本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第1話 名前はもうある

本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第1話 名前はもうある 創作実験
本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第1話 名前はもうある
本当に人間ってあさはかな生き物だよね
創作実験TOP日常系/猫視点コメディ/人間観察―― 猫には猫の常識がある。人間はそれを、何ひとつ分かっていない。 ――作品紹介黒猫のシジミは、人間に飼われている。少なくとも、うちの人間はそう思っている。だが、シジミからすれば話は逆だ。毎日決…

貝ではない

吾輩は猫である。名前はまだない。

――ということはなく、シジミという名前がついている。

うちの人間がつけた。

シジミがまだ小さかったころ、黒い毛が貝殻のように見えたかららしい。

シジミは本物のシジミを見たことがある。

うちの人間が味噌汁を飲んでいたとき、椀の底に黒くて小さなものが沈んでいた。

あれに似ていると言われるのは、正直なところ納得できない。

シジミは歩く。

跳ぶ。

鳴く。

眠る。

日なたへ移動する。

一方、味噌汁の中のシジミは、椀の底で口を開けているだけだった。

共通しているのは、黒いということくらいである。

人間は、色が似ているだけで同じ名前をつける。

白ければユキ。

黒ければクロ。

茶色ければチャチャ。

少し模様が入っていればミケ。

猫の顔つきも、体格も、歩き方も見ずに、毛の色だけで名前を決める。

人間同士には、髪が黒いからクロ、などとつけない。

自分たちのこととなると、急に慎重になるらしい。

それでも、シジミという名前は嫌いではない。

うちの人間が、

「シジミ」

と呼べば、自分のことだと分かる。

食事の前に呼ばれることが多い。

たまに病院へ連れていかれる前にも呼ばれるため、名前を呼ばれたからといって、すぐに近づくのは危険である。

重要なのは声の高さだ。

食事のときは、少し明るい。

病院のときは、妙に優しい。

悪いことを隠そうとしている人間の声は、いつもより甘くなる。

あれで騙せていると思っているのだから、おもしろい。

吾輩ではない

シジミとうちの人間が暮らしているのは、日本のどこかにある一軒家だ。

都会ではなく、少し田舎寄りの住宅地の端に建っている。

住宅地が途切れるその先には、雑木林が広がっている。

家は、その雑木林と隣り合っていた。

その日、うちの人間は長椅子に座って本を読んでいた。

薄い色の上着を羽織り、肩まである髪を片側へ流している。

シジミは、その隣で丸くなっていた。

本というものは、不思議な道具である。

薄い紙を何枚も重ね、その一枚一枚に黒い模様が並んでいる。

人間はそれを長いあいだ眺める。

絵が動くわけでもない。

音が出るわけでもない。

匂いもほとんど変わらない。

それなのに、笑ったり、考え込んだり、ときには泣いたりする。

猫には見えない何かが、紙の上で起きているらしい。

人間は想像力が豊かなのかもしれない。

あるいは、何もないところから勝手に意味を作り出しているだけかもしれない。

うちの人間が、本の最初の一文を声に出した。

「吾輩は猫である。名前はまだない」

シジミは片方の耳を動かした。

ずいぶん有名な言葉らしい。

うちの人間は、ときどき同じ一文を口にする。

猫を見ると、

「吾輩は猫である」

と言いたくなるらしい。

近所の子供も、シジミを見ながら言ったことがある。

「わがはいは、ねこである!」

その子は猫ではない。

人間である。

自分で人間だと知っているはずなのに、猫であると宣言していた。

意味が分からない。

そもそも、猫の一人称が吾輩だと、誰が決めたのだろう。

シジミは、自分のことを吾輩などと呼んだことはない。

猫語の一人称は、あえて人間の言葉へ直すなら、私に近い。

もっと正確に言えば、自分を示すための気配のようなものだ。

声の調子や、尻尾の動きや、目線の向きによって意味が変わる。

猫は人間のように、何度も自分を指す言葉を入れなくても話が通じる。

「私はお腹が空いた」

「私は外へ出たい」

「私はそこに座りたい」

人間の言葉は、ずいぶん私が多い。

自分のことを何度も言わなければ、誰の話をしているのか分からなくなるらしい。

猫なら皿の前に立てば、お腹が空いたと分かる。

扉の前に立てば、外へ出たいと分かる。

座りたい場所に人間がいれば、じっと見ればよい。

分からなければ、鳴く。

それでも分からなければ、前足で触る。

それでも動かなければ、上に乗る。

言葉だけに頼らず、伝わるまで方法を変える。

猫は柔軟である。

ところが人間は、猫が言葉を話さないと思っている。

自分たちの言葉を使わないだけで、何も話していないことにする。

そのうえで、猫の代わりに勝手な言葉をつける。

猫なら吾輩。

犬なら僕。

小さな動物なら、なぜか語尾が幼くなる。

人間は動物の声が分からないくせに、話し方だけは決めたがる。

「まだ」の意味

うちの人間が、また最初の一文を読んだ。

「名前はまだない」

シジミは目を開けた。

前から気になっていた。

名前がない猫が、なぜ自分の名前はまだないと分かるのだろう。

「まだ」という言葉には、今はないが、いずれあるかもしれないという意味が含まれている。

何かを待っている者の言葉である。

まだ食事が出ていない。

まだ扉が開いていない。

まだ人間が起きてこない。

どれも、これから起きる可能性があるから「まだ」と言える。

これからも絶対に起きないことには、「まだ」とは言わない。

シジミは空を飛んでいない。

だが、「まだ空を飛んでいない」とは思わない。

猫は飛ばないからである。

少なくとも、鳥のようには飛ばない。

つまり、名前はまだないと言った猫は、いずれ名前をつけられると考えていたことになる。

誰かが自分に名前を与える。

その可能性を知っていた。

それだけではない。

名前というものの存在を理解し、自分にはそれがないと認識していた。

名前を持つ猫と、名前を持たない猫を区別していたことになる。

ずいぶん物知りな猫である。

しかも、その猫は自分を吾輩と呼んでいる。

名前はないのに、人間の使う一人称は知っている。

それも日常ではあまり使われない、ずいぶん偉そうな一人称である。

名前より先に吾輩を覚えたのだろうか。

誰から教わったのだろう。

人間の会話を聞いて覚えたとしても、周囲の人間が日頃から自分を吾輩と呼んでいたとは考えにくい。

ひょっとすると、その猫は人間が考えている以上に、人間の言葉に詳しかったのではないか。

詳しかったからこそ、自分には名前がないと分かった。

それならば、名前はまだないという言葉は、猫自身の言葉ではなく、人間に分かるように直した結果なのかもしれない。

名前がなくても、シジミはシジミ

シジミがそこまで考えたところで、うちの人間が本から顔を上げた。

頬にかかっていた髪を耳へかける。

「シジミも、最初は名前がなかったんだよ」

知っている。

生まれた瞬間からシジミだったわけではない。

うちの人間に会う前は、別の呼ばれ方をしていた。

母猫は声と匂いでシジミを見分けていた。

兄弟たちも、名前など使わなかった。

それでも誰が誰かは分かった。

名前がなくても、シジミはシジミだった。

人間は名前がなければ区別できないと思っている。

物にも、場所にも、生き物にも名前をつける。

名前をつけると、それを理解した気になる。

庭に来る鳥をスズメと呼ぶ。

壁を歩く虫をクモと呼ぶ。

黒い毛の猫をシジミと呼ぶ。

だが、名前が分かっただけで、その相手を理解したことにはならない。

スズメが何を考えているのか。

クモがどこへ行くのか。

シジミが今、何を望んでいるのか。

うちの人間はほとんど知らない。

それでも名前を知っているというだけで、少し安心するらしい。

人間は分からないものを、そのままにしておくのが苦手なのだろう。

名前をつけ、種類を決め、性格を考える。

おとなしい猫。

気まぐれな猫。

甘えん坊な猫。

臆病な猫。

シジミも、うちの人間からはおとなしいと思われている。

おとなしいのではない。

無駄に動かないだけである。

必要がなければ鳴かない。

届かない場所へ跳ばない。

勝てない相手には近づかない。

それを人間は、おとなしいという一つの言葉でまとめる。

シジミが食事の時間だけ鳴けば、

「食いしん坊だね」

と言う。

食事の時間に食事を求めることの、何が食いしん坊なのだろう。

人間だって朝、昼、夜と何度も食べている。

さらに、その間にも菓子を食べる。

うちの人間など、甘い菓子を一つだけ食べるつもりだったと言いながら、袋の中身がなくなるまで食べていることがある。

それでも自分のことを食いしん坊とは呼ばない。

猫が一度食事を催促したくらいで、食いしん坊と呼ばれる筋合いはない。

猫もそれぞれ

うちの人間は本を閉じ、表紙をシジミへ見せた。

「この猫も、シジミみたいにいろいろ考えてたのかな」

考えていたに決まっている。

猫はいつでも考えている。

どこで眠るか。

どの道を通るか。

いま外へ出るべきか。

もう少し待つべきか。

人間の膝へ乗るか。

乗らないか。

乗るならどの向きか。

人間が立ち上がりそうか。

暖かさは十分か。

猫の生活には判断が多い。

人間は猫が寝てばかりいると言う。

眠っているように見えても、耳は周囲の音を聞いている。

鼻は新しい匂いを探している。

気配が変われば、すぐに目を開けられる。

完全に何も考えず眠っているわけではない。

人間のほうが、絵の動く箱を見ながら口を開けていることがある。

あれこそ何も考えていないように見える。

それでもシジミは、

「人間は一日中ぼんやりしている生き物だ」

とは決めつけない。

たまたま、そのときぼんやりしていただけかもしれないからだ。

一度見ただけで、すべてを決めるべきではない。

猫は慎重である。

人間は一匹の猫を見て、猫というものを決めたがる。

一匹が魚を食べれば、猫は魚が好き。

一匹が箱へ入れば、猫は箱が好き。

一匹が失敗すれば、猫はドジ。

一匹が人間になつけば、猫は人間が好き。

猫にもそれぞれ違いがあるという、当たり前のことを忘れる。

そのくせ、人間は自分たちについて、

「人それぞれ」

と言う。

猫もそれぞれである。

名前を呼ばれたからといって

うちの人間が、シジミの顎の下を撫でた。

指先から、さっき塗っていたものの淡い匂いがする。

「シジミって、自分の名前を分かってるのかな」

分かっている。

ただし、シジミという音そのものを、自分のすべてだと思っているわけではない。

うちの人間が発するシジミには、いくつか種類がある。

優しく呼ぶシジミ。

探しているときのシジミ。

叱るときのシジミ。

病院へ連れていこうとするときのシジミ。

食事を出すときのシジミ。

同じ音でも、意味は違う。

声だけではない。

立っている場所。

手に持っているもの。

目線。

体の向き。

すべてを合わせて判断する。

人間は名前を一つ覚えれば猫が反応すると思っている。

だが、猫はその人間の全身を見ている。

シジミは体を起こした。

うちの人間が期待した顔をする。

「シジミ」

これは、ただ呼んでみただけの声だ。

食事は持っていない。

扉の近くにもいない。

膝には本が置いてある。

近づいても、撫でられるだけだろう。

シジミは動かなかった。

うちの人間が、もう一度呼ぶ。

「シジミ」

少し声が高くなった。

反応してほしいらしい。

シジミは尻尾の先だけを動かした。

聞こえているという合図である。

うちの人間は笑った。

「やっぱり名前、分かってるんだね」

分かっている。

先ほどからそう言っている。

尻尾で返事もした。

だが、人間は自分が考えた答えを、自分で確認したと思っている。

シジミが伝えたのではなく、自分が発見したことになっている。

人間はいつもそうだ。

猫が前から知っていたことでも、人間が気づいた瞬間に、初めて分かったことになる。

猫は高い場所から落ちても体勢を変えられる。

猫は狭い場所を通れる。

猫は暗い場所でも周囲を見られる。

人間が後から調べて説明すると、それを新しい発見のように語る。

猫は最初からやっている。

知らなかったのは人間だけである。

読めないものは、お互いにある

うちの人間は、また本を開いた。

シジミはその上へ前足を乗せた。

読書を邪魔したいわけではない。

少し確認したいことがあっただけだ。

紙の上には、黒い模様が並んでいる。

この中に、吾輩や猫や名前という意味が入っているらしい。

シジミには読めない。

読めないが、それを恥ずかしいとは思わない。

人間も、シジミの尻尾の動きや耳の向きを満足には読めない。

お互いに読めないものがある。

それだけの話である。

ところが人間は、自分たちの文字を読めない者を、何も知らないと思いがちだ。

紙を読めなくても、風の匂いは読める。

足音の違いも分かる。

遠くで犬が吠えれば、怒っているのか、遊びたいのかもだいたい分かる。

人間には聞こえない小さな音も聞こえる。

どちらが賢いかを決める必要はない。

得意なことが違うだけである。

それを、人間はすぐに比べたがる。

うちの人間が、上着の袖口から手を伸ばし、シジミの前足を本の上からどかした。

「読めないでしょ」

読めない。

だが、うちの人間も猫語を読めない。

シジミはうちの人間を見上げた。

そして、猫語でゆっくり言った。

猫の一人称が吾輩だと、勝手に決めないでほしい。

名前がない猫が、まだないと考えるのも妙な話だ。

そもそも名前がなくても、猫は自分が誰かくらい分かっている。

名前をつけただけで、相手を理解した気にならないでほしい。

うちの人間は、しばらくシジミの顔を見つめた。

伝わっただろうか。

少なくとも、いつもより長く鳴いたことには気づいたようだ。

うちの人間は本を置き、立ち上がった。

髪を押さえながら、台所のほうを見る。

「お腹空いたの?」

違う。

話を聞いてほしかったのである。

だが、食事が出るなら悪くない。

シジミは長椅子から降り、うちの人間のあとをついていった。

名前はシジミ。

一人称は吾輩ではない。

今は食事へ向かっている。

それだけ分かっていれば十分である。

うちの人間が振り返り、笑った。

「やっぱりシジミって、食いしん坊だね」

シジミは足を止めた。

名前を知っていても、シジミが何を考えているのかは分からない。

長いあいだ一緒に暮らしていても、鳴き声の意味を自分に都合よく置き換える。

そのくせ、人間は名前を呼んで反応があれば、すべて分かり合えているような顔をする。

シジミはうちの人間の背中を見つめ、猫語でつぶやいた。

「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」


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