように思わされる。

 疑う必要もない。
 確かめる必要もない。
 自分以外のものがなくなれば、間違いもなくなる。

 強い欲望だった。
 原初の知識を開いたときのものに似ている。
 自分こそが唯一の火であり、ほかの精霊王を消すべきだと思った、あの欲望。

 向かう先は同じだった。
 強さも弱くない。
 シアの思考を押し流し、自分だけを残すという結論へ引きずっていく。

 それでも、シアには分かった。

「偽物だ」

 弱いからではない。
 作りが粗いからでもない。
 本物より簡単に抗えるからでもない。
 欲望の始まった場所が違う。

 原初の欲望は、シアの内側から湧いた。
 最初から自分の中にあり、それまで見えなかったものが表へ出てきた。
 今の欲望は違う。
 平らな世界を見た後から、外側より押し込まれてきた。

 シア自身の考えを使っている。
 シア自身の言葉で結論を作っている。
 それでも、シアの内側から始まっていない。

「これは、私の欲望じゃない」

 欲望は消えなかった。
 見抜いたからといって弱まらない。
 自分だけが残ればよいという考えは、変わらずシアの中へ流れ込んでいる。
 ただ、それを自分自身の考えだと受け入れる必要はなかった。

黒い傷

 平らな世界の一部へ、黒い線が走った。
 赤い巨体の胸が裂ける。
 絶光だった。

「ネア」

 黒い四翼の中心にセトがいる。
 二人が終焉の炎の中へ入ろうとしていた。
 シアには外側の傷と、内部へ通る原光の流れが同時に見えている。
 絶光が断った場所には確かに空白ができた。
 だが、そこを迂回する導路から原光が集まり、赤黒い組織が傷の縁を埋め始める。
 断たれた流れがそのまま戻ったのではない。
 別の流れで補っているのだ。

「そこじゃない! ほかから戻ってる!」

 声は閉じた空洞に反響しただけだった。
 セトたちが進めば、入口を残すための力も必要になる。
 前へ進む二人と、後ろから塞がる組織。
 シアには両方が見えていたが、どちらへも手を貸せない。

 シアは、細く残ったセトとのつながりへ意識を向けた。
 火を流せば、少なくとも自分がここにいると知らせられるかもしれない。
 しかし、送りかけた火へ縛炎鎖が割り込み、終焉の炎の全身へ散らしてしまう。

「そっちじゃない!」

 流す量を変えても結果は同じだった。
 セトの声は音として届かない。
 それでもつながりが揺れ、二人が自分を探しているのは分かる。
 やがて黒い線が巨体の外へ抜け、裂け目が閉じた。

「逃げたんじゃない」

 届かないと分かったまま進み続けるセトではない。
 ネアと一緒に、別の方法を探しに戻ったのだ。
 見えているのに伝えられなかったことが悔しい。
 だが、二人が生きて戻ったことだけは、今のシアにも確かめられた。
 自分だけが残ればよいという欲望が、また流れ込んできた。

「残らない」
「私だけにはならない」

残った研究者

 終焉の炎から距離を取ったセトは、絶光を解いた。
 ネアが人の姿へ戻る。
 七つの分霊核も黒い光を弱めた。

 少し離れた岩陰に、数人の研究者が残っていた。
 逃げていった者たちとは違う。
 荷物を持っていない。
 崩壊した施設と赤い巨体を、青ざめた顔で見上げている。
 その手には現場で取った観測記録が残り、指先は土と墨で汚れていた。
 逃げずに残った理由を尋ねる前に、聞かなければならないことがある。

 そのうちの一人が、セトたちへ近づいた。

「先ほどは……」
「細かい話はあとだ」

 セトは研究者の言葉を止めた。

「あれは何だ」

 研究者は、一度だけ終焉の炎を振り返った。

「古代文明の設計図に記されていた生体兵器です」
「古代から残っていたものではないのか?」
「違います。設計図を基に、私たちが作りました」

 セトは黙った。
 研究者は視線を下げる。

「設計図上の名称は、終焉の炎です」
「止める方法は?」
「分かりません」
「作ったのに?」
「起動後の停止手順は、設計図から見つかりませんでした」

 研究者の声が震える。

「起動するとは思っていなかったのです」

 セトは一歩近づいた。

「起動しないと思っていたから、シアを捕らえてもよかったのか」
「違います」
「何が違う」

 研究者は答えられなかった。
 自分が起動しないと思っていたことと、製造に手を貸したことは別だと、本人にも分かっているようだった。

 ネアが終焉の炎へ顔を向けたまま言う。

「責任については後です。今はシアを救うための情報を出してください」
「はい」
「知っていることと、推測を分けて話してください」

 研究者はうなずいた。

部品としてのイフリート

「設計図では、終焉の炎の核としてイフリートが指定されていました」
「ほかの精霊王では駄目なのか?」
「イフリートと明記されています。ほかの精霊王で代用できるとは書かれていません」
「理由は?」
「指定の理由は不明です。私たちは、膨大な火力を供給するためだと考えていました」

 ネアが研究者を見る。

「起動前は、外部からシアへ原光を流していましたね」
「はい。設計図に、核へ一定量以上の原光を導入するよう記されていました」
「そして、シアが耐えられず放出した」
「最大放出を起動条件として検出する機構がありました」

 研究者は地面に簡単な図を描いた。
 外部から内側へ向かう線。中央の核。そこから外へ広がる四本の線。

「外から原光を流し、イフリートに最大放出を起こさせる。放出が確認されると、終焉の炎の各部が核へ接続される。設計図では、そのようになっていました」

「四翼が出ることも書かれていたのか?」
「図はありました。ただ、それが本当に精霊王の四翼と同じものなのかは分かりませんでした」

 ネアは赤い巨体の四翼へ意識を向ける。

「流れはシアのものです」
「シアの四翼を、そのまま外へ出している?」
「完全に同じとは言えません。ですが、あの四翼へ流れている原光はシアを通っています」

 研究者が続ける。

「外部からの原光導入は、すでに停止しました」
「それでも動いているな」
「はい。現在は終焉の炎自体が、周囲から原光を取り込んでいます」
「仕組みは?」
「分かりません。設計図に、起動後は外部導入を停止できると記されていました。しかし、周囲からどう取り込むのかまでは読み解けませんでした」

 ネアは空へ薄く手を伸ばした。
 赤い巨体を中心に、広い範囲の原光がゆっくりと引かれている。

「現象としては、間違いありません」

縛炎鎖と収容部

「シアは、あの巨体のどこへ固定された?」

 セトの問いに、研究者は地面の図へ小さな印を付けた。

「設計上は、胸部中央より少し上に収容部があります」
「そこへ行けば会えるのか?」
「起動前の位置です。肉体があれほど変形した今、同じ場所に残っている保証はありません」

 セトは赤い巨体を見上げる。
 先ほど胸部から入った時、シアとのつながりは奥へ続いていた。
 研究者の示した位置は、その感覚と大きく外れていない。
 だが、つながりだけで鎖の位置まで確かめられたわけではなかった。

「谷にもあった、火を奪う鎖は?」
「縛炎鎖です。収容部では複数の鎖で手足と胴を固定する設計でした」
「普通に鎖を切るだけでは駄目なのか?」
「拘束のための導路もあります。イフリートが火で抵抗すれば、その火を別の経路へ流し、拘束を強めます」

 ネアが、セトの手元に残る黒い光を見た。

「絶光なら、その作用は弱められます。しかし、力を奪う作用を止めても鎖そのものは残ります」
「一本ずつ切る時間が必要なのか」
「今の再生速度では、時間をかけるほど周囲から塞がれます」

 研究者は図の外周へ、いくつもの線を付け足した。
 鎖の配置を知っていても、起動後の内部でどの部分が露出しているかは分からない。
 セトは収容位置を覚えた。
 確かな手掛かりは増えたが、そこへ到達してから何を断てばよいのかは、まだ現場で見極めるしかなかった。

光の精霊王の残骸

「肉体は何で作った」

 セトが尋ねた。
 研究者は答えるまでに少し間を置いた。

「光の精霊王だったものの破片です」

 セトは、以前の戦いで巨体から落ちていった白い破片を思い出した。
 あの時、戦いが終われば残骸はただ残るものだと思っていた。
 人間の手で別の肉体へ組み直されるとは考えていなかった。

 ネアの視線が鋭くなる。

「前の戦いで地上へ落ちたものですね」
「はい。回収した破片を、設計図に従って組み直しました」
「なぜ光の精霊王が必要だったのですか?」
「分かりません」

「それもですか」
「設計図では、光の精霊王に由来する肉体構造が指定されていました。私たちは、巨大な出力に耐えられる素材だからだと考えていました」

「再生することは知っていた?」
「小規模な試験では、破損した組織が原光を与えることで元の形へ戻りました」
「どこまで再生できるかは?」
「この規模で試したことはありません」

 ネアは、先ほど絶光で切り開いた胸を見た。

 傷は完全に消えている。
 ただし、元の光の精霊王の人格や意思が戻ったわけではない。
 あの再生の仕組みだけが、別の兵器で使われている。

「あの再生の元になっているのは、光の精霊王だった肉体です」

 セトが確かめる。

「終焉の炎が、新しく再生能力を作ったわけじゃない?」
「少なくとも、再生する構造自体は破片に残っていました」

 研究者が答えた。

「ただし、起動前はあれほど速くありませんでした」
「起動後に、再生も強くなった」
「そう見えます。しかし、原因は分かりません」

終焉の理

「さっきから、設計図どおりと言っている」

 セトは地面の図を見た。

「まだ話していない部品があるな」

 研究者は中央の核と全身の導路をつなぐ部分へ、四角い枠を描いた。

「終焉の理と記された機構があります」
「何をする?」
「内部の作動原理は読み解けていません。設計図には接続位置と周囲の導路しか、ほとんど記されていなかったのです」
「それで作れたのか?」
「私たちが組んだのは、外側の収容部と接続構造です。中には設計図で指定された発掘部品を置きました」

 現代の研究者が内部の働きまで再現したわけではない。
 分からない部品を、指定された位置へつないだということだった。

「研究者たちは、何のための機構だと考えた?」
「イフリートから得た力を全身へ運び、肉体を動かす動力源だと」
「ですが、原光はすでにシアの四翼を通って流れています」

 ネアが赤い巨体を見上げた。

「再生の構造も光の精霊王の破片に残っている。終焉の理を単なる動力源と考えると、役割が重なります」
「ほかの働きがあるのか?」
「可能性はあります。起動前と比べて変わったものを、分けてください」
「原光の取り込み量と流量、肉体の強度、再生速度です。攻撃出力も上がっています」

 起動後に複数の能力が強くなったことは、確かに観測されている。
 しかし、すべてを終焉の理が直接変えたとは限らない。

「もともとある機能を引き上げている可能性はあります。ただし、ほかの機構が同時に働き始めた可能性もあります」

 ネアの説明に、研究者はうなずいた。
 古代の設計者が何を意図していたかまでは、その図からは読めなかった。

神の目

「終焉の理の内部へ置いたものは何ですか」

 ネアが尋ねた。
 研究者は、すぐには答えなかった。

「名称だけは残っています」
「名称は?」
「神の目です」

 セトが眉を寄せた。

「神の目?」
「そう記されていました」
「どういうものだ」
「具体的な作用は、私たちには知らされていません」

 研究者は、答えられる範囲を慎重に選んでいた。

「終焉の理を成立させるために必要なものだとされています。どこかの遺跡から発掘されたものらしいのですが、どの遺跡なのか、誰が発掘したのかまでは残っていません」
「何のために作られたものかも?」
「本来の用途も効果も不明です。責任者側が試験していたはずですが、私たちには結果が共有されていません」
「実物を調べなかったのか?」
「収容部への配置も試験も、研究責任者たちが行いました。私は見たことがありません」

 研究者は、終焉の理を示す四角い枠から指を離した。
 名前と組み込む位置は知っていても、発掘部品の姿も、試験中に何が起きたかも知らされていない。

「主要な記録はどこにある?」
「先ほど逃げた責任者たちが、設計図の写しと一緒に持ち出しました」

「どこへ逃げた」
「東です。受け入れる者がいると話していました」

 セトは一度、東の空を見た。

「今は追えない」
「はい」
「神の目が、具体的に何をしたかは分からない」

 ネアが確認する。

「そうです。設計図で必要部品と指定されていた。それ以上は説明できません」

 名称以外の情報は、ほとんどなかった。
 目と呼ばれている。
 だが、何を見るのかも分からない。
 そもそも見るためのものなのかさえ分からなかった。

持ち出された記録

「残された記録はあるのか?」

 セトが尋ねると、研究者は抱えていた紙束を開いた。
 縁が破れた記録用紙に、起動直前からの測定値が並んでいる。
 流入量の変化。最大放出を検出した時刻。その後に上昇した出力。

「現場で取ったものは、これだけです。設計図の写しや主要な試験記録は責任者たちが持ち出しました」
「この数字から止め方は分からない?」
「止めようとして外部導入を遮断しましたが、本体は動き続けました。その結果なら記録しています」

 研究者の声に、先ほどの歓声はもうなかった。
 起動成功の記録は残っている。
 だが、記録が示すのは動いた事実ばかりで、止める手順ではない。

「供給を止めた後、本体の出力は?」
「下がっていません。測定器の上限を越えていて、正確な値も読めない状態です」
「別に止める操作は?」
「私たちが設計図から確認できたのは、外部導入を遮断する操作までです」
「なら、止め方を調べるのも、いつ終わるか分からないな」
「今は、シアまで届く方法を探すべきです」

 ネアが言うと、セトは紙束から視線を上げた。
 赤い巨体は遠くで動きを止めているが、四翼を通る原光は弱まっていない。

「ここで待つわけにはいかない」

 セトは収容部の位置だけをもう一度確かめた。
 研究者たちには、残された記録を捨てず、国の調査へ渡す役目がある。
 それとシアの救出は、同じ場所で続けなければならない仕事ではなかった。

四翼の中の八翼

 ネアは終焉の炎へ向き直った。
 赤い四翼から、膨大な原光が巨体の各部へ流れ込んでいる。
 翼の枚数は四枚。
 だが、腕を動かすだけで山肌が崩れた時、その腕を通った原光は通常の四翼が一度に扱う量を超えていた。

「大きいから強いだけじゃないんだな」
「ええ。質量だけでは説明できません」
「どのくらいの力がある?」
「一度の攻撃に限れば、シアと私の八翼に近い可能性があります。ただし、正確な比較はできません」

 ネアの答えに、研究者が顔を上げた。

「四翼なのに?」
「四翼が二組あるわけではありません。八翼ほど細かく制御できるかも不明です。単発の出力が近いという推測です」

 巨体には再生能力もある。
 さらに周囲から原光を取り込み続け、動きを止める気配がない。
 セトたちの八翼は強力だが、人間であるセトへの負荷が大きく、長くは保てなかった。
 終焉の炎にも同じ制限があるかは分からない。

「力勝負を始めても、こっちが先に限界になるかもしれない」
「はい。それに、どれほど強く切っても、内部のシアを巻き込む危険があります」
「八翼が使えない今は、なおさらか」

 先ほどの突入でぶつかった問題は消えていない。
 セトは握った手を開き、地面の図へ目を戻した。
 必要なのは、より強い一撃ではなく、内部へ入ってからの仕事を変えることだった。

足りない役割

「力だけなら、八翼が必要です」

 ネアは先ほどの侵入を思い返した。

「ですが、足りなかったのは力だけではありません」
「前へは進めた」
「後ろを維持できませんでした」
「俺が前を切る。ネアが再生を止める。それだけで手いっぱいだった」

 セトは地面の図へ、外側からシアの収容部へ向かう一本の道を描いた。
 その道の後ろへ、すぐ閉じる壁を付け足す。

「切った肉が戻る前に、外へどかせばいい」
「組織だけではありません。再生へ向かう原光も別方向へ流す必要があります」
「切るだけじゃ駄目で、戻るものを流し続ける役がいるんだな」
「ええ。私が再生を抑えている間、その道を保てる者です」

 セトが思い浮かべたのは、風の精霊王だった。
 切った組織と原光を一か所へ集めず、外へ送り出す。
 力を増やして突き破るのとは別の仕事だ。

「フィオラだな」
「はい。流れの制御なら、あの子に頼めます」
「フィオラの風で、あの再生に対抗できるか?」
「切断した組織と原光を外へ流すことはできます。ただ、通路を維持し続けられるかは、実際に試してみないと分かりません」
「なら、まず頼んでみよう。足りなければ別の手を考える」
「はい」

 セトは地面に描いた道を、もう一度指でなぞった。
 前を切り開くのは自分たちの役目。
 フィオラには、切断した組織と原光を外へ流してもらう。
 その役割を、まずは本人へ説明する必要があった。

「フィオラには、今の状況と何を頼みたいのか、ちゃんと話そう」
「ええ。ただ、どこまで話すかは考えておくべきです」

 ネアは少し言いよどんだ。

「原初の知識については、話さない方がよいでしょう」
「ああ。シアもネアも、あれで自分を失いかけた」
「必要だからといって、フィオラへ同じ危険を勧めることはできません」

「まず、道を保ってほしいと話す。力が足りなければ別の方法を探す」
「何かを隠していると気づくかもしれません」
「聞かれても、こっちから開き方は教えない」
「それで諦めるかは、フィオラ次第です」

 セトは地面の図を見下ろした。
 シアを助けたいからといって、別の仲間を危険へ押し込むわけにはいかない。
 できることと、やらせてよいことは違う。

「フィオラへ連絡する」

 ネアがうなずく。
 セトは研究者たちへ向き直った。

「あなたたちは、ここを離れろ。国の者が来たら知っていることを全部話せ」
「分かりました」
「逃げた責任者たちのこともだ」
「はい」
「俺たちはシアを助ける」

 終焉の炎は動かなかった。
 ただ赤い四翼を広げ、周囲から原光を取り込み続けていた。

神の目の内側

 シアの前には、虹色の玉が浮かんでいた。
 外で何が話されているのかは聞こえない。
 神の目という名称も知らない。

 ただ、セトとネアが遠ざかり、別の方向へ動き始めたことは見えていた。
 平らな世界の中で、二人の姿は小さい。
 それでも、見失うことはなかった。
 二人が何のために離れたのか、何を話し合っているのかまでは分からない。
 だが、あのまま無理に突き進まず、無事に戻ったことを知っている。
 その事実だけは、平らな視界とは別に、確かなものだった。

 自分だけが残ればよい。
 欲望は、まだ流れ込んでいる。
 世界を見下ろし、すべてを自分で判断しろと求めてくる。

「しつこい」

 シアは縛炎鎖を引いた。
 鎖は緩まない。
 火を出せば終焉の炎へ奪われる。
 セトとのつながりへ流そうとしても、途中で接続先を変えられる。
 それでも、つながり自体は消えていない。
 縛炎鎖を引くたびに痛みが返る。
 四翼へ流れ続ける原光も、シア自身が止めようとして止められるものではなかった。
 考えることに集中していても、身体の負荷が少しずつ増している。

 セトはまた来る。
 ネアも来る。
 誰かを連れてくるのかもしれない。

 シアは虹色の玉を見た。

「私だけになったら、来る相手がいなくなる」

 返事はない。

「だから、いらない」

 欲望を消すことはできない。
 世界が平らに見える感覚も止められない。
 虹色の玉も、目を閉じたところで消えない。
 それでも、それらを自分自身だと認める必要はなかった。
 見えている世界がどれほど広くても、今ここでシアが選べる答えまで、勝手に決めさせはしない。
 いつまで意識を保てるのかも分からない。
 それでも二人が戻るまでは、流れ込む欲望に返事をし続けようと思った。

 外では、その部品が神の目と呼ばれていた。
 内側でシアは、目を閉じたまま、虹色の小さな玉を見ていた。


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