本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第11話 みかじめを出せ

本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第11話 みかじめを出せ 創作実験
本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第11話 みかじめを出せ
本当に人間ってあさはかな生き物だよね
創作実験TOP日常系/猫視点コメディ/人間観察―― 猫には猫の常識がある。人間はそれを、何ひとつ分かっていない。 ――作品紹介黒猫のシジミは、人間に飼われている。少なくとも、うちの人間はそう思っている。だが、シジミからすれば話は逆だ。毎日決…

細い路地

うちの人間と細い路地を歩いていた。

大きな道から一本入っただけなのに、車の音はずいぶん遠くなる。

両側には古い家や小さな店が並び、壁と壁の間には、人間が二人並んで歩くには少し狭いくらいの道しかない。

猫にはちょうどよい。

車はほとんど入ってこない。

塀の上へ逃げる場所もある。

植木鉢の陰に隠れることもできる。

何かあれば、家と家の隙間へ入ればよい。

人間は広い道のほうが安全だと思っているようだが、猫にとっては逃げ道の少ない大通りより、細い路地のほうが歩きやすいこともある。

うちの人間は、買い物帰りだった。

肩へかかる髪が風で前へ流れるたび、片手で耳の後ろへ戻している。

もう片方の手には、食べ物の入った袋を下げていた。

袋の中からは、魚の匂いがする。

正確には、魚だけではない。

野菜。

菓子。

何か甘い飲み物。

薄い紙に包まれた肉。

その中に、魚も入っている。

人間には分からないようだが、猫には袋の外からでもだいたい分かる。

うちの人間は、シジミが魚の匂いを気にしていると思ったらしい。

「帰ったら、ごはんにしようね」

いま袋の中身を確認していただけである。

だが、食事が早く出るなら訂正する必要はない。

シジミはうちの人間の少し後ろを歩いていた。

人間は猫が後ろについてくると、自分についてきていると思う。

違う。

同じ方向へ進んでいるだけだ。

たまたま帰る家が同じなのである。

路地の途中で、うちの人間が足を止めた。

前に二匹の猫がいた。

一匹は茶色と白の混じった猫。

もう一匹は灰色の縞模様の猫である。

二匹とも、道の真ん中に座っていた。

横へ並び、通る者をじっと見ている。

人間なら脇を通れないこともない。

だが、通ろうとすれば、猫のすぐそばを歩くことになる。

足を踏まないように気をつけなければならない。

急に動かれる可能性もある。

つまり、人間は立ち止まる。

よく考えられた位置だった。

みかじめを出せ

茶白の猫が、前から歩いてきた人間へ顔を向けた。

年を取った男の人間である。

手には小さな袋を持っていた。

茶白の猫は、胸を張って鳴いた。

「みかじめを出せ!」

シジミは片方の耳を動かした。

灰色の猫も、人間へ向かって鳴く。

「出せ!」

男の人間は足を止めた。

二匹を見下ろし、少し笑う。

「今日も待ってたのか」

茶白の猫が、さらに大きな声で鳴いた。

「みかじめを出せ!」

男の人間はしゃがみ込み、持っていた袋を開けた。

中から小さな食べ物を取り出す。

猫用の乾いた食事である。

二匹の前へ、いくつか置いた。

茶白の猫と灰色の猫は、すぐに食べ始めた。

男の人間は満足そうに立ち上がる。

「仲良く食べるんだぞ」

そのまま二匹の横を通り過ぎていった。

茶白の猫は食事をかみ砕きながら、男の背中を見た。

「よし。今日もみかじめを出させた」

灰色の猫が、顔を上げる。

「みかじめって何?」

シジミは足を止めた。

うちの人間は、二匹の猫を眺めながら笑っている。

「道の真ん中で何してるんだろう。かわいいね」

みかじめって何?

かわいいかどうかは、今はどうでもよい。

問題は、茶白の猫がどこでその言葉を覚えたかである。

みかじめ。

猫が日常で使う言葉ではない。

少なくとも、シジミは近所の猫が使っているのを聞いたことがない。

縄張りを主張することはある。

ここは自分の場所だ。

勝手に入るな。

食べ物を置いていけ。

その程度のことなら、猫も言う。

だが、みかじめを出せとは言わない。

茶白の猫は、口の周りを舐めた。

「みかじめは、これだ」

前足で、残っている食事を示す。

灰色の猫が首を傾げる。

「飯じゃないのか?」

「飯でもある」

「じゃあ、飯って言えばいいだろ」

「みかじめと言ったほうが出る」

「どうして?」

茶白の猫は得意そうに胸を張った。

「この前、人間の店で、派手な服を着た人間が言ってた」

「何て?」

「みかじめを出せ、って」

「それで?」

「店の人間が何か出した」

灰色の猫は、少し考えた。

「飯を?」

「中身は見えなかった」

「じゃあ飯じゃないかもしれないだろ」

「でも、何かもらってた」

「食べてたか?」

「見てない」

「匂いは?」

「分からなかった」

「飯じゃないんじゃないか?」

茶白の猫は、一瞬黙った。

だが、すぐに言った。

「何かをもらえる言葉なんだ」

ずいぶん大ざっぱな理解である。

派手な服を着た人間が、店でみかじめを出せと言った。

店の人間が何かを渡した。

だから、みかじめを出せと言えば何かがもらえる。

それだけしか分かっていない。

人間の行動を一度見ただけで、言葉の意味を決めている。

シジミは、少しあきれた。

だが、人間も似たようなことをする。

猫が一度箱へ入れば、猫は箱が好き。

一度魚を食べれば、猫は魚が好き。

一度足を滑らせれば、猫はドジ。

一度人間の膝へ乗れば、猫は甘えん坊。

一度見た行動から、すぐに相手の性質を決める。

その点では、茶白の猫も人間の真似をしているのかもしれない。

灰色の猫が、残っていた食事を一粒食べた。

「でも、さっきの人間には通じてないだろ」

「出したじゃないか」

「お前の言葉が分かったわけじゃない」

「でも出した」

「いつもここで待ってるからだろ」

「だから、みかじめだ」

「飯だろ」

「みかじめだ」

「飯だ」

二匹は言い争いを始めた。

うちの人間には、

「にゃあ」

「なあ」

「にゃあ」

と鳴き交わしているようにしか聞こえていない。

「おしゃべりしてるのかな」

している。

ただし、言葉の意味について、ほとんど何も分かっていない者同士が言い争っている。

人間同士にもよくあることだ。

みかじめと飯

シジミとうちの人間が近づくと、二匹がこちらを見た。

茶白の猫は、うちの人間の手にある袋へ目を向ける。

魚の匂いに気づいたらしい。

灰色の猫も鼻を動かした。

二匹は素早く食事の残りを飲み込み、また道の真ん中へ並んだ。

うちの人間が立ち止まる。

「どうしたの?」

茶白の猫が鳴いた。

「みかじめを出せ!」

灰色の猫も続く。

「飯を出せ!」

茶白の猫が横を見る。

「みかじめって言え!」

「飯のほうが分かりやすいだろ!」

「人間にはみかじめのほうが効く!」

「さっきの人間には聞こえてなかった!」

「出したから効いてる!」

二匹が互いに顔を寄せ、また言い争う。

うちの人間は、口元を緩めた。

「何か欲しいのかな」

その部分だけは合っている。

もっとも、二匹が何を要求しているかまでは分かっていない。

うちの人間は買い物袋の中を見た。

茶白の猫の目が光る。

灰色の猫も一歩近づいた。

だが、うちの人間は首を横へ振った。

「これは人間の食べ物だから、あげられないよ」

茶白の猫が鳴く。

「みかじめを出せ!」

灰色の猫も鳴く。

「少しくらい出せ!」

「みかじめって言え!」

「だから意味が分からない!」

「何かを出せという意味だ!」

「じゃあ飯を出せでいいだろ!」

シジミの食事

うちの人間は困ったように二匹を見た。

そして、袋の中から魚ではなく、小さな包みを取り出した。

シジミは匂いを確かめる。

猫用の食事だった。

どうやら、シジミのために買ったものらしい。

人間は買い物へ行くと、自分の食べ物だけでなく、シジミのものまで買ってくる。

そこは悪くない。

ただし、今それを知らない猫へ渡そうとしている。

それはよくない。

うちの人間は包みを開け、少しだけ手のひらへ出した。

「ちょっとだけね」

茶白の猫と灰色の猫が、同時に近づく。

「出た!」

「飯だ!」

「みかじめだ!」

「飯だって!」

二匹は、うちの人間の手から順番に食べ始めた。

うちの人間は楽しそうに笑っている。

「ちゃんと交代で食べて、えらいね」

交代しているのではない。

互いに頭を押し込みながら、食べられる隙を探している。

茶白の猫が一口食べる。

灰色の猫が横から顔を入れる。

茶白の猫が押し返す。

灰色の猫が反対側へ回る。

人間には、それが順番を守っているように見えるらしい。

実際には、どちらが多く食べるかという静かな争いである。

うちの人間は手のひらの食事がなくなると、もう一度包みを見た。

シジミはすぐに、うちの人間の足元へ移動した。

これ以上渡されては困る。

それはシジミの食事である。

シジミは短く鳴いた。

うちの人間が下を見る。

「シジミも食べたいの?」

食べたいのではない。

自分のものを勝手に配るなと言っている。

だが、うちの人間は包みをしまった。

「残りは帰ってからね」

結果としては正しい。

理由は間違っているが、人間相手には結果を優先したほうがよいこともある。

茶白の猫が、包みの消えた袋を見る。

「もっとみかじめを出せ!」

灰色の猫も鳴く。

「飯が少ない!」

うちの人間は手を振った。

「またね」

「まだ足りない!」

「みかじめを出せ!」

「だから飯だって!」

二匹の声を背に、うちの人間は歩き出した。

シジミもそのあとへ続く。

少し進んだところで、うちの人間が振り返った。

二匹の猫は、また道の真ん中へ並んでいる。

次の通行人を待っているらしい。

うちの人間が笑った。

「あの子たち、通る人にごはんをもらってるんだね」

ようやく気づいたらしい。

ただし、二匹が通行人から食事を受け取るため、覚えたばかりの人間の言葉で脅していることまでは分かっていない。

言葉の効き目

次に来たのは、買い物袋を持った年を取った女の人間だった。

二匹はすぐに立ち上がる。

茶白の猫が声を張る。

「みかじめを出せ!」

灰色の猫も続く。

「飯を出せ!」

女の人間は足を止め、二匹へ笑いかけた。

「あら、今日もお腹が空いてるの?」

茶白の猫が振り返り、灰色の猫へ得意そうに言う。

「ほら、みかじめは通じる」

「飯のほうが通じたんだろ」

「二匹で言ったから分からない」

「じゃあ今度は別々に試すか?」

「いい考えだ」

二匹は、言葉の効き目を確かめるつもりらしい。

実際には、どちらを言っても人間には同じ鳴き声にしか聞こえない。

茶白の猫がみかじめを要求しても。

灰色の猫が食事を要求しても。

人間は、猫がお腹を空かせていると思う。

そして、何かを与える。

猫は、自分の言葉が通じたと思う。

人間は、自分が猫の気持ちを理解したと思う。

どちらも、相手の言葉を正しく聞いてはいない。

それでも食事は出る。

猫は食べる。

人間は満足する。

結果だけを見れば、うまくいっている。

シジミは少し考えた。

もしかすると、言葉というものは、正確に通じなくても役に立つことがあるのかもしれない。

茶白の猫は、みかじめの意味を知らない。

人間も、猫がみかじめを要求しているとは思っていない。

それでも、猫は食事を受け取った。

ただし、それでみかじめという言葉を覚えたつもりになるのは危険である。

あの猫は、今後も何か欲しいたびに、

「みかじめを出せ!」

と言うのだろう。

食事。

水。

寝る場所。

扉を開けてほしいとき。

遊んでほしいとき。

すべて、みかじめで済ませるかもしれない。

人間が動物の声を、ニャーニャーやワンワンで済ませるのと同じである。

意味をよく知らない言葉を、一つ覚えただけで何でも表そうとする。

やはり、人間の店で覚えた言葉だから、使い方まで人間に似てしまったのだろうか。

お友達ではない

うちの人間は、シジミを見下ろした。

歩くたび、肩にかかる髪が小さく揺れている。

「シジミも、外の猫とお話ししてたの?」

話してはいない。

聞いていただけである。

それに、あれを話し合いと呼んでよいのかは疑わしい。

片方は、意味を知らない言葉を自信満々に使う。

もう片方は、それを疑いながらも一緒に真似をする。

うちの人間は、シジミが答えないのを見ると、うれしそうに笑った。

「お友達だったのかな」

違う。

今日初めて見た猫である。

言葉を聞いただけで、友達になるわけではない。

人間は、猫同士が同じ場所にいると、すぐに仲間や友達だと思う。

先ほどの二匹も、仲良く協力しているように見えていたらしい。

実際には、みかじめと飯のどちらが正しいかで、ずっと言い争っていた。

それでも人間の目には、二匹で並んで通行人を待つ、仲のよい猫に見える。

うちの人間は買い物袋を持ち直し、再び歩き始めた。

「帰ったら、シジミにもおやつをあげようね」

シジミは足を止めなかった。

自分の食事を知らない猫へ分けたことについては、まだ納得していない。

だが、別におやつが出るなら、今日のところは許してもよい。

後ろの路地から、茶白の猫の声が聞こえた。

「みかじめを出せ!」

続いて、灰色の猫が鳴く。

「もっと飯を出せ!」

女の人間の楽しそうな声が返る。

「元気ねえ」

まるで会話はかみ合っていない。

それでも人間は、猫と話せたと思っている。

猫も、自分の要求が通じたと思っている。

意味を知らない言葉を使う猫。

言葉を聞き取れないまま理解した気になる人間。

その二者が、なぜか食べ物を通して意思疎通に成功している。

シジミは尻尾の先をゆっくりと揺らした。

「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」


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