エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第23話 神殺しの剣

エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第23話 神殺しの剣 エレメンタルクロス ~精霊の剣~
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第23話 神殺しの剣
エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避される二属性同時使用を隠しながら旅をしていた。ある日、巨…
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第23話 神殺しの剣 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

残った言葉

 眠りの王を消滅させる方法を探す。
 方針が決まっても、すぐに手掛かりが増えるわけではなかった。
 ネアは自分の継承知識を探り直す。
 リグは、取り込まれずに残っている精霊王の流れを追う。
 ハルヴェンは各国へ送る報告をまとめ、セトはこれまでに分かったことを地図の余白へ書き出していた。
 シアは、そのすべてを見ながら腕を組んでいる。

「何もないな」
「探し始めたばかりだ」

 セトは地図から顔を上げなかった。

「眠りの王へ届く方法。取り込まれた精霊王と眠りの王を分ける方法。分けた役割を世界へ返す方法」
「昨日も聞いた」
「一晩で増えていないから、もう一度確認している」
「増えていないなら、別のものを探す」
「何をだ」

 シアは答えようとして、口を閉じた。
 何かを思い出したようには見えなかった。
 むしろ、思い出せないものへ手を伸ばしているようだった。
 赤橙色の髪の先に、小さな火が灯る。
 火はすぐに消えた。

「シア?」

 ネアが呼ぶ。
 シアは東へ消える細い流れを見たまま、低く言った。

「神殺しの剣」

知識ではない

「何だ、それは」

 セトが尋ねた。

「分からない」
「知識にあるのでは?」

 ネアの問いに、シアは首を横へ振った。

「知識なら説明できる。これは……何かが残っているだけだ」

 シアは自分の胸元へ手を当てた。

「名前だけか」
「名前かどうかも分からない」
「今、自分で言っただろう」
「言葉になったから言った。でも、どこで知ったかはない」

 ネアがシアの前へ立つ。

「その言葉を考えると、ほかに何が浮かびますか」
「剣」
「それは言葉に含まれています」
「大きい」
「剣が?」
「違う。剣になる前が」

 シアは眉を寄せる。
 継承知識なら、必要な部分を順番に取り出せる。
 火の扱い方も、精霊王としての役割も、シアは生まれた時から知っていた。
 だが、今浮かんだものには順番がない。
 意味だけが欠けた形へ張り付いている。

「誰かの記憶か」

 リグが尋ねた。

「記憶なら、見た場所や相手がある」

 ネアが答える。

「これは、その周囲がありません」
「先代の記憶が残った?」
「通常の代替わりでは、個人の記憶は継承されません」
「通常ではない残り方をした可能性は?」
「あります」

 ネアは否定しなかった。

「強い力へ触れた痕跡だけが、役割の側へ残ったのかもしれません」

剣になる前のもの

「もっと見ろ」

 シアが言った。

「何をですか」
「わたしの中だ」
「簡単に言わないでください」
「ネアならできる」
「できることと、してよいことは別です」
「わたしがいいと言っている」
「あなた自身にも分からないものへ、こちらから触れるのです。慎重にします」

 ネアはシアの額へ指を近づけた。
 触れる直前で止める。
 銀青色の原光が、二人の間へ細く伸びた。

「何か見えても、引き出そうとしないでください」
「引き出すのはネアだろう」
「あなたが無理に追えば、わたしも深く入ることになります」
「分かった」
「本当に?」
「今は分かっている」

 セトは二人の近くへ座った。
 すぐに止められることはない。
 それでも、シアの様子が変われば声を掛けられる位置にいた。
 しばらくして、シアの瞳の奥へ赤い光が走った。

「世界」

 シアが言う。

「広い。まだ、今の形ではない」
「創られている途中ですか」
「分からない。でも、山も海も同じところにない」
「その中に剣がある?」
「まだない」

 シアの呼吸が少し浅くなる。

「大きなものが、小さくなる」
「何がです」
「世界を見ているもの」
「神か」

 セトの言葉に、シアはすぐには答えなかった。

「たぶん」

神が残した器

 ネアが原光の線を弱めた。

「そこまでにしましょう」
「まだ見える」
「見えているのではなく、断片へ引かれています」
「同じだ」
「違います」

 ネアが指を下ろすと、シアの瞳から赤い光が消えた。
 シアは不満そうにネアを見る。

「途中だった」
「途中で戻れたからよいのです」
「何が分かった」

 セトが尋ねる。
 ネアはすぐには答えず、先ほど触れた流れを自分の中で整理していた。

「この世界を作ったとされる存在が、自分を剣へ変えた。そのように見えました」
「神が剣になった?」

 ハルヴェンが聞き返す。

「精霊王が精霊剣になるのと似ています。ですが、同じとは言えません」
「誰かへ身を預けたのか」
「そこは見えませんでした」

 シアが自分の手を見る。

「大きなものが、剣へ入った」
「そのあと、いなくなった」

 ネアが続ける。

「消滅したのか、この世界から離れたのかまでは分かりません。ですが、剣の中に神そのものは残っていません」
「空の剣だけが残った」
「ええ」

 リグが腕を組む。

「神が剣になったなら、神剣と呼ぶべきものか」
「人間なら、そう呼ぶでしょう」
「その神剣が、神殺しの剣?」

 ハルヴェンが尋ねた。

「同じものを指している可能性は高いです」
「自分で剣になった神を、その剣で殺したわけではないのですね」
「少なくとも、今見えた断片にはありません」
「では、なぜ神殺しなのです」

 ネアはシアを見る。
 シアは首を横へ振った。

「そこは残っていない」

殺すという名前

「人間があとから付けた呼び方かもしれないな」

 セトが言った。

「神を殺した剣ではなく、神を殺せる剣」
「眠りの王は神なのか」

 シアが尋ねる。

「通常の精霊王とは異なりますが、神と呼ぶべきかは分かりません」

 ネアが答える。

「ですが、世界の現象そのものへ作用する点では、通常の精霊王よりも神という呼び方に近いかもしれません」
「なら、名前は合っている」
「名前だけで効果を決めないでください」
「でも、思い出したのは眠りの王を消す方法を探していた時だ」

 シアの言葉に、全員が黙った。
 偶然とは考えにくい。
 精霊王の継承知識は、必要な状況に応じて関係する知識が浮かぶことがある。
 今回のものが知識でなくても、同じように引き出された可能性はある。

「その剣なら、眠りの王を消せるのか」

 セトが尋ねた。
 シアは目を閉じた。
 先ほどより慎重に、言葉だけを探す。

「消せる」
「分かるのか」
「それだけは、さっきよりはっきりしている」
「方法は?」
「分からない」
「場所は?」
「分からない」
「剣の形は?」
「分からない」

 ハルヴェンが小さく息を吐いた。

「名前と効果だけですか」
「もう一つある」

 シアは手を開いた。

「空のままでは使えない」

空のままでは振るえない

「中身が必要ということか」

 リグが尋ねる。

「たぶん」
「何を入れる」
「力」
「原光なら、世界中に戻り始めている」
「違う」

 シアは即座に否定した。

「流れているものを集めるだけでは動かない」
「神が抜けたあとを埋められるほどの存在が必要?」

 ネアが問い直す。
 シアはうなずいた。

「精霊王」
「一人ですか」
「足りない」
「二人」

 シアは自分とネアを交互に見た。

「それでも足りない」

 セトが地面へ三本の線を引く。

「三人か」

 シアは線を見つめた。

「三つ、ある」
「何がだ」
「入るところ」
「三人の精霊王を剣の中へ入れる?」
「取り込ませるのとは違う」

 シアの声が少し強くなった。

「同じにしない。別々のまま入る」

 眠りの王とは反対だった。
 眠りの王は、触れたものの境界を消し、自分との区別をなくす。
 神殺しの剣は、三人を入れても、それぞれを別の存在として残す。
 少なくとも、シアに残った断片はそう示していた。

「器の中で境界を保つ必要がある」

 ネアが言った。

「だから、ただ力を注ぐだけでは足りないのでしょう」

三人分の存在

「精霊王なら誰でもいいのか」

 セトが尋ねる。

「属性までは見えない」

 シアが答えた。

「火でなければならないとは感じない」
「月も同じですか」
「たぶん」
「では、必要なのは三属性ではなく、三人分の精霊王級の存在」
「ええ」

 ネアは空中へ三つの光を作った。
 赤、銀青、紫白。
 三つは近づいても混ざらない。

「器へ入ったあとも、誰がどこにいるかを分けられなければなりません」
「眠りの王を消すために、こちらまで眠りの王と同じになれば意味がない」

 セトが言う。

「そうです」
「入った精霊王は戻れるのか」

 ハルヴェンが尋ねた。
 シアは答えなかった。
 ネアも、すぐには言葉を出さない。

「分からないのですね」
「ええ」
「使えば消える可能性がある?」
「否定できません」

 シアは三つの光のうち、赤いものへ指を伸ばした。

「それでも使う」
「まだ場所も、使い方も分かっていない」

 セトが言う。

「見つけたら使う」
「戻れないかもしれない」
「眠りの王を止めなければ、もっと戻れなくなる」

 シアの判断は変わらなかった。
 ただし、セトはその判断を今すぐ了承しなかった。

「三人目を決める前に、使う本人にも説明する」
「本人はわたしたちだ」
「三人目もいる」

 シアは地面の三本目の線を見る。

使い手の条件

「剣へ入る三人だけではない」

 シアが言った。

「ほかにも何か残っていますか」

 ネアが尋ねる。

「振るう者」
「使い手か」
「誰でもいいわけではない」
「神の力に耐えられる人間?」

 ハルヴェンの問いに、シアは首を横へ振った。

「強さではない」

 シアはセトを見る。

「つながっている者」
「剣に入った精霊王と?」
「ああ」
「一人ではなく、三人全員と?」

 シアはうなずいた。
 セトは、自分とシア、自分とネアの間にあるつながりを意識した。
 二人は、セトへ身と力を預け、精霊剣となっている。
 ただ名前を知っているだけではない。
 互いの存在を預け合ったつながりがある。

「使い手は、器の中にいる三人を別々に認識する必要があるのかもしれません」

 ネアが言う。

「眠りの王の中から、誰の力かを分けるために?」
「可能性はあります。ただし、これはわたしの推測です」
「条件に一番近いのはセトだ」

 シアが言った。

「わたしとネアにつながっている」
「二人だけだ」
「だから、あと一人だ」

二人では足りない

「残っている精霊王を探すしかないな」

 リグが言った。

「人間とつながっていない精霊王では、見つけたあとにセトへ身を預けてもらう必要があります」

 ネアが続ける。

「頼めばいい」

 シアが言う。

「頼んで、必ず受け入れられることではありません」
「世界が終わる」
「それを理由に、本人の選択をなくしてはなりません」
「嫌だと言ったら?」
「別の方法を探します」
「間に合わなかったら?」
「その時も、無理に剣へ変えることはできません」

 精霊剣は、人間が精霊王を武器へ変える術ではない。
 精霊王が自分の意思で相手を選び、身を預ける形だ。
 世界を救うためという理由があっても、そこは変えられない。

「シアも、俺が無理に剣へしたわけではない」

 セトが言った。

「ああ。わたしが選んだ」
「ネアもだ」
「ええ」
「三人目にも選んでもらう」
「選ばなかったら?」
「選ばなかったことを前提に、次を考える」

 シアは納得していない顔をした。
 だが、自分がセトを選んだことを否定する言葉は出さなかった。

最も近い三人目

 ハルヴェンが、空中に浮かぶ紫白色の光を見る。

「三人目なら、すでにここにいるのでは?」

 全員の視線がリグへ向いた。
 リグは驚かなかった。

「俺も考えた」
「可能なのか」

 セトが尋ねる。

「可能か不可能かで言えば、可能かもしれない」
「ならやればいい」

 シアが言った。

「お前は相変わらず簡単に言うな。俺が身を預けた相手はハルヴェンだ」
「必要なら――」
「お前が決めることでもない」

 リグがハルヴェンの言葉を止めた。
 ハルヴェンは口を閉じる。
 リグは拒絶するように離れたのではなく、隣に立ったままだった。

「俺はハルヴェンへ身を預けた。今のつながりを残したまま、別の人間とも同じようにつながれるかは分からない」
「セトにも身を預ければいい」

 シアが言った。

「わたしとネアは、二人ともセトへ預けている」
「それとは逆だ。一人の人間が二人を受け入れることと、一人の精霊王が自分を二人へ預けることは同じではない」

 シアは少し考えた。

「何が違う」
「俺が俺であるための境界を、二か所へ置くことになる」

 ネアが紫白色の光を見た。

「境界が強くなるとは限りません。どちらがリグ本人なのかを分ける結果になる可能性もあります」
「二人とも同じリグを覚えていればいい」
「人間側の認識だけの問題ではありません」

 ネアが答える。

「リグ自身が、二人へどのように身と力を預けるかを分けなければなりません。分け方を誤れば、リグの境界そのものが二つへ裂ける可能性があります」
「それは困る」

 ハルヴェンが言った。

「ああ。俺も困る」

預けた相手

「ハルヴェンとのつながりを切れば、セトとつながれる?」

 シアが尋ねた。
 リグの目がわずかに細くなる。

「切れと言うのか」
「可能か聞いた」
「可能かもしれない。だからといって選ぶとは言っていない」
「世界が――」
「シア」

 セトが止めた。

「何だ」
「リグは、すでにハルヴェンを選んでいる」
「知っている」
「なら、その選択を消して三人目にするのは違う」
「でも、リグなら力は足りる」
「力だけで決めない」

 シアは黙った。
 眠りの王は、役割も力も人格も同じ場所へ入れ、違いをなくす。
 それを止めるために、リグが誰へ身を預けたかという違いを無視すれば、していることが近づく。
 ハルヴェンがリグを見る。

「俺が必要ならと言ったのは、つながりを捨ててもよいという意味ではありません」
「ああ」
「ですが、ほかに方法がなければ、俺も考えます」
「その時は俺が考える。お前が先に手放すな」
「分かりました」

 リグはセトへ顔を向けた。

「候補から完全に外す必要はない。だが、最初に選ぶ方法でもない」
「分かった」
「シアも分かれ」
「今は分かった」

取り込まれていない力

「では、別の精霊王を探す」

 セトは地図を広げ直した。

「眠りの王へ入っていない者の中で、まだ自分の境界を保っている者」
「さらに、人間とつながれる可能性がある者ですね」

 ハルヴェンが言う。

「返事のない相手へ、いきなりそこまで求めるのは難しいがな」

 リグは目を閉じ、周囲の原光へ細い雷を通した。
 ネアも別の方向へ意識を広げる。
 光。水。土。氷。樹。重。晶。
 確認できる流れの多くは、東へ向かう途中で境界を失っていた。
 残っているものも、弱く、不規則に揺れている。

「明確な個体として返る者はいません」

 ネアが言った。

「昨日と同じか」
「ええ。ただ、一つだけ違う流れがあります」
「誰だ」
「誰、と呼べる形ではありません」

 ネアは空中へ薄い緑色の線を作った。
 線は東へ向かわない。
 一か所へ集まることもなく、細かく枝分かれしている。

「風か」

 リグが言った。

「ええ。アイオロスの役割です」

王の形を持たない風

「残っているのか」

 シアが緑の線へ近づく。

「精霊王としては確認できません」
「また曖昧だな」
「役割と知識は残っています。しかし、一人の精霊王としてまとまっていません」
「死んで、世界へ戻ったのでは?」

 ハルヴェンが尋ねる。

「それとも違います。通常の死亡なら、役割は原光の流れへ薄く広がり、次代が生まれるための核を作ります」

 ネアは枝分かれした線をいくつか示した。

「これは、大地の記憶へ焼き付けられています」
「大地の記憶?」
「精霊王が、自分の役割と知識を意図的に手放すための方法です」
「なぜ、そんな方法がある」

 セトが尋ねた。

「分かりません」

 ネアはすぐに答えた。

「わたしにあるのは、方法についての知識だけです。誰が考え、どのような状況で使ったのかという記憶はありません」
「使い道は推測できるか」
「おそらくは、精霊王自身が役割を果たせなくなった場合のためでしょう」
「役割を果たせない?」
「身動きが取れない。長く封印される。自分では世界へ作用できない。そのような状態になった時、役割と知識まで失われないよう、大地へ残すのだと思います」
「本人が動けなくても、役割だけは残せる」
「ええ」

 リグが緑の線を見つめる。

「風の精霊王は、封印されていたのか」
「その痕跡はありません」
「では、なぜ使った」

 ネアは、最も濃い緑の線へ目を向けた。

「本来とは別の目的で使ったのでしょう」

血統へ溶けた役割

「別の目的?」

 シアが尋ねる。

「自分を、人間に近い存在へ変えるためです」
「役割を手放せば、人間になるのか」
「完全な人間にはなりません」

 ネアは首を横へ振った。

「精霊王は、役割と知識を自分の内側へ保持することで、精霊王としての形を保っています」
「それを大地へ置いた」
「ええ。精霊王であるための一部を自分の外へ移したことになります」
「その分だけ、人間に近づいた?」
「おそらくは」

 ネアは断定しなかった。

「この方法が、本来そのために作られたとは思えません。ですが、風の精霊王は、役割と知識を手放すことで、自身の存在を人間の側へ寄せたのでしょう」
「なぜ、そこまでした」
「分かりません」
「人間になりたかった?」
「可能性はあります。ですが、それも本人の記憶がなければ確かめられません」

 ハルヴェンが枝分かれした線を見る。

「人間へ近づいたことで、人間との間に子を作れるようになった?」
「その可能性があります」
「必ず作れるわけではない」
「ええ。ただ、通常の精霊王よりも、人間に近い身体と存在を持てたのでしょう」
「そして、実際に子が生まれた」

 セトが言った。

「そう考えれば、この流れを説明できます」
「子へ役割を移したのか」

 シアが尋ねる。

「意図的に子へ渡したかは分かりません」
「大地へ焼き付けたのではないのか」
「焼き付けられた役割と知識は、永遠に大地へ留まり続けるわけではないのでしょう」

 ネアは一本の緑の線と、その先へ続く細い枝を示した。

「それを残した精霊王に最も近しい存在が、継承先になります」
「近しいとは?」
「深くつながっていることです。長く共にいた者。存在の一部を分けた者。精霊王本人に近い性質を持つ者」
「精霊王との子なら、最も近い」

 セトが言った。

「その可能性は高いでしょう。身体も、人間としての血も、精霊王に由来する性質も受け継いでいます」
「だから、役割と知識も子へ移った」
「結果としては」
「結果として?」
「風の精霊王が、最初から血統へ残すことまで考えていたかは分かりません」

 ネアは枝分かれした流れを見る。

「自身を人間へ近づけ、その結果として子が生まれた。風の精霊王が役割を手放した時、その子が最も近しい存在だったため、役割と知識を継承した。その可能性が高いというだけです」
「次の代も同じか」
「役割を持つ者にとって、自身の子が最も近しい存在となれば、継承は繰り返されます」
「それで血統になった」
「ええ。血そのものへ均等に混ざったのではなく、最も近しい者への継承が、結果として血統の中で続いたのでしょう」
「全員が風の精霊王なのか」
「いいえ」

 ネアは薄く枝分かれした線を示した。

「継承されなかった者にも、わずかな影響は残ったようです。風を感じやすい。偶然、風を動かす。その程度の性質です」
「役割と知識を継承した者は?」
「一つの代に、最も近しい一人だけだった可能性があります」
「今もいる?」
「ええ」

 緑の線の一つが、ほかよりもはっきりと光った。

「現在、風の役割と知識を最も強く受け継いでいる人間です」
「風の精霊王か」
「まだ、そうとは言えません」
「では何だ」
「大地に残された風の役割を、現在受け継いでいる人間です」
「本人は知っているのか」
「分かりません」

眠りを免れた理由

「なぜ、風だけが眠りの王へ入っていない」

 セトが尋ねた。

「風の役割が、精霊王として外へ存在していないからでしょう」

 ネアが答える。

「シア、わたし、リグは、精霊剣として人間側へ境界を残しました」
「風の役割は、大地の記憶と人間の側へ移っている」
「ええ。現在の継承者も、精霊王として生まれた存在ではありません」
「人間として生まれ、その中に役割と知識がある」
「そう見えます」

 ネアは最も濃い線を見る。

「完全な精霊王として外へ現れていないため、眠りの王からは人間の中にある一つの性質として見えているのかもしれません」
「安全なのか」
「今まで取り込まれなかったというだけです」
「これからは?」
「眠りの王の作用が人間の境界まで強く及べば、影響を受ける可能性はあります」

 シアが緑の線へ手を伸ばす。

「なら、先に見つける」
「見つけて、どう説明するのです」
「あなたは風の精霊王だ。剣になってほしい」
「逃げられると思います」

 ハルヴェンが言った。

「なぜだ」
「俺でも逃げるかもしれません」
「ハルヴェンはもう剣を持っている」
「そういう問題ではありません」

人間として生きる者

「本人が自分を人間だと思っているなら、最初から精霊王として扱わない」

 セトが言った。

「でも、力は精霊王だ」
「役割があることと、本人がその役割だけでできていることは違う」

 シアは緑の線を見た。

「人間の中に、精霊王の役割と知識がある?」
「そう見えます」

 ネアが答える。

「本人は人間として生まれています。そこへ、大地の記憶から風の役割と知識が継承されたのでしょう」
「人間と風の境界は残っている?」
「ええ。眠りの王は境界を消します。この人間には、人間としての流れが残っています」
「風の役割も消えていない」
「ええ。人間であることを失わずに、風の役割を受け継いでいるのだと思います」

 セトは地図へ緑の線を書き加えた。

「見つけても、すぐに神殺しの剣の話を押し付けない」
「時間がない」
「だからこそ、順番を間違えない」
「順番?」
「本人が何を知っていて、何ができて、自分をどう考えているかを確かめる」
「そのあとで頼む?」
「ああ。断る権利があることも含めて話す」
「断られたら困る」
「困るから、選ばせないという話にはしない」

 ネアがわずかにうなずいた。

まず探すもの

「神殺しの剣について、ほかに分かることはないのか」

 セトが尋ねた。
 シアは目を閉じた。
 先ほど浮かんだ断片へ、もう一度意識を向ける。
 だが、すぐに眉を寄せた。

「分からない」
「何も浮かばない?」
「剣がある。それだけだ」
「どのようなものかも?」
「空だ。三人入る。それ以上は分からない」
「もっと深く見れば分かるかもしれない」
「今はやめてください」

 ネアがすぐに止める。

「先ほども途中で呼吸が乱れていました」
「まだ見られる」
「見られることと、戻れることは別です」
「ネアが一緒なら戻れる」
「必ずとは言えません」

 シアは不満そうにネアを見る。

「必要なものだ」
「だからこそ、急いで壊してはなりません」
「壊れるのか」
「あなた自身にも分からない断片です。無理に引き出せば、断片だけでなく、周囲にある知識まで乱す可能性があります」

 シアはしばらく黙った。

「では、いつ見る」
「状態を確かめながら、少しずつです」
「また曖昧だな」
「あなたの状態が曖昧だからです」

 セトはシアを見る。

「剣については、ネアと一緒に無理をせず調べる」
「今すぐではなく?」
「ああ。今は、分からないものを無理に引き出すより、追える手掛かりを追う」
「風か」
「まずは、その役割を受け継いだ人間を探す」

風を継ぐ者

「神殺しの剣には、三人分の精霊王級の存在が必要です」

 ネアが続ける。

「剣について何か分かっても、三人目がいなければ使えません」
「風の継承者を見つければ、すぐ三人目になる?」

 シアが尋ねる。

「そうとは限りません」
「なぜだ」
「本人は人間として生きています。風の役割と知識を受け継いでいても、精霊王としての自覚があるかは分かりません」
「力があることも知らないかもしれない」

 セトが言う。

「ええ。それに、事情を知ったとしても、セトへ身を預けるかどうかは本人が決めることです」
「断られたら困る」
「先ほども話しただろう」
「覚えている」
「なら、まず会って話す」
「断られないように話す」
「断れないように、ではないぞ」
「分かっている」

 シアは緑の線を見る。

「でも、急ぐ」
「ああ。それは同じだ」

 リグが線へ細い雷を沿わせた。
 紫白色の雷が、枝分かれした風の流れを浮かび上がらせる。

「最も濃い流れは、まだ動いている」
「精霊王の移動ではありません」

 ネアが言った。

「人間が街道を移動している速さです」
「場所は絞れるか」

 セトが尋ねる。

「大まかには。ただし、精霊王のように一つの強い流れではありません。大地の記憶と、継承者本人の間をたどる必要があります」
「途中で見失う可能性は?」
「あります」
「なら、今のうちに追う」

 ハルヴェンが荷物へ目を向けた。

「各国への報告はどうします?」
「使者へ任せる。俺たちは風の継承者を探す」
「神殺しの剣については?」
「シアの中に残った断片を、ネアが調べる」

 セトは二人を見る。

「ただし、急がない。危険だと判断したら、すぐにやめる」
「分かりました」

 ネアが答えた。

「シアもだ」
「分かった」
「本当に?」
「今は分かっている」

 ネアが小さく息を吐いた。

「移動中も状態は確認します。断片そのものを無理に引き出すのではなく、どこまで触れても問題がないかを探ります」
「何か分かるかもしれない」
「分からない可能性もあります」
「それでも見る」
「ええ。ただし、わたしが止めたら止めてください」
「分かった」

 神殺しの剣について分かっているのは、まだわずかだった。
 神が残した空の器であること。三人分の精霊王級の存在が必要であること。そして、その三人とつながる使い手が必要であること。
 どこにあるのか。どのように使うのか。本当に眠りの王だけを消せるのか。
 それらは何も分かっていない。
 今、追える手掛かりは一つだけだった。
 精霊王として生まれず、大地の記憶から最も近しい者へ受け継がれてきた風。
 その役割と知識を現在受け継ぐ人間を探す。
 セトたちは、街道に沿って移動する緑の流れを追い始めた。


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